邂逅の時!!白銀の獅子王の系譜 PART3
前回までのあらすじ
元の時代に帰れるまで、光弘の家に置いてもらうことになった輪路達。少しでも強くなって元の時代に戻ろうと、光弘と修行をする輪路だったが、全霊聖神帝になろうとした時、霊石が使えなくなっていることに気付くのだった。
「……ここまでだな。」
光弘は銀獅子丸を鞘に納めた。全力を出せない相手と戦ったところで、意味はないということなのだろう。
「やはり霊石が使えなくなっていたのか……」
変身を解くヒエン。レイジンがアンチジャスティスを壊滅させてから、ずっと彼に霊石を使わせていなかったのでわからなかったのだが、予想はしていたようだ。美由紀が尋ね、ソルフィが答える。
「霊石が使えなくなることってあるんですか?」
「……精神的なショックが原因で、一時的にですが使えなくなることがあるんです。」
精神力が大きな影響を及ぼす霊石。そのため、精神が何らかの理由で大きなダメージを受けると、使えなくなってしまうことがあるのだ。もっともそれは一時的な問題であって、その精神的ダメージさえ回復させれば、また使えるようになる。輪路の場合は、間違いなくあのアンチジャスティスとの最終決戦が原因だろう。憎しみのままに戦ってしまったという事実が、彼の心の中に大きな傷となって残り、霊石の使用を妨げている。
「とりあえず、お前の心を何とかしない限り、霊石は使えるようにならない。だから今は気を落ち着けて、変身を解け。」
「……ちっ。」
輪路は舌打ちして変身を解いた。とにかく、今は彼の精神の傷を回復させることが先決だ。
「ゆっくり治すことよ。焦っちゃ駄目だからね」
「何があったか知らねぇが、まぁ落ち着けや。」
由姫と三郎がそう言って、結界を解く。
すると、
カランカランカラン!!と耳障りな音が、一同の耳をつんざいた。
「な、何だこの音!?」
輪路が驚く。光弘が答えた。
「あっちの林の向こうに畑があるんだが、時々山の獣が荒らしていくんでな。罠を仕掛けてあるんだ」
この音は獣が罠に掛かった時に鳴る合図だという。どうやら稽古をしている間に、獣が畑に入っていたようだ。
「ちょっと見てくる。」
「俺も行くぜ!」
「俺も。」
光弘は罠の様子を見に行き、輪路と翔もついていった。
一足先にたどり着いた光弘は、罠に掛かった獣を見ていた。
「速いって!」
少し遅れて、輪路と翔もたどり着く。たどり着いて、絶句した。罠に掛かっていたのは獣ではなく、人間の少女だったのだ。だが、ただの少女ではなかった。
「み、耳が……!!」
輪路は呟く。少女は三人おり、その内二人は耳がおかしかった。一人は兎の耳を、もう一人は狐の耳をはやしていたのだ。罠に掛かっていたのは兎の耳の少女で、彼女の足を捕らえるトラバサミの罠から逃れようと必死にもがいており、狐の耳としっぽの少女が彼女を助けようとしている。残った一人の、普通の少女は日本刀を二本持ち、光弘達を近付けないようにしていた。
「妖怪の子供だな。」
翔は言った。この三人は、妖怪の子供である。耳が獣の少女はその獣の妖怪で、日本刀を持つ少女は妖怪というより、幽霊に近い。
「恐らく食う物に困ってさまよってるところを、この畑を見つけたって感じだな。」
三人の境遇を分析した光弘は、兎の耳の少女の下へと歩いていく。
「来るな!!」
「慌てるな。罠を外してやる」
日本刀の少女が叫んだが、光弘は自分に向けられた日本刀を片手で軽く払い、トラバサミを外してやる。
「ひっ!!」
兎の耳の少女は逃げようとするが、足を怪我してしまって立てない。光弘は彼女をひょいと抱き上げると、三人に言った。
「手当てしてやるから、ウチに来い。」
光弘達は三人の妖怪の少女を家に上げ、兎の耳の少女を手当てしてやることにした。兎の耳の少女は瑠璃、狐の耳の少女は麗奈、日本刀の少女は命斗というらしい。
「……はい。これでもう大丈夫よ」
由姫は瑠璃の足から手を離す。治癒の法術だ。傷は跡形もなく消えている。
「あ、ありがとう、ございます……」
瑠璃はおずおずと礼を言った。一方、光弘は麗奈と命斗に水を出してやったのだが、二人は警戒して飲まない。麗奈は水に鼻を近付け、匂いを嗅いでいる。
「遠慮するな。毒なんて入ってない」
光弘は二人を安心させるように言った。その一言で落ち着いたのか、二人は一気に水を飲み干す。瑠璃にも水を出してやり、その後で簡素ではあるが、三人に飯を出してやった。よほど腹を空かせていたようで、泣きながらあっという間に平らげてしまう。
「……何で、わしらにここまで良くしてくれるんじゃ?あんたら討魔士じゃろ?」
少し落ち着いて、麗奈が尋ねてきた。
「見ての通り、わしらは妖怪の子供じゃ。子供でも妖怪じゃから、討魔士にとっては殺す対象のはずじゃろ?」
どうやら彼女達は、討魔士は妖怪なら子供であっても容赦なく殺す連中だと思っているようだ。
「協会の中には、確かにそういう血も涙もないやつがいる。だが、俺も由姫もそんなやつらじゃない。お前らもそうだろ?」
「ん?ああ。」
「はい。」
光弘から同意を求められ、輪路と翔は頷く。
「だから安心しろ。俺達はお前らの味方だ」
「……ありがとうございます。えーと……」
命斗は礼を言う。そこで光弘達は、自分が名乗っていないことに気付いた。
「俺は廻藤光弘。」
「私は廻藤由姫よ。」
「廻藤輪路だ。」
「篠原美由紀です。」
「青羽翔。」
「ソルフィ・テルニアです。よろしくね」
「「「廻藤!?」」」
妖怪三人娘は、廻藤という名前に反応した。廻藤夫妻は、妖怪達にとってもかなり有名な存在なのである。
「まさか……あの廻藤光弘さんだったなんて……」
瑠璃はかなり慌てている。と、
「驚いたか。で、お前らどっから来たんだ?親がいるなら帰してやりたいんだが……」
光弘は三人に、どこから来たのか訊いた。
「……親はいないのじゃ。」
「私も麗奈ちゃんも、早くに父さんと母さんを、妖怪同士の小競り合いで亡くしてます。」
「私においては、生まれ方が普通の妖怪と違うし。」
命斗は幽霊に近い存在だが、幽霊ではない。ある山で侍を目指して死んだ子供の残留思念が、一つに集まって生まれたのだという。つまり、親は最初からいない。麗奈と瑠璃は両親に逃がされ、旅をしている途中偶然命斗が生まれる瞬間に立ち会い、以来一緒に旅をしているそうだ。子供なためいろいろ苦労してきたが、何とか今まで生きてこれた。
「そうか。それは、つらかったな……」
光弘は親身になって三人の話を聞いている。
「でも、生きる希望が持ててきました。光弘さんみたいな人間がいるって、わかったから。」
親を失い、住みかも追われて、子供だけで旅をする。絶望しかないと思っていた瑠璃だが、光弘のような妖怪だからとむやみやたらに狩ったりせず、むしろ優しくしてくれる人間に出会えたのは嬉しかった。
と、光弘はこう言った。
「今日から俺のことは、父ちゃんって呼びな。」
光弘が突然そう言った。意味がわからず、三人は目を丸くしている。光弘は説明した。
「俺と由姫でお前らの親代わりになるって言ってるんだよ。ここに来たのも何かの縁だろうしな」
「いいのか?」
麗奈達ではなく、輪路が訊いた。この家もそんなに余裕はないはずなのだが。
「ああ。慈悲の手を差しのべるのも、俺達討魔士の役目だ。なぁ由姫?」
「ええ、その通りです。だからあなた達も、遠慮しないでいっぱい甘えていいのよ?」
「喜助にも、いい妹分ができるしな。」
「……うっ……」
「うぇぇぇぇん!!」
「あぁぁぁん!!」
親のいない自分達が、光弘達に娘として扱ってもらえる。そう思うと、三人は嬉しくて泣き出し、光弘と由姫に抱きついた。
*
しばらくして、泣き疲れたのか三人は眠ってしまった。腹も膨れたし、喉も潤ったし、両親もできたしで安心しきったのだろう。きっと今まで、心の休まる時などなかったに違いない。
「ガキどもの問題は片付いたか?」
外で待っていた三郎が光弘に尋ねる。
「ああ。で、次はお前の問題だ。一体何が、お前の力の発現を妨げているのか。心当たりがあるなら、話してみろ。」
休憩がてら縁側に座り、光弘は輪路から話を聞くことにした。輪路は最初は言うのを躊躇ったが、どうせこのままでは解決しないだろうし、ならなんでも試してやろうと、結局光弘に話すことにした。
「……憎しみのままに仇討ちをした、か。」
「絶対にやっちゃいけないことだってわかってた。けど俺は、あいつらの全てを言葉で踏みにじったブランドンを許せなかったんだ。気付いたらもう、俺はブランドンを憎んでた。憎んだまま、あいつを倒してたんだよ。」
ブランドンとの戦いには勝った。だが、輪路は己自身の心に負けてしまったのだ。正影から、自分の代わりに美由紀を幸せにして欲しいと託された。そんなことは託されるまでもなく、最初からそうするつもりだった。だから誓った。絶対に美由紀を幸せにすると。だが、こんな弱い自分で本当に美由紀を守りきれるのかという不安を、拭いきれていないということが、さっきの霊石の件でわかった。輪路が心に負っていた傷は、彼の想像を越えて深かったのだ。
「俺は弱い。周りの連中は強いって言うが、俺は強くなんかない。ただ偶然に恵まれて、強くなった気になってただけなんだよ。」
完全に自暴自棄になっている。自分が吹っ切れないでいるということが、絶望となって輪路の背中にのしかかっていた。
「自分の弱さを認められるということは、強いことの証明だ。弱いやつは自分の弱さに気付けないし、気付いたとしても認められない。だがお前は、お前自身の弱さに気付けた。お前は強いよ。だからそう自分を卑下するな」
光弘は自分の弱さを認めている輪路の強さを、心から賞賛した。
「あんたの方が強いよ。」
「そりゃ自分の弱さを乗り越えたからな。けど、俺一人じゃ無理だった。」
光弘も今の輪路と同じように、自暴自棄になった時があった。幕府のために尽くそうと、ひたすら努力を続けてきたのに、いざ幕府に顔を出してみれば強すぎるから採用不可と言われたのだ。ふざけるなと思った。もうその瞬間に、この国の全てを吹き飛ばしてやろうと思った。だが、それでは本当に自分が努力した意味が失われてしまうと思い直し、踏み留まったのだ。そして、由姫に出会った。彼女と出会い、討魔士の世界を知り、その世界で自分はまだまだ弱いと知った。弱さを乗り越えようとさらなる努力を重ね、そして弱さを乗り越え世界最強の討魔士になったのだ。
「お前はまだこれからだ。もっともっと強くなれる。お前は必ず、俺以上の討魔士になれる。だから、強くなれ。自分の弱さに負けたままじゃ、情けねぇだろ?」
「……」
輪路は考える。確かにその通りだ。負けたままでは、あまりにも気分が悪い。なら、乗り越えよう。強くなって、この弱さを乗り越えようと思った。
山の中のどこか。
「いつまでも……いつまでも……」
それは、自分の縄張りに踏み込んだ少女達を捜していた。
「いつまでも……イツマデモ……」
それは、呪いの言葉。いつまでも自分達を供養しない者達への、そして、自分の縄張りに不用意に入ってきた者達への。
「イ、ツ、マ、デ、モォォォ……!!」
いつまでも追いかける。そして、必ず殺すという、呪いの言葉。
輪路は光弘に頼み、彼の技を教えてもらうことにした。まだ心の傷は癒えていなかったが、光弘の技を習得することが自分の弱さを乗り越えるための近道だと思ったから。ちなみに、これには翔も参加する。
「いいんだな?俺の技は、並みの討魔士が使える技じゃねぇぞ?」
光弘は確認を取る。光弘の廻藤流討魔戦術は、ほぼ光弘にしか使えない技ばかりだ。普通の討魔士が強引に使おうとすれば、恐らく一回放てば死ぬ。それくらい危険で、かつ強力な技だ。
「悪いな。俺は並みの討魔士じゃねぇんだよ」
「同じく。」
が、輪路も翔も並みではない。未来における、最強クラスの討魔士なのである。
「ふん。いい覚悟だ」
その二人の覚悟を汲んで、光弘は自分の技を教えることにした。
「……!」
ふと、由姫が何かに気付く。美由紀が尋ねた。
「どうしたんですか?」
「……邪悪な気配が、だんだんこっちに近付いてます!」
同じく気配を感じ取ったソルフィが、気配に対して警戒する。と、また同じように気配を感じてか、妖怪三人娘が目を覚ました。
「この気配……まさか!?」
「まだわしらを追ってきとったんか!?」
「完全に撒いたと思ったのに……!!」
美由紀は三人にも尋ねる。
「心当たりがあるの!?」
「実はわしら、ここに来る途中で、野ざらしにされた死体を見たんじゃ。」
「どうもその死体、ちょっと訳ありだったみたいで……」
「魂が以津真天になっていたんです!!」
「以津真天?」
「きちんと供養されずに野ざらしにされた死体の魂が変質した、鳥の妖怪です。」
美由紀が聞き慣れない言葉に、ソルフィが説明する。麗奈達は運悪く以津真天の縄張りに入ってしまい、追いかけられていたのだという。撒いたと思っていたが、どうやらまだしつこく追ってきていたようだ。
「おい光弘。なんか妖怪がこっちに向かってきてるみたいだぜ?」
「まずどんな技か使ってみせるから、しっかり見とけよ。よく見なきゃわからないからな」
輪路は以津真天が向かってきていることを光弘に伝えるが、光弘はなぜかそれを無視している。
と、
「イツマデモ……イツマデモ……」
森の向こうから、不気味な声が聞こえてきた。
「何ですかこの声!?」
「以津真天の鳴き声です!すぐそこまで来てます!」
美由紀が訊くと、ソルフィが答える。すると、
「イツマデモォォォォォ!!!」
木々を吹き飛ばし、巨大で不気味な怪鳥、以津真天が飛んできた。
「来たぁぁぁ!!」
瑠璃が叫んで、両手で頭を覆う。吼える以津真天。
だが、
「イ、ツ、マ、デ!!」
「うるさい。」
「モッ……」
光弘が以津真天に向かって片手の銀獅子丸を向けた瞬間、ボッ!!と音がして以津真天は塵になった。
「今大事な話をしてるんだ。お前こそいつまでもこの世に留まって、人様に迷惑掛けてんじゃねぇよ。」
光弘は迷惑そうな顔をしている。ともあれ、以津真天は成仏した。いや、強制的に成仏させられたと言うべきか。
「い、今、何が……」
命斗は目を見開いて驚いている。剣を向けられただけで、以津真天が塵になったようにしか見えなかった。だが、由姫と輪路、翔にだけは、何が起きたかわかっている。
「一度にとんでもねぇ数の斬撃を叩き込みやがった。」
普通一度に放てる斬撃は一回だけだ。しかし光弘は、一度振ると同時に一億以上という凄まじい数の斬撃を叩き込んだのである。もっとも輪路には一億回も見えず、ただ大量の斬撃を放ったようにしか見えなかったが。
「これが、今からお前達に教える技。廻藤流討魔戦術奥義、必滅の瞬きだ。慣れれば今みたいに、片手で放つこともできる。」
「あれほどの斬撃を、片手で!?」
翔は驚いた。あんな数と速さの斬撃を一度に叩き込むなど、怪我を負う前の飛鳥でも不可能だ。光弘が協会においても、どれほどの怪物だったかが伺える。三郎が生きた災害と言うわけだ。で、その三郎が二人に尋ねる。
「お前ら本当にこの技を光弘から習うつもりか?はっきり言って相当無茶な技だぞ?」
「……そりゃ確かにな。だが、無茶を乗り越えなきゃ、俺は強くなれねぇ。」
この技を習得できれば、また霊石を使えるようになれるかもしれない。輪路には、殺徒と黄泉子という、絶対に倒さなければならない相手がいる。奴らに勝つためには、今よりもっともっと強くならなければ。
「俺もだ。青羽家の跡取りとして生まれた時から、この命の全てを協会のために使うと決めている。」
翔もまた、同じ覚悟だった。己の命は協会のためのもの。しかし、命を使うには力が必要だ。そのための力が、一刻も早く欲しい。
「……わかったよ。そこまで言うなら、もう止めねぇ。その代わり死ぬなよ」
止めるだけ無駄だと思った。何か、譲れないものを背負っていると感じたから。
「じゃ、始めるか。」
そして、特訓は始まった。
*
夜になったが、二人が必滅の瞬きを習得することはできなかった。ただ、輪路はかなり形になってきており、最低でも一度に十発の斬撃が放てるようになった。
「すげぇな。俺でも十発撃てるようになるまで丸一日掛かったってのに、お前は半日以下か!」
「ま、まぁな……」
驚く光弘に、輪路は息も絶え絶えながら答えた。少し裏技をしているのだが、光弘はそれを知らない。ちなみに翔は、光弘と戦い方が違うため、少し苦労しているようだったが、それでも片方が五発ずつ放てるようになったので、やはり十発だ。翔は輪路のような裏技はしていないので、そこまで早く習得はできないはずだが、もしかしたら構想自体はずっと前からしていたのかもしれない。
「三人とも!晩御飯ができましたよ!」
夕飯の完成を告げる由姫。今日は美由紀とソルフィも一緒に手伝って作ったので、かなり豪勢だ。ちょうどそのタイミングで、喜助も帰ってきた。
「ただいま。ん?その子達、もしかして妖怪?」
喜助は麗奈達の存在に気付いた。討魔士二人の息子なだけあって彼も多少の霊力を持っているが、光弘は思うところがあって彼を討魔士にしていない。だが知識だけは与えているため、喜助は幽霊や妖怪を見ても驚かないのだ。
「今日からウチで一緒に暮らすことになったの。あなたの妹分よ」
「へぇそうかぁ!俺兄ちゃんになったんだなぁ!」
喜助は嬉しそうだった。まぁ、兄と呼ぶにはあまりにも歳が離れすぎている気がしないでもないが。
「三人とも、よろしくな!」
「よろしくなのじゃ!」
「は、はい……」
「よろしくお願いします!」
麗奈と命斗は元気一杯に、瑠璃はおずおずと挨拶した。
その後、一同は夕食を終えて、それぞれ過ごした。
「今夜は満月か。」
光弘は酒を飲みながら言った。この前買ってきて、結局飲みそびれてしまった酒だ。
「お前も飲むか?」
「俺は酒が飲めねぇ。下戸なんだ」
「下戸?俺は酒が好きなんだが、お前俺の子孫のくせにそこは受け継がなかったんだな。」
「余計な世話だ。」
光弘は盃を輪路に渡そうとするが、輪路は酒がダメなので、仕方なく光弘一人で楽しむ。
「ああ美味い。今夜の酒は格別に美味いな」
「そうか。」
光弘は美味そうに酒を飲むが、輪路は酒の味などわからないので、大して興味がない。麗奈を膝枕して寝かせてやっている由姫は、同じく瑠璃を膝枕してやっている美由紀に言った。
「三年前、ぬらりひょんっていう妖怪が町に来てね、ちょうどお酒を買いに町まで行ってた私達と鉢合わせちゃったの。そしたら光弘さん、お酒を落とされて割っちゃってね。俺の酒をよくも!って、ものすごく怒ったのよ。」
「本当に好きなんですね。」
その話は三郎からも聞いたが、やはり本当のことだったようだ。命斗は翔に尋ねる。
「明日の稽古、私も参加していいですか?」
「構わないが、なぜ俺に?」
「見てましたけど、翔さんは二刀流なんですよね?私も二刀流なんです。」
命斗は、今までずっと麗奈と瑠璃を守ってきた。三人の中では、彼女が一番強い。そして二人を守るために、もっともっと強くなりたいと思っていた。そのためにはやはり、腕の確かな者に師事して戦い方を学んだ方がいい。
「お願いします。もっと強くなりたいんです」
「……わかった。俺もまだ未熟な身だが、教えられるだけのことは教えよう。」
「ありがとうございます!」
「ふふ。翔くんにも、可愛い後輩ができたね。」
ソルフィは笑った。喜助は明日も早いので、もう就寝している。三郎はもう帰った。
「……なぁ輪路。俺はな、お前がこの時代に来たのは偶然じゃないって思ってるんだ。」
光弘は輪路がこの時代に来たこと。そして、自分と出会ったことに運命を感じている。輪路も考えてみたが、確かにできすぎているように思った。
「とにかく、お前が来てくれてよかったよ。俺の血筋も、あと二百年は確実にもつってわかったんだからな。」
「まぁな。」
と、輪路は思った。
「なぁ光弘。究極聖神帝になる方法を教えてくんねぇか?」
よくよく考えれば、光弘は輪路が求める究極聖神帝になったただ一人の討魔士だ。せっかく出会えたのだから、究極聖神帝になる方法を知りたい。
「究極聖神帝?何だそりゃ?」
「全霊聖神帝からさらに強化された、最強の聖神帝だよ。二百年後の未来じゃ、あんただけがそれになれたって語られてるんだ。」
「……知らねぇな。今初めて聞いた」
「私も知らないわ。」
だが、光弘は究極聖神帝になる方法を知らなかった。由姫も初めて聞いた単語らしい。美由紀は言う。
「多分、今の光弘さんはまだ究極聖神帝になる前の光弘さんなんですよ。」
「マジかよ……せっかくだから聞こうと思ったのにな……」
「……究極聖神帝か……」
光弘は月を見上げて考える。今の光弘は、実を言うとまだ全霊聖神帝にさえなれていない。だが究極聖神帝とやらは、その全霊聖神帝の先にあるらしい。
「俺はまだ強くなれるってわけか。いや、強くならなきゃいけないってことだな」
今の時点で、もう光弘に勝てる者はいない。今のままで十分だと思っていた。だが未来でそう語られているということは、今よりずっと強くならねばならない状況が来たということだ。やはり、輪路達がこの時代に来てくれてよかったと思った。自分の慢心を、彼らの存在が打ち破ってくれたから。
「……すまねぇな。俺がもう少し強けりゃ、お前に協力できたのによ。」
しかし、あまりにも遅すぎたと言える。究極聖神帝にこぎつけるには、間に合いそうにない。
「いや、あんまし強くなられても、他の人が大変だと思うんだよなぁ。」
輪路は呟く。
「とにかく、お前は一刻も早く調子を取り戻せ。霊石も使えないんじゃ、究極聖神帝なんて夢のまた夢だからな。」
「……ああ。」
輪路は今日、結局霊石を使えるようにはなれなかった。このままでは、現代に戻っても殺徒には勝てない。どうにか霊石を使えるようになってから、元の時代に戻りたいと、輪路は思った。




