第四十三話 アンチジャスティス 後編
前回までのあらすじ
アンチジャスティスの本部ビルへと乗り込んだ輪路は、新技レイジンジェミニを使い、激闘の果てに正影を破った。美由紀を奪還した輪路は全てに決着をつけるため、ブランドンの待つ屋上を目指すのだった。
人には善性と悪性の二面が必ずある。この二つのどちらが人間の本質かと聞かれた時、ほとんどの人が両方だと答えるだろう。
だが、ブランドン・マルクタース・ラザフォードは、そうではなかった。
幼少の頃の彼は、どちらも人間の本質であり、どちらか片方のみが本質などあり得ないことだと思っていたのだが、ある時事件が起きた。ブランドンが、まだ討魔士として修行中だった頃、アーリマンと同じ悪の属性の神が出現し、暴れ回ったのだ。協会はこの神を討滅しようと奮戦したが、倒すことはできず、封印するのが精一杯だった。映像で見ていたため現場にいたわけではないのだが、正義の討魔士達を次々と蹴散らし、挙げ句封印するのが限界という悪神の力を見て、ブランドンはこう感じたのだ。悪がこれほどまでの力を持つというのなら、悪こそが人間の本質なのではないのか?と。
そう思いながら迷っていた時、ある男が現れた。不思議な男だった。見たこともない鎧を着込んでおり、いつの間にかブランドンの自室に現れていたのだ。
『お顔が優れないようで。何か悩みがあるのなら、私がお聞きしますよ?』
そう言われたので、己の疑問をぶつけてみた。すると、男はこう返した。
『人間の本質はどこまで行っても、善と悪の二つのみです。どちらか片方のみということはない』
やはり、二つ揃ってこそ、人間の本質は成り立つらしい。だが、男の話はまだ終わっていなかった。
『しかし、悪は度々善を上回る。もしかすると、人の悪性は善性を塗り潰すことができるのかもしれません。ともすれば、人間の本質を善と悪の二つにするのではなく、悪一つのみにすることも可能なはずです。あなたは悪の方が本質だと感じたのですよね?悪の方が、善より強いから。』
ブランドンは頷く。
『ではあなたの望むようにすれば良いではありませんか。所詮この世界は、強い方が正しいのです。悪が強いければ、悪が正しい。そう、悪こそが人間の真実の本質なのです。』
『……強い方が正しい。悪の方が強いから、悪こそが人間の本質……』
気が付くと男は消えていたが、ブランドンの考えは消えなかった。悪こそが人間の本質である。それを証明するために、ブランドンはあらゆる悪行を美徳とするアンチジャスティスを作ることを考えたのだ。
*
アンチジャスティスの究極の目的は、悪神アーリマンを召喚し、その力で人々の善性を悪性で塗り潰すこと。人間の本質を悪に統合することで、古来から長く続く善と悪の戦いに終止符を打つことである。
「……来たか。正影すら敗れるとはな」
ビルの屋上でアーリマン召喚の呪文を唱えていたブランドンは、呪文を中断して背後を向いた。そこには輪路と、彼に肩を貸している美由紀がいる。
「だが全ては手遅れだ。もう間もなく最強の悪神アーリマンが、この星に降臨する。」
「手遅れかどうかは、まだわかんねぇだろ?」
輪路は美由紀から離れ、シルバーレオを抜く。
「わかるさ。」
ブランドンもまた討魔剣を抜いた。
「離れてろ美由紀。すぐにケリ着けてやる!!」
「輪路さん!!」
「はぁぁぁっ!!!」
輪路はシルバーレオを振り上げ、ブランドンに向かって駆け出す。
「……」
ブランドンは落ち着いて、振り下ろされるシルバーレオを討魔剣片手持ちで受け止めた。
「……くっ!!」
輪路は再びシルバーレオを振り上げ、上げた勢いで横に一回転し、一撃を放つ。しかし、それもブランドンは息一つ乱さずに、やはり片手持ちで受け止める。
「おおっ!!」
鬼気迫る勢いでブランドンと打ち合う輪路。しかし、対するブランドンは、片手持ちのまま。本気の両手持ちにならない。やがてブランドンは輪路の一撃を弾き、空いている片方の手で、顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ!!」
たった一発、それもブランドンからしてみれば大した力も入れずに殴った拳で、輪路は倒れてしまった。
「どうやら正影は、私が思っていた以上にお前を弱らせてくれたようだな。」
もし輪路が万全の状態で戦っていれば、さしものブランドンとて瞬殺されている。だが正影との戦いで負った重傷が、輪路の攻撃を鈍らせ、弱らせ、耐久力を脆くしていたのだ。
「望んだ結果は出せなかったが、まぁ良しとしよう。道具にしてはいい働きだからな」
本当なら正影に輪路を倒してもらいたかったのだが、ここまで弱らせてくれているなら、正影はきちんと自分の道具としての勤めを果たしたと、ブランドンは頷いた。
「道具なんて……そんなひどい!!あの人はあなたが造ったんでしょう!?」
「言うだけ無駄だ美由紀。こいつにとって、アーリマン以外は全部道具なんだよ。でなきゃ、こんな狂った真似なんてできるわけがねぇ。」
「そうだ。アンチジャスティスなど、私にとっては単なる駒にすぎん。これを作るためのな」
ブランドンは服のポケットから何かを取り出した。それは、ビー玉のような小さい、黒い球だ。しかし輪路は、それがただの球ではないということを、本能的に察する。ブランドンは説明した。
「これは人間の怒り、嘆き、苦痛、様々な負の感情を凝縮した、悪意の塊だ。世界中からより多くの悪意を集めるには、私一人では時間がかかりすぎるからな。ゆえに私は、悪意を生み出し、集めるための効率的な手段として、アンチジャスティスという組織を結成したのだ。」
この宇宙はクトゥルフ神話の主神、アザトースが創り出したものであり、アーリマンはそれを奪おうと戦い、外宇宙に追放された存在であるという。そしてそれを呼び寄せるために、今からブランドンがアーリマンのいる外宇宙への門を開く。悪意の塊は、アーリマンがこちらにたどり着くための目印として、必要なものなのである。
「あと一文呪文を唱え終えれば、外宇宙への門が開く。そうすればアーリマンはこの悪意の塊を目印にして、ここにたどり着くのだ。」
「そんなこと、やらせるわけねぇだろ……!!」
輪路はシルバーレオを杖のように使い、よろめきながらも立ち上がる。
「無理はよせ。お前はそのまま、アーリマンが降臨する瞬間を目の当たりにしていればいいのだ。そんな弱った身体で、私に勝てるはずがないのだからな。」
「うるせぇ!!何でもねぇんだよこんなもん!!」
輪路は弱っていることを指摘されながらも、それを無視して再びブランドンに立ち向かう。
「仕方ないやつだ。」
ブランドンはそう言うと、討魔剣に霊力を込めて一度だけ振った。すると、剣から無数の霊力刃が飛び出し、さらに大量に分裂して輪路の全身を切り刻んだ。
「ぐあああああああああああ!!!」
「輪路さん!!」
吹き飛び倒れる輪路に、美由紀が駆け寄る。
「ラザフォード流討魔戦術、サウザンドエッジ。こんな初歩の技も防げない今のお前に、私を倒せるものか。」
「く……そ……!!」
輪路は全身血まみれになり、それでもブランドンを睨み付ける。それに構わず、呪文を唱えるブランドン。門を開く呪文が、あと一言で完成する、といったところで、
「むっ!?」
突如として一本の討魔剣が飛来し、ブランドンはそれを弾き飛ばした。
「……シエル……」
そこにいたのは、シエルだった。討魔剣をキャッチして、ブランドンを見る。
「廻藤!!」
「廻藤さん!!大丈夫ですか!?」
続いて翔、ソルフィ、ダニエル、シルヴィー、賢太郎、彩華、茉莉、七瀬、明日奈、暦がやってくる。
「お前ら……」
「廻藤さん!!回復薬です!!」
ソルフィは輪路に回復薬を飲ませる。ドールサクリファイスでは、ダメージは回復できても、霊力は回復できないので、当然の処置だ。まぁ、輪路の体力も霊力も桁外れに高まっているため、一本の回復薬ではとても回復しきらないのだが、とりあえず立って戦えるようにはなった。
「全く、とんでもない無茶をするやつだなお前は!!」
「その通りだ。貴様がやったことは謹慎処分に値するぞ」
「二人ともお説教は後にして!!今は目の前のブランドンですよ!!」
独断専行した輪路に怒りをぶつける翔とダニエルだったが、シルヴィーの仲裁によって場を収める。
「師匠!!無事だったんですね!!」
「相変わらず、廻藤さんってぶっ飛んでますよねぇ。」
「賢太郎、茉莉、お前らまで……」
「三郎ちゃんから廻藤さんが大変だって聞いたので、旅行先から飛んできたんです!!」
「……三郎……あの野郎黙っとけっつったのに……」
「まぁまぁ、水くさいじゃないのさ。あたいらに黙って勝手に一人で最終決戦なんて」
「なんか面白そうだから私も来ちゃいました。人手は多い方がいいでしょ?」
修学旅行先から、彩華と明日奈も駆けつけてくれた。暦は明日奈から頼まれて、輪路を助けに来たのだ。と、賢太郎が唐突にナイアに替わる。
「けど、ボクは君を助けに来たわけじゃない。あくまでも、君が死なないように来ただけだ。あんな雑魚一匹始末できないようじゃ、黒城殺徒はとても倒せないよ。わかってるね?」
「……ああ。わかってる」
輪路は全員を押し退けて言う。
「お前ら。せっかく助けに来てくれたところ悪いが、全員引っ込んでてくれ。これは俺の問題だからな」
「引っ込むのはあなたの方です。これは私の一族の不始末ですから、私が決着をつけなければならないのです!」
しかし、シエルは引き下がらなかった。自分の兄は自分で倒すと、一歩も引かない。ブランドンは挑発した。
「ほう、お前に殺せるのか?実の兄を。」
「やります。今のあなたには、私が憧れていたあの兄の姿など、微塵もありません。もうあなたは、倒さなければならない悪なのです!」
「……悪。悪か……ではお前に問おう。なぜ善と悪は戦い続けている?」
「善と悪は対立するものであり、相容れることはないから。」
「その通りだ。ゆえに、古くから善と悪は戦い続けてきた。では、次の質問だ。この戦いはいつまで続く?いつになったら終わる?どうすれば終わらせることができる?」
「……それは……」
シエルは答えることができなかった。なぜなら……
「そうだ。終わりなど永遠に来ない。なぜなら、善と悪は存在しているだけで、争いを起こすからだ。人間の中に善と悪の二つが存在している限り、この世から争いが消えることはない。戦いを終わらせる方法はただ一つ。人間の本質を、善か悪のどちらかで塗り潰し、片方だけにすることだ。」
そしてブランドンは、人間の本質を一つにするため、悪を選び、悪のみの性質を持つアーリマンを頼ったのだ。そしてアーリマンによって悪性を支配された人間は、アーリマンに隷属する。そのアーリマンを、ブランドンが使役するのだ。
「そうすれば善と悪の不毛な戦いは終わり、この世界は平和になる。わかるか!悪による人々の意思の統一こそが、真の世界平和なのだ!」
「わかりません!!そんなものは、断じて平和ではない!!」
「その通りだ!!第一わからないのか!?悪は人々を不幸にするだけだ!!そんな不幸に満ちた世界が、平和などであるはずがない!!」
「善と悪両方を備えてこその人間だ!!一つの本質に塗り潰された存在など、もはや人間ではない!!貴様の考えは間違っている!!」
ブランドンの意見に猛烈に反対するシエル、翔、ダニエルの三人。それを聞いたブランドンは、はぁ、と深いため息を吐き、言う。
「どうやらお前達とは、最後までわかり合えないらしい。ならば、私がやるべきことは一つ。」
ブランドンは討魔剣を頭上に突き上げる。
「来たれ悪神アーリマン!!この地に降臨せよ!!」
呪文の最後の一言を叫んだ。すると、天空に巨大な、時空の渦が出現する。ブランドンが、外宇宙への門を開いたのだ。さらに、悪意の塊を放り投げる。悪意の塊はどうやら厳重な封印が施されていたようで、投げた瞬間にとてつもなく巨大な球体へと変化する。
「感じるぞ……素晴らしい悪の力を!!」
門の向こうから、とんでもない力の塊がやってくるのを感じる。ブランドンは力の接近を感じ取り、歓喜する。
「「はっ!!」」
明日奈と暦が霊力弾を放つと、悪意の塊は呆気なく消滅する。さすがに神の力を持つ明日奈と暦の力が相手では、たくさんの人間から集めた悪意といっても、霧散するしかないだろう。
「今さら消してももう遅い。既にアーリマンの感覚は、この時空を捉えた!もう目印なしでもたどり着ける!!」
ブランドンがそう言った瞬間、時空の門に変化が起きた。
門の中から、黒い鱗に覆われ、鋭い爪が生えた手が飛び出してきた。その腕がもう一本飛び出し、最後にトカゲに似た頭が出てくる。それがチロチロと舌を出しながら、こちらを見てきたのだ。そう、この巨大な怪物こそ、ブランドンが召喚を夢見てやまなかった悪神、アーリマンである。アーリマンは実体を持たない神だが、実体を持って出現する際は、爬虫類に似た姿で現れるというので、まず間違いないだろう。
「あ、あれが、あのでっかいトカゲが、アーリマンなの!?」
「茉莉お姉ちゃん!怖い!」
アーリマンが放つ威圧感を浴びて、茉莉と七瀬は抱き合って震える。
「見た目はでっかいトカゲだけど……」
「力は間違いなく神ね。それも、天照や月読とは比べものにならないくらい、高位の神だわ……!!」
暦の話だと、自分達が宿している神よりも、ずっと高位の神らしい。誰もが畏怖の念を抱く中、美由紀だけが、実は他の者と違った感情を抱いていた。
(……どうして?こんな神様、怖いはずなのに……)
美由紀は、アーリマンに恐怖を全く感じていない。それは最初、輪路がそばにいてくれているからだと思っていたが、どうも違うようだ。何というか、心が牽かれる感じがする。怖いどころか、もっと見ていたい。いや、アーリマンに触れたいとすら感じている。
(おかしい!!私どうしちゃったの!?)
どう考えてもおかしい感情を抱いてしまっていることを自覚し、困惑する美由紀。そんな彼女を無視するように、アーリマンはブランドンを見た。
「我をこの星に呼んだのは貴様か。」
威厳ある声でブランドンに尋ねるアーリマン。
「そうだ。私の目的を達成するために、お前の力が必要なのだ。悪神アーリマンよ」
「ははは。我をアーリマンと知り、その姿を目にしてなお、我を利用したいと申すか。いやはや、大した野心家だ。その不遜な態度、気に入ったぞ。なら我は貴様の望みを叶えてやろう」
どうやらアーリマンは、自分を全く敬おうとしないブランドンの態度を見て悪意を感じ、その悪意を気に入ったようだ。
「して、貴様の望みは何だ?」
「人類の、いや、全生命体の本質を悪に統合すること。そして、それを邪魔する者を滅ぼし尽くすことだ。」
ブランドンは自分の目的をアーリマンに伝え、そのために必要なことを話す。
「さぁ、私の目の前にいる善にすがる者どもを、皆殺しにしろ!!」
ブランドンからそう命じられて、アーリマンは輪路達を見る。すると、
「心得た。」
アーリマンはニヤリと笑って、目から光線を出した。
「はっ!!」
シエルがいち早く反応し、結界を張ってそれを防ぐ。しかし光線の威力はシエルの予想を越えており、結界に亀裂が入り始めた。
「神帝、聖装!!」
それを見て長くは防げないと悟った輪路は、レイジンに変身。
「レイジンスパイラル!!!」
レイジンスパイラルで光線を巻き込み、アーリマンへと叩き返した。対するアーリマンは、それを片手を振るだけで、かき消してしまう。アーリマンの攻撃にレイジンの霊力を上乗せして返したはずだが、元々アーリマン自身にとって大した攻撃ではなかったらしい。
「ほう、返したか。ならばこれはどうだ?」
アーリマンが片手をかざすと、彼の周囲に無数のエネルギー弾が出現する。一発一発が先ほどの光線以上の力を秘めており、それら全てが複雑な軌道を描いて、四方八方から同時に襲い掛かってきた。これはレイジンスパイラルでは返せない。返せたとしても、三発程度が限界だ。残りは防ぎきれずに喰らってしまう。
「「「神帝、聖装!!」」」
それがわかった残りの三大士族達も一斉に聖神帝に変身し、範囲攻撃を連発して、エネルギー弾を落としに掛かる。すると、あることに気付いたシエルが言った。
「アーリマンはまだ完全に召喚されてはいません!!今なら退散させることができます!!」
アーリマンの力は恐ろしく強大だ。このまま戦っても、良くて相討ちに持ち込むのが限界だろう。だが、アーリマンはまだ上半身しかこの星に召喚されていない。アーリマンを門の向こうに押し返し、門を閉じることができれば、退散させられるのだ。しかし、シエル一人の力でアーリマンを押し返すことはできない。その上、まだ門を閉じるという作業が残っている。門の破壊は、シエルとナイアにしかできないだろう。だが、
「手助けはしないと言ったはずだ。君達が全力を尽くして、それでもどうしようもなかった時だけ、助けてあげるよ。」
ナイアにはこちらに協力する意思がない。彼女一人でこの状況はいくらでも終息させられる。しかし、自分がそれをやっては意味がない。この世界を守れるだけの力があるかどうかを、審査する立場にあるからだ。だから、ギリギリまで輪路達に任せる。そして輪路達が死力を尽くして戦っても勝てなかった場合のみ、ナイアは協力するのだ。
「では、アーリマンを押し返す役目は、我々が引き受けます。」
そう言ったのはヒエンだった。ナイアに協力を頼んでも無駄だと悟ったヒエンは、自分達三大士族がアーリマンの相手を引き受けると決めたのだ。
「じゃあ、あたい達も奴の相手をするよ!」
「……本当は子供に戦わせるなど忍びないが、神の力を宿す巫女に鈴峯の跡取りとあっては、仕方あるまい。」
明日奈達高校生組も、アーリマンへの攻撃を決めた。ウルファンとしてはあまり賛成できなかったが、魔物退治の巫女に討魔士の家系の子であるので、戦う使命にあったのだと割り切ることにした。
「じゃあ俺は当初からの予定通り、ブランドンの相手をするぜ。」
ブランドンの望んだ世界が、もうすぐ実現しようとしている。それを阻止しようとする存在など、絶対に許しはしないだろう。必ず邪魔してくる。本当ならレイジンもアーリマン撃退組に加わるべきなのだが、このメンバーでブランドンと戦って一番勝率が高いのはレイジンなのだ。他の者では、ブランドンと戦っても勝てないかもしれない。それに比べれば、倒さずに外宇宙に押し返すだけであるアーリマン撃退組の方が、ずっと楽なはずなのだ。
「いいな?シエル。」
「……仕方ありません。その代わり、必ず勝つこと。約束できますね?」
「ああもちろんだ。ナイア、お前は美由紀を守ってろ。かすり傷一つでも付けたら許さねぇからな」
「わかってるよ。」
「ソルフィ、力を貸して下さい。私一人では、あの門を破壊するのに時間が掛かります。」
「わかりました。」
役割分担は決まった。レイジンは全ての元凶である、ブランドンの前に立つ。
「私の望みが叶うまで、あと一歩という所まで来ているのだ。邪魔はさせんぞ!!神帝、聖装!!」
ブランドンはレイジンを迎え撃つため、聖神帝カイゼルに変身する。
「ケリ着けようぜ。クズ野郎!!」
レイジンはシルバーレオを構えて、カイゼルに突撃した。
「全霊鳳凰!!!」
「オールファングリッパー!!!」
「オールスクリュー!!!」
「天照大君煌!!!」
「月光浄魂波!!!」
三大士族は全霊聖神帝に変身し、巫女二人も同時に必殺の光線をアーリマンへと叩き込む。
「ぬ……」
さすがにこれだけの攻撃を一斉に受けては、アーリマンといえど下がる。だが、完全に押し返すにはまだまだ出力が足りない。
「行きますよ!!密かに練習していた奥義!!」
彩華は右腕を腰溜めに引き、
「絶拳波!!」
拳を繰り出すと同時に霊力の光線を放った。
「お手伝いする!!」
「あたしは霊力がないから、こんなことしかできないけど!!」
絶拳波は外部から相手を打ち砕く強力な技だが、その分反動が強く、茉莉は彩華が吹き飛ばされたりしないよう後ろから支え、七瀬がさらに威力を上げようと彩華に霊力を与えてサポートする。これにより、さらにアーリマンが門の奥へと押し込まれる。シエルとソルフィはアーリマンが門の奥に消え次第、すぐ門を破壊できるよう術の構築と、霊力の充填を行っている。だが、
「ええい鬱陶しい!!」
アーリマンが力を入れて両腕を振ると、全ての攻撃は消されてしまい、さらに怒ったアーリマンが口から吐いた光線によって、討魔士達は吹き飛ばされてしまった。
「くくく、素晴らしいぞアーリマン!よくやった!」
カイゼルは今の攻撃を、咄嗟に結界を張ることで防いだ。が、レイジンを含めた他の者達は、アーリマンの攻撃を防ぎきることができず、たった一撃で全員満身創痍だ。ちなみに、このビルはカイゼルの力で造られたものなので、破壊はされない。破壊されても、すぐに修復できる。と、
「……しぶといな。」
カイゼルは、自分以外にも今の攻撃をしのぎきった者達がいることに気付いた。ナイアと美由紀だ。ナイアが張る結界は、カイゼルのそれより遥かに強力であるため、防ぎきれたのである。
「……」
美由紀は、レイジンまでもが攻撃にさらされたというのに、何も感じていなかった。あるのはただ、アーリマンに触れたいと思う気持ちのみ。
(触りたい。あの神様に触りたい……!!)
身体が吸い寄せられるかのように、足が勝手に歩き出してしまう。しかしそれを、ナイアが美由紀の腕を掴むことによって止めた。
「その感情に従っちゃダメだよ。まだ死にたくないならね」
ナイアは美由紀が感じている気持ちを見抜き、その上でそれに従ってはならないと言った。そこでようやく、美由紀は正気に戻る。
「わ、私は何を!?」
あんな恐ろしい存在に惹かれるはずがない。わけがわからず、美由紀は取り乱している。と、アーリマンがナイアに話し掛けてきた。
「この力の波動……貴様、ナイアルラトホテップか!原初の混沌の従者が人助けとは、ずいぶんと丸くなったものだな!」
「うるさいよアーリマン。負け犬の分際で、よくまたこの宇宙に顔を出せたもんだ。厚顔無恥って言葉は、お前のためにあるような言葉だよ。それとも悪心しかないから、恥なんて感じてないのかな?この死に損ないめ!」
「ナイアさんすごい煽りますね……」
口を開けば罵倒のマシンガントーク。一度勝った相手だから怖くないというのもあるだろうが、自分の主人を敵に回した存在だから嫌いなのだろう。いずれにせよ、美由紀は引いていた。おかげで困惑がいくらか和らいだ気もする。
「しかし、どうも万策尽きちゃったみたいだね。君達弱すぎだよ!光弘やエリックはもうちょっと骨があったのに!」
勝手に失望された。だが、レイジンはまだ回復しきっていなかったし、アーリマンの力は強大なので、仕方ないといえば仕方ないのだが。
その時だった。
「アーリマンの撃退は、俺がする。」
屋上に、一人の男が現れた。美由紀とレイジンは、その男を見て驚く。
「あ、あなたは……!!」
「ま、正影!!」
そう、正影だ。先ほどレイジンが倒したはずの正影が、この屋上に現れたのだ。カイゼルは驚く。
「正影、生きていたのか!?いや、それよりも今、貴様何と言った?アーリマンを撃退すると言ったのか?」
「ああ、そうだ。」
「貴様、裏切るというのか!!私に造られた恩がありながら!!」
「……そのことには感謝している。だが、それ以上に俺は、美由紀のための戦いがしたくなっただけだ。」
正影は美由紀に、輪路の影として依存しない生き方をして欲しいと言われた。だからそうしようと思った。しかし、それでも美由紀のことが忘れられなかったのだ。
「俺は輪路になるために戦うんじゃない。正影として戦う!そのために俺はここに来た!!」
正影として戦い、美由紀を守る。それが、彼が出した答えだ。
「神帝、聖装!!」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アーリマンを撃退するためにカゲツに変身する正影と、それに激怒して襲い掛かるカイゼル。だが、復帰したレイジンがカイゼルの攻撃を阻む。
「いいぜ。やってみろよ!こいつは俺が押さえる!!」
「頼むぞ!!」
カゲツは跳躍し、
「カゲツスラッシュ!!!」
アーリマンの顔面にカゲツスラッシュを叩き込んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
出力を上げて、どんどんアーリマンを門の向こう側に押し込んでいく。
「すごい……」
「これなら!!」
シエルとソルフィは体勢を立て直し、門の破壊に備える。その間にも、カゲツは出力を上げていく。
(……やはり、これが俺にとって最後の戦いになるな……)
実は、賢者の石の修復は、まだ完全に終わっていない。こんな状態で出力を上げ続ければ、間違いなく賢者の石は砕け散る。今も賢者の石の亀裂は、どんどん広がり続けているのだ。
(だが負けんぞ!!アーリマンを必ず、門の向こう側に押し返してみせる!!)
死を恐れてはいなかった。自分の命で美由紀を救うことができるなら、ここで死んでも構わなかった。
そして、
「おのれぇぇぇぇぇ!!!」
遂にアーリマンはカゲツの攻撃に耐えきれず、門の向こう側へと消えた。
「今です!!」
門を破壊しようとするシエルとソルフィ。
「やめろ!!」
「ライオネルバスター!!!」
「ぐあああああ!!!」
カイゼルはそれを阻止しようとしたが、レイジンがライオネルバスターを使ったことによって吹き飛ぶ。すぐに後退し、美由紀を守るようにして立つレイジン。その間にシエルとソルフィは、霊力の波動を放ち、門を完全に消滅させた。カゲツは屋上に着地し、変身を解く。いや、変身が解けた。今の攻撃で、正影の賢者の石は砕けてしまったのだ。もう変身を維持できない。じきに正影の身体も消え去るだろう。
(これでいい。いいんだ……)
正影は思った。これで、今この場で美由紀を守ることはできた。あとは、美由紀が真に愛する存在、輪路の役目だ。
「美由紀。」
そう、美由紀が愛しているのは輪路だ。だから、
「輪路と幸せになれ。」
笑顔で精一杯のエールを送った。その直後、正影の身体は砂となって崩れ落ち、ブラックライオンも砕け散った。
「ま、正影、さん……」
呆然と立つ美由紀。正影の最期を見て、ようやく賢者の石の修復が終わっていなかったこと、戦えば死ぬことを正影が知っていたことを、そしてそれでもなお自分を守るために戦ってくれたことを知ったのだ。
「正影……てめぇ、なんて死に方しやがる……この大馬鹿野郎ーーーーっ!!!!」
レイジンは叫んだ。正影として生きると誓った直後に、己の命を犠牲にしたことが、許せなかった。
「な、なんということだ……」
カイゼルは震えている。あらゆる存在への最終兵器として正影を作ったというのに、完全に裏目に出てしまったからだ。
「なぜだ!!なぜ私の言う事を聞かんのだ!!どいつもこいつも役立たずの愚か者め!!」
「……おい。てめぇ今なんつった?」
レイジンには、正影が自己犠牲のために死んだことが許せなかった。だが、それよりもっと許せないことが起きた。
「てめぇ今何て言いやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!!!!!」
カイゼルがそんな正影を駒としか見ておらず、役立たずと罵ったことだ。全霊聖神帝に変身し、シルバーレオでカイゼルのスピリソードとつばぜり合う。
「あいつはもうお前の駒でも、俺の影でもなかった!!あいつは正影だったんだ!!一人の人間だったんだよ!!それをてめぇはァァァァァァァ!!!!」
最後の最後で、正影として生きることができた彼の尊厳を、踏みにじらせなどしない。レイジンは既に自分が戦える状態ではないということを無視して、カイゼルと斬り合う。
「何が一人の人間だ!!例え何者であろうと、私に従わない者は全てゴミだ!!正影も、暁葉もな!!」
(えっ?)
美由紀はカイゼルの言動に違和感を覚えた。なぜ、この場で暁葉のことを引き合いに出すのだろうかと。
「廻藤光弘が伝説を作り、廻藤暁葉が私の邪魔をし、廻藤政行がお前に力を与え、挙げ句廻藤正影は私に逆らって廻藤輪路は私を殺しに来ている!!廻藤の血筋はどこまでも鬱陶しいゴミの一族だ!!クズどもが!!クズの集まりどもが!!!」
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
カイゼルの言動をさらに聞くことで、美由紀はカイゼルの意図を知った。カイゼルはレイジンの中の憎悪を煽っているのだ。
「輪路さん駄目!!憎しみに負けないで!!」
美由紀は必死に呼び掛ける。
「私が憎いか!!クズの一族の分際で、憎むという感情を持ち合わせているのか!!笑わせるな愚か者め!!」
「この野郎ぉぉぉぉぉ!!!!」
レイジンは決着をつけるべく、シルバーレオに全霊力を込める。カイゼルもまた、己の全ての霊力をスピリソードに込めた。
「オールレイジンスラァァァァァァァツシュ!!!!」
「カイゼルスラッシュ!!!!」
一閃、互いの刃が交錯する。
「……ぐふっ!」
勝ったのは、レイジンだった。スピリソードは真っ二つに折られ、カイゼルは変身を解いて腹を押さえながら吐血し、倒れる。だが、ブランドンは笑っていた。
「ふ、ふふふ……感じたぞ、廻藤輪路。貴様は今、確かに私を憎んでいた。やはり私は、間違っていなかったのだ。最後には必ず、悪が勝つ。お前はお前自身の憎悪に、悪に負けたのだ……!!」
善より悪が強いということを証明できたのが、嬉しくて仕方なかったのである。
「やったぞ……やはり悪こそが、人間の本質……!!」
レイジンを嘲笑うブランドン。だが、さらなる嘲笑をする前に、シエルが討魔剣でブランドンの首を斬り落とし、その命を断った。シエルが手をかざすと、ブランドンの死体からカイゼルの鎧が出てくる。死体から魂が完全に離れる前に抜き取ることで、聖神帝の鎧はその魂から切り離せるのだ。切り離したカイゼルの鎧を、シエルは自分へと吸収する。取り戻した。ブランドンに奪われた、一族の誇りを。
「……これで終わりです。廻藤さん、ありがとうございました。」
「……」
レイジンは変身を解く。輪路は暁葉と正影の仇を討ち、シエルはカイゼルを取り戻した。全てが丸く収まったはずなのに、輪路の心は晴れない。
その時だった。
「いや~、面白いものが見れたよ。」
いつの間にか彼らの近くに殺徒が現れており、拍手をしていたのだ。
「黒城……!!」
翔は殺徒を睨み付ける。だが、危機を感じていた。今の状態で殺徒と戦えば、勝ち目などない。
「そう怖い顔をしないでくれよ。僕はただ、ブランドンから面白いものが見られるって聞いたから、見に来ただけさ。今日は何もしないよ」
どうやら、殺徒に交戦の意思はないようだ。もっとも、今この場において輪路達の生殺与奪権は殺徒が握っているので、安心などできないが。
「ブランドンは面白いものを見せてくれたから、彼の魂は奪わないでおいてあげるよ。よかったね?妹さん。」
殺徒はシエルに言うが、シエルは無視する。さて、と殺徒は輪路を見た。
「感じたよ?君が実にいい感じの憎悪を出していたのを。憎悪のままに敵を倒した気分はどうだった?スカッとしただろ?でもそれじゃあ君は、君が何より嫌っていた僕達リビドンと何も変わらないなぁ。」
「!!」
殺徒から指摘されて、輪路は衝撃を受ける。今輪路は、憎悪に呑まれて殺しを行った。確かに言われてみれば、リビドンと何も変わらないことだ。自分が絶対にしてはならないと思っていたことを、輪路はとうとうやってしまったのである。
「もう一つ、君に教えてあげよう。近いうちに君は、大いなる悪の申し子と戦うことになる。その時、君は真の絶望を思い知りながら、死ぬことになるだろう。君が死んだ時、最高のリビドンになってくれることを願ってるよ!」
不吉な予言をして消えていく殺徒。同時に、結界も崩壊していく。主であるブランドンが死んだからだ。シエルは結界が消える前に、全員を抱えて協会本部へと転移した。
*
「結果的に、あなたのおかげでアンチジャスティスは壊滅しました。ですが、それでもあなたがやったことは危険の度合いを越えています。よってあなたは、二週間の謹慎処分とします。」
協会本部。シエルは輪路に、アンチジャスティスの本部に独断専行した罪を咎め、謹慎処分を言い渡した。
「……ああ。わかった」
輪路は、まるで感情がなくなってしまったかのような顔で、処分を受ける。
「……挨拶が遅れましたが、初めまして美由紀さん。私が討魔協会会長、シエル・マルクタース・ラザフォードです。」
「は、初めまして。篠原美由紀です」
シエルは輪路の表情に少し心を痛めながらも、美由紀に挨拶する。
「我々の行動が遅れたばかりに、大変な目に遭わせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」
「い、いえそんな!」
シエルと、横に立つ三大士族は頭を下げ、美由紀は慌てる。
「どうか、廻藤さんのそばにいてあげて下さい。ずいぶんと、心に傷を負ったようですから。」
「……はい。」
シエルの頼みを聞いて、美由紀は頷く。
それからいくつか話をして、輪路と美由紀は医務室に向かった。アーリマンとの戦いでダメージを受けたので、そのまま戻っては心配を掛けてしまうだろうと、治してから帰ることになったのだ。全員大事に至るような傷はなく、すぐ帰れることになった。帰りは、ナイアが送り届けてくれるそうだ。
学生達を家に送り、ヒーリングタイムに帰ってきた輪路と美由紀。何だか、ずいぶん長いことここに帰ってない気がする。
「美由紀ちゃん!!」
戻ってきた美由紀を、佐久真が抱き締めて迎える。
「ただいま、お父さん。私は大丈夫ですよ。輪路さんが守って下さったんです」
「よかった!!輪路ちゃんもありがとう!!」
「……ああ。」
ようやく帰ってきたというのに、輪路の態度は素っ気なかった。
「……寝るわ。」
輪路はそのまま、二階の自室に消えていった。
戦いには勝ったが、憎悪のままに戦ってしまい、失意の底に沈んだ輪路。そんなある日、輪路は美由紀、翔、ソルフィの三人と一緒に、過去にタイムスリップしてしまう!そして飛んだ先の時間で、輪路は偉大なる英霊と邂逅するのだった。
聖神帝レイジン長編 邂逅の時!!白銀の獅子王の系譜
近日公開決定!!




