第四十二話 アンチジャスティス 前編
前回までのあらすじ
正影に拐われた美由紀を助けるため、修行に取り組む輪路。以前より遥かに力を増した輪路は、アンチジャスティスの幹部達を一瞬で全滅させ、正影の待つ十三階に向かうのだった。
エレベーターは十三階で止まり、ドアが開く。
「よく来たな。」
ドアの外には、正影が待ち構えていた。
「美由紀はどこだ?」
しかし、いたのは正影だけだ。美由紀の姿が見えない。
「来い。」
輪路に背を向けて歩き出す正影。彼について行けば、美由紀に会えるようだ。正影はやがて一つの部屋にたどり着き、ドアを開けて中に入る。輪路もそれを追いかけ、中に入った。
「輪路さん!!」
部屋の一番奥に一本、柱があり、そのそばに美由紀がいる。
「美由紀!!」
輪路は美由紀の元へ駆け寄ろうとするが、
「待て。」
ブラックライオンを抜いた正影に阻まれる。美由紀も、一メートルほどしか前に進めなかった。彼女の右足首に鎖付きの足枷が嵌められており、鎖は柱と繋がっている。
「また邪魔をされては困るからな。」
それから正影は小さな霊力弾を作り、美由紀に向けて飛ばした。しかし、霊力弾は美由紀には当たらず、美由紀の目の前に出現した透明な壁に阻まれる。
「これから決闘を始めるのに、傷付いてもらっても困る。安全は保証する」
言われて輪路は、周囲を見回した。この部屋はとても広く、ここなら確かに全力で戦えそうだ。
「正直お前がこんなに早く来るとは思っていなかった。俺より強くなるために、一週間くらい掛かると思っていたからな。何か策でも思い付いたか?」
たった一日時間を置いただけで決闘に来るなど、普通はあり得ない。たった一日で何か策が思い浮かぶとも思えないが……
「まぁなぁ。少なくとも、俺は負けるためにここに来たわけじゃねぇんだよ。」
輪路は自信ありげに答えた。
(勝算があるということか……)
その様子を見て、正影は考える。確かに、輪路は強くなった。見ているだけでも、その力の波動が伝わってくる。美由紀が絡んでいることもあるのだろうが、本当に驚くべき成長速度だ。しかし、それでも自分には勝てない。正影はそう思っていた。何せ彼は相手がどれだけ強かろうと、状況に合わせて無限に強くなれるのである。輪路が強くなれば、自分もそれ以上に強くなればいい。何をしようと自分に勝つことなどできない。正影自身にも、自分を倒す方法が思い付かないのだ。
「さっさと始めようぜ。遊びに来たわけでもないんでな」
「そうしよう。」
二人は本題に入る。今回の決闘は、どちらが美由紀に相応しいかを決める戦いだ。勝った方が廻藤輪路として、美由紀を手に入れる。光と影が、決着をつける時が来た。
「「神帝、聖装!!」」
前置きはない。今回は最初から、互いに聖神帝に変身して戦う。
「おおっ!!」
「はぁっ!!」
二人は同時に突撃し、互いの剣を激しくぶつける。火花が、衝撃波が飛び散る。しかし、それらの危険要素は、美由紀に危害を加えない。全て結界に阻まれ、消失する。
「輪路さん……!!」
一体どんな戦いが起きているのか、美由紀には全くわからなかった。ただわかるのは、輪路が自分の及びも付かないところまで、強くなってしまったということだけ。
「レイジン、ぶった斬る!!」
「カゲツ、叩き斬る!!」
激突は続いた。
*
秦野山市、三郎の結界の中。
「う……ん……はっ!」
ソルフィは目を覚まし、そして飛び起きる。周囲を捜すが、輪路の姿はない。
「ん?思ったより早く起きたな。さすがは凄腕討魔術士ってところか」
「廻藤さんは!?」
「あいつなら行っちまったよ。正影やブランドンとは、自分一人でケリ着けるっつってな。」
輪路がアンチジャスティスとの決着をつけに行ったことを、三郎が伝える。
「そんな!たった一人でなんて無茶です!」
「いや、大丈夫じゃねぇかな?もうあいつがお前らより強いのは確かだし。」
三郎の言う通り、輪路は練磨の粉と激しい修行によって、次元を越えたような強さを身に付けた。よほどのことがない限り、敗北はあり得ないだろう。特にアンチジャスティスの幹部連中程度が相手なら、絶対に負けない。しかし、正影はよほどの相手なのである。究極聖神帝にでもなれていたのならまだ話は違ったのだろうが、残念ながらそこまでは至れなかったので、負ける可能性が残されているのだ。
「すぐ会長達に連絡を」
「ちょっと待ちな。」
シエル達に連絡しようとするソルフィを、三郎が止めた。
「なぜ止めるんです!?」
「お前も知ってるだろうとは思うが、正影もブランドンも、輪路と無関係の相手じゃねぇ。」
正影は輪路の感情データと血液から造られたホムンクルスで、ブランドンは輪路の母を殺した仇だ。無関係ではないとどころか、深い因縁を持つ相手である。
「俺は輪路一人で片付けるべき問題だと思う。第一、お前らじゃもうあいつの邪魔になるだけだぜ?それでも呼ぶのか?あいつの足手纏いになって、全滅したいのか?」
「……確かに、その通りかもしれません。ですが、アンチジャスティスとの戦いは、廻藤さん一人だけの問題じゃないんです。」
ブランドンと因縁を持つのは、輪路だけではない。何よりブランドンは、シエルの兄なのだ。因縁なら、輪路よりも深い。
「それに、美由紀さんを助けたいって気持ちは、私も翔くんも、賢太郎くん達も、会長だってきっと同じです。あなたもそうなんじゃないですか?」
「……まぁな。じゃ、いっちょ知ってるやつ全員に呼び掛けるか!」
「はい!!」
輪路の戦いを邪魔しない。輪路と三郎は、そう約束した。だが、三郎はその約束を、破ることにする。なぜなら、これは輪路一人だけの戦いではないから。戦いを終結に導くため、三郎とソルフィは仲間達に連絡した。
*
激闘は続く。レイジンは以前カゲツと戦った時とは比較にならないほど、凄まじい攻撃をしている。これほどの攻撃をしているのにレイジンの息が乱れていないのを見ると、持久力も上がったらしい。ちなみに、この部屋は壊れていない。なぜなら、壁にも床にも天井にも、賢者の石の力を巡らせて、より強固なものに作り替えて強化しているからだ。もはやこの部屋全体の強度は、核シェルターの数百倍以上なのである。これだけ頑丈な部屋の中でなら、どんなに暴れてもブランドンに迷惑を掛けることはない。それでもやはり無傷というわけではなく、壁に亀裂が入ったりはしているが。
「ライオネルバスター!!!」
「シャドーハウリング!!!」
ライオネルバスターを放つレイジン。だが、それはカゲツが放つシャドーハウリングに破られてしまった。しかし、それは作戦である。今のライオネルバスターには、大した霊力を込めていない。シャドーハウリングを撃たせるために、わざと撃ったのだ。そしてさらにそれをわざと破らせ、向かってきたシャドーハウリングを、
「レイジンスパイラル!!!」
カウンターで跳ね返す。レイジンスパイラルはシャドーハウリングを巻き込み、カゲツに向かって飛んでいく。対するカゲツは、ブラックライオンに霊力を込め、巨大な霊力刃を出現させて真横から斬りつけた。弾き飛ばすつもりだ。が、弾ききることはできず、霊力刃は砕け散り、カゲツはレイジンスパイラルをまともに受けた。
「……やるな。」
しかし、先の激突でレイジンスパイラルの威力はかなり落ちており、カゲツ自身も霊力を増大させて全身とブラックライオンを硬化し、耐え抜いた。ズタズタになったカゲツの鎧を、霊力と賢者の石の力によって修復する。
「だが、やはり俺の勝利は揺るがない。」
無限に上昇していくカゲツの力。やはり、簡単にこの力を攻略することはできない。
「そいつはどうかな?本番はここからだぜ!!」
とはいえ、レイジンもまだ全力を出しきってはいないのだ。今からその全力を、使う。六つの霊石全てを一度に召喚し、自身に融合させる。全霊聖神帝レイジン。さらにパワーアップしたレイジンは、縮地を使ってカゲツに突撃する。
「無駄だと言っている!!」
だが、レイジンが強くなればなる程、カゲツはそれを上回るようにして強くなる。カゲツの力はどこまでも強くなるが、レイジンの強化には限界があるのだ。最初はレイジンの光速にも迫る乱舞が圧倒していたが、徐々にカゲツが拮抗し始める。
「どうした!?何か策があるんじゃなかったのか!?あるなら今すぐ見せてみろ!!」
剛剣一閃。カゲツはレイジンを弾き飛ばし、壁にぶつける。
「ぐっ!!言われなくても、見せてやるよ!!」
レイジンはカゲツに向けて右手を伸ばし、赤と白銀の霊力弾を飛ばした。
「!?」
いや、違う。霊力弾ではない。カゲツはその優れた動体視力で、飛んでくる物の正体を見抜いた。霊石だ。霊力弾に見えたのは、火の霊石と力の霊石だ。良く見ると、レイジンの右腕から、火の霊石の力と力の霊石の力が消えている。
「こんなものが秘策だとはな……!!」
カゲツは落胆しながら、飛んできた霊石を弾く。霊石は高い霊力を持つが、だからといって霊力弾として使えるようなものではなく、こんな敵に向けて射出する飛び道具のような使い方をするなど、血迷っているとしか思えない。
「最後の最後でがっかりさせてくれる……」
カゲツはそのまま駆け抜け、ブラックライオンをレイジンに叩きつける。レイジンはシルバーレオで受け止めるが、パワーを高める霊石が消えてしまったため、シルバーレオの上から壁に押し付けられる。
「結局パワーダウンしただけだ。お前が実行したのは、勝つどころか負けるための愚策だ!!下らないものを見せやがって……死ね!!」
ブラックライオンを押し込んでいくカゲツ。
その時、
「ぐあっ!!」
カゲツは後ろから二回、誰かに斬られて体勢を崩した。その隙を突いてレイジンはブラックライオンを跳ね上げ、カゲツの頭を斬りつける。ここに乗り込んできたのはレイジンだけのはずだ。一体誰が……倒れたカゲツは起き上がり、自分の後ろを見る。
「な、何!?」
そこには、レイジンが三人いた。もう一度言おう。レイジンが、三人いた。何が起きているのかわからない。カゲツは混乱する。だが、美由紀だけは、何が起きたのかを見ていた。
「霊石が……レイジンに……!!」
そう。先ほど霊力弾として放たれた、二つの霊石。カゲツに弾かれたそれらが、火焔聖神帝のレイジンと剛力聖神帝のレイジンに変化し、正面に夢中になっていたカゲツに背後から奇襲を仕掛けたのだ。
「霊石がレイジンにだと!?どういうことだ!?」
美由紀の言葉を聞いて驚くカゲツ。
「策はあるって言ったろ?」
レイジンは種明かしをすることにした。
昨日。
『正影は天井知らずに強くなれる。今のお前じゃ、どう頑張っても勝つのは無理だ。真正面から挑むならな』
能力の無限強化。単純だが、穴がない能力。同じ無限強化でも身に付けない限り、真正面から戦って勝つのは不可能だ。
『奴を倒すには油断を誘って弱点を突くしかねぇ。そこで、お前に光弘が使ってた技の一つを教える。』
それ以外の方法で正影を倒すなら、正影の弱点である賢者の石を破壊するしかない。だが、ただ賢者の石を狙ったところで、破壊などさせないだろう。だから油断を誘い、隙を作る必要がある。そこで三郎は、かつて光弘が使っていた技の一つを、輪路に教えることにした。
『技の名前は霊石分身!霊石を使って己の分身を作り、四方八方から多重攻撃を仕掛ける技だ!』
輪路が使える霊石の数は六つ。分身は最大で六人まで作ることができる。
『本体と分身、合わせて七人のレイジンが、多方向から同時に攻撃を仕掛ければ、必ず正影に隙が生まれるはずだ!』
「俺がただ身体と動きを鍛えるためだけに修行してたと思ってたのか?おあいにく様だ。すげぇ難易度の高い技だったが、めでたく修得してから来させてもらったぜ!」
最強の討魔士が使っていたということもあって、霊石分身は恐ろしく高度な技だった。霊石をレイジンの姿に変え、さらにそれを意のままに操るというのは、言うほど簡単なことではないのだ。光弘でさえ、完成には一週間掛かったと言われている。しかし、輪路はそれを死に物狂いの努力で、一日で自分の技にした。ソルフィの人形操作の上位互換とも言える技であり、操り方はソルフィからレクチャーを受けたのでそれも修得を早めた要因と言える。
(ありがとな。三郎、ソルフィ)
レイジンは心の中で、自分が霊石分身を会得するために尽力してくれた二人に、礼を言った。
「霊石分身か。なるほど、お前が準備をしてきたのはわかった。だが、本当に六体全ての分身を作れるようになったのか?俺にはせいぜい、その二体だけだと思うがな。」
カゲツは、レイジンが本当に霊石分身を完成させたのか、半信半疑だった。レイジンの話が本当なら、レイジンは六体全ての分身を作れるようになっているはずだが、たった一日でそこまでたどり着けたとはとても思えない。作れるようになったのは二人だけで、残りの四体の分身を作れるようになるまでは、こぎつけなかったのではないかと思っている。
「俺を舐めるんじゃねぇよ。やるなら、徹底的にだ!!」
レイジンはカゲツに向けて左腕を伸ばす。すると、その左腕から水の霊石と技の霊石が飛び出し、それぞれ流水聖神帝のレイジンと絶技聖神帝のレイジンに変化して斬り掛かった。
「くっ!!」
新たに二人現れた分身と斬り結ぶカゲツ。先ほどの火焔聖神帝と剛力聖神帝も続く。
「まだまだァ!!」
片方ずつ蹴りを繰り出すレイジン。右足の蹴りから土の霊石が、左足の蹴りから速さの霊石が射出され、それぞれ激震聖神帝と瞬速聖神帝になってカゲツに襲い掛かる。
「ま、まさか……!!」
「そういうことだ!!」
駆け抜けるレイジン。すると、今までカゲツと戦っていた分身達が、邪魔をしないようにと脇に避ける。
「ソニックレイジンスラッシュ!!!」
「ぐあっ!!」
レイジンはソニックレイジンスラッシュをクリーンヒットさせ、今度はカゲツが壁に叩きつけられる。レイジンの両隣に並び立つ、六人のレイジン。
「すごい……これが、霊石分身……!!」
その壮観ぶりに、美由紀は感嘆の声を漏らす。しかし、レイジンはそれを訂正させた。
「霊石分身なんて堅苦しい名前、俺には合わねぇよ。この技の名前は、レイジンジェミニだ!!行くぜ!!」
霊石分身改め、レイジンジェミニ。新たな技を体得したレイジンは、分身達を連れて一斉に突撃した。
「貴様!!」
まず火焔聖神帝と剛力聖神帝と激震聖神帝のパワー組三人が前衛となって先攻し、瞬速聖神帝と流水聖神帝がスピードで翻弄。最後にレイジンと絶技聖神帝が、五人の攻撃の隙間を縫うようにして、賢者の石があるカゲツの胸の中心を狙っていく。
「ぐっ……確かに手数は多いな……だが!!」
カゲツは霊力を纏い、咆哮とともに霊力を爆発させ、七人を吹き飛ばす。
「一体一体は弱い!!俺を仕留めるにはパワーが足りないぞ!!」
(……その通りだ)
カゲツの言っていることは正しい。パワーを分散してしまうため、どうしても一体あたりの戦闘力は落ちてしまうのだ。事実、あれだけの人数で斬り込んだというのに、カゲツへのダメージはほとんどない。カゲツを倒すには、七人の攻撃でカゲツの隙を作り、その瞬間に全霊聖神帝に戻ってオールレイジンスラッシュを叩き込むしかないのだ。
(どのみちこの技を使いながらじゃ長くは戦えねぇ。元々油断を誘うために修得した技だし、決め技はオールレイジンスラッシュだよな!!)
レイジンジェミニは霊力の消費が莫大で、長時間分身を維持することができない。結局最後は、全ての力を一つに集めてぶつけるしかないのだ。
「いつまで無駄な抵抗を続けるつもりだ!!力の差はもう十分に理解しただろう!!ならば死ね!!死んで輪路の名と存在を、俺に明け渡せ!!!」
レイジンから輪路としての存在を奪うため、七人のレイジンを同時に相手にしながらも、状況を盛り返していくカゲツ。レイジン達はシルバーレオに霊力を込めながら、カゲツに攻撃する。はたから見れば、カゲツへのダメージを上げるために、霊力を込めているようにしか見えない。オールレイジンスラッシュを放とうとしていることを、見破られはしないはずだ。
「はぁっ!!」
斬り掛かってくるカゲツ。勝機は訪れた。火焔聖神帝と剛力聖神帝が二人がかりでその一撃を跳ね上げ、激震聖神帝がライオネルバスターを放つ。
「うぐっ!?」
カゲツの動きが止まった。その瞬間に全てのレイジンが一つに重なり、
「オールレイジンスラァァァァァッシュ!!!」
オールレイジンスラッシュをカゲツの胸へと叩き込んだ。完全に決まった。そう、完全に。だが、
「……読んでたよ。」
カゲツにはダメージがなかった。胸部装甲への亀裂さえ、一つもない。
「シャドーハウリング!!!」
反応が遅れたレイジンに、超至近距離からのシャドーハウリングを放つ。
「俺がお前の考えに気付けないとでも思っていたのか!!」
レイジンの考えに、レイジンよりも先に気付いたカゲツは、オールレイジンスラッシュに耐えられるよう己の肉体を強化しながら、レイジンがその策を実行するのを待っていたのだ。そしてその攻撃に耐え抜き、レイジンが油断する隙を突いたのだ。
「もう打つ手はないだろう?ならとどめを刺してやる。」
倒れているレイジンに近付いていくカゲツ。レイジンは気絶しているらしく、全然反応しない。
「輪路さん!!」
美由紀はレイジンに呼び掛ける。
「立って!!負けないで!!あなたは自分に負けたりするような、弱い人じゃありません!!あなたなら絶対に、絶対に勝てます!!!」
「無駄だ。もうこの男に、俺を倒す手段はない。」
カゲツは近付きながら、ブラックライオンを振り上げる。
「そして俺が、輪路になるんだ!!」
「やめてーーーーーーーーっ!!!」
美由紀が叫ぶ。
その時、
「……グッ!?」
今までぴくりとも動かなかったレイジンが突然動き、シルバーレオでカゲツの胸を刺したのだ。
「ガッ、ァァ……!!」
カゲツはシルバーレオを引き抜きながら、胸を押さえて下がる。
「作戦通り。うまくいったぜ」
気絶したふりをして、カゲツの接近を待っていたのだ。今の攻撃は賢者の石を貫きこそしなかったものの、力の流れに致命的な狂いを生じさせた。しばらくカゲツの能力強化は安定しない。
「きさま……!!」
「決着と行こうぜ……!!」
「アアアアアアア!!!!」
「オオオオオオオ!!!!」
二人は決着をつけるため、激しく斬り合う。オールレイジンスラッシュでさえダメージを与えられなかったカゲツに、なぜダメージを与えられたのか。それは、この戦いの中でさらにレイジンが成長したからだ。
(それは、美由紀への想い……)
それがさらに強大な霊力の生成を可能とし、カゲツにダメージを与えたのだ。
(これが、輪路……)
戦いながら、ボロボロになりながら、カゲツは感じていた。この強き想いが、輪路の強さの原動力。この熱い想いがあるからこそ、美由紀は輪路に惹かれたのだ。
(どうして俺には、この想いがないんだ?)
正影は輪路と同じであり、そして正反対の存在になるよう作られた。だから、性格も反対になっている。輪路の熱さは、正影にはない。しかし、正影が欲する美由紀は、正影にないものに惹かれた。それこそ美由紀が、正影は輪路ではないと言った理由だ。
(輪路は心から美由紀を愛している!!だが……俺は……ただ美由紀が欲しいだけだった……)
輪路の影である自分が惹かれたから、欲しいと思った。ただそれだけだったのだ。それは決して、愛ではない。自分は本当は美由紀を愛していないのだと知り、ショックを受けて精神がぐらつき、霊力が落ちていく。
(どうして俺は、輪路じゃないんだ)
レイジンの動きがカゲツを上回り始め、レイジンがダメージを受ける比率より、カゲツがダメージを受ける比率の方が上がっていく。
(どうして俺は)
最後にレイジンの刃が迫り、
(正影なんだ)
カゲツは吹き飛んで変身が解けた。
*
「輪路さん!!」
正影が倒れると同時に枷と結界が消え去り、自由になった美由紀はレイジンに駆け寄る。レイジンは変身を解き、火時計封紋で力を封印して美由紀を抱き締めた。
「美由紀。遅くなってすまない」
「私、待ってました。輪路さんが絶対来てくれるって、信じてました。」
美由紀は救われた喜びを感じながらも、正影の方を見る。
「あの人は?」
「……さっき斬った時、確かな手応えを感じた。まぁ、しばらくはあのままだな。」
「殺して、ないんですか?」
「殺して欲しかったか?」
「……いえ……」
正影は危険だと思って戦っていたが、なぜかとどめを刺す気が失せてしまい、ダメージを与える程度に留めた。もう美由紀を追ってくることはないだろうから、心配することはないと思う。それに輪路にはまだやらなければならないことがあるので、余力を割いている暇はない。
「……まだ終わってない。ブランドンを倒さなくちゃな」
全ての元凶ブランドンを倒さない限り、本当の意味で美由紀を助けたということにはならないのだ。
「行くぜ。少なくとも、俺のそばにいた方が安全だろ。」
「はい。」
敵のアジトにいる以上安全な場所など存在しないが、輪路のそばならいくらか安全ではあるはずだ。輪路は美由紀を連れて、ブランドンを捜しに行こうとする。と、唐突に美由紀が輪路から離れ、倒れている正影のそばに駆け寄った。
「……何の用だ。俺は自分の力を全て出し尽くして戦い、敗れた。それ以前に、お前は輪路にしか興味がないはずだろう?」
正影は意識を失っていない。先ほどのレイジンの一撃で賢者の石に亀裂が入り、今それを修復中だ。賢者の石の修復は肉体の修復ほど簡単ではないので、事実上正影は敗北したことになる。美由紀は正影に話し掛けた。
「……あなたは確かに輪路さんの影。でも同時に、廻藤正影という独立した存在でもあるはずです。もしまだ生きることができるなら、輪路さんとは違う生き方をしてみて下さい。」
「……どう生きろというんだ。」
心も身体も、他人から与えられた作り物の自分がどうやって、そんな別の生き方ができるのか、正影にはわからなかった。だから訊いた。
「自分で考えろ。俺は自分の生きる道は、自分で考えて決めてきたぜ。お前が俺と同じ存在なら、お前にもできるはずだ。」
しかしそれに答えたのは美由紀ではなく、輪路だった。
「まぁ、お前が俺の影のまま終わるか、廻藤正影として生きるか、お前次第ってこった。さぁ行くぜ美由紀。さっさとブランドンのクソ野郎をぶっちめてやんねぇと」
「はい。」
言いたいことを言った輪路は、美由紀を呼び戻して、ブランドンを捜しに行く。と、
「屋上だ。」
正影が言った。輪路と美由紀が足を止めると、正影は続ける。
「ブランドンは今、このビルの屋上でアーリマン召喚の儀式を行っている。」
「……そういやそれが奴の目的だったな。」
「アーリマンは悪を司る神。人間の悪性に干渉し、暴走させるそうだ。」
「そんな存在が召喚されたら、この世界は……!!」
「止めなきゃな……ありがとよ、正影!!」
二人は急いで屋上に向かった。
「ぐっ!!」
「輪路さん!?」
輪路は膝を付く。正影との戦いで、予想を遥かに上回るダメージを負ってしまったのだ。美由紀は輪路に肩を貸し、エレベーターにたどり着き、上に向かうボタンを押す。
「……何で?エレベーターが動かない!」
だが、いくらボタンを押しても、エレベーターは何の反応も示さない。
「ここはブランドンが作った異界の中だ。俺がこの階で降りた後、エレベーターを止めやがったんだな。仕方ねぇ、階段で行こうぜ。」
輪路は美由紀に肩を貸してもらいながら、エレベーターの隣にあったドアを開け、二人で階段を上る。
「本当にひどい怪我……こんな傷じゃ、戦っても……回復薬は持ってないんですか?」
「……修行で全部使った。」
「……じゃあ、翔さん達は!?」
「俺がここに来てることは教えてない。それに、奴は俺が一人で倒さなくちゃいけねぇんだ。」
「輪路さん……」
「……お前は何も心配しなくていい。これは、俺一人の問題なんだからな。」
輪路は安心するよう言い聞かせ、二人は屋上に向かった。




