第四十一話 いざ、悪の居城へ
前回までのあらすじ
美由紀をアンチジャスティスに迎え入れようとやってきた正影。輪路はそれを阻止しようと戦うが、力及ばず敗北してしまう。とどめを刺されそうになった輪路だが、美由紀が必死に庇ったおかげで命は助かる。だが、美由紀は正影によって、アンチジャスティスの本部ビルに連れ去られてしまうのだった。
アンチジャスティス本部。
「正影。お前は自分が何をしたのか、わかっているのか?」
ブランドンは怒りの形相で睨み付けていた。視線の先には、無表情を崩さない正影と、ブランドンを警戒している美由紀がいる。正影は答えた。
「わかっている。」
「なら何をしたのか言ってみろ。」
「廻藤輪路に決闘の約束を取り付け、決闘の場所にここを選び、場所を教えた。」
「わかっていてなぜそれをやった!!篠原美由紀まで連れてきて、どういうつもりだ!!」
ブランドンが怒り、その怒声に美由紀がびくりと肩を弾ませる。正影は、全く無表情を崩さない。
「そんなことをすれば、奴はすぐにでもこの場所を協会に教えて、総出で乗り込んでくるぞ!!」
「アーリマン召喚の儀式を早めればいいだけのことだろう。」
「何だと!?」
「それにお前、遅かれ早かれ必ず美由紀を回収するつもりでいたんだろう?計画のために。なら、それが今でも何も問題はないはずだ。」
「貴様……!!」
口論を始める二人。美由紀は、何とかこの隙に逃げられないかな、と周囲を見回すが、諦める。ここには結界が張ってあると言っていた。なら、例えこの場から逃げ出せても、このビルの敷地内からは出られない。
「心配するな。奴もすぐには仕掛けてこない。力の差は十分に示したし、総力を結集すればここを落とせると考えるほど、馬鹿でもないだろう。何より、奴は間違いなく一人で来る。俺にはわかるんだ。いや、俺だからわかる。」
「……」
ブランドンは、それだけは信用できると思った。正影の力は、協会の最高戦力である三大士族をまとめて返り討ちにできるし、それ以下の有象無象がいくら集まろうと、一瞬で薙ぎ払えるだろう。そして正影と輪路の思考パターンは、まるっきり同じである。美由紀のことになれば、必ず一人で何とかしようとする。なら、ここには誰にも知らせず一人で来ると、確信してもいい。
「……いいだろう。ならばお前がやったことは不問にし、こちらもアーリマン召喚の儀式を早める。だがその代わり、確実に廻藤輪路を仕留めろ。」
「お前に言われるまでもない。お前こそ、余計な真似をするな。奴は俺の獲物だ」
仕方なく、ブランドンは正影を許し、代わりに必ず輪路を倒すよう命じる。それは正影にとって命令されるまでもなく、初めからそうしようと思っていたことなので、くれぐれも邪魔をしないようにと言っておく。
「行くぞ美由紀。」
正影に言われ、美由紀は黙ってついていく。と、
「篠原美由紀。」
ブランドンが美由紀に声を掛けてきた。
「挨拶が遅れたな。まぁ、それは省くとしよう。私が言いたいことはただ一つだ。お前が何をしようと、結果は何も変えられない。来るべき時が来るまで殺しはしないが、怪我をしたくなければ、大人しくしていることだ。」
とりあえず、ブランドンは今のところ美由紀を殺すつもりはないらしい。今のところは、だが。美由紀は今の自分の立場を利用して、ブランドンに言い返してやった。
「私はあなたが輪路さんにやったことを絶対に許しません。私は戦えないけど、それでもあなたに屈することだけは絶対にしない!」
ブランドンは輪路が誰よりも敬愛する暁葉を殺し、輪路の心に傷を残した。そのことを、美由紀が許せるはずがない。輪路にとっての敵であるブランドンは、美由紀にとっても敵なのだ。
「嫌でも屈する時が必ず来る。お前は既に抗えない宿命の中にいるのだからな」
「それなら、輪路さんが必ず助けに来てくれる。輪路さんは今度こそ、絶対にあなた達に勝つ!!」
「……なら信じ続けているがいい。お前の希望を、お前の目の前で潰してやろう。」
どちらも一歩も引かない。やがて正影が美由紀の手を引いて退室し、この口論は強制終了となった。
*
「廻藤さん!!三郎さん!!」
「おお、来たか。」
三郎の結界の中へと駆けつけるソルフィ。三郎に呼ばれて来たのだ。
「ひどい怪我……すぐ治療を!!」
ソルフィは人形を取り出し、輪路を治そうとする。
「お前何する気だ?」
「ドールサクリファイスという、ダメージを人形に移す術を使います。」
「……悪いが、治すなら回復薬を使ってくれ。」
「回復薬を?」
「ああ。それから、こいつと一緒に飲ませろ。」
三郎は翼の中から、紙に包まれた何かを取り出した。ソルフィは包みを開けて、中身を確かめる。
「これは……」
中に入っていたのは粉末だ。しかし、薬に精通しているソルフィは、これが何の粉末なのか見抜く。
「そういうことだ。」
「……わかりました。」
ソルフィは言われた通り、粉末を回復薬に混ぜて輪路に飲ませた。すぐに薬は効き始め、輪路の全身に刻まれた傷が綺麗に塞がっていく。
「……ソルフィ?」
やがて活力まで取り戻した輪路は目を覚まし、ソルフィの顔を見た。
「よかった……三郎さんに、廻藤さんが正影と戦って負けたって聞いたから、急いで来たんですよ。」
「……負けた?」
輪路は、自分の片手を見る。そこには、正影から渡されたアンチジャスティス本部ビルの場所が書かれた紙が、握られていた。
「……そっか。夢じゃなかったんだな……」
この紙こそ、輪路が正影に敗北したことの証明そのもの。正影はアンチジャスティスの本部に、美由紀を連れ去った。連れ去られる寸前の美由紀の目が、脳裏に焼き付いて忘れられない。力強い目をしていた。必ず輪路が助けに来てくれると信じている目だ。しかし、あの目には同時に、もう一つの感情が込められていたのを、輪路は知っている。恐怖だ。行きたくない。早く助けて欲しい。そういう恐怖が込められた目だ。正影に負けたこと。そして、美由紀にあんな目をさせてしまったことが、悔しくてしょうがなかった。早く助け出さなければならない。
「早く行かねぇと……!!」
行き先はわかっているのだ。後はすぐに乗り込んで助け出すだけである。しかし、ソルフィがそれを止めた。
「無茶です!!今起きたばかりなのに……それに正影に負けたんでしょう!?そんなすぐに挑んで勝てるわけないじゃないですか!!」
「っ!!」
輪路は思い留まった。ソルフィの言う通りだ。あれだけ激しい修行を積んだにも関わらず、正影には勝てなかった。それなのに、こんなボロボロですぐに再戦を挑んだところで、勝てるはずがない。
「せめて、もう一日待ってからにして下さい。そうすれば、必ず勝てるはずです。」
「……何?」
と、ソルフィが奇妙なことを言った。一日だけ待て。一日あれば、輪路は確実に正影に勝てるようになると。
「感じねぇか?もっと気を落ち着けてみろ。」
今度は三郎が言った。それに従い、気を落ち着けてみる。
「……何だこりゃ?」
輪路の霊力が、正影と戦う前よりずっと高くなっていたのだ。回復するに従って、身体も強靭になっている気がする。
「さっき回復薬と一緒に、練磨の粉を飲ませたからな。」
「練磨の粉?」
練磨の粉とは、服用した者の成長速度を高める薬である。才能のない者や、努力しても報われない者のために作られた霊薬だが、高い成長性を持つ輪路が使えば、さらに高い成長速度が期待できる。正影との戦いで大きく傷付き、霊力もほぼ全て消費した。この薬を飲んだ状態から回復したので、より強靭な肉体と高い霊力を得るため、いつもの修行以上に身体が成長したのだ。
「本当なら、お前みたいな才能があるやつが使うべきものじゃないんだが、何しろ時間がない。この状態で、丸一日修行してみろ。そうすりゃ、今度は絶対に勝てるはずだ。」
練磨の粉はとても希少で滅多に手に入らない。本来なら輪路のような元々高い成長性を持つ者が使ってはならないのだが、今は緊急事態だ。まぁ、こういう事態がいつ訪れてもいいように、三郎は薬を持っていたのだが。
「お前が今までの修行の成果で勝てるようなら、使わせるつもりはなかった。だが、やっぱ実物は見ねぇとな。あの正影って野郎、俺の想像以上だ。」
話で聞いた限りでは、地道な修行の繰り返しで勝てると予想していた。しかし実際に目にした正影の力は、三郎の予想を遥かに超えていたのだ。あれなら確かに、アンチジャスティスがナチスを復活させてまで造ろうとしたのも頷ける。完全に相手の力量を見誤っていた。
「三郎……」
「すまなかったな輪路。もっと早くに飲ませてりゃよかった」
「……過ぎたことを言っても仕方ねぇだろ。今はとにかく、美由紀を正影の野郎から取り返せるくらい強くなることが先決だ。さぁ、早速始めるぜ!」
「もう大丈夫なのか?」
「ああ。もう動ける」
「私もお手伝いします!」
ソルフィが輪路の手伝いを申し出てきた。勤務中に出てきたが、店は人形に任せているので大丈夫だ。
「頼む。よし、俺に四十倍の重力を掛けろ!」
「おう!」
三郎は輪路に、通常の四十倍もの重力を掛ける。しかし、ソルフィには掛かっていない。ハンデを負った身体で、ベストコンディションの相手とどこまで戦えるかという修行だ。輪路はすぐに、修行を始めた。
*
アンチジャスティス本部。正影は自分の部屋に、美由紀を招いていた。ブランドンはああ言っていたが、本当に美由紀を傷付けないかどうか信用できなかったので、ここが一番安全とのことだ。
「飲むか?ブランドンがいつも仕入れてくれるんだ。」
正影は美由紀にコーヒーを淹れる。アメリカン。輪路と同じ種類のコーヒーだ。しかし、美由紀は飲まない。
「……ああ、砂糖とミルクがないと飲めないんだったな。」
プログラムされている輪路の記憶から、美由紀がブラックを飲めないことを知り、砂糖とミルクを入れてやった。だが、美由紀は飲まない。
「コーヒーは嫌いか?なら紅茶もあるぞ。俺は嫌いだから飲んでいないが」
今度は紅茶を淹れてやったが、それも美由紀は飲まなかった。ただただ、無表情でいる。
「何か欲しいものはあるか?言ってみろ。俺が何でも手に入れてやる。いや、作ってやる。」
正影はそう言うと、美由紀の目の前に手を出し、賢者の石のエネルギーで、星の形をしたイヤリングを作った。
「……」
美由紀はというと、数秒ばかりイヤリングを眺めて、それから、ふい、とそっぽを向いた。
「……!!!」
その様子に憤怒の表情を浮かべた正影は、イヤリングを投げ捨てて美由紀の胸ぐらを掴み、無理矢理自分の顔を向かせた。
「なぜだ!!なぜ俺を認めようとしない!!俺はあいつの細胞から造られた!!頭の中まで全てあいつと同じだ!!俺も輪路だ!!だが俺の方があいつより強い!!それなのになぜお前は俺を認めない!!?なぜお前は、俺に振り向いてくれないんだ!!!」
己の想いをぶつける。正影は輪路の影だ。しかし、その力は輪路より上であり、戦って勝った。それなのに、美由紀は正影を見ず、輪路だけを見ている。それが許せなかった。なぜそんなことをするのか、全くわからなかった。だから訊いた。美由紀は正影の怒号に少し驚いていたが、すぐ無表情に戻って答える。
「あなたが輪路さんじゃないから。」
「……何を言っているんだお前は?俺は」
「いくら輪路さんと同じでも、あなたは輪路さんを真似ただけの偽者です。どこまで行っても、あなたは廻藤輪路ではなく、廻藤正影という全く違う存在なんです。私が好きなのはあくまでも輪路さんであり、正影じゃない。だから、あなたを好きになることは、できません。」
確かに正影は輪路の影だ。が、影は所詮本物を真似ただけの存在であり、本物にはなれない。美由紀が好きな相手は本物であって、影ではないのだ。美由紀は輪路以外の相手を、好きになったりなどしない。だから輪路に似ているだけの正影を、好きになることは絶対にないのだ。
「……ならば、今度こそ輪路を殺す。それなら俺は、輪路になれる。俺が輪路になるんだ」
正影は美由紀を離し、次こそ輪路を殺すことを宣言する。
「あなたは輪路さんを殺せない。今度は必ず、輪路さんが勝つから。影は何をしても、絶対に本物にはなれない。」
反対に美由紀は、輪路が絶対に勝つと断言した。
「無理だ。奴と俺の実力は、既に格付けが済んでいる。これから先、どれほどの時間を掛けようと、俺以上に強くなることはできない。次も俺が勝つ」
無限の力を持つ正影。例え輪路がどれだけ強くなろうと、無限を越えることなど不可能だ。だから、何度挑んできても返り討ちにできる。正影はそう思っていた。
(違いますよね?輪路さんなら、相手がどんなに強くても、いつか必ず勝てますよね?私は信じてます)
だが、美由紀の思いは違った。これまで輪路は、相手が強大な力を持つ神や悪魔であろうと、苦戦しながらも最後は必ず打ち破ったのだ。だから今回も、輪路は必ず正影を倒してくれる。そう信じていた。
(信じてますから、だから、どうか勝って下さい。私は早く、あなたのそばに戻りたいんです)
だから願った。一刻も早く、輪路が来てくれることを。
(輪路さん……助けて……!!)
*
輪路はヒーリングタイムに戻らず、ずっと結界の中で修行していた。ほとんど眠らず、倒れては回復薬を飲んで疲労を癒し、それから修行してを繰り返している。美由紀が自分の助けを待っていると思うと、寝ていることなどとてもできなかった。そんな暇があるなら、一分でも自分が強くなることに使う。美由紀を助けられるなら、休息など必要ない。三郎とソルフィもそんな輪路の思いを汲み取り、ずっと付き合ってくれた。二人も、美由紀を取り戻したいという気持ちは、同じなのだ。
そして、一日後。ソルフィは霊力測定器で、輪路の霊力を計った。測定器に輪路の霊力が表示され、ソルフィがそれを読み上げる。
「十二京四千五百兆。すごい……会長よりも高い霊力なんて……!!」
ちなみに、最終的に輪路が耐えられるようになった重力は、五百倍だ。たった一日を修行に費やしただけなのに、輪路の戦闘力はシエルをも越えてしまった。
「今まで以上の力を感じるぜ。これなら、絶対に正影に勝てる。」
輪路もまた、自身の成長を明確に自覚していた。これなら正影どころか、例え殺徒が相手でも食い下がれる。
「あ、そうだ。」
ソルフィは何かを思い付くと、協会に転移し、筆と墨を持って戻ってきた。
「何だそれ?」
「廻藤さん、ちょっと上着を脱いでもらえませんか?」
「え?何でだよ?」
「火時計封紋を描きます。」
火時計封紋とは、力の強い者が己の力を抑えるために背中に刻む、火時計を模した封印の刺青だ。火時計の軸となる中心の円、十二個の火、それを囲む円の合計十四の力の封印を施す。刺青一つ一つが強力な封印効果を持つが、それで足りなければその外にまた火とそれを囲む円を刻み、封印を増やす。二周目以降の追加封印をする場合は外周なのでその分広くなるし、あくまでも火時計を模した封印なので、火の数を十二個で納める必要はなく、描けるだけ描いていいらしい。封印された力は、封印を施された者がいつでも任意のタイミングで必要分解除することができ、その際は背中に刻まれた刺青が、解いた分だけ消える。また一度刻まれれば、もう一度封印すると念じることで、刺青がひとりでに戻って再び封印することができるため、何度も刻み直す必要がない。シエルも同じ刺青を施しているそうだ。
「せっかく美由紀さんを取り戻したのに、抱き締めて潰しちゃった、なんて笑い話にもなりませんからね。」
「……すまねぇな。」
正影の手から美由紀を取り戻した時、輪路は感極まって美由紀を抱き締めてしまうだろう。だが、美由紀は普通の人間だ。討魔士達のように、頑丈ではない。普通の討魔士よりも遥かに強くなった輪路が抱き締めた場合、絞め殺してしまう可能性があるのだ。ソルフィはそれを考慮して、この封印を施すことにした。輪路はそれに素直に従い、上着を脱ぐ。ソルフィは背中に、筆と墨を使って火時計を描いていく。墨は力を封印する特殊な成分でできており、これを封印にON/OFF機能を付加する筆に霊力を込めて火時計を描くことで、火時計封紋が完成する。
「……終わりました。」
ソルフィは一息ついて、輪路が火時計を描き終えたことを告げる。さっきよりかなり力が抑えられていることを感じながら、輪路は試しに、封印を二つ分解いてみた。すると、輪路の身体に幾分か力が戻る。輪路から背中は見えないが、背中の火時計の火が、二つ消えていた。今度は封印を掛けるよう念じると、力が失われ、火が二つ戻る。
「こいつは便利だな。これだけ力を抑えられてりゃ、美由紀を潰すこともねぇ。」
今の輪路の能力は、常人レベル程度に抑えられている。
「ちょうどいい感じに抑えられてよかったです。」
実はシエルの背中にある火時計は、十四個全てが描かれていない。五個までだ。それ以上描くと、シエルの力は常人以下まで落ちてしまう。十四個全てを描いてちょうど常人レベルになる輪路の力は、もう協会の誰よりも強いと言えた。
「ところでソルフィ。お前さっき協会に戻ってたけどよ、誰かに美由紀のこと教えたか?」
輪路は上着を着ながら、ソルフィに尋ねた。
「えっ?いえ、誰にも言ってませんけど……」
ソルフィは筆と墨を取りに言っただけで、誰かに会ったり話したりはしていない。
「そうか。ならよかった」
次の瞬間、輪路は封印を四つ解いて能力を上昇させ、ソルフィの首筋に手刀を叩き込んだ。
「な、何、を……」
ソルフィは倒れ、輪路はそれを受け止めて、地面に寝かせる。
「おい輪路!!」
「三郎。わかってるな?」
輪路がソルフィを気絶させたのは、邪魔されないためだ。現状、アンチジャスティス本部ビルの場所を知っているのは、輪路と三郎、そしてソルフィしかいない。もし翔やシエル辺りに話したら、協会の全戦力を総動員して、殴り込みを掛けるだろう。
「連中の巣に乗り込むのは、俺一人でいい。いや、俺一人でやらなきゃいけねぇんだ。」
これは正影に勝てなかった自分の不始末だし、何より美由紀は自分一人の手で助けたい。そもそも自分以外で正影やブランドンには勝てないだろうし、他は邪魔だ。
「絶対に他の連中には教えるなよ?邪魔にしかならねぇんだからな。」
彩華や明日奈が修学旅行でよかった。今日が平日で、賢太郎達が学校でよかった、と思っている。これなら、学生連中を巻き込むこともない。あとは、三郎に絶対に誰にも喋らないと、約束させるだけだ。
「……わかったよ。誰にも言わねぇし、お前の邪魔なんて絶対にさせねぇ。」
「それでいい。ソルフィが起きるまでには、全部まとめて終わらせて、帰ってくるからよ。」
輪路はそう言うと、一度協会に転移し、そこからアンチジャスティス本部ビルのある場所に転移した。
「……無事に帰ってこいよ。まぁ、お前なら心配はいらねぇだろうがな。」
三郎はそう言って、気絶しているソルフィが目覚めるのを待った。
*
「……ここがアンチジャスティスの本部か?」
輪路は周囲を見回した。見た感じ、普通のビル街なので、とても悪の秘密結社がある場所だとは思えない。確か正影は、結界で隠してあると言っていた。ソルフィに鑑定してもらったところ、この紙には結界探知機能があり、これに霊力を込めることで、結界に反応するという。以前明日奈が使っていた霊符と、同じ機能だ。輪路は紙に霊力を込める。それから、周囲に紙を向けると、ある方向で紙が光った。その方向に向かって歩いていくと、光がどんどん強くなっていく。そして光の強さがピークに達したところで、輪路は何か膜のようなものをくぐった。
くぐった先にあったのは、一棟の巨大なビル。周囲には、溢れるほど行き交っていた人々が、一人もいない。ここは異界発生型の結界の中。アンチジャスティスは異界を作り出す結界を張り、その中に自分達の本部を作っていたのだ。そして、あったのは本部だけではない。
「やれやれ、もう来たのか。美しくないやつの相手なんかしたくないのになぁ」
ウォレス達幹部を含めた、大規模な戦闘部隊が、ビルの周辺に展開されていた。
「どけ。俺は美由紀を取り戻すためだけに来たんだからな」
「そうもいかねぇよ。お前それだけで終わらせる気、ねぇだろ?なんたってブランドン様は、お前の母親の仇なんだからな。」
無駄な戦いを避けるため、道を開けるように言った輪路だったが、ジークに拒否された。
「いずれにせよ、お前には死んでもらうよ。この新型のビューティーウォレスによってね!」
ウォレスは今、新型らしいビューティーウォレスに乗っている。
「あなたとの戦闘を想定して、アンナと同型のアンドロイドを量産したわ。あなたにこの子達を斬れるかしら?」
エラルダは、百体もの量産型アンナを連れていた。輪路の精神を乱すため、戦闘力を向上させて量産したのだ。
「あなたには彼女は取り返せない。ここで死ぬから!」
軍勢なら祐実も負けていない。大量の悪霊や魔物を引き連れ、ニヤニヤと笑っている。
「今回は手加減なしだ。全力で行かせてもらうぜ!!」
ジークが魔剣を二本抜き、幹部全員が、戦闘員全員が、輪路に挑み掛かってくる。
「……やれやれ、素直に従ってりゃ、死なずに済んだのによ。」
輪路はシルバーレオを、日本刀モードにして鞘から引き抜いた。
二分後。
「う、そ、だろ……」
魔剣を二本とも叩き折られ、全身をズタズタにされたジークは死亡した。
「そんな……揺らぎも……しないだなんて……!!」
霊力を混ぜた巨大な衝撃波を一発飛ばされただけで量産型アンナは全滅し、エラルダはそれに巻き込まれて息絶えた。
「つ、強すぎ……」
襲ってきた魔物達は一瞬で切り伏せられ、祐実はついでのような形で死んだ。
「い、嫌だ……僕はまだまだ、美しい、モノを……!!」
ビューティーウォレスの残骸の中で、ウォレスは絶命した。無論、中にいた女性は助け出されている。その他諸々、全ての戦闘員は、輪路の手によって全滅した。ウォレスに囚われていた女性達を助けるのに多少手間取ったが、レイジンに変身してすらいない。
「雑魚が……」
輪路は結界の外に女性達を送り届けてから、再び結界の中に戻り、ビルの中へと歩を進める。途中で何人か襲ってきたが、余裕で返り討ちにした。
と、
ジリリリ!!
エントランスホールに入ったところで、カウンターの中にある内線が耳障りな音を立てた。輪路はカウンターを乗り越え、内線に出る。
「やはり来たか。」
内線の相手は、正影だった。
「ああ。外で目障りな連中が待ち伏せしてたから、全滅させたぜ。準備運動にもならなかったけどよ」
「ブランドンの差し金だな。余計な真似はするなと言ったんだが……」
正影は輪路を待ち伏せするよう言っていない。これは、ブランドンの勝手な判断だ。
「悪かったな。そのままエレベーターに乗って、十三階に行け。俺と美由紀はそこにいる」
「途中でエレベーターを止めたりなんてしないだろうな?」
「そんなことをして何になる?お前相手には足止めにもならないだろう。」
「……十三階だな?すぐ行くから逃げるんじゃねぇぞ。」
輪路はそう言うと内線を切り、エレベーターに向かう。たどり着いた輪路は、上の階に向かうボタンを押してエレベーターを呼び出し、中に乗り込むと十三階のボタンを押して、ドアを閉めた。




