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第三十九話 神鏡の試練

鏡は好きですか?

「……」


伊勢神宮。吉江は今、とても悩んでいた。それは、昼間明日奈に言われたことが原因である。


「ねぇ。あたいって、いつになったら、天照の力、全開で使えるようになるのかな……」


そう言われた。その時吉江は、本来一朝一夕でできるようなことじゃない、明日奈はよくやってるから気長に待てと答えておいた。だが、母である以上できる限り明日奈に協力したい。かといって自分にできることなどないので、伊邪那岐に知恵を借りようとしているのだ。


「伊邪那岐命よ、我が呼び掛けに応えたまえ。」


吉江は目の前の式神に霊力を込め、祈りを捧げる。しばらくすると、


「久しぶりだな。何の用だ?」


式神から伊邪那岐の声が返ってきた。


「私の娘、明日奈のことなのですが、早く天照の力を全力で使えるようになりたいと言っているのです。何か方法はありませんか?」


吉江は早速、明日奈のことについてどうしたらいいか、伊邪那岐に尋ねる。数秒の沈黙の後、伊邪那岐から答えが返ってきた。


「神鏡浄化の儀だ。」


「神鏡浄化!?確かに明日奈の力を高めるにはうってつけだと思いますが……まだ早すぎます!」


伊邪那岐から聞いた答えに、吉江は顔を青くする。


「だが、早急に力を全力で使えるようになりたいのだろう?なら、危険だが他に方法はない。」


「……そう、ですね……」


吉江は反論したかったが、他に方法がないのも事実だった。











二日後、ヒーリングタイム。


「やれやれ、やっと少し涼しくなってきたか?」


輪路はコーヒーを飲みながら言った。


「だから、ホットコーヒー飲みながら言われても説得力ありませんって。」


その隣に座っていた茉莉がツッコミを入れ、その横にいる彩華と賢太郎が苦笑している。七瀬は人間形態で、無料の水を美味しそうに飲んでいた。


「何度も言わせるなよ。ホットだからうめーの。つーか、お前らも暇だよなぁ。」


輪路は言った。


「暇で暇で仕方ないんですよ。だからあたし達が来ることくらい許して下さい」


「私はもうすぐ修学旅行だから、ちょっとだけ忙しいんですけどね。」


茉莉と彩華が言う。彩華はもうすぐ修学旅行に行くので、忙しい反面楽しみだ。


「も~、お姉ちゃんばっかりずるい~。」


「文句言わない言わない。」


「茉莉も賢太郎くんも、あと一年経ったら嫌でも行くようになりますよ。」


修学旅行に行けずぶ~たれる茉莉を、賢太郎と彩華がなだめる。七瀬が茉莉に尋ねた。


「修学旅行って楽しいの?」


「もちろん楽しいわよ~。お土産買ったり、食べ歩きしたり、夜は旅館で枕投げしたり……羨ましい!」


「修学旅行は旅行ですけど、遊びに行くわけじゃないんですよ?」


「そうそう。あくまでも勉強しに行くんだから、油断してると怪我しちゃうよ。」


彩華と美由紀が、茉莉をたしなめた。と、


「すいませ~ん。」


明日奈が入ってきた。いつもと少し様子が違い、かなり遠慮がちだ。


「よう明日奈。お前も暇か?」


「ちょっと様子がおかしいわね。何かあったの?」


輪路は気付かなかったが、佐久真が明日奈の様子に気付き、尋ねた。


「いや、ちょっと廻藤さんに、話しておきたいことがあって……」


「ん?どうした?」


明日奈は輪路に話した。


「明日、あたいは神鏡浄化の儀をやる。」


「神鏡浄化?」


「廻藤さんは、八咫鏡やたのかがみって知ってる?」


八咫鏡は、日本三種の神器の一つである。映った者の真の姿を映し出し、決して嘘をつくことができない鏡だ。


「名前くらいはな。」


「私は知ってますよ。」


「私も。日本神話の鏡ですよね?」


美由紀とソルフィは知っていた。明日奈は続ける。


「そうそう。その八咫鏡がウチの神社にあるんだけどさ、実は八咫鏡には、この世の悪を引き受ける役目があるんだ。」


八咫鏡は、人間の本性を映し出す鏡。そして映し出される本性は、必ずしもいい本性とは限らない。善人のふりをした極悪人の本性を暴くこともある。そうしたことに使われていった結果、いつしか八咫鏡には世界中の悪意を集めて、封印するという役目を与えられるようになった。悪意は自動的に鏡の中に吸い込まれていくが、貯まっていく一方であり、巫女が定期的に悪意を浄化しなければならない。それが、神鏡浄化の儀だ。


「放っておくと悪意の量が鏡の許容量をオーバーして、鏡が割れちゃうからね。そうなったら周囲に悪意が一気に溢れ出して、何が起きるかわからない。」


神鏡浄化の儀の手順は、八咫鏡の中への道を開き、巫女がその中に入って悪意を浄化させるというものだ。その間、鏡と現世を繋ぐ道が開きっぱなしになってしまう。明日奈が悪意を浄化している間、溢れ出てくる悪意の余波を、輪路に浄化して欲しいそうだ。


「そりゃ厄介だな。よし、協力するぜ。」


輪路は快く引き受けた。しかし、明日奈の顔が暗くなる。


「……実はここに来たのは、みんなとお別れするためでもあるんだ。」


「お別れって……」


尋常ではない雰囲気に、茉莉は狼狽する。神鏡浄化の儀は、言うほど簡単な儀式ではない。巫女が鏡の中に入ると、中の悪意は巫女の姿と技をそっくりそのまま模倣するのだ。しかも貯まっている悪意の量に応じて強くなるし、性格も悪意に満ちたものになって精神攻撃までしてくる。少しでも気を抜けば、確実に命を落としてしまう、本当に危険な儀式なのだ。


「おいおい、ヤバすぎだろ。」


「それ、師匠にも一緒に鏡の中に行ってもらった方がいいんじゃないですか?師匠強いですし、二人がかりなら……」


「鏡の中に入れるのは巫女だけだし、一度に一人しか入れない。それに、あたいにはどうしてもやらなきゃいけない理由があるんだ。」


悪意がそっくりそのまま模倣する、ここがポイントなのだ。言うなれば、この悪意は巫女の影。この影と対峙し、打ち破ることで、巫女は己の力を高めることができる。


「この儀式を成功させれば、あたいは天照の力を全開で使えるようになるんだ。またとないチャンスなんだよ」


明日奈はこの機会を逃したくなかった。だが、失敗すれば死ぬ。それを踏まえて、別れの挨拶をしに来たのである。


「……私も行きます。」


その時、彩華が同行を申し出た。


「彩華?」


「私の大切な友達が命を懸けるのに、私だけ何もしないわけにはいきません。だから、私も行きます。」


彩華は幽霊に触れるようになった。だから、鏡の中には入れなくても、悪意を浄化することはできる。


「もうすぐ修学旅行です。私はこの修学旅行に、明日奈さんと一緒に行きたいんです!」


「ま、あたしに何ができるとも思えないけど、お姉ちゃんが危ない真似しようとしてるんだし、妹が身体張らないわけにはいかないでしょ。」


「僕も行きます!戦力はちょっとでも多い方がいいですから!」


「わたしも行く!」


茉莉、賢太郎、七瀬も同行を申し出てきた。


「みんな……ありがとう!」


明日奈は全員に感謝した。


「輪路さん……」


「心配すんな。どうってこたねぇって」


「どうします?翔くんにも知らせますか?」


「いいよ。あいつも忙しいだろうし」


とにかく、これで明日戦うメンバーは決まった。あとは、明日を待つだけだ。











翌日、輪路は三郎と一緒に、バイクに乗って来た。彩華達はバスで来るそうだ。一足先に来た輪路は、儀式の下見をする。


「準備はあたい達でやるから、廻藤さんはゆっくりしててよ。」


「おう。」


明日奈にそう言われたので、輪路は適当に見て回った。


「こいつが八咫鏡か。」


境内の中に、一枚の鏡が飾ってある。ただの鏡ではないということは、一目見てわかった。


「ああ。しかし、お前も神鏡浄化の儀に参加するとはな。この儀式、昔光弘も参加したんだよ。」


「光弘も!?」


これは驚いた。光弘もまた、かつてこの儀式に参加していたのだ。


「……よし、じゃあ頑張らないとな!」


自分が光弘と同じことをやろうとしているとわかり、輪路はやる気を出した。


「さて、そろそろあいつらも来る頃だな。」


輪路は境内から出て、賢太郎達の到着を待つ。それから数分後、賢太郎達が来た。


「で、あたし達は何をすればいいんですか?」


「それが、準備終わるまで待ってろって言われてよ。」


仕方なく準備が終わるまで待つことにする。と、神社の目の前に、一台のタクシーが停まった。


「ありがとう。」


それから、運転手に料金を渡して、一人の少女が降りてきた。見た感じからして、明日奈や彩華と同年代だろうか。少女は輪路達の存在に気付くとやってきて、輪路を値踏みするように見た。


「……あなたが廻藤さんね?」


「……何でわかった?初対面のはずだけどな。」


「すごく強い霊力を感じる。こっちの子も強い霊力を持ってるけど、別のものが混ざってる感じがするから。」


霊力がわかるということは、この少女は霊力持ちのようだ。輪路も感知してみると、確かに少女からとても強い霊力を感じる。そこへ、


「おお、来たか。」


吉江が来た。少し遅れて、明日奈も来る。明日奈は驚いた。


「暦!?」


「やっほー明日奈。久しぶり、吉江おばあちゃん。」


三人は知り合いらしい。輪路は吉江に訊いた。


「なあ、知り合いか?」


「はい。今日の儀式に備えて呼んだ心強い助っ人、松室まつむろ暦です。」




松室暦。吉江から聞いたところによると、彼女は京都の月読神社の巫女で、天照の対となる神、月読命の力を持って生まれたらしい。昔明日奈を天照の巫女として復帰させるためのきっかけになるかと思い、吉江が明日奈に会わせたため、二人は暦と面識がある。


「月読神社ねぇ……京都からわざわざ来たのか?」


「私も本当なら、明日奈の手伝いなんてめんどくさくてやりたくなかったんですけどねぇ。でもまぁ、神鏡浄化の儀をやるっていうなら、経験者として協力しないわけにはいかないですし?」


「お前、この儀式やったことがあるのか?」


暦は神鏡浄化の儀の経験者だ。彼女もまた月読神社から離れるほど、弱体化する存在だった。しかし、二年前儀式を成功させたおかげで、月読神社以外の場所でも月読の力を使えるようになったのだ。


「最近明日奈も頑張ってるみたいだし?昔一度会ったきりとはいえ、やっぱり見過ごせないって感じです。」


「……俺は巫女がどうとかいうのはわからないから、まぁうまくやってくれとしか言えねぇな。」


そう言いながら、輪路は明日奈を見た。


「……別に暦なんて呼ばなくてよかったのに。廻藤さんに言われるまでもなく、うまくやるよ。」


明日奈は言った。











暦も巫女服に着替え、儀式の準備が整った。


「では、私が鏡の道を開きます。開くと同時に悪意が襲ってきますので、ご用心を。」


「おう。」


この儀式には、巫女が最低でも二人は必要になる。鏡を開く巫女と、悪意を浄化する巫女だ。今回は吉江が道を開き、明日奈が悪意を浄化する。


「明日奈、さっき言った通りよ。相手はいろんなことを言って、あんたを揺さぶろうとしてくる。だから、聞き入れちゃ駄目。あれは悪いものだから、倒さなきゃいけないって割り切るの。」


「わかってるよ。あたいに任せな」


暦は明日奈にアドバイスし、明日奈は素っ気なく返す。


「道を開きます!!」


そして、吉江が八咫鏡の中への道を開いた。



その瞬間、鏡からどす黒い空気が溢れ出す。



「うおっ!?何だこりゃ!?すげぇ邪気だ!!」


「これが、鏡に貯め込まれた人間の悪意ですか……!!」


輪路と彩華は驚く。人間の悪意なのだからいいものではないと思っていたが、ここまでひどいとは思わなかった。三郎が吉江に訊く。


「おい!最後に儀式をやったのはいつだ!?」


「二年前の暦の儀式で最後です!」


「二年前……たった二年でここまで邪気が貯まるのか……!!」


賢太郎も驚いている。と、賢太郎の中のナイアが目を覚ました。


(すごい邪気を感じたから目が覚めちゃったよ。一体何の騒ぎだい?)


賢太郎はナイアに、神鏡浄化の儀について説明する。


(これはまた、懐かしい儀式だね。けど、たった二年でここまで邪気が貯まるのは、さすがに異常だよ)


ナイアにとっても、この事態は異例らしい。吉江は思った。やはり、世界に満ちる悪意が、年々凄まじい速度で強まりつつあると。ここには結界が張ってあるので、悪意が町に影響を及ぼすことはないが、もし結界を張らずに道を開いたら、この悪意に当てられた町中の人間の悪意が暴走し、目も当てられない状態になっていたはずだ。霊力を持つ人間なら耐えられるが。


「あたしには人間の悪意なんて見えないけど、すごく気持ち悪くなったわ。」


茉莉は霊力を持たないが、輪路のような強い霊力持ちが存在しているだけである程度悪意を浄化しているため、気分が悪くなる程度で済んでいる。今七瀬から霊力をもらって、多少改善された。


「明日奈!怯むんじゃないよ!」


「わかってる!」


明日奈は暦の注意に応え、鏡に向かって突撃する。と、明日奈が鏡の中に吸い込まれた。鏡の世界に入ったのだ。


「じゃあ俺は、明日奈が出てくるまでこいつを斬ってりゃいいんだな。」


「ああ。霊力を持ってるやつが攻撃するだけで、悪意は祓える。おもいっきりやれ!」


「おう!」


輪路は三郎からどうすればいいかを聞き、シルバーレオを日本刀モードに替えて抜き放つと、霧のように押し寄せる悪意を斬り始めた。賢太郎達も、格闘や霊力技などで悪意を攻撃し、暦は道を開き続けている吉江を守りながら、霊力弾で悪意を吹き飛ばした。











八咫鏡の中に入った明日奈。


「ここが、鏡の中か……」


彼女の周囲を、ピカピカな金属光が包んでいた。


「我らを浄化しに来たか。」


その時、明日奈の目の前に悪意が出現して集合し、全身真っ黒な明日奈へと姿を変えた。


「そうだよ。」


「何度浄化しようと、人々の心から悪意が消えない限り、我らは生まれ続ける。不毛だと思わんのか?」


悪意は明日奈に問いかける。


「そうかもね。でも、必要なことだからさ。」


「……愚かな。」


悪意は身構え、明日奈もまた身構える。


(すごい霊力……悪意が貯まりすぎた影響かな?)


見た目は黒いだけの明日奈だが、力は明日奈を遥かに超えている。正直言って勝てる気がしないが、それでもやるしかない。やらなければ、明日奈の力の制御は完全にはならないのだ。


「……はっ!」


先に仕掛けたのは明日奈だった。悪意に向けて拳を放つ。霊力を使った法術だけでなく、体術も身につけたのだ。だが、悪意はそれを軽く防ぎ、蹴りで反撃してきた。吹き飛ばされた明日奈は空中で体勢を整え、今度は霊力弾を三発放つ。悪意はそれを結界を張って防いだ。


「力なき正義に存在価値などない。」


「何?あんたあたいが貧弱だとでも言いたいの?」


「それ以外の意味に聞こえたか?」


悪意は結界を解き、明日奈と同じように霊力弾を三発放った。しかし、


「でかい!!」


大きさまで明日奈と同じではなかった。一発一発が、明日奈の霊力の四倍はある。明日奈も結界を張るが、二発までは防げたものの、三発目で結界が破壊されてしまった。


「ならばもっとわかりやすく言ってやろう。お前は弱い。貧弱だ」


「うるさい!!天照大君煌!!!」


それならばと、大技を放つ明日奈。悪意は結界を張ったが、光線は結界をぶち破り、悪意を吹き飛ばした。


「どうだ!!これでもまだ貧弱だなんて言えるかい!?」


勝ち誇る明日奈。だが、現れた悪意は無傷だった。


「なっ!?」


「ああ貧弱だ。天照の力を使ってもこの程度……やはり力なき正義は駆逐されなくてはな!!」


悪意は驚愕に目を見張る明日奈に向けて、天照大君煌を放った。しかし、その大きさは明日奈の技よりも遥かに大きく、そして全てを飲み込むかのように黒かった。











輪路は暦に尋ねた。


「なぁ。お前がこの儀式やった時は、どうだったんだ?」


「どうもこうも、吉江おばあちゃんが説明した通りです。鏡の中に封じられていた悪意が、私の姿に変身して襲い掛かってきました。」


暦は押し寄せる悪意を、霊力弾で浄化しながら説明した。彼女もまた八咫鏡の中で、自分の姿に変身した悪意と戦ったのだ。例にもよって悪意は暦より強く、戦いの最中死にかけたのは一度や二度ではないらしい。


「どうやって勝ったんだ?」


「相手の力を吸収しました。」


鏡の中で戦う悪意は、巫女の影とも言うべき存在。もう一人の自分と言って差し支えない。八咫鏡は移った者の本性を映し出す鏡であり、悪性すらも映し出す。だが、そこに映るのはあくまでも自分自身であり、他の誰かが自分の格好を真似ているわけではない。悪性も自分の一部だと受け入れることができれば、悪意の力を吸収し、大幅に弱体化させることができるという。それこそが、己の力を全開で使えるようになることだという。


「己の内なる影を拒絶せずに受け入れられるか。それが、この儀式を攻略する鍵です。」


頭ではなく心で理解しなければ、悪意には勝てない。暦はそう語った。


「初めて会った時は、生意気なやつだなって思いました。まぁ、私も巫女としての自覚が、かなり薄かった時でもあったんですけどね。」


ああなりたくないと思ったからこそ、暦は儀式に参加した。だが今再び会ってみると、明日奈の雰囲気がずいぶん和らいでいた。


「……生きて帰ってきて欲しいなぁ……今なら、あいつとはいい友達になれると思うから。」


暦はそう呟いた。その時、彩華が言った。


「必ず帰ってきますよ。だって、約束したんですから!生きて一緒に修学旅行に行くって!」


「……へっ!じゃあ俺も、協力しないとな!!神帝、聖装!!」


輪路はレイジンに変身し、悪意を浄化するペースを上げる。と、茉莉が暦に尋ねた。


「こっちが溢れ出てくる悪意を一気に消したりしたら、中の先輩が楽になったりしませんか!?」


「……やったことはないけど、まぁ試してみる価値はあるか……!!」


気付かれる前に死んでもらっては困る。可能な限り明日奈を助けるため、暦は奥の手を使った。


「月光浄魂!!」


全身から淡い光を放つ暦。すると、光を浴びた悪意が全て、一瞬で浄化された。


「すごい……こんな技も使えたんだ……」


賢太郎は感嘆している。しかし、暦は心中焦っていた。彼女の技、月光浄魂は、あらゆる悪意や邪気を一瞬で浄化させる。しかし霊力の消耗が激しく、長時間の使用ができない。月読の力を全開で使えるようになっても、それは変わらないのだ。これほどの技を使っても、悪意はどんどん溢れ出てくる。


(急ぎなよ、明日奈!)











八咫鏡の中。何とか悪意の攻撃をかわした明日奈は、その後食い下がり、結果ボロボロにされてしまった。


「まさかここまで往生際が悪かったとはな。」


悪意はしつこく食い下がってきた明日奈に、脱帽していた。


「あたいの姿をしている偽者に、負けるわけにはいかないからね……!!」


「偽者?それは違う。我らは悪意の集合体ではあるが、入ってきた巫女の姿を模倣しているのは、八咫鏡が貴様の本性を映しているからだ。つまり、我らはもう一人のお前なのだ。」


「あんたが、あたいの本性……?」


明日奈は認めたくなかった。確かに八咫鏡は映った者の本性を映し出すが、だからといって自分がこんな邪悪な存在のはずがない。


「認めろ。我らこそ、貴様の中の本性なのだ。」


悪意はそう言いながら、ゆっくり歩いて近付いてくる。


「く、来るな!!お前なんかあたいじゃない!!」


霊力弾を放つが、悪意には片手で弾かれてしまった。もう明日奈に、こいつを倒せるだけの力は残っていない。


「誰の中にも悪意がある。無論、貴様の中にもな。お前が受け入れようと受け入れまいと、それは覆せぬ事実なのだ。」


「あ、あたいは……」


「絶望したか?ならそのまま死ね。もう一人の貴様である我らからのせめてもの礼儀として、一撃で消滅させてやろう。」


悪意の右手に、霊力が集まっていく。明日奈を確実に絶命させる、死の一撃が放たれようとしている。明日奈は必死に考えた。どうすればこの一撃を回避して、悪意を倒せるのか。だが、何も思い浮かばない。力の差があまりにも離れすぎていて、どうしようもない。怖い。死ぬのが怖い。


(彩華……助けて……)


無意識のうちに、友人に助けを求めてしまう明日奈。



だが彼女は思い留まった。もし彩華が、自分のこの無様な姿を見たら、何て言うだろうかと。


(彩華……彩華!!)


彩華のことを考える明日奈。そして、遂に彼女は決めた。決めた瞬間に、悪意から霊力弾が放たれた。しかし、霊力弾は明日奈に一切のダメージを与えず、逆に彩華に吸収されてしまった。


「何!?」


突然起きた現象に驚く悪意。だが、悪意はこの現象の本質を知っている。もう一人の明日奈だからこそ知っている。


「……そうだよね。」


明日奈は決意したのだ。この悪意と向き合うことを。彩華や茉莉に賢太郎。輪路や暦、吉江でさえ死を恐れず戦っているというのに、自分だけ逃げるわけにはいかない。


「あたいがあたいに負けるなんてカッコ悪いもん。だから受け入れてあげるよ!あんたを!」


「くっ……!!」


「どうしたの?あんたの望み通り、あたいはあんたを受け入れるって言ってるんだ。何で逃げる?」


明日奈が近付くと、悪意は逃げていく。なぜなら、わかっているからだ。自分を受け入れる決意をした明日奈には、もう自分の攻撃が効かないということを。


「黙れぇッ!!それ以上近付くな!!」


霊力弾で明日奈を遠ざけようと試みるが、悪意の霊力弾は全て明日奈に吸収されてしまう。それどころか、何もしなくても悪意の霊力が、どんどん明日奈に吸い取られていく。


「終わりだよ。」


悪意は大幅に弱体化し、代わりに明日奈の力は全快した。これなら、勝てる。


「天照、大君煌!!!」


「ぐああああああああああ!!!!」


全身全霊の天照大君煌を放ち、悪意はそれを受けた。だが、消滅はしていない。そこには、先ほどまでの邪気と黒さが完全に消え去った、もう一人の明日奈が、安らかな顔をして立っていた。


「やっとわかったよ。」


人間は善性も悪性も、両方備えている。どちらか片方だけを切り離すなんて、できない。悪い自分を、それも自分だと受け入れることが、この儀式の本当の意味だったのだ。


「だから受け入れるよ。」


明日奈がそう言うと、もう一人の明日奈は笑って言った。


「あたいはあんた!」


「あんたはあたい!」


互いに認め合うと、もう一人の明日奈は明日奈の中に吸い込まれていった。これで、鏡の中の悪意は全て浄化した。儀式を完遂した明日奈は、八咫鏡から脱出した。











無事神鏡浄化の儀は終了した。


「じゃあ私は帰るけど、明日奈は大丈夫よね?」


「ああ。自分でも強くなったのを感じるよ」


欠けていたものと一つになり、明日奈の力は増した。これでもう、例え宇宙の果てに行っても、天照の力を全開で使うことができる。


「よかったですね!これで安心して修学旅行に行けます!」


「そうだね。約束は守ったよ、彩華。」


「もし修学旅行先が京都なら、ぜひウチの月読神社に来てよ。できる限りもてなすからさ」


戦いは終わった。自分の務めを果たした暦は帰ろうとする。と、


「あ、そうだ廻藤さん。なんか仕事がすごい大変らしいね?協会の討魔士だっけ。」


「まぁ大変と言やぁ大変だな。」


「実は私、占いができるんですけど、これから廻藤さんがどうなるか占ってあげますね。」


暦は懐から一枚、霊符を取り出した。


「我が魂に宿る月読の霊力よ。廻藤輪路の未来を示したまえ」


霊力を込めて祈る暦。すると、霊符に書かれていた文字が全て消え、新しい文字が浮かび上がった。暦はそれを読み上げる。


「『遠くない未来、大いなる悪に魅せられし者と、己自身の影との戦いに終止符を打つことになる』。だって」


輪路は考えた。大いなる悪に魅せられし者というのは、恐らく悪神アーリマンを召喚しようとしているブランドンのことだろう。そして己自身の影というのは……


(……正影)











アンチジャスティス本部。正影は自室のベッドに座って呟いた。


「……美由紀」

次回、『惹かれるものは』。お楽しみに!!

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