第六話 迷える追跡者
今回は鬼ごっこ的な話を作ってみました。
「ふぅむ…」
殺徒は幽霊が映っている映像を見ていた。
「違う。」
殺徒が手をかざすと、映像が切り替わる。今度は違う幽霊が映っていた。
「違う。」
また手をかざして、映像を切り替える。殺徒は先ほどからこの行為を、何度も何度も繰り返していた。この城、冥魂城は死者のために造られた城である。見たいと思えば、あらゆる情報を見ることができるのだ。殺徒と黄泉子は今、城の機能を使って、強い霊力を持つ幽霊を捜していた。
「なかなか見つからないわね。」
殺徒の腕に抱き付きながら、黄泉子は言う。いくら城に情報を探す機能があるとはいえ、漠然としたキーワードでは漠然としたものしか見つからない。パソコンと同じだ。
「やれやれ、強い霊力の持ち主を捜すとは言ったけど、僕が望む相手ってのはそんなにいないものだねぇ。」
捜索を続けていく殺徒。だが殺徒は唐突に捜索をやめて映像を消す。
「さて、いるんだろう?出てきなよ、カルロス。」
殺徒は誰かの名を呼んだ。すると、
「シャーッハハハハハハハハハ!!!!」
殺徒の目の前に人間大サイズの炎が出現し、その中からピエロが飛び出してきた。ピエロは笑いながら周囲を跳ね回り、最後に自分が出てきた炎を踏み潰して鎮火。殺徒の前に膝をついた。
「お気付きでしたか、さすが殺徒様。」
「いつからいた?」
「三分前からでございます。殺徒様があまりに熱心でしたので、声をかけるタイミングを失っておりました。」
「なるほど。で、カルロス。それだけ前からいたんだから、僕が何を訊こうとしてるかは、わかるよね?」
「もちろんでございます。」
「じゃあ言ってごらん。」
殺徒にカルロスと呼ばれたピエロは、顔を上げてニヤリと不気味に笑いながら答えた。
「我々の戦力を増強しつつ秦野山市の聖神帝を倒す方法、ですね?」
「素晴らしい!百点満点だよ。」
「それでカルロス。何かいい方法はある?私達としては死怨衆一の策略家であるあなたの意見が聞きたいんだけど。」
死怨衆とは、殺徒と黄泉子に支えている部下達の総称だ。デュオールもその一人である。
「俺なら強い霊力を持つ幽霊など捜さず、たくさんのリビドンを獲得しますね。」
「質より量、ということかしら?」
「ええ。俺達の戦いに必要なのは、強い一人よりも弱い千人でしょうから。」
「ふむ…確かにそうだね。」
カルロスの提案に、殺徒は頷く。
「ちょうど俺のお気に入りにおあつらえ向きなやつがいますんで、そいつ連れてちょっと行ってきますわ。」
「それじゃあ頼もうか。」
「はい!このカルロス・シュナイダーにお任せ下さい!名付けて、質より量をスカウトだぜ大作戦~!!」
「…君は相変わらず作戦名のセンスがないねぇ。」
「ガーン!!!」
あまりにもそのままな作戦名を言ったカルロスに殺徒は呆れ、カルロスはショックを受けた。
*
「えーっと、コーヒー豆コーヒー豆…」
美由紀は佐久真から買い出しを頼まれ、デパートに来ていた。輪路に手伝ってもらおうかと思ったが、輪路は朝早くから出かけていていない。何でも、この前修得した居合と縮地をもっと極めたいとのことだ。ここ数日ずっとである。
「次は、と…」
美由紀はそれを止めるつもりはない。夢中になれる何かがあるということは、美由紀にとっても喜ばしいことだからだ。それに、輪路は聖神帝。大きな使命をその身に背負う戦士なのだから、来るべき戦いに備えて強くなっておくことは当然である。
「このくらいでいいかな。」
それに、買い出し程度一人でもできる。輪路には到底及ばないが、小さい頃から店の手伝いをしているので、これでも力は結構強い方なのだ。体力だって、店とデパートを荷物を持って移動できるだけはある。今日も買い出しを終えて、美由紀は店に帰っていった。
「今夜のご飯は…うふふ♪」
店で使う材料だけでなく、夕飯の材料も買ってきた。夕飯は美由紀と佐久真で交互に作っており、今夜の当番は美由紀だ。作るのは、チンジャオロースである。輪路は美由紀が作ったチンジャオロースを好物としており、美由紀自身も今から作るのが楽しみだった。デパートを出た美由紀は、店へと向かう。曲がり角を三つほど曲がれば、そこはもうヒーリングタイムだ。うきうきして最初の曲がり角を曲がる美由紀。そうしたら次は30mほど直進すれば次の曲がり角が見える、
はずだった。
最初の曲がり角を曲がった瞬間、美由紀は信じ難いものを目にした。
「えっ?」
突然横からずっと続いているはずの街道が消えたのだ。建物の代わりに、無数の木が並んでいる。森になっているのだ。
「えっ!?」
慌てて振り向いてみると、今まで自分が通ってきた道が消えており、同じように森が続いている。
「どういうこと?私、街の中にいたはずなのに…!!」
それに、秦野山市にこんな森を見た覚えがない。どういうことなのかと考えるが、とりあえず進んでみることにする。
行けども行けども森が続く。歩いても歩いても終わりが見えない。見えるのは木だけだ。
「何だか監視されてるみたい…」
美由紀は呟く。周囲から奇妙な視線を感じるのだ。大勢の人間に見張られているような、そんな感じがする。不気味に思った美由紀は足を早め、ひたすら出口を目指して歩く。そのうち美由紀は気付いた。
「これ、同じ所をぐるぐる歩き回ってるんじゃ…」
あまりにも景色が変わらないので、道がループしているのではないかと思ったのだ。
「…まさか…」
胸騒ぎを覚えた美由紀は、靴の踵を地面に強く押し付け、大きな×印を書く。それから、また出口を目指して歩き始めた。
五分ほど歩いた後、美由紀は立ち止まって愕然とした。
「うそ…」
目の前には、さっき地面に書いた×印が。
「!!」
美由紀はもと来た道を走り出す。しばらく走った後、
「あ…あ…!!」
また×印が。錯覚などではなかった。やはり彼女は、同じ所を歩き回っていたのだ。美由紀はおもむろに、スカートのポケットへと手を伸ばした。
*
二日前。
「そろそろお前にも話しておかないとな。」
三郎は美由紀の部屋で、彼女に話した。
「悪霊ってのは大体、道連れを望んでる。」
悪霊とは文字通り悪しき幽霊。悪さを働く幽霊だ。大抵の悪霊は、生きた人間を殺し、自分と同じ悪霊にすることを望んでいる。
「リビドンもその類いだ。で、ここからが大事なんだが、悪霊やら怨霊やらリビドンやらは、結界を張るタイプがいる。」
三郎曰く、結界には大きく分けて二種類あるそうだ。領域防御型と、異界発生型である。領域防御型はその名の通り、一定の空間を守護するための結界で、いわゆるバリアだ。防御に特化しており、小回りも利く。もう一つの異界発生型は、特殊な異空間を発生させる結界で、一定の空間に影響を及ぼすという点では同じだが、自分に有利な空間を作って相手を引きずり込んだりと、領域防御型と違って攻撃にも使える。しかし制御が難しく、使用や維持に消費する霊力や妖力が多いため、かなり上級者向けの技だ。
「じゃあ、三郎ちゃんがいつも使ってるあの結界は、異界発生型なんですね?」
「ああ。悪霊の中にはこの結界を使ってくるやつがいてな、どっちを使われても厄介だが、異界発生型は特にヤバい。獲物を閉じ込めるっていう点じゃ、領域防御型より秀でてるからな。」
「閉じ込められたら出られないってことですか?」
「何の力も持ってないやつが結界から逃げるのは不可能に近い。もし捕まったら、運がなかったと諦めるしかないな。」
「そんな…」
「だがお前は運がいい。俺と知り合いだったんだからな。手ぇ出せ」
「?はい。」
言われるまま両手を出す美由紀。三郎は片方の翼を広げると美由紀の手の上に差し出し、揺する。すると、三郎の翼の中から鎖で繋がれた円形の黒い宝石が落ちた。
「綺麗…」
美由紀はペンダントを手に取って見てみる。美しい色彩の宝石に見とれている。
「こいつは俺の妖力の結晶だ。今は丸いが、結界に入ると四角くなる。試してみるぞ」
三郎は結界を張る。すると言われた通り、宝石が円形から四角形に変化した。
「あらゆる結界を突破する通信機能が付いててな、同じ結晶を持ってる者同士で話ができる。もちろん妖力の元である俺ともな。輪路にも渡してあるから、もし結界に捕まったら輪路か俺を頭の中で思い浮かべて、結晶に話し掛けろ。すぐ駆けつける。輪路だったら絶対何とかなるし、俺は戦えないがお前を結界から出してやるくらいのことはできるぜ。」
「ありがとうございます。大切にしますね」
*
美由紀はポケットの中から、三郎からもらったペンダントを出した。
「!!」
そして息を飲む。ペンダントの宝石が、四角形に変化していたからだ。
「やっぱりここは…結界の中…!!」
美由紀は辺りを見回しながら言う。その時、
「シャーッハハハハハハハハハ!!!ご名答ご名答!!!大正解~!!!」
森のどこかから、やけにハイテンションな笑い声が聞こえてきた。
「だ、誰ですか!?」
美由紀は尋ねる。すぐ声の主から、返答が来た。
「この結界を張ったやつのご主人様でぇ~す!!!」
「どうしてこんなことをするんですか!?」
「一人でも多くの死者を作りたいからだよ!!!お嬢さんは俺の作戦の記念すべき犠牲者第一号!!!お祝いにたぁ~ぷり痛めつけてからぶっ殺しちゃうねぇぇ~!!!」
声の主がそう言った瞬間、美由紀の後ろに怪物が現れた。背中にバッグを背負い、苦悶の表情をした緑色の怪物だ。
「ひっ!!」
美由紀は持っていた買い物袋を思わず落としてしまう。
「そいつはメイズリビドン!!!迷って死んだ人間の成れの果てだ!!!この結界を張ったのはそ・い・つ!!!この風景はそいつが死んだ時に見ていた景色!!!今では俺っ様の忠実なしもべちゃんでぇ~す!!!」
声の主はハイテンションなまま、怪物について解説した。
「ほぉ~ら新しいお友達を欲しがってるよぉ~?お嬢さんをこの森の中で殺して、ずぅ~っと迷わせたいってさ。自分が死んだ時と同じように!」
声の主が言うと、メイズリビドンは背中のバッグに手を伸ばし、中から鋭利な刃が付いた鎌を取り出す。
「ひぃっ!!」
「そんなに嫌がらないであげてよぉ~。その子だって仲間が欲しいだけなんだってばぁ~。俺様からもお願い!部下の後輩になると思ってさ!ね!?ね!?だからさ…」
声の主は少しためを入れ、
「…死ねよ。」
そう静かに言った。
「ウアアア~~~!!!」
メイズリビドンが鎌を振り上げて襲いかかってくる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!!!」
美由紀はきびすを返して逃げ出した。
(輪路さん!!輪路さん!!輪路さんっ!!)
ペンダントを握って必死に走りながら、美由紀は心の中で輪路に呼び掛けるのだった。
*
「…美由紀?」
輪路は特訓をやめた。何か嫌な予感がする。美由紀に危機が迫っているような…
「輪路さん!!輪路さん聞こえますか!?」
そう思った直後、三郎からもらったペンダントから、美由紀の声が聞こえてきた。
「美由紀!?どうした!?」
輪路は慌てペンダントを取り出すと、美由紀に訊いた。
「リビドンの結界に捕まりました!!助けて下さい!!」
「っ!!わかった!!場所はどこだ!?」
「場所は…きゃあっ!!」
「美由紀?美由紀!!」
美由紀から悲鳴が聞こえたきり、ペンダントからは声が聞こえなくなる。
「くそ…三郎!!三郎聞こえるか!?」
仕方なく輪路は三郎に呼び掛ける。
「おう。どうした?」
「美由紀がリビドンの結界に捕まったらしい。この街に、結界が張られてるような場所はあるか?」
「ちょっと待ってろ、今調べる。」
一度結界を張られてしまえば、結界の中と外は完全に情報が遮断されてしまう。だから、結界の中に囚われた相手がどこにいるかは三郎にもわからない。しかし、そんな結界にも穴はある。結界を突破して音声を届けられる物があれば場所の特定はできるし、専用の術を使って広範囲を探索すれば、結界が張られている場所はわかる。見つけられないはずはない。
「見つけたぜ輪路!場所教えるからすぐに来い!」
「おう!」
三郎から場所を教えてもらった輪路は素早くバイクにまたがり、美由紀を救出しに向かった。
「俺が行くまで持ちこたえろよ…!!」
*
「ウゥ…」
メイズリビドンは美由紀を見失い、右往左往していた。そこへ、カルロスが来る。
「なぁ~んだ見失ったのかお前!まぁ道に迷って死んだんだから仕方ないんだろうが…」
メイズリビドンはその死因から、この結界を自分自身でも制御できていない。相手が一人しかいない場合は、見失ってしまうこともあるのだ。しかし、だからといって獲物を結界から逃がすようなヘマはしない。空間の閉鎖はしっかりできているので、普通の人間がこの結界から出られる可能性はゼロだ。
「まぁいいや。焦ることはねぇし、じっくり追い詰めろよ。どうせあいつはここから出られないんだからさ!」
カルロスは笑うと、引き続きメイズリビドンに美由紀の捜索を任せた。
一方美由紀は、木の一本に背中を預け、呼吸を整えながら休んでいた。咄嗟に道を外れて森に飛び込んだことが幸いし、たくさんの木々を活用してメイズリビドンの追跡を撒くことに成功したのだ。
(でもどうしよう…どうすればこの結界から出られるの…?)
しかし、寿命が少し伸びただけだ。早く何とかしてこの結界から脱出しなければ、いずれメイズリビドンに捕まって殺されてしまう。だが、無限にループする森から出る方法など、思い付かなかった。
(さっき輪路さんを呼んだから、すぐに来てくれるはず。それまで時間を稼がないと…!!)
美由紀は三郎との会話を思い出す。
『けどな、やっぱり危険な状況に置かれてることに変わりはねぇ。だから俺や輪路が行くまで、時間稼ぎをしろ。こっちもいろいろ用意してやるからよ』
いくら輪路や三郎がいるとはいえ、ここにたどり着くまでには相応の時間を必要とするはずだ。だから彼らが助けに来るまで、どんな手を使ってでも生き残らなければならない。助けが到着するまでの、時間稼ぎを。
(それにしても、あのリビドン来ませんね…)
美由紀は辺りを見回し、木の陰からこっそり顔を出して、様子を伺う。メイズリビドンが追いかけてくる気配は、一向にない。
(もしかしてこのまま隠れてれば、何もしなくても輪路さんが来るまで時間稼ぎができるんじゃ…)
そんな淡い期待を抱いた時だった。何か音が聞こえる。
ヒュンヒュンヒュンヒュン…
(なにこの音?何か、飛んできて…)
何かが飛ぶ音だ。音はどんどん近付いてくる。その音と一緒に、ガッ!ガッ!という別の音まで混ざり始めた。と、
「!!」
美由紀は音の正体に気付き、咄嗟に伏せた。その瞬間、美由紀が背にしていた木が、ちょうどさっきまで美由紀の首があった位置から真っ二つに切り倒された。すぐに顔を上げて確かめる。まだ飛んでいるが、見えた。あれは鎌だ。鎌は飛んでいき、こちらを見ているメイズリビドンの手に納まった。あの音はメイズリビドンが鎌を投げた音だったのだ。以前輪路が成仏させた首なしライダーが使った霊力カッターが木を切る音と、メイズリビドンの鎌が木を切る音が酷似していたので、メイズリビドンの攻撃に気付けたのだ。もしあの戦いの場にいなかったら、何も気付けないまま首を切り落とされていただろう。危ないところだった。
「くっ!!」
美由紀は起き上がって走り出す。早く逃げなければ。メイズリビドンはまた鎌を投擲し、今度は美由紀の背中を狙う。あんな切れ味の鎌が相手では、例え胴体だろうと真っ二つにされてしまうだろう。美由紀は最初メイズリビドンを撒いた時と同じように、横に飛ぶことによって鎌の射線から逃れる。
(木が邪魔だから、木ごと私を殺そうとしてるんだ!)
木が邪魔してうまく追跡できない。だからメイズリビドンは、障害物を排除しながら標的も殺せる方法に移行したのだ。よけるにしても木が邪魔なのは美由紀にとっても同じことなので、このままではいつか当たってしまう。
(道へ…道に出られれば…!!)
こうなったら木が、障害物がない場所に逃げるしかない。しかし、ずっと走り続けるだけの体力もないので、一度撒いてからもう一度森の中に隠れる。これしかない。
(あった!!道だ!!)
美由紀は転がり込むようにして道に飛び出し、そのまま道に沿って走り始めた。ここなら鎌を投げられてもよけられる。メイズリビドンも道へと飛び出し、鎌を投げてきたが、美由紀はよけた。何回かよける。体力がついたのは、いつも輪路と一緒にいるおかげだ。輪路に強引に付いていこうとすると、こうなる。やがて投擲が当たらないとわかったメイズリビドンは、直接美由紀を殺すために走ってきた。
(早く!!早く!!)
美由紀は自分の左腰に提げているポーチに手を入れて、中から爆竹とライターを取り出した。
(十分に引き付けて…)
背後を気にしながら、導火線に火を点ける。そして、
(今!!)
「えい!!」
メイズリビドンの足元目掛けて投げた。爆竹はうまくメイズリビドンの足に命中し、破裂する。
「ウッ!?ウッ!!ウウウッ!!」
凄まじい音を立てて破裂し続ける爆竹。メイズリビドンはそれに驚いてバタバタと暴れながら足踏みしている。
(やった!!)
その隙に美由紀は再度森の中へと飛び込み、木々を利用して逃げ延びた。
「ウッ…ウゥ…?」
ようやく爆竹の破裂音が収まり、辺りを見回すメイズリビドン。
「ウ…」
見失ったとわかり、再び美由紀を捜し始める。
「はぁ…はぁ…!!」
どうにか再びメイズリビドンの追跡を撒くことに成功した美由紀は、荒い呼吸を整え、声を出さないように注意しながら、辺りの様子を確認し、メイズリビドンがどこから仕掛けてくるか用心する。爆竹はまだ一つあるが、音に慣れてしまってもう通じないだろう。
(次は目眩まし!!)
今度はポーチの中から、BB弾のような小さな白い玉を取り出す。三郎が用意してくれた時間稼ぎ用の道具で、閃光玉というらしい。これには三郎の妖術がかけられており、持ち主が『光れ!』と念じながら投げると、スタングレネードの数倍の光を発するそうだ。
(もう少し頑張らないとですね…そういえば輪路さんは、今どの辺りにいるんだろう…)
美由紀は警戒しながら思った。輪路はまだ、来ない。
*
「この辺り、だよな…」
輪路は三郎から連絡があった場所に来ていた。そこへ、
「輪路!」
三郎が飛んでくる。
「三郎!この辺りなのか!?」
「ああ。しかし、相手も考えやがったな。こんな街中を選ぶとはよ…」
三郎は辺りを見ながら言った。敵が結界を張ったのは街中だ。人通りがかなり多い。これでは輪路も三郎も、うかつに力が使えないのだ。
「じゃあどうしろってんだ!!」
輪路は怒る。こうしている間にも美由紀がリビドンに追い詰められていると思うと、気が気じゃない。
「だから俺はお前が来るのを待ってたんだよ。」
「あ?どういうことだ?」
しかし、伊達に何百年も生きていない妖怪の三郎。作戦はちゃんと立ててある。
「他の連中に見えないよう俺が結界を張る。お前はその間にリビドンの結界破って、美由紀を助けに行け。」
リビドンが張った結界を、三郎がさらに大きな結界で包んで周囲と隔離する。その間に輪路に突入してもらうという作戦だ。三郎は結界の維持に徹しなければならないため、美由紀を助けに行けないが、輪路がいるなら代わりに行ってもらえばいい。二人が揃っていなければ実行できないこの作戦を実行するため、三郎はわざわざ輪路が来るまで待っていたのだ。
「なるほどな…けどどうすりゃ結界に入れる?」
「レイジンになれ。レイジンになれば敵の結界も見えるし、聖神帝の武器なら結界を斬れる。」
「よしわかった。時間が惜しいから早速やってくれ!」
「あいよ!」
三郎は空へと舞い上がり、結界を展開する。周囲に人間がいなくなったことを確認し、
「神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身した。すると、目の前に表面が揺らいでいる、ドーム状の緑色の壁が出現。
(これがリビドンの結界か…結界ってのは外から見るとこんな感じなんだな…)
さっきまでは見えなかったはずだが、三郎が言ったようにレイジンに変身した影響だろう。輪路はなぜ幽霊が見えるのかといえば、それは強い霊力を持っているからだ。それでもこの霊的なものである結界が見えなかった理由は、輪路の霊力が結界を視認できるレベルまで達していなかったから。レイジンになると霊力が強化される。そのおかげで輪路の霊力は結界が見えるレベルまで引き上げられ、見えるようになったのだ。それでも強度と隠蔽力の高い結界なら見えないのだが、今回はそれほど強力な結界でもなかったようである。
「レイジン、ぶった斬る!!」
レイジンはスピリソードを抜くと、おもいっきり結界を斬りつけた。すると、斬った部分から空間が広がり、人が通れるだけの穴が空く。
「戦神、騎乗!!」
それからレイジンはバイクにまたがると、神馬疾走をかけてスピードを強化し、リビドンの結界の中へ乗り込んだ。
「待ってろよ美由紀!!今行くからな!!」
*
(光れ!!)
「えい!!」
美由紀は念じながら閃光玉をメイズリビドンに投げた。すぐに前を向き、後ろを見ないようにする。
「ウガッ!!」
間もなくして閃光玉は炸裂し、メイズリビドンは光に目をやられて両手で目を押さえ、転げ回った。リビドンは既に死んでいるため殺せないが、元々人間だ。大きな音を聞けばびっくりするし、強い光を見れば目が眩む。感覚は残っているのだ。美由紀はまた森へと飛び込み、メイズリビドンの追跡を撒く。
(次はこれ!!)
美由紀は次のアイテムを取り出す。今度はまたBB弾サイズの、色が青の玉だ。これは縛り糸玉といい、『弾けろ!』と念じながら投げると、無数の糸に変化して相手を縛りあげるらしい。ただ人間相手なら完全に自由を奪えるが、リビドン相手では本当に時間稼ぎにしかならないそうだ。
(それでもやるしかない…)
美由紀がそう思っていた時だった。
「ウウウ~!!」
見つかった。メイズリビドンが鎌を投げてくる。
「きゃっ!!」
素早く伏せてかわし、また道へと逃げる。
(木が少なくなってるからだんだん私を見つける速度が上がってる!!)
見晴らしが良ければ、当然だが相手を見つけやすくなる。メイズリビドンが切り倒した木は再生などしておらず、そのため見晴らしが良くなってしまい、美由紀を見つけやすくなっているのだ。
(もう一度、ギリギリまで引き付けて…!!)
道に出た美由紀は逃げるため、慎重に距離を計りながら、メイズリビドンとの間を調整する。そして、
(弾けろ!!)
「えい!!」
「ウッ!?」
美由紀は縛り糸玉を投げた。玉はどこにこれだけの質量を隠していたのかと思えるほどの大量の糸に変化し、メイズリビドンの全身に絡み付いて拘束する。
だが、
「ウウッ!!」
メイズリビドンは持っていた鎌で糸を切り裂き、早々に拘束から脱出してしまった。あまりの早さに森に逃げる暇もなかった。
(もうこれ以上は…!!)
仕方なく道沿いに逃げる。
その時だった。
「美由紀ぃぃぃぃ!!!伏せろぉぉぉぉぉ!!!」
彼の声が聞こえた。素早く伏せる美由紀。彼女の横をバイクに乗ったレイジンが駆け抜け、スピリソードでメイズリビドンを斬った。
「ウウッ!!」
倒れるメイズリビドン。
「輪路さん!!」
美由紀の顔が喜びに輝く。来てくれた。輪路が来てくれた。
「頑張ったな美由紀。ソッコーで片付けるから、もうちょっとだけ待ってろ!!」
「はい!!」
レイジンはバイクから降りて、スピリソードを腰溜めに構える。
「ウウウウウウ~~!!!」
メイズリビドンは鎌を振り上げて襲いかかってくるが、レイジンはそれより早くスピリソードに霊力を込め、縮地。
「ソニックレイジンスラァァァァッシュ!!!」
すり抜けざまに斬りつけ、メイズリビドンは爆発した。予告通り、即行で片付いた。
(ちっ!やられちまった!まさか俺の作戦が一人目で失敗しちまうとは…!!)
近くから見ていたカルロスは悔しがっていた。結界の中で人間を大勢殺してリビドンに変え、いずれはレイジンも誘い込んで数の暴力で始末するという完璧な作戦が、一人も殺せないまま打ち砕かれてしまったのは完全に予想外だった。美由紀が時間稼ぎの準備をしていたのも、三郎が強力な妖力の持ち主だったのも想定外だった。相手が悪かったというべきか。
(遊びすぎたか…どうする?あの聖神帝はまだどうにもならねぇってレベルの強さじゃねぇし、こうなったらもう殺っちまうか!?)
カルロスは手元にナイフを出現させて、投擲の構えを取る。その時だった。
(ストップだよカルロス)
(あ、殺徒様!?)
カルロスの頭の中に、殺徒がテレパシーで語りかけてきた。
(君の実力を信頼していないわけじゃないが、万が一ということも考えられる。優秀な臣下の一人である君を、おいそれと失いたくないんだ。聖神帝と戦うなら確実に勝てる状況で、ね。今回はもういいから、戻っておいで)
(…かしこまりました)
作戦をぶち壊してくれた聖神帝を仕留められなかったのは遺憾だが、殺徒の命令だ。カルロスは仕方なく撤退した。
美由紀は今までのいきさつと、メイズリビドンのことを話した。
「なるほどな。じゃあ安心しろ。あんたはもう迷わなくていいし、苦しまなくていい。だからこんな所にいないで、さっさと成仏しろ。」
輪路はメイズリビドンから普通の幽霊に戻った男を説得する。
「ああ。今なら、もう迷わない気がするよ…」
「そうだ、一つだけ聞かせてくれ。お前誰かの部下だったらしいが、どういうことなんだ?」
「ピエロだ。ピエロの格好をした男の幽霊が、まだこの世界で迷ってた俺をさっきの怪物にして、部下にしたんだ。気をつけてくれ、あいつはヤバい…」
男は自分をリビドンに変えたピエロの話をすると、成仏していった。森の結界も消える。
「槍使いの次はピエロか…わかんねぇことが増えたな。」
幽霊をリビドンに変える力を持つ槍使いとピエロ。無関係だとは思えない。と、
「あっ」
美由紀が声を出した。彼女の視線の先には、逃げる途中で落とした荷物が。
「…帰るか。」
「はい!」
二人は荷物を回収した。
「お前ら、大丈夫だったか?」
「はい!」
「おう。この通りだ」
結界を解いた三郎も来る。何はともあれ、危機は去った。敵が何者なのかはわからないが、聖神帝の力が魂を引き寄せるなら、いずれ直接会えるはずだ。その時に備えて今以上に強くなることを、輪路は誓うのだった。
逃げ場のない空間の中で助けが来るまで逃げ続けなければならないという恐怖と絶望感。味わって頂けたでしょうか?美由紀は輪路や三郎と知り合いだったから助かりましたけど、もし二人と知り合っていなかったら確実に死んでいました。もっと言うと、美由紀が一番最初に狙われたおかげで、犠牲者が誰も出なかったと言えます。美由紀はあらゆる意味で本当に運がいいです。
次回はまた美由紀視点の話を書こうと思います。お楽しみに!