表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/85

第三十八話 討魔士達の悪夢

皆さんも悪い夢にはご用心を。

アンチジャスティス本部。


「ブランドン。」


正影はブランドンのもとを訪れ、彼に尋ねた。


「どうした正影?何か問題があったのか?」


「問題はない。だが、俺に任務は与えないのか?」


最近アンチジャスティス内部の動きが活発化しており、戦闘員はほとんどが外に出回っている。ブランドンから任務を与えられてだ。


「俺は協会と戦うために生み出された。お前が造ったんだ。それなのに、なぜお前は俺を戦わせない?なぜ俺に協会を潰すよう任務を与えない?」


「……突然やってきたから何事かと思えば、そんなことか。」


要するに、正影は自分と他者の扱いに不満を抱いているのである。自分は戦うために造られたのに、肝心の戦いを全くと言っていいほどさせてもらっていない。せいぜい模擬戦程度だ。


「前にも言ったはずだぞ。お前は他の幹部や戦闘員と違って、アンチジャスティスの最終兵器だ。ここを離れてもらっては困る」


欲求不満になるのもわかるが、正影は他の部下達とは違う。輪路が攻めてきた時、そして殺徒が現れた時対抗できる唯一の戦力。


「もうすぐ我々の計画も最終段階に入る。そうなったら思う存分戦わせてやるから、今は我慢しろ。」


「……わかった。」


正影は不満そうな顔をしたまま去った。まぁ彼は常日頃からあんな顔をしているので、もしかしたら納得してくれたのかもしれないが。


「とはいえ、協会の戦力を少しでも削れるなら、削っておいた方がいいか。」


正影は三大士族、輪路にすら勝利するほどの力を持っているが、協会も馬鹿ではない。正影の力を警戒して、何らかの策を練っているはずだ。うかつに正影を飛び込ませるには、危険すぎる。


「志村祐実。いるか?」


というわけで、正影ではなく祐実を、内線で呼んだ。


「お呼びですかブランドン様?」


「ああ。協会の戦力を少し削ろうと思ってな」


「それはそれは。」


「というわけでお前のペットの力を、少し借りたい。」


ブランドンは作戦を説明した。











ヒーリングタイム。


「そりゃあ災難だったな。」


輪路は翔から、先日の任務の詳細を聞いていた。女体化の苦しみは輪路が一番良く知っているので、翔の苦痛はわかった。だが、反面面白がっているのもある。


「絶対面白がっているだろう。」


「いや?全然。」


翔には早々に見抜かれた。


「でもすごいですね。女の子を好きになることに、そこまで情熱を向けられるなんて。」


「情熱というよりは、精神障害の一種だな。狂気を感じた」


美由紀は御風のことを聞いて、その百合っぷりに驚いていた。


「廻藤さんがしっかりしてないと、もし目を付けられたりしたら美由紀さんを取られちゃいますよ?」


「おっ、おい冗談だろ!?」


「わ、私にそっちの気は全然ありませんからね!?」


「やめろソルフィ。本当にありそうで鳥肌が立った」


ソルフィが言った冗談に、輪路、美由紀、翔の三人は焦った。


「そりゃあウチの美由紀ちゃんは世界一可愛いもの!女の子でも男の子でも、プロポーズして襲いたくなっちゃうわよね~?」


「……マスター。何で俺を見るんだ?」


「別にぃ~?」


佐久真は輪路を見て言い、輪路が尋ねるとニヤニヤしながら顔を背けた。



楽しい談笑が続く、いつものヒーリングタイム。いつもと違うそれに気付いたのは、輪路だった。


「……マスター。何か匂うんだけどよ?」


「あら?お風呂なら昨日ちゃんと入ったわよ?」


「そうじゃなくて、なんかすげぇ甘い匂いがするんだ。」


輪路は、店内にいつもと違う匂いが漂っていることに気付いた。体臭ではない。感覚としては、香水に近い匂いだ。


「……本当だ。」


「甘い匂いがしますね。ずっと嗅いでいると、なんだか眠くなってくるような……」


翔と美由紀も匂いに気付く。



そしてその次の瞬間、突然ソルフィが倒れた。



「ソルフィ!?おいソルフィ!!どうした!?」


驚いた翔は慌ててソルフィを助け起こすが、ソルフィは目を覚まさない。


「おい、様子が変だぞ。何で起きねぇんだ?」


「……佐久真さん。申し訳ないが、大至急ソルフィを連れて帰ります。勘定はここに」


「え、ええ……」


「俺も行くぜ!マスター、これコーヒー代!!」


「何かわかったら、連絡下さいね!」


「ああ!」


翔と輪路はソルフィを抱えると、コーヒー代を置いて出ていった。


「何だったのかしら……」


呟く佐久真。と、美由紀はあることに気付く。


「……さっきの匂いが消えてる……」


ソルフィが倒れた後から、あの甘い匂いがしなくなっているのだ。


「……輪路さん、どうかソルフィさんを……!!」


胸騒ぎを覚えた美由紀は、ソルフィの無事を祈った。











突如として昏睡状態に陥ったソルフィは、翔と輪路の手によって医務室に運ばれ、精密検査に掛けられた。検査中もソルフィは全く起きることはなく、そして結果が出た。


「ソルフィさんは夢魔に憑かれています。」


医務室の討魔術士がそう告げた。


「夢魔?」


「眠っている相手に取り憑いて、生気を奪う魔物だ。最悪の場合死に至る」


「何だと!?ソルフィはそんなヤバい相手に取り憑かれたってのか!?」


翔から夢魔という魔物の話を聞き、輪路は驚く。だが翔には、なぜソルフィに夢魔が取り憑いたのか原因がわからなかった。


「あの時は魔物が近付いてくる気配などなかった。そもそも夢魔は性質上、眠っている相手にしか取り憑けないはずだ。起きている相手に取り憑いて眠らせるなど、前代未聞だぞ!」


その理由について、討魔術士が答える。


「実は夢魔が起きている相手に取り憑く方法が、一つだけあります。最近判明したことなので、翔様でも知らないはずです。」


「何!?」


それは初めて知った。討魔術士は続ける。


「これは先ほども言ったようにごく最近の話なのですが、夢魔は魔眠香という特殊な香を焚くことで、その力を何倍にも高めることができます。相手を眠らせ、気付かれないように取り憑くことも。」


「魔眠香……そういや、さっき店の中で変な匂いを嗅いだぜ!」


「あれは魔眠香の匂いだったのか……」


「……なぁあんた!夢魔に取り憑かれたやつを助ける方法はねぇのか!?」


「夢魔を体外に追い出すしかありません。そのためには、夢の中に入らないと……ですが危険です!夢の中は夢魔が支配する世界!状況は圧倒的に不利です!」


一度夢の中に夢魔に入り込まれてしまえば、もはや自力で目覚めるのは不可能。夢魔は取り憑いた相手の夢を操ることにも長けており、夢を操って起きられないようにしているのだ。


「夢の中、か……」


自分が他人の夢の中に入るなど、考えたこともなかった。そんな手段があるというのも、初耳だ。


「……わかった。準備してくれ」


「翔!?」


「これは三大士族でありながら夢魔の接近に気付けなかった俺の失態だ。ソルフィは俺が救う」


「水臭ぇこと言ってんじゃねぇよ。俺も行く」


「廻藤?」


「第四次大戦の時、ソルフィには助けられたからな。その借りを返す時が来た」


翔はあんなことを言っていたが、翔は本当は三大士族としてではなく、幼なじみとしてソルフィを助けたいと思っていることが、輪路にはわかっていた。輪路にもまた、幼なじみがいるからだ。それに、ソルフィには正影との戦いの時に助けてもらった借りがある。


「……わかった。なら、一緒にやろう。」


「おう!」


こうして二人は、ソルフィの夢の中に突入することになった。











「しかし、なぜソルフィが……」


翔はなぜソルフィが夢魔に憑依されたのかわからなかった。討魔術士は言う。


「ソルフィさんは優秀な討魔術士ですからね。魔眠香の匂いと夢魔の存在に気付いて、すぐ自分に憑依させたのでしょう。」


「……ソルフィ……」


「では、お二人ともこれを付けてベッドに横になって下さい。」


討魔術士は金属でできた黒いヘルメットのようなものをソルフィの頭に被せ、輪路と翔にも同じものを渡した。


「これは同眠器という道具です。夢魔を倒すために作られたもので、これを付けて眠れば、他人の夢の中に入ることができます。」


夢に入って夢魔を倒すという手段は、古代から実行されてきていたことのようだ。力の強い討魔士にしかできないことなので、おいそれとは使えないもののようだが。


「では私がお二人を眠らせます。眠ったらすぐ夢の世界に着きますので、そこから先では何があっても油断しないで下さい。」


同眠器を付けさせた討魔術士は、二人をベッドに寝かせる。夢の中は夢魔が支配する世界なので、一瞬の油断が命取りになる。最悪の場合、二人もソルフィと同じ状態になりかねないのだ。


「では、お気を付けて。」


「ああ。行ってくる」


「ソルフィは必ず俺達が助け出すぜ!」


「はい。……はっ!」


二人の頭に手をかざし、霊力を放つ討魔術士。すると二人を凄まじい眠気が襲い、二人はすぐ眠りについた。




その頃、


「ちっ。邪魔が入ったか……」


祐実はどことも知れない場所で、舌打ちしていた。輪路をターゲットに定めて夢魔を放ったが、それに気付いたソルフィが自分に憑依させてしまい、計画が失敗した。


「……まぁいい。魔眠香を使ってる夢魔の存在に気付いて、自分に移せるんだから、かなりの技量の持ち主のはず。こいつを潰せば、協会にとってはかなりの痛手になる。だから頑張るのよ?リリン。」


祐実の目の前には小さな光球が浮かんでおり、そこから返事があった。


「心配しないで。夢の世界は、私のお腹の中みたいなものよ。三人まとめて、じっくり消化してあげるわ。」


「頼んだわよ。」


「了解♪」




先ほど眠ったばかりの翔は、目を覚ました。だが、目覚めた場所は協会ではない。


「ここは……俺の家だ。」


翔がいたのは、青羽家の屋敷の庭だ。頭に手をやると、同眠器がない。ということは……


「ここがソルフィの夢の中か。」


翔はソルフィの夢の中にたどり着いたのだ。


「廻藤!!廻藤!!」


次に、自分と一緒にこの世界に突入したはずの、輪路を捜す。しかし、いくら捜しても輪路は見つからない。


「……どうやら離れた所にいるらしいな……」


ここは夢の世界だ。どれぐらい広いのかなど、見当も付かない。ともなれば、翔一人で夢魔を倒すしかないだろう。


「夢魔!!夢魔どこだ!!出てこい!!俺が相手になるぞ!!」


夢魔を捜して、青羽家の屋敷を歩く。


「!?」


と、翔は見付けた。夢魔ではない。あそこにいたのは、小さい翔だ。そのそばには、まだ若い飛鳥がいる。


「この、記憶は……」


小さな翔は地面に小さい木剣を二本持って尻餅をついており、その目の前には同じく飛鳥が二本木剣を持って翔を見下していた。


「丸一日鍛練して進歩なしか。この愚か者め!!」


「がぁっ!!」


飛鳥は片方の木剣で翔の右頬を叩いた。その力はとても強く、翔は倒れ、叩かれた頬は赤く腫れている。


「私はお前をそんな未熟者に育てた覚えはない。お前は青羽家の、恥だ。」


飛鳥の瞳には冷酷な光が宿っており、翔はそれを怒りの眼差しで見つめている。


「何だその目は?悔しかったら、私に手傷の一つでも負わせてみろ。」


飛鳥は翔をその場に放置して、屋敷の中に戻っていった。


「母上……」


あの頃の自分は、本当に未熟だった。確かこの後さらに修行して、飛鳥の片足に一撃入れることができたのだが、この時は本当に悔しかった。だが、あれは飛鳥の愛情なのだと、今ならわかる。討魔士の世界で、甘えは一切許されないからだ。


「翔くん!」


その時、小さな翔のそばに、少女が駆け寄ってきた。


「あれは……!!」


見間違えるはずがない。あの少女は、ソルフィだ。ソルフィは翔に飛び付き、彼を気遣う。


「大丈夫!?頬っぺたすごく腫れてるよ!?」


「触るな!!」


だが、小さな翔はソルフィの手をはねのける。


「しょ、翔……くん……?」


「いつも言ってるだろ!!俺は一日も早く、母上より強い討魔士にならなきゃいけないんだ!!もっともっと修行しなきゃいけないんだ!!甘さなんていらない!!それなのにお前、いつもいつも鬱陶しいんだよ!!」


小さな翔はソルフィに怒りをぶつけると、向こうに行ってしまった。


「……そうだ。ソルフィがいつも気遣ってくれていたのに、俺は時々あいつを邪魔扱いしていた。」


今更ながら思い出す。そうだ、修行に躍起になっていた頃は、ソルフィの存在をしばしば邪見に扱っていた。


「……翔くん。どうして?修行は大変かもしれないけど、私は翔くんのことが心配なんだよ?」


ソルフィは背を向けて歩いていく小さな翔に、声を掛けている。だが、小さな翔は見向きもしない。その時、


「何でなの?」


ソルフィが小さな翔ではなく、こちらを向いた。


「何で翔くんは、私を一人にするの?いつもいつも修行ばっかりで、私のことは無視して、私すごく寂しかったのに。」


小さなソルフィは、憎しみの瞳を向けながら、翔に向かって歩いてくる。


「そこで止まれ。」


翔は討魔剣を抜いて突き付け、ソルフィに言った。ソルフィは一応止まる。


「……どうして?大きくなっても、翔くんは私を一人にするの?剣まで抜いて、そんなに私が嫌い?」


「下らない演劇はやめるんだな。俺にまやかしは通用しない」


「……まやかし?まやかしなんかじゃないよ。私の気持ちは」


「もうわかっているんだ。いつまでもソルフィの姿を真似るな。不愉快だ」


「……なぁ~んだ。バレちゃってたのか。さすが、三大士族ね。」


翔は見抜いていたのだ。このソルフィが、ソルフィではないということを。まやかしでしかないということを。次の瞬間ソルフィの輪郭が歪み、背中から黒い羽を、尻からしっぽを生やした女性の姿に変わった。


「ようやく正体を現したな、夢魔!」


「あんたがあたしの正体を見抜いたから、仕方なく現れてやったのよ。あたしはリリン!この子に憑依してる夢魔よ」


やはり、夢魔だった。夢魔リリンは、ため息を吐きながら言う。


「それにしても、初見であたしの変身を見破るとはね。あんたにとって一番苦痛になる夢を見せた後だっていうのに」


「それは残念だったな。あの程度の苦痛で、俺は揺らがない。」


「あの程度?へぇ……あの程度なんて言っちゃうんだ……」


「どういう意味だ?」


「あんたに見せたのは確かに夢だけど、あれはあんただけじゃなくて、幼なじみちゃんにとっても一番苦痛な記憶なの。」


夢魔は憑依した相手の記憶を読み取り、その夢を見せることができるのである。つまり今リリンが見せた夢は、ソルフィ自身が本当に苦痛だと思っていることであり、夢だが本物なのだ。


「この子はあんたがいっつも一人ぼっちにしちゃってるから、すごく寂しかったみたいよ?ほーんと、男って馬鹿な生き物よねぇ。」


「黙れ。」


翔はリリンに斬り掛かり、リリンはそれをかわして飛び退いた。


「ソルフィを侮辱することは許さん。これ以上何かする前にこの世界から追い出してやる」


「できるもんならやってみなさいよ。ただし、あんたが戦う相手は、あんたにとってもう一つの最悪の苦痛の記憶。」


リリンがそう言って指を鳴らすと、翔の目の前に怪物が現れた。だが、これは見覚えのある怪物だ。忘れるはずのない、翔にとって最悪の相手、ダークキマイラである。


「ダークキマイラ!?」


「夢魔の力くらい知ってるでしょ?これくらい造作もないわ。」


リリンは翔の記憶すらも読み取り、この夢の中でダークキマイラを再現してみせたのだ。


「そうだ。せっかくだからもっと苦しんでもらいましょうか」


リリンが再び指を鳴らすと、新たにダークキマイラが四体出現する。計五体のダークキマイラが、翔を取り囲んだ。


「そうそう、もう一つ絶望的なことを教えてあげるわね?あんたと一緒に入ってきたあの廻藤って男、今あいつはあたしが作り出した別の夢の中で苦痛を味わってもらってるの。」


「何だと!?」


やはり輪路は離れた場所に飛ばされていた。いや、リリンが意図的に飛ばしたのだ。夢の世界の中で、リリンの力は自由自在。何でもできる。


「……お前を倒せば、それで済むだけの話だ!!」


だが、夢を操っているリリンさえ倒せば、悪夢は消える。全ては解決するのだ。ソルフィと輪路を救うため、翔はリリンとダークキマイラに戦いを挑んだ。











「……」


輪路は今、一人の存在を見ていた。


「……美由紀?」


あれは子供の頃の美由紀だ。公園の真ん中でうずくまって、泣いている。と、


「美由紀!」


そこに小さな輪路が駆け寄ってきた。


「……なるほど。うまく夢の中に潜り込めたってわけだ」


子供の頃の光景を目の当たりにするなど、あり得ない。ならここは、夢の中の世界であると考えるのが自然だ。しかし、自分はソルフィの夢の中に入ったのだから、ソルフィの見ている夢を見るのが普通のはずだが、なぜ子供の頃の自分と美由紀を見ているのだろうかと考えながら、輪路は見るのをやめない。


「またいじめられたのか?」


小さい輪路が尋ねると、美由紀は頷く。


「ったく、お前は俺が目を離すとすぐこれだよな。わかった!これからずっとそばにいて、お前を守ってやる!」


このやり取りを見ながら、輪路は思い出していた。美由紀はいつも誰かに狙われており、隙あらばいじめられていた。そこにいつも輪路が助けに入り、美由紀を守っていたのだ。



だが、



「うるさい。」


美由紀が突然そう言った。


「えっ?」


小さい輪路が聞き返した。美由紀は立ち上がる。


「守ってやる?ふざけないで。本当は私のことなんて、考えてないくせに。」


「な、何言ってんだよ。俺はお前を守りたくて」


「嘘!本当は私を守ってる自分はすごいって、そう思いたいだけのくせに!」


美由紀はひたすら言葉で小さい輪路を責める。次の瞬間、小さい輪路が消えて、美由紀は輪路を見た。


「何が守ってやるよ。この偽善者」


「ち、違う。俺は……」


「違わないでしょ?鬱陶しいのよ。その自分勝手」


いつしか、小さい美由紀と大きい美由紀が無数に現れ、輪路を取り囲んでいた。


「そうよ。あなたはいつだって自分勝手」


「私のことを真剣に考えたことなんてないくせに。」


「頭は悪いし、すぐ怒るしろくでなしだし。」


「そんなあなたが本当に討魔士に相応しいって思ってるの?」


「偽善者。偽善者。偽善者」


美由紀達はひたすら言葉責めを続ける。


「やめろ……俺は……俺は……」


輪路は目の前がぐらつき、何も考えられなくなっていった。


その時、



(しっかりしろ!!)


あの声が、輪路の頭の中に響いた。


(今お前が見ているのは、夢魔がお前の中の恐れを読み取って具現化させているだけの、幻に過ぎない!!惑わされるな!!)


そう。今輪路を責めている美由紀達は、輪路が内心恐れている、自分は美由紀に必要とされているのか?本当は必要とされていないのではないか?という恐怖をリリンが読み取り、具現化させて言わせているだけのまやかしなのだ。本当に美由紀がそう言っているわけではなく、輪路が勝手に思っていることに漬け込んで、利用しているだけなのである。


(お前と彼女の絆は、そんなに脆いものか?もっともっと強いもののはずだ。それを思い出せ!!)


「……そうだ。美由紀は……」


声に言われて、輪路は思い出した。美由紀が言っていたことを。


『好きですよ、輪路さん。私は誰よりも、輪路さんが好きです。』


「あいつは俺のことを、好きだって言ってくれた。その気持ちが、嘘のはずがない。俺も美由紀が好きだから!!」


そうだ。美由紀はあの時確かに、輪路が好きだと言った。その美由紀が、こんな風に輪路を責めるはずがない。それに気付き、迷いが消えた瞬間、美由紀達が消えた。


(もう大丈夫だな?)


「ああ、心配掛けたな。俺はもう、迷わない!!」


(……ふっ)


輪路はもう大丈夫だと判断し、声が聞こえなくなる。


「神帝、聖装!!」


輪路はレイジンに変身し、


「レイジン、スラッシュ!!!」


シルバーレオで、目の前の空間を斬った。











翔は絶え間なく襲ってくるダークキマイラ達と、懸命に戦い続けていた。右から鉄すら切り裂く爪が襲い、左から大岩をも噛み砕く牙が割り込み、上から森を焼き尽くす黒い炎が飛んでくる。


(これは幻だ!!恐れを捨てろ!!振り払え!!)


翔は攻撃を捌き、回避、恐怖を捨てようと強く念じながら戦い続ける。これはリリンが翔の恐怖の記憶を読み取って実体化させたので、確かに翔が恐怖を捨てれば消え去るのだが……


「ぐあっ!!」


翔はダークキマイラの体当たりに吹き飛ばされ、地面に倒れる。


「無理しない無理しない。あたしが具現化してるのはあんたにとって最悪のトラウマよ?そんな簡単に克服できるわけないじゃない。」


リリンは笑いながら言う。もう克服したと思っていたが、いざもう一度対峙してみると揺さぶられてしまう。


「んじゃま、適当に再起不能になってもらってから、幼なじみちゃんと一緒に生気を吸い尽くしてあげましょうか。」


勝利を確信したリリンは、ダークキマイラを自分の周囲に集める。集まったダークキマイラ達は、翔にとどめを刺すため口の中に炎を溜め出した。



その時、



「自分の世界に相手を引きずり込んでずいぶんと悦に浸っているようだが、まだ勝ったと確信するのは早いんじゃないか?」


翔がそう言った。


「……はぁ?あんたそんなボロボロのくせに何言ってんの?」


リリンはなぜ翔がこんなことを言うのか理解できない。彼にとってのトラウマを具現化させ、追い詰めた。もう勝てる要素など、何一つないはずだ。


「やられっぱなしで終わるはずないだろ。」


しかし、翔は黙らなかった。



「なぁ?ソルフィ。」



そして呟いた瞬間、ダークキマイラ全てとリリンが、霊力の糸に縛られた。


「なっ!?」


「神帝、聖装!!」


驚くリリンに構わずヒエンに変身して飛び起き、全ての霊石を出現させた翔は、霊石に体当たりしながら全霊聖神帝に変身。ダークキマイラ達を一瞬で斬り捨てた。


「ば、馬鹿な……どうして……!?」


「翔くんがいるってわかったから、起きちゃったのよ。」


リリンの後ろから、ソルフィの声がする。リリンが首だけを動かして振り向くと、そこにはソウルワイヤーを伸ばしてリリンを縛るソルフィがいた。


「何で!?あんたの精神はもうあたしが支配したから、出てこれるはずないのに!!」


「ソルフィは三大士族の俺が認める優秀な討魔術士だ。夢魔ごときにいつまでもやられているわけがないだろう」


ヒエンは得意げに言う。魔眠香とリリンの接近を瞬時に察知して自分に憑依させられるソルフィが、大人しく食い殺されるはずがない。夢の中で己の存在を確立させ、リリンの動きを封じてみせたのだ。


「よっと!」


その時、レイジンが空間の壁を斬り裂き、侵入してきた。


「お、お前まであたしの夢を……!!」


「お前が夢魔か。ずいぶん趣味の悪い夢を見せてくれたじゃねぇか」


レイジンもまた、リリンの悪夢を脱出した。こちらも全霊聖神帝に変身し、あとはリリンを倒すだけだ。


「レイジン、ぶった斬る!!」


「ヒエン、参る!!」


二人の全霊聖神帝は互いの武器に霊力を込め、


「オールレイジンスラッシュ!!!」


「全霊朱雀狩り!!!」


「うぎゃあああああああああ!!!!!」


リリンを斬りつけた。











祐実の目の前から、光球が消える。これは彼女の使う霊や魔物と交信するための術であり、これが消えたということは、使役している魔物が倒されたことを意味している。


「ちっ……失敗か」


リリンが失敗したことを察した祐実は、急いでアンチジャスティス本部へと引き上げた。




「ったく、趣味の悪い夢見せやがって。心臓が止まるかと思ったぜ」


翌日、ソルフィは問題なく復帰し、輪路は今回戦ったリリンのことを美由紀に愚痴っていた。


「でも夢を操る相手によく勝てましたよね。こういうのって、ここは私の世界だからお前達の攻撃は効かない~、っていうのがセオリーなのに。」


「普通はそうなんですけど、私が夢の世界の支配権を奪い返したので、そういうことは起きませんでした。」


本来夢の世界で夢魔に勝つことはほぼ不可能であり、一流の討魔士や討魔術士でも勝率が非常に低い。だが今回の場合、輪路と翔が時間を稼いでくれたおかげで、夢の支配権を掌握することができた。その結果夢の中におけるリリンの全ての能力を、無効化することができたのだ。


「本当に、二人のおかげです。ありがとうございます」


「まぁ、いつも助けてもらってる礼もしたかったしな。」


「大したことじゃない。それよりソルフィ、本当にもう大丈夫なのか?」


「うん。大丈夫だよ」


あの戦いから、翔はソルフィの身体を気遣うようになった。リリンに見せられたあの夢が、相当堪えたようだ。何せソルフィが思っていたこと自体は本物なのだから。


「いい感じですね。あの二人」


「ああ。」


笑い合う美由紀と輪路。輪路もまた、より一層強く美由紀を守るという気持ちを強めていた。


「……リリンに夢を見せられた時、本当に心臓に悪かったんだぜ?美由紀にウザいって思われてたらどうしようってな。」


「……安心して下さい。私が輪路さんの存在を疎ましく思うことは、絶対にありませんから。」


美由紀がそう言ってくれたから。


「……あなた達もいい感じよ。」


佐久真は誰にも聞こえないように呟いた。




ブランドンの作戦は失敗し、討魔士達は悪夢を越えて、大切な人との絆をより強めたのだった。

未だに天照の力を全開で使えない己に悩む明日奈。そんな彼女に、母はとある試練を課した。失敗すれば百パーセント死亡!!明日奈はこの試練を乗り越え、天照の力を全開で使えるようになるのか!?


次回、『神鏡の試練』


お楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ