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第三十五話 打ち上げ花火と聖神帝

今回は、夏祭り回です。

「夏祭り?」


「はい!」


ヒーリングタイム。賢太郎達三人は、伊勢神宮で開かれる夏祭りについて書かれたビラを美由紀に渡していた。


「そっかぁ~……もうそんな時期なんだね……」


ビラを見ながら、時間が経つのは早いものだと、美由紀は思った。


「せっかくだから、廻藤さん誘って行ったらどうですか?」


「輪路さんを?」


彩華の提案を受けて、美由紀は考える。夏祭りなど、もう何年も行っていない。だが、輪路との仲を深めるには、確かにいい手かもしれない。


「……うん。じゃあ誘ってみる」


「よかった!」


「当日は僕達も一緒に行きますから!」


「あたし達も夏祭りなんて久しぶりだしね。」


きっかけは彩華。もうすぐ夏休みも終わるし、最後の思い出を作りたいということで、友人明日奈を頼ったのだ。そこで、もうすぐ伊勢神宮の夏祭りが近いと聞き、美由紀にその話を伝えたのである。


「では、詳しい予定はまた後日に!」


「うん。」


とりあえず、輪路に確認を取らなければならないため、今日のところは三人を帰らせた。


「……お祭り、か……」


美由紀は受け取ったビラを眺めている。物憂げな顔をしている娘に、佐久真は声を掛けた。


「誘ってあげたら?輪路ちゃん、嫌とは言わないはずだから。」


「そうですよ。きっと喜ばれます」


ソルフィも同意した。


「……はい!」


決心した美由紀は、笑顔で答えた。











「ラァッ!!ウオラァッ!!」


三郎が作った結界の中で、輪路はひたすら特訓していた。しかし、いつもと同じ結界ではない。異界発生型の結界は、内部の世界を自由に弄ることができる。三郎はこの特性を使い、輪路に通常の五倍の重力が掛かる世界を作っていたのだ。当然重力が掛かるのは輪路だけなので、三郎が影響を受けることはない。自分の作った結界の中で圧死するなどということはないのだ。輪路がそこまでの特訓をするのには、もちろん理由がある。先日起きた第四次世界大戦。その最中に生まれたもう一人の輪路とも呼べる存在、廻藤正影。輪路はこの正影と戦い、完敗した。とどめを刺されなかったのが奇跡である。もしあそこで正影の肉体が活動の限界を迎えなければ、輪路は間違いなく殺されていた。


「おおっ!!はぁぁっ!!」


もう二度と負けはしない。そう誓った輪路は三郎に正影のことを話し、さらに強くなる方法を聞き出したのだ。正影は何十万人もの討魔士や討魔術士の霊力を得ているので、輪路の霊力は質でも量でも負けている。加えて戦闘用ホムンクルスであるため、肉体的な強度も輪路より上だ。しかも、正影は自分をいくらでも強化できるときた。となれば、せめて標準状態の正影と張り合えるくらいには、肉体と霊力を高めなければならない。結果三郎が考案したのは、肉体を可能な限り酷使する鍛練法。そして、霊力を可能な限り使いきる鍛練法だ。肉体は金属と同じように、痛めつければ痛めつけるほど強靭になる。そのため、全身に高重力を掛けることで、常に肉体を痛めつけているのだ。加えて、攻撃を放つ際にかなりの霊力を込める。こうすることで、霊力を大量に放出し、基礎霊力を高めるのだ。


「ラァァァァッ!!!」


輪路がシルバーレオを振る度に、刀身から光の刃が飛んでいく。ただ霊力を放出するだけでなく、新たな遠距離攻撃法を模索しているのだ。


「はぁっ……はぁっ……」


「ちょっと休むか?」


「……まだまだ……!!」


持久力は鍛えたはずだが、開始一時間でもう息が上がっている。三郎は心配して声を掛けたが、輪路は休まず続けた。たかが五倍の重力と侮っていたが、想像以上にキツい。無理もないだろう。通常の数倍の重力など、本来なら体感することのない感覚だ。慣れない感覚が、輪路の疲労の度合いを深めていた。


(だが、この程度もこなせなきゃ、俺はあいつに勝てねぇんだ!!)


正影に敗北したことは、輪路にとってとても大きなことだった。自分と全く同じ姿なのに、自分と全く違う別次元の強さを持ち合わせていた正影。その彼に敗北したことが、自分が自分に負けたように思えて、とても悔しかったのだ。勝ちたい。何としてでも、絶対に勝ちたい。その想いが、輪路を突き動かしていた。


「三郎!!重力を七倍に上げろ!!」


「はあ!?お前まだ一時間しか経ってねぇんだぜ!?いきなり七倍にしたら、お前潰れちまうよ!!」


「潰れねぇさ。光弘だってやり遂げたんだろ!?」


高重力特訓は、光弘もやっていたらしい。光弘の場合、最終的に通常の一兆倍の重力を掛けられても、現在の単位でマッハ2くらいで動けたそうだ。


「あ、ああ……だがあいつはいろんな意味で規格外だったから、お前ができる保証は……」


「できるさ。光弘は俺の先祖なんだろ?なら子孫の俺ができない道理なんかねぇ!いや、光弘以上になってみせる!!」


光弘の強さは間違いなく全討魔士最強。二百年経った今でも、光弘を超える討魔士は現れていない。そんな光弘を、輪路は超えると宣言した。


「大きく出やがったなお前……」


普通に考えたらあり得ない話だが、輪路ならできそうな気が、どういうわけかした。なのでそんな輪路に協力するため、重力を七倍にする。


「っ!!ああ。それでいい……!!」


全身に掛かる負荷が増大したのを感じて、輪路は特訓を再開する。再開して、はた、とやめた。


「ん?どうした?」


「……一つ思ったんだけどよ、お前一兆倍まで重力掛けられるんだよな?そんな霊力あったっけ?お前もしかして、すごいやつだったりする?」


強い相手との戦いでは破られそうになることもある結界なのに、重力を一兆倍も掛けられるということに疑問を抱いたのだ。


「あの頃は俺もブイブイ言わせてたからなぁ。いや、それ抜きにしても、いきなり一兆倍掛けるなんて無理だぜ?準備してからでないとな。」


「ふーん……まぁいいや。ゆくゆくは俺にもやってもらうんだから、それまでにしっかり準備しといてくれよな!」


「……本気なんだな。」


「もちろんだ!俺あいつに、絶対に勝たなきゃいけないんだからな!」


輪路はもうすっかりその気だ。なら協力してやろうと、三郎は決めた。











「……ん?」


輪路は目を覚ました。気が付くと彼は地に伏しており、辺りは真っ暗になっていた。


「よう。気が付いたか」


「三郎!俺は……」


「その様子だと覚えてないらしいな。」


輪路はあれから四時間ずっと重力を上げながら修行を続け、最終的に十倍まで掛けられたのだが、それから二、三回シルバーレオを振った後、倒れたのだ。


「相当疲れたんだろうな。お前、全然起きなかったんだもんよ。」


「……今何時だ?」


「八時だな。」


「……マジか。」


本当に、ずいぶん長いこと眠っていたようだ。


「今日はもう帰って休め。」


「大丈夫だ。さっきまで寝てたから、十分回復して」


「いいから帰れ。痛めつけろとは言ったが、正影と戦う前に潰れちゃ話にならねぇからな。心配しなくても、今日一日でお前は十分自分を痛めつけた。明日のお前は、今日よりずっと強くなってるはずだぜ。」


「……わかったよ……」


三郎の言うことも一理ある。確かに急いで強くならなければならないが、目的の相手と戦う前に死んでしまっては元も子もない。高重力特訓というのはそれくらい危険なものなのだ。輪路は仕方なくバイクに乗り、ヒーリングタイムに帰った。


「ただいま。」


ヒーリングタイムに着いた輪路。三郎にはああ言ったが、まだ疲労が完全には回復していない。足取りがふらついており、少し油断すると転びそうだ。三郎の言う通り、ちゃんと休んだ方がいい。


「輪路さん、ご飯は?」


「……いらねぇ。もう寝る」


疲労が溜まりすぎて食欲がない。輪路は食事を断り、シャワーを浴びに行った。


「輪路さん……」


そんな輪路の姿を、美由紀は心配そうに見ていた。夏祭りの話は、明日にした方が良さそうだ。輪路はシャワーを浴びた後自室に戻り、泥のように眠りに就いた。




翌日、輪路は七時に目を覚ました。またずいぶん長く眠っていたらしい。そして、腹が減った。一食抜いてしまったために、腹の虫が鳴いている。と、


「!」


机の上に、ラップを掛けられた茶碗と皿と割り箸が置いてあった。近付いて見てみると、茶碗には大盛りのご飯が、皿にはまた大盛りのチンジャオロースが用意してあった。その横には、美由紀からの書き置きがある。


『お腹が空いたら食べて下さい。』


と書いてあった。

きっと途中で目が覚めたら空腹だろうと思い、夜食のつもりで用意してくれたのだろう。目が覚めなかったので、朝食になってしまったが。


「美由紀……」


美由紀の優しさが身に沁みた。絶対に強くなって守ってみせる。そう誓った輪路は、美由紀が用意してくれた料理を口に運んだ。




朝食を終えた輪路は店へと降り、いつものようにモーニングコーヒーを飲んだ。今日も特訓をする。今日は最低でも、十五倍の重力に耐えられるようにならなければならない。輪路がそう考えていると、


「輪路さん。」


美由紀が声を掛けてきた。


「どうした美由紀?」


「あの……これ……」


美由紀は輪路に、夏祭りのビラを渡した。輪路はビラを受け取り、内容を読む。


「……これに行きたいのか?」


「はい。輪路さんと、一緒に……」


「……明後日か。」


美由紀から希望を聞いた輪路は、再びビラに目を落とす。


(やっぱり無理なのかな……)


ビラを見ながら考えている輪路を見て、美由紀は不安になった。輪路は美由紀に、正影についての詳細を伝えてはいない。必要以上の心配を掛けさせたくないからだ。ただ、ヤバいやつが出てそれに負けたから、次会った時勝てるように特訓すると伝えている。それだけで十分だった。


(そうだよね。輪路さん忙しいし、大切な仕事だもん)


美由紀は半ば諦めていたが、輪路はビラを美由紀に返す。


「わかった。一緒に行こうぜ」


「えっ!?」


なんと輪路はオーケーを出した。断られると思っていた美由紀は驚く。


「い、いいんですか!!」


「ああ。」


「そんな簡単に……私に付き合ったせいで、特訓不足で負けたりなんかしたら……」


「大丈夫だよ。それに、俺にとってはお前のお願いの方が優先順位高いしさ。」


「輪路さん……」


美由紀は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、輪路は全く気にしていない。


「お前は何も気にしなくていい。これは、俺一人の問題なんだからな。」


輪路は正影を誕生させてしまったことに罪の意識を感じている。ブランドンに血を奪われさえしなければ、こんなことにはならなかった。物質変換の錬金術を用いた人造人間の誕生などという、生命そのものを冒涜する行為をさせずに済んだのだ。ある意味では、正影が誕生したのは輪路のせいであるとも言える。だからこそ、自分が生み出してしまった罪の結晶は、自分の手で破壊する。これは輪路一人の問題なのだ。他者が介入する必要はない。


「けど、今日は特訓しなくちゃな。」


輪路はコーヒーを飲み干し、コーヒー代を払ってから出ていった。


「よかったですね、美由紀さん。」


「だから言ったじゃない。絶対に断らないって」


ソルフィと佐久真は、美由紀が無事輪路を夏祭りに誘えたことを祝福する。


「……はい。」


だが美由紀は、輪路に悪いことをしたと思っていた。輪路はたくさんの人を守るために強くなろうとしているのに、自分はそれを邪魔してしまったと。


「あんまり嬉しくなさそうですね?」


その様子を、ソルフィが察した。美由紀は言う。


「だって、もし私と遊んだせいで、強くなるのが間に合わなかったらって思うと……」


「何だ、そんなことを心配してたの?」


それを聞いた佐久真は呆れている。


「そんなことって……」


「確かに、あの子にとって強くなることは大切よ?でもあの子、そればかり優先しすぎて変に自分を追い詰めることがあるから、誰かが休ませてあげなきゃいけない。美由紀ちゃんは、輪路ちゃんを休憩させてあげたのよ?すっごく大事なこと。」


「……」


「休むことも戦いよ。当日は輪路ちゃんの目の保養になるように、綺麗な浴衣でおめかししなくちゃね♪」


「め、目のっ……!?」


美由紀は顔を真っ赤にした。




「つーわけだ。俺、明後日祭りに行ってくるから。」


「ああいいぜ。行ってこいよ」


「……ずいぶんあっさり許しやがるな……」


輪路は三郎に夏祭りのことを話し、三郎は許可した。しかし、本当にずいぶんと簡単に決めるものだ。止められるものと思っていたが。


「止めたって行くだろ?それに、美由紀の頼みだしな。」


三郎は美由紀の心中を察している。本当は輪路ともっと一緒にいたいのに、討魔士の仕事のせいでできない。ならせめて、夏祭りくらいは行かせてやろうという、ささやかな配慮だ。


「悪いな。」


「いいってことよ。そうと決まったら、明日も休みだな。」


「何でだ?俺はやれるぜ?」


「お前、夏祭りに普段着で行くつもりか?夏祭りって言ったら浴衣だろうがよ!明日は浴衣を買いに行け。」


確かに夏祭りに普段着では味気ない。どうせ輪路は浴衣など持っていないだろうから、明後日に備えて買いに行けと、三郎はそう言っているのだ。


「めんどくせぇなぁ……」


「きっと美由紀も浴衣着てくるぜ?美由紀を立てると思ってよ。な?」


「ん~……じゃあそうするよ。」


美由紀を引き合いに出せば、輪路はすぐ乗ってくる。実に操りやすい。しかし、これは輪路がそれだけ美由紀を大切に想っている証拠なのだ。あまりこういうことをすると可哀想なので、滅多なことではしないようにしようと三郎は思った。











夏祭り当日。


「で、浴衣を買ってきたわけだが。」


輪路は一日使って浴衣を買った。だがよくよく考えてみると、輪路は浴衣を着付けたことがない。着付けてくれる人もいない。もうそろそろ出掛ける時間だ。どうしようか悩んでいると、


「輪路さん!」


美由紀が出てきた。


「っ!!」


輪路は思わず息を飲む。美由紀の浴衣姿が、あまりにも美しかったからだ。水色を基調とした浴衣で、いつもは流してある髪は、一纏めに結ってある。美由紀自身が美人であるのと、浴衣の放つ色気が、相乗効果で互いをさらに引き立てていた。


「あ、あんまり見ないで下さい。恥ずかしいです……」


輪路に自分の姿を見られて恥ずかしがっているのも、なんともいじらしく愛らしい。


「どう輪路ちゃん?私も結構ヤルもんでしょ。」


「マスター!あんたが着付けたのか!」


「あら忘れたの?あなた達がちっちゃかった頃、お祭りの時はいつも私が着付けてあげてたじゃない。」


完全に忘れていた。佐久真は輪路と美由紀が幼かった頃、夏祭りの時には浴衣を、初詣の時には着物を着付けていたのだ。


「輪路ちゃんも着付けてあげる。時間ないでしょ?」


「ん、ああ。頼む」


他に頼れる相手もいなかったので、輪路は自分が買った浴衣を佐久真に着付けてもらうことにした。数分後、


「んふふ。似合ってるわよ輪路ちゃん」


「そうか?」


輪路は浴衣を佐久真に着付けてもらった。輪路の浴衣は、黒だ。本当は銀の浴衣があればそれが欲しかったのだが、さすがにそんな浴衣はないので、オーソドックスな黒にした。浴衣の帯にシルバーレオを差していると、なんというか、侍、という感じがする。


「かっこいい!」


これにはソルフィも絶賛だった。


「じゃあ、行ってきますね。」


「いってらっしゃい。」


美由紀は佐久真とソルフィに留守を任せ、店を出た。


「……本当に、時が経つのは早いわ。」


二人を見送る佐久真はしみじみと思った。だが、ソルフィはその瞳の奥に悲しみが秘められているのを見逃さない。


「つらいですか?美由紀さんのこと。」


「……つらくないわけがないわ。できることなら、あの子にはこのまま何も知ってもらいたくはないけど……」


「……申し訳ありません。今協会では、有効な手が打てないんです。」


「やっぱり、か。無理もないわ」


今二人は美由紀のことを、だが二人にしかわからないことを話している。


「現状維持?」


「はい。私達だけでは、無理です。相手が相手ですから……」


「……そう……」


それは、協会の極秘情報。だが佐久真にも、いや、篠原家にも大きな関係があることだった。











伊勢神宮には、バスで行くことになっている。高校生組が一緒である以上、さすがにバイクで行くわけにはいかない。


「あっ!師匠!美由紀さん!」


バス停では、もう既に賢太郎達が待っていた。三人とも浴衣を着ている。


「わぁ……美由紀さん素敵です!」


「さすが、大人の色気ムンムンって感じですね。」


「い、色気って、そんな恥ずかしい……」


彩華と茉莉は、早速美由紀の浴衣姿に目が行った。その美しさを指摘された美由紀は、再び顔を赤くして恥じらう。


「廻藤さん。これ気合い入れて守らないと、美由紀さん他の男に取られちゃいますよ。」


茶化すように言う茉莉。そんな彼女に輪路は、


「バーカ。」


と答えておいた。その直後、ちょうどいいタイミングでバスがやってきた。五人はバスに乗り込み、伊勢神宮を目指す。




伊勢神宮。さすがに夏祭りなだけはあって、この日はたくさんの人々で賑わっていた。と、


(茉莉お姉ちゃん。もういい?)


「うん。いいわよ」


茉莉の髪の中から、七瀬が出てきた。それから、一瞬発光したかと思うと、虹色の浴衣を着た小さな女の子に変身したではないか。


「あれ!?七瀬ちゃんが人間になった!!」


「昨日できるようになったんです。でもバス代浮かせたいから、蝶になったまま、あたしの髪の中に隠れててもらってたんですよ。」


驚く美由紀に、茉莉は説明した。成長を続ける七瀬は、昨日人間に変身できるようになったのだ。せっかくなので一緒に夏祭りに行こうということになったのだが、人間の姿のままバスに乗るとバス代が掛かってしまうため、伊勢神宮に到着するまでの間は蝶の姿で、茉莉の髪の中に隠れていたのである。


「みんな、よく来たね。」


と、そこに明日奈がやってきた。


「明日奈さん!」


「神田先輩。」


「今日はウチの祭りだ。みんな楽しんでいっておくれよ」


明日奈は輪路達を歓迎する。




明日奈は大切な仕事があるためすぐ行ってしまったが、輪路達は構わず祭りを楽しむことにした。あちこちにちょうちんがぶら下げられ、出店が並んでいる。


「輪路さん。私型抜きやりたいです」


「おう。やってこいよ」


「すいません。一枚やらせて下さい」


「はいよ。じゃあ百円ね」


美由紀は型抜きの店に行くと、百円払って型抜きを一枚もらい、挑戦を始めた。


「茉莉お姉ちゃん。私、あの丸いのがやりたい。」


「丸いの?」


七瀬はある方向を指差した。そこには、水に浮かべられたたくさんの水風船がある。


「ああ水風船のこと。いいわよ」


「やったぁ!」


「あ、茉莉。ちょっと待て」


七瀬を連れて水風船釣りに行こうとする茉莉を呼び止め、輪路は茉莉に千円渡した。


「えっ?」


「使えよ。俺最近金持ちだし、今日は俺のおごりだ。」


「廻藤さん……」


茉莉は驚いている。


「一体どうしちゃったんですか?廻藤さんってこんな太っ腹な人でしたっけ?もっとお金にがめつい人だったはずじゃ……」


「俺だってもういい大人だぜ?ガキの面倒は見なきゃな。」


「あーっ!!茉莉ちゃんずるい!!」


「えこひいきですか!?」


「うるせぇな。わかってるよ!お前らの分もおごってやるから、好きなだけ飲み食いしろ!」


「「わーい!」」


「ったく……」


輪路は賢太郎と彩華にも千円ずつ渡し、二人は子供のように喜んだ。




「やった!できました!」


数分後、美由紀は買った型抜きを綺麗に切り抜いた。


「おっ!姉ちゃんやるねぇ!じゃあこれ。賞金の三百円!」


「ありがとうございます!もう一枚挑戦してもいいですか?」


「いいよ!どの型にする?」


「じゃあこれで!」


「はいよっ!じゃあまた百円ね。」


美由紀は再び百円を払い、型抜きに挑戦した。




さらに数分後。


「またできました!」


「ね、姉ちゃんすごいな……これ、三百円だよ。」


「ありがとうございます!あの……もう一枚やってもいいですか?」


あれから美由紀は型抜きに挑戦し続け、一回もミスすることなく成功し続けた。


「すごいですね美由紀さん。もう八連勝ですよ」


「あいつは昔からああいう器用なことが得意だからなぁ。」


賢太郎は驚いていた。型抜きという作業は、頭脳労働も必要になる。どれくらいの力加減でやるかとか、どんな感じでやったらいいかとか、そういうことも考えながらやらなければ、決してクリアできない。昔から頭脳労働が得意である美由紀は、型抜きやパズルのような繊細で難解がものが大得意なのだ。


「ここまで来たら十連勝を目指します!もう一枚やらせて下さい!」


「よーしわかった。じゃあ好きなものを選んでちょうだい!」


「じゃあこれで!」


九回目の型抜きに挑戦する美由紀。型抜き屋のおじちゃんも、こうなるとどこまで行けるか見たいらしい。


「美由紀さん楽しんでますね。」


彩華は楽しそうに型抜きに挑戦する美由紀を見て、とても喜んでいた。誘った甲斐があったというものだ。


「お前らもな。」


「う……」


しかし、楽しんでいるのは美由紀だけではない。彩華達は四人ともお面を頭に付け、焼きそばやらたこ焼きやら綿あめやらを持っていた。七瀬はさっき釣った水風船を、嬉しそうに眺めている。彼女らも十分、夏祭りを満喫していた。


「師匠は楽しまないんですか?射的とかやったらいいのに。」


しかし、輪路だけは全然楽しんでいない。お面も買っていなければ、飲み食いもしていないのだ。何か遊びに挑戦した様子もない。


「俺はいいよ。特にやりたいこともねぇし、それに……」


「あっ!」


「……ほら来た。」


美由紀の声が聞こえて、輪路はその方向を見る。現在美由紀は、ガラの悪い数人の男性に囲まれていた。


「何するんですか!!あとちょっとで九連勝できたのに!!」


「そうだよ!!せっかくの商売を邪魔してもらっちゃ困るよ!!」


美由紀は男達が絡んできたせいで集中を乱されてしまい、九回目の型抜きに失敗してしまった。おじちゃんと一緒になって抗議する。しかし、


「うっせーよ。オッサンは引っ込んでろ」


男の一人がおじちゃんを突き飛ばした。


「おじさん!!」


「ねぇ。俺達と遊ばない?」


「こんな寂れた神社の出店より、もっといい店連れてってあげるからさ。」


「いやっ!!離して!!」


男達は美由紀の手を掴み、どこかに連れて行こうとする。


「あっ!!美由紀さんが!!」


「お前らは下がってろ。」


輪路は彩華達をその場に留まらせ、美由紀と男達の間に割って入る。


「悪いが、そいつは俺の連れなんだ。勝手に連れてってもらうわけにはいかない」


「何だてめぇは?」


「関係ねぇよ。目ぇ離してたてめぇが悪いんだろうが」


「屁理屈言うんじゃねぇ。とにかく、美由紀は返してもらう。」


輪路は美由紀の手を掴む男の手を掴み、爪を立てて握った。


「って!?」


慌てて手を離す男。輪路も手を離したが、男の手には爪が食い込んだ痕が残っていた。


「この野郎!!」


男はすぐに殴り掛かってきたが、輪路は片手で軽く止めた。


「話し合いで済ませてやろうと思ったが、そっちがそういう対応をするんじゃ、仕方ねぇよなぁ!?」


「ぐあっ!!」


輪路は男の顔面を殴り飛ばした。男は軽く吹っ飛んで動かなくなったが、手加減して殴ったので多分死んではいないだろう。


「てめぇよくも!!」


残った男三人が隠し持っていたナイフとスタンガンを抜き、周囲から悲鳴が上がる。


「今度はそういう対応か。ならこっちも……!!」


輪路はシルバーレオを抜いた。当然、日本刀モードにはしない。木刀モードで十分だ。


「やっちまえ!!」


「おおっ!!」


輪路に襲い掛かる男三人。しかし次の瞬間、男達の後頭部に一枚ずつ霊符が貼り付けられ、


「「「ぎゃあああああああ!!!」」」


電撃が流れた。気絶する男達。


「ちょっとちょっと廻藤さん!何やってんの!?」


その直後、明日奈がやってきた。さっきの霊符は明日奈が投げたのだ。


「明日奈。」


「騒がしいから来てみたんだよ。まったく……そりゃ祭りと喧嘩は江戸の華って言葉はよく聞くけど、ここは江戸じゃないから。あんたこの神社を吹っ飛ばすつもり?」


「悪かったな。女癖と手癖の悪いガキが紛れ込んでやがったから、ちょいとお灸を据えてやろうと思ったのさ。」


「はぁ……まぁいいや。このバカどもはあたいが警察にしょっぴいとくから、あんた達は引き続き祭りを楽しんでよ。」


「ああ。頼むぜ」


明日奈は携帯電話を取り出し、警察に電話を掛け始めた。輪路は美由紀の両腕を手に取り、何かされていないか気遣う。


「大丈夫か?美由紀。」


「はい。私は大丈夫ですけど……」


美由紀は男達に突き飛ばされたおじちゃんを見た。おじちゃんは今、賢太郎達が介抱している大事はなさそうだ。


「あっちは大丈夫そうだな。にしても、お前が無事でよかった。昔からああだもんなぁ……」


美由紀は昔から、輪路が少しでも目を離すと悪い人間に絡まれていた。夏祭りという大掛かりな行事の舞台に来たのでもしかしてと思っていたが、輪路の予想は当たっていたらしい。


「……ごめんなさい。」


「お前は悪くねぇよ。さ、今日は祭りだ。気を取り直して楽しもうぜ?今度は俺も一緒に遊ぶからよ。」


「……はい!」


暗い顔をしていた美由紀の顔が、喜びにほころんだ。











それから輪路は美由紀達と一緒に、射的や輪投げをして遊んだ。さすがの輪路も射的は苦手だったようで一つも景品を獲得できなかったが、代わりに賢太郎が景品を全員分獲得した。射的が得意という意外な一面を見せた賢太郎だった。




さて夏祭りも終盤に近付き、いよいよ最大のイベント、打ち上げ花火の時間がやってきた。


「楽しみだね!」


「はい!今日はこれを見るために来たようなものですから!」


賢太郎が言うと、彩華ははしゃぎながら言った。ナイアが頭の中から、賢太郎に尋ねる。


(彩華ちゃんって打ち上げ花火が好きだったんだ?)


(はい。彩華さん昔から花火が好きで、時々やってるんです)


彩華は花火が好きで、中でも特に打ち上げ花火を好んでいる。しかし、打ち上げ花火なんて夏祭りにでも行かなければ見れないので、彩華にとっては年に一度の楽しみなのだ。


「打ち上げ花火……」


しかし、それは美由紀も同じだった。彼女が来た最大の目的は、輪路と一緒に打ち上げ花火を見るためなのだ。


「ったく、はしゃぎやがって……」


「ホントですよねぇ。まったく、子供かっての。」


当の輪路はといえば、はしゃぐ彩華を見て呆れ、茉莉もまた呆れていた。茉莉に至っては、身内として恥ずかしい限りである。


「茉莉お姉ちゃん。打ち上げ花火って何?」


「見てればわかるわ。もうすぐ始まるから」


七瀬は打ち上げ花火を見たことがないのか、その詳細を茉莉に尋ねる。心なしか少しウキウキしているようだが、七瀬はいいのだ。まだ子供だから。


「さて、俺も見るとしようかね。」


空を見上げようとする輪路。だが次の瞬間、一人の男が走っていくのが見えた。最初はもっとよく見える場所で見ようと急いでいるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。何やら殺気立っている。


「悪い。お前らは花火見ててくれ!」


「あっ!輪路さん!!」


妙な胸騒ぎを感じた輪路は、男を追っていった。しばらく行くと、最前列が見えてきた。だが男は止まらず、最前列を抜けて奥へ行ってしまった。


「どういうことだ!?この先は……!!」


ここから先では、スタッフが花火を打ち上げるためにスタンバイしている。一体何の用があるのだろうかと気になり、輪路もまた最前列を抜けて、男を追っていった。




「おっ、おいっ!!何だお前うわぁっ!!」


花火の打ち上げ所にたどり着いた男は、スタッフ達を襲っていた。


「やめろてめぇっ!!」


すぐに追い付いた輪路はシルバーレオを抜き、男を殴り倒した。


「何してやがんだ。俺の連れが楽しみにしてる花火を、台無しにするつもりか?」


「台無しにするつもりはない。ただより大掛かりにして、地上で爆発させるだけだ!!」


輪路の問いに答えた男は、手から巨大な炎の塊を輪路に向けて飛ばした。輪路はシルバーレオを使って、それを明後日の方向に弾き飛ばす。


「冗談だろ!?今みたいなやつを地面で花火と一緒に爆発させたら、どうなると思ってやがる!!」


間違いなく、地上は大惨事になる。


「それが目的なのだ。」


男は炎の塊を無数に飛ばして、輪路に攻撃してきた。


「この……野郎!!!」


「!!!」


輪路は思い切りシルバーレオを振って巨大な衝撃波を飛ばし、炎と一緒に男を大きく吹き飛ばした。


「奴は俺が片付ける!!お前らはそのまま花火を打ち上げろ!!」


輪路はスタッフ達に指示を出すと、男を飛ばした方向に向かって走っていった。











男は伊勢神宮近くにあった川原に墜落し、輪路は追い付いた。


「ここなら誰も気にしねぇで戦えるな。へへっ!ラッキーだぜ!」


「貴様……考えもなしに飛ばしたのか。ふざけた真似を……!!」


男は怒り心頭の形相で、輪路を睨み付けた。輪路は計算してここに飛ばしたのだと思っていたが、完全な運だった。それが余計に腹が立つ。


「答えな。てめぇ何モンだ?」


「既に聞き及んでいるだろう。我らが何者であるかは、貴様らが一番よく知っているはずだ!」


「……なるほど、アンチジャスティスか。」


あんな芸当をやってみせるのだから、ただの人間ではないと思っていたが、全く厄介なタイミングで来てくれたものだ。


「悪いが、今取り込み中なんだ。今回は大人しく帰ってくんねぇか?」


「私の目的はわかっているだろう?今あの花火を私の炎で爆発させれば、地上は火の海になる。大虐殺という素晴らしい悪徳が実現するのだ!」


「やっぱそれが目的か。じゃあ帰ってくれるわけねぇよな」


大虐殺が目的の相手が、その最大の機会を逃してすごすごと引き下がるわけがない。



だが、そのタイミングは失われることになる。



打ち上げ花火が始まったのだ。今から行っても、花火を地上で爆発させるのには間に合わない。


「……前言撤回だ。」


だが同時に、輪路が美由紀と一緒に打ち上げ花火を見る機会も失われてしまった。


「てめぇはぶっ殺す!!!」


輪路はシルバーレオを日本刀モードに変化させる。


「ルインアーティファクト、起動!!」


男が唱えると、全身が炎上し、炎に包まれた怪物に変身した。恐らく以前戦った、トリプルマイティーと同じようなルインアーティファクトを使ったのだろう。だが輪路にとって、そんなことは全く関係ない。


「神帝、聖装!!」


一切怯むことなく、レイジンに変身した。次々と打ち上げられる花火が、二人の姿を照らし出す。打ち上げ花火をバックに、レイジンの戦いが始まった。


「見せてやるか。修行の成果をよ!」


高重力下で訓練したレイジンはとてつもない速度を得ており、これにより縮地の速度も上昇。


「ぬっ!!」


一瞬で男の目の前に接近し、スピードで翻弄する。男は格闘や炎で渡り合うが、以前より遥かに強くなったレイジンには勝てない。


「炎には水だぜ!!」


レイジンは水の霊石を発動。


「ウォーターレイジンスラッシュ!!!」


「ぐああああああっ!!!」


一瞬の隙を突き、駆け抜けながらウォーターレイジンスラッシュで男を斬り捨てた。男は爆発し、ルインアーティファクトの影響か大きな火柱を出現させる。が、レイジンは手から強烈な水流を放ち、すぐに消火した。


「火の始末くらいきっちりしろよ。危ねぇだろが」


レイジンは変身を解き、戦場に背を向けて歩き出した。花火はもう間もなく終わるだろう。本当に、邪魔してくれた。そう思いながら、輪路は祭りの会場へと戻った。











帰りのバスの中、輪路は美由紀と一言も口を利かなかった。一応全員に、アンチジャスティスの構成員が大惨事を引き起こそうとしていた話はしたのだが、美由紀に対しては言い訳にしかならない。とても気まずく、二人は話をしなかった。そんな気になれなかった。


「……すいません。こんな結果になってしまうなんて……」


「お前のせいじゃねぇよ。間が悪かったってだけさ」


彩華は輪路と美由紀の仲を深めるつもりで二人を誘ったのだが、結局二人の心に傷を作ることになってしまったので謝罪した。だが、誰も悪いわけではない。全ての原因はアンチジャスティスにある。彩華は何も悪くない。



しばらくするとバスは秦野山市に着き、彩華達と別れた。ヒーリングタイムへの帰り道、輪路は美由紀と二人、並んで歩く。と、


「あ、美由紀。ちょっと待っててくんねぇか?」


「え?はい……」


輪路は目に止まったコンビニに入っていった。一分ほどして、輪路はコンビニから花火セットを買って出てきた。


「それ……!!」


「打ち上げ花火に比べたらショボいけど、ないよりマシだろ。あとそれから……三郎!」


輪路は三郎を呼び出す。


「何だよ輪路?」


「今から結界張ってくんねぇか?ちょっと訳あって、打ち上げ花火を見損ねちまってよ、今からその代わりがやりてぇから、場所を作って欲しいんだ。」


「あーなるほど。よしわかった!」


三郎は快く引き受け、結界を張ってくれた。


「輪路さん……」


「今から夏祭りの延長戦を始めようぜ。俺とお前の、二人きりでよ。」


「おいおい、俺もいることを忘れんなよ。そらっ!」


結界の空に、打ち上げ花火が上がった。三郎が演出してくれたのだ。


「……ありがとう……ございますっ……!!」


輪路と三郎の計らいに、美由紀は感極まって泣き出してしまった。その後泣き止んだ美由紀と、誰もいない結界の中で、邪魔されることなく、夏祭りの延長戦を楽しんだ。




夏が終わる。しかし、輪路の戦いはまだまだ終わらない。終わりのない戦いの合間の、僅かな休息が、輪路にとって最高の幸せだった。




暑~い夏が終わった後は、怖~い女の愛憎劇!?まだまだ残暑が厳しいのに、背筋がぞくぞく!


次回、『愛に破れた女の憎悪』。


その黒い愛憎をぶった斬れ!!レイジン!!!

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