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第三十二話 誰も知らない第四次世界大戦 前編

アンケートにあったナチスと協会の全面戦争が始まります。前後編に分けるつもりですが、もしかしたら前中後編の三つに分けるかもしれません。

協会地下闘技場。そこで二人の聖神帝が、互いに全力で戦っていた。片方は、白銀の獅子王型聖神帝、レイジン。もう片方は、翠の竜を模した聖神帝。こちらは副会長補佐、シルヴィー・グリーンクローが代々受け継いできた翠の神竜型聖神帝、ドラグネスだ。ドラグネスの両手には、鉤爪が装備されている。これは、スピリクローという討魔武装だ。剣に比べるとリーチが短いが、素早く力強い、なおかつ変幻自在な戦い方ができる。




現在輪路は、準上級昇格試験の真っ最中だ。相手として選んだのは、まだ戦ったことがないシルヴィー。彼女とはダニエルとの一件以来絡んでいないので、どれほどの実力の持ち主なのか確認したかったのだ。これがまぁ、強い強い。準上級でかなり制限が緩くなっているのもあるが、それを抜きにしてもシルヴィー、ドラグネスの実力はかなりのものだ。あのダニエルを黙らせられるだけはある。


「仕方ねぇ!!全力を出すぜ!!」


レイジンは恐るべき実力を持つドラグネスを倒すため、全霊聖神帝にパワーアップした。


「なら私も…!!」


それを見たドラグネスもまた、霊石を使用する。ドラグネスが使える霊石は、水、風、力、技の四つ。彼女も全霊聖神帝にはなれるのだが、今は制限を受けているため、一度に二つまでしか霊石を使えない。ドラグネスが選択したのは、水の霊石と力の霊石。右腕に力の霊石が、左腕に水の霊石が宿り、ドラグネスは剛流聖神帝となった。


「行くぜ!!」


レイジンは六つの霊石全ての力をフル活用して挑み、ドラグネスは剛力と液状化を駆使してレイジンを翻弄する。だが、レイジンの破格の霊力。そして数多くの強敵との戦いで培われた技による攻めが、徐々にドラグネスから余裕を奪っていく。


「オールレイジンスラッシュ!!!」


ここぞとばかりに必殺技を放つレイジン。それに呼応する形で、ドラグネスも大技を使った。


「グリーンクロー流討魔戦術奥義、エメラルドスクリュー!!!」


エメラルドスクリューはスピリクローに霊力を込め、両腕を前に突き出して跳躍し、高速回転しながらドリルのように相手を穿つ技だ。六つの霊石の力を宿した大太刀と、人間サイズの巨大なドリルがぶつかった。




大技同士が激突し、されど互いは無傷。しかし、


「……参りました。私の負けです」


ドラグネスは負けを宣言し、変身を解いた。レイジンも驚きながら、変身を解く。


「ずいぶんあっさり決めたなぁ。まだまだこれから、とか言ってくると思ったのに。」


どちらにも、ダメージらしいダメージはない。ダニエルの例があるので、シルヴィーもしつこく食い下がってくるかと思っていたが、拍子抜けだ。


「昇格試験は士族側が認めるか否かが問題ですからね。士族側さえ認めれば、必要以上の戦いはしなくていいんです。余計な怪我をされて任務に支障が出ては困りますし、あなたも痛いのは嫌でしょう?」


何とも、相手思いの士族である。翔やダニエルとは大違いだ。


「あ、ああ……」


「それでは、今回の準上級昇格試験を終了します。お疲れ様でした」


とにかく、これで輪路は準上級討魔士だ。上級討魔士になるまでに受けなければならない試験は、あと一回。最後の相手を誰にするかは、既に決めてある。だが上級昇格試験では、士族側の制限もないに等しい。上級昇格試験の制限は、相手を確実に殺してしまう技の使用の禁止だ。それ以外なら、例え全霊聖神帝だろうと、各士族の奥義だろうと容赦なく使っていい。なので今のままでは、まだ勝てない。強くなろう。輪路は決意した。











ブランドンは、ドイツのとある場所を訪れていた。ここは昔、ある組織の拠点として使われ、今は廃墟と化している軍事施設だ。既に摘発やら捜査やらが行われ、めぼしいものなど何もないはずのこの場所に、ブランドンは来ていた。


「……」


たどり着いたのは、地下の最奥にある一室。ここもやはり廃れており、何もない。せいぜい埃や、老朽化で崩れてきた天井や壁の破片が散らばっている程度だ。本当に、何もない。


「……」


だが、ブランドンは部屋の壁に手を当てながら、壁づたいに歩いている。と、唐突にブランドンの足が止まった。


「……ここだけ違う。」


巧妙に偽装されているが、今ブランドンが手を当てた壁だけ、他の壁と質感が違う。なんというか、軽いのだ。まるで、この壁の後ろには空洞があるとでも言っているような感覚がある。ブランドンは腰に差してある剣を抜く。彼が討魔士として初めて手にし、協会を抜ける時も使った愛剣だ。その愛剣を素早く振るった。壁は脆くも粉々に切り刻まれ、その後ろから隠し通路が姿を現す。ブランドンは明かり一つない隠し通路を、術を使って視力を強化してから進んでいく。通路はさらに地下へと繋がっており、地下にはまた一つ部屋があった。奇妙な部屋だ。部屋の中央に魔法陣があり、魔法陣を囲むようにして四つの燭台が配置されている。それ以外には何もない。ブランドンが燭台に手をかざし、再び術を使って全てに火を灯す。部屋の中が明るくなったことで視力強化の術を解除したブランドンは、魔法陣の中央に行き、左手で、しかも素手で剣の刀身を握った。刃が手のひらに食い込み、鮮血が流れ出す。ブランドンは刀身から手を離し、流れ出す血を魔法陣の中央へと垂らした。ある程度血を垂らしてから術で手の傷を治癒し、血溜まりに向かって霊力を込めながら呪文を唱える。


「偉大なる魂よ。汝に血の対価を捧げた。我が呼び掛けに応え、眠りから覚めたまえ。」


すると、今度は魔法陣全体が光り始めた。ブランドンは下がり、経過を見守る。間もなくして、ブランドンが流した血が消滅し、魔法陣の中央に人が現れた。軍服を着て、チョビ髭を生やした男だ。男はブランドンを見ると、ニヤリと笑う。


「お前か。魔法陣を起動し、私を死の眠りから覚ましたのは。ここに来たのなら、私が何者か既に知っているのだろう?」


男の問いかけに、ブランドンは答えた。



「もちろんです。ナチスの首領、アドルフ・ヒトラー総統閣下。」




第一次世界大戦の終了後、ドイツで一人の男が台頭した。その名は、アドルフ・ヒトラー。ヒトラーはナチスという党を作り上げ、ドイツを掌握して、己を総統とする独裁国家を作り上げた。その後に第二次世界大戦を引き起こし、世界を己の支配下に置こうと画策したが、結局敗戦。戦犯として裁かれようとしたヒトラーは、逮捕される前に自殺。ナチスは崩壊した。それが表の歴史となっているが、まだ続きがある。ヒトラーは己の勝利を確実なものとするために、世界各地から魔術的な物品を集め、魔術師などもそばに置いて奇跡や様々な術を研究していた。その魔術師達から力を借りて、この隠された地下室に細工をしておいたのだ。ヒトラーとその部下達が死した後、魂をこの魔法陣に封印し、来るべき時復活できるように。そして魔法陣には、霊力を持つ者が血を捧げ、魔法陣を起動した時、封印された者達がリビドンとして復活できるよう設定されている。ブランドンはそのことについて調べ上げ、そしてここへやってきたのだ。ヒトラー達を復活させるために。


「魂を魔法陣に封印するところまではよかったのだが、目覚めさせてくれる者がいなかったのだ。私に協力してくれた魔術師達でさえ処刑され、魔法陣の中にいる。」


強力な術であるがゆえに、霊力や魔力を持たぬ者以外には魔法陣を起動できない。肝心な力ある者達さえ、全員処刑されたのだ。封印されているため、内側からの起動も不可能。こうなると外部の無関係な者に起動してもらうしかないのだが、自殺する前にヒトラーは思っていた。必ず自分の思想を理解してくれる者が現れると。


「ようやく現れたようだな。私の思想を理解してくれる者が」


「はい。つきましては、私が作り上げた組織、アンチジャスティスと同盟を結んで頂きたく存じ上げます。」


「アンチジャスティス?なるほど面白い。良かろう。だが、無論わかっておるだろうな?」


「はい。世界を支配した暁には、我々は新ナチスの傘下に加わります。」


それは、アンチジャスティスの全実権をヒトラーに譲渡するということ。それを聞いたヒトラーは、満足そうに頷く。


「それで良い。では、早速始めるとしよう。」


魔法陣は既に起動した。後は総統であるヒトラーが、魔法陣内の魂達に号令を下すだけだ。


「さあ目覚めろ!!我が戦奴達よ!!第三帝国の復活だ!!!」


ヒトラーが号令を下すと、魔法陣から無数の人魂が飛び出し、人魂が軍服を着た骸骨の姿となる。かつてナチスに所属し、死してなお総統に付き従う死霊、スカルリビドンだ。スカルリビドンは次々と出現しては地上に飛び出し、周囲を制圧していった。











協会には食堂があり、ここでは日本食、アメリカ食、中国食にイギリス食やフランス食など、世界各国の様々な料理を食べることができる。試験を終えて申請も済ませ、腹を空かしていた輪路は今ラーメンをすすっていた。食堂にはテレビも設置してあり、大して面白くもない番組を見ながらズルズルズルズル、気だるげにすすっている。と、テレビ画面に突然ノイズが入った。そのまま砂嵐が入り、何も見えなくなってしまう。


「?」


壊れたのかと思って顔をしかめる輪路。だが間もなくして砂嵐は消え、代わりに別の番組が始まった。


「ごきげんよう諸君。私の名は、アドルフ・ヒトラー。」


いや、これは番組と呼べるだろうか。テレビには、ヒトラーと名乗る男が映っている。輪路は記憶の糸をたどり、ヒトラーという名前を思い出そうとした。


(確か美由紀から習ったな……)


輪路は美由紀から教わったことは、絶対に忘れないのだ。


(ヒトラーっつーと、第二次世界大戦で死んだやつだったか……そんなやつがなんでテレビに出てんだ?)


もう何十年も前に死んだ人間なので、とっくに成仏していてもおかしくないのだが、まぁそれは忍者や侍の例があるのでよしとしよう。電波ジャックしてテレビに出るなどというのは、どう考えてもおかしい。いや、そもそも現世に干渉できているのだから、その時点で大問題だ。


「諸君らは私が死んだと思っていたようだな。確かに私は死んでいた。だが、力を手にして蘇ったのだ。第三帝国の永遠を、確実なものとするためにな!」


ヒトラーはそう言うと、次の瞬間軍服を着た悪魔のような醜い怪物の姿に変身し、元に戻った。


「もはや何者にも私の目的を阻むことはできない。今この時を以て、偉大なるナチス・ドイツの復活を宣言する!!世界よ覚悟せよ!!奇跡は二度も起こらぬ!!ジークハイル・ヴィクトーリア!!!」


ヒトラーがナチス復活を宣言すると、再びテレビ画面に砂嵐が入って元に戻った。


「……えれぇことになったなこりゃ……」


事態の危険性を感じた輪路は、残ったラーメンを素早く平らげ、昼食代を払って会長室に向かった。




会長室。


「シエル!!」


輪路は今起きた出来事をシエルに伝えるために、中へと飛び込んだ。


「そろそろ来る頃だと思っていましたよ。」


会長室には、既に翔達三大士族の討魔士が揃っていた。


「シエル!!今テレビで……」


「わかっています。報告を受けて、私も見ましたから」


シエルが机の引き出しからリモコンを取り出し、スイッチを入れる。すると、シエルから見て正面、ドアの上にモニターが現れた。そして、先ほど流された映像が再生される。テレビにヒトラーが出ていると報告を受けたシエルはすぐにモニターを点け、映像を録画したのだ。


「どーすんだこれ。かなりヤバいんじゃねぇのか?」


「ええ。ですが既に広報部に連絡し、情報操作を急がせています。ほどなくこの映像を記憶している者はいなくなるでしょう」


広報部。普段は外部の様々な情報を収集し、対策室に納めているが、外部に漏れるとまずい情報などが流出した場合、情報操作を行ったり無関係の者の記憶を消すなどの活動もする。今の映像は世界中に流されたらしいが、広報部の手にかかれば半日で全ての情報を抹消できるだろう。


「けど情報を消すだけじゃ何も変わらねぇだろ?」


「無論だ。そのために俺達はここに来た」


翔は振り向かずに言う。いくら情報を操ってヒトラーについての記憶を民衆から消しても、大元であるヒトラーをどうにかしなければ何も変わらない。今後ヒトラーをどうするか。その指示を仰ぐために、三大士族は集結したのだ。ダニエルとシルヴィーがシエルに言う。


「相手は独裁国家を設立したアドルフ・ヒトラーです。己の目的が変わっていないのならば、ナチスの殲滅をすべきかと。」


「何の理由もなくナチスが復活したとは思えません。敵の規模からして、アンチジャスティスが関係している可能性は濃厚です。」


確かに、ヒトラー及びナチスは危険な存在だ。これ以上下手に活動させる前に、全滅させた方がいい。また、彼らは何者かに復活させられたとしか思えない。そんなことを考えるなど、アンチジャスティスのブランドン以外にないだろう。何せ復活させた相手が、あのナチスだ。これらの意見から、シエルは指示を下す。


「直ちに全討魔士と全討魔術士を集めて下さい。任務に就いている者は帰還させ、帰還できない者にも連絡はするように。」


「「「はっ!」」」


三人の士族は敬礼し、部屋を出て行く。


「廻藤、お前も来い。」


「あ、ああ……」


翔は輪路の手を引いていく。引かれながら、輪路は翔に尋ねた。


「なぁ、これからどうするんだよ?」


「決まっている。」


翔は答えた。


「戦争をするんだ。俺達協会と、ナチスとでな。」











廃墟となっていた基地を利用し、ヒトラーは兵士達を集めていた。


「第二次大戦時、我らには一つだけ足りなかったものがあった。それは帝国以前に、我々の存在を永遠にすることだ。」


ヒトラー達も不死身ではない。世界中から押し寄せる敵が相手では、いつか負ける。だからこそ彼らは死に、リビドンとなった。通常の兵器、戦力では倒せない存在となった。


「欠けていたピースを補った今、もはや我々に敗北はない!!今度こそ我々に完全な勝利を!!ジークハイル・ヴィクトーリア!!!」


勝つためにわざと敗北した戦い。一度敗北することによって、彼らの勝利は確実なものとなった。


『ジークハイル・ヴィクトーリア!!!ジークハイル・ヴィクトーリア!!!ジークハイル・ヴィクトーリア!!!』


ジークハイル・ヴィクトーリア。我に勝利を与えたまえ。勝利万歳。兵士達は一心不乱にそう叫ぶ。骸骨達が、死霊達が、逃した勝利を手にしようと叫び続ける。それはあまりにも恐ろしく、まさしく魔群と呼ぶべき光景だった。











ホールに集合できる全ての討魔士と討魔術士が集められ、シエルからナチスへの対応について説明があった。


「皆さんも知っての通り、先ほど復活したナチスから、世界への宣戦布告がありました。」


壇上でシエルは、今ヒトラーが行った宣戦布告について広報部が情報操作を行っていること。ナチスはアンチジャスティスに復活させられた可能性が高いことを話し、次に敵の規模について説明した。


「現在ナチス軍は、かつての拠点であったドイツの基地を中心に、大部隊を展開させています。部隊の展開や、兵器の配置が完了するまで、あと三時間と思われます。」


準備が完了すれば、ナチスはすぐに周辺地域に攻撃を仕掛けるだろう。まずはドイツの首都を攻めて政権を握り直し、それからさらなる進撃を行おうとするはずだ。せっかく独裁政治から脱することができたドイツを、再びヒトラーに奪われるわけにはいかない。


「そこで我々は、二時間後にナチスに総攻撃を仕掛け、短期決戦を挑みます。」


ナチスが準備を完了させる前に、こちらから先に総攻撃を仕掛ける電撃作戦。何かさせる前に決戦を挑み、瞬時に全てを終わらせる。そうすれば、世界にナチスの復活と協会の戦いを知られることもない。


「これは戦争です。絶対に歴史の表舞台に出ることのない、第四次世界大戦です!」


そう。この戦いは誰にも知られてはならない。世界は今、平和に向かいつつある。そこに物騒な集団が復活して世界に喧嘩を吹っ掛けるなど、あってはならないことだ。


「この戦いには私も出動します。私が結界を張りますから、皆さんは気兼ねなく全力を振るい、一刻も早く敵を殲滅して下さい。」


これには輪路どころか、三大士族以外の集められた者全員が驚いた。会長シエルが、直々に出動するというのだ。


(そういやこいつが戦うなんて初めて見るな……)


もちろんサポートのため討魔士や討魔術士が何人か本部に残るのだが、それでもどれだけ本気であるかが伺える。


「では解散です。二時間しかないので速やかに準備を済ませ、現地に集合して下さい。」


全ての説明を終えたシエルは、皆を解散させた。











二時間で準備を済ませろと言われたが、正直言って輪路にできることは何もない。そこで、美由紀に一度会ってくることにした。ついでに、今日はもう店に戻れないことを伝えるよう、ソルフィから頼まれている。まぁ、ナチスについて話したところで、記憶を消されるのはわかっているのだが、今回の戦いはかなり大規模だし、何かよくわからない胸騒ぎもする。美由紀に何か言わずにはいられなかった。


「あっ、輪路さん!」


「おう。マスター、いつもの。」


「はいはい。」


ヒーリングタイムに戻ってきた輪路は、まずコーヒーを頼む。それから、ソルフィのことを佐久真に伝えた。


「やっぱりね……ま、人形残してってくれたし、人手には困ってないわ。だから安心してちょうだいって伝えといて」


「わかった。」


ソルフィは自分が抜けても大丈夫なように、店に人形を残していた。だから人手不足には陥っていない。心配しないで頑張って欲しいと、佐久真は輪路に頼んだ。


「ソルフィさんかなり慌ててたみたいですけど、協会で何かあったんですか?」


「……今回ばかりは企業秘密なんだが……」


輪路は店内に目を向ける。中には誰もおらず、何か話すには絶好の機会だろう。


「お前らテレビは見てねぇよな?」


「?はい。」


「見てないわよ。」


「そうか。」


テレビを見てないなら、ヒトラーのことはわからないはず。だから輪路は、


「バカがやらかそうとしてる戦争バカを止めなきゃなんねぇんだ。協会総出でな」


ナチスのことをうまくぼかし、協会の総力戦を行うことだけを話した。


「協会の総力戦って……それよほどの相手じゃないですか?」


「ああ。シエルも出動する。相手が誰かは言えねぇけどな」


「会長さんまで……」


美由紀もかなり驚いている。組織において、会長自らが動いて何かするということは、滅多にない。あるとするなら、それは組織全体に関わるような大事だ。


「心配するな。奴らが動き出す前に、俺が片付ける。お前らに手出しはさせねぇよ」


輪路はそう言いながらコーヒーを飲み干し、


「時間だ。マスター」


コーヒー代を佐久真に渡して、席を立つ。


「気を付けて下さいね?」


「ああ。行ってくる」


輪路は美由紀と佐久真に挨拶し、店を出た。











ドイツ、ナチス基地。


「先ほどの声明は見事でした。さすが、短期でドイツの実権を掌握された方ですね。」


ブランドンはヒトラーを褒める。


「当然だ。さて、私はそろそろ、兵士達の指揮を取りに行かねばならん。そなたの組織の兵士達も、有効に使わせてもらうぞ。」


ヒトラーは広がり続ける兵士達を見た後、司令室に戻った。


「……美しくないですねぇ。」


ヒトラーと入れ違いに、ウォレスがやってくる。


「ウォレス。」


「司令官も、それに付き従う兵士達にも、美しさというものが欠片もない。いくらアンチジャスティスの目的達成に必要とはいえ、僕の美的センスからあまりにもかけ離れている。全く以て美しくない」


美しいものを好むビューティーコレクターのウォレスとしては、部隊が骸骨しかいないというのは嫌悪感しか抱かない。華がない、美しさがない。ブランドンの命令がなければ、ここには絶対にいない。


「まぁそう言うな。目的の物さえ手に入れれば、すぐに切り捨てて構わない。」


ブランドンも、何の考えもなしにナチスを復活させたわけではない。その理由は、ある物を手に入れるため。アンチジャスティスを結成する前から世界中を探していたが見つけられず、調べた結果、それは最終的にヒトラーの手に渡ったらしい。それならとナチスの軍事施設をしらみ潰しに探したりもしたが、これでも見つけられなかった。方法は不明だが、ヒトラー本人が封印の際自分の魂と一緒に魔法陣の中に持ち込んだようだ。ブランドンはヒトラーを復活させ、それについて交渉したが、ヒトラーは確かに自分が持っていると言うものの、決してブランドンに渡さなかった。見せさえしなかった。恐らく、見せた瞬間に奪われると警戒していたのだろう。どうやらヒトラーは、それの価値がどれほどのものかを知っているようだ。


「しかし悲しいかな。あれは術に精通している者でなければ、力を使うことができない。本当に価値を知っているなら、ブランドン様のような存在に渡すべきなのに。」


「あれの価値を知っているなら、会ったばかりの見ず知らずの相手に渡すなどという無用心な真似はしないさ。いくら自分では使えないと知っていてもな。だが、リビドンとなった今の彼なら、使える可能性はある。」


とはいえ、使うとしたら本当に最終手段だろう。あれはそういうものだ。


「ブランドン殿。」


と、そこにデュオールが現れた。アンチジャスティスの同盟相手の部下だ。今回の作戦には、彼らにも協力してもらっている。


「これはこれは、デュオール殿。」


「首尾は順調か?」


「ああ。そちらからもリビドンを何百体かお借りしてしまって申し訳ないが……」


「構わない。」


この戦いでは何人もの犠牲者が出る。今多数の魂を必要としている彼らとしては、大量の魂を入手できる絶好のチャンスであるこの作戦に参加しない手はない。目的の物さえ入手できればナチスなどどうなっても構わないので、ブランドンは協力を持ち掛けたのだが、デュオールの上司、殺徒は快く引き受けてくれた。


「それより此度の作戦、協会が動くと思われるか?」


「動くだろう。これほどの大規模な死霊の部隊、見逃す理由がない。今頃は情報操作に躍起になっているだろうが、あと数時間もしないうちにナチスを仕留めようと総攻撃を仕掛けてくるはずだ。」


デュオールの問いかけに、ブランドンは答えた。しかし、それはブランドンにとっても殺徒達にとっても都合がいい状況だ。アンチジャスティス側としては、ナチスが早く追い詰められればそれだけ早くあれを使うだろうし、役目を果たしたナチスを厄介払いできる。成仏させられようが魂の回収はできるので、結果的に入手できる魂の数が増え、討魔士や討魔術士という良質な魂を入手できる機会もできるので、殺徒側にも損はない。


「ではわしも部隊の配置に戻る。そちらも用心されよ」


「ああ。そちらも気を付けて」


納得できる回答を聞けたからか、デュオールは姿を消した。


「ウォレス。こちらの準備はどうだ?」


「部隊の配置、及び計画の進行は順調です。そして、ご命令通りの指示も出してあります。」


「よし。ではこのまま、協会側の出方を待つ」


ブランドンがそこから先の言葉を紡ごうとした時、この基地の周囲一帯に、結界が張られた。異界発生型で、なおかつ強度が凄まじい。


「この霊力……シエルか。」


ブランドンは結界から感じられる霊力から、結界はシエルが張ったのだと察した。いつもブランドンを信じて行動し、どんな時でも協会が100%正しいと思ってきた愚かな妹。幼い頃から感じてきたその霊力の感覚を、忘れるはずがない。


「まさか奴が直々に出てくるとはな……今回はよほど本気らしい。」


復活した相手の規模も関係あるだろうが、もしかしたらシエルはナチスのバックにブランドン本人がいることに、気付いているのかもしれない。


「いかがなさいますか?」


「……いや、むしろ好都合だ。」


協会が動くことは最初から想定していたし、何も問題ない。うまくやれば、協会を落とせる可能性もある。それにはかなり要領よく立ち回る必要があるが、可能性として含めていてもいいだろう。とりあえず、今は様子見だ。ブランドンとウォレスは、討魔士達に自分達の姿を見られないよう、基地の中へ消えた。











シエルはナチス基地から数キロ離れた場所で、分厚い本を開いて立っていた。彼女が持つこの本の名は、ラザフォードノート。ノートと名の付く通り、ラザフォード家が編み出してきた、魔術、陰陽術、錬金術など、様々な術が記されている法術書だ。またこの本には使用者の霊力を、数百倍に引き上げる作用がある。元々高い霊力を持つシエルが使えば、発動に討魔術士が数万は必要になる規模と強度の結界を、単独で展開することも可能だ。協会会長の家系であるラザフォード家が、聖神帝カイゼルと共に受け継ぐ遺産なだけはある。


「絶対戦場結界。この中でなら、例え惑星を数個消し去る規模の戦闘が起きようと、完全に隠蔽することができます。」


今シエルが使った絶対戦場結界は、ラザフォードノートに記されている結界術の中でもトップクラスに頑丈な結界だ。この中で戦えば、世界に一切の影響を与えることなく、おもいっきり力を振るえる。ナチスの軍隊を一人も結界の外に出すことなく、協会の全戦力を総動員して短期決戦で殲滅するには、これが一番早く確実な方法だ。だからこそ、今回の戦いにはシエルが出動した。ダニエルが指示を出す。


「目に見える敵はとにかく倒せ!!一人も残らず成仏させろ!!」


一人でも残せば、世界に危害を及ぼしかねない。ナチスとはそういう存在の集団だ。続いて、シルヴィーも指示を出す。


「どうやら敵はナチスだけではないようです。十分に注意を!」


現在協会側は、ナチスを一人も逃がさないよう、基地を中心に円上に包囲する形で展開されている。だが敵は、ナチスのリビドンだけではないはずである。油断してはいけない。そして、シエルが通信法術を併用して使いながら、全軍に通達する。


「全軍、突撃!!!」


咆哮を上げて雪崩れ込む討魔士達。討魔術士達も援護を行いながら、包囲の輪を狭めていく。翔は輪路に言った。


「奴らはヒトラーを狂的なまでに信仰している。ヒトラーを倒せ!奴さえ倒せばナチスは総崩れとなる!!」


「おう!!」


狙うはヒトラー。ナチスの大将首。



こうして、決して歴史に残ることのない、誰も知らない第四次世界大戦は開戦した。




第四次世界大戦、開幕!!長くなったので、今回はここまでです。次回は、復活したナチスについての詳細や、他の討魔士達の活躍も描こうと思います。


お楽しみに!

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