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第五話 災いの予兆

今回は輪路の修行回です。そして、本作品のラスボスが少しだけ登場します。

秦野山市。闇の中で、二人の強者が死闘を演じていた。一人は廻藤輪路。もう一人は、どこからか流れてきた忍者。しかし、この忍者は幽霊だった。どこの一族にも属さぬ、流れ者の忍者。ゆえに、名はない。彼が幽霊になってまでやろうとしていることは、腕試し。生前の彼は強い相手を捜して戦い続け、病で命を落とした。だが、彼に勝てるほど強い相手には巡り会えなかったので、それが未練となり、忍者は幽霊になったのだ。成仏する方法はただ一つ。自分より強い相手に倒されるというシンプルなもの。輪路は彼を成仏させるべき、戦いを挑んだのだ。


「どうした!!その程度の実力で、俺を成仏させられると思っていたのか!!」


「くそっ!!調子に乗ってんじゃねぇ!!」


輪路は悪態をつきながら木刀を振る。忍者はそれをかわして、空中から無数の手裏剣を投げてきた。輪路はそれを木刀で弾き、忍者を追いかけて跳躍。


「ラァッ!!」


木刀を振り下ろす。しかしその瞬間、忍者は丸太に変わり、丸太は爆発して輪路を吹き飛ばした。


「ぐあっ!!」


「遅い。まったく以て遅すぎるぞ!」


忍者は背中の刀を抜いて、輪路に斬りかかる。輪路は地面に叩きつけられたが、素早く持ち直し、木刀で刀を受け止めた。そのまま振り抜くが、忍者は飛び退いてかわす。速いうえにトリッキーな戦い方だ。全く追い付けない。フォールリビドンや首なしライダーとは、別ベクトルの速さである。


「神帝、聖装!!」


らちがあかないので、輪路はレイジンに変身した。遊ぶつもりはない。一気に終わらせる。


「むっ!」


レイジンに変身することで速度が上がり、忍者もかわしきれなくなったのか刀で受け始める。


「まだこんな力を隠し持っていたのか…ならば俺も…!!」


「何!?」


忍者もまた、スピードを上げた。レイジンの攻撃をかわして、刀で斬りまくる。


「ぐおっ!?」


「ふん、頑丈だな。」


しかし、刀はレイジンの鎧に傷一つ付けられなかった。


「今まで本気出してなかったってのかよ…」


「幽霊になって、できるようになったこともあるのでな。この力、使わせてもらっている。」


忍者は自身の霊力を操り、能力を強化したのだ。それでも霊力の総量でレイジンより遥かに劣っているため、スピードは上げられてもレイジンにダメージを与えられるほどパワーを上げられないようだ。だが、もうレイジンの攻撃は当たらない。


「貴様は所詮未熟者だ。そんな未熟な力では、俺に勝つことなどできん!」


「くっ…」


痛い所を指摘された。レイジンの力は、まだ発現してそれほど時間が経っていない。経験も少ない。まだまだ、未熟なのだ。


「…だが伸びしろはあるようだ。お前ならばあるいは、俺を倒せる強者に成長できるかもしれん。」


忍者はレイジンが持つ才能を見抜き、見抜いた上で提案した。


「俺はあと五日、この街に留まろう。五日目の夜、またここに来るがいい。その時までにもっと強くなって、俺を倒してみろ。」


忍者は姿を消す。


「輪路!大丈夫か!?」


その後、三郎が飛んできた。


「…ああ。」


レイジンは変身を解く。


「まさか聖神帝の力を使っても追い付けないとはな…あいつ相当な手練れだぜ。」


三郎は戦った忍者の実力に驚く。相手はリビドンではない。だが、スピードで聖神帝を圧倒した。とてつもない相手だ。


「…何とかしねぇとな…」


輪路は対抗策を思案しつつ、ヒーリングタイムに帰った。










殺風景な荒野。その真ん中にそびえ立つ巨大な城。その城の中で、鎧を着た男とドレスを着た女は空中の映像を見ながら笑っていた。映像に映っていたのは、輪路に勝った忍者だ。男は映像を消すと呼ぶ。


「デュオール。デュオール・ラクティスはいるかい?」


「は!ここに!」


その呼び声に応えて、二本の槍を持った男が現れた。


「ご命令ですか?我が主、黒城こくじょう殺徒あやと様。そしてその妻、黄泉子よみこ様。」


デュオールと呼ばれた男は一礼し、自分の主人たる二人に尋ねる。殺徒と呼ばれた男は手をかざしながら言う。


「この男をリビドンにしてきてくれ。銀の獅子王型聖神帝の男と、決闘をする約束をしたんだ。」


殺徒が手をかざすと、空中に忍者の映像が現れる。黄泉子と呼ばれた女が補足した。


「なかなかの強さの持ち主だったわ。彼なら私達が直接出向かなくても、あの男、廻藤輪路を殺してくれるでしょう。」


「なるほど…それは面白い趣向ですな。して、決闘は何日後に行われるのですか?」


「現世の時間で五日後だ。」


殺徒が教えてやると、デュオールは考えて、それから発言する。


「では、忍者をリビドンにするのは五日後ですかな?」


「その通り。今すぐリビドンにするのは君にとって簡単だろう。けど、それじゃ意味がないんだ。決闘の日に、成仏させようとしている相手がリビドンになるところを見せつけられる…聖神帝はさぞ悔しがることだろうねぇ…」


「ははは。殺徒様もお遊びが好きですな。」


「別に遊んでるわけじゃないさ。僕達死者の魂を在るべき姿に戻す…ただそれだけだよ」


「これは失礼しました。では、五日後を楽しみに待つとしましょう。」


三人は楽しそうに、邪悪に笑っていた。











「…てなことがあったんだよ。」


翌日、輪路は自分が戦い、敗れた忍者のことを美由紀に話した。


「大変でしたね。でも怪我とかしてなくてよかったです」


忍者を成仏させられなかったのは残念だが、輪路が怪我せず戻ってきてくれたことが嬉しかった。輪路は腹いせとばかりにアメリカンを一気飲みした。


「…そろそろスピードタイプの相手への対策、考えなきゃならねぇって思ってたんだよな。」


高速移動を行うタイプの敵に、輪路は例外なく苦戦を強いられている。これはいつか解決しなければならないと思っていた課題だ。それを解決する時が来た…のだが、輪路の頭では何をどうすればいいのやらわからない。そこで、美由紀に知恵を求めたのだ。


「速い相手を倒す方法、ですか…私は輪路さんみたいに戦ったりしないから、どうとも言えないんですけど…」


美由紀は考える。彼女は基本的に誰かと争ったりはしない。いじめられていた時も、輪路に守られっぱなしだった。輪路に己の全てを預けていた。自分から戦ったりしないから、その手の話はわからないのだ。しかし、せっかく輪路が頼ってくれているのだから、絶対に役に立ちたい。そう思って必死に考える。と、閃いた。


「…居合、とかどうですか?」


「居合?」


「はい。鞘に刀を納めて、そこから一気に刀を抜いて敵を斬る技です。居合は普通に斬るより速く斬撃を繰り出せますから、速い相手には効くんじゃないかな、と…」


「なるほど…そいつは使えるな…」


居合を使う。それはいいかもしれない、と輪路は考える。しかし、はた、と気付いた。


「ん?ちょっと待て。俺鞘使わねぇから、居合使えねぇぞ。」


そう、輪路は鞘を使わない。というか、鞘がない。あるのは鞘袋のみ。居合が最速の剣技と言われる所以は、鞘にある。この技において鞘は、いわばレールのような役割を果たす。鞘走りを起こすことで力を加え、抜くと同時に溜め込まれていた力が解放され、凄まじい速度の斬撃が出る。デコピンと似たような理論だ。輪路の鞘袋でも同じことはできるだろうが、一回やったら確実に鞘袋が破ける。


「レイジンに変身すれば鞘はできますよ?」


「居合使うのにいちいちレイジン使うのかよ?あれ結構疲れるんだぜ?」


レイジンに変身すれば鞘袋が鞘に変化するので、居合はできる。だが居合のためにレイジンを使うというのは、いかがなものだろうか。


「じゃあ、鞘なしで居合をやる、とか?」


「鞘なし居合?んなもんできるのか?」


「できるわよ。」


そこへ、佐久真が割り込んできた。


「マスター。」


「ただし、普通の居合よりずっと難しいわ。まず、イメージが大事ね。刀が鞘に納まってるっていうイメージを浮かべて、そこから抜刀する自分をイメージする。」


「イメージか…」


「鞘のない居合は、鞘走りの摩擦がないから、普通の居合より速いの。素早い相手に使うなら、最高の技ね。」


居合は鞘走りがあるから速い。しかし、鞘による摩擦があるため、それが邪魔して真の最速という領域には届いていないのだ。鞘のない居合こそが最速。これを極めることができれば、どんなに速い相手でも捕捉して斬ることができるだろう。


「おと…店長詳しいですね。」


美由紀は少し驚いている。佐久真が剣術に詳しいとは思わなかった。


「マスター、あんた何かやってたのか?」


輪路は訊いてみる。


「昔の話よ。あの頃は私もまだまだ若かったし、いろんなものに興味持って手を出して、輪路ちゃんみたいにやんちゃしまくってたわ。」


佐久真の年齢は五十七だ。それなりに長く生きているので、娘の美由紀も知らないようなことをいくつもしていたに違いない。ただ、彼はどういうわけかあまり過去の自分を語りたがらないのだ。居合の話を通じて、佐久真の知られざる過去の一部を垣間見た気がした。


「そうと決まりゃ、早速特訓してくらぁ!」


輪路はコーヒー代を払うと、店から出てバイクに乗り、どこかへ行った。一緒に住んでいる家族同然なんだからコーヒー代くらいいいと言っているのだが、これだけは払わないと気が済まないのだという。


「まったく、あの子は大人になってもやんちゃよねぇ。」


「それが輪路さんのいい所ですよ。」


二人は仕事に戻った。











バイクでしばらく走った先に、輪路がよく訓練所として利用している荒野がある。輪路は近くにバイクを停めると、荒野の真ん中に行った。


「さて、時間がねぇからさっさと始めるか!」


特訓一日目。


輪路は早速、居合修得のための修行を始める。居合の型は知っているので、まずはその型を取ることから始めた。鞘袋から木刀を抜き、腰溜めに構えて、


「…ふんっ!!」


おもいっきり振る。木刀は虚空を斬り、空気を斬った音が周囲に響き渡る。ちなみに、衝撃波や竜巻は出ない。あれは力任せに振っているわけではなく、輪路が無意識に修得した技術だからだ。出さないように振ることもできる。


「…」


輪路は木刀を見てしかめ面をした。人間相手なら容易く上半身と下半身を泣き別れさせてしまえる威力だが、今回修得しなければならないのは速さだ。居合の型としてはこれでいいはずだが、違う。何かが違う。


「…まず居合の感覚から掴んだ方がいいな…神帝、聖装!!」


仕方なくレイジンに変身する輪路。木刀はスピリソードに、鞘袋は鞘に変化した。レイジンはスピリソードを鞘へと納め、腰溜めに構え、勢い良く抜く。放たれた斬撃は、先ほど使ったものと比較にならないくらい速かった。


(これが居合か…)


居合という剣技を把握したレイジンは、もう一度使ってから変身を解く。


(マスターはイメージが大切だって言ってたな…)


輪路は再度、木刀を腰溜めに構える。そして、先ほどの感覚をイメージした。まずは、スピリソードが鞘に納まっているイメージ。それを強く思い浮かべ、今度はそこからスピリソードを抜き放つイメージに切り替えながら、木刀を振った。


「…まだまだ、練習が必要だな。」


たった数回で修得できるなどと思ってはいない。五日間、修得できるまで何度もやる。その覚悟でこの特訓を始めたのだ。居合自体、何ヵ月もかけて修得するような技なのだろうが、死ぬ気で特訓すればたった五日間でも、少しはマシになるはずだ。輪路はそう思って、構えては振るを繰り返した。




「…」


その光景を三郎が黙って見ている。邪魔してはまずいと思い、話しかけずに見ているのだ。


(鞘を使わない居合か…お前にしては考えたな)


居合は元々奇襲の技。奇襲は速さが命であるため、素早い相手に対抗するには最良と言える。ただ、達人でも修得に時間がかかる技なのだ。


(だが、あいつの霊力は聖神帝になれるようになって以来、急速に成長している)


最初からかなり強い霊力の持ち主だった輪路だが、レイジンになれるようになってからはその霊力の成長速度が爆発的なものになっている。力の使い方もかなりのものだ。レイジンへの変身がきっかけになって、自分の力の伸ばし方がわかってきたというべきか。習い事に励んでいる者が、コツを覚えて素早く上達するようなものだ。事実、神帝戦技や法術などの修得も短期間でやってのけている。


(その成長速度に賭ければ、あるいは…)


鞘なしの居合を修得できるかもしれない。三郎はそう思っていた。











結局、この日は居合の修得はできなかった。夜遅く、疲労困憊になって戻ってきた輪路は、風呂で汗にまみれた身体を洗うと、夕食も食べず自室のベッドに倒れ込むように寝た。


(相当激しい特訓をしたんですね)


心配になった美由紀は輪路の部屋に忍び込むと、眠っている輪路の頭を軽く撫でた。と、美由紀は視線を感じて、窓を見る。窓の外には三郎がいた。声を出すと輪路を起こしてしまうので、美由紀はジェスチャーで三郎に自分の部屋に来るよう指示する。彼女の部屋は、この部屋の隣だ。三郎が自分の部屋に向かったのを確認した美由紀は、自身も部屋へと行き、窓を開けて三郎を迎え入れる。


「三郎ちゃん。」


「悪いなこんな夜遅くに。」


「いえ。」


「輪路はどうだ?」


「眠ってます。相当疲れたんですね…まるで死んでるみたい…」


「俺がやめさせたんだ。あのままだとあいつ、居合を覚えるまで休まなかったからな。」


今日一日、輪路は特訓を一分たりとも休まなかった。持久力がないくせに、居合を修得しようと必死になっていたのだ。途中何度か倒れたが、疲れた身体を無理矢理叩き起こし、特訓を続けた。このままでは疲労で死にかねなかったので、三郎が強引に中止させたのである。


「あの忍者に負けたのが相当悔しかったんだろうな…あいつ負けず嫌いだからよ…」


輪路はかなり負けず嫌いだったりする。美由紀もそれは知っていた。昔輪路が美由紀をいじめたガキ大将を叩きのめした時、そのガキ大将は自分が悪いにも関わらず、自分が先に美由紀をいじめたという理由を隠して、自分の兄に輪路を懲らしめて欲しいと言いつけたのだ。その兄は自分の仲間をかき集め、輪路を潰そうとした。当時の輪路はまだ小学四年生で、ガキ大将の兄は中学二年生。そして同じ中学二年生の不良が十人。圧倒的な戦力差だった。しかし、輪路は自分は断じて悪くないと主張しながら一歩も引かずに戦い、中学生達を返り討ちにしたのだ。輪路のことだから、美由紀を守りたいという気持ちが強かったのもあるだろう。しかし、美由紀は知っている。自分の気持ちをねじ伏せられたくないから、負けたくないから抵抗したのだと。


「あのバカ、こっちがいくら無茶しねぇよう言っても聞きゃしねぇ。」


「そうですね。でも、自分の想いを必ず通すってすごいことですよ。羨ましいです…」


美由紀は、輪路のそんな強さに憧れた。何があろうと、誰が立ち塞がろうと絶対に屈することなく、己というものを貫き通す。そんな強さに。


「…本当に、羨ましいです…」


美由紀は無理と知りながら、こうなりたいと願った。それから、輪路にここまで火を点けた忍者の幽霊に、少し妬きもちを妬いていた。











特訓二日目。


「ふん!!」


輪路が放つ斬撃の速度が、昨日とは比べものにならないくらい上がっていた。


「っしゃあ!コツを掴んだぜ!」


(こ、こいつ…!!)


三郎はたった一日の特訓で居合のコツを掴んだ輪路に対して、驚きを隠せなかった。達人でも時間がかかる居合を、こうも容易く修得してしまうとは…。


(…いや、簡単じゃねぇか)


三郎は思い直す。そう。簡単な道ではなかった。たった五日で居合を修得しなければならない。そうしないとあの忍者に勝てない。そう思った輪路は、一体どんな気持ちで特訓に励んだだろうか。必死だったに違いない。あれだけ何度も倒れて、その都度起き上がってまた特訓を続けた。簡単であったなどと、間違っても言えるはずはない。ちなみに、輪路がやった特訓についてだが、レイジンに変身して居合の感覚を身体に染み込ませ、それから変身を解いて覚えた感覚をイメージしながら木刀を振る。感覚を忘れたらまた変身して覚え、変身を解いて木刀を振ってを繰り返すというものだ。これを休みなく続けていれば、間違いなく倒れる。そんな死に物狂いの特訓をした甲斐あって、輪路はめでたく鞘なし居合のコツを掴んだのだった。しかし、輪路はまだ不満そうである。


「不満そうだな。お前の居合は完成しつつあるんだから、このまま特訓続けるだけで十分なんじゃねぇか?」


三郎は訊いた。すると、輪路から思いもよらない答えが返ってきた。


「完成?こんな程度じゃまだ完成とは言えねぇよ。もっともっと速くなるはずだし、それからあの…あれだ。居合で抜いてから刀振り回すやつとか、ああいうのもやりたいんだよ。」


なんと、輪路はまだ上を目指していたのだ。しかも、そこから派生する連撃までやろうとしている。


「まだ上を目指すつもりか?」


「当然!やるからには極めるぜ!」


そう言うと、また輪路は特訓を始めた。


(貪欲な向上心だな。っとにこいつは、何から何まで光弘に似てやがる…)


三郎は今の輪路の姿に、光弘を重ねていたのだった。結局この日も輪路は三郎が止めるまで特訓を続け、倒れるように就寝した。それでも風呂に入れるだけの気力があったのは、佐久真と美由紀が用意してくれたベッドを、あまり汚したくなかったからだ。なるべく綺麗な身体でベッドに横になった輪路は、明日の特訓に備えて眠りについた。











特訓三日目。


輪路は木刀を抜くと、近くにある崖を見た。その崖に狙いを定めた輪路は、木刀を軽く振る。すると、崖に向かって鋭利に研ぎ澄まされた衝撃波が飛んでいき、崖を斬った。斬られた崖は、一つの大きな岩となって転がり落ちてくる。その岩が斜面の出っ張りに乗り上げ、空中へ投げ出された瞬間、輪路は木刀を腰溜めに構えて跳躍した。もう鞘に納まった木刀と、そこから抜き放つイメージを行う必要はない。身体が完全に覚えた。技を出そうと思えば思った通りに、すぐさま出せる。輪路は木刀を振り、岩を真一文字に両断する。だが、まだ終わらない。刃を返しながら柄を両手で持ち、勢いを殺さないように二撃、三撃、四撃と放つ。岩は粉々になり、輪路は着地した。放てた斬撃は、五十回。岩が粉々になるまでは、一秒もかかっていない。いや、もう粉々どころか砂になってしまっている。とにかく、鞘なし居合。そして派生の連撃は完成だ。


「やったな輪路!まさかここまでやるとは思わなかったぜ!」


三郎は技を完成させた輪路を祝福する。たった三日でここまでやるとは思わなかった。


「おう!これなら勝てるぜ!」


輪路は確信していた。この技さえあれば、例えあの忍者だろうと容易に倒せると。


「しかし三日か…五日も必要なかったな…」


もう忍者を倒すための技は修得したので、これであとは特訓を続けるだけになるが…。


「輪路ちゃん。」


そこへ、佐久真がひょっこりと現れた。


「マスター!どうしてここに?」


「せっかくの休みだし、輪路ちゃんの特訓の様子を見ようと思ってね。」


今日は日曜日。ヒーリングタイムは休みだ。なので、来ようと思えば来るのは可能である。


「それなら見ての通りだ。こんだけ速けりゃ、あの忍者に勝てるだろ。」


今の超高速斬撃は佐久真も見ていたはずである。なら、特訓の成果は見れたはずだ。


と、


「もう一歩先の速さに踏み込んでみない?」


佐久真はこう提案してきた。


「…何?マスター、今何て…」


輪路は佐久真の言葉に耳を疑い、聞き返す。


「今から私が見せる技を使えば、輪路ちゃんはもっと速くなれるわ。三日で鞘なし居合を修得できた輪路ちゃんなら、二日で修得できるわよ。」


そう言って佐久真は、とある技を輪路に見せた。











五日目の夜。


「…もうすぐだな。」


忍者は輪路が来るのを心待ちにしていた。あの男は五日前より遥かに強くなって自分の前に現れる。そしてその時こそ、自分はこの世から成仏することができる。そんな確信があった。だから楽しみだった。



「ずいぶんと嬉しそうだな。」



来訪者が現れたのはそんな時だった。二本の槍を肩に担いだ初老の男だ。全身から放たれる力の感覚から、この男も自分と同じ幽霊だとわかった。


「何だ貴様は?悪いが俺は今人を待っているんだ。」


「知っている。決闘の約束をしているのだろう?」


「知っているなら話は早い。ここにいられると邪魔だから失せろ」


「クックックッ…まぁそうつれないことを言うな。恐らくお前が待っている相手が来るまでまだかなりかかるだろうから、退屈しのぎに付き合ってやろうというのだ。」


男がそう言った瞬間、男が放つ力が増した。


「!!」


「ほう、感じたようだな。それぐらいの実力はあるか…」


忍者は無意識のうちに構える。男は忍者の仕草を見て、実に愉快そうに笑っていた。いや、嘲笑していた。


「お前が今まで倒してきた相手など、倒すにも値せん雑魚にすぎん。そしてお前も、全くと言っていいほど足りん。」


「足りない?俺では不足ということか?」


「ああ足りんなァ。実力もそうだが、もう一つ決定的なものが足りておらん。」


嘲笑いながら、男は忍者にとって足りていないものを教える。


「憎悪だ。死者のくせに生者を憎む気持ちが足りておらん。なぜ自分は死んでいるのにお前は生きている?不公平ではないか。お前も死ね。そういう想いが足りておらんのだ」


「下らんな憎悪など。俺はただ、俺が納得できる戦いをしたいだけだ。」


刀を静かに抜く忍者。


「未熟者めが…ならば教えてやろう。憎悪がもたらす強さを、その素晴らしさを…」


男は担いでいた槍を降ろす。


「未熟者だと?その言葉、撤回させてやる!!」


未熟と言われたことに激怒した忍者は、男に斬りかかった。











輪路は約束の時間、約束の場所へ来た。三郎と美由紀を連れて。


「別にお前まで来ることなかったんだぜ?」


「私だって、輪路さんの特訓の成果見たいですもん。ケチなこと言わないで下さいよ」


「…まぁいいけどな。減るもんじゃねぇし」


三郎はいざという時結界を張るためだが、美由紀はただ純粋に、強くなった輪路の姿が見たいという理由でついてきた。


「輪路はこの五日で見違えるくらい強くなったんだ。きっと驚くぜ。あんな忍者簡単に倒しちまうよ」


「本当ですか?楽しみです。」


美由紀は幽霊が見えないが、輪路の姿を見ることはできる。だから幽霊と戦っている輪路を見ることで、輪路がどれくらい強くなったかを見ることができるのだ。


「お、いたな。」


輪路は忍者を見つける。と、


「あれが、輪路さんの言ってた忍者…」


美由紀が驚くべき言葉を発した。


「あ?お前あいつが見えるのか?」


「えっ?はい。かなりはっきりと…」


美由紀には、忍者の姿が見えているのだ。嫌な予感を覚えた輪路は、忍者に話しかける。


「おい!お前大丈夫か!?」


「か、廻藤、輪路…」


忍者は輪路を見て、苦しそうに言った。よく見ると、足元もおぼつかない。


「輪路!気を付けろ!」


何かを警戒する三郎。忍者は続けた。


「俺を…滅ぼして…くれ…!!」


「滅ぼす?お前、何を言って…」


輪路が忍者から詳細を聞こうとした時だった。


「あああああアアアアアアアアアアア!!!!!」


忍者が発光し、両腕に鎖を巻き顔が黒いドクロになった怪物へと変化したのだ。


「な、何!?」


輪路は忍者から漂ってくる力の感覚から察する。この感覚はリビドン。忍者はリビドンになったのだ。


「こいつ、リビドンになりやがった!!」


「えっ!?どうして!?」


三郎と美由紀も驚いている。忍者、否アサシンリビドンは輪路に頼む。


「もうこレ以上…理性ガ保てナイ…このままだと俺ハ…全てヲ破壊し尽くしてシマウ…その前ニ…俺を滅ぼしてク…レぁぁぁぁぁぁぁァァァァァぁぁァァァ!!!!」


咆哮を上げるアサシンリビドン。


「…どうやら簡単にってわけにはいかなくなったらしいな。三郎、結界を張れ。こいつに誰も殺させるな!」


「わかった!」


「美由紀は下がってろ。今からここは荒れる!」


「は、はいっ!」


三郎は空へと舞い上がって結界を張り、美由紀は下がって近くの物陰に隠れた。


「神帝、聖装!!」


輪路はレイジンへと変身する。


「さぁ、リベンジマッチの始まりだ!!」


レイジンはスピリソードを抜き、アサシンリビドンに向かって駆け出す。


「ヴアアアアアアアアアアア!!!!」


アサシンリビドンもまた、太く禍々しく変化した刀を抜いて、レイジンに襲いかかる。レイジンがスピリソードを振り下ろし、斬り払い、斬り上げ、アサシンリビドンがそれに合わせて斬り上げ、斬り払い、斬り下ろし、凄まじい戦いを演じる。首なしライダーを除けば、剣を使う相手は初めてだ。まぁあっちは巨大なナイフだったが。


「ウガァァァウ!!!」


憎悪に支配されているからか、精練された戦い方などまるでなく、力任せな戦い方になっているアサシンリビドンは、つばぜり合いから勢い良く刀を振り、レイジンとの距離を強引に開く。そこからレイジンの周囲を飛び回り、四方八方から刀で斬りかかってきた。リビドンになったことでそのスピードにはより一層の磨きがかかり、レイジンはそれを受け止め続ける。


(遂に来たか!)


これを待っていたレイジンは、先ほどアサシンリビドンがやったのと同じように強引にスピリソードを振って、無理矢理引き離す。素早く離れるアサシンリビドン。再び襲ってくる前に、レイジンはスピリソードを腰溜めに構える。レイジンの周囲を跳ね回るアサシンリビドン。レイジンはまだ動かずアサシンリビドンを待ち構えている。そして、


「がぁぁぁ!!!」


アサシンリビドンはレイジンの背後から襲いかかってきた。


「輪路さん!!」


美由紀が叫ぶ。しかし、アサシンリビドンが攻撃する前に、レイジンが対応した。


「はぁぁっ!!」


背後を振り向きながら、鞘なし居合を放ったのだ。そのスピードとパワーはアサシンリビドンの刀を的確に捕らえ、押し切って吹き飛ばした。


「ガゥアッ!!」


回転しながら地面に叩きつけられるアサシンリビドン。


「あれが輪路さんの居合!!」



美由紀はレイジンが使った居合のスピードに目を見張る。全く見えなかった。だが、アサシンリビドンはこの程度で倒れたりしない。当たりはしたが、アサシンリビドンに入ったわけではないのだ。


「グゥッ…ハァッ!!」


アサシンリビドンは刀を納刀し、手裏剣を生み出して飛ばしてくる。同時にアサシンリビドンの両腕に巻き付いている鎖が鎖鎌に変化し、変幻自在の動きを見せながら伸びてきた。レイジンはそれらの攻撃を、スピリソードで弾いていく。


(遠距離攻撃に切り替えた!!)


美由紀は焦りを感じた。アサシンリビドンは先ほどのやり取りで、下手に近付くと居合の餌食になると学習したのだろう。だから居合の有効範囲に入らないよう、遠距離からの攻撃に切り替えたのだ。今のアサシンリビドンは憎悪によって暴走し、本能だけで動いている状態だが、そこまで本能で察知したのはさすがといったところか。


「そう来たか。」


だが、レイジンにとっては想定内の状況だった。確かに射程に入らなければ、居合は当たらない。ならどうするか?近付けばいいだけだ。佐久真から伝授してもらった技を使って。


「レイジン、ぶった斬る!!」


レイジンはスピリソードに霊力を込める。レイジンスラッシュを使うつもりだ。しかし、させないとばかりにアサシンリビドンは手裏剣と鎖鎌で攻撃してくる。



その時、レイジンの姿が消えた。手裏剣と鎖鎌はレイジンがいた場所に当たり、次の瞬間にレイジンは居合の構えをした状態で、アサシンリビドンの目の前に現れていた。



「グッ!?」


「ハァァァァッ!!!」


レイジンはレイジンスラッシュを放つ。アサシンリビドンは咄嗟に刀を抜いて防いだが、受けきれずに吹き飛ばされた。


「…えっ!?」


美由紀は何が起こったのかわからなかった。レイジンがアサシンリビドンの目の前に瞬間移動したようにしか見えなかった。


「一体、何が…」


「縮地だよ。」


困惑する美由紀のそばに三郎が降りてきて、種明かしをした。


「縮地!?」


美由紀は驚く。縮地とは剣道における歩法の一つであり、相手と自分の距離を一瞬で詰め、自分の間合いに持ち込むというものだ。達人が使った場合、あまりの速さに瞬間移動しているように見えるらしい。レイジンは佐久真の教えを思い出していた。



『輪路ちゃんは持久力がない代わりに、かなりの瞬発力を持っているわ。その瞬発力を最大限に活かせる縮地と、鞘なし居合を組み合わせれば、あなたの速さはさらなる領域へと到達する。』



そう言って佐久真が使ってみせた縮地は、輪路の動体視力でさえ捉えられるかどうかというほどの速度だった。本当に何者なのかと思った。よくよく考えてみれば、佐久真は五十代を越える年齢でありながら、四十代くらいにしか見えない外見をしているし、体格も身体能力もやけにいい。だが、今回はそんな謎だらけのマスターの教えが役に立った。見事縮地を会得した輪路は、その縮地を使ってアサシンリビドンの攻撃を全てかわし、接近して居合レイジンスラッシュを当てたのだ。


「縮地と鞘なし居合!それからレイジンスラッシュの合わせ技!名付けて、ソニックレイジンスラッシュだ!!」


新たな技、ソニックレイジンスラッシュ。その速さは、確かにアサシンリビドンを捕らえた。


「さぁ、今度こそ決めてやる!!」


再度スピリソードに霊力を込めるレイジン。持ち直したアサシンリビドンは、絶対にかわさなければならないと身構えた。そして、レイジンの姿が消えて目の前に現れる。縮地だ。


「グッ!!」


間髪入れずに一撃が来る。かわす暇はない。仕方なく受ける。大きな金属音がして、刀が真っ二つに折れた。だが、おかげで速度が少し緩み、かわすことができた。ソニックレイジンスラッシュをかわせた。居合は外した時に隙が生じる。この隙に鎖鎌で…と思った時だった。外れたスピリソードの刃が切り返され、速度を落とさず戻ってきてアサシンリビドンを斬った。まだ終わらない。斬り抜いたスピリソードがまた刃を切り返され、また戻ってきてまた斬る。それがまたまた切り返されて…それが一秒間に二百回以上続いた。居合からの連撃。例え一撃目をしのごうと、即座に刃を切り返して何度でも襲う。嵐のような連撃。


「ソニックレイジンスラッシュの派生技。名付けて、ハリケーンレイジンスラッシュ!!」


一旦攻撃を止めて、とどめの一撃を放つレイジン。アサシンリビドンは爆発した。輪路は鞘なし居合だけでなく、派生の連撃も修得している。それをレイジンに変身して使った。それだけなのだが、それが決め手となった。


「派生技まで使えるなんて…!!」


「驚くって言ったろ?」


「はい!!」


美由紀が期待通りの反応を見せたことに、三郎は満足している。レイジンは変身を解き、憎悪を払われた忍者に近付いた。


「…お人好しめ。俺を滅ぼせと言ったのに、まさか成仏させるとはな。」


「諦めは悪い方なんだ。特に幽霊関係じゃな」


「ふっ…だが、素晴らしかったぞ。想像以上だ。こんなに楽しい戦いは初めてだったよ…」


予想以上の成長を遂げた輪路との戦いは、忍者の未練を晴らした。願わくばリビドンにならずに戦いたかったが、もう思い残すことはない。


「成仏する前に聞かせてくれ。」


輪路には気になっていることがあった。


「お前、何でリビドンになったんだ?ああ、リビドンってのはさっきお前がなってた怪物のことな。そこまでの憎悪はなかったはずだが…」


そう。初めて会った時、忍者からは憎悪など欠片も感じなかった。少なくともリビドンになるほどの憎悪は。だから、リビドンになった理由がどうしてもわからなかった。忍者は教える。


「槍使いだ。」


「槍使い?」


「ああ。二本の槍を持った男の幽霊が、俺を怪物に変えた。とてつもなく強かった…恐らく、今のお前より強い。」


二本の槍を使う幽霊が、忍者をリビドンに変えたそうだ。


「だが、お前なら奴よりも強くなれると信じている。頑張れ、廻藤輪路…」


忍者は輪路を応援し、成仏していった。


「…槍使い、か…」


忍者が残した不穏な言葉。輪路は嫌な予感を感じていた。











城。

輪路と忍者の戦いを見ていた殺徒は、ため息を吐く。


「やれやれ、失敗したか。やっぱりあんな弱い霊力の持ち主じゃ、僕達と同じレベルにはならないね。」


「申し訳ありません殺徒様。どのような処罰でもお受けします」


計画が失敗したことを詫びるデュオール。


「いやいや、君に罪はないよ。いくら憎悪があろうと、弱い霊力の持ち主は弱いリビドンにしかなれないからね、仕方ないことさ。もう下がっていいよ」


「は。」


殺徒はデュオールを許して下がらせた。黄泉子は殺徒に尋ねる。


「殺徒さん。次はどうするの?」


「そうだねぇ…今度は上質な霊力の持ち主でも捜すとしようか。」


笑い合う二人の死者。災いの予兆は、少しずつ現れようとしていた。





縮地と鞘なし居合から成るソニックレイジンスラッシュとハリケーンレイジンスラッシュ。新しい技をたくさん覚えさせましたが、まだまだ足りません。これからもどんどん強化していきますので、お楽しみに!

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