第二十九話 那咤太子の訪問
遅れてすいません!
中国。
その日、突如として巨大な岩山が一つ、粉々に吹き飛んだ。
「な、何だぁ!?」「何が起きたの!?」「何だ何だ!?」
驚いた付近の住民達は、何が起こったのか確かめるため、岩山跡に集まる。生き物が登る人がいない山だったが、それでも危ないことに変わりはない。何が原因でこんなことが起きたのか、誰もが気になる。
「あーよく寝た!!」
しばらくして、瓦礫の中から一人の青年が這い出してきた。
「あ、あんた大丈夫か!?」
巻き込まれたのかと思った一人の男が、青年に話しかける。
「ん?大丈夫って何が?」
「何がって、今山が吹っ飛んだだろうが!巻き込まれたのかい!?」
「山?へ~。俺が寝てる間に山ができてたのか」
対する青年は、呑気なものだ。何が起きたのか、全くわかっていないらしい。
「ん?」
と、青年はある方角を見た。見た後、嬉しそうにニヤリと笑う。
「感じる感じる!光弘とよく似た気配だ!あいつが言ってたことは本当だったんだな!」
「な、なぁ、あんた一体何者なんだ…?」
男は突然わけのわからないことを言い出した青年に、一体何者なのかと尋ねる。青年は答える。
「俺は那咤!那咤太子だ!」
「那…咤…それってまさか…!!」
「おっと!こうしちゃいられねぇ!!」
男は那咤という名前に、覚えがある。しかし、それより先に那咤が跳躍した。
「風火二輪!!」
すると、那咤の両足に炎を纏った車輪のようなものが装着される。
「うははははははーーっ!!!待ってろよ光弘の子孫ーっ!!!」
どういう原理かは不明だが、そのまま飛んでいく那咤。
「…」
取り残された男と近隣の人々は、ただぼーっと、那咤が飛び去った方向を見ていた。
*
ヒーリングタイム。
「はい、コーヒー。」
ソルフィは翔にコーヒーを出した。翔は出されたコーヒーを、少し飲む。
「…お前が煎れたのか。」
「そうだよ。おいしくなかった?」
今回ソルフィが翔に出したアメリカンは、佐久真ではなくソルフィが煎れたものだ。翔はいつもとコーヒーの味が少し違うのに気付き、また以前ソルフィが煎れたコーヒーに味が似ているのを思い出した。
「まずまず、といったところだな。佐久真さんのコーヒーには及ばない」
「これは手厳しい。」
翔から言わせると、佐久真のコーヒーに比べれば美味くはないが、不味くて飲めないというわけでもないらしい。
「しっかし、ようやく揃ったな。俺の霊石」
それはともかく、輪路はかなり上機嫌だ。何せ霊石が六つ、全て揃ったのである。これで殺徒を倒せると思うと、機嫌が良くならないわけがない。
「これで輪路さんは、念願の究極聖神帝になれるんですね!」
霊石を全て揃えることが、聖神帝の最終強化形態である、究極聖神帝になるための絶対条件だ。これでようやく輪路が究極聖神帝になれると思うと、美由紀も嬉しかった。だが、
「残念ながらまだだ。」
翔はそう告げた。
「えっ?まだって…」
気になった輪路が尋ねる。
「霊石を全て揃えただけでは、究極聖神帝にはなれない。まず、全霊聖神帝にならなければならないんだ。」
「全霊聖神帝?」
全霊聖神帝とは、その名の通り全ての霊石を使用した状態の聖神帝だ。究極聖神帝になるにはまず、この全霊聖神帝に変身し、その力を自在に使いこなし、また全霊聖神帝の状態を長時間維持できるようにならなければならない。
「何だ、簡単じゃねぇか。」
「…お前はまだ全霊聖神帝になったことがないからわからないだろうが、あれに変身するのは普通に霊石を使うのとはわけが違う。」
輪路は全霊聖神帝の一歩手前の形態である強霊聖神帝に自作に変身できるが、あくまでもそれは最後の1ピースを欠いた状態だ。そこまでなら三大士族どころが、普通の討魔士でもたどり着ける。だが全ての霊石を同時使用するという状況になった時、難易度は激変するのだ。また変身できても、その状態を維持できなければ話にならない。翔でさえ、全霊聖神帝に変身していられるのは十秒が限界なのだ。これではとても実戦でなど使えないため、対乙姫戦では使わなかった。ちなみにダニエルとシルヴィーは五分。翔の母飛鳥は、十分が限界である。
「唯一究極聖神帝に到達できた光弘様は、最大で三時間まで全霊聖神帝の状態を維持できたそうだ。」
「三時間…お前でさえ十秒が限界じゃ、確かに難しいよな…」
光弘と三大士族の実力は、それこそ天と地ほどもの差がある。
「とにかく、三時間ぐらいは全霊聖神帝になれなきゃいけないってことだな?」
「それだけではない。あと一つ、究極聖神帝になるために必要なものがある。」
「あと一つ?何だよ?」
「それがわからないんだ。光弘様が書き著された伝記のどこを見ても、究極聖神帝になるためのあと一つの条件が書いてなかった。」
伝記には、あと一つの条件があると書いてあるのみで、具体的にそれが何なのかは書いていない。しかし伝記には、資格を持つ者が自分で悟らなければならないと書いてあった。なぜなら、究極聖神帝の力の危険性についても書いてあったからだ。究極聖神帝はまさに無敵、この世もあの世も含めて最強の力。手にすればどのような存在であっても、障害として立ちはだかることはできない。しかし強すぎる力は、存在しているだけで世界そのものの破綻を招く。究極聖神帝になる方法の難易度が極端に高いのは、それが原因なのではないかと光弘は睨んでいたようだ。しかし、究極聖神帝になるための大きなヒントが、伝記には書かれていた。光弘が究極聖神帝として覚醒したのは、邪神帝との最終決戦の時だったと書いてあったのだ。邪神帝との戦いは、光弘でさえ敗北寸前まで追い詰められるほどに熾烈を極めた。光弘はこの状態から究極聖神帝へと覚醒し、逆転勝利を収めたのだ。つまり、土壇場での戦いこそが、究極聖神帝になるための最後の鍵。と見て取ることができるのである。
「じゃあ、よっぽど追い詰められた状況じゃなきゃ、究極聖神帝にはなれねぇってことか…」
「残念ですね…せっかく霊石を全部集めたのに…」
美由紀は残念がっている。恐るべき強敵達との激闘や、大切な存在との悲しい死別などを乗り越えて、やっと揃えることができた霊石なのに、まだやるべきことがあるのだ。ちなみに聖神帝の力は代々に渡って引き継ぐことができるが、霊石はなぜか引き継げない。だから全霊聖神帝になろうと思った場合は、また一から霊石を集めなければならないのだ。それもまた、究極聖神帝体得への難易度を上げていると言える。
「でも険しい道だからこそ、究極聖神帝は素晴らしい力なんです。」
しかし、ソルフィが言うことはもっともだ。伝記には、正しい手順で究極聖神帝に至れば、その力を悪用することはない。悪用しようと思わなくなると書いてあった。それはそうだ。究極聖神帝には、邪な心では決してたどり着けない。そこに至るための道は、己の心構えを矯正するための修行でもあるのだ。最初からいきなり変身でもしない限り、悪用しようと考えることはないだろう。
「とにかく、やることは山積みだな…」
輪路は果てしない道のりを思い、遠い目をしている。そう、とても果てしない道のりだ。目的地にたどり着くためには、多くの試練を突破しなければならない。
例えば、
「たのもーーっ!!!」
今店にやってきた者とか。
「ああ?」
輪路がうるさそうに店の入口を見ると、そこには奇妙な青年がいた。服が蓮の花で作られており、中国人風の顔立ちをしていて、またどこか神々しい雰囲気を纏っている。
「いらっしゃい。」
一切動じることなく応対する佐久真。しかし青年もまた佐久真を無視し、輪路のそばにやってきた。
「…何だよ?」
青年は輪路の顔をまじまじと見ている。それから、にんまりと笑って嬉しそうに言った。
「間違いねぇ!お前光弘の子孫だな!!」
「!?」
驚く輪路。この青年は、輪路が光弘の子孫であると知っているようだ。輪路は青年に尋ねる。
「てめぇ…一体何モンだ!?」
「俺は那咤!!那咤太子だ!!光弘の子孫!!俺と戦え!!」
「那咤太子!?まさか闘神の!?」
今度は翔が驚いた。青年は嬉しそうに答える。
「そうだ!さぁ光弘の子孫!!早く戦おうぜ!!」
「待て待て!!待てって!!お前何なんだよ!?」
輪路と戦おうと詰め寄ってくる那咤。
「とりあえず、ここではまずい。場所を移そう」
「わ、わかった。マスター!これ勘定!釣りはいらねぇ!」
「はいはい。」
輪路と翔は勘定を済ませると、那咤を連れて協会に移動した。
「…嵐のような人でしたね…」
美由紀は目を丸くしている。が、ソルフィは冷静に言った。
「あれは人ではありません。那咤太子。中国の、戦いを司る神です。」
*
協会。
「ようこそお越し下さいました。私は討魔協会会長、シエル・マルクタース・ラザフォードです。」
「俺は那咤!よろしくな!」
互いに握手するシエルと那咤。ちなみに、今回は三郎も一緒にいる。輪路が連れてきたのだ。
「なぁ三郎。あの那咤ってやつ、もしかしてかなり偉かったりするか?」
「まぁな。あいつは一応、中国の神。それも戦いを司る闘神だ」
三郎の話では、かつて光弘が任務で中国に赴いた際、偶然遭遇したそうだ。那咤は血気盛んな闘神で、強い相手に戦いを挑みたがる。西遊記においても登場し、孫悟空と幾度にも渡って死闘を繰り広げた。光弘にも同じ理由で戦いを挑んだ。
「那咤とやり合った回数は十回くらいだったか…んで十回とも光弘の勝ちだった。負ける度にもう一回もう一回ってしつこかったよなぁ」
那咤は非常に高い戦闘力を持つ神だが、光弘の戦闘力はそれ以上だった。しかし、那咤も負けたままでは終わらない。相手が強ければ強いほど、その闘争本能は燃え上がる。負けてもすぐに挑み、負ける度に挑み続けた。結果、光弘が中国に滞在している間はずっと挑み続け、対決の回数は通算十回にも及んだのだ。
「で、そんなやつが何で俺と戦いに来たんだ?まさか光弘の代わりに、なんてわけじゃないよな?」
「そのまさかさ!」
輪路は嫌な想像をしたが、どうやらそれは当たっていたらしい。
「あいつが任務を終わらせて中国から帰る時、俺と約束したんだ。二百年後に俺の子孫が現れるから、代わりにそいつと戦えって。」
光弘は世界中で魔物を相手に戦う討魔士だ。それに日本人だし、いつまでも中国に留まるわけにはいかない。だが那咤は光弘に負けたまま終わるのが悔しくて、中国に住めと言ったのだ。そんな時、光弘と那咤はこんな会話をした。
『俺がこの国に住むより、お前が俺の国に来い。いや、来るなら二百年後だ。』
『二百年?人間はそんなに生きられないだろ?』
『そうだな。だが今から二百年後、俺の子孫の中に討魔士が生まれている。そいつはきっと、俺より強い。俺と戦うより、俺より強いやつと戦った方が楽しいだろ?』
『う~ん…でもそれはお前の子孫ってだけで、お前じゃないからなぁ…』
『俺の子孫なんだから、そいつを倒したってことは、俺を倒したのと同じことだ。だから、二百だけ待て。いいな?』
「ってわけで、俺は光弘の言葉を聞いて、今までずっと寝てたんだ。起きてみたらお前の霊力を感じたから、すっ飛んできたってわけ。これでわかったろ?わかったらさっさと戦おうぜ!」
「そんな戦え戦えって、お前それしか言えねぇのかよ?」
「俺は闘神だからな!」
輪路はひたすら戦いたがる那咤にかなりうんざりしていたが、那咤は闘神。戦うことは、那咤のアイデンティティの証明でもあるから、仕方ないことなのだ。
「会長。いかがなさいますか?相手は闘神ですので、廻藤と戦えば満足すると思われるのですが。」
翔はどうすべきかシエルに意見を求めた。那咤自身は輪路と戦えば満足すると言っているので、翔としては要求に応えてやればいいと思っている。
「そうですね。では、許可します。地下闘技場を使いなさい」
それについてはシエルも同意見だった。下手に断って、暴れられても困る。相手は神なので、戦いも神聖になると思い、地下闘技場の使用を許可した。
「お、おい!」
「よーし!じゃあ早速その地下闘技場って所に行こうぜ!」
輪路は講義しかけたが、那咤があまりにやる気でいたため断れず、頭をかかえながらも一緒に地下闘技場へ行った。
*
地下闘技場。
「ルールはどうする?」
那咤と向き合う輪路は、那咤に訊いた。
「るーる?」
「どうやって勝敗を決めるかってことだ。」
「なーんだ!んなもん決まってんじゃねーかよ!どっちか参ったって言った方の負けだ!」
勝負方法は至ってシンプル。時間制限なしの一本勝負で、どちらか片方が負けを認めるまで続ける。
「よしわかった。ならさっさと始めようぜ。んでとっとと終わらせる」
輪路はやる気など皆無といった感じで、シルバーレオを構える。那咤は首を傾げた。
「ん?お前聖神帝にならないのか?」
「レイジンになんのは疲れるんだよ。」
輪路は、本気など全く出していない。なぜなら面倒だったし、この手の相手はこちらが負けを認めない限り何度でも挑んでくる。だから、適当に手を抜いて負けようと思っていた。シルバーレオも、木刀モードのままだ。
「ふーん。じゃ、最初はこいつから行こうかな。火尖槍!!」
那咤が手をかざすと、手の中に槍が出現する。
「よーし!行くぞっ!!」
那咤は槍を構えると、突撃してきた。
「!!」
その突撃する速度があまりにも早く、輪路は慌ててシルバーレオを日本刀モードに替えて防御した。だが、那咤の力はとてつもなく強く、輪路は弾き飛ばされてしまう。
「ぐっ!!」
途中で踏ん張り、壁にぶつけられることだけは避ける。
「どーだ?真面目に戦う気になったか?」
槍を肩に担いで言う那咤。輪路は荒い息継ぎをしながら、那咤に訊いた。
「てめぇ…今俺を殺すつもりでやりやがったな?」
今の那咤の攻撃には、殺気が込められていた。もし本気になって止めていなければ、輪路は殺されていただろう。
「当たり前だろ?闘神の戦いはいつだって本気だ。だからお前真面目にやらねぇと、参ったって言う前に死んじまうぞ?」
輪路は確信した。この闘神、頭の悪いだけのただの子供かと思っていたが、さすがに神だけあって想像以上に危険な存在だ。三郎が輪路に言う。
「おーい輪路。そいつバカだけど、力と自分の存在意義についての考えは本物だから、本気でやれよー。」
「…らしいな。神帝、聖装!!」
輪路は、レイジンに変身した。那咤は喜んでいる。
「お!やっと聖神帝になったな!ようやく真面目に戦う気になったか!」
「ああ。けど覚悟しろよ?こうなったらもう、徹底的にやるからな。」
「望むところだ!」
「行くぜ!!」
今度はレイジンが那咤に突撃する。那咤は火尖槍を使って、レイジンの攻撃を受け止めた。だが、
「悪くない一撃だな。けどお前、光弘より全っ然弱ぇぜ!!」
「ぐおっ!!」
あっけなく弾き飛ばされ、那咤はレイジンを斬りつけた。距離が空いたのを見計らって、火尖槍の刺突を繰り出す。
「はぁっ!!」
すると、火尖槍の穂先から、猛烈な業火が放射された。闘神那咤の武器は神の武器であり、ただの武器ではない。火尖槍はその名の通り、火を吹く槍なのだ。
「うおおっ!!」
炎をかわし、さらに距離を空けるレイジン。だが、やられっぱなしではない。十分に距離が空いた後、
「ライオネルバスター!!!」
ライオネルバスターで反撃した。
「おおっ!!」
火尖槍を振りかざし、ライオネルバスターを弾く那咤。弾かれたライオネルバスターは客席の方に飛んでいくが、客席には結界が張ってある。ライオネルバスターは結界に激突して霧散した。
「だったら…!!」
レイジンは火の霊石と技の霊石を発動し、焔技聖神帝にパワーアップ。
「姿を変えようが、無駄だぁっ!!」
怯まず火尖槍から炎を放つ那咤。だが、レイジンも何の考えもなく霊石を使ったわけではない。
「ファイヤーレイジンスパイラル!!!」
レイジンはレイジンスパイラルに、火の霊石の力を加えて放った。新技、ファイヤーレイジンスパイラルは那咤の炎を巻き込み、威力を倍化させて那咤を襲う。しかし、
「混天綾!!」
那咤の右手に、赤い布のようなものが出現。布は強烈な水流を放ち、瞬く間にファイヤーレイジンスパイラルを消してしまった。
「炎には水だ。常識だろ?」
混天綾は水を操る武器である。レイジンが炎を使ったから水で消すという、単純な戦法だ。戦法自体は単純すぎるのだが、
(俺の炎に奴の炎を加えて返したんだけどな…)
これだけ強力な炎を容易く消してみせたのだから、ただの水ではない。さすが神の武器といったところか。
「さぁて、次はこいつだ!乾坤圏!!」
那咤は混天綾を放り投げると、新しい武器を召喚した。円状の刃の武器だ。
「そうらっ!!」
那咤は乾坤圏というらしいその武器を、レイジン目掛けて投げてきた。どうやら投擲用の武器だったようだ。
「ちっ!!」
レイジンはシルバーレオで乾坤圏を弾くが、乾坤圏は意思を持っているかのように、弾いても弾いても何度でも襲い掛かってくる。
「斬妖刀!!」
そうこうしているうちに那咤はまたしても武器を召喚した。今度は大きく反り返った片刃の大剣だ。
「一体どんだけ武器持ってんだよ!!」
あまりに次から次へと武器を取り出すため、レイジンはうんざりしながら訊いた。
「そんなことどうだっていいだろ!?さぁもっともっと戦おうぜ!!」
しかし那咤はその質問には答えず、火尖槍と斬妖刀を振りかぶって突撃してきた。と、先ほど那咤が投げ捨てたはずの混天綾が空中に浮かび、強烈な水を噴射してきた。ウォーターカッターのごとき水圧を防ぎつつ、那咤の攻撃にも対応するレイジン。だが、あまりに手数が多すぎて、全ては防ぎきれない。何発か喰らってしまう。
「ちぃっ…!!」
レイジンは舌打ちして、水の霊石以外の全ての霊石を発動。強霊聖神帝となり、スピードを上げて一時離脱する。
「強霊聖神帝になったか。」
翔は呟いた。今彼はシエルの命令で、レイジンと那咤の戦いを監視している。
「ああ。だが、無理だろうな。輪路の実力じゃ、全霊聖神帝にならない限り、那咤は倒せねぇ。」
三郎は、レイジンと那咤の力量差をそう見ていた。光弘なら聖神帝に変身しなくても勝てた相手だが、輪路と光弘の力の差は悲しいほど離れている。輪路の力量では、全霊聖神帝を使わない限り那咤にはとてもかなわない。
「この戦いで全霊聖神帝を使えるようになるかどうかが、恐らく今後のあいつの命運を分ける。」
全霊聖神帝は、究極聖神帝への通過点にすぎない。しかし全霊聖神帝になれなければ、究極聖神帝になることは絶対に不可能なのだ。輪路ならいつかはそこにたどり着けるだろうが、早ければ早いほどいい。特に今は、殺徒やアンチジャスティスの関係で、一刻も早く強くならなければならない状況なのだ。
「どうしたどうしたぁ!!」
「ぐっ…!!」
案の定、レイジンは強霊聖神帝となったにも関わらず、那咤に押されていた。乙姫との戦いを経て確かに強くなったレイジンだが、単純な力ならばまだ那咤の方が上だ。そして、せっかく得た力も使わなければ何の意味もない。
(水の霊石を…!!)
使うしかない。レイジンはそう考えていた。だが、単体で使っても那咤には勝てない。最強の霊石ではあるが、どちらかといえば防御寄りの力なので、火力に欠けるのだ。那咤の攻撃を防ぐことはできても、那咤自身を倒すには至らない。だが、他の霊石と組み合わせて、それも全ての霊石と併用して使えば、あるいは…
「やってやるよ!!水の霊石!!」
レイジンは左手で水の霊石を召喚すると、握り潰した。他の霊石と同じように、握り潰した左手に水の霊石の力が宿る。
だが、
「うおおっ!?」
水の霊石の力が宿った瞬間、水の霊石を含めた全ての霊石の力が解除されてしまった。
「やはり、か…」
翔はこの状況を想定していた。全ての霊石の力を一つに統合するというのは、非常に難しい。三大士族クラスの熟練の討魔士すら、長い時間を掛けなければ会得できない難事なのだ。いくら爆発的な速度で成長している輪路でも、こればかりは一朝一夕での修得は不可能である。それでも無理にやろうとすれば、このように全ての霊石の力が解除されてしまう。翔も最初はそうだった。いや、翔の場合は聖神帝の変身までも解除されてしまったので、そうなっていない分輪路はかなりマシだと言えよう。
「はぁ…はぁ…!!」
だがそれだけだ。霊石は制御に失敗すると、霊力を大きく消費する。全ての霊石の制御に失敗したレイジンは今、致命的なまでに霊力を消耗し、いつ変身が解除されてもおかしくない状況だった。
「何だ?なんかやろうとしてたのか?」
那咤は首を傾げている。どうやら、全霊聖神帝のことを知らないようだ。輪路は知らないが、那咤が過去に光弘と戦った時、光弘は全霊聖神帝まで使わなかった。最初の戦いで通常の聖神帝だけは使ったので、それだけは知っている。
「けどできなきゃ意味ないな。これでハッキリしたぜ。お前は光弘よりずっと弱い」
しかし光弘が使ったのはあくまでも聖神帝までであり、霊石は一つも使っていない。霊石を五つまで使っても那咤に勝てない輪路は、光弘に遠く及ばない。那咤はそのことに落胆していた。
「全っ然楽しめなかった!!お前その程度の力で光弘の子孫名乗るとかさ、恥ずかしいって思わねーの?俺なら一生隠れて過ごすな。」
がっかりした那咤は、これ見よがしにレイジンを罵倒する。
「…こっちだってな…好きで名乗ってるわけじゃねぇんだよ!!」
これに激怒したレイジンは、霊力の過剰な消耗によって全身を襲う倦怠感を無視し、那咤に斬り掛かった。だがその太刀筋はフラフラで、那咤は防ぐこともなくかわす。
「俺を光弘と比べるな!!今てめぇと戦ってんのは廻藤輪路だ!!相手間違えてるんじゃねぇぞ!!!」
それでもなお、那咤に斬り掛かる。だがやはり当たらず、かわされてしまう。
その時、
(そうだ。今那咤と戦っているのは、他ならぬお前自身だ)
(!?)
あの声が、あの謎の声が、輪路の頭の中に響いた。
(輪路。全霊聖神帝になれ)
(無理だ!!やろうとしたが、できなかった!!)
(もう一度やってみろ。お前なら、必ずできる)
(…どこにそんな根拠があるんだよ)
謎の声は、既に失敗したというのにも関わらず、再び全霊聖神帝になるよう、レイジンに言う。何度やっても同じだと、レイジンは返した。
(俺の言うことが信じられないか?なら、お前を信じろ。お前自身の力を)
(俺、自身を?)
(そうだ。さっき自分で言っていただろう?お前の相手は光弘ではなく、自分だと。なら、実際にお前がやるしかないな?)
(…)
(大丈夫だ。自分の力を、どこまでも信じてみろ。確かに今まで戦ってこれたのは、お前の力だけじゃない。だが、お前が戦ったから成し遂げられたことだ)
謎の声は、傲慢になれと言っているわけではない。輪路は多くの人に支えられてきた。だが戦いの中核にあったのは、間違いなく輪路の意思。輪路が戦おう、やろうと思ったからこそ勝つことができたのだ。でなければ、戦い自体が起こっていない。聖神帝の力は、意思の力。強く想うことで、想いは形となる。
(…っとに、あんた一体何者なんだよ?何で俺を導こうとしてくれるんだ?)
謎の声はここぞという場面で、輪路にアドバイスし導いてくれる。向こうは自分のことを知っているみたいだし、輪路も何だかずっと前からこの声を知っているような気がする。
(それはいずれ必ずわかることだ。お前が今以上に強くなり続ければ、遠からずな…)
謎の声は質問に答えず、それっきり聞こえなくなってしまった。声の正体を知るためにも、こんなところで負けるわけにはいかない。
「…ああ。やってやるよ…!!」
レイジンは自分の力を信じ、六つの霊石を同時召喚。それら全てを、シルバーレオへと集める。次の瞬間、レイジンの全身が白銀の光に包まれた。そして、光が消えた時、レイジンの姿は変わっていた。右腕は赤く染まり、牙のような装飾が二本施され、左腕は青く染まり、爪のような装飾が三本施され、両足は黄色く染まり、羽のような装飾が施されている。
全ての霊石は、レイジンの全身に力を宿した。これぞ、全霊聖神帝の姿である!!
「…ついに…なった…!!」
翔は驚愕する。輪路はとうとう、全霊聖神帝にも変身できたのだ。
「だが、問題はここからだぜ。輪路」
三郎は小さくレイジンに言った。そう、問題はここからだ。変身できただけでは意味がない。全霊聖神帝の力を制御し、そして長時間維持できなければならないのだ。
「へぇ、それがさっきお前がやろうとしていたことか。」
那咤は嬉しそうに笑う。もう打ち止めだと思っていたのに、まだ出し物があったのだ。嬉しい限りである。
「ああそうだ。さっきみたいな無様な姿はもうさらさないから、安心してくれ。」
「…」
レイジンにそう言われて、那咤の顔つきが変わった。確かに、レイジンの力が先ほどとは別物と言えるほど、強化されているのを感じる。これは、全力を出して戦っても良さそうだ。
「じゃあ、俺も全力が出せるな!!」
那咤の全身から、オーラのような霊力が立ち上る。遂に那咤は、レイジンを相手に全力を出すことを決意したのだ。
「来いよ。」
那咤を挑発するレイジン。
「だぁりゃぁぁぁぁ!!!」
那咤は挑発に乗り、火尖槍と斬妖刀を構えて突撃してきた。乾坤圏が一緒に飛んできて、混天綾が後ろから援護射撃を行う。だが那咤の攻撃が当たりそうになった瞬間、レイジンが液状化。攻撃を受け流して液状化を解除し、那咤を斬りつけた。
「うわぁっ!!」
転倒する那咤。今レイジンは、技の霊石と水の霊石の力を同時に発動し、レイジンイレースマインドを使って液状化、元に戻って反撃したのだ。レイジンの攻撃が、初めて那咤に直撃した。
「刃物が当たったってのに斬れねぇか。さすが神だな」
「んなろっ…!!」
これに怒った那咤は、火尖槍を突き出して火炎放射を行う。レイジンは力の霊石の力を使って腕力を強化し、強引に炎を切り裂くと、力の霊石と土の霊石の力を同時にシルバーレオに宿して、地面に突き刺した。
「レイジンアースエクスプロージョン!!!」
「風火二輪!!」
これにより、闘技場の地面全体が逃げ場のない大爆発を起こす。だが、那咤は風火二輪を召喚し、空中に逃げることで爆発を回避した。
「そんな武器もあったんだな。次から次へと、忙しい野郎だ。」
「お前がそれを言うか?そんだけコロコロコロコロ、いろんな力を使いやがってさ!」
那咤は数多くの武具を使いこなすが、レイジンは六種類もの霊石を使いこなす。全霊聖神帝の最大のメリットは、全ての霊石の力をタイムラグなく使えることにある。全霊聖神帝を会得していない討魔士は、状況に合わせて霊石をとっかえひっかえすることで代用するのだが、これだとわずかながらも力の発動に時間が掛かってしまう。だが全霊聖神帝なら、好きな霊石を好きなタイミングで自在に使うことができるため、多彩かつ臨機応変な戦いを素早く行うことができるのだ。
(だがこれ以上は限界らしい)
しかし、デメリットも存在する。なんといっても、霊力の消耗が激しいのだ。破格の霊力を持つ輪路だが、これ以上全霊聖神帝を維持するのは無理らしい。だから一撃。次の一撃で、那咤を倒す。
「おお…!!」
レイジンはシルバーレオを振り上げると、シルバーレオに全ての霊力と霊石の力を集中した。赤、青、黄、白銀の光が混ざり、シルバーレオの刀身が輝いている。
「その一撃で決める、ってか?」
「ああ。お前も好きだろ?こういうの」
「…へへっ!わかってるじゃねーか!」
那咤も闘神だけあって血の気が多い方であり、こういう全力同士のぶつかり合いというシチュエーションは大好きだ。だから、勝負を決める最後の一撃合戦に乗ってくれた。火尖槍と斬妖刀、風火二輪以外の武器をしまい、槍と剣に霊力を込めた。
そして、
「でりゃああああああああああああ!!!!」
風火二輪で加速を付けて飛びかかってきた。
「オールレイジンスラァァァァァァァァァッシュッ!!!!!」
レイジンはそれを、文字通り全身全霊のレイジンスラッシュで迎え撃つ。二つの攻撃がぶつかった瞬間、爆発が起きた。
「…」
全力を使った反動で、レイジンの変身が解ける。
「…やっぱお前、光弘より弱ぇわ。」
言葉を発したのは那咤。
「けど…」
爆煙が消えた時、
「俺よりは強い!参った!」
火尖槍と斬妖刀は真っ二つに折れており、那咤は自身の敗北を認めた。
*
輪路は壮絶な激闘の末、那咤に勝利した。
「じゃ、俺帰るわ。火尖槍と斬妖刀の修理しなくちゃなんねーし、次の決闘に備えて腕も磨きたいしな。」
光弘の子孫と戦う。その目的を果たした那咤は、特にこの地に未練もないらしく、帰ろうとする。しかし、
「おいちょっと待て。」
輪路は那咤の口から聞き捨てならない言葉が飛び出したのを、聞き逃さなかった。
「今お前、次っつったか?」
「当たり前だろ?今回だけで終わるなんて思うなよな。俺はもっと腕を上げて、もう一度お前に挑戦する。だからお前も、その時までにもっと強くなっておけよ!」
那咤は再戦することを勝手に約束し、中国に帰っていった。武器を二つも破壊したので、次の戦いまではかなり時間があると思うが…
「厄介なやつに目ぇ付けられちまったなぁ…」
あれと戦った光弘の気持ちが、少しわかった気がした。
「けど無駄じゃなかっただろ?あいつがわざわざ来てくれたおかげで、お前は全霊聖神帝になれるようになったんだからな。」
「…まぁなぁ…」
しかし三郎の言う通り、無駄な戦いではなかったのも事実だ。那咤という強敵と戦ったことにより、輪路は通常よりも早く全霊聖神帝が使えるようになったのだから。それについては輪路も感謝している。
「けど、まだまだ実戦じゃ使えねぇな。せいぜい、一分くらいだったか?」
全霊聖神帝への変身時間が、まだまだ短い。今回はうまく勝てたからよかったが、もっと長く使えるならなければならない。
「…」
翔は無言で輪路を見ていた。こんな早い段階で、しかも自分より長く全霊聖神帝が使えるようになるとは…技術面ではまだ翔に及ばないが、輪路は確実に翔を追い抜きつつあった。
こうしてどんどん強くなっていく輪路。しかし、強くなっているのは彼だけではありません。次回はそういう話です。お楽しみに!




