月下大激突!!乙姫の野望 PART4
リベンジなるか!?輪路vs乙姫、スタート!!
玉座の間。
「む?」
強い気配を感じた乙姫は、玉座の手すりに付いている多数のボタンの一つを押す。すると、空中にモニターが出現し、こちらに向かってくるレイジンとヒエンを映し出した。
「ふん、廻藤の末裔が。懲りずにまたやってきたか」
レイジン達の接近を確認した乙姫は、別のボタンを押す。
「仲間を連れてきたようだが、邪魔はさせぬぞ。貴様は死ぬのだ」
二百年の封印が解け、ようやく浮上した竜宮城。全ての布陣は整った。今さら邪魔などさせはしない。光弘のために二百年という長い時を棒に振ったのだ。そうとも、邪魔などさせはしない。させてなるものか。乙姫の中には宇宙を征服したいという欲望と、廻藤の一族への憎悪が満ちていた。
*
竜宮城を目指すレイジンとヒエン。空からは二人が、海からは人魚達が、それぞれ竜宮城へと向かっている。陸地には三郎とソルフィがいて結界を張っており、さらにナイアが目を光らせている。万が一に備えて、美由紀達のそばには明日奈を待機させてきた。守りは万全だ。あとは攻めるのみである。と、
「!?」
レイジンは、竜宮城から何かが飛び出してきたのを見た。竜宮城を飛び出した無数の影は、あるいは空を飛び、あるいはは海へと飛び込んだ。レイジン達に向かってきたのは、空を飛んできたもの。ある程度近付いたことで、レイジン達はそれが何であるか知ることができた。竜だ。人間と同じくらいの、翼が生えた竜がたくさん、こちらに向かってくるのだ。
「何だありゃあ!?」
「戦闘竜!!乙姫が開発した生物兵器だ!!」
ヒエンが説明する。竜宮城は多数の兵器が搭載された、強力な宇宙船だ。重火器なども搭載されているが、さらに強力な兵器として開発されたのが、戦闘竜である。海陸空、宇宙すらも自在に行動できる生物兵器で、単体の戦闘力もさることながら、短期間で大量に生産でき、とにかく数が多い。生物なので小回りもきくし、乙姫の命令には絶対服従なので反逆される心配もない。真満月を迎えることにより解放された竜宮城の、最大戦力である。ヒエンも光弘の伝記で知っただけで、実際に見たのはこれが初めてだ。今頃は海中でも、人魚達が対処に追われていることだろう。
「廻藤!!雑魚の相手は任せろ!!」
「翔!!」
ヒエンは先行して、戦闘竜の対処に当たる。戦闘竜は口から光線を吐き、ヒエンを撃ち落とそうとしてくる。しかし、
「空中戦で俺に勝てると思うな!!」
スピードはヒエンの方が上だ。光線や爪をかわし、ツインスピリソードで次々と斬り倒していく。だが、戦闘竜は次から次へと竜宮城から出撃してくるため、きりがない。
「蒼炎鳳凰!!!」
このまま戦い続けていては、乙姫と戦う前に数で潰されてしまう。そう思ったヒエンは蒼炎鳳凰を使い、一気に敵陣に穴を空けた。
「今だ!!行け!!」
「おう!!」
ヒエンが作ってくれた隙を無駄にしないよう、レイジンは戦闘竜の穴を抜け、竜宮城の中央にある最も高い城郭を目指す。乙姫の気配はそこからしていたのだ。
「レイジンスラァァァァァァッシュ!!!!」
レイジンはレイジンスラッシュを使い、城郭を破壊する。どんぴしゃで、玉座の間にたどり着くことができた。
「…妾の部屋に風穴を空けて入るとは、いい度胸だな廻藤輪路。」
乙姫は不機嫌そうに、しかし余裕を崩さず、レイジンを見下しながら言った。
「いちいちノックしてから開けんのが面倒だったんだよ。さっさとお前と戦いたかったからな」
レイジンも負けじと減らず口を叩く。乙姫は鼻を鳴らした。
「ふん。この短期間で再戦を仕掛けてきたということは、わかったのだろう?妾の弱点が。どうすれば妾を倒せるのかが」
「ああ。水の霊石だろ?」
「その通り。だが、貴様に作れるのか?」
「…」
自分の弱点をあっさりと白状した乙姫。対するレイジンは、乙姫の質問に答えられない。それは、水の霊石の生成が容易ではないということを、知っていたからだ。
水の霊石は最強の霊石であるため、生成するためにいろいろと条件が必要になる。その一つが、まず戦闘中であるということ。次に、相手を救おうと思うことだ。水の霊石は慈愛の力の象徴。敵をも慈しむ寛容さがなければ、生成することは不可能なのだ。
「思い出すな…あの男も、光弘もずいぶんと苦労していた…」
乙姫は二百年前、光弘と戦った時のことを思い出していた。真満月時の乙姫から見れば、最強の討魔士の光弘とて虫けら同然の存在だ。だが光弘はいくら吹き飛ばしても、いくら痛め付けても死なず、諦めず、最後には水の霊石を生成して自分を破ってみせた。
「…奇跡は…」
乙姫は刀を召喚。
「二度も起きぬぞ。」
玉座を立ち、ゆっくりと降りてきた。
「知っておろう?結界を張った程度のことで、妾と真満月の繋がりは断てん。貴様の後は不愉快な反乱分子どもを皆殺しにし、真満月を固定してアザトースを討つ。もはや何者も、妾の野望を阻むことはできぬのだ!!」
全身から霊力を発する乙姫。昼間戦った時より遥かに強大で、また凄まじい速度で増大していっている。結界を張って異空間に幽閉しても、乙姫と真満月の繋がりは消えない。乙姫のパワーアップを防ぎたいなら、光弘が施したような強固な封印を行うしかないのだ。だが封印するためにも、水の霊石が必要になる。そのまま封印しようとしても、乙姫のパワーが高すぎて破られてしまうのだ。水の霊石があれば、乙姫を封印可能なまでに弱体化させることができる。
「何勝ち誇ってやがんだよクソ女。てめぇこそ、今度は助かるだなんて思うなよ?俺は封印なんてなまっちょろい真似はしねぇ。俺は倒す。必ず、てめぇを!!」
勝ち方がわかっている以上、いくらパワーアップしようと立場は対等。レイジンはそう思っていた。
「ならばやってみるが良い。できるなら、な!!」
乙姫はレイジンに向かって刀を振り、水の刃を飛ばしてきた。間一髪で回避に成功するレイジン。
「弱点がわかっていてわざわざ突かせる者などおらぬ!!貴様が水の霊石を生成する前に叩き潰してくれるわ!!」
さらに片手から、青い霊力弾を連射してくる。水の霊石を生成する暇を与えないよう、物量差で押し潰すつもりだ。
「少し黙ってろ!!レイジンスパイラル!!!」
レイジンは絶技聖神帝へとパワーアップし、レイジンスパイラルで霊力弾の雨を押し返した。
「馬鹿め!!」
しかし、乙姫はバリアを張って攻撃を防いだ。
「その技は通じぬとまだわからんのか!!そんなことでは水の霊石を生成するなど、夢のまた夢だ!!」
「うるせぇんだよ!!ライオネルバスター!!!」
さらにライオネルバスターを叩き込むレイジン。乙姫もまた、水の霊石が自分の弱点だと知っている。自分の弱点が今まさに生まれようとしているのに、黙って見ている馬鹿はいない。乙姫は力だけでなく言葉を使って精神的に攻めることで、レイジンの集中を削いでいるのだ。この作戦は実に効果的だった。今レイジンは、圧倒的な力の差を目の当たりにして精神的に追い詰められている。そこを突いてやれば、レイジンの集中は容易く崩せる。
「妾の部屋から出ろ!!」
ライオネルバスターをバリアで防いだ乙姫は、一気にレイジンとの距離を詰め、刀の一撃を浴びせる。強烈な一撃をシルバーレオで受け止めたレイジンだったが、竜宮城の外へ弾き飛ばされてしまう。
「まだまだ終わらんぞ!!」
再度接近した乙姫は、再び刀の一撃で、レイジンを天高く打ち上げる。乙姫の力はさらに高まっており、その一撃でレイジンは上空百キロメートルにまで打ち上げられてしまった。結界の中でなければ、宇宙に出てしまっている。
「とどめだ。」
超スピードで先回りした乙姫は三度目の一撃を浴びせ、今度はレイジンを海に向けて叩き落とした。
「うおおおああああああああああああ!!!!!」
シルバーレオで防いだので直撃は避けられたが、海底に叩き落とされてしまうレイジン。
「ふん、まだ死んでおらんか。」
しかし、まだ終わっていなかった。これだけの攻撃を叩き込んでもなおレイジンが生きていると確認した乙姫は、なんと一瞬で海底に飛び込み、白銀の鎧に蹴りを浴びせたのだ。
「うぐぅっ!!!」
大きく吹き飛ぶレイジン。聖神帝の鎧はあらゆる環境で装着者を保護してくれるので、海中だろうが宇宙空間だろうが窒息死することはないが、水の中ではうまく動けない。成す術もなく飛んでいく。技の霊石の力も消えてしまった。
「輪路様!!」
しかし、いち早く異変に気付いた渚がやってきて、レイジンを受け止めてくれた。
「渚!!」
「っく!!」
すぐに襲ってくる乙姫。渚はレイジンの手を引き、驚くべき速度で乙姫の攻撃をかわしていく。
「おのれ雑魚めが!!ちょこまかと!!」
「私は人魚だ!!水中の移動速度なら、貴様にも劣らない!!」
「うらぁっ!!」
「ちっ!!」
すかさずシルバーレオで刺突を繰り出すレイジン。だが、乙姫はかわして飛び退いた。やはり水中での戦いはうまくいかない。
「…む?貴様、渚か?」
と、乙姫はようやく自分の相手が何者かに気付いた。
「私を覚えていたか。」
「無論だ。なぜなら貴様は、妾の目の前で夫の代わりにその身を妾に捧げたのだからな。」
「!?お前…旦那がいたのか!?」
レイジンは驚いた。渚には夫がいたのだ。
「何だ貴様、人魚どもの協力者のくせに知らなかったのか?本来なら、私の奴隷になっていたのは渚ではなく、この女の夫だった。」
乙姫は語り出す。竜宮城で奴隷として働かされていた渚。しかし、実はそれより少し前に彼女の夫が奴隷として徴収されたのだ。人魚は不死の妖怪。奴隷として使えば、永遠に使うことができる。とはいえ、使うなら力の強い男の方がいいからだ。渚は徴収に来た乙姫の兵士(後に浦島が全滅させた)に泣きながら連れていかないでと頼んだが取り合ってもらえず、乙姫に直々に頼み込み、自分が奴隷となることで夫を逃がしたのだ。
「だがその有り様が不愉快だったのでな、こやつの夫は目の前で魂を消し飛ばしてやったわ。」
「何!?」
しかし、それにタダで応じる乙姫ではなかった。夫婦のやり取りに言い知れぬ不快感を覚えた乙姫は、解放すると見せかけて、渚の目の前で夫を殺したのだ。しかも、二度と生き返れぬよう魂を消し飛ばした。
「あの時の渚の顔は滑稽だったぞ!何が起こったのかわからぬといった顔をしておった!思わず大笑いしてしまったわ!」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
楽しげに話す乙姫に渚は激昂し、銛を構えて刺突を繰り出した。しかし乙姫は銛を、しかも矢尻の部分を掴んで握り潰す。
「無駄だ。お前のような非力な者では、妾に決して勝てぬ。まして今宵は真満月!妾を凌駕できる存在は、全宇宙のどこにも存在せぬのだ!!」
「ああっ!!」
乙姫が軽く手を振っただけで強い海流が発生し、泳ぎに長けた渚でさえ流されてしまう。
「渚!!」
今度はレイジンが渚を受け止めた。全身から強い霊力を放出し、海流を相殺する。
「渚!!」
「…輪路様、お願いします。どうか私に代わり、夫の仇を討って下さい。私の弱い力では、乙姫を倒すことができません。だからどうか…どうか…!!」
渚はレイジンの胸にしがみついて頼み。乙姫は、まさしく宇宙が生んだ悪魔だった。しかし、彼女にはその悪魔を倒せない。だから、乙姫を倒す唯一の手段を持つレイジンに頼んでいる。しかし、
「…クソッ!無理だ!こんな外道を救おうなんて思えねぇ!」
唯一の手段、水の霊石を生成するための慈愛を、レイジンは起こすことができなかった。当たり前だ。こんなド悪党を救おうなどと、思えるはずがない。光弘が苦労したわけだ。
「そうかそうか。水の霊石を生成できんか。なら貴様など虫けらと同じよ!!」
急接近する乙姫。もう一度あの三連撃を繰り出すつもりだ。
「くっ!!」
渚を巻き込むわけにはいかない。レイジンは渚を放り投げ、乙姫の斬り上げをシルバーレオで受けた。
「ぐおおおおっ!!」
「輪路様ぁぁっ!!」
やはり耐えることはできず、レイジンは海底から空中まで大きく吹き飛ばされた。
「もう耐えられぬようだな。ならば、これで幕引きとしよう。」
レイジンのそばまで高速移動し、霊力を刀に込め、振り上げる乙姫。
「紫電双刃!!」
だが振り下ろすより早く、雷の霊石でパワーアップしたヒエンが、ツインスピリソードに雷を纏わせて乙姫を斬った。
「ぎゃああああああああああ!!!」
けたたましい悲鳴を上げる乙姫。乙姫に初めてダメージが通った。
「思った通りだ。奴は水の霊石だけでなく、雷の霊石も弱点としている!!」
乙姫自身の属性は水である。水の弱点は雷だ。なら、乙姫の弱点も雷であると、ヒエンは読んだ。その読みは見事に的中し、乙姫にダメージを与えた。
「大丈夫かい?」
上昇する力を失って落ちる寸前だったレイジンは、ナイアに支えられて落下を免れる。
「翔…ナイア…」
「…時間稼ぎはしてやる。その間に、水の霊石を作り出せ。」
ヒエンはそう言うと、乙姫に攻撃を仕掛けに行った。
「翔…俺は…」
「許せないかい?乙姫のやったことが。」
「…何でお前が知ってんだよ…」
「ボクは魔術の達神だよ?魔術で会話を傍受するなんて簡単なことさ。で、君は乙姫のやったことが許せないんだろう?怒りを感じているんだろう?救おうなんて思えないんだろう?」
ナイアは問いかけた。レイジンは、
「…ああ、許せねぇよ。あの野郎、とんでもねぇことしてやがった。渚の旦那を…」
素直に答えた。許せるわけがなかった。乙姫は渚の大切な人を、目の前で殺したのだ。しかも魂まで消し飛ばしたので、夫の幽霊にさえ会えない。生まれ変わることもできない。そんな残酷なことを、乙姫は笑いながらやったのだ。許せるはずがない。ここまで怒りを感じたのは、美由紀と両親に手を出した相手以来だ。
「わかるよ。昔のボクなら到底理解できない感情だったけど、今のボクには大切な人がいるからね。」
一昔前のナイアなら、誰の恋人やら肉親やらが死のうと何も感じなかった。しかし今のナイアには、大切な人がいる。決して自分の思い通りにならない、純白の傭兵が。
「その気持ちを忘れちゃ駄目だ。」
「当たり前だ。誰が忘れるかよ」
「そうだよ。今の君なら、わかるはずだ。」
そう言うと、ナイアはレイジンの前に手をかざす。すると、レイジンの目の前に小さなモニターが現れた。
「こ、これは!?」
モニターには、美由紀が映っている。
「君が守るべき存在の姿と、その心を映している。」
ナイアは魔術を使い、レイジンが今守らなければならない存在達の姿を見せたのだ。
「輪路さん…どうか勝って戻ってきて…」
「美由紀…」
しかもそれだけではなく、映っている者の心の声を届けた。ナイアは映像を切り替える。
「廻藤さん…お願いします。賢太郎くんを、守って下さい…!」
「あたしは信じてるわ。廻藤さんなら、絶対勝てるって!」
「彩華…茉莉…」
再び映像を切り替える。
「あんたにはやらなきゃいけないことがあるんだろ?なら乙姫なんて軽くぶっ飛ばしてやりなよ!あんたの大切な人達は、あたいが責任持って守ってるからさ!」
「明日奈…」
また、ナイアは映像を切り替える。
「気張れよ輪路…お前ならやれる!」
「この戦いを絶対に外に出しちゃいけない。もし出したら、廻藤さんが…!!」
「三郎…ソルフィ…」
「…わかったかい?君はこんなにも想われている。」
モニターを消すナイア。そう、レイジンはたくさんの人に想われていた。美由紀は一番強くレイジンの無事を祈り、鈴峯姉妹は賢太郎の守りをレイジンに託し、明日奈はレイジンの勝利を信じていた。三郎とソルフィは、この熾烈すぎる戦いから外の世界を、そこで待っているレイジンの大切な人達を守るため、全力で結界を維持している。そしてヒエンは、乙姫を倒すため、レイジンがその突破口を開くための時間稼ぎをしている。
「…そうか。そういうことか」
レイジンは会得した。水の霊石を生成する術を。
「お・の・れ…!!!」
乙姫と戦い続けるヒエン。ヒエンの雷を受け続け、乙姫は激怒していた。
「やはりこれだけでは駄目か…」
確かに水の弱点は雷だ。しかし、雷の霊石には乙姫を弱体化させる作用はない。ゆえに、乙姫はその圧倒的な霊力を使って、受けたダメージを修復してしまうのだ。雷の霊石では、ダメージを与えることはできても、力を奪うことはできないのである。乙姫を興奮させるだけだ。
その時、
「乙姫!!」
レイジンが乙姫の名を呼んだ。
「…お前は哀れなやつだ。」
「何だと!?」
「お前には強い力があっても、自分を想ってくれるやつがいない。お前には、大切な人がいないんだ。」
レイジンには、彼を想ってくれる大切な人がたくさんいる。しかし対照的に、乙姫にはそれがいない。乙姫自身が誰かを想うこともない。あるのは、ただ全てを支配しようという野心のみである。
「それが何だというのだ。頂点には一人しか立てぬ!そして妾が、その頂点に立つただ一人の存在となる!!その妾に、他者の存在など不要!!!」
「だからだよ。自分一人のことしか考えられないお前は、たくさんの人に支えられてる俺には勝てねぇんだ!!」
「ほざけ!!死に損ないが何を言うか!!」
激怒した乙姫は、刀を振って巨大な霊力の刃を飛ばす。
「翔!!よけろ!!俺なら大丈夫だ!!」
「っ!!」
ヒエンはレイジンの言葉を信じ、刃をよける。レイジンに向かって飛んでいく刃。
しかし、刃はレイジンが左手をかざした瞬間、当たる前に消えてしまった。
「何!?」
驚く乙姫。レイジンの左手の中には、青く輝く霊石がある。
「ま、まさか…!!」
乙姫の顔が青ざめた。そう、レイジンは水の霊石を生成することに、成功したのだ。
「お前の魂を救ってやるよ。その孤独からな」
レイジンは左手で水の霊石を握り潰す。左腕は水の霊石の力に染まり、レイジンは流水聖神帝へとパワーアップを遂げた。
「貴様ッ!!」
霊力弾を連射する乙姫。離れるナイア。しかし、レイジンが左手をかざすと、霊力は当たる直前で消滅してしまう。水の霊石の霊力と乙姫の霊力は極端に相性が悪く、例え乙姫の霊力が宇宙を破壊できるほど強化されていても、打ち消すことができるのだ。
「レイジン、ぶった斬る。」
「…ッならばっ!!」
霊力が駄目なら物理攻撃。乙姫は刀による攻撃に戦法を切り替え、レイジンを切りつけた。しかし、
「何!?」
攻撃が当たる瞬間にレイジンは水に変わり、刀はレイジンの身体を斬り抜く。だが、振り抜いた瞬間にレイジンの身体は結合し、元の身体に戻る。これが水の霊石最大の特性、液状化だ。自分の身体を水に変化させることで、攻撃を受け流すことができるのだ。
(だが、霊力の消費が思ったより激しい。連発はできねぇな…)
しかし、液状化と液状態の維持には大量の霊力が必要となるため、多用はできない。
「それなら!!」
乙姫は大きく距離を取り、刀を振って衝撃波を飛ばした。霊力が関係しない巨大な攻撃を使えば、レイジンは液状化を使わざるを得ない。液状化を連発させて、霊力を削るつもりだ。浦島太郎は水の霊石の扱いに長けた討魔士であったが、かつて乙姫は戦闘開始と同時に衝撃波を放つことで、乙姫がどんな力を持つのか、弱点は何なのか、何もわかっていなかった浦島を一撃で瀕死の状態に追い込んだ。水の霊石が弱点だとわかってからも、この衝撃波に苦しめられ続けた。
「くっ…!!」
仕方なく液状化を使うレイジン。水となったレイジンは衝撃波を受けて四散し、だがすぐに水を集合させて復活する。
(さっさとカタをつける!!)
レイジンは復活すると同時に、速さの霊石を使った。両足に霊石の力が付加され、速流聖神帝にパワーアップする。速さの霊石で強化されるのは、走るスピードだけではない。飛ぶスピードや泳ぐスピードもだ。レイジンは再度自身を液状化させると、超スピードで下へ向かった。向かった先は、海中。レイジンは海中に飛び込む。水の霊石は水を操る力があり、また水中での行動を地上や空中より円滑にする。ちなみに、水中で液状化しても問題なく自分の身体を操れる。乙姫は再び衝撃波を放つが、レイジンはもう衝撃波が届かない深海まで逃げており、そこから反動をつけて海から飛び出し、一気に乙姫に接近。
「はぁっ!!」
元に戻って、左手から水を放つ。
「がぁっ!!」
レイジンの手から放たれた水は、見事乙姫の右肩の竜の宝玉に命中。すると、今にも銀河を吹き飛ばさんばかりに高まっていた乙姫の霊力が、急速に落ちていった。宝玉の邪悪な水の力が、レイジンの聖なる水の力で払われたのだ。
「終わらせるぜ、乙姫!!」
レイジンは水の霊石の力を、シルバーレオに込める。すると、シルバーレオの刀身が水に包まれた。
「ウォーターレイジンスラァァァァァァァッシュッ!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
水を纏ったレイジンスラッシュは、宝玉を狙うようにして乙姫を右肩から斬りつけた。乙姫は絶叫し、直後にレイジンが拳をみぞおちに叩き込む。吹き飛んでいく乙姫。それを追っていくレイジン。乙姫は、玉座の間に落ちていた。
「…く…くくく…!!」
乙姫はまだ生きていた。だが、ウォーターレイジンスラッシュは宝玉の力を全て払い、結果防御力が落ちていたのか、宝玉は砕けていた。身体にも斬撃や打撃の傷が残っている。もう常人レベルの力しかない状態で攻撃を食らったので、乙姫のダメージは甚大だ。しかし乙姫は口から血を吐きながらも笑い、自分の玉座へと這っていく。
「これほどの傷を負わされてはもう助からん。残念だが、貴様の勝ちだ。」
玉座にたどり着いた乙姫は、手すりにしがみつきながら自分の負けを認めた。
「だが覚えておけ廻藤の名を継ぐ者よ!!貴様の名を祝福し礼賛する者もいれば、妾のように、貴様の存在を憎悪し呪う者もいるということを!!貴様には地獄の宿命が待ち受けているのだ!!」
レイジンは、輪路は多くの人々から祝福されている。しかしそれと同じくらい、彼を憎悪する者もいる。
「廻藤輪路に…」
乙姫はそれを教えると右拳を振り上げ、
「呪い在れッ!!!」
手すりのボタンの一つに叩きつけた。その瞬間、竜宮城全体が大きく震えた。
「自爆するつもりか…!!」
このタイミングで乙姫が押すボタンといったら、自爆装置のスイッチ以外あり得ない。竜宮城は今、あちこちが爆発して火の手が上がっていり。急いで脱出しないと巻き込まれてしまう。レイジンは飛び立ち、竜宮城から脱出した。
「はははははは!!!はははははははははははは!!!!!!」
玉座の間にも火が回り、乙姫は炎の中で狂乱して大笑いしている。
間もなくして竜宮城は大爆発を起こし、跡形もなく消し飛んだ。戦闘竜は、出撃したものは人魚達に倒され、竜宮城のプラントで製造され続けていたものは爆発に巻き込まれて全滅した。乙姫も、その居城も消え去り、レイジン達は完全勝利したのだ。
*
全てが終わった時には、もう夜が明けていた。
「皆さん、本当にありがとうございました!!」
近くの浜辺。そこに人魚一族は集結し、巌が一族を代表して輪路達に礼を言った。
「あなた方のおかげで、我々はようやく、乙姫との因縁に決着をつけることができました。本当に、何とお礼を言えばいいか…」
「礼なんかいらねぇよ。」
輪路はお礼の受け取りを拒否した。輪路としては、逆に申し訳なかったからだ。渚があんな過去の持ち主だとは知らなかったし、それを知ってか知らずか光弘は倒さず封印止まりにしたのだ。先祖の尻拭いを果たしただけであり、礼など受け取れる立場ではなかった。
「そうだ。代わりにさ、これくれよ。」
そう言って、輪路はあるものを見せた。それは、渚からもらった空気貝だ。
「そんなものでよろしいのですか?」
「ああ。これで十分さ」
「…それだけだと我々の気が済みませんので、あなた方全員に差し上げます。」
巌は人魚達に命じて、輪路達三人と一羽に空気貝を渡した。翔とソルフィについてだが、二人も人魚達のことを思って、空気貝以外何ももらわないことにした。
「すいません、もう四つもらっていいです?ちょっとあげたい人がいるんです。」
「いいですよ。」
ナイアは賢太郎に戻り、賢太郎は空気貝をさらに三個頼んだ。巌は喜んで賢太郎に四つ、空気貝を渡す。
「じゃ、俺達はこれで。」
「本当にありがとうございました!!」
「また来て下さいね!!」
帰っていく輪路達に手を振る巌と渚。人魚達はいつまでも、宇宙を救った英雄達を見送っていた。
「というわけでこれ、お土産。」
浦島停に戻り、賢太郎は彩華達に空気貝を渡した。
「わぁ…ありがとうございます!」
「人魚を助けたお礼が魔法の貝殻なんて、なかなか素敵じゃない。」
「神田先輩にはお母さんの分も。」
「ああ、ありがとう。っていうか、あたい達のこと考えてたんだね。嬉しいよ」
彩華達は喜んでいる。本当なら家族の分ももらいたかったが、相手は人魚だ。人魚のことは、できる限り秘密にしておきたい。必要以上にこの貝があると、彼らに渚達の存在を知られてしまう可能性がある。だから頼まなかった。
「美由紀にはこれ、やるよ。」
輪路は美由紀にも、空気貝を渡す。
「これ、輪路さんの分じゃ…」
「俺はいらないんだよ。水の霊石で十分代用できるからな。それに、お前になんかプレゼントしたことってあんまなかっただろ?」
「輪路さん…」
輪路は、もっと大切なものをもらった。だからいいのだ。
「…俺はこれから、乙姫を討伐できたことを報告しなければならない。」
乙姫の封印が解けたこと、乙姫を倒せたことはとても大きなことなので、シエルに報告しなければならない。翔は今からその報告をしに行くところだ。
「じゃ、俺はそのついでに街に送ってもらうか。夜通し起きてたから、帰ってちょっと一眠りしてぇんだよ。」
「私もお店に戻って、店長のお手伝いをしなくちゃ。」
三郎とソルフィも、秦野山市に帰るそうだ。美由紀は心配した。
「大丈夫ですか?寝てないのに…」
「大丈夫です。目覚ましの栄養ドリンクを調合してますから」
「…うわぁ…」
ソルフィも大変な暮らしをしていると、美由紀は思った。だがよく考えてみれば、ソルフィは討魔術士だ。忙しくて眠れない日もあるだろう。
「だが廻藤、お前はしっかり休め。今回の戦いの最功労者はお前なんだからな」
「おう。そうさせてもらうぜ」
翔は輪路にしっかり休むよう言うと、三郎とソルフィを連れて窓から帰っていった。幸い、温泉旅行はまだ一日残っている。もう大きな戦いもない。
「じゃ、今日はゆっくり休むわ。」
「お疲れ様でした、輪路さん。」
美由紀は輪路を労った。
*
輪路は夜通し戦い抜いたので、そのまま部屋で寝かせることにした。高校生組は家族と遊びに行き、美由紀は輪路のそばについているということて、部屋に残った。
そして、夜。
「ん…」
輪路は目を覚ました。かなり長いこと眠っていた。少し温泉に入りたい。そう思った輪路は、まだそばで眠っている美由紀の頭を少し撫でると、温泉に向かった。
「はぁ…」
湯に浸かって、一息つく。輪路がいるのは、露天風呂だ。海が見える。
「…」
輪路は海を見ながら、しばらく考えていた。渚達は今頃何をしているだろうか。夫の仇は討たれ、海には平和が戻った。渚達も平和に暮らしていればいいが…と輪路は思う。
大体十分くらいそうしていただろうか。そろそろ上がろうと、輪路が腰を上げようとした時だった。がらがらと戸が開いて、誰か入ってきたのだ。
「り、輪路さん…?」
入ってきたのは、美由紀だった。
「み、美由紀!?お前何でここに!?ここ男湯だぞ!?」
「えっ!?私が見た時は女湯だったんですけど!?」
二人は気付いていなかったが、実はこの浦島停は夜の十時を過ぎると、男湯と女湯が入れ替わるのだ。輪路が入った時は十時より少し前の時間であり、美由紀が来た今は十時を過ぎて入れ替わっていた状態だったのである。
「と、とにかくすぐ出る!!お前ちょっと目ぇ閉じてろ!!」
「あっ、待って下さい!!上がらないで!!」
輪路は驚いてすぐ上がろうとするが、美由紀はそれを止めた。
「は!?」
「…せっかくですから、一緒に入らせて下さい。嫌、ですか…?」
「え…ま、まぁ…いやじゃ…ねぇけど…」
突然の申し出に目をそらす輪路。美由紀はその隙に湯に入り、輪路のそばにやってきた。輪路の身体にぴたりと自分の身体を預け、まるで何をされてもいいと言っているかのようだ。
「…」
輪路は、もう何を言っていいやらわからない。美由紀はここまで大胆な女だっただろうかと思うばかりだ。ふと見れば、美由紀の豊満な両乳房が目に入る。驚くほど色気があって、美由紀の胸に見入ってしまいそうだ。
「輪路さん、目がいやらしいですよ?やっぱりおっぱいが好きなんですか?」
「そ、そんなんじゃねぇよ…」
いたずらっぽく笑う美由紀に指摘され、輪路は顔を背けた。
「…輪路さんのせいですよ?」
「…何がだ。」
「輪路さんが酔っ払った時です。あの時私、輪路さんに襲われました。」
「…やっぱりか。悪かったな」
「…本当に、悪いことです。しかも一日おあずけするなんて…おかげで私、疼いて仕方なかったんですから。」
「み、美由紀…?」
美由紀は輪路の頭を両手で掴んで自分の方を向かせ、ゆっくり自分の顔を近付けていく。何の抵抗もせず、それを受け入れようと目を閉じる輪路。
しかし、美由紀は手を離し、輪路のおでこにデコピンを喰らわせた。
「ってぇ!?」
「これはお返しです。もしかしてその気になってました?輪路さんってば、本当にいやらしい人。」
「ちがっ…!!」
輪路は慌てて否定しようとするが、半ばその気になっていたのもあり、否定しきれない。
「…好きですよ、輪路さん。私は誰よりも、輪路さんが好きです。そのことは、忘れないで下さい。」
そう言った美由紀の顔には、強い覚悟が溢れていた。輪路が本当にその気だったのなら、それを受け入れるつもりでいたと、そう言っているかのようだ。
「…先、上がるぞ。」
輪路は顔を赤くしながら上がり、身体を拭いて髪を乾かし、一足先に部屋へと戻った。
「…美由紀…」
輪路は窓を開け、夜風に当たりながら呟いた。美由紀は自分のことを、好きだと言っていた。それが堪らなく嬉しかった。だからきっと、いや、絶対に、自分も好きなのだ。美由紀のことが。
「…俺も好きだぜ。美由紀」
これで今回の長編は終了です。




