月下大激突!!乙姫の野望 PART2
長編二話、どうぞ。
早朝四時。夏とはいえ、まだ薄暗い時間帯だ。そんな中を、四人の少年少女が走っていた。
「何で、旅行先に来てまで、走らなきゃ、いけないんだよっ…!」
文句を言いながら最後尾を走るのは、賢太郎だ。
「仕方ないじゃない。お姉ちゃんったら止まらないんだもん」
茉莉もかなり不満そうだ。本当は旅行らしくゆっくり休んでいたいのだが、鍛練を欠かしてはいけないという彩華の希望で、無理矢理この辺り一帯を探検がてら走らされているのである。
「二人とも、気が緩んでますよ!明日奈さんを見習って下さい!」
彩華は叱責を飛ばした。彼女のすぐ隣を、明日奈が走っている。明日奈も自分の修行の一環とのことで、走り込みに参加しているのだ。
「こういうのも、なかなか楽しいね。」
「そうでしょうそうでしょう?特に今回は海辺を走ってるんです。普段は感じられない爽快感がありますよっ!」
今彩華達は、海辺を走っている。秦野山市は周囲を山に囲まれているので、海がない。だから海の近くでトレーニングをするというのは、本当に新鮮なのだ。
「ん?」
賢太郎は突然足を止めた。
「どうしたの?」
茉莉がそれに気付き、立ち止まる。彩華と明日奈も気付いて、足を止めた。
「…何か聞こえない?」
「何かって、何が?」
「バシャバシャって音。人が溺れてるみたいな…」
賢太郎は、誰かが水を掻き回すような音を聞いたらしい。こんな時間に人が泳ぐはずはないし、妙な話だ。すると、
「誰かっ…誰か助けてっ…!」
声が聞こえてきた。バシャバシャ、という音も聞こえる。
「ほらやっぱり!」
「誰か溺れてるみたいですね。こっちです!」
彩華は音が聞こえる方向へと、皆を連れて走った。
たどり着いた場所は、船着き場だった。そこで誰かが溺れているのが見える。近くには網があり、泳いでいる最中に引っ掛かってしまったようだ。
「大変だ!早く助けよう!」
明日奈の言う通り、早く助けるべきだ。一同は網を引っ張り、浜辺へと引き揚げた。そこで一同は、奇妙なことに気付く。確かに溺れていた人を助けることはできたのだが、その人の装いがおかしかった。上半身は女性なのだが、下半身は魚なのである。一般的に言うなら、その女性は人魚と呼べる姿だった。
「この人、人魚みたいです…」
「みたいじゃなくて、人魚だよ。」
彩華の言葉を、明日奈が訂正した。見た目だけでなく、力も人間と異なる。明日奈には一目でわかった。
「賢太郎くん見ちゃ駄目!!」
「う、うわ!!」
茉莉が賢太郎の後ろに回り、両手で目を隠す。言わずもがな、当然のことながら人魚は全裸である。健全な男の子の賢太郎にはあらゆる意味で刺激が強すぎるため、茉莉が隠したのだ。
「あたい達はその道に詳しいから、心配しなくていいよ。」
「…危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。」
人魚は明日奈達を警戒していたが、明日奈が自分達は異形の存在に慣れているということを話すと、安心して警戒を解いてくれた。しかし、本当に危ないところだ。もし賢太郎が気付かなければ、そのまま漁師に水揚げされて、どうなっていたかわからない。
「失礼ですが、廻藤光弘という名前に聞き覚えは?」
明日奈がその道に詳しいと言ったので、人魚は質問する。彩華と茉莉は驚いた。
「光弘って、確か…」
「廻藤さんのご先祖様よね…」
「っ!やはり子孫の方がおられるのですね!?」
人魚が身を乗り出してきた。明日奈は答える。
「ああ。あたい達の、まぁ友達みたいなもんかな?」
「お願いします!今すぐその方を連れてきて下さい!事は一刻を争うんです!」
人魚は何やら切羽詰まった様子で明日奈に頼んできた。何をそんなに焦っているのか知らないが、一同はとりあえず人魚をその場に待たせ、輪路を呼びに行った。
*
「…」
「…」
浦島亭。輪路と美由紀は、一つの部屋でそれぞれ少し互いの距離を置いていた。顔を赤くして、美由紀は目を背けている。
(えーっと…)
輪路は心中かなり焦っている。目が覚めた時、彼は美由紀を抱き締めていた。それに驚いて美由紀を放すと、美由紀もそれに驚いて飛び起き、二人は現在に至るということだ。
「…」
「…」
気まずい。非常に気まずい。なぜ自分はあんな体勢を取っていたのか。しかも部屋の中には今輪路と美由紀の二人しかいない。大人が他にいないのだ。それが余計に、この部屋の空気を気まずくさせていた。必死になぜこんなことになっているのかを考える輪路。昨日、信之助にビールを一杯飲まされた辺りから、一切の記憶が抜け落ちている。何も思い出せない。状況から考えて、きっと自分は酔っ払ってしまっていたのだろう。そして美由紀を抱いて眠っていたということは…
(…もしかして、ヤっちまった…?)
一方美由紀の顔は赤いままであり、ちらりとこちらを見ると、また目をそらした。確定だ。
「すまねぇっ!!」
「きゃっ!!」
輪路は顔を青くして、美由紀の目の前に勢いよく土下座した。美由紀は驚き、軽い悲鳴を上げて身を引く。
「ホンットーにすまねぇっ!!」
「ど、どうしたんですか!?とりあえず頭を上げて下さい!!」
美由紀はなぜ謝られているのかわからない。だが輪路は言われる通りに頭を上げるわけにもいかず、謝り続けた。
「だって俺、お前にとんでもねぇこと…」
「と、とんでもないだなんてそんな!!だ、抱き付かれただけですし…」
「え?」
「え?」
ここで輪路はようやく頭を上げた。
「…俺、ヤってねぇの?」
「…い、一応…」
確かに抱き締められただけではない。耳を甘噛みされたり、肌を引っ掻かれたりはした。だがそれだけだ。それ以上のことはやっていない。
「…よかったぁ~!!」
輪路は安心して息を大きく吐いた。
「俺昨日酒飲まされてからの記憶がすっかり抜け落ちちまってるからよぉ、てっきり間違いを犯しちまったのかと…」
「覚えてないんですね。まぁ、酔ってましたから仕方ないかも…」
美由紀は少し残念だった。
「…つーかさ、何で誰もいねぇんだ?」
「聞いてないんですか?部屋は三つ取ってあるんです。」
実は今回の旅行、部屋は三つ取ってある。賢太郎達高校生組と、信之助達両親組。それから、輪路と美由紀の二人用だ。なぜ二人用の部屋を一つ取ったのか疑問だが、恐らく茉莉辺りが気を回したのだろう。
「ったく、心臓に悪い…」
輪路は頭を押さえる。と、
「師匠!!」
「うおわっ!!」
賢太郎達が飛び込んできた。本当に、心臓に悪い。
「何だよお前ら!!今何時だと思ってやがる!!」
時計の針は五時を差している。旅行を再開するには、まだ早い。
「すぐ来て下さい!!」
「あ?」
だが賢太郎達はかなり急いでいるらしく、輪路は行くことにした。美由紀もついていく。
*
青羽翔の朝は早い。起きたら着替えて支度を整え、すぐに鍛練を始める。今日は、飛んでくる矢を落としながら、射手を潰すという鍛練だ。矢には神経を麻痺させる毒が塗ってあり、何本も刺さると危険だ。三大士族の討魔士は、鍛練も命懸けである。翔が装置を起動させると、機械の人形が周囲に三十体出現し、翔に向かって矢を浴びせかける。だが、当たらない。全てかわして、人形を次々と倒していく。あまりの速さに、機械である人形が混乱する。だが、容赦はしない。最後の一体を倒し終えた。すると、すぐ近くにあった別の装置に、翔が全ての機械人形を倒し終えるまでかかった時間が表示される。
「九秒か…まだまだだな。」
彼の母、青羽飛鳥はこれを五秒で全滅させる。まぁ、普通の討魔士では一分近くかかるのだが。
「すごいね翔くん。」
鍛練を見ていたソルフィが、翔を褒めた。
「…よせ。俺はまだ、誰かに褒められるような人間じゃない。」
「私はすごいと思ったよ?私がやったら、多分三分はかかるから。」
「慣れればどうということはない。」
一日も早く、飛鳥を超える討魔士になること。それが翔の夢だ。と、
「おい翔。」
三郎から連絡が来た。
「三郎か。珍しいな」
「お前に一つ朗報だ。今日の真満月の夜、乙姫が復活するぜ。」
「「!?」」
三郎からの突然の宣告に、翔とソルフィは驚愕する。
「どういうことだ!?乙姫はかつて、光弘様が封印したんだぞ!?光弘様の封印が破られるなど…」
「その封印な、実は二百年しかもたねぇんだわ。で、今夜の真満月でちょうど二百年目。」
「何だと!?」
それは知らなかった。三郎は、光弘と行動を共にしていたのだ。他の者が知らないことを、たくさん知っている。しかし、乙姫のこととなれば話は別だ。今からではとても準備が間に合わない。
「なぜもっと早く教えなかった!?今からでは迎撃が間に合わないぞ!!」
「それなんだけどな、協会が動く必要はない。お前と、それからソルフィだけに輪路のサポートをしてもらいたいんだ」
「…どういうことだ?」
いまいち状況がわからない。乙姫が復活すれば、世界は滅ぼされてしまう。未熟な輪路では、乙姫にとても敵わない。
「まぁ詳しいことは後で話すよ。とりあえず、俺を迎えに来てくんねぇか?転移魔法陣がありゃ一発だろ?」
「…いいだろう。だが合流したら、しっかりと詳細を教えてもらうぞ。」
「わかってるって。」
翔は三郎との通信を終えた。
「そういうわけだ。今から三郎を迎えに行ってくる」
「じゃあ私は、可能な限り戦闘の準備をしておくね。あ、でも今日はお店が…」
「真満月は午前零時だ。ゆっくり来ればいい」
そう言うと、翔は魔法陣を起動して姿を消した。
*
賢太郎達に連れられてたどり着いた先には、一人の人魚が待っていた。
「あんたか、俺に用がある人魚ってのは。」
「お初にお目にかかります。私の名は渚」
「廻藤輪路だ。」
「輪路様、あなたをお呼びしたのは他でもありません。あなたに、乙姫を倒して頂きたいのです。」
「乙姫?」
乙姫とは、浦島太郎に登場する存在である。海底にあるという魔法の城、竜宮城の主である竜神の妻、あるいは竜神の娘と言われることもある。自分の家来である亀を救った浦島太郎を竜宮城に招き、宴会を開いてもてなしたと昔話で語られているが、渚が語ったのは昔話と全く違う内容だった。
「乙姫の正体は、宇宙の外で生まれた突然変異生命体で、竜宮城は乙姫の宇宙船なのです。」
乙姫は支配という野心に取り憑かれた怪物で、アザトースが作ったこの宇宙に目を付け、生命体が最も多く存在するこの地球へと降り立ったのである。そして乙姫は、地球で最悪の発見をした。地球には十年に一度、真満月という時期が訪れる。
「満月になると生命体が活性化するという話を聞いたことはありませんか?」
「あ~、なんか聞いたことあるな。」
月と地球は同調しており、月の満ち欠けに応じて地球の生命力が増大し、地球中で様々な力が強化される。
「狼男とか、よく聞く話ですよね。」
美由紀が今挙げた狼男も、満月になると魔力が高まって、狼に変身する。
「ところが、十年に一度訪れる特殊な満月の夜、地球の生命力が最大まで強化されるのです。それが、真満月。」
そしてその真満月の夜、乙姫の力は際限なく強化される。それこそ、全宇宙を掌握できるほどに。
「乙姫か…これはまた、懐かしい名前を聞いたね。」
「あ、ナイアさん!?」
彩華が見ると、賢太郎は眼鏡を掛けており、雰囲気も変わっていた。ナイアが憑依したのだ。
「ボクは前に一度、真満月の夜に自分の力を強化された乙姫を見たことがある。あの時の乙姫の力は、完全にアザトースを超えていた。」
ナイアにとってこれは驚きだった。外宇宙のことなど知らないが、突然余所者がやってきてアザトースを超えるほどの力を付けるなど、予想できるはずがない。
「その乙姫を封印したのが、浦島太郎です。」
浦島太郎は漁師という話だったが、渚の話だと漁師ではなく討魔士だったそうだ。浦島太郎は乙姫を封印すると、乙姫と戦っていた人魚達に乙姫の封印を守るよう告げて、この世を去ったという。そして今から二百年前、乙姫は復活し、これを光弘が封印したのだ。二百年後、必ず自分の子孫が乙姫を滅ぼしに来ると予言を残して。
「光弘が…」
「それから二百年。光弘様が予言された通り、光弘様の子孫はこの地を訪れた。」
光弘の予言は見事的中し、輪路がここへやってきた。渚は頭を下げる。
「輪路様。どうか乙姫を打ち倒し、この世界をお救い下さい。」
渚の言葉と態度から、どれだけ乙姫を倒して欲しいかが伺える。当時を生きていたわけではないからわからないが、乙姫は支配を目的に生きていたのだ。きっと、海に生きる者達にとてつもない悪政を強要していたに違いない。
「…わかった。その乙姫っての、俺がぶっ倒してやるよ。」
「本当ですか!?」
「ああ。」
輪路が乙姫退治を引き受けてくれて、渚は喜ぶ。
「ちょっ、ちょっと大丈夫かい?」
「話聞いてる限りじゃ、乙姫ってとんでもない相手みたいですけど…」
明日奈と茉莉は不安がった。乙姫はとてつもない力を持っている。そんな怪物を相手にしなければならないというのに、簡単に引き受けて大丈夫だろうか?
「ナイアさん。」
彩華は一応、ナイアに確認を取ってみる。今の輪路の実力が、乙姫に通用するかどうかを。
「間違いなく通用しないね。瞬殺される」
「やっぱり…」
彩華は落胆した。アザトースより強いなど、下手を打てば殺徒のオウザより上かもしれないのだ。今のままの輪路では、まず通用しないだろう。
「もっともそれは、真満月の夜になったらの話だ。夜になる前か、夜が明けた後なら、まだ望みはある。まぁ真満月は今夜だから、今の段階でもかなり強いとは思うけど。」
真満月はその日の午前零時から、夜明けまで続く。つまり真満月になる前なら、乙姫が相手でもまだチャンスはあるのだ。もしくは、夜明けまで持ちこたえてしまえばいい。夏は夜が短いので、四時間程度で日が昇る。とはいえ相当長い時間戦うことになるので、こちらの作戦は避けるべきだが。しかし、当然ながら乙姫は真満月が近付けば近付くほど強くなる。昼間でも真満月の日なら、乙姫はかなり強くなっているのだ。
「そうと決まれば、善は急げです。あなたを我々のアジトへご案内します。これを」
そう言って渚が輪路に渡したのは、小さな貝殻だった。
「…何だこれ?」
「この貝殻は、空気貝という空気を作る貝を加工した物です。持ち主を空気の膜で包み、水中での行動を可能にします。我々のアジトは海の中にありますから、人間にはこれを使ってもらわなければなりません。」
考えてみればそうだ。人魚の住みかは海の中にある。人間では到底そこまでたどり着けない。
「握りしめてみて下さい。」
「こうか?」
輪路が渚の指示に従って貝を握ると、輪路の身体を球状の透明な膜が包んだ。この状態で海に飛び込めばいいらしい。
「つーわけだから、ちょっと行ってくるわ。こいつらの親さん達には、ちょっと遊びに出たって言っといてくれ。」
「わかりました。」
今はまだ早朝。こう言って伝えれば、怪しまれることはない。輪路は美由紀に言付けると、渚と一緒に海へ飛び込んだ。
「しっかし慌ただしい人だねぇ廻藤さんも。」
「本当ですよね。せっかくの旅行なのに…」
明日奈と彩華は次の戦いへと向かった輪路を見て言った。
「…彼を休ませたいなら、諦めた方がいい。」
「えっ?」
ナイアは唐突に、美由紀へ声を掛けた。
「聖神帝の力は魂を引き寄せる。そして廻藤輪路は、その聖神帝の力に目覚めてしまった。だから彼の意思とは無関係に、様々な戦いや災難が襲ってくる。これは変えられない運命だし、変えてもいけない。聖神帝に目覚めるということは、それだけその者が他者に必要とされているということだからだ。」
何の資格もない者が、聖神帝になることなどない。そしてその資格は、多くの命を救う者、救おうと思う者にのみ与えられる。そういった存在は、多くの者に必要とされる。伝説の討魔士光弘と同じタイプの聖神帝に目覚めた輪路は、それだけたくさんの者に必要とされているのだ。これは喜ばしいことだということは、美由紀にもわかる。
「ですが、心の傷を癒す時間もないというのは、いくらなんでもひどすぎませんか?」
しかし美由紀はこうも思った。このままではいずれ、輪路の心はすりきれてしまう。
「仕方ないことなんだよ。大きな力を持つということは、それだけ大きな責任を負わなければならないということだ。自分一人傷付いた程度のことで、甘えることは許されない。」
聖神帝は多くの命を救うための力。その力の持ち主は、誰よりも他者を想わなければならない。その結果いくら自分が傷付こうと、責任の重大さは変わらないのだ。しかし、ナイアは続ける。
「でも重大な力や責任は、それに耐えられる強い精神力を持つ者にしか与えられない。廻藤輪路は君が思っているよりずっと強い男だから、何の心配もする必要はないよ。むしろ君が、君達が、彼の心労にならないよう頑張ることの方が、ずっと大切じゃないのかな?」
輪路は強い男だ。それに自分に与えられた使命を、少しずつ自覚していっている。よくよく考えれば、心配して気を使う必要はなかったかもしれない。さらに考えてみれば、どちらかというと美由紀の方が輪路を心配させている。何の力もないくせについていっては危機に陥り、その度に輪路に助けられているのだ。美由紀が輪路を助けたこともあったが。彩華達は戦えるが、せいぜい常人に毛が生えた程度の戦闘力だ。魑魅魍魎異能者超兵器入り乱れる討魔士達の戦場では、到底戦えない。だから彼女達が取るべき行動は、できる限り輪路の邪魔にならないことである。今回は、輪路の帰還を信じて待つことだ。
「…そうですね。なら、待ちます。輪路さんは必ず勝って帰ってくるって、信じてますから。」
*
海底。輪路が渚を追って進んだ先には、巨大な洞窟があった。
「渚!!」「渚だ!!」「渚が帰ってきたぞ!!族長を呼べ!!」
渚の洞窟の中には男女様々な人魚がおり、渚の姿を見ると騒ぎ始めた。
(人魚ってのは女しかいないもんだと思ってたが、男の人魚もいるんだな…)
輪路がそう思いながら周りを見ていると、
「おお渚!戻ったか!」
一際鍛えられた肉体を持つ、老年の人魚が現れた。
「父上、光弘様の子孫をお連れしました。」
「どうも。廻藤輪路です」
「おお!あなたが!私は巌と申します。人魚族の族長を務めている者です」
どうやら渚は人魚族の族長の娘だったようだ。
「で、俺に乙姫を倒して欲しいんだって?なら早くしようぜ。乙姫の竜宮城に連れていってくれよ」
いろいろと興味は尽きないが、遊びに来たのではないのだ。輪路は乙姫を倒すため、巌に早々に竜宮城へ連れていってくれるよう頼む。
「意思があるのは素晴らしいことですが、焦ってはなりません。乙姫は光弘様でさえ、一度は敗れた相手なのですから。すぐに再戦して勝利しましたが」
「光弘が負けた!?」
これは知らなかった。渚は一番重要なことを教えてくれなかった。まさか光弘が負けたとは…
(なんてこった…こりゃ思ったよりヤバい依頼を引き受けちまったかな?)
輪路は今さらながら、少し後悔した。三郎がいれば、こういうこともわかったのだが。
(…三郎…)
そういえば、三郎を連れてきていない。まぁここは海の中なので、旅行には来れてもここまでは来れないだろう。
「…まぁいいや。とりあえず、乙姫のことをもっといろいろ教えてくれ。光弘は一回負けたけど、結局勝ったんだろ?どうやって勝ったんだ?」
「それが我々にもわからないのです。わかっているのは、浦島様も光弘様も、何らかの方法を使って乙姫の力を奪ったということだけでして…」
「乙姫の力を奪った?」
真満月時の乙姫の力は、アザトースをも超える超弩級である。そんな相手に正攻法で挑んでも、まず勝ち目はない。だから浦島と光弘は、何らかの方法で乙姫を弱体化させ、自分達でも倒せるようにしたのだ。問題はその方法だが…
(戦ってみればわかるか…?)
今わからない以上、戦いながら探るしかない。浦島も光弘も、そうやって乙姫に勝ったのだ。自分にできないはずはない。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
何とでもできると思い、輪路はそう言った。
「…わかりました。では我々は、これから竜宮城に奇襲を掛けます。警備は我々が惹き付けますから、あなたはその間に内部へと潜入し、乙姫を打ち倒して下さい。」
こうして手をこまねいていても埒があかないと判断したのか、巌も乙姫討伐作戦に踏み切った。
*
人魚族のアジトからさらに海底。そこには、巨大な日本建築の城がそびえ立っていた。これが乙姫の居城であり宇宙船、竜宮城である。乙姫は大量の戦闘生物を指揮しているらしいが、乙姫が封印されているためか竜宮城の外には誰もいない。
「竜宮城に掛けられた封印はまだ解けていませんが、乙姫本人はもう目覚めているはずです。竜宮城の封印も、徐々に解け始めています。」
「ホントだ。城全体になんか力みたいなもんを感じるな」
渚の話だと、光弘が掛けた封印は乙姫本人と竜宮城の二重で、まず最初に乙姫が目覚め、それから徐々に竜宮城の機能が回復していくそうだ。戦闘生物が出てきていないのは、まだそこまで竜宮城の機能が回復していないからである。
「ですが、自動迎撃システムは封印された後もずっと機能しています。」
「我々の役目は自動迎撃システムを惹き付け、あなたを内部へと送り込むこと。全員、かかれ!!」
巌が命令すると、人魚達は竜宮城へ一斉に攻撃を仕掛けた。意外だったのは、人魚達が使っている武器だ。輪路は銛を想像していたのだが、それ以外にも銃や手に持って使うタイプの魚雷を使っている。それらの攻撃手段で、竜宮城を攻撃した。すると、竜宮城のあちこちから多種多様な砲台が出現し、散弾や榴弾、ガトリングなどで反撃してきた。自動迎撃システムだ。封印を施され全ての機能がダウンしてなお、このシステムだけは浦島が封印した当初から機能しており、近付く者に容赦のない反撃を続けている。
「すげぇ弾幕だな…これじゃ近付けねぇぞ…」
「大丈夫です。我々も迎撃システムへの対策はしています」
巌の言うように、よく見ると人魚達は盾を手に、システムの嵐のような攻撃を完璧に防いでいる。さらに動き回ることで、なんとか竜宮城にたどり着ける道を確保しているのだ。
「我々も二百年間、何もしてこなかったわけではないのです。渚!輪路様を竜宮城へ!」
「はい!輪路様、こちらへ!!」
「おう!!」
乙姫への道のりは、渚が案内してくれる。前にも竜宮城に入ったことがあるらしい。輪路は渚の案内を受けて弾幕をすり抜け、渚が銛で竜宮城入り口のドアを破壊して、二人で内部へ侵入する。巌は陽動に参加するため、竜宮城を攻撃した。
竜宮城内部は、宇宙船らしく空気があり、貝なしでも行動できる。壊したドアから水も入ってこない。だがそれだけではなく、無重力のような状態になっており、人魚でも自由に動けるのだ。従って現在輪路と渚は、空中を浮かびながら乙姫の部屋を目指していることになる。渚曰く、乙姫は人魚のような陸上では行動できない生物を自分のもとへ来させるために、このような造りにしているらしい。
「この先が乙姫の部屋です。」
内部には警備が全くなく、二人は素早く乙姫の部屋に向かっている。だが、
「お前マジでこの城のこと詳しいよな。相当出入りしてねぇとわかんねぇだろ」
渚はあまりにも、竜宮城の構造を把握しすぎていた。それが少し、輪路に不信を抱かせた。
「…私は昔、この竜宮城で奴隷として働かされていたんです。父上が命懸けで助け出してくれましたが」
「…そうだったのか…」
どうりで詳しいわけだ。奴隷として働かされていたなら、知っていて当然である。
「悪いこと聞いちまったな。」
「いいえ。それより、乙姫の部屋まであと少しです。気を引き締めて下さい」
「おう!」
二人は乙姫の部屋の前にたどり着いた。
「ここが乙姫の部屋です。」
「よし…お前は下がってろ。乙姫は俺が倒す!」
輪路は渚を下がらせると、シルバーレオを日本刀モードに変えてドアを破壊し、中に入った。
侵入した輪路を迎えたのは、玉座に座っている女性だった。女性は荘厳な鎧を着込んでおり、輪路を睨んでいる。やがて女性、乙姫は言葉を発した。
「不愉快な男の気配がする。貴様から、実に許しがたい男の匂いがするぞ。」
「そりゃそうだろうな。俺はお前を封印した光弘にそっくりらしいから」
憎悪たっぷりの乙姫に対し、輪路はニヤリと笑って答える。だが、内心は冷や汗をかいていた。正直言って、乙姫の力は想像以上だったのだ。まだ戦っていないのに、乙姫からは殺徒にも匹敵するほどの力と殺意を感じる。輪路がせいぜいの虚勢を張っていると、乙姫もまたニヤリと笑った。
「ほう、では貴様が光弘の子孫か。いずれ自分の子孫が来るから、楽しみに待っておけと言われたのだ。」
「…光弘は乙姫にもそんなこと言ってたのかよ…」
輪路は少し呆れた。人魚達ならまだわかるが、敵である乙姫にまでそんなことを話すとは、余裕があるというか馬鹿というか…。
「妾が全宇宙を手に入れ損なってより二百年。封印の眠りの中でも、妾の憎悪が消えることはなかった。この恨み、どう晴らしてくれようか…無論、覚悟の上で来たのだろうな!?」
怒気とともに、乙姫の力がさらに高まる。
「神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身した。いや、変身したのではない。させられたのだ。生身のままでは確実に殺されると、死の危険を感じて。本当に、想像以上の相手だ。
「廻藤の血を引く者、生かしてはおかぬ!!死ぬがいい!!」
乙姫は立ち上がり、左手をこちらに向けて光弾を飛ばした。レイジンはそれを切り裂く。
「誰が死んでやるか!!てめぇの好きにはさせねぇ!!」
レイジンは乙姫を倒すため、絶技聖神帝にパワーアップする。そのままシルバーレオを構え、レイジンは臨戦体勢に入った。だが、レイジンの方から仕掛けることはしない。
「どうした?来ぬのか?」
挑発されても絶対に。それは、乙姫の力が桁外れだからだ。うかつに攻撃を仕掛ければ、恐らく一撃で殺される。だからレイジンは、レイジンスパイラルを使ったカウンターを狙っているのだ。幸いにも、乙姫が遠距離攻撃手段を持つことはわかった。なら、もっと大きな攻撃を撃たせる。それには、ひたすら焦らすこと。乙姫は気性が荒いので、こちらから仕掛けなければいずれ必ず大きいのを撃ってくる。
「来ないなら、こちらから行くぞ!!」
乙姫は槍を作り出し、接近戦を挑んできた。だが、これは想定していたこと。だからこそレイジンは、技の霊石を使ったのだ。
「む!?」
乙姫が放った横薙ぎの一撃を、飛び退いてかわす。レイジンイレースマインドだ。技の霊石を使えば、レイジンスパイラルだけでなく、レイジンイレースマインドも使える。接近戦を仕掛けてきたなら、レイジンイレースマインドでかわせばいい。とにかく、巨大な攻撃を撃つまでかわし続けるのだ。
「この臆病者め!!妾を愚弄するか!!」
攻撃をかわし続けるレイジンに遂に怒った乙姫は、レイジンから大きく距離を取った。デカイ攻撃を撃つつもりだ。
(来た!!)
そろそろ逃げ続けるのも限界だったところだ。乙姫の攻撃をレイジンスパイラルで跳ね返すべく、レイジンは身構える。
「滅海掌!!!」
乙姫は右手の掌底を繰り出しながら、巨大な青い光線を放った。
「レイジンスパイラル!!!」
待ってましたとばかりに、レイジンスパイラルを放つ。霊力の竜巻は光線を巻き込み、乙姫へと向かう。
「ぬっ!!」
だが乙姫は、バリアを張って攻撃を防いでしまった。
「何!?」
「ほほほほほ、危ない危ない。これを狙っておったのか、なかなか知恵が回るやつよ。しかし、妾と戦った時期がまずかったな。」
乙姫は自分が放った攻撃を、さらに強力なバリアで防いだ。それができたのは、今日が真満月だからだ。夜ほどではないが、昼間も乙姫はパワーアップできるため、後から自分のパワーをブーストして防御できるのである。
「さてどうする?返し技は通用せぬぞ?」
「く…」
レイジンは次の戦法を考える。真正面からは挑めなずカウンターも効かないとなれば、あとは避けながら弱点を攻めるしかない。
(あれだな…)
一応、弱点と思える箇所は見つかった。実は乙姫が着ている鎧の右肩に、竜の頭部を模した装飾がある。その竜は口に青い宝玉を加えており、さっきバリアを張った瞬間、そこから乙姫へと大量の霊力が供給された。恐らく、あれが乙姫の力の源だ。あれを破壊することができれば、乙姫を弱体化させられるかもしれない。そういえば、光弘や浦島は、何らかの手段で乙姫を弱体化させたと聞いている。きっとあそこを攻撃して、乙姫を弱体化させたのだ。
「お次はこれだ。」
しかし、生半可な攻撃であの宝玉を破壊することはできないだろう。レイジンは宝玉を破壊するため、今自分ができる最大のパワーアップ、強霊聖神帝への変身を果たした。
「いくぜ…!!」
レイジンはシルバーレオに霊力を込め、乙姫に向かって走り出す。乙姫もまた、レイジンに向かって走ってきた。その瞬間、レイジンは縮地を使って一気に加速し、
「スーパーソニック、レイジンスラァァァァァァッシュッッ!!!」
宝玉目掛けて全力の斬撃を繰り出した。乙姫の動きが止まる。乙姫の突進は止まった。乙姫の突進は。息の根は、止まっていない。それどころか、宝玉には傷一つ付いていない。
「!?」
その事実に驚き、驚いたせいで気付くのが遅れた。乙姫が攻撃を再開したのに。シルバーレオは塞がっている。咄嗟に片腕で乙姫の刀を防いだ。至近距離からの攻撃だったおかげか、腕を斬り落とされることはなかった。だが衝撃は凄まじく、レイジンは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「がっ!!く、くそ…弱点じゃ…なかったのか…!!」
「目の付け所は悪くない。だがこの宝玉に傷を付けたいのなら、あと九千京倍は霊力を持ってこなければ。それでもせいぜい、軽い引っ掻き傷が付けられる程度だがな!!ほーっほっほっほっほっ!!」
どうやらあの宝玉が弱点であることは、間違いではないらしい。だがレイジンの霊力では、宝玉にダメージを与えることさえ不可能だった。
「終わりだ。ふん!」
「ぐああああああああああ!!!!」
乙姫が刀を振ると、数百もの青い刃が飛んでいき、動けないレイジンの全身を斬り刻んだ。レイジンの変身は解ける。完敗だ。全く敵わない。
「生かしてはおかぬと言ったはずだ。貴様は確実に息の根を止めねばならぬ」
ゆっくりと輪路に近付いていく乙姫。輪路にとどめを刺すためだ。光弘との戦いではそれを怠って再戦を許し、自分を弱体化する術を身に付けた光弘に敗れた。同じ轍を踏まぬよう、輪路を確実に殺す。
だが乙姫は完全に失念していた。この戦いの行方を、見守っていた者がいたことを。
「はぁっ!!」
「うっ!?」
渚が乙姫の前に飛び出し、その顔面に霊力弾を浴びせた。乙姫の動きが一瞬止まり、その隙に渚は輪路を抱えて逃げ出す。
「な、渚…」
「喋らないで下さい。今はとにかく、安全な場所へ!」
渚は輪路が持つ貝の力を発動し、膜を押しながら竜宮城の外へと脱出。仲間達に乙姫の暗殺が失敗したことを告げると、離脱していった。その間、輪路はシルバーレオを決して離さなかった。
「…ふん。」
乙姫は鼻を鳴らすと、玉座に座った。輪路を追いかけない。いや、追いかけられないのだ。光弘の封印によって、竜宮城は乙姫を閉じ込めておく檻の役目を果たしている。他の者は自由に出入りできても、乙姫自身は出られない。まだそこまで封印が解けていない。
「口惜しいが仕方あるまい。」
輪路は必ず再びここに来る。再戦するということが少し気掛かりだが、それでも殺す。
「廻藤の血を引く者…貴様には生み出せぬ。妾の力を唯一封じ込められる力、水の霊石は。」
乙姫は呟いた。
完敗。ここまでの完敗は、殺徒との初戦以来ですかね?
次回もお楽しみに!




