月下大激突!!乙姫の野望 PART1
長編第一話です。どうぞ!
彩華と茉莉は、沈痛な面持ちで街を歩いていた。聞いたのだ。アンナがアンチジャスティスの刺客であったことと、輪路がアンナを討ったこと。そして輪路が、そのことで深く傷付いていることを。
「廻藤さんって、私達が思ってるよりずっとつらい戦い、してるのね。」
「ええ。まさかアンチジャスティスが、ここまで卑怯な作戦を使ってくる組織だったとは…」
ただ力があるだけでなく、精神的に痛め付ける戦法も使ってくる。アンチジャスティスとは、全く以て恐ろしい組織だ。
「廻藤さんには、何とか元気を出してもらいたいんですけど…」
輪路はあの一件以来、塞ぎ込んでしまっている。アンナを自分の手で殺したことが相当堪えたようだ。苦しんでいる輪路など見たくないし、いつまたアンチジャスティスが攻撃を仕掛けてくるかわからない。輪路には、一刻も早く立ち直ってもらわなければならないのだ。
と、
「はい!これ残念賞のティッシュね!また挑戦して下さいね~!」
突然元気な声が聞こえてきた。二人が見てみると、そこには行列ができており、法被を着た男が先頭の人にティッシュを一箱渡していた。よく見ると、その近くにもう一人法被を着た男がおり、二人の近くにはガラポンがある。福引きだ。
「廻藤さんのことは、また考えましょう。」
今日二人がここに来たのは、この福引きをやるためだ。福引券が一枚家に残っており、期限が今日まででありこのまま捨てるのももったいないということで、福引きをやりに来たのである。二人は行列に並び、そしていよいよ二人の番。一枚しかないし、大当たりなど期待していないので、彩華は気楽に回す。
だが、ガラポンから出てきた玉は、金色だった。金色は、一等賞の証である。
「大当たり~!!お見事!!」
従業員がベルをやかましく鳴らす。
「お姉ちゃんすごいじゃない!!」
「あはは…まさか一等賞が出るとは…」
茉莉は喜び、彩華は照れくさそうに頭をかく。従業員は説明した。
「一等賞は香川県温泉旅館、三泊四日の旅だよ!!」
「「…温泉旅館?」」
彩華と茉莉は顔を見合せる。確か従業員は、温泉旅館と言った。
「「…これだぁ!!」」
輪路を立ち直らせる方法が、早くも見つかった。
*
ヒーリングタイム。
「…」
輪路はコーヒーカップを覗き込んでいた。いつものように頼んだアメリカンだが一口も飲んでおらず、カップの中身は黒い液体を全く減らすことなく、温度はすっかり冷めてしまっている。
「…もう輪路ちゃんったら、いつまで塞ぎ込んでるのよ~!」
元気がないのは明白だ。輪路は無表情だが、気配でわかる。今の輪路はかつてないほど落ち込んでおり、その気配を隠しきれていない。佐久真はあまりにも輪路が暗いので、少し怒った。
「…悪い。」
輪路は一言だけ謝ったが、気配は暗いままだ。美由紀は輪路に話し掛ける。
「お気持ちは察します。でも、輪路さんはアンナさんの分も生きるって決めたんですよね?輪路さんがそんな顔をしてたら、アンナさんも浮かばれませんよ?」
「…ああ、そうだな。」
美由紀の説得に少し元気が出たのか、輪路は一口だけアメリカンを飲んだ。と、
「廻藤さん廻藤さん!」
彩華と茉莉が、とても急いだ様子で入店してきた。賢太郎と明日奈も一緒だ。
「どうしたんだお前ら?」
輪路は四人に尋ねる。彩華が答えた。
「当たったんですよ!!福引きの一等が!!」
彩華達は自分達が福引きで一等を当てたことを伝えた。
「よかったじゃねぇか。」
「それで、廻藤さんをお誘いしようと思うんです。」
「俺を?普通そういうのは、親と行くもんだろ。無関係な俺が行くのはお門違いってもんだぜ」
「…廻藤さん、いろいろと無理しすぎてるんじゃないですか?」
なかなか飲み込んでくれない輪路のために、茉莉は自分達の意図を説明した。
「今の廻藤さんには、心の休養が必要です。だから、温泉で気分をリフレッシュしてもらいたいんですよ。」
「俺は別にそんな…」
「廻藤さん。彩華達から聞いたよ。相当キツい決断を迫られたと思う。あんた優しいから、自分が死ぬよりずっとつらかったんじゃないかな?」
「…まぁな。俺のために誰かが犠牲になるなんてのは、一番嫌なことだ。けどそれだけで、俺は別に優しいわけじゃない。ただ馬鹿なだけだ」
「…自分で自分を馬鹿って言うやつは、馬鹿じゃないんだよ。」
輪路は明日奈が言ったことを否定したが、明日奈からすればそれこそを否定したかった。
「家のことなら心配しないで下さい。親は全員来ますんで」
賢太郎は笑って言った。今回の温泉旅館の旅には、十人まで同行できる。
「ずいぶんと大盤振る舞いなことだな。」
「母さんはさすがに来れないけどね。神社を空にするわけにはいかないから」
賢太郎達の両親は来るが、吉江は来れない。立場上仕方ないことだが。輪路は答える。
「…わかったよ。そんなに言うなら行ってやる」
賢太郎達は喜んだ。こうでもしないと、引き下がりそうにない。それから、輪路は数えた。
「俺と賢太郎達で五。賢太郎達の両親を入れると九で…あと一人行けるな。」
「じゃあ美由紀ちゃんを連れてってちょうだいな。」
「ええっ!?」
佐久真の推薦に、美由紀は驚いた。確かに行きたいことは行きたいが、輪路を癒すことが目的なのだ。自分が行ってうまくいくかわからないし、それに店が…。
「行ってあげなさい。美由紀ちゃんは輪路ちゃんにとって薬みたいな存在だし、店のことならソルフィちゃんにお願いするから。」
「大丈夫ですよ美由紀さん。私には人形がありますから、一人ぐらいの穴は余裕でカバーしてみせます。」
佐久真はソルフィと一緒に後押しした。
「…じゃあせっかくですし、行きますね。」
父や新しい友人に全て任せてしまって申し訳ないが、せっかく輪路と旅行に行けるチャンスである。利用させてもらおう。本当は輪路と二人きりが一番よかったのだが。
*
「つーわけだ。明日俺、旅行に行くから。」
輪路は自室に三郎を招き、事の次第を伝えた。
「そいつはよかったな。温泉かぁ…羨ましいねぇ」
「お前も温泉とか入ったりするのか?」
「最近じゃそういうことは滅多にねぇが、昔は光弘と一緒によく湯治に行ってたよ。今は水浴び程度で済ませてる」
「…烏の行水か。美由紀から習ったぜ」
「言っとくが、烏の行水は短いなんて迷信だからな?」
「そうなのか?」
烏の行水は入浴時間が短いことを差すことわざだが、実際の烏の行水は人間からしてみれば短いものの、鳥から見ると結構長い。
「そいつは知らなかったな。」
「それよりよ、お前どこに旅行に行くんだ?」
「香川の浦島亭っていう旅館だよ。写真見た感じじゃそれなりにでかかったし、客室からは海が見えるんだと。しかし、彩華が偶然こんな機会を引き当てるとは思わなかったぜ。」
「へぇ…」
「おっと。明日早いから、もう寝るわ。」
「そうだな。寝坊するなよ?」
「わかってるって。」
三郎は輪路に寝坊しないよう釘を刺すと、輪路の部屋から出ていった。
「香川の浦島、か。そういやもうすぐ時期だな」
ヒーリングタイムからだいぶ離れてから、三郎は呟いた。実は今、とある時期が近付いている。それは香川県という場所にとても大きな関わりを持つ、非常に重要な時期だ。そんな時期、輪路は香川県に行く機会を得た。
「これは偶然なんかじゃねぇぜ。運命だ」
件の時期には輪路の先祖、光弘も関わっている。そこに子孫の輪路も関わろうとしているのだ。運命と言うよりほかなかった。
*
翌日。輪路達は高速バスに乗り、正午に浦島亭に着いた。
「へぇ…なかなかいい感じの旅館だな。」
輪路は浦島亭を見ながら言った。外観は、普通の旅館といった感じだが、何よりこの旅館の近くには海がある。今は夏だし、泳ぎに行くこともできるのだ。高校生組にとってはこれが一番嬉しいことだろう。
「この浦島亭の名前は、浦島太郎伝説にちなんで名付けられたそうです。」
「…あ~どっかで聞いた名前だと思ったら浦島太郎か。」
美由紀は豆知識を披露した。ここ香川県には、浦島太郎の伝説が残っている。輪路も浦島太郎くらいは知っている。亀を助けた漁師の浦島太郎が、竜宮城に連れていかれて遊んだ後、もらった玉手箱を地上に帰って開けてしまい、おじいさんになってしまうという昔話だ。浦島太郎はこの近くから竜宮城に行ったと言われているので、この旅館はそこから取って浦島亭と名付けたのである。
「縁起の悪い名前の旅館だよな。浦島太郎だぜ?浦島太郎。はっきり言って神経疑うな」
「まぁそれはともかく、早くチェックインしましょう。子供達がもう待ちきれないって顔、してますから。」
「これ以上待たせたら、可哀想ですよ。」
そう言ったのは賢太郎の父、信之助と、母、栄子だった。確かに、高校生組は早く荷物を置いて、海で遊びたいと言いたげな顔をしている。
「荷物置いたら、早速水着に着替えて遊びに行きましょ!」
「はい!」
「うん!」
「海水浴かぁ…久しぶりだねぇ。」
案の定、茉莉がその話をした。彩華と賢太郎と明日奈も同意している。
「こら茉莉。いくら旅行とはいえ、そんなにがっつくんじゃない。みっともないぞ」
彩華と茉莉の父、誠朗は茉莉の言動を諫めた。さすが、空手道場の師範を勤めるだけあって、厳格な男だ。
「まぁいいじゃありませんか。この子達はまだ子供ですよ?遊びたい盛りなんですから、こういう時くらい自由にしてやらないと。」
そう言って誠朗を宥めたのは彩華と茉莉の母、樹里だ。誠朗と比べると物腰が穏やかで、誠朗も頭が上がらないといった感じである。
そんなわけでチェックインを済ませた輪路達。親の皆さんは、滅多に遠出しない香川にまで来たので、何があるのか散策してみたいとのこと。しかし、子供の皆さんは早く海で遊びたいと言っている。その問題は輪路と美由紀が監督役として残ることで、解決した。
「ガキは元気だねぇ…」
近くの施設からブルーシートとパラソルを借りて、軽い休憩地帯を作って座り、海で遊ぶ子供達を眺めている。何かあったらすぐ飛び込めるよう、海パン姿で。シュールだ。
「それ!」
「きゃっ!」
「やったわね~!」
「あははっ!」
賢太郎達は、水を掛け合って遊んでいる。しかし、こうして見てみると、彩華も茉莉も明日奈も、胸が大きく脚も細くて長い。高校生のくせにアイドルかモデルではないかと見紛うほどの、大人顔負けのスタイルだ。彩華は赤を基調とした水着で躍動感があり、茉莉はピンクの水着で女性が備える魔性の輝きを周囲に振り撒いている。明日奈も黒のレオタードと、かなり大胆だ。この三人以外にも、シーズンだからか浜辺には女性客が多く来ていて、ビーチバレーやらナンパやらに勤しんでいる。普通の男性客なら鼻の下伸ばしまくりな光景だが、
「…はぁ…」
輪路は興味ゼロだった。この男は生きている人間に対して男女問わずあまりいい思いをしたことがないので、ある種の人間不信に陥っている。だから女性がいくら自分に裸を見せて誘惑しようとしても、何だそりゃ?汚いもん見せんな的な感じで全く興奮しない。
ある一人を除いては。
「すいません輪路さん。遅くなりました」
その一人、美由紀がようやく水着に着替えてきた。
「ああ。」
輪路は美由紀を見る。美由紀の水着は、結構露出の高い白だ。もう大人だし、輪路に見てもらおうと頑張ったのだろう。しかしやはり恥ずかしいのか、輪路に見られるとわかると顔を赤くし、手を後ろに組んでもじもじしている。
「あ、美由紀さんも着替えたんですね!」
「うわぁ~美由紀さんおっぱい大きい!脚もすごく綺麗!さすが大人の女ね!」
「これは…男だったらかなりの眼福ものじゃないの?」
そこに、彩華達が戻ってきた。
「そ、そんな…は、恥ずかしい…」
美由紀はさらに恥じらう。その姿のいじらしさに、同性であり遥かに年齢が下であるはずの彩華と茉莉と明日奈も、顔を赤くしている。と、輪路は置いてあったパーカーをおもむろに手に取り、美由紀の頭に投げて掛けた。
「ぶっ!?輪路さん何するんですか!?」
美由紀はパーカーの下から顔を出し、輪路に抗議する。
「羽織ってろ。勘違いした野郎どもが、下心丸出しで来るからな。」
「あ…」
輪路は美由紀が他の男にナンパされることを恐れて、美由紀の身体を隠したのだ。美由紀はとても可愛い。同性でさえ惹かれてしまうほどの美しさと、可愛らしさを備えている。悪い男が勘違いしてやってくるだろう。
「お前も血を見たくねぇだろ?」
「は、はい…」
美由紀は大人しくパーカーを羽織った。子供の頃からそうだったが、輪路は美由紀を守ろうという気になると、常軌を逸したことをする。ナンパされることは昔もあったが、あまりしつこい男は輪路がシルバーレオで叩き潰していた。それを見て止めようとした警官も殴り飛ばし、応援に駆けつけた警官隊も蹴散らし、鎮圧に乗り出した機動隊も吹き飛ばし、ヘブンズエデンから派遣された傭兵を圧倒したこともある。その後はその傭兵が詳しい事情を聞いて取り計らい、事なきを得たが。
「わーお。さすが美由紀さんの守護神」
付いたあだ名が美由紀の守護神である。茉莉は輪路をちゃかした。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。それより、どうしたんだ?」
「さっき海の家でスイカを売ってたのを見まして、財布を取りに来たんです。」
賢太郎曰く、スイカ割りをやりたいらしい。
「輪路さん。」
「…わかったよ。」
ここは大人の手前、輪路が買うことにした。何せこの中では、輪路が魔物退治をやって一番稼いでいるのだ。小遣いの限られている子供達が使うことはないし、輪路も美由紀に使わせたくはなかった。海の家に行った輪路はスイカを一つ購入し、棒を借りてスイカ割りが始まった。最初は賢太郎から。目隠しをして棒を軸に十回回り、ふらふらしながら声を頼りにスイカへと向かう。
(ボクが手を貸そうか?)
(いえ、僕にやらせて下さい。僕も男ですから!)
ナイアから手を貸そうかどうか訊かれたが、賢太郎は断った。ずるをしてまで勝ちたくない。それに、男としての意地もある。
「賢太郎くん右右!」
「あっ、ちょっと行き過ぎ!ちょっとだけ左行って!」
「そのまままっすぐ!」
彩華達は口々に声を掛けて、賢太郎をスイカへと導く。
「そこそこ!そこで止まって!」
明日奈が言うと、賢太郎が立ち止まり、棒を振り下ろした。棒は見事にスイカに命中し、スイカは砕ける。歓声が上がった。
「すごいです賢太郎くん!」
「えへへ。僕もなかなかのもんでしょ?」
「はい!」
彩華が褒めると、賢太郎が目隠しを取って照れくさそうに笑う。さて割ったスイカだが、当然食べる。シルバーレオでスイカを綺麗に切ってやろうと、輪路は腰を上げた。
その時、
「助けてーっ!!」
声が聞こえた。驚いて見てみると、沖の方で小学生くらいの少女が溺れている。気付かないうちに足が届かない場所まで流されてしまったのだろう。が、
「師匠!あの子…!」
「ありゃヤバいね…」
「ああ。幽霊に憑かれてる!」
賢太郎と明日奈と輪路だけが、事の詳細に気付くことができた。少女の背中に顔色の悪い少年が、笑いながら覆い被さるようにしてしがみついているのだ。少女はあっぷあっぷと慌てているが、少年の存在に気付いている様子はない。あの少年は幽霊だ。詳細は不明だが、恐らくこの辺りで溺死したのだろう。一人でいるのが寂しくて、少女を道連れに海の中に引きずり込もうとしているのだ。
「どうしましょう!?」
「お前らはここにいろ!俺が行く!ライフセーバーに行かないよう言っとけ!」
ただ溺れているだけならライフセーバーに任せればいいが、幽霊に憑かれて溺れているとなればライフセーバーも引きずり込まれて二次被害を招きかねない。だから、専門家に任せるのが一番なのだ。輪路は賢太郎達に被害を出さないよう言い聞かせると、海に向かって走っていった。だが、飛び込むわけではない。波打ち際で立ち止まると、シルバーレオを大上段に構えて、
「はああっ!!」
全力で振り下ろし、特大の衝撃波を飛ばした。輪路が飛ばした衝撃波は大きく海を割り、少女を全く傷付けることなく海の底に落とした。だが海水は横に流れているだけで、溺れる心配はない。海水が元に戻る前に、輪路は縮地を使って自分が今作った道を駆け抜ける。そして、
「こんな所で道連れなんか作ってねーで、さっさと成仏しやがれこのクソガキが!!」
「うあああっ!!!」
シルバーレオを日本刀モードに変えて幽霊を斬りつけ、成仏させてから木刀モードに戻す。それから少女を小脇に抱え、また縮地を使って浜辺まで戻ってきた。ちょうど、海は元通りに修復される。
「ミチコ!!」
「お母さん!!」
輪路が少女を降ろすと、少女の母がやってきた。少女は泣きながら母に駆け寄って抱き着き、怖かったと泣きじゃくっている。
「あなたが助けて下さったんですね!?ありがとうございます!!」
母は輪路に礼を言う。周囲の人々も、輪路の奮闘ぶりに拍手を送っていた。
「さっすが廻藤さん。スイカどころか、海割っちゃったわ。」
「すごいですね…」
「あれはナイアさんの力借りないと無理だ…」
「行動力抜群。討魔士として、かなり板に付いてきたって感じじゃない?」
茉莉、彩華、賢太郎、明日奈も感嘆している。美由紀はみんなに感謝され、尊敬されている輪路の姿が、とても誇らしかった。
*
夜。浦島亭にて全員が温泉から上がった後、輪路が少女を救った祝杯が挙げられていた。
「いや~さすが廻藤君だ!ウチの賢太郎がなつくだけのことはある!」
「…どうも。」
信之助は輪路の背中をバンバン叩いている。酒が入っているためか、すごい陽気だ。
「ささ、飲みなさい!今日の宴は君が主役だ!」
「いや、俺酒はむごご…」
信之助は酔った勢いで、輪路にビールを一杯、無理矢理飲ませた。
一分後。
「………ひっく」
輪路は顔をゆでダコのように真っ赤にして、しゃっくりをしてから仰向けに倒れた。
「輪路さん!!輪路さん!!」
美由紀が驚いて揺さぶるが、輪路は目を回していて起きない。
「下戸だったのね…」
樹里は驚いている。美由紀も知らなかったことだが、輪路は酒が飲めない。ビール一杯でも酔っ払い、目を回して気絶してしまうのだ。
「私、輪路さんをお部屋に連れていきます。」
「私も行きましょう。」
美由紀は誠朗と協力して輪路に肩を貸し、部屋まで連れていく。
「あんたいい加減にしなさい!!」
「ふげっ!!」
その後ろでは栄子が信之助の頭を叩いており、高校生組が引きまくっていた。
「ありがとうございます。私はこのまま、輪路さんの様子を見てますね。」
「わかりました。後で我々も様子を見に来ます」
美由紀は布団を引いて輪路を寝かせると、誠朗を大広間に帰し、自分は輪路を介抱することにした。部屋に備えてあったうちわを手に取り、輪路の顔を扇いで冷やす。回復力は高いと三郎が言っていたので、一時間もすれば調子を取り戻すだろう。
「…」
思えば、輪路はいつも無茶をしていたと、美由紀は思った。今回の旅行だって、輪路を休ませるのが目的なのに、結局輪路は戦った。
(どうすれば、輪路さんの心を休ませることができるんでしょうか?)
運命が介入するより早く輪路の心を癒す方法を、美由紀は必死に考えた。と、美由紀は気付く。今自分と輪路は浴衣だ。脱がせようと思えば、素早く簡単にひんむける浴衣だ。そう思った瞬間、美由紀の顔がボッ!と赤くなった。まるでさっき酔っ払って倒れた輪路のようだ。
「…」
美由紀は考える。輪路と肌を重ね合わせれば、輪路は心を癒してくれるだろうかと。気付けば美由紀は、もう輪路の上に覆い被さってしまっていた。顔が近い。輪路の吐息が、顔面に掛かる。少し酒臭い。だが、嫌な気分にはならなかった。こうして輪路の息を浴びていると、自分まで酔ってしまいそうな気分になる。美由紀は輪路から離れようとした。しかしその時、輪路が不意に目を開けた。
「…」
「…っ、輪路さんごめんなさい。これは」
無言で見つめてくる輪路の視線に耐えられなくなった美由紀は、すぐに輪路から離れようとする。しかし、それはできなかった。輪路が美由紀を抱き締め、寝転んだからだ。
「りっ、輪路さん!?やめて下さい!」
美由紀は逃げようともがくが、力は輪路の方が遥かに上なので、とても逃げられない。
「んむっ」
「ひっ…!」
輪路は唐突に美由紀の耳を甘噛みした。爪で美由紀の柔肌を優しく引っ掻く。猫になって遊んでもらっている夢でも見ているのだろうか。
「輪路さっ…これ…以上…は…!!」
この状況は本当にまずい。とにかくまずい。だが逃げられない。美由紀はどうにか輪路を起こそうとする。しかし、輪路は起きない。
「輪路さ」
「美由紀」
輪路は突然、美由紀の名前を呼んだ。
「え…」
「…」
輪路のじゃれつきが止まった。ただ、ぎゅう、と美由紀を抱き締めている。
「…大好き。」
輪路はそう呟いた。美由紀は、輪路が何を言っているのかわからなかった。
「美由紀、大好き。」
だが、もう一度同じことを言われたので、内容を理解する。直後、輪路は静かに寝息を立てて眠ってしまった。既に聞こえない相手へと、美由紀は告げる。
「…私も大好きですよ。輪路さん」
輪路の身体の熱と、抱き締められているというシチュエーションにすっかり意識を溶かされてしまった美由紀は、そのまま輪路と一緒に眠った。
「あらあら」
様子を見に来た他の者達は、気付かれないように少しだけ襖を開けてその微笑ましい光景を見ている。
「初々しいなぁ母さん。」
「ええ。昔を思い出しますねぇ」
誠朗と樹里は笑っていた。ちなみに、信之助は酔い潰れてしまい、今は栄子が一人で信之助を介抱している状態だ。賢太郎は酒癖の悪い父に頭を抱えながらも、輪路の様子を見に来ていた。二人の姿に顔が熱くなるのを感じたが、目は食い入るように二人を見ている。
(君って案外むっつりスケベなんだね)
ナイアの声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。彩華は顔を赤くしながら、ひゃ~!といった感じで二人を見ている。だが、こちらも賢太郎と同じく、二人から目を離さない。茉莉は、やっとその気になったか、といった感じで二人を見ていた。明日奈のみ、邪魔はすまいと目を背けている。
温泉旅館の旅、一日目がまもなく終わろうとしている。美由紀が輪路を好きだと思う気持ちは、ぐっと強まった。
だが翌日、廻藤の宿命は休息など決して許さないということを、美由紀は知ることになる。
*
深い深い海の底で、二人の男女が語らっていた。
「渚。今がどういう時かわかっているな?」
男は女の名を呼んだ。
「はい。真満月の夜が、明日にまで迫っております。」
「そうだ。そして光弘様は二百年後の今、必ず自分の子孫が来ると約束して下さった。あの女を滅ぼすために」
「はい。」
「ではお前が何をすべきか、わかっているな?」
男は渚という女性に問う。
「光弘様の子孫を、地上へ捜しに行って参ります。」
「うむ。頼んだぞ」
渚は男の命を受け、地上に向かっていった。
*
同時刻、同じく海底。
「…」
巨大な部屋の最奥。そこにある玉座の上で、一人の女性が目を覚ました。
「…二百年。ようやく時が満ちた」
自分が目覚めたということは、あの男が自分に掛けた封印が解けたということ。それはつまり…
「今こそ、全宇宙をこの手に。」
アザトースを打ち倒し、自分がこの宇宙を支配する時が来た、ということだ。
輪路と美由紀のイチャイチャっぷりはどうでした?次回からは物語が本格的に動き出します。お楽しみに!




