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第二十八話 人間になりたいと望んだ者

今回は、少し毛色の違う話を書いてみました。

冥魂城。


「シャロン!!」


「デュオール!!」


並行世界や異世界を巡り、魂を回収して戻ってきたデュオールはシャロンと出くわした。


「シャロン!!殺徒様が負傷したというのは本当か!?」


「ええ!!」


「…殺徒様…!!」


デュオールはちょうど城の入り口近くにいたカルロスから、殺徒が負傷したという話を聞いていたのだ。殺徒のことが心配になり、デュオールは玉座の間へ向かう。


「あ、殺徒様!!」


玉座の間でデュオールが見たのは、左腕がなくなっている殺徒だった。


「な、なんとお痛わしい…!!」


デュオールは片手で顔を覆った。これをやったのが輪路だということも、もうカルロスから聞いている。


「僕としたことが、オウザの完全復活が成功したことにかまけて、油断していたよ。」


このことは、殺徒も反省している。相手に完全にとどめを刺すまで、決して油断してはいけない。命を懸けた最後の反撃が、そのまま己の死に届くことがあるから。傭兵時代に学んだことを、すっかり忘れていたのだ。結果、殺徒は思わぬ反撃に遭い、また魂集めに奔走しなければならなくなった。しかも、リビドンが聖神帝に付けられた傷は、治りが遅い。この左腕を修復するためにも、さらに多くの魂を集めなければならなくなったのだ。当面の間、殺徒の動きは封じられることとなった。


「まぁいいじゃない。あの時点で成仏せずに済んだってだけで」


「…そうだね。」


黄泉子に言われて、残った右手で黄泉子の顔を撫でる殺徒。


「それより、そろそろブランドン達が次の手を打つ頃だ。デュオール。一応奴らは僕達と同盟関係にあるけど、決して気を許さないようにね。」


「心得ております。今回もまた多数の魂を集めて参りましたので、傷の回復にお使い下さい。」


「ありがとう。」


デュオールは集めてきた魂を、殺徒に捧げる。魂は殺徒の左腕に吸い込まれていった。


(廻藤輪路…この借りは必ず返すぞ…)


殺徒の胸の内には、静かな憎悪が燃えていた。










とある日曜日。輪路は美由紀を連れて、ある場所を訪れていた。ここは、輪路の自宅だ。今までは父が帰ってくる場所だったから、輪路はここに帰ることを拒んでいた。しかし、この家にもう父は帰ってこない。


「いいんですか?ここ、輪路さんの家なのに…」


輪路はこの家にただ戻ってきたのではなく、この家を引き払いに来たのだ。既に取引は済んでおり、後は荷物を運び出すだけ。美由紀には、それを手伝ってもらいに来たのである。


「ああ。俺はもう、ヒーリングタイム以外の場所に帰るのが嫌になっちまってな。それで、本格的にお前のとこに居座ろうと思う。あつかましい話だが、俺にとって家族と言える相手は、もうお前らしかいなくなったからな…やっぱり、迷惑か?」


「い、いえとんでもないです!!私も輪路さんがずっとそばにいて下さったら嬉しいですし、お父さんも喜びます。」


輪路にとって、幼い頃から接してきた篠原家は、もう第二の家族なのだ。


「…それにしても、家族かぁ…うふふ」


美由紀はそれが何だか嬉しかった。輪路が自分達を、家族だと思ってくれていること。それから、いつも頼りっぱなしな自分を、輪路が頼ってくれていることが。


「じゃ、始めるか。」


「はい!」


外には業者を待たせている。あまり遅くなるとまずいので、二人は早急に始めることにした。



その時、ピンポーン!と呼び鈴が鳴った。



「はーい!」


一応自分の家なので、輪路が応対する。外には、作業着姿の男性が一人、立っていた。


「廻藤様でいらっしゃいますか?」


「そうですが。」


「お届けものです。判子かサインお願いします」


「お届けもの?」


輪路が見てみると、男性の隣に、包装されたとても大きな箱が置いてある。これが、お届けものなのだろう。とりあえず、輪路は受領書に判子を押して宅配便の業者を帰す。


「どうしたんですか?」


戻ってこない輪路を心配して、美由紀が様子を見に来た。


「宅配便の業者だよ。俺にお届けものだってさ」


「宅配便って、輪路さん何か注文したんですか?」


「いや、俺宅配便なんて頼ったことねぇし。」


妙な話だ。輪路は宅配便を利用したことがなく、何かを送ってくる親族や親戚もいない。受領書を見てみると、匿名と書いてあった。


「…まぁいいや。一緒に運ぼうぜ」


「はい。」


とにかくここにあると邪魔なので、全部まとめてヒーリングタイムに運ぶことにした。











ヒーリングタイム。

今日は休日なので、客はいない。だから件の箱は、堂々と店内の真ん中に置いてある。これを開けるのは後回しにして、まず荷物の整理だ。元々必要なものは全て持ってきていたこともあり、あとはいらないものを処分するだけで済んだ。全てが終わった頃には、正午を回っていた。


「さて、それじゃあいよいよ…」


「ああ。開けるぜ」


佐久真に急かされ、輪路は箱の包装を剥がす。包装の下にあったのは、金属の箱だ。箱には上の方に窓が付いていたが、マジックミラーになっているらしく中は見えない。箱をよく調べてみると、恐らく箱を開けるためのものと思われるスイッチを見つけた。輪路はスイッチを押す。すると、プシューッ!と音がして、煙を出しながら箱が縦に開いた。


「うおっ!?」


「こ、これって…!!」


輪路と美由紀は驚いた。箱の中には、女性が入っていたのだ。しかし、この女性違和感がある。見た目はどう見ても人間なのだが、どこか無機質なのだ。間もなくして女性は目を開け、それから輪路を見た。


「…顔写真、照合完了。おはようございます、廻藤輪路様。」


目が一瞬光ったかと思うと、女性は箱から出てきて輪路の前に礼をした。


「な、何だこいつ!?」


「…これもしかして、アンドロイドじゃないの?」


驚く輪路に、佐久真は言った。女性は答える。


「はい。私はアンドロイド、コード7340-X。アンナです」


この女性は、アンドロイドのアンナというらしい。


「輪路さん!説明書がありました!あと手紙も!」


美由紀が、アンナが入っていた箱から説明書と謎の手紙を見つけ出し、輪路に渡した。手紙にはこう書いてある。


『おめでとうございます!あなたは特別キャンペーンとして日本政府が無作為に選んだ方々から、見事当選されました!つきましてはあなたにこのアンドロイド、7340-Xを差し上げます。大切にして下さいね!』


「何だこりゃ?キャンペーン?」


何のことかさっぱりわからないが、政府が送ってきたものらしい。輪路は次に説明書に目を通す。


『7340-Xは、感情を学習していくメイドロボットです。初めは普通のロボットとさほど変わりませんが、感情を学習していくことで、最終的に人間とほぼ同等のアンドロイドとなります。できる限り多くの感情を学ばせて、あなた好みのメイドに仕上げましょう。』


「メイドロボット?」


どうやらアンナは、メイドロボットであるらしい。美由紀がじとー、と輪路を睨む。


「輪路さん、本当に覚えないんですか?もしかしてメイドさんが好きで、私に言うわけにいかないからとか、そういういかがわしい理由じゃありませんよね?」


「んなわけねぇだろ。俺にそんな趣味はねぇし、さっき手紙に書いてあったじゃねぇか。無作為だって」


輪路は否定した。輪路は別にメイド萌えとかそんな趣味があるわけではないし、そもそも美由紀以外の女性には興味がない。異性として認めたことすらない。だから美由紀以外の女性の全裸を見ても、輪路は何も感じない。女性がしょっちゅう脱がされるマンガやアニメを見ても同じだ。せいぜい、バカだろこの作者。と原作者を蔑むくらいだ。


「マスター輪路。ご命令を」


アンナは輪路をマスターと呼び、メイドロボットらしく命令を催促してくる。


「命令って言われてもな…」


正直困る。メイドロボットなんて欲しいと思ってなかったし、大抵のことは全部自分でできるから、お願いすることが何もないのだ。


「とりあえず着替えた方がよくない?その服装、なんか見映えが悪いわ。」


佐久真はアンナの服装を指摘した。アンナは今、どこかのSFアニメに出てくるような、サイバースーツを着込んでいる。普通に生活するにも物騒だし、悪い意味でよく目立つ。


「そうですね。それじゃあアンナさん、お着替えしましょうか。」


美由紀はアンナの手を引き、自分の部屋に連れていこうとする。しかし、アンナは動かなかった。


「アンナさん?」


「…」


アンナは無言で輪路を見た。どうやら、状況がよくわかっていないらしい。命令を欲しがっていたし、仕方ないかと思い、輪路はアンナに命令した。


「じゃあ命令だ。アンナ、着替えてこい。この美由紀って子が手伝ってくれるから、言うこと聞くんだぜ?」


「命令を承認。了解しました、マスター輪路。」


「じゃあ行きましょう!」


これでようやくアンナは美由紀に従い、美由紀に手を引かれて店の奥に消えた。


「…大丈夫かなぁ…」


「問題ないでしょ。それにせっかくのメイドロボットだから、明日からお店のお手伝い、やってもらうわ。」


輪路はアンナという得体の知れないメイドロボットをいきなり送り付けられたので不安がっていたが、佐久真は人手が増えたとポジティブに喜んでいた。











翌日、アンナは佐久真の希望で、早速ヒーリングタイムのエプロンを着けて働くということになった。もちろん、接客態度やある程度の感情を教えてある。


「お待たせしました。ホットケーキでございます」


「ありがとう。」


まだ表情が少し固いが、仕事ぶりはなかなかのもので、アンナがそこそこ美人ということもあり、客からの人気は高い。


「…」


翔はアンナを黙って見ている。輪路はこっそり翔に聞いた。


「で、どうだった?」


「予想していた通りだ。政府が無作為にアンドロイドを提供するなどというキャンペーンを行っていた情報は、どこにもない。」


輪路は昨日、密かに翔に連絡して、アンドロイドの提供キャンペーンについて調べてもらっていたのだ。本当は輪路が自分で調べなければならなかったのだが、翔にアンナの監視をしろと言われ、翔が情報収集を引き受けてくれた。やはり、そんなキャンペーンはなかったらしい。政府が案を持ち上げた形跡すらなかったそうだ。


「やっぱりな。ってことはどこかの誰かが、何かの目的で俺のところに送り込んできたってわけだ。」


「情報が足りなすぎるから断定できるわけではないが、アンチジャスティスという可能性もある。あまり気を許すな」


翔は自分が集めた情報についてひとしきり話すと、勘定を済ませて店を出ていった。


「アンチジャスティス、か…アンドロイドだけどよ、そこまで悪いやつじゃないと思うぜ?」


「翔くんが怪しむのも仕方ないです。全てを疑えとは言いませんが、今あなたはアンチジャスティスから狙われているんですから、やっぱり気を許さない方がいいですよ。」


見ている感じ、アンナは邪悪な存在だとは思えないが、それでも用心はするべきだと、輪路はソルフィから釘を刺された。


「「「おはようございます!」」」


と、そこへ賢太郎達三人組がやってきた。


「あらあらいらっしゃい。」


「アイスコーヒー三つお願いします!」


「はーい。ちょっと待っててね」


彩華からアイスコーヒーの注文を受けて、佐久真はすぐに作り始める。輪路は呆れた。


「しっかし、お前らもご苦労なことだねぇ~。夏休みだってのに、行く所は結局変わらねぇってか?」


「だって師匠に会いたいですもん。」


「ったく…」


夏休みなら、どこか遠くに遊びに行ったりするものだろう。なのにこの高校生組は、時間が変わっただけで結局ここに来るのだ。明日奈は夏休みに入るや否や、早速修行に入ったらしい。殺徒のこともそうだが、アンチジャスティスも十分な脅威だとわかった。一刻も早く、輪路達と一緒に戦えるようになりたいらしい。


「っていうか廻藤さん。この暑いのにホットコーヒーですか?」


茉莉は輪路が飲んでいるコーヒーを見た。他の客は全員アイスコーヒーだが、輪路のコーヒーだけはホットだ。


「悪いか?」


「悪いとは言いませんけど…暑くないんですか?」


「店ん中は冷房が効いてるからな。」


「…あたしはホットコーヒーなんて見てるだけで暑くなるんですけど…」


「そりゃ、俺はこれでも大人だからな。この程度のことで暑い暑い言ってたら、この先もたねぇよ。」


夏はまだようやく中間地点に入ったところだ。八月はもっと暑くなるし、九月には残暑もある。


「んっと強いですねぇ…」


「まぁ鍛えてるしな。」


輪路は得意げに言った。


「マスター輪路のお友達ですか?」


と、客への品を一通り運び終えたアンナが来た。


「おう。まだガキだけどな」


「師匠、この人は?」


輪路は賢太郎達にアンナのことを紹介する。キャンペーンが嘘だということは、うまく隠して。


「へぇ~アンドロイド!」


「どこからどう見ても、人間にしか見えないわねぇ。」


「でも、ずっと見てたらやっぱりロボットだってわかるよ。挙動が少し違うもん」


鈴峯姉妹と賢太郎は、アンナを珍しそうに見る。触ったりもしてみる。アンドロイドのメイドというのは、この辺りにも滅多にない。だから珍しいのだ。


「マスター輪路。」


アンナは輪路に命令を求めた。どうしたらいいかわからず、助けを求めているようだ。


「…お前ら、アンナが困ってるから、それくらいにしてやれ。」


「はい。」


「わかりました。」


「じゃあ鑑賞タイムはおしまいね。」


三人は輪路の言うことを聞いて、アンナから離れる。アンナは輪路に礼を言った。


「ありがとうございます、マスター輪路。」


「ん。こいつらも悪気があってやったわけじゃねぇから、許してやれ。それから時々こんな感じで、こいつらの遊び相手もしてやってくれよ。喜ぶからな」


「はい。了解しました」


アンナは輪路に言われ、頭を下げた。その後、賢太郎達は運ばれてきたアイスコーヒーを談笑しながら飲み干すと、外に遊びに言った。アンナはその光景を、どこか物憂げに見ていた。











「おやすみなさい、マスター輪路。」


アンナは輪路の自室、自分が入っていたあの箱の中に入って言った。あの箱は、アンナの充電器である。電気の残量が少なくなると、この中に入ってスリープモードになり、充電を始めるのだ。


「ああ。おやすみ」


輪路は箱の蓋を閉じてやる。


「充電開始。これよりスリープモードに入ります」


アンナはそう言うと、目を閉じた。人間で言う、睡眠にあたる行為だからだろう。充電にどれくらい電力が必要とか、電気代滅茶苦茶かかるんじゃないだろうかと少し心配になったが、まぁ気にしない。輪路は自分のベッドに…は行かず、部屋を出て美由紀の部屋に向かった。アンナのことで美由紀と話がしたくて、前もって打ち合わせしておいたのだ。

「なぁ美由紀。アンナのことなんだけどよ、あいつもしかして感情学ぶ必要ないんじゃないか?」


「…私もそう思ってました。」


いろんな人間の集まる喫茶店で働けば、少しは感情を学習する速度が上がるかもしれない。今日働かせたのはそういう意図もあったのだが、いくらなんでもアンナの学習速度が速すぎる。それに、アンナが賢太郎達が帰る時に見せたあの表情。あれは既に感情がある者の顔だ。そしてあの表情を作るために必要な感情は、まだ教えていないのである。ということは、もうアンナは感情を全て持っているということだ。


「いざというとき、何かあったら困る。だから俺、明日はあいつを連れて外に出るよ。」


「大丈夫ですか?一応翔さんに連絡した方が…」


「あいつの手なんか借りるかよ。今回は俺一人で十分だ」


これでアンナがアンチジャスティスから送られてきた刺客であるという説が濃厚になってきた。安全面を考えて、明日輪路はアンナと外出することにする。これなら万が一の時、店を巻き込むことはない。


「気を付けて下さいね?輪路さんにもしものことがあったら私…」


「大丈夫だ。俺も最近強くなってきたし、滅多なことじゃ負けねぇよ。」


美由紀を安心させて、輪路は部屋を出た。明日は問題の、アンナとの外出である。











翌日。


「おはようございます。マスター輪路」


設定されていた時間にアンナは目覚め、箱を開けて出てきた。


「ああ、おはよう。今日は俺と一緒に少し外に出ようぜ」


「了解しました。しかし、お店の方はよろしいのですか?」


「…大丈夫だ。さ、支度しろ。」


「はい。マスター輪路」


輪路はアンナに外出の支度をさせて、ヒーリングタイムを出た。




バイクに二人乗りして、店からかなり離れたところで、輪路はバイクを止める。


「どうしたのですかマスター輪路?ここは予定されていた場所と違うようですが。」


「…お前に聞きたいことがある。」


輪路は今まで聞かなかったことを訊くことにした。


「はい、何でしょう?」


「お前は誰に造られたんだ?」


「返答不可。プロテクトが掛かっています。質問の返答を得たい場合は、プロテクトを解除して下さい。」


「じゃあ誰に、何の目的があって送られてきた?」


「返答不可。プロテクトが掛かっています。質問の返答を得たい場合は、プロテクトを解除して下さい。」


「…」


ご丁寧に、輪路が一番聞きたい質問には、答えられないようになっている。これは、輪路に知られたくないからだろう。つまり、輪路に素性を知られて困る人間が、アンナを送ってきたのだ。輪路が知る中で、そういった存在として該当する者達は、一つしかない。


(やっぱり、アンチジャスティスなのか…)


アンナから邪悪な気配は一切感じられないが、アンナを送ってきた勢力は、アンチジャスティスでほぼ間違いない。


(どうする?こいつをぶっ壊すか?)


輪路は思案した。本来なら、この場で迷わずアンナを破壊するというのが、正しい選択なのだろう。しかし、


(…)


昨日アンナが見せたあの物憂げな表情が、輪路の脳裏にちらついていた。


(…ちっ!アンチジャスティスめ、名前通り悪どい手を使いやがる!)


アンチジャスティスの目的は、恐らく輪路とアンナをしばらく共同生活させ、油断したところでアンナに暗殺させることだろう。途中で気付いても、情が移れば破壊しにくくなる。輪路は他の討魔士達のように、倒さなければならない悪と判断した存在を問答無用で破壊するということができないのだ。現に、輪路はアンナに対して情が移りつつある。自分の命を狙っているアンナを、破壊すると踏み切れないでいる。それがアンチジャスティスの作戦だとわかっていながら。と、


「うう…ママ…ママ…」


子供の声が聞こえた。見ると、今気付いたことだが近くに公園がある。そして、その公園のすぐ近くで、小学生ぐらいの男の子がすすり泣いていた。


「…ちょっと待ってろ。」


輪路はアンナを待たせ、少年のところに行った。この少年は幽霊だ。


「こんな所でどうしたんだ?ママがどうとか言ってたな。」


「…ママとはぐれちゃったの。」


「そうか…この公園でか?」


「うん。」


輪路は考えた。恐らくこの少年は、母と遊んでいる最中に何らかの事故に巻き込まれ、死んだのだ。母の方は生きているだろう。死んでいるなら、少年と一緒にいる可能性が高い。次に成仏させる方法だが、この手の幽霊は真実を伝えると、いたずらに苦しめてしまう。そこで、


「お兄さん、君のお母さんの知り合いなんだ。お母さんあっちに行くって言ってたぞ?」


自分は少年の母の知り合いだと嘘をつき、空を指差した。


「本当!?じゃあすぐ行く!!」


少年は喜ぶと、光の粒子になって消えた。成仏したのだ。ようは母がここにいると思っているから成仏できないのであり、母が成仏したことを教えてやれば後を追って成仏する。嘘をついてしまったのが少し心苦しいが、少年の母については全く手掛かりがないし、状況が状況なので時間を割けない。嘘も方便とはよく言ったものだ。と、


「今の少年は?」


いつの間にかアンナがそばに来ていて、輪路に尋ねた。


「…幽霊だよ。成仏させてやったんだ」


輪路は、アンナに幽霊が見えたことに対して、あまり驚いていない。アンナはアンドロイド、機械なのだ。機械は時として、霊的な存在を感知することがある。カメラが幽霊を写した、センサーが幽霊に反応したなどという話は、別に珍しくもない。アンナも似たようなものなのだろうと、輪路は思ったのだ。問題はその後である。アンナの顔だ。


「そうですか…」


少年が成仏したとわかった時のアンナの顔が、またあの時と同じ、物憂げな表情だった。


「…いいですね、人間は。」


「…は?」


その直後、アンナがそう言った。


「あんな風に、泣いたり笑ったりできる。私の場合、笑うことはできても、それはプログラムでしかない。機械だから、涙を流すことはできないんです。」


「…」


「私は…アンドロイドではなく、人間に生まれたかった。」


泣いたり笑ったりできる、それは先ほどの少年のことを言っているのだろう。涙を流せないというのは、機械である以上仕方ない。


「…お前、変なこと言うんだな。人間になったって、いいことなんか一つもねぇぞ?やりたくねぇ仕事無理矢理やらされたり、面倒くせぇことに度々巻き込まれたり。」


「それはあなたが人間だからそう感じるんです。素晴らしいことではありませんか、私にはできないことなんですよ?」


「…お前にできるかできないかは別として、まぁ他の生き物になりたいとは思わねぇな。」


「そうでしょう?やはり人間は、素晴らしい生き物なんです。」


会話が信じられないほど滑らかである。しかも、人間になりたいとまで言い出した。これでアンナが、最初から全てをプログラムされていることは明白となった。


「…」


だが、輪路はアンナを破壊する気にはならなかった。輪路の中の何かが、アンナの破壊を躊躇わせているのだ。それはアンナに対する情であるかもしれないし、それ以外の何かかもしれない。とにかく、今はアンナを破壊したくなかったのだ。とはいえ、アンナの破壊を他の者に任せるつもりもなかった。アンナの異常性を誰かに知らせること自体、輪路は嫌だった。だから、しばらく見送ろうと思ったのだ。


(それに、まだ相手がアンチジャスティスだって決まったわけでもない。もしそうだったとしても、俺が全部責任を取りゃいいだけの話だ。連中の狙いは、俺だけなんだからな…)


この判断は命取りとなるかもしれない。しかし今は、今だけはアンナを破壊したくなかった。



今は、今だけは……。











その後、アンナは驚異的な学習能力を見せる以外、目立った行動をしなかった。ただ時々、自分の前に現れる人間を羨むだけで。




そして、アンナが来てから五日後の深夜。




ヒーリングタイムの全ての明かりが消えた頃、アンナが眠っている箱が、音を立てて開いた。それなりに大きな音だったのだが、輪路は目を覚まさない。ぐっすり寝ている。アンナはスリープモードを解除して箱の外に出ると、ゆっくり輪路に近付いていった。そして、輪路の目の前に来たあたりで、アンナの右手首から先が、鋭利な剣に変化した。アンナは輪路を斬り殺そうと、腕を振り上げる。しかし、


「…っ…!」


アンナは苦しそうな顔をして、腕をゆっくり下ろし、剣を手に戻した。


「殺らねぇのか?」


声がしたのは、眠っているはずの輪路から。輪路は目を閉じたまま、アンナに問いかけた。アンナは崩れ落ち、両手を床に付いた。


「できない…私には…できない…!!」


「…お前、やっぱり俺を殺すのが目的だったのか。」


「…はい。お察しの通り私は、アンチジャスティスからあなたを殺すために派遣された、戦闘用アンドロイドです。」


アンナは白状した。やはり、彼女はアンチジャスティスの刺客だったのだ。


「ですが、私にはあなたを殺すことなどできない!!」


「何でだ?お前、アンチジャスティスの手先なんだろ?」


「はい。ですが、感情を学習する必要があったのは本当です。」


アンナは、あらかじめアンチジャスティスによって、あらゆる情報を学習させられている。しかし、感情を完全なものにするためには、どうしても他の人間と共同生活し、実際に学ばせる必要があった。要するに、最後のピースが欠けていたのである。そしてできあがったのは、アンチジャスティスの思想に染まっていない、常人の感情。まともな人間なら、アンチジャスティスのやっていることが間違いだと気付く。だから、輪路を殺したくないと思い、輪路の暗殺に失敗したのだ。


「マスター輪路。私を破壊して下さい」


「何?」


アンナからの依頼。ここで初めて、輪路は目を開けた。


「アンチジャスティスは作戦に失敗した者に容赦をしません。戻っても、私は感情のデータを抜き取られて、廃棄処分されるだけ…なら、せめてあなたのメイドロボットでいるまま破壊して欲しい。」


「どうしてだ?ここに居ればいいだろ?」


輪路は起き上がり、アンナに言った。ここに居ればいい、何も自ら望んで破壊されることはないと。


「駄目です。私はアンドロイド…リモコンで遠隔操作ができるんです。今は自立稼働状態ですが、任務失敗に気付かれて遠隔操作に切り替えられたら…だから早く!気付かれる前…にっ…!?」


「アンナ!?」


自身の破壊を申し出るアンナ。だがアンナは突如として動きを止めてしまう。


「…」


その瞬間アンナは無表情になり、窓を破壊して外に逃げていってしまった。


「アンナ!!くそっ!!」


輪路はアンナを追跡すべく、翔に連絡を入れた。











翔にアンナの追跡を依頼したところ、今までアンナに何もしなかったことを呆れながらも協力してくれた。さらに三郎にも手伝ってもらい、二人と一羽は巨大なビルの前にたどり着く。翔の手には、霊力測定器が握られていた。大事に扱われた物には魂が宿ると言うように、輪路の強い霊力に触れ続けたアンナの身体には、霊力が残留している。その霊力を追えばいい。アンナはこの中にいる。


「わかっているだろうな?」


「ああ。責任は全部俺が取る」


こうなったのは全て輪路に原因がある。邪魔者を蹴散らす程度の手助けはするが、それ以上のことはしない。自分の始末は自分で着けろと、翔は言った。無論、輪路もそれはわかっている。最初から決めていたことだ。


「三郎、お前はここで待っていてくれ。万が一ヤバくなったら、結界を張るよう指示する。」


「わかった。」


輪路は三郎に命じ、二人はビルの内部に突入した。




案の定罠であり、ビルの中には武装したアンチジャスティスの構成員達が待ち構えていた。


「雑魚の相手は任せろ。お前はあのアンドロイドを捜せ」


「おう!」


輪路は翔から測定器を渡され、翔は雑魚散らしを引き受ける。


「アンナ!!アンナどこだ!!」


アンナを捜してビル中を駆け巡る輪路。その時、


「廻藤輪路。」


突然女性の声が聞こえた。すぐ近くにあるスピーカーからだ。


「誰だ!!」


「アンナに会いたいなら、私の指示に従いなさい。そこから真っ直ぐ進んで、一番奥にある部屋の中に入るの。アンナはそこにいるわ」


「本当だろうな!?」


「本当よ。」


「…嘘だったらこのビルぶっ壊すからな!!」


本当なら敵の指示など従いたくはないが、アンナの居場所を知っているのが敵しかいない以上従うしかない。指示通り真っ直ぐ進むと、確かに部屋があった。輪路が部屋の前に立つと、自動でドアが開く。そして、部屋の真ん中にはアンナがいた。


「アンナ!!」


輪路は部屋の中に入り、アンナのもとへ駆け寄る。しかし次の瞬間、アンナの両腕が剣に変化し、輪路に斬り掛かってきた。


「くっ!!」


輪路は咄嗟にシルバーレオを抜き、それを防ぐ。


「アンナ…!!」


アンナは自分の目の前から姿を眩ました時と同じ、虚ろな目をしていた。とりあえず、輪路はアンナから離れる。アンナは追ってこない。だが、


「ようこそ、廻藤輪路。」


部屋の奥のドアから、アンナそっくりの女性が現れた。


「私はエラルダ・ミストニック。アンチジャスティス技術開発部部長にして、アンナの製作者よ。気付いたかもしれないけど、アンナは私をモデルにして造ったの。そっくりでしょ?」


「アンナに何をした!?」


エラルダと名乗った女性に、輪路は訊く。


「このリモコンを使って、戦闘モードに切り替えたの。今のアンナに、あなたの声は届かない。できるのは私の命令通りに戦うことだけ」


エラルダは小さなリモコンを取り出し、それを輪路に見せびらかして言う。


「あなたには感謝しているわ。アンナをあなたと生活させることで、ようやく完全な人間の感情が完成した。」


「そんなことをして、何をするつもりだ!?」


「いずれわかるわ。あなたがアンナに勝って、生き延びたらの話だけど。そうそう、まだ一つ完成していない感情があったわね。そう、怒りよ。さぁアンナ、怒りを学習しながら、廻藤輪路を殺しなさい。」


「…」


アンナは無言で身構えた。


「アンナを元に戻すには、このリモコンを壊すしかないわ。でも、あなたにそれができるかしらね?今のアンナは私を死守するようプログラムされてるから。」


「…何が何だろうとやってやるよ。てめぇのリモコンぶっ壊して、アンナを元に戻す!!神帝、聖装!!」


輪路はレイジンに変身した。見たところ、エラルダは普通の女性にしか見えない。聖神帝になればひとたまりもないだろう。力の霊石を併用して使えば、アンナの妨害も強引に突破できるはずだ。


「いきなり聖神帝?だったらこっちにも考えがあるわ。」


しかし、それを見て黙っているエラルダではなかった。何やら、リモコンのスイッチを押したのだ。すると、アンナの全身からオーラのようなものが吹き出し、凄まじいスピードでレイジンに斬り掛かってきたのだ。


「うお!?てめぇ今度は何しやがった!?」


レイジンは慌てアンナの攻撃を防ぐ。パワーもスピードも、先ほどとは比較にならない。


「アンナの中のもう一つの動力、オーバージェネレータを起動したのよ。オーバージェネレータは周囲の様々なエネルギーを吸収して、そこから莫大な電力を作り出す。少量でも生み出せる電力が大量だから、調整に苦労したけど、強力な兵器に転用できたわ。」


元々はマーティンという科学者が作り出した自家発電機だったが、エラルダがその技術を横取りして兵器に転用したのだ。


「さて、どうするのかしらね?」


「このクソ女!!」


レイジンは激怒してエラルダを斬ろうとするが、その度にアンナが間に入って妨害するため、エラルダを攻撃できない。


「アンナ、頼む。邪魔をしないでくれ!!」


レイジンはアンナに言い聞かせるが、アンナは答えず、両腕の剣でレイジンを攻撃してくる。


「…お前がどうして人間になりたいなんて言ってたのか、ようやくわかったよ。自分が操り人形だからだ」


アンナが人間に憧れた最大の理由は、自分の現在の境遇から脱出したかったからだ。アンチジャスティスの操り人形である自分はどうやっても反抗できないが、人間ならどんなに支配されても反抗できる。人間はどこまでも自由な生き物だ。自分がすべきこと、自分が進むべき道を、自分の意思で決めることができる。だから、人間は羨ましい。アンナはこう思ったのだ。


「けどなぁ、お前だって悔しいだろ?感情があるなら思うはずだ!こんなやつにいいように操られて悔しいってな!悔しいままでいいのかよ!?」


エラルダは、アンナにレイジンの言葉は届かないと言った。しかしレイジンは、それを無視してアンナを説得する。


「自分は操り人形のままじゃないって証明したいって思わないのかよ!?思うだろ!?だったらおもいっきり逆らってやれよ!!お前は人形なんかじゃない!!お前はアンナだ!!ロボットでもアンドロイドでもない!!アンナなんだ!!!」


必死に説得を続けるレイジン。その時、


「…マ…スター…輪…路…」


何も喋れないはずのアンナが喋った。喋って、動きを止めた。


「私は…アンナ…私は…アンナ…!!」


戦い続けようとする自分を、必死に抑えている。


「そんな…信じられない…!!」


エラルダは驚いている。このリモコンの操作は完璧なはずだ。逆らえるはずはない。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


レイジンはその隙を見逃さなかった。エラルダに向かって駆け出す。


「…くっ!!」


アンナの状態に気を取られて反応が遅れたエラルダは、レイジンに向かってリモコンを投げつけながら、後ろに飛ぶ。レイジンはそのリモコンを叩き斬り、アンナは支配から解放されて倒れた。


「終わりだクソ女。」


レイジンはエラルダの喉元にシルバーレオを突き付ける。しかし、こんな状況でエラルダは笑った。


「あ~あ、やっちゃった。」


そしてエラルダが笑った直後、


「あっ…がぁっ…あっ…!!」


アンナが苦しみ始めた。


「アンナ!?」


「リモコンを壊せば、確かにアンナは元に戻るわ。でも、本当にそれだけだと思った?」


「てめぇ…今度は一体何をしやがったんだ!?」


レイジンはエラルダの胸ぐらを掴み、リモコンを壊すと何が起こるのか問い質した。


「アンナのオーバージェネレータに、リモコンの反応が消失すると暴走するようにプログラムを仕込んでおいたのよ。周囲のあらゆるエネルギーを取り込んで、電力を増大させ続ける。最後には電力を処理しきれなくなって、ボン!と大爆発。この街は灰も残らず消し飛ぶことになるわ」


「何だと!?」


エラルダはとんでもない罠を仕掛けていた。リモコンを壊そうが壊すまいが、どのみちアンナは助からなかったと言うのだ。しかも、リモコンを壊してしまったことにより、この秦野山市そのものが消滅の危機に陥ってしまった。


「じゃ、正気に戻ったアンナの最後の会話でもしてなさい。」


エラルダは服のポケットから別のリモコンを取り出すと、そのスイッチを押した。その瞬間、エラルダは消えてしまう。恐らく爆発の範囲外まで逃げたのだろう。


「くそっ!!あの女、やってくれやがった!!」


悪態をつくレイジン。オーバージェネレータの暴走を止める方法などわからない。


「そうだ!!アンナ、お前その何とかってエンジンを止める方法知らないか!?」


レイジンはアンナに、オーバージェネレータの暴走を止める方法を訊いた。しかし、


「…一度暴走したオーバージェネレータを止める方法はありません。この暴走は、兵器としての最終用途…すなわち、自爆特攻装置ですから…」


暴走は自爆装置も同然のプログラム。役に立たない兵器を廃棄するためには最良の方法なので、あのエラルダが止めるはずがない。エラルダは完全に、アンナを役立たずだと判断したのだ。


「ですが、一つだけこの状況を打開する方法があります。この街も、私も救われる方法が。」


「そんな方法があるのか!?」


この状況でそんな方法があるとは驚いた。レイジンはその方法を聞き出そうとする。アンナは教えた。


「私をオーバージェネレータもろとも消滅させるのです。」


「…は?」


何を言っているのかわからなかった。自分を消滅させろ、と言ったように聞こえたが。


「爆発する前にオーバージェネレータを消滅させれば、爆発は起きません。そしてオーバージェネレータは、霊力は吸収しないんです。強い霊力を使った攻撃で、私を消滅させて下さい。」


オーバージェネレータは、僅かな光すらも利用して電力を作る。しかし、エラルダは味方が弱体化することを恐れて、霊力は吸収しないよう調整したのだ。つまり、ライオネルバスターを使えば、吸収されることなくオーバージェネレータを消し去れる。しかし、それはアンナ自身の消滅も意味している。


「ちょっと待てよ!!お前まで消し飛ばせってのか!?」


「他に方法はありません。それとも、オーバージェネレータだけに狙いを絞って攻撃できますか?」


「う…」


レイジンは言葉に詰まった。できない。ライオネルバスターは広域殲滅用の技であり、精密狙撃用の技ではないのだ。だからどれだけ出力を弱め、攻撃範囲を絞っても、アンナを消し飛ばしてしまう。技の霊石を使っても無理だ。


「…いいんです。私はもう、人形のままでいたくない。だからあなたの手で、私を破壊して下さい。それが、私が唯一救われる方法なんです。」


「アンナ…」


「…お前はアンナだ。あなたがそう言ってくれて、本当に嬉しかった。」


アンナはレイジンが撃ちやすいように立ち上がり、両手を広げる。


「…三郎、結界を張れ。」


「わかった。」


レイジンはアンナを消滅させる決意をし、三郎に結界を張るよう連絡する。


「魂を持たない私が、あの世と呼ばれる場所に行けるかどうかはわかりませんが、もし行けたら私は、あなたがアンチジャスティスとの戦いに勝てるよう、応援します。」


「…行けるさ。お前は人間だ。魂がちゃんと宿ってる」


「…嬉しい。あなたが私のマスターで、本当によかった。」


レイジンは微笑むアンナに向けてライオネルバスターを撃つため、チャージを始める。そして、


「ありがとう、マスター輪路。そして、さようなら。」


アンナはレイジンに別れを告げ、


「…ああ。さよならだ、アンナ。」


レイジンはライオネルバスターを撃った。











襲ってくるアンチジャスティスの構成員達を全滅させた翔は、突然聞こえた轟音を追って、一つの部屋を訪れた。


「廻藤!!」


部屋の中には、床に両手と膝を付いてうつむく輪路がおり、部屋の壁には、大穴が空いていた。アンナはいない。輪路が跡形もなく消し飛ばした。


「廻藤、やったのか。」


「…ああ。これしか、あいつを救う方法がなかった。」


輪路はうつむいたまま答えた。しばらく黙ってから、輪路は続ける。


「…俺、あいつの分まで生きるよ。俺はあいつが憧れてた人間だから」


輪路は人間だ。アンナが焦がれてやまなかった、人間として生まれたのだ。だから人間として、アンナの分まで生きよう。輪路はそう決めた。それが、人間として生まれることができなかった、アンナへの弔いになると信じていたから。だがこうも信じている。アンナの身体は人間ではなかったが、アンナの魂は間違いなく、人間のものだったと。





悲劇の存在として生まれ、そして輪路に討たれたアンナ。彼女は果たして幸福だったのか?それは本人にしかわからないことですが、きっと彼女は幸福だった。僕はそう思います。


では、次回もお楽しみに!

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