表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/85

第二十六話 秦野山市百鬼夜行

今回は有名な妖怪が出ます。

皆さんは、パッと見て気味が悪いと感じる物は何かと訊かれたら、何と答えるだろうか?突然こんなことを訊かれても、いろいろありすぎて何と答えたらいいかわからないだろう。ちなみに作者もその口だが、あえて今回は『祠』と答えさせてもらう。中に仏像や地蔵などが祀ってあったり、時には神札などがびっしりと貼られている祠を見て、皆さんはどう感じるだろうか?作者は不気味だと感じる。それが正常な感覚だろう。不気味な雰囲気を漂わせている祠を見つけたら、絶対に手を出してはいけない。こうなる可能性があるから…











秦野山市。四~五人ばかりの男女の集団が、夜道を歩いていた。彼らは手にビールや煙草を持ち、楽しそうに談笑している。しかし彼ら、実は未成年だ。酒や煙草をやってはいけない年齢である。と、


「ん?」


一人の男が、何かを見つけた。祠だ。道の脇に、とても小さな祠がある。


「あれ何だ?」


男が指差すと、他の者達も気になったらしく、祠に向かって歩いていく。



祠の中には、小さな祠に収まるような小さな仏像が一つ、祀ってあった。


「何だこれ?仏像?気持ち悪い形してんな~。」


酒を飲んで少し、いやかなり酔っ払っている一人の男が、その仏像を手に取って見てみた。この仏像、首から下は普通の仏像なのだが、どういうわけか頭が大きい。正確に言うと、後頭部が後ろに向かって異様長く伸びているのだ。今までどうやって立っていたのか、不思議に思えるほどの長さである。どことなく、気味が悪い。


「貸してみろ。」


と、もう一人の男が横から手を出して、仏像を奪い取った。この男、この集団の中で一番酔っており、


「こういう気味の悪いもんはな、おら!!」


酔った勢いで仏像を地面に叩き付けてしまった。


「あっ!」


他の者が気付いた時にはもう遅い。仏像は粉々になっている。修復は不可能だろう。


「ねぇ、これヤバくない…?」


「そうよ。どうすんのこれ…」


女二人が、不安そうな顔をしている。しかし当の男は、


「うるせぇな。あんな仏像の一つや二つ、壊したってどうってこたねぇだろうが。ビビってんじゃねぇぞ」


酔いが回りすぎて話にならない。



その時、壊れた仏像から煙が立ち上ってきた。仏像から溢れ出した煙は、一つの形を取る。それは、着物を着て杖を付いた老人だった。しかしこの老人、後頭部が異様に長い。まるでさっき壊した仏像と同じ頭だ。



「な、何だよこのおっさん!?」


「あ、あんた一体誰だ!?」


驚いた不良達は、老人に尋ねる。が、老人は質問に答えず、逆に不良達に質問してきた。


「わしを封印から解いたのはお前らか?」


「は?封印?」


「何言ってんの?」


何のことかわからず困惑する不良達。と、老人は自分の足元を見た。そこには、さっき壊された仏像が転がっている。


「そうか、やはりお前らがわしの封印を解いてくれたのか。」


それを見て答えを出した老人は、にぃっ、と笑うと、


「すまんかったな、もう休んでいいぞ。永遠にな」


杖を振った。いや、よく見ると杖の先が刀になっている。仕込み杖だ。老人は神速の抜刀で、不良達を一瞬で真っ二つにし、殺害した。


「くくくっ!匂うぞ感じるぞ、あの忌まわしい霊力を!すぐにあの時の雪辱を晴らしてやるからな!廻藤光弘!」


そう笑った老人は、霞のように姿を消す。後には老人が殺した不良達の死体のみが残った。











翌日。


「…」


輪路は、眠たげな目をこすりながら降りてきた。


「おはようございます!」


「おはようございます、廻藤さん。」


「おはよう輪路ちゃん。すぐコーヒー煎れるから待っててね」


「おーう。」


輪路はカウンター席、いつもの定位置に付く。


「…さっき妙なニュース見たんだけどよ。」


それから、先ほどテレビで見たニュースの話をした。昨夜、通学路近くで男女五人の死体が発見されたそうだ。調査したところ、遺体は全て鋭利な刃物で真っ二つにされていたらしい。


「怖いわねぇ…新手の通り魔かしら?」


「全員真っ二つなんて、異常ですよね…」


佐久真も美由紀も、殺人犯の犯行の異常性を感じている。


「…」


輪路は黙って、何か考えている。美由紀が訊いた。


「どうかしたんですか?犯人に心当たりがあるとか…」


「いや、関係あるかどうかはわかんねぇんだけどな、あの辺りには祠があるんだ。」


「祠、ですか?」


「ああ。中には仏像があって、三郎から聞いた話だが仏像にはぬらりひょんっていう妖怪が封印されてるんだと。」


ぬらりひょんとは、いつの間にか人の家に上がり込み、勝手にお茶を飲んだり茶菓子を食べたりしてくつろいだ後、またいつの間にかいなくなるという、よくわからない妖怪である。この妖怪はとにかく謎が多く、あまりわかっていないのだが、他の妖怪達から総大将と呼ばれていることがあるので、かなり力の強い妖怪であるらしい。そのぬらりひょんが、この街に封印されたそうだ。


「昔は秋田の方にいたらしいんだが、二百年前調子に乗ってここまで出てきたんだってよ。で、キレた光弘にボコられたらしい。」


二百年前、日本を支配しようと企んだぬらりひょんは、百鬼夜行を起こしてこの辺りまで来た。百鬼夜行というのは、妖怪達の行進のようなものだ。その時光弘は百鬼夜行のせいでずっと楽しみにしていた酒を台無しにされてしまい、それに怒ってぬらりひょんを配下の妖怪もろとも返り討ちにしてしまった。本来ならその時ぬらりひょんは光弘に討伐されるはずだったのだが、三郎とぬらりひょんは友人関係を結んでおり、三郎が必死に頭を下げたことで封印止まりにしてもらったのだ。


「じゃあ、そのぬらりひょんが復活して、殺人事件を起こしたんですか?」


「そこまではわからねぇが、ちょっと気になったから行ってみようと思う。」


「行くのは勝手だけど、まずこれ、飲んでからにしなさいよね。」


佐久真は輪路の目の前に、アメリカンを出した。


「ん。」


輪路はアメリカンを受け取り、飲み干して目を覚ましてから代金を払って、店を出た。


「この街にそんな所があったんですね。」


ソルフィは美由紀に言った。


「はい。三郎ちゃんから聞いたんですけど、この街って昔は妖怪とか幽霊とかよく出たそうで、封印とか結構あるそうですよ。」


だが解かれてしまった封印もある。万年桜はうまく解決したが、総合病院は落武者達の封印が破られて以来、今まで出ることがなかった普通の幽霊まで出るようになってしまった。


「…さすが光弘様の故郷…」


ソルフィは呟いた。二百年前まではこの辺りも、それはそれは寂れた場所だったらしい。光弘も好んでここに住んでいたわけではないだろうが、それでも平気で住んでいたあたり、さすが最強の討魔士といったところだろう。











輪路はバイクに乗って、事件現場にたどり着いた。事件はまだ捜査が続いているようで、立ち入り禁止のテープが貼ってある。集まっている野次馬を掻き分け、輪路はテープの内側へと入った。


「ちょっとちょっと!何してるんですか!」


当然輪路を追い出そうとする警官。


「えーっと…」


輪路はポケットを探り、警官に協会の免許を見せた。


「あっ!きょ、協会の方でしたか!!」


「悪いが見せてもらうぜ。」


輪路は正式に許可をもらい、事件現場を調べる。さすがに死体は片付けてあった。しかし、目的は死体ではない。その目的の祠へと、目を向ける。祠の中から、仏像が消えていた。


「なぁ!あの祠の中に仏像ってなかったか!?」


「え?ああ、そういえばあの中にあったと思われる仏像が、そこに転がってましたよ。」


輪路が訊くと、警官は仏像が転がっていたという場所を指差した。


「今どこにある!?」


「今はもう、鑑識に回してます。でも粉々になってましたから、何かの役に立つとは…」


それを聞いて、輪路は絶句した。仏像が粉々になっていた。壊されていたのだ。ということは…




知りたいことを全て聞き終えた輪路は、ひとまず現場から少し離れ、


「三郎、いるんだろ?」


三郎を呼んだ。


「よくわかったな。また少し探知、うまくなったんじゃねぇか?」


すると、近くの木の上に潜んでいた三郎が降りてきて、輪路の肩に止まった。


「お前見てたんだろ?で、どうだった?やっぱりそうなのか?」


「ああ。間違いなく総大将は復活してるぜ」


三郎は昨夜、強い妖力を感じてここに来た。そして、破壊された仏像を見つけたのだ。ぬらりひょんはいなかったが、砕け散った仏像からは妖力の残り香が残っており、ぬらりひょんが復活したのは明白だった。


「総大将は光弘のことを恨んでるはずだからな、間違いなくお前にリベンジする。今はそのための仲間を集めてんだろ」


ぬらりひょんは日本制覇の野望を打ち砕き、自分を封印した光弘のことを恨んでいる。だから、その子孫である輪路に復讐しようとするはずだ。今はそのために、日本各地を回って仲間を集めているというのが、三郎の見解である。


「光弘はもういねぇってわかってもか?」


「そんなもん妖怪が復讐をやめる理由にはならねぇよ。例え本人がいなくても、その子孫が残ってるなら子孫に復讐するってのが、妖怪だ。」


妖怪の寿命は果てしなく長大だ。実質不老不死な者もいる。そしてそんな妖怪が個人に対して恨みを持った場合、恨みを持つ相手が寿命で死んでも、子孫に復讐しようとするのだ。その辺をわきまえてはいるが、執念深い生き物なのである。


「…まぁいいや。向こうが俺を狙ってるってんなら、こっちは待ってりゃいい。」


「そりゃそうだ。」


ぬらりひょんが仲間を集め終えるまでどれだけ時間がかかるかわからないが、目的がはっきりしている以上ただ待っていればいい。夏休みに相応しいスタートだと感じた輪路は、ヒーリングタイムに戻っていった。











ぬらりひょん復活から三日後の深夜。秦野山市郊外。


「時は来た!!我ら妖怪の執念を、廻藤光弘の子孫に思い知らせてやろうぞ!!」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』


ぬらりひょんが号令をかけると、妖怪達が吼えた。ぬらりひょんはこの三日の間、日本中を駆け回って光弘に封印された妖怪を解放し、また光弘に恨みを抱く妖怪達を次々と集めたのだ。その数、およそ百。


「百鬼夜行の開幕だ!!」


ぬらりひょんは恐ろしい顔をした馬車の妖怪、朧車の上に飛び乗ると、杖を振って号令をかけ、百鬼夜行を開始した。



しかし、開始して早々に、百鬼夜行は止まる。



「おっと、こっから先は通行止めだ。物騒なお祭り集団にはお帰り願うぜ」



百鬼夜行の進行方向に、七人の男女が立ちはだかった。一人は輪路。二人は翔とソルフィの協会組。四人は賢太郎、彩華、茉莉、明日奈の学生チームである。輪路以外のメンバーは、三郎が召集をかけたのだ。翔とソルフィは協会の討魔士と討魔術士という役柄、快く引き受けてくれた。この二人はまだわかる。問題は学生組が来たことだ。賢太郎と明日奈はまぁわかるのだが、彩華と茉莉はただの一般人である。三郎曰く、一般人にしては戦闘力が高すぎるし、ぬらりひょんが集めた妖怪の大軍団を相手するには少しでも数が必要だからとのことだ。


「てめぇがぬらりひょんか。」


「そういうお前は、光弘の子孫だな?」


「ああ。廻藤輪路だ」


「そうか。くくくっ!そちらから出向いてくれるとは、手間が省けたというものだ。」


ぬらりひょんは目的の相手が自分から来てくれたことを喜んでいる。もし出て来なかったら、秦野山市を叩き潰すという大変面倒な行為をしなければならなかったところだ。


「よう総大将。久しぶりだな」


「おお三郎か!久しいのぉ!」


それから、三郎が出てきてぬらりひょんに挨拶する。ぬらりひょんもさすがに旧知の間柄だからか、再会を喜んでいた。


「なぁ総大将。やっぱり復讐なんてやめてくんねぇか?こいつは光弘じゃねぇし、いいやつだしよ。」


三郎はぬらりひょんと交渉を始めた。やはり友人関係を結んでいるので、できることなら血を見ることなく終わらせたい。


「三郎、それはできない相談だ。光弘を、廻藤の血筋そのものを恨んでいるのもそうだが、何よりわしは日本制覇の野望を捨てておらん。その男はわしにとって最大の障害になるし、そやつもわしのやろうとしていることを見過ごす気はないだろう。」


ぬらりひょんは日本制覇を諦めていない。当然輪路も、それをさせるつもりは全くない。両者の間には、決定的な意思の違いが存在している。


「けど…」


「のう三郎。」


それでも説得しようとする三郎に、ぬらりひょんは続ける。


「己の欲望のままに生きるのが、妖怪というものだろう?」


人でない妖怪が、人の定めた法に従う必要はない。人間が自分達で勝手に作ったルールを、妖怪にまで押し付けようとしたから、ぬらりひょんは日本制覇を目指したのだ。人間の代わりに妖怪が国を支配し、人間の法を妖怪の法に塗り替えるために。


「…三郎、結界を張れ。」


「輪路…」


「心配しなくても、殺しゃしねぇよ。お前のダチだからな」


輪路は、ぬらりひょんを殺すつもりはない。三郎の友達だからだ。しかし、激しい戦いになることは間違いないので、結界を張って欲しいと頼んだ。


「お前らもいいな?」


輪路は仲間達に確認を取る。


「誰に向かってものを言っている?俺はお前の上司だ。決定権は俺にある。俺が殺せと命じれば、お前はそれに従わなければならない。」


「翔くん…」


翔が告げた冷酷な言葉を聞き、ソルフィは不安そうな顔をした。忘れがちな話ではあるが、翔は輪路とソルフィの上司なのだ。組織の一員である以上、こういった状況で上司が命令すれば、輪路もソルフィも逆らうことはできない。


「…だが、ぬらりひょん以外の妖怪は、光弘様が一度更正させた相手だ。更正の余地がある相手ならば、みだりに殺したりはしない。」


「翔くん…!」


「絶対に殺すな。戦闘力を奪う程度に留めろ」


しかし、今回翔はうまく折れてくれた。


「ま、あたい達はあたい達で勝手にやるよ。」


「私達は協会に所属してるわけじゃありませんからね。」


明日奈と彩華は、翔の立場の盲点を突いた。輪路とソルフィ以外は協会に所属しているわけではないので、翔の命令を無視できる。まぁ、それに関係なく戦う気ではいたが。


「つーか、お前らは本当に来なくてよかったんだぜ?」


人数が増えれば確かに助かるが、輪路は正直に言って学生組の参戦を良く思っていない。だから、確認を取る。怖かったら逃げてもいいのだ。一般人だし。


「ナイアさんの件もありますし、やっぱりこういうことでもっと強くなった方がいいと思ったんです。」


「いきなり難易度高すぎだと思うんですけどね。まぁ夏休みだし?ちょっとくらい夜更かししても大丈夫ですよ。こういうことって、夏休みにしかできなさそうですし。」


賢太郎はナイアの件を知っているので、ナイアの力を使いこなせるように修行するのが目的でここにきている。茉莉は、賢太郎や姉が行くのに自分一人残るのが嫌だったのと、興味本意だ。まぁいくら道場の娘といっても彼女らは今夏休みなので、少しくらいの夜更かしならどうということはないだろう。両親も夏休みにしか体験できない思い出を、たくさん作ってやりたいと思っているはずだ。これは両親の思惑と全然違うだろうが。


「ったく…危なくなったらすぐ逃げろよ。」


子供は頑固なので、言っても聞きはしない。だから無理に突き放さず、忠告だけに留めておく。


「…悪いな。」


三郎は全員に感謝し、結界を張る。


「ふん、わしらを殺さないときたか。ずいぶんと舐めてくれよるわ!者共かかれ!!」


ぬらりひょんが号令をかけて、妖怪達が襲ってくる。


「「神帝、聖装!!」」


輪路と翔は聖神帝に変身し、他の者達も妖怪軍団を迎え撃った。











「行け!!」


「オオオオオオオ!!!」


ぬらりひょんが杖を振ると、朧車が口から光弾を吐きながらレイジンに突撃した。レイジンも負けじと、真正面から突撃する。一瞬の交錯。そのすぐ後に変化が現れた。


「むっ!?」


突然朧車が、ガクンッ!傾いたのだ。ぬらりひょんは驚いて飛び降りる。見ると、朧車は両方の車輪を切断されていた。今の一瞬で、レイジンが朧車の車輪を斬り落としたのだ。


「ま、妖怪なんだから後で直せるだろ。」


レイジンは余裕そうに、シルバーレオの峰で自分の肩を叩いている。


「おのれ…調子に乗るなよ!!」


ぬらりひょんは仕込み杖から刀を抜くと、レイジンと打ちあった。




ヒエンは襲ってくる妖怪達を、次々と気絶させていく。すると、


「チビめ…俺様が相手だ!!」


ヒエンの目の前に、頭に牛の角生やして顔は鬼。首から下は蜘蛛という巨大な妖怪が立ちはだかった。この妖怪の名は牛鬼ぎゅうき。牛の鬼という名前のくせに、角以外が全く牛らしくないが、牛鬼は様々な種類が存在する妖怪で、中にはちゃんと牛っぽい牛鬼もいる。牛鬼は口から糸を吐き、ヒエンを拘束しようとした。ヒエンはツインスピリソードを使い、糸を次々と斬り払っていく。


「これでどうだ!!」


続いて炎を吐く牛鬼。しかし、これは愚かな行為だった。


「はぁっ!!」


ヒエンは牛鬼が吐いた炎を受けると、その炎に自分の炎を混ぜて、牛鬼に返したのだ。


「ぐああああああ!!!」


火属性の聖神帝であるヒエンに、炎は効かない。牛鬼が怯んだ隙を突いて、ヒエンは跳躍し、ツインスピリソードで牛鬼の背中を斬りつけた。


「おあ…あ…」


崩れ落ちる牛鬼。牛鬼は力も強いが、それ以上にタチの悪い性質を備えている。自分を殺した者に呪いをかけるのだ。その呪いを受けた者は、あるいは死に、あるいは新たな牛鬼になってしまう。だが、


「殺してはいない。お前の呪いは、自分を殺した相手にしかかけられないんだろう?」


今回は相手を殺さないという条件付きで戦っている。その条件が幸いだった。牛鬼の呪いは強力だが、殺してもらわなければかけられないのだ。


「く…そ…」


ヒエンは牛鬼を殺していない。だがこれだけの傷を負えば、戦闘の続行は不可能だ。牛鬼は自分が無力化されたと知り、悪態をついた。




「ドールスタンバレット!!!」


人形達を飛ばすソルフィ。普段は鋼鉄すら貫通する破壊力を秘めている技だが、どういうわけか今回の人形達はぶつかるだけで、妖怪達を貫通しない。


「か、かららが、ひ、ひびれ…」


しかし、人形の突撃を喰らった妖怪は、次々と倒れていく。ドールスタンバレット。人形に麻痺の霊力を纏わせて、相手にぶつける技である。人形に触れた者は、麻痺して行動不能になる。相手を倒すことが目的ではないので、これで十分なのだ。


「この女ァ!!」


「!!」


と、両手がハサミになっている妖怪が、人形を操っているソルフィを見つけて、襲い掛かってきた。ソルフィはそれをかわして妖怪にソウルワイヤーを放つが、妖怪はハサミでそれを切ってしまう。


「このあみきり様のハサミはなぁ、何でも切っちまうんだよ。それが例え、霊力でできた糸でもなぁ!!」


妖怪はチョキンチョキンとハサミを鳴らし、自分のハサミを自慢した。この妖怪はあみきりという妖怪で、その名の通り夜になると漁師が干している網や釣糸などを切ってしまう妖怪だ。ソルフィもあみきりのことは知っていたが、まさかここまで切れ味の鋭いハサミだとは思っていなかった。


「総大将の命令だ。恨みはねぇが、死んでもらうぜぇ!!」


あみきりはハサミを振りかざし、ソルフィに襲い掛かった。だが、


「やぁっ!!」


「なっ!?ぐへっ!!」


ソルフィはあみきりの腕を掴み、投げ飛ばしてしまった。あみきりはおもいっきり脳天から地面に墜落し、そのまま気絶する。


「武器は強力でも、動きは素人ね。」


ソルフィは討魔術士だが、法術しか使えないわけではなく、体術も得意なのだ。




明日奈は素早く霊符を投げつける。飛んでいった霊符は次々と妖怪の額に貼り付き、霊力の電流を流して気絶させていっている。


「こんなもんかい?これならすぐ片付きそうだね。」


今まで相手してきた連中に比べれば、妖怪達の力はかなり微妙だ。余裕で倒せる。


「ん?」


と、妖怪達の中に奇妙な一団を発見した。とっくりや茶碗、ちょうちんや唐笠などの道具に目がついており、それが踊りながら向かってくるのだ。


「九十九神か。」


あれは九十九神という妖怪だ。様々な道具が長い年月を経て魂と自我を持ち、妖怪化したものである。基本的に無害で、戦闘力も皆無な九十九神を、なぜこんな所に連れてきたのだろう?絶対に戦力になんてならないのに。明日奈は少し考えたが、すぐに思い出す。これは百鬼夜行なのだ。一種の祭のようなものなのである。つまり、余興として連れてきたと…


「馬鹿にしてくれるじゃないか。」


例え戦う力がなかろうと、向かってくるなら容赦はしない。明日奈は九十九神の一団にも霊符を投げつけた。すると、九十九神は元の道具に戻ってしまった。




(…ボクは彼らの戦いに極力干渉しないって言ったんだけどな)


賢太郎の頭の中へ、直接語りかけるナイア。


(ごめんなさい。でも、これは僕の身体なんですよ?どう使おうが僕の勝手じゃないですか)


(そりゃそうだけどさぁ…仕方ない。ボクの力の使い方、ちょっとだけ教えてあげるよ)


(ありがとうございます!)


確かにこの身体は元々賢太郎のものだ。なら、どう使おうと賢太郎の自由である。仕方なく折れたナイアは、賢太郎に自分の力の使い方を軽くレクチャーしてやることにした。


(まずボクの細胞は君の右腕と両足に移植されている。ここだけは君が望めば、どんなものにも変化させることができるんだ)


(どんなものにも…なんかすごいですね…)


(ただし、人間が使う場合には集中力と、ちょっとしたコツが必要だよ。ボクが言う通りにやってごらん)


(はい!)


賢太郎はナイアの言う通り、集中力を最大限に発揮し、強く念じる。


「やっ!!」


掛け声とともに右腕で正拳突きを繰り出すと、右腕が黒く変色し、四メートルほど伸びて離れている場所にいた妖怪を殴り飛ばした。


(うまいうまい。その調子だよ)


(はい!)


それから、賢太郎は右腕や両足をいろいろなものに変化させて、妖怪を倒していく。と、


「こっちを見ろ!!」


声が聞こえた。反射的に振り向いてみると、そこには賢太郎より一回り大きな、悪い顔をした妖怪がいる。だが、この妖怪よく見てみると、


「…なんか、どんどんでかくなってる!?」


妖怪はどんどんどんどんと、背が伸びているのだ。これは見越し入道という妖怪である。見上げれば見上げるほど背が伸びる妖怪で、最終的にはのけ反らなければならないほど伸びる。そして、のけ反りすぎて後ろに倒れた相手を食ってしまうのだ。


「ど、どうしよう!?」


(落ち着いて。見越し入道は見上げると伸びる妖怪だけど、逆に見下ろしてやると縮むんだ)


見越し入道に出会った時の対処法は、見上げるのではなく見下ろすこと。そうすると、見越し入道は逆にどんどん縮んで、最後には自分を見る相手の下半身ほどの身長になる。その状態で、『見越し入道見越したり』と唱えると、見越し入道は消えてしまうのだ。


(あ、面白いこと考えた!ちょっと代わってくれる?)


「え?あ、はい。」


突然代わるよう頼まれ、賢太郎はナイアと精神を交代する。すると、ナイアは眼鏡を出現させて掛けた。


(…その眼鏡、意味あるんですか?僕、目はそんなに悪くないですけど…)


「気合いが入るじゃないか。ボクと君が入れ代わったのを判断する目安にもなるだろう?」


(…まぁ言われてみればそんな気がしなくもないですけど…)


どうやらナイアにとって眼鏡は、やる気を入れるためのスイッチのようなものらしい。で、入れ代わってまで何をするかというと…


(何だ?こいついきなり雰囲気が変わったが…)


見越し入道は突然雰囲気が変わった賢太郎を警戒しながら見ているが、賢太郎は相変わらずこちらを見上げるばかりで何もしない。


(…こけ脅しか?まぁいい。このまま俺を見上げ続ければ…)


いずれひっくり返る。その瞬間に頭から丸飲みにしてやろう。見越し入道はそう思っていた。だが、


(な、何!?)


賢太郎が突然、自分より巨大な犬に変身したのだ。


「ひっ、ひぃぃぃああああああああああああ!!!!!」


賢太郎をひっくり返すつもりでいた見越し入道は逆に自分がひっくり返り、口から泡を吹いて気絶してしまった。


(えっ!?)


賢太郎は驚いている。今までとてつもなく大きかった見越し入道が、いきなり可愛らしい狸に変わって気絶してしまったからだ。


「見越し入道は狸や狐が変身した妖怪なんだ。狸も狐も犬が苦手だからね、ボクがあいつよりも大きな犬に変身したっていう幻覚を見せて、脅かしてやったのさ。」


見越し入道の正体を知っていたナイアは、その弱点の幻影を見せることで退治してしまったのである。


(幻覚なんて使ってたんですね…何やってるのか全然わかりませんでした)


「今の君には幻術はおろか、魔術も使えない。精神力が重要になるからね、君の脆い精神じゃまだ無理だ。」


この状態になってもナイアは魔術が使える。しかし、その使い方を賢太郎に教えるわけにはいかない。第三次大戦で活躍した傭兵達と違って、賢太郎の場合は魔術の原理そのものを理解しなければならないからだ。ただでさえボロボロな賢太郎の精神力では、その狂気の知識に耐えられない。そもそも人間の欠落した精神を補うなどという真似ができるのは、クトゥルフ神話の神の中で唯一人間の精神を持つナイアだけなのだ。他の神が同じことをすれば、例え相手が万全な状態の精神であろうと、ほんの一部でも精神を入れた瞬間に、その人間は精神崩壊を引き起こしている。だから、賢太郎のメンタルがもう少し強くなるまでは、ナイアが代わりに魔術を使うことにした。


「もう必要ないけど、一応言っておこうか。」


ナイアは泡を吹いて目を回している狸に向かって言った。


「見越し入道見越したり。」




「賢太郎くんもやりますね。」


「ま、あれはナイアさんの力っぽいけど。」


彩華と茉莉は賢太郎の戦いを見ながら、鬼を蹴り倒した。と、


「どけどけどけぇ~!!その小娘どもは俺達がぶっ潰す!!」


頭に皿を乗せた緑色の妖怪達がやってきた。もはや説明が不要なほど有名な妖怪、河童である。


「気合い入れろよお前ら!!こいつらに勝ったら、総大将がきゅうりときゅうり酒をたらふく振る舞ってくれるんだからな!!」


先頭のリーダーとおぼしき河童が号令をかけると、他の河童達が「きゅうり!!」「きゅうり酒!!」と士気を高める。


「うわ…物に釣られるとか…」


「まぁ妖怪ですからね。」


茉莉は河童達が大好物のきゅうりに釣られてきたと知り呆れていたが、彩華は納得していた。妖怪は、ある面では人間より俗っぽい部分がある。人間にはたくさん娯楽があるが、妖怪の場合娯楽と呼べるものは、ほぼ食事しかない。ゆえに、その食事への執着心は相当なものがある。大好物となればなおさらだ。


「やってやる!!きゅうりのためだ!!」


河童の一匹が、彩華に襲い掛かった。だが、彩華は焦ることなく河童のみぞおちに膝蹴りを入れた。


「おぐっ!!」


そして、河童が体勢を崩した瞬間に、河童の頭の皿から、何か液体がこぼれた。


「し、しまった!水が…」


すると、とたんに河童の動きが大きく鈍る。その隙を突いて、彩華は河童を殴り倒した。一方、茉莉は河童の顔面を蹴り、倒す。河童は有名な妖怪であるため、弱点も有名だ。頭の皿である。河童は陸上での活動が制限されており、陸上で活動する時は頭の皿に水を入れて行動するのだ。水中では馬一頭を川の中に引きずり込むほどの怪力を有しているが、皿の水が切れるととたんに弱体化する。


「河童の弱点だったら私達も知ってるんですよ!」


「水さえ切らせればこっちのもんだもんねぇ。」


バランスを崩して皿の水を切らせれば、人間でも十分勝てるのだ。彩華と茉莉はこの方法で、河童を全滅させた。











(うわぁ…)


美由紀は近くの物陰から戦いを見ていた。輪路からは来るなと言われたのだが、どうしても心配になってしまい、以前明日奈からもらった霊符を使って結界の中に入ってきたのだ。しかし、妖怪の数もずいぶんと少なくなっている。杞憂だったようだ。その時、


「うがっ!!」


レイジンに弾き飛ばされたぬらりひょんが、美由紀のそばに来た。


「きゃっ!」


思わず悲鳴を漏らしてしまう美由紀。


「美由紀!?」


レイジンは美由紀の存在に気付いた。ぬらりひょんもまた、美由紀に気付く。


「くっ…!!」


劣勢に立たされているぬらりひょんはこの状況を逆転させるため、美由紀を人質にしようと立ち上がった。しかし、


「うっ!!」


それより早くレイジンがシルバーレオを投げつけ、ぬらりひょんの刀を弾き飛ばした。


「てめぇ…今何しようとしやがった?」


もちろん、ぬらりひょんが何をしようとしたのか、レイジンはわかっている。ただ、ぬらりひょんが今やろうとしたことは絶対のタブーだと教えるためだ。


「てめぇは絶対にやっちゃならねぇことをやろうとした。」


未遂に終わったが、行動に移そうと思った時点で、レイジンを怒らせるには十分だ。


「許さねぇ!!」


レイジンは駆け出し、


「ま、待っ…!!」


「レイジンパァァァァァァァンチ!!!」


右手に霊力を込めて、ぬらりひょんの顔面を殴り飛ばした。


「ごっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ぬらりひょんは一直線に飛んでいき、既に戦闘不能となって倒れている妖怪達の山に突っ込んだ。しかし、レイジンの怒りはまだ治まらない。


「レイジンッ!!!ラァァァァァァァァァァシュ!!!!!」


『ぐああああああああああああああ!!!!』


怒り狂うレイジンは両拳に霊力を込めて、ぬらりひょんも、倒れている妖怪も、まだ倒れていない妖怪も、関係なく殴り飛ばし始めた。


「り、輪路、さん…?」


美由紀はその雄々しい姿に、若干引いている。


「…同じだな、あの時と。」


そこへ、三郎が飛んできた。


「同じ?」


「二百年前に光弘が総大将と戦った時も、あいつものすごい剣幕であんな風に妖怪どもを殴り飛ばしてたんだ。まぁ光弘は生身でやったんだが」


二百年前も、光弘はぬらりひょんと妖怪達を、三郎と近くで見ていた人々が引くくらい殴りまくったのだ。同じことをやる辺り、やはり光弘と輪路は先祖と子孫の関係なのだと、三郎は思った。




「すいませんでした。」


数分後、ぬらりひょんは妖怪達の先頭で輪路達に土下座していた。今ぬらりひょんの顔面は、輪路に殴られすぎて大きく腫れ上がり、青アザが所々にできている。他の妖怪達も同じような状態となっており、輪路があまりにも恐ろしかったので一緒に土下座していた。その有り様と、怒りのオーラを立ち上らせる輪路を見て、美由紀達も引きまくっている。翔や明日奈までもが引いていた。ナイアはニヤニヤと笑っており、鈴峯姉妹は抱き合って震えている。


「もうこんな馬鹿なことしねぇって誓うか?」


「はい。誓います」


輪路に訊かれて、ぬらりひょんは感情が込もっていない声で返した。よほど恐ろしかったのだろう、完全にトラウマだ。


「…なら許してやる。ソルフィ、明日奈。」


「は、はい…」


「な、何だい?」


「こいつらを治してやれ。」


「わ、わかりました…」


「うん…」


突然振られて驚いていたが、ソルフィと明日奈は法術を使って妖怪達を治療してやる。


「三郎、結界を解け。」


「お、おう。」


輪路に言われて結界を解く三郎。輪路はぬらりひょん達に言う。


「もしまたこんなことしたら、わかってるな?」


『はい。すいませんでした』


身体の傷は治っても、心の傷は治らず、ぬらりひょん達は自分達の住みかへと帰っていった。


「やれやれ。終わったみたいだから、ボクは寝るよ。」


戦いは終わり、ナイアと賢太郎は入れ代わった。そして入れ代わった瞬間、


「怖かった!!滅茶苦茶怖かったぁぁぁぁぁ!!!」


彩華と茉莉に泣き付いた。


「だ、大丈夫です!大丈夫ですから!」

「そそそそうよ!あたし達にはかか、関係ないんだかららら」


彩華も茉莉も、相変わらず震えている。自分達に向けられた怒りではないとわかっているが、怖いものは怖い。


「驚いたぞ廻藤。お前の霊力が、一時的にだが三倍近くはね上がっていた。」


輪路は美由紀絡みになると、本来の力を超えた力を見せる、ということがわかった。それだけに、心苦しかった。もしあのことを知ったら…











ぬらりひょん達百鬼夜行を追い返した輪路達は、それぞれ帰路についた。そして、ヒーリングタイムの輪路の部屋。


「ん?」


シャワーを浴びて着替え終わってた輪路は、ドアをノックする音に気付いて、ドアを開けた。そこには、申し訳なさそうな顔をした美由紀が立っていた。


「どうした?」


「あの…」


「…まぁ入れ。」


「…はい…」


立ち話もアレなので、輪路は美由紀を部屋の中に招き入れた。二人は部屋の中央にある机の前に座る。美由紀は輪路に尋ねた。


「…怒ってますか?」


「…何が?」


「来ないように言われてたのに行ったことです。」


危ないから来るなと言われていたのに、心配になったという理由で来てしまったこと。危うく輪路の足手まといになるところだったのだ。


「別に。」


だが輪路は、特に怒っていないという。


「でも輪路さん、あんなに怒ってたから…」


「あれはぬらりひょんに怒ってたってだけで、お前に怒ってたわけじゃねぇよ。つーかさ…」


「?」


「…ぶっちゃけ嬉しかったんだよ。よくわかんねぇんだけど」


輪路は目をそらして言った。怒りを感じるどころか、嬉しかったのだ。来るなと言ったが、内心は来て欲しかったのかもしれない。


「輪路さん…」


「…でもさ、できる限り俺が来るなって言った時は聞いてくれよ?危ないのはホントなんだからな。」


今回は輪路が勝てる相手だったからよかったが、殺徒クラスの超実力者が相手だったら、美由紀を守りきれる自信がない。


「はい。」


美由紀は答えた。きっと彼女は、輪路のためにまた無茶をしようとするだろう。なら、絶対に守ってみせる。輪路はそう誓った。




妖怪盛りだくさんな百鬼夜行はいかがでしたか?それでは、活動報告のアンケートの集計をさせて頂きます。



結果は、4です。次回は謎の上級リビドンと、輪路が対決します。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ