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第四話 桜吹雪と聖神帝

まだまだ寒い日が続きますが、今回はこんな話にしてみました。

秦野山市の山奥。PM14:00


「ぐあっ!!」


一人の男が、別の男に殴られていた。


「てめぇ俺のこと警察にチクろうとしやがったろ!!」


「ご、誤解だ!!俺はそんなこと…」


「うるせぇ!!」


「ぐあっ!!」


男Bは男Aの顔面を殴る。男Aの顔から鮮血が飛び散り、近くに咲いている桜の木の根元にかかった。そのすぐそばで、一人の女が煙草を吸っている。


「もういいじゃん。」


「よくねぇ!!俺はあと少しで警察に捕まるところだったんだぞ!!」


男Bをなだめようとする女だが、男Bは治まらない。彼は暴力事件の加害者であり、男Aはたまたま交番の近くにいただけだ。男Bはそれを自分を警察に突き出すつもりだと勘違いし、男Aをこんな山奥まで連れてきて、制裁を与えていたのだ。女は付き添いである。女はどうでもいいという感じで、男Bに言った。


「そんなに頭にきてるならさぁ、そいつ殺しちゃえば?」


それを聞いて男Aは驚く。


「な、何言ってんだお前!?」


「アンタさぁ、少し前からちょっとウザかったんだよね。いい機会だし、死ねば?」


「そうだなぁ。俺もそれがいいと思ってたんだよ」


男Bは、ポケットからナイフを取り出した。


「ひっ!!」


男Aの口から、恐怖が込められた悲鳴が漏れる。女は周りを見回して言った。


「あれ?よく見たら咲いてる桜一本だけ?もしかしてこれ、噂の万年桜!?」


そう、この辺りには桜の木が一本しか咲いていなかった。正確に言うと、桜の木が一本しかなかったのだ。そこで女は、秦野山市のどこかの山奥に、一年中散ることなく一本だけで咲き続けている桜の木があるという話を思い出した。地域で万年桜と呼ばれており、ネット上でも噂になっている桜だ。もしかしたら、この桜が万年桜なのかもしれない。いや、これは万年桜だ。確かに今は桜のシーズンだが、こんな所に一本しか咲いていないというのはおかしい。万年桜に違いない。


「スゴいじゃ~ん!アンタ超レアな万年桜の根元で死ねるんだよ?あ、それと知ってる?桜が綺麗に咲くのはね、根元に死体が埋まってるからなんだって。」


「生きてたって邪魔になるようなやつは、死んで桜の木の養分にでもなってろ!」


「ま、待て!!やめろ!!」


逃げようとする男A。しかし、満身創痍の身で逃げられるはずもなく、男Bに捕まり、


「ぐっ!!ああっ…!!」


心臓をナイフで刺された。男Aは倒れて死亡。心臓からは血液がどくどくと流れ出し、万年桜の根元を赤く染めていった。


「…まさか本気で殺すなんて…引くわ~」


「仕方ねぇだろ!こいつを殺さなきゃ、俺がムショに入らなきゃいけないところだったんだから…」


勘違いから人殺しをしてしまった男B。女は冗談で男Aを殺すよう言ったのだが、実行するとは思っていなかったので、かなり引いている。だが、他人事のような仕草だった。死んだのは自分じゃないし、殺したのも自分じゃない。本当に、他人事だった。



しかし、そんなことは通じないということを、彼女は死を以て思い知ることになる。



「ん?」


「えっ?」


二人は気付いた。気付いてしまった。周囲が暗くなっているということに。今は昼間のはずだが、空には満天の星が輝いており、まるで夜だ。それと、暗闇の中で桜が発光していた。光るはずのない桜の全体が、不気味に発光して辺りを照らしているのだ。


「ねぇ、今昼のはずだよね?これヤバくない?」


「ああ。戻るぞ」


「うん。」


二人は足早に立ち去ろうとする。その時だった。


「うっ!!」


男Bは胸に鋭い痛みを感じ、見る。彼の胸からは、自身の血で赤く染まった杭のようなものが突き出していた。


「な…ん…」


呟こうとした時、男Bの頭と腹からも杭のようなものが突き出し、男Bは絶命した。


「あ、ああ…」


女は何が起きたか見ていた。万年桜の根元から巨大な根っこが突き出し、意思を持っているかのように動いて男Bを背中から刺したのだ。根っこは男Bから自身を抜くと、次の獲物を見つけたとばかりにうねり始めた。


「い、いや…いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


全速力で逃げ出す女。しかし根っこの速さは女の足を遥かに上回っており、男Bと同じように女を後ろから刺し殺した。根っこは出来上がった三体の死体を絡め取り、万年桜の根元へと、地面の中へと引きずり込んでいく。まるで万年桜が人間を食べているかのように。



その万年桜の木のすぐそばでは、着物を着た一人の少女が無表情で佇んでいた。











ヒーリングタイム。


「今年もこの季節が来たなぁ…」


クラシックが優しく流れる店の中、輪路はひどく落ち着いた様子で言った。


「そうねぇ…もう春なのよねぇ…」


佐久真もしみじみと言う。季節は春。長い冬が明けて、ようやく暖かい季節がやって来た。輪路は日本の四季の中で、春が一番好きだ。理由は、桜が見れるから。桜の色鮮やかなピンク色の花、夜月明かりに照らされる花びら、突風とともに訪れる散り際も全てが美しい。輪路は桜が好きだった。満開に咲き誇っている花には命の躍動を感じて心地良いし、散り際の桜吹雪には何とも言えない切なさを感じて、それもまた良いのだ。


「輪路さんって生きている人には基本無関心だし容赦もないですけど、桜とかそういうのは好きなんですよね。」


美由紀の言う通り、輪路は生きている人間には基本的に無関心だ。気に入らない相手には容赦もしない。しかし、それは人間相手だけだ。人間にいじめられたため、人間はとことん嫌いになり、死者や妖怪などの人外のみを好きになった。生きている人間で気に入っているのは篠原親子と、自分と同類の存在か。ちなみに鈴峯姉妹はおまけだ。妖怪の三郎を本気で嫌がったりしないのが、その証拠である。


「仕方ないわよねぇ…過去のトラウマって、大人になっても簡単に消えるものじゃないし。」


「別に大したことじゃないんだがな。俺一人の問題だしよ」


輪路には、問題を一人で抱え込むという悪い癖がある。まぁ、幽霊関係の問題を一般人に相談したところで、何かできるとも思えないが。



そこへ、



「「こんにちは~!」」


「こんにちは~♪」


あの三人がやってきた。


「お前らもよく来るよなぁ。まだ高校生なんだから、もっと楽しいとこ行って遊んだらどうだ?」


「何言ってるんですか。僕にとってここより楽しい所なんてありませんよ」


「右に同じです!」


「ま、二人にとってはそうでしょうね~。かくいうあたしも、他に行く所なんてないんだけど。」


輪路の問いかけに、賢太郎、彩華、茉莉はそれぞれ答えた。三人とも、ここに来るのを楽しみにしているらしい。


「私としては、少しでもお客さんが増えてくれると嬉しいんだけどね。でもいいじゃない?喫茶店で時間を潰す高校生って、なんかオシャレでしょ。」


「まぁな。」


佐久真に言われて輪路は思う。彼は小学時代も中学時代も、高校時代もよくここで時間を潰した。その時から既にここを我が家のように利用していたのだが、居候するようになったのは高校を卒業してすぐだ。


「ああそうそう。今日は楽しいお知らせを用意したのよね、お姉ちゃん。」


「そうでした!廻藤さん。今度の日曜にお花見をするんですけど、一緒に来ませんか?」


茉莉と彩華は、近日家族で行うという花見に、輪路を誘った。


「お、いいな。遠慮なく行かせてもらうぜ」


輪路は快く了承する。美由紀はそれを聞いて羨んだ。


「あ、いいなぁ~。私もお花見行きたいです」


「来りゃあいいじゃねぇか。日曜はここも休みだから、普通に来れるだろ?」


ヒーリングタイムは日曜日を定休日としている。


「マスターと一緒によ。」


「…そうですね。じゃあ一緒に行きます!」


「これって私も誘われてるってこと?じゃあ行こうかしらね!」


こうして、美由紀と佐久真も行くことになった。


「じゃあ場所取りしないとな。今のシーズンはどこも満員だろうから、早めに行った方がいいぜ。」


「それでしたら、ちょっと興味深い話があるんです。」


彩華は輪路に話した。


「少し前からネットで話題になってるんですけど、この街のどこかに一年中咲き続けてる万年桜があるそうです。」


「万年桜?この街には結構長いこと暮らしてるが、そんな桜の話は聞いたこともねぇな。」


「私も…」


輪路と美由紀は、街に万年桜があるということを知らないらしい。しかし、佐久真は何か知っているようだ。


「私は聞いたことがあるわ。この街のどこかの山奥に、決して散ることなく咲き続けている、万年桜があるって。場所まではわからないけどね」


「場所はこの辺りらしいです。」


賢太郎は鞄の中から地図を出して、南にある山を指差す。賢太郎が指で示した場所には赤い×印が書かれており、ここに万年桜があるらしい。


「見た感じ、すげぇ山奥だな。こんな所に足伸ばそうなんて考えてるやつは少ないだろうし、もしかしたら貸し切りになるかもな。」


「廻藤さんもそう思うでしょ?」


「それに、足腰の鍛練にもなります!」


輪路は花見に万年桜を使おうという三人の意見に賛成し、茉莉と彩華は喜ぶ。



だが、



「私はやめた方がいいと思うわ。」


佐久真が待ったをかけた。


「あ?何でだよ?」


「万年桜については、よくない噂も聞いてるの。昔万年桜が咲いていた場所の近くには大きな屋敷があったけど、何かがあって突然滅んだって。それに、桜は春にしか咲かないものよ?一年中咲いてるなんて、普通じゃない。」


「…言われてみれば確かに…」


輪路はよく考えてみた。確かに、春にしか咲かない花が一年中散ることなく咲き続けているというのは、どう考えてもおかしい。いろいろ理由はあるのだろうが、霊的な何かが関わっている可能性も、ゼロとは言えないのだ。


「輪路さん。やっぱりやめた方が…みんなも、普通のお花見でいいでしょ?」


美由紀は輪路に、そして三人にも万年桜の捜索をやめるよう言う。


「…いや、俺は行く。」


「輪路さん!?」


「万年桜が何でずっと咲いてんのか、個人的に興味があるんだ。だから俺一人で今から行ってくる」


輪路は行くと言った。それも一人で。万年桜に霊的な何かが関わっているとしたら、それは自分にしか解決できない。自分一人なら、誰かを危険にさらすこともないと、輪路はそう思ったのだ。


「僕も行きます!」


賢太郎は同行を申し出た。


「お前はダメだ。」


「お願いします!僕も気になるんです!」


「私も行きます!」


「あたしも行きます。」


彩華や茉莉までが同行すると言ってきた。万年桜が実在するかどうかもわからないし、かなり危険な可能性もある。輪路としては連れて行きたくなかった。なかったのだが、この三人はかなり意志が強い。輪路がどう言ったところで、諦めることはないだろう。また輪路も頭が弱いので、こういう時どう諦めさせるかという言葉が思い付かない。


「みんなにはお父さんやお母さんがいるでしょ?もしみんなに何かあったら、悲しまれるよ?」


「うっ…」


ここは私がと美由紀が説得に入る。賢太郎は少し効いたようだ。彩華と茉莉も、考えている。


「…だー!わかったよ!そこまで言うなら連れてってやる!だからそんなしょぼくれた顔すんな!」


輪路はOKを出した。


「り、輪路さん!?もし何かあったら輪路さん一人の責任じゃ済まないんですよ!?」


「わかってるよ!けどなぁ、しょうがねぇだろうが。俺が絶対何とかする。それに万年桜の話持ってきてくれたのはこいつらだしな」


「…もう…」


美由紀はため息を吐く。


「やったぁ!」


「じゃあOKが出たってことで、私達今日は帰りますね!」


「今週の土曜、朝10時に迎えに来ますから。」


三人は喜びながら帰った。


「…ったく、あの年代のガキってのは…まぁ断れない俺も俺だけどな。」


輪路は気分転換とばかりに、アメリカンを飲んだ。











その翌日。とある団体が、山奥に来ていた。ちょうど賢太郎達が持ってきた地図の、×印が付いていた場所である。


「なぁ、やっぱりやめないか?」


「バカ!せっかくここまで来たんだぞ?」


人数は男性三人。うち二人が、なにやらもめている。彼らは昨日、輪路達の話をヒーリングタイムで聞いていた者達である。彼らもまた、万年桜の噂はネットを見て知っていたが、賢太郎達の地図をさりげなく見て、その噂が確定的なものであると悟り、こうして万年桜を探しに来たのだ。


「うまくいけば、万年桜発見で俺達有名人だぞ!」


「そうそう!俺達みたいな何の取り柄もない平社員が、出世できるチャンスなんだぜ!」


自分達が勤めている会社の接待を任されており、近々行われる花見の場所取りも頼まれているのだ。社長はただの花見では満足しないだろうし、どうせならもっと珍しい、それこそ万年桜のような桜を見ながら宴会をするべき。そう考えたのである。


「けどよぉ、万年桜なんてどう考えても普通の桜じゃないし、前に桜の近くにあった屋敷がなくなったのは、桜の祟りのせいなんじゃないのか?」


「この世に祟りなんてあるわけないだろ!そんなこと言ってるから、いつまで経っても出世できないんだよお前は!」


「心配すんなって!チラッと見るだけだ。それならどうってことないだろ?」


二人の男性は反対する一人を強引に黙らせ、万年桜を探して進む。そして、


「おい!見ろ!」


一人の男性が発見した。山奥に一本ぽつんと佇み、しかし花を満開に咲かせて存在感をアピールしている桜の木を。


「これが万年桜か…本当にあったんだな…」


男性達は感心して、万年桜を見上げる。


「でもこれ本当に万年桜なのか?今春だから、ちょっとわかんねぇよなぁ。」


「万年桜の周りに他の桜はないって、ネットの掲示板に書いてあったろ?間違いねぇよ。」


「じゃあもう帰らねぇか?ちょっと危ない気が…」


気弱な男性がそう言った時、



「あなた達もこの桜をいじめに来たの?」



どこからともなく、声が聞こえてきた。


「えっ?」「何だ今の声?」


辺りを見回す男性達。今のは声質からして少女のものだと思われるが、辺りには誰もいない。



その時だった。周囲の景色が、突然昼から夜に変わったのだ。



「な、何だ!?何でいきなり昼から夜に!?」


突然の怪奇現象に、男性達はパニックになる。と、一人の男性が気付いた。いつの間にか、万年桜の前に一人の着物を着た少女が佇んでいたのだ。普通の少女ではなかった。さっきまでこんな少女はおろか、人の気配さえ感じなかったのだ。しかも少女は、睨み殺さんばかりの目で男性達を見ている。


「き、君は!?」


一人の男性が問いかける。少女は男性達に言った。


「許さない…みんなこの子をいじめて…そんな悪い人達は死んでしまえ!!」


その瞬間、少女の全身から光線が発射され、瞬時に男性達を三人とも貫いた。男性達は断末魔を上げる暇もなく絶命し、その死体を桜の木の根っこが地面に引きずり込む。


「…誰にもこの子をいじめさせない…私の大切な…」


少女は桜の木を優しく撫でると消えてしまい、景色も昼に戻った。



そこには誰もいなくなり、静けさだけが残った。











土曜日。


「山登りなんざ久しぶりだな。小学校以来か」


輪路は賢太郎達と一緒に山登りをしながら、万年桜を探していた。


「で、万年桜はどこにあるんだ?」


「この辺りのはずなんですけど…」


賢太郎は地図を見る。


「それにしても、万年桜が一年中咲き続けてる理由って何なのかしらね?」


「もしかしたら、万年桜がある場所だけ環境が違うとか、そういう理由があるのかも…」


姉妹はそんな話をしていた。と、


「輪路!」


三郎が飛んできて輪路の肩に止まった。


「三郎。」


「お前よくこの場所がわかったなぁ。言ってくれりゃ教えてやったのによ」


「…何の話だ?」


「ん?お前ここに咲いてる桜を探しに来たんじゃねぇのか?」


「そうだが…って待ておい。何でお前が万年桜のこと知ってんだ?」


輪路はあの後、三郎にあってしない。だから万年桜の話もしていない。従って、三郎が輪路達が万年桜を探していることを、知っているはずはないのだ。


「お前こそ何も知らねぇのか?てっきり誰かから聞いたもんだと…ああ、知ってたら危なくてガキどもなんざ連れてこねぇもんな。万年桜の情報源もお前らか」


三郎は賢太郎達を見る。茉莉は感心したように言う。


「相変わらずよく喋るカラスよね。廻藤さん、このカラステレビに出したら?」


「んなことしねぇよ。」


「だからいつも言ってんだろ!俺は妖怪だからそこらのカラスとは次元が違うんだ!」


「そう言われてもねぇ…」


彩華と茉莉は幽霊が見えない。輪路に一度見せてもらったことがある程度だ。だから、いざその手の話をされても、ピンと来ないのである。だが賢太郎も輪路も大切な友人知人なので、彼らが言うことを信じている。ただイメージしにくいというだけだ。


「…まぁいい。お前ら、これ以上先に行くつもりならやめた方がいいぜ。輪路以外にとっちゃ、マジで危険な場所だからな。死にてぇってんなら話は別だが」


「おい三郎。」


「前にも言ったろ輪路?俺は命を軽く見たりしねぇが、重く扱ったりもしねぇ。あくまでも、相手の意見を尊重するってだけだ。」


「…けっ!」


三郎は生き死にを軽く見たりしないが、重く見たりもしない。非常に達観しており、基本的に他者の人生の選択に干渉しない。まぁリビドンや妖怪などが関わる場合は別だが。一方賢太郎達に、三郎の最後の物言いは耳に入らなかったようである。


「やっぱり万年桜には何かあるんだね!?三郎!」


「ああ。」


「教えて下さい!三郎ちゃん!」


教えを乞う賢太郎と彩華に、三郎は教えた。


「万年桜ってのはな、樹齢が数百年を超える桜の木が強い霊力を持った、一種の神木みたいなもんなんだよ。霊力があるおかげで、いつまでも花を咲かせていられるんだ。」


「結構神聖なものってわけね。」


「ああ。だがここにある万年桜は、よそにある万年桜とは少し事情が違う。」


三郎はさらに話を続けた。




今から三百年前。つまり輪路の先祖である光弘が生まれるよりさらに前、この万年桜の近くには屋敷があった。少しは名の知れた武士の屋敷で、ここには一人の娘がいた。娘は桜が大好きで、桜が咲く季節を毎年心待ちにしていた。ある時娘は、自分の家の近くに万年桜を見つけ、それ以来毎日通っていたそうである。


ところが娘の両親や付近に住んでいる者達は、この万年桜を凶兆の前触れだと、娘は桜の悪霊に取り憑かれてしまったのだと不安がった。事態を重く見た娘の父は、万年桜を切り倒すことを決意した。娘は父に考え直すよう何度も言ったのだが、父が考えを改めることはなく、悲しみに暮れた娘はとうとう、万年桜の根元で切腹し、自害してしまったのだ。


それから万年桜のそばには娘の亡霊が現れるようになり、万年桜は近付く者を殺して食らう妖怪桜となった。近付くと襲われるので切り倒すこともできず、娘の両親と付近に住む者達は法師を呼んで依頼した。だが妖怪桜と娘の亡霊の怨念、妖力は凄まじく、何人もの高名な法師が挑んだが敗れて食われた。娘の説得に臨んだ両親も食われてしまい、最終的には十二人もの法師が力を結集して娘の亡霊と桜を封印。さらに桜の周囲には結界を張り、誰にも桜が見えないよう、誰も桜に近付けないようにした。




「ところが、最近になってどうも結界が解けたらしい。俺は輪路が誰かに頼まれて、桜の結界を張り直しに来たもんだと思ってたが、考えてみりゃこのアホにそんな高度な真似ができるわきゃねぇよな。」


「アホは余計だ!」


「でもその話が本当だとしたらヤバくない?だって、ここにある万年桜は人食い桜なんでしょ?」


茉莉は三郎に訊く。


「ああ。だが封印までは解けてないだろ。特に厳重に掛けられてたからな。結界さえ張り直せば大丈夫だ」


「それにしても、僕達とんでもない所でお花見しようとしてたんだね…」


「はい。軽い気持ちで伝説を検証するものではありませんね…」


賢太郎と彩華は互いに顔を見合せる。ただの桜ではないと思っていたが、こんな恐ろしい伝説があるとは思わなかった。もう少しで彼らは、人食い桜を観賞しながら宴会をするところだったのである。


「輪路以外が危険って言ったのは、結界が解けたからだ。結界が解けたってことは、ちょっとした弾みで封印まで解けかねねぇ。それが危ないって俺は言ってんだよ」


だからついて来るな。三郎はそう言っている。しかし、


「…それでも行きます。師匠、ご一緒させて下さい!」


「私もお願いします!」


「本当は帰るべきなんでしょうけど、一人で帰るのも怖いし、あたしも行きます。」


それを知ってなお、三人はついて来ると言った。約一名は仕方なくといった感じだったが。


「ガキってのは頑固だねぇ…」


「安心しろ三郎。こいつらは俺が責任を持って守る」


「…ま、お前がいりゃ心配ねぇか。こういったことの怖さをよ~く教えるための、いい薬にもなるしな。ついでに、封印もかけ直しとくか。」


「そりゃ構わねぇが、俺結界張るとか封印かけるとか、そんなことできねぇぞ?第一、相手は坊主が十二人がかりで封印したわけだし。」


「俺が教えてやるよ。霊力のことなら大丈夫だ。お前の霊力はかつて桜を封印した坊主どもの…そうだな…百倍以上の量と質だからよ。」


「…そんなにあったのか。どうにも実感ねぇんだが…」


輪路の霊力が法師一人と同レベルなら無理だろう。だが輪路の霊力は法師十二人分の百倍以上の霊力があるので、やり方さえ教えてもらえれば封印も結界も余裕でできる。聖神帝になれるということは、そういうことなのだ。


「まぁ問題は解決したも同然なわけだし、行くか。」


「こっちだぜ。」


三郎の先導を受けて、四人は進む。そして、


「…あったな。」


輪路達は遂に、その桜を見つけた。開けた場所があり、その場所の中央に件の桜がある。こうして見てみると、まるで他の木が桜に近付くことを嫌がっているようだった。それくらい、不自然な光景だったのだ。


「あれが人食い万年桜…!!」


「確かに、すごい威圧感みたいなものを感じますね…!!」


賢太郎と彩華は万年桜を見て身構える。ただ咲いているだけなのに、万年桜は他の桜や植物などとは違う、圧倒的な存在感のようなものを放っていた。もしかしたら、三郎から全容を聞いているからかもしれないが。


「こいつは…!!」


三郎は何やら驚いている。



その時だった。万年桜から、どっくん!と波動じみた何かが伝わってきたかと思うと、彼らが見ている光景が夜に変わったのだ。


「…えっ?何これ?もしかして、桜を封じてる結界ってやつ?」


「…確かにこいつは結界だな。だが…!!」


茉莉は辺りを見ながら言った。輪路は感じている。三郎が対リビドン戦で張ってくれる結界と、この景色は同種のものだ。つまり、ここは結界の中なのである。しかし、これは法師が張った結界ではないということもわかった。結界からは邪悪な力を感じたからだ。封印に使う結界が、邪悪なはずはない。ということは…


「この結界を張ったのは桜だ。封印が解けてやがる!」


三郎の言う通り、封印が解けていた。この結界は、万年桜が獲物を逃がさないように作ったものなのである。


「あなた達もこの桜をいじめに来たの?」


間もなくして、万年桜の根元に着物を着た少女が現れた。


「あ、あれが…」


賢太郎は怯えている。この少女こそ、かつてこの近くに住んでいた武士の娘。その亡霊だ。


「みんなこの子を傷付けようとする。みんなこの子を切ろうとする。この子は何も悪いことなんてしてないのに…この子はただ、この場所に咲いていただけだったのに…」


少女は悲しんでいた。己の深い悲しみを吐露し、自分の気持ちを輪路達にぶつけていた。


「父様も母様もわかってくれない!私はただ桜が好きなのに!桜を奪われることが、私にとって何よりも苦しいことなのに!だからずっと願ってた。永遠に散らない桜があれば、夏も秋も冬も、ずっとずっと咲き続けている桜があればいいのにって。そう求め続けてやっとこの子に出会えた!誰にもこの子を殺させない!!私がこの子を守るんだ!!」


少女がそう高らかに宣言すると、彼女の足元から無数の根っこが伸びてきた。輪路は素早く木刀を抜くと、根っこを全て弾き飛ばした。


「こっちはその木を切りにきたわけじゃねぇんだ。お前を成仏させたいんだよ」


当初、輪路は彼女らの封印かけ直すために来た。だが、封印が解けているなら仕方ない。成仏させるまでである。


「必要ないわ。私が成仏したら、今度こそあなた達はこの子を切るに決まってるもの!」


「んなことしねぇよ!」


「うるさい!他の連中と同じように、お前達も死んでしまえ!!」


少女は輪路の説得を聞かず激昂し、片手を輪路に向けて光線を放った。輪路は木刀でそれを受け止め、弾く。


「すげぇ怨念だ。今までリビドンになってなかったのが不思議なくらいだな…こりゃレイジンにならねぇと…」


輪路は少女が放つ予想以上の強さの怨念に驚いていた。これほどの憎悪、三百年前リビドンにならなかったのが不思議なくらいだ。


「えっ?リビドン?レイジン?それって何ですか?」


彩華は輪路に訊いた。輪路はしまった、と思う。そういえば、彼女達にはまだ自分がレイジンに変身できるということを伝えていない。だが、これほどの力を持つ少女の亡霊と、万年桜をレイジンにならずに相手するのは苦しい。


「…仕方ねぇ。詳しいことは後で三郎にでも聞け。お前らは下がってろ!」


「あっ!師匠!危ないですよ!」


輪路は賢太郎が止めるのも聞かずに駆け出す。


「死ね!!」


少女は手から光線を出し、万年桜は輪路の周りを囲むように根っこを出現させ、同時に攻撃する。


「神帝、聖装!!」


しかし、攻撃が命中する直前に輪路は光に包まれ、光線はかき消されて根っこは斬り刻まれた。輪路はレイジンに変身し、乗り切ったのだ。


「レイジン、ぶった斬る!!」


スピリソードを両手で持ち、構える。


「…切った…お前この子を切ったなぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


少女はレイジンが万年桜の根っこを斬ったことに激怒し、両手からさらに強力な光線を激しく連射する。レイジンはそれをことごとくスピリソードで弾いていく。


「師匠が…変身した…」


「すごい!!廻藤さんは変身ヒーローだったんですね!!」


賢太郎は唖然となり、彩華は感激している。実は彩華、変身ヒーローや変身ヒロインが大好きなのだ。


「お前ら逃げろ!こいつらは俺が何とかする!!」


「そういうわけだ。逃げるぜ!」


「ほら!賢太郎くんにお姉ちゃん!早く逃げるわよ!」


レイジンに促され、三郎が先導し、茉莉が賢太郎と彩華の手を引いて逃げる。


「逃がさない…この子を見た人は、生かして帰さない!!」


少女がそう叫ぶと、根っこが先ほどと同じように、今度は賢太郎達を包囲した。


「お前ら!!」


レイジンは助けに向かおうとするが、少女は光線を使ってくるため手が離せない。根っこは三人を串刺しにしようと、攻撃してくる。



しかし、



「はっ!!たぁっ!!」


彩華は回し蹴りと手刀で、


「ふっ!ふんっ!はっ!」


茉莉は肘と二連続の上段蹴りで、


「やっ!!やぁっ!!」


賢太郎は正拳突きと拳の打ち下ろしで、それぞれ根っこを弾いてしまった。鈴峯姉妹は空手道場の娘で、いつも鍛練に勤しんでいる。賢太郎も二人ほどではないが、空手の技が使える。つまり、彼女らは無力ではなかったのだ。


「なるほど!やるじゃねぇか!」


三郎は空中で根っこの攻撃をかわしながら感心している。


「こいつは頼もしいな。んじゃこっちも、さっさと決めるぜ!!」


レイジンは襲ってくる根っこを斬り払い、光線を弾いて少女に接近する。


「まずはお前だ!!」


少女は万年桜が妖怪化する原因となった存在である。こちらを倒せば、万年桜の攻撃が弱まるかもしれない。少なくとも、賢太郎達に向いている注意をこちらに引き付けることはできるはずだ。あの少女は確かに強い力を持っているが、リビドンほどではない。浄化の霊力が込められたスピリソードで斬り込めば、一撃で倒せる。



だがその時だった。



少女のすぐ横から根っこが一本はえてきたかと思うと、少女を横に突き飛ばしたのだ。



「何!?」


必然的にレイジンの攻撃は少女を外れ、万年桜に当たってしまう。万年桜が少女を庇った。どちらも別々に意識を持っていることはわかっていたが、桜がこんな行動をするとは予想外だった。


「!?」


レイジンはスピリソードを通じて、何かが自分の頭の中に流れ込んでくるのを感じた。


(これは…この桜の記憶…?)


レイジンの頭の中には、この万年桜が見てきたのであろう様々な映像が流れ込んできていたのだ。それによって、レイジンはこの万年桜の真実を理解した。


「そうか…そうだったのか…」


その時、


「ああああああああああああああ!!!!」


少女の絶叫が聞こえて、レイジンは驚き振り向く。


「また!!また切った!!お前!!お前お前お前お前お前お前お前お前ぇぇぇぇぇぇ!!!!」


レイジンがまたしても万年桜を斬ったことに、少女はこれ以上ないと言えるほど怒っていたのだ。


「…今楽にしてやる。」


レイジンはスピリソードに霊力を込め、斬りかかった。


「うああああああああああああああああ!!!!」


光線を放つ少女。レイジンはそれを斬り裂き、


「レイジン…スラッシュ…」


少女を斬った。その瞬間に、桜の攻撃も止まる。


「これで落ち着いたか?」


レイジンは変身を解き、少女に尋ねる。


「…はい。ありがとうございます」


少女はレイジンスラッシュで怨念を浄化され、安らいだ顔をしていた。


「さっきこの桜を斬った時、全部わかった。この桜が何をしようとしてたのか、どうしてお前がリビドンにならなかったのか、な。」


先ほど万年桜は、わざと自分を斬らせたのである。輪路に全てを伝えるために。三郎はリビドンとは怨霊の類いであることを、簡単に賢太郎達に説明した。輪路はなぜ少女がリビドンにならなかったのかを話す。それは、少女が桜を愛していたからだ。少女が万年桜に向ける愛が、万年桜を切ろうとする他者への憎悪を凌駕していた。だからリビドンにならずに済んだのだ。万年桜もまた、少女の魂を守るために妖怪化した。人を食っていたのは妖怪化した習性からではなく、単なる死体処理だ。少女が愛したこの場所を、綺麗なままにしておくために。


「桜がそこまで考えられるの?」


「この世に命を持って生まれた者は、全て意思を持っている。動物だろうが植物だろうが、関係なくな。考える頭がありゃ心もあるし、痛みを感じる神経だってある。人間だけじゃねぇんだよ」


ただの植物であるはずなのにとても複雑な思案をしている万年桜に、茉莉は驚いた。だが三郎は自身が妖怪であるために、例え言葉を発することができなくても、生き物であるなら意思はあるということを知っている。だから、平気で魚の活け作りやら踊り食いやら、むごたらしいことをやってのける人間の思考が、理解できなかった。だから、友達でもない人間は嫌いなのだ。


封印された万年桜と少女。だがほんの数日前、この辺り一帯を覆っていた結界が解け、三人の男女が入り込んで来た。人間達はいざこざを起こし、その時一人の男性がもう一人男性を殺した。その時に流れてきた血によって、封印が解けたという。万年桜は、本当ならずっと眠り続けるつもりだったのだが、封印が解かれ、自分達を倒せるほど強い霊力の持ち主が現れたことを知り、気が変わった。


「この桜は、お前を成仏させたがってるんだよ。」


「私を?」


「自分を守ろうとしてくれたこと、自分のために死んでくれたことは何よりも嬉しかった。けど、やっぱりこのままじゃいけないってことを薄々感じてたらしい。」


万年桜は少女の魂を永遠に守ろうと思っていた。だが、美しいものを愛せる心を持つ者の魂を、自分のために現世に縛り付けるという行為には、後ろめたい気持ちを感じていたようだ。


「お前もこの桜に未練はあるんだろうが、こいつの気持ちも考えてやってくれ。」


「…未練がない、と言ったら、嘘になります。もっともっとこの地に留まって、ずっとずっとこの子を見ていたい。でも、この子が私の成仏を望んでいるなら、私は成仏します。」


輪路の説得を聞き入れた少女は万年桜に近付き、その幹を撫でる。


「ごめんね、あなたの気持ちも考えないで。でも、安心して。私はもう成仏する。今まで私を守ってくれて、ありがとう…」


少女の魂は光の粒子となり、成仏していった。その直後、大風が吹いてきた。夜の闇の中、光を放つ万年桜の花びらが美しく舞う桜吹雪。やがて今まで散ることなく咲いていた万年桜の花は残らず散り、その幹にひびが入った。ひびは桜全体に広がり、あっという間に朽ちて崩れてしまった。結界も解けて昼間に戻る。


「万年桜が…」


賢太郎は呟く。輪路は言った。


「もう桜としての限界はとっくに迎えてたんだよ。食った人間の養分と、あの子を守りたい成仏させたいって執念で生きてたんだ。」


「万年桜の伝説は、今終わったんですね…」


彩華は悲しそうに言った。こんなもの悲しい桜吹雪を見たのは初めてだ。しかしそれでもきっと、天に昇った二つの魂は幸せだったのだろう。



後日、花見は普通の場所で行われることになり、輪路達は楽しんだ。春は出会いと別れの季節。大好きな桜の関係で悲しい別れを見たばかりだったが、それでも輪路はやっぱり春が、桜が好きだった。





シーズンにはまだまだ早いですが、今回は桜の話でした。桜の美しさと、そこに秘められた切なさや儚さを感じて頂けたなら幸いです。



次回は、少し物語を動かしていこうと思います。お楽しみに!

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