第二十五話 覚醒(めざ)めし者の名は
今回は、前作のキャラクターが登場します。前作を見た方なら、デジャヴを感じると思いますけど。
「ん?」
外を見張っていたテロリストは、こちらに向かって悠々と歩いてくる男を見つけた。
「何だお前は!!俺達が見えないのか!!止まれ!!」
テロリスト達は男を止めるため、マシンガンを向けて威嚇する。しかし、
「うるせえ。黙れ」
それは男を怒らせただけだった。男、廻藤輪路が腰に差していた木刀、シルバーレオを鞘袋から引き抜き、振り上げると巨大な衝撃波が発生し、テロリスト達を全滅させた。
「邪魔すんじゃねぇよ。」
この程度、一人一人相手してやるまでもない。これで十分だ。
「さて、問題は中だな。」
外の雑魚は一掃できたが、まずは中に入って人質を解放しなければならない。とりあえず、そこらへんでのびているバカどもは、警官隊に任せよう。輪路が警官隊にテロリスト達の連行を頼んだ時、
爆発音が聞こえた。
「!?」
音が聞こえたのは、体育館の方だ。探知を使ってみる。一方向に集中すれば、探知領域は伸ばせるのだ。すると、強い霊力が二つ。先ほどの爆発音から察するに、戦っているのだろう。片方は明日奈だが、もう片方は知らない霊力だ。明日奈の霊力はかなり小さくなっており、追い詰められているのが伺える。
「お前ら!!俺が戻ってくるまで、あっちには絶対に近付くんじゃねぇぞ!!」
輪路は警官隊に言うと、体育館に向かって走っていった。
*
「ぐあっ!!」
明日奈は体育館の床の上を転がった。
「あれだけ暴れた後なのに、私相手にここまで抵抗できるとはね。」
対する女性の手には、どこに隠していたのか、長い鞭が握られていた。
「でもこれで終わりね。あなたには死んでもらうわ」
「まだ…まだ終わりじゃないよッ…!!」
女性の鞭に全身を打ちのめされ、ボロボロにされてしまった明日奈だが、それでも立ち上がる。ここでこいつを倒さなければ、また他の生徒や教師が狙われるのだ。戦ってみてわかった。この学校を占拠するのに、あんな有象無象など必要ない。この女性一人いれば十分だ。それほどまでの力を有している。今の明日奈では勝ち目がない。しかし、それでも挑まないわけにはいかないのだ。
その時、
「明日奈!!」
間一髪、輪路の到着が間に合った。
「か、廻…藤さん…」
明日奈はそれに安心したのか、倒れてしまった。輪路は駆け寄って、明日奈を助け起こす。
「大丈夫か!?」
「何とか…死んではいないよ。でも気を付けてくれ…あいつは…!!」
「もう喋るな。あいつはお前の代わりに、俺が絶対に倒してみせる。」
輪路は明日奈を離し、女性の前に立ちはだかる。
「初めましてね。廻藤輪路」
「俺を知ってるのか?」
「私はアンチジャスティスの幹部、ミランダ・メリーよ。」
「!!てめぇ、アンチジャスティスか!!」
女性の正体は、アンチジャスティスの幹部だった。
「ええ。この学校の人間を人質にして身代金を要求するつもりだったけど、完全に失念してたわ。っていうかここ、よくよく考えたらあなたの住んでる街よね。私ったらお馬鹿さん。ちょっと余裕出しすぎたわ」
「…悪の組織にしちゃずいぶんセコい真似すんじゃねぇか。」
「あら、アンチジャスティスはあらゆる悪行を美徳とする組織よ?何も問題はないじゃない?」
アンチジャスティスは悪の組織である。それが学校を乗っ取って身代金をせびるというのは何とも小物臭がするが、あらゆる悪行を美徳とすると言われれば、確かにアリかもしれない。少なくとも問題は大アリだ。
「この学校には、俺の弟子が通ってるんだ。こんなふざけた真似した以上、覚悟はできてるんだろうな?」
輪路はシルバーレオを、木刀モードから日本刀モードに変化させる。
「そうだったの?それは残念。でもね、あなたに私は倒せないわ。ああ、言い間違えた。あなたに、私は『殺せない』。」
「グダクダうっせぇんだよクソ女がぁっ!!」
輪路はミランダに斬り掛かった。ミランダは手にした鞭で迎え打つ。輪路は襲ってくる鞭を弾くが、斬ることはできない。
「ああ?」
「このルインアーティファクト、クイーンビュートはオリハルコンワイヤーっていう金属繊維で作ってあるの。聖神帝の武器だって防げちゃう優れものなんだから!」
「そうかよ。だったらなぁ…!!」
輪路は縮地を使って接近し、すり抜け様にミランダの横腹を斬った。鞭という武器は、その性質上接近戦に弱い。素早く懐に飛び込んでしまえば、一方的に攻撃できるのだ。
「ぐっ…!!」
ミランダは横腹を片手で押さえ、膝を付く。
「口ほどにもなかったな。」
確かに、弱すぎる。アンチジャスティスの幹部にあるまじき弱さに少々違和感を覚えたが、結構深く斬ったため、もう戦闘不能だろう。輪路はそう思っていた。
だが、
「…ふっ、フフフ…」
ミランダは何事もなく立ち上がり、上着を脱いだ。そして、輪路に斬られた箇所の、生々しい鮮血を拭う。
「…何だと!?」
輪路は驚いた。ついさっき斬りつけたはずのミランダの横腹には、何の傷痕も残っていなかったのだ。あれは間違いなく血だ。だから、間違いなく斬ったはず。手応えもある。なのになぜ…
「言ったでしょ?あなたに私は殺せないって。私は不死身なの」
「不死身…だと!?」
「あーあ、また喰らっちゃった。死なないってわかってると、つい余裕になりすぎちゃうのよ。死ななくても痛いものは痛いのに…」
「ハッタリ抜かすんじゃねぇ!!神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身した。不死身だと?そんなものあるはずがない。ただ奴は、自然治癒力が高いだけだ。なら、治癒しきれないほどの攻撃を叩き込む。
「師匠!!」
そこへ、賢太郎達が来た。全ての教室から人質を解放した賢太郎達は、明日奈の安否が気になって見に来たのだ。
「…あっ、あれ!」
「明日奈さん!!」
茉莉が明日奈の存在に気付き、全員で駆け寄って助け起こす。
「明日奈を頼むぜ!!」
レイジンは再びミランダと戦いを始める。ミランダは再度、クイーンビュートで攻撃してきた。
「無駄だって言ってんだろ!!ソニックレイジンスラッシュ!!!」
これを縮地でかわしたレイジンは、ソニックレイジンスラッシュを放ってミランダの左腕を斬り落とし、ミランダの腹を蹴り飛ばす。しかし、
「無駄だって言ってるでしょ?」
レイジンに斬り落とされた左腕の切り口が泡立ち始め、そこから左腕が生えた。再生したのだ。
「くそっ!!だったら…!!」
レイジンはミランダを倒すために、次の攻撃方法を実行する。再生するなら、一発で仕留めればいい。
「ハリケーンレイジンスラァァァァァッシュ!!!!」
レイジンはハリケーンレイジンスラッシュを浴びせ、ミランダを細切れにした。後には醜い肉塊が残る。
「うわ…グロ…」
茉莉が顔をしかめているが、こうしなければ倒せなかったのだから仕方ない。
しかし、細切れにしたミランダの肉片が、まるでビデオを逆再生するかのように集合し、元の形へと修復した。
「馬鹿な…!!」
レイジンは我が目を疑った。確かに今、ミランダは確実に死んだはずだ。あんな状態から、復活などできるわけがない。
「どう?まだ続けるの?」
「…っ!たりめーだろ!!」
レイジンは放心状態に陥っていたが、まだ終わらない。まだ、試していないことがある。
「ライオネルバスタァァァァァァァーーッ!!!!」
切り刻んでも再生するなら、再生する肉片すら消してしまえばいい。つまり、完全に消滅させるのだ。レイジンはミランダに向けて、ライオネルバスターを放つ。ミランダは不敵な笑みを浮かべながら、かわすこともなくこれを受けた。当然ながら、ミランダは細胞一つ残らず消滅した。
「へっ!俺を舐めるからだ!!」
勝利を確信するレイジン。だが、
ミランダが消滅した場所に、無数の光の粒子が集まり、一瞬発光してミランダの姿になった。
「なっ…!!」
「気は済んだかしら?」
ミランダは相変わらず、不敵に笑っている。まるで、最初から消滅などしていなかったかのようだ。
「そんな…!!」
「一体どうなって!?」
彩華も賢太郎も驚いている。あんなものを見せられては、驚くしかないだろう。
「や、やっぱりか…」
明日奈は絶望した目でミランダを見ていた。さっきも明日奈はミランダと戦っていたが、身体の半分を吹き飛ばしてもミランダは死ななかったのだ。何をしても死なないミランダに追い詰められ、明日奈は敗れてしまったのである。
「廻藤さんでも…あいつを倒すことはできないのか…」
やっと希望が見えたと思ったが、結果は変わらなかった。と、
「廻藤!無事か!?」
ヒエンと三郎、それからソルフィの人形が駆け付けてきた。
「翔!三郎!ソルフィ!」
「美由紀さんから連絡を受けてな。」
「ったく、俺が来ないうちからデカイのをぶっ放すんじゃねぇ。間に合ったからいいけどよ」
気が付くと、結界が張られている。三郎が間に合ったのだ。間に合ってよかった。もう体育館中ボロボロで、もし結界がなかったら大変なことになっている。
「こいつ、アンチジャスティスの幹部らしい。しかも死なねぇんだ」
「死なない?」
レイジンは現状を二人と一羽に報告し、レイジンの言葉を奇妙に思った三郎が、目をこらしてミランダを見た。
「…なるほど。その魂の状態、お前人魚の肉を食いやがったな?」
「何だと!?」
「えっ!?」
「そうよ。私はこの美しさを永遠のものにするために、人魚の肉を食べたの。おかげでウォレスのバカがコレクションになれってうるさいけど」
ヒエンとソルフィは驚き、ミランダは得意気に胸を張る。
「何だ?何だってんだ?」
よくわかっていないレイジンのために、三郎が説明する。
「人魚は知ってるだろ?上半身が人間で、下半身が魚の妖怪だ。こいつの肉を食ったやつは、魂が変質して不老不死になるんだよ。」
様々な伝説を残す妖怪、人魚。その肉を食った者は、不老不死になる。三郎は過去にこの方法で不老不死になった者を見たことがあり、その場合魂が普通の人間と異なる状態になるため、すぐわかるのだという。
「人魚を殺してその肉を食うのは、俺達討魔士やそれに準ずる者にとって大重罪だ。それをこの女…」
「自分の目的のために行動して何がいけないの?まぁ、それこそが私達アンチジャスティスの行動理念なんだけどね。」
ヒエンはミランダがしたことを咎めるが、ミランダは全く反省していない。当然だ。アンチジャスティスはあらゆる悪行を美徳とする組織であり、特に盗みや殺しを優先的に行う。自分のために他者の命を平気で踏みにじるのが、アンチジャスティスの構成員なのだ。
「三郎!どうすりゃ奴を倒せる!?」
「倒すのは不可能だ。何せ、絶対に殺せないんだからな。」
レイジンは三郎にミランダを打倒する方法を訊いたが、ないと言われた。三郎にさえそう言われてしまっては、本当にどうしようもない。
「倒すのは不可能だが、封印することはできる。ソルフィ、頼むぞ。」
「わかった。」
ヒエンとソルフィは、何やら打ち合わせをした。
「廻藤、ソルフィにあいつを封印してもらう。俺達は術式が完成するまで、時間稼ぎをするんだ。」
協会でも、不死身の魔物を滅ぼす手段は確立されていない。ゆえに、そういった存在は封印という手法を用いて倒す。
(そうだ。それでいい)
三郎はその打倒方法に心中同意していた。本当は、不死身の相手を殺す方法は一つだけある。しかし教えたところで、レイジンはその方法を使うことを嫌がるだろう。
「時間を稼げばいいんだな?」
レイジンはシルバーレオを構え直す。
「協会の聖神帝が二人か…いくら死なないとはいえ、これは本気を出す必要があるみたいね。ルインアーティファクト、起動!!」
何と、今までのミランダは本気ではなかった。まだルインアーティファクト、クイーンビュートの力を使っていなかったのだ。ミランダが唱えると、クイーンビュートの柄の文字が赤く発光し、鞭の部分が鋭利な棘を生やした。
「三大士族の青羽会長補佐と、廻藤光弘の子孫の廻藤輪路。あなた達二人を仕留めれば、きっと私は副リーダーに昇格できるわ!」
「やれるもんならやってみな!!」
「行くぞ!!」
レイジンとヒエンは、ミランダに斬り掛かった。クイーンビュートはルインアーティファクトとしての機能を発動すると、攻撃力が強化され、しかも使い手自身の意思で自由に操れるようになる。
「はっ!」
この機能で、かわされても鞭の部分が意思を持つかのように再び襲撃する、という芸当も可能になるのだ。加えて、ミランダは死なない。いくらダメージを与えても、再生するまでの間少々動きを鈍らせることができる程度で、根本的な解決にはならないのである。
「くそっ!!」
蛇のように何度も襲い掛かってくるクイーンビュート。ミランダから一切の隙がなくなり、手傷を負わせることさえ難しくなった。
「ずいぶん余裕がなくなったわねぇ。あなた、確か霊石も使えるんでしょ?同時発動もできるんだっけ?使ったら?無駄だけど!」
ミランダはさらに激しく攻撃を加えてくる。身体能力も向上しているので、確かに霊石を使うべきではあるのだが、どっちみちミランダを殺せないので使っても意味がない。
「調子に乗るな!!」
ヒエンが斬り掛かる。その瞬間にクイーンビュートが襲い掛かるが、炎翼の舞いを発動。ミランダを吹き飛ばして斬りつける。
「あーもう、痛い痛い。すぐ治るけど斬られたら血は出るし、神経も通ってるから痛いものは痛いのよ…」
しかし、やはり与えたダメージはすぐ回復してしまう。
「な、なんてやつだ…!!」
「私達には、何もできません…」
「できたとしても、勝てたとは思えないけどね。」
賢太郎達は、何度攻撃してもけろりと立ち上がるミランダの姿に、恐怖を感じていた。空手など、通じるはずがない。それどころか下手に飛び込めば、あの棘だらけの鞭に一瞬でズタズタのボロ雑巾にされてしまう。それに加えて、あの不死性。例え戦う力があったとしても、勝てるわけがない。
「二人とも下がって!!」
しかし、勝機は訪れた。ソルフィが封印の術式を完成させたのだ。巻き添えにしないよう、二人を下がらせる。
「命の理、その禁忌を犯せし者よ。永劫なる鋼の像となり、己の愚かさを悔いるがよい!!鋼化封印!!!」
ソルフィが呪文を唱えると同時に、人形から光線が発射され、ミランダに命中する。その瞬間、ミランダが鈍い光を放つ鉄の像になった。封印の術式も数多く存在するが、これは鋼化封印という術だ。相手を鋼鉄の像へと変える封印である。あまり強力な封印ではないのだが、封印した相手を輸送するのに便利な術だ。ここは学校なので、いつまでも置いておくわけにはいかない。
「封印完了。もう大丈夫ですよ」
人形から、一仕事終わったという感じの声が聞こえてきた。いかに不死身のミランダといえど、こうなってしまってはもう何もできない。
そう思っていた時だった。クイーンビュートから眩い光が放たれ、ミランダが元の姿に戻ったのだ。
「何!?」
「はぁ!?」
安心しきっていたレイジンとヒエンは、再び武器を構え直す。
「残念だったね。ルインアーティファクトには封印された時に備えて、封印の術式を解読、解除する機能が刻まれているのさ。私が何の対策もしていないと思ったのかい!?」
ミランダはクイーンビュートを振るう。棘付きの鞭は一撃でソルフィの人形を破壊した。
「えっ?」
しかしそれだけでは終わらず、勢い余って人形の向こうにいた賢太郎にも伸びていく。
「危ない!!」
いち早く反応した彩華が、賢太郎を突き飛ばした。
「がっ!!」
それによって賢太郎はクイーンビュートの一撃をかわすことができたが、彩華はかわしきれず、腹をかすってしまう。棘付きの鞭だ。かすっただけでも、彩華に重傷を負わせることは容易だった。
「お姉ちゃん!!」
「彩華!!」
茉莉が、ある程度回復した明日奈が、駆け寄って彩華を抱き起こす。彩華は痛みでショックを受けて気絶したようだが、彩華の腹からは鮮血が溢れ続けている。
「くそっ!!間に合え!!」
明日奈は治癒の法術を使うが、なにぶん明日奈は霊力が尽きかけている状態なので、治癒がうまくいかない。
「彩華!!てめぇよくも彩華を!!」
「よせ廻藤!!平静を欠くな!!」
彩華を傷付けたことに激怒したレイジンは、無駄だというのにミランダに挑みかかっていく。レイジンが死なないように、ヒエンも飛び出した。
「…彩華…さん…?」
賢太郎は、呆然と立ち尽くしていた。彩華は、自分を庇った。そして彩華は、今死のうとしている。
「あっ…あ…!!」
どうしていいかわからない。どうにもできない。彩華さんが、彩華さんが、彩華さんが!!僕のせいで彩華さんが…!!
「…うあああああああああああああああああ!!!!」
賢太郎は発狂した。今までにないほど強烈に。だが、
(そんなに取り乱すなよ。君は男だろ?)
「…」
賢太郎の発狂はすぐ治まった。頭の中に声が響き、そして自分に変化が起きるのを感じた。一言では表せない、とても大きな変化を。
「ちょっと見せてごらん。」
「えっ?」
茉莉はいきなり平静を取り戻した賢太郎に驚く。賢太郎は彩華の傷の状態を見た後、傷に手をかざした。すると、瞬く間に傷が修復したではないか。
「…えっ?私…?」
「お姉ちゃん!」
彩華も目を覚ました。茉莉は嬉しくて、彩華に抱きつく。
「け、賢太郎くん?」
明日奈も驚いている。賢太郎にこんな力があるとは思わなかった。賢太郎は、今度はレイジンとヒエンを圧倒するミランダを見て、
「ふっ」
一瞬でその戦いに割り込んだ。今のは紛れもなく、瞬間移動。
「…」
「くあっ!」
賢太郎はミランダの腹に掌底を叩き込んで吹き飛ばし、二人から遠ざけた。さらに、賢太郎の右腕が変化する。それは、形容するならドリルだ。黒く光るドリルに変化したのだ。賢太郎はドリルを超高速回転させて、突きを繰り出す。
「ぐあああっ!!!」
回転力があり得ない。聖神帝の攻撃にも耐えるクイーンビュートを巻き取って粉々に破壊し、ミランダの身体も貫いた。その貫いた身体も、巻き込んで粉砕してしまう。
「こんなに強かったのか、賢太郎…!!」
自分達を圧倒するほどのミランダを、容易く圧倒してしまった。自分の弟子でしかなかったはずの賢太郎が、ここまで強くなっていたことに、レイジンは驚いている。
だが、
「違う。」
ヒエンはこう言った。
「違う?違うって、何がだ?」
ヒエンの言っていることの意味がわからず、レイジンは尋ねた。
「わからないのか!?彼の気配が、さっきまでと完全に違うものになっている!別人と言えるレベルだ。」
「そうだぜ輪路。こいつは賢太郎じゃねぇ。しかし、どっかで感じたことのある気配だ。」
賢太郎の気配が、賢太郎のものではなくなっている。賢太郎の姿をした、別の生き物になったような感じだ。しかも、三郎はこの気配に覚えがあるらしい。
「まぁ、この姿じゃわからないよね。ボクは君のことを、しっかりと覚えてるんだけど。」
「あ?」
「お前は誰だ!?一体何者なんだ!?」
ヒエンは問い詰める。賢太郎の姿をした何者かは答えた。
「ボクの名前は地球人には発音できない。で、地球人が発音できるように翻訳すると…」
そしてそれは、右腕を元に戻し、どこからか取り出した眼鏡をかけた。
「ナイアルラトホテップになるんだ。親しい者には、ナイアさんって呼ばれてるよ。」
「な、ナイアルラトホテップだと!?」
ヒエンは驚いた。討魔の道に生きる者の中で、その名を知らない者はいない。この宇宙を創造した最強の邪神、アザトースの強壮なる従者。這い寄る混沌、ナイアルラトホテップ。あの廻藤光弘が、生涯で最も手を焼いたと供述した存在だ。
「な、何でそんなやつが賢太郎に乗り移ってんだ!?」
「説明は後だよ廻藤輪路。それより、君にはあの不死身の女を滅ぼす方法を教えよう。」
「っ!?あいつを倒す方法があるのか!?」
「簡単さ。魂を消滅させればいいんだ」
賢太郎に憑依したナイアは、レイジンにミランダを滅ぼす方法を教えた。人魚の肉を食った者は、欠損した肉体を修復するよう魂が変質する。これにより、例え肉体が完全に消滅しようと、魂が残っていればいくらでも肉体を復元できるのだ。これがミランダの不老不死の秘密である。しかし、それは魂が残っていればの話だ。魂を消滅させれば、肉体の復元は不可能になる。つまり完全に滅ぼせるのだ。
「ああ。そうすればどんな不死身の存在も、滅ぼすことができる。だが、魂を失うということは、二度と生まれ変わることができないということだ。お前は嫌がるだろうから、俺はお前にこの方法を知って欲しくなかった。」
三郎は白状する。光弘もかつて、この方法で不死身の魔物を大量に葬ってきた。光弘には甘さがないので、いくらでもこの方法が使えるが、輪路は違う。
「生まれ変われなくなる、か…」
案の定、レイジンは悩んでいた。ミランダはアンチジャスティスの幹部であり、己の利益のために人魚を殺した大罪人だが、そこまでする必要があるだろうか。
「く…そ…!!」
「迷ってる時間はないよ。」
再生しようとするミランダ。しかし、ナイアは手からエネルギー弾を放ち、再度ミランダを粉々に吹き飛ばす。
「心配しなくてもいい。これは慈悲だ」
「慈悲…?」
ナイアはレイジンに話す。
「そうだ。一度人魚の肉を食い、魂を変質させた者は二度と元に戻れない。あの女はこの先、不老不死を得たことを絶対に後悔する。可哀想だろ?そうなる前に滅ぼしてやるんだ。それが、あの女への慈悲だよ。」
レイジンは思った。その通りかもしれないと。自分だって、不老不死がいいものだとはまかり間違っても思えない。なったら絶対に後悔する。いくら言っても今となっては取り返しがつかない。なら、せめて後悔する前に終わらせるべきではないか?
「…わかった。三郎、魂を消滅させる方法を教えてくれ。」
やるべきことはわかった。わかった上で、ナイアではなく三郎に訊いた。ナイアに訊くのは、なんとなく癪だったからだ。
「…いいんだな?」
「…ああ。」
「…よし、教えるぞ。」
三郎も覚悟を決めた。レイジンに魂を消滅させる方法を教える。
「シルバーレオに霊力を込めて、奴に突き刺せ。刺したら霊力を流し込んで、爆発させるんだ。」
「…そんなんでいいのか?」
「技の霊石と力の霊石を使ってからやれ。そうすれば、俺の言っていることの意味がわかる。」
「…よし。」
レイジンは三郎の指示通り、剛柔聖神帝へとパワーアップする。ちょうど、ミランダも再生を終えたところだった。
「いくらクイーンビュートを壊しても、私は死なないわ。何をしようと、私は絶対に殺せない!!」
「どうかな?すぐわかる!!」
まずレイジンは、レイジンスラッシュを放つ要領で、シルバーレオに霊力を込めた。
「うあああああああああああ!!!!」
武器を失ったミランダは、仕方なく殴りかかってくる。ただの拳だ。剛柔聖神帝となったレイジンなら、容易く見切れる。
「ふんっ!!」
「ぐっ!?」
次にレイジンは、ミランダの心臓にシルバーレオを突き刺した。そしてその瞬間に、レイジンは全てを理解した。ただ霊力を流して爆発させるだけなら、相手を内側から吹き飛ばすことしかできない。しかし、技の霊石を使っている今の状態なら、三郎の言っていたことの意味が理解できる。爆発させるのは相手の肉体ではなく、魂だ。ミランダの魂に自分の霊力をぶつけて、吹き飛ばす。それが、魂を消滅させる方法である。力の霊石を併用することで、ミランダの魂を吹き飛ばすだけの出力も確保できた。あとは、吹き飛ばすのみ。
「レイジン…!!」
「う…が…!!」
レイジンの莫大な霊力が、ミランダの体内へと流れ込む。そして、
「イモータルエンド!!!」
流し込んだ霊力を炸裂させた。これにより、ミランダは塵一つ残らず消滅する。今度は復活しなかった。しばらく時間を置いてみたが、ミランダは二度と、復活することはなかった。レイジンは戦いに勝利した。だが、いつものような晴れやかな気分にはなれなかった。それは、ミランダの魂が消滅してしまったからだ。リビドンになることも、リビドンに魂を食われることもない。だが、成仏することもないのだ。レイジンは、自分が使った技の重みを知った。
*
輪路達は変身を解き、ナイアから話を聞くことにした。
「で?何だって俺の先祖と殺り合ってたようなやつが、賢太郎に取り憑いてんだよ?」
「その前に、君は十年前に起きたビルの爆発事件を知っているかな?」
十年前、秦野山市では原因不明のビル爆発事件が起きている。既に廃棄されていたビルだったので人が使うはずはないのだが、突然爆発したのだ。付近にいた人々が多数負傷し、予想外の事態に誰もが対処に追われた。輪路は幸いビルの近くにはいなかったので、巻き込まれていない。が、事件自体を知ってはいた。
「それが何だってんだよ?」
「あの事件を引き起こしたのはボクなんだ。」
ナイア曰く、あの廃ビルの地下ではとある宗教団体が活動を行っており、自分の意にそぐわぬことをしていたので、自ら潰しに行ったとのことだ。
「人がいないビルだから油断してたんだろうねぇ、子供が二人で遊んでたみたいなんだよ。それがこの子と、そこにいる女の子だ。」
ナイアは賢太郎と、それから茉莉を指差した。
「…思い出しました。茉莉と賢太郎くんは、あの時あのビルでかくれんぼをして遊んでましたよ!」
彩華は昔の記憶を思い出した。その日彩華は用事があって家におらず、仕方なく暇だった茉莉と賢太郎はビルで遊んでいたのだ。事件が起こった時、茉莉は重傷を負っていたが命に別状はなく完治し、賢太郎に至っては無傷で発見された。
「あの時この子は無傷じゃなかった。即死していなかったのが奇跡のレベルの重体だったんだ」
瀕死の重傷を負っていた賢太郎を発見したナイアは、自分の細胞で賢太郎の身体の欠損部分を修復したのだ。さらに賢太郎は、頭を打っていた。このままでは間違いなく知的障害が残ると判断し、ナイアは欠けた精神を補うために自分の精神の一部を賢太郎の精神に混ぜ込んだ。今表出しているのは、そのナイアの精神なのだという。
「あの時そんなことしてたんだ…」
「茉莉、あなたもしかして知っていたんですか?どうしてそんな大事なことを黙ってたんですか!!」
「怒らないであげてよ。黙っておくよう頼んだのは、他でもないボクなんだ。何せ、ボクは保険としてこの子を利用したんだからね。化身が全て滅ぼされた時、この子の身体を乗っ取って復活するように。」
「何!?」
輪路は怒った。ナイアは決して滅ぼされないよう、宇宙中に自分の化身を作って放っている。それらの化身が万が一全て滅ぼされた時、そこからさらに復活するための保険として、賢太郎を利用していたのだ。だから茉莉には口止めした。せっかくの保険なのに、バレてしまっては意味がないからだ。
「でも安心しなよ。もうそんな気はないし、二度と起こさない。だってボクのオリジナルが愛に目覚めちゃったし、アザトースにこの星を守るよう命令されたからね。」
結果的に、ナイアは全ての化身を失った。保険を使うなら今が使い時なのだが、もう彼女にそんなつもりは微塵もない。自分の主との約束を、初めて本気で好きになった相手を、裏切るわけにはいかないから。
「そういえば、第三次大戦でヘブンズエデンの英雄達がアザトースを手懐けたことが勝利に繋がったと、協会の記録に残されていたが…」
「手懐けたなんて失礼なやつだな。認めたんだよ、自分の親として。」
翔の言葉に、ナイアは少し不機嫌そうに返した。第三次大戦の際、彼女の主、アザトースの命令により、全ての旧支配者や外なる神は人間を害さないと誓いを立て、この宇宙を守護すると約束した。もっとも、あの戦いでナイアを含む全ての神は力を失い、休眠期間に入ったが。しかしアザトースのみは残り、現在は第三次大戦の英雄、ゲイル・プライドとアンジェ・プライドの娘として暮らしている。そこまでが、協会の記録だ。
「なんか…すごい細かく記録されてんな…」
「当然だ。危険がなくなったとはいえ、クトゥルフ神話の主神だぞ。」
輪路はかなり引いていたが、元々宇宙を崩壊させかねないほど危険な存在だったので、その判断は妥当かもしれない。
「とにかく、ボクはもうこの身体を利用して、何かしようって気はないんだ。ボクの力もオリジナルの数分の一程度しかないし、何かしたとしてもすぐ止められちゃうよ。」
「その言葉、信じてもいいのね?」
「もちろん。よく黙っていてくれたね」
茉莉は念を押した。が、ナイアにはもう世界を破滅させる意思はない。
「…一つ訊いていいかい?」
と、明日奈が訊いた。
「あんたほどの力があれば、あのミランダってやつの魂を元に戻すこともできたんじゃないのか?三郎、こいつの力をずっと昔に見たんだろ?そこから判断してどうだった?」
「…ああ。さすがに原型なくなるほど変質した魂を元に戻すのは無理だが、少なくとも不老不死の特性をなくすことはできたはずだ。」
明日奈の予想では、ナイアなら変質した魂を元に戻すことができる。三郎に訊いたところ、ミランダの魂は変質しきっていたため元に戻すのは不可能だが、不老不死の特性を奪うことはできたとのことだ。
「できたよ。ボクの力があれば、魂を消す必要はなかった。いくら弱体化したとはいってもね」
「だったら何で!!」
明日奈はさらに問い詰める。魂を消滅させる必要はなかったのではないかと考えていたが、ナイアはそれを認めたのだ。
「必要なことだからだよ。廻藤輪路、君は光弘がずっと誕生を待ち望んでいたあいつの後継者だ。君にはこれから、光弘がクリアした以上の試練が待ち受けている。そんな時、相手の魂を消滅させるくらいの覚悟がないととても乗り越えられない。」
ナイアはそう答えた。今と二百年前とでは、時代が違う。しかしそれでも、輪路は光弘の子孫なのだ。覚悟はしなければならない。ナイアはわざと過酷な選択をさせることで、輪路を鍛えようとしているのだ。
「だからボクも、できる限り君達の戦いに干渉はしない。せいぜい、この身体と彼女達に危機が迫った時ぐらいさ。そういうわけだから…」
「えっ?あっ!?」
「きゃっ!」
ナイアは唐突に彩華と茉莉に手を伸ばして抱き締め、
「これからもこの子と仲良くしてあげてね?この子は君達のこと、すごく大切に想ってるんだからさ。」
二人の頬に一回ずつキスした。
「なっ…何するんですか!!」
「は、離して!!」
突然の行動に驚いた彩華と茉莉は、ナイアを引き剥がして突き飛ばす。
「うわっ!!」
だがその瞬間、ナイアは情けない声を上げて尻餅をついた。
「いてて…」
いや、よく見ると様子がおかしい。人ならざる雰囲気も、眼鏡も消えている。ナイアは賢太郎に戻っていた。
「あっ、賢太郎くん!」
「ごめん!大丈夫!?」
「う、うん…」
賢太郎が元に戻ったと気付いた彩華と茉莉は、慌てて賢太郎を助け起こす。
「…こっちこそごめんね。なんか、大変なことになってたみたいで…」
賢太郎は、今までナイアがやっていたことを覚えているらしい。当然、何を言っていたのかも覚えている。
「師匠…」
「…お前らが無事でよかった。帰るぞ三郎、翔。」
「ん。」
「あ、ああ…」
輪路はそれだけ言い、三郎が結界を解除して、二人と一羽は帰っていった。
「…本当に、大変なことになっちゃったね。」
明日奈は呟いた。
*
その日の夜、ヒーリングタイム。輪路の部屋に、三郎が来ていた。輪路は三郎に訊く。
「なぁ三郎。俺って、そんなに頼りなく見えるか?」
「…馬鹿邪神が言ってたことなら気にすんな。あいつはお前とは違う生き物だから、ああいう無神経なことが言えるんだよ。」
確かに、ナイアは強い。弱体化しているとは言っていたが、自分よりも遥かに強いと感じた。だから、あんなことを言えるんだと三郎は言った。だがそうは言っても、やはり気になるものは気になる。
「心配しなくても、お前はとんでもない速度で強くなってる。一年もありゃ、光弘を超えられるかもな。」
「だといいけどな。」
やはり、今以上の鍛練が必要だと、輪路は感じた。
「…そういやよ、何で俺を鍛えようなんて考えてんだ?だってあいつ、光弘と殺し合ってたんだろ?」
ナイアは自分を鍛えようとしている。しかし、彼女と光弘は元々敵同士だ。なぜそんなことを考えたのだろうか。
「光弘とあいつって、仲悪かったんじゃねぇのか?」
「…まぁ奴と殺し合った回数は一回や二回じゃねぇわな。ただ…」
「ただ?」
「…どっちも楽しそうだったよ。」
当時、二人の戦いを見ていた三郎は、自分が見た感じをそのまま教えた。
*
彩華は道場に行き、一人で正拳突きを繰り返していた。昼間ナイアにされたことを、忘れようとしているのだ。あの時彩華にキスしたのはナイアだが、ナイアが使っていたのは賢太郎の身体なのだ。つまり、賢太郎にキスされたということに…
「~~~ッ!!!」
思い出すと顔が熱くなってくる。彩華は正拳突きを繰り返した。時刻は23時を過ぎようとしていた。
「…」
彩華が昼間の出来事を忘れようとしていた頃、茉莉はベッドに入って同じように昼間の出来事を思い出していた。
「…賢太郎くん…」
茉莉は賢太郎の名前を呟くと、顔を赤くしてベッドの中に潜り込んだ。
テロリスト達は一人残らず逮捕され、終業式は翌日改めて行われた。こうして夢咲高校は、一日遅れの夏休みに突入したのだった。
ナイアさん登場!!しかし、復活したわけではありません。オリジナルは今も、エリックの中で眠っています。オリジナルほどの力は発揮できないとはいえ、心強い味方が増えたことは間違いないでしょう。輪路も不死殺しの技を会得しました。まぁ技が技なので、乱発はしませんけど。
次回はメッセージで要望があったので、久々に妖怪と戦わせます。お楽しみに!




