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第二十三話 驚異の転移霊

また少し物語が進展します。

時刻は午後8時過ぎ。神田明日奈は女性を壁に追い詰めていた。


「やっと追い詰めたよ。」


かれこれ一時間近く走り回っていたが、そんな追いかけっこももうおしまいだ。


「観念しな!!」


明日奈は鬼のような形相を浮かべる女性に向かって、霊符を五枚飛ばした。


「くっ!!」


女性は何かを投げたが、それは明日奈に当たらず、あさっての方向に飛んでいく。


「あああああっ!!!」


霊符は女性の両手両足、そして額に一枚ずつ貼り付き、霊符からは電流のようなものが流れて、女性は気絶した。


「ちっ…!!」


しかし、明日奈の目的は、女性ではなく女性が今投げたものだ。明日奈は女性が何かを投げた方向に走っていくが、それはもうどこにもなかった。


「…逃がしたか…」


明日奈は舌打ちすると、自宅に帰っていった。











「…はぁ…」


翌日、夢咲高校の自分の教室で、明日奈は机に頬杖をついてため息を吐いていた。


「どうかしたんですか?ため息なんて吐くと、幸せが逃げますよ。」


そんな彼女に話しかけたのは、親友の彩華だ。


「彩華…」


「何かあったんですね?私で良ければ、話して下さい。力になれるかもしれません」


彩華の目からは、明日奈がとても困っているように見えた。困っている人を放っておけないのが彩華だ。それが親友ならなおさらのこと。彩華は何があったのか、明日奈に訊いた。


「…実はね、昨日転移霊っていうちょっと厄介なやつを追いかけてたんだ。」


「転移霊?」


転移霊とは、様々なものを媒体にして次々と憑依を行う幽霊である。その特性ゆえに捕捉が難しく、一度見つけることができても高確率で逃がしてしまう。


「あたいが見つけた転移霊はただの転移霊じゃなかった。自分が幽霊だって知ってたんだよ」


「!」


彩華は驚いた。明日奈が昨日追っていた転移霊は、自分が転移霊であると自覚しており、明確な悪意を以て憑依を繰り返しているという。


「転移霊は見つけるのも捕まえるのも難しいから、絶対に成仏させたかったんだけど逃がしちゃった。今頃どんな悪事を働いてるかと思うと、気が気じゃなくてさ…」


こうしている間も転移霊が悪さをしていると思うと、ため息を出さずにはいられなかった。


「あたい全然駄目だよね。せっかく天照の巫女として頑張ろうって決めたのに、この体たらくじゃさ…」


あの時しっかり仕留めていられれば…こんなことでは天照の巫女として失格だ。明日奈は後悔していた。しかし、


「そんなことありませんよ。」


彩華は否定した。


「明日奈さん、前と比べてすっごく感じが良くなりましたから。今でもそうやって、すごく謙虚です。」


最初会った時の明日奈は、周りに対して敵意を振り撒いていたし、話し掛けても無視したりしていた。だが、今は霊が及ぼす被害を真剣に考えたり、自分の悩みを他人に打ち明けたりしている。えらい変わりようだ。以前なら考えられなかったことである。


「明日奈さんは十分、天照の巫女として頑張ってますよ。もっと自信を持って下さい」


「彩華…」


彩華の心遣いが、明日奈は何だかとても嬉しかった。


「…でも転移霊を成仏させる方法ですか…」


しかし、話を聞いて彩華は考えた。幽霊が相手では、力になれそうもない。ましてや相手は、捕捉が極めて難しい転移霊だ。捕まえるのさえ一苦労である。


「…あ、そうだ!明日奈さん、転移霊と戦ったのはどこですか?」


「伊勢市だけど…」


「じゃあもしかしたら、この街に来ているかもしれませんよ?」


「えぇ~?」


彩華は以前輪路から聞いたことがある。聖神帝は魂を惹き付ける力でもあるため、自分の周囲にはいろんな人間が来ると。それからこの街には、翔もよく来てくれている。聖神帝が二人もいる状況なら、魂を惹き付ける力も強まるはずだ。そして、伊勢市は秦野山市の隣街である。もう来ている可能性が高い。


「なるほど、それなら…」


明日奈は納得した。輪路と翔にも協力を頼めば、絶対に捕まえられる。


「早速今日、学校が終わったら廻藤さん達に相談してみましょう!」


「…そうだね。他に手もなさそうだし」


明日奈は彩華の提案に乗った。輪路は強いし、翔はこの道のエキスパートなので、頼りになるはずだ。











ヒーリングタイム。


「転移霊ねぇ…俺も長いことこの力と付き合っちゃいるが、そんなのは初めて聞いたな。」


「転移霊は一流の討魔士でさえ、偶然遭遇する以外の方法で発見するのが難しい。一生会わないのが普通だ」


明日奈と彩華は茉莉を誘い、輪路達に相談していた。翔にとっても、転移霊を捕捉するのは容易なことではないらしい。


「わかった。協力してやるよ」


「俺もだ。厄介な転移霊を成仏させられる機会だからな」


「私も協力します。人数は多い方がいいですから」


輪路と翔に加え、ソルフィも協力してくれた。と、佐久真は気付く。


「あれ?そういえば賢太郎くんは?」


何か違和感を感じると思えば、賢太郎がいないのだ。いつも一緒にいるのに、これはとても珍しい。


「ああ、なんか突然体調崩しちゃったみたいで。」


「夏風邪?」


「本人はそう言ってるみたいですけど、賢太郎くんってヘタレのわりに身体は頑丈だから、珍しいんですよね。」


茉莉が言うには、賢太郎は夏風邪をひいてダウンしたらしい。しかし、風邪などひいたことのない賢太郎が夏風邪をひくというのは、かなり珍しいことだ。


「まぁ…それは心配ねぇ…」


「大丈夫ですよ。あの子昔から私達と一緒に鍛えてますから、一日安静にしてれば良くなります。」


「だといいんだけど…」


佐久真は心配したが、彩華は大丈夫だと落ち着かせた。


「仕方ねぇ。俺達だけで何とかしようぜ」


「ところで、その転移霊は何を媒体にしているかわかるか?」


翔は明日奈に、転移霊が媒体にしているものが何なのかを訊いた。転移霊は媒体がなければ、移動も憑依もできない。


「ケータイのストラップだよ。クマのぬいぐるみみたいなやつ」


「ストラップか…こりゃまた見つけにくいなぁ…」


携帯電話のストラップはとても小さいし、たくさんの人間が持ち歩いている。輪路が言う通り、その中から転移霊が媒体にしている一つを見つけるとなると、かなり難しい。


「転移霊の媒体は霊力を放っていますから、霊力探知をすればすぐ見つけられますよ。」


だがそれは普通の人間ならの話だ。ソルフィが言うように、転移霊の媒体は転移霊が憑依しているので、霊力探知を行える者なら見つけられる。


「あたいと廻藤さんと青羽さん。それからソルフィさんはそれができるからいいけど、彩華と茉莉ちゃんにはこいつを渡しておくよ。」


明日奈は彩華と茉莉に、一枚ずつ霊符を渡した。


「霊力探知の術をかけた霊符だ。常人以上の霊力の持ち主が半径二百m圏内にいれば、光って教えてくれる。」


「ありがとうございます。」


「それじゃ、遠慮なく使わせてもらいますね。」


二人は霊符を受け取る。


「よし、行こうぜ!」


準備を整えた一同は店を出て、ソルフィは店の中から人形を操って、それぞれ転移霊を捜す。と、佐久真は気付いた。


「あ。美由紀ちゃん大丈夫かしら?」


美由紀は今、コーヒー豆と砂糖の買い出しに出掛けている。


「…まぁ大丈夫よね。」


転移霊については何も知らないが、まぁ大丈夫だろうと佐久真は思った。











「転移霊だぁ!?お前また厄介なやつの相手してんなぁ…」


輪路はペンダントで三郎と連絡を取っていた。やはり、三郎は転移霊のことを知っていた。その厄介さも。


「もしかしたらこの街に来てるかもしんねーから、お前にも手ぇ貸して欲しいんだわ。」


「ああ、いいぜ。で、具体的にはどうすりゃいいんだ?」


「とりあえず、霊力纏ってるストラップ持ってるやつ見つけたら、結界で隔離して仕留めるって作戦だ。もっとも俺はまだ結界の張り方習ってねぇから、お前にやってもらわなきゃなんねぇ。」


「なるほど、結界で隔離すりゃ確実だな。わかった、こっちも上から捜してみる!」


「頼んだぜ!」


三郎に作戦を説明し、輪路は連絡を終える。しらみ潰しに捜さなければならないというのが難点だが、それ以外の方法は用意できそうもない。その代わり、一度結界で囲ってしまえばこちらのものだ。転移霊は性質こそ厄介ではあるが、明日奈曰く戦闘力自体は高くない。事実昨日遭遇した時も、転移霊は明日奈と戦わず、逃走に徹していた。それが何よりの証拠だ。


(しかし、気を付けなきゃな…)


三郎には話していなかったが、実は結界も一時しのぎにしかならない。というのも、転移霊は結界を破る力を持っているからだ。普通の転移霊がデフォルトで持っている能力というわけではないが、明日奈が戦った転移霊は結界を破る力を持っていた。だから逃がしたのだ。話さなかった理由は面倒だから。一瞬でも行動を封じられれば、その一瞬で仕留められる。輪路はもう、そこまで強くなっていたのだ。


(さてと、探知探知…)


輪路は霊力探知を発動する。翔に稽古を付けてもらったおかげで、輪路も霊力探知ができるようになったのだ。といっても、半径百m圏内程度だが。


(…この辺りにはいないらしいな…)


少し歩き回ってみたが、霊力の気配はない。輪路はペンダントを使い、翔に連絡した。翔と明日奈、ソルフィにも三郎のペンダントを渡してある。


「翔、こっちは反応なしだ。そっちは?」




翔は輪路からかなり離れた所で、霊力探知を使った。翔の探知領域は、何年も前から鍛えているだけあって半径五百mと輪路よりずっと広い。


「…いないな。」


しかし、それだけの範囲を以てしても、転移霊の発見はできなかった。そんな時、輪路から連絡が来た。翔は応対する。


「こっちも反応はない。ソルフィ、お前はどうだ?」




ソルフィは人形四体にステルスをかけ、一体一体にそれぞれ探知を発動させる。一体が探知できる領域は明日奈の霊符と同じくらいだが、数を飛ばすことで範囲をカバーしている。だが、それでもなお転移霊は見つけられなかった。


「駄目です…明日奈ちゃんは?」


ソルフィは明日奈に連絡する。




「…駄目だね。いないよ」


明日奈も駄目だった。しかしその時、


「明日奈さん!霊符に反応が!!」


彩華から連絡が入った。今彩華と茉莉が持っている霊符は、書かれた文字が光っている。


「でも光ってるだけで、どこにいるかまでは…」


「霊符を辺りに向けてみな!転移霊がいる方向に向けた時、文字が一層強く光るはずだ!」


明日奈から指示を受けて、二人は周囲に霊符を向ける。すると、東の方角に向けた時、文字が一番強く光った。


「あれは…宝石店?」


茉莉が霊符を向けた方向には、マツダジュエリーという宝石店があった。さらによく見てみると、店の外からショーウィンドウを値踏みするように眺めている女性がいる。確か転移霊は自分が霊だと知っており、悪意を持って動いているという話だ。もしかしたら、強盗でもするつもりなのかもしれなく。


「マツダジュエリーの前に怪しい女の人がいます!多分あの人が転移霊です!」


急いで報告する彩華。


「よしわかった!三郎!お前からマツダジュエリーは近いか!?」


「ああ、もうすぐ着くぜ。結界を張る」


「頼む!彩華と茉莉は、危なくねぇ程度に転移霊を足止めしてくれ!」


「はい!」


「わかりました!」


輪路達は三郎と鈴峯姉妹に時間稼ぎを任せ、マツダジュエリーに急行する。


「そこで何をしているんですか?」


彩華は女性に声をかけた。女性は一瞬驚いたように振り返ったが、すぐ笑顔になって答える。


「何って、ここにある宝石があんまり綺麗だから、見とれてただけよ。」


話した感じからして、普通の女性だ。だが、それだけでは相手が霊に憑依されているかどうかはわからない。


「そうだったんですか。やっぱり女性なら、宝石って目を惹かれますよね。」


「あら、あなたもそう思う?」


「はい。私こう見えても綺麗なものに目がなくて…」


彩華が女性の気を引き、茉莉は気付かれないように霊符を取り出して反応を見る。霊符の文字は、今までよりずっと強く光っていた。どうやらこの女性、転移霊に憑依されていると見て間違いはないようだ。茉莉は周囲を見る。と、近くの建物の屋根の上に、三郎が止まっているのが見えた。転移霊がこちらの意図に気付いた様子はない。捕まえるなら今がチャンスだ。茉莉は三郎と目を合わせると、目だけを動かして転移霊を示す。三郎は目の動きを察して転移霊の存在を確認すると、頷いた。そして、結界を張る。


「えっ?何これ!?」


驚く女性。まだ演技を続けているようだ。


「くっせぇ芝居ならもうしなくていいぜ。てめぇが転移霊だってことは、もうバレてるんだからよ。」


そこにちょうど輪路達も到着した。逃がさないように、女性を取り囲む。


「…なぁんだ、気付いてたのかぁ。」


輪路に指摘された転移霊は、女性の演技をやめて本性を見せる。隠したところで無駄なので、もう演技をする必要はない。時間稼ぎは済んだし、近くにいると危険な気がしたので、彩華と茉莉は素早く距離を取る。


「で、俺をどうするんだ?」


「決まっているだろう。お前を成仏させる」


翔は討魔剣を抜いた。輪路も、シルバーレオを抜く。


「なるほど…けどいいのか?その立派な剣と木刀で斬ったり殴ったりしたら、こいつは間違いなく死ぬぜ?」


だが、うかつには手を出せない。転移霊の本体はあくまでもストラップであり、女性の身体は借り物だ。このまま攻撃しても女性を殺してしまうだけで、転移霊には何のダメージも与えられない。


「そのためにあたいがいるんだよ。この霊符で、お前をその身体から追い出す。」


そう言って明日奈は、霊符を見せた。この霊符には、人体に憑依した霊を体外へ追い出す術式が組み込まれている。昨日は避けられてしまったが、今回は輪路達がいるので、避けられないように押さえ込むことができる。


「くっ…」


ここで初めて、転移霊の顔から余裕が消えた。結界を張られてしまい、周囲からは輪路達以外の人間が消えてしまっている。だからこの身体を捨てて、他の人間に憑依するという手は使えない。結界を破壊すればいいが、いくら結界を破壊できるとはいえ、輪路達がそんな隙を与えてくれるとは思えない。詰み。100%詰み。どうしようもない。


「…ふざけんなよ…」


しかし、認めたくなかった。せっかくここまで強い力の幽霊になれたのに、成仏などしたくなかった。そんな時、彼の脳裏によぎったのは、自分が死ぬ前の光景だった。




この男は生前、一人の女性に恋をしていた。話も弾んだし、脈もアリだと思っていた。そんなある日、男は女性の誕生日が近いということを知ったのだ。女性に誕生日プレゼントを渡して、それを期にプロポーズがしたい。そう思った男は、何をプレゼントしたら喜ばれるか真剣に悩み、結果、携帯電話のストラップにした。自分にはプレゼントを選ぶ才能がないと嘆きながらも、自分の気持ちを伝えたいと、男はストラップを丁寧に包装してもらって、女性の家に向かった。しかし、女性の家に行く途中、公園に女性がいるのを見た。なんと、女性は既に他の男と付き合っていたのだ。女性は男のことを、勘違いしていると馬鹿にしていた。こんなものを見せられては、とてもプレゼントなど渡せない。失意の底に沈んだ男は、ストラップを持ったまま車道に飛び出し、自殺したのだ。ダンプカーに猛スピードでぶつかられたため、男の死体は原型を留めていなかった。しかし、気が付いた時、男は激突の拍子に包装が剥がれ、歩道に投げ出されたストラップに憑依していた。それから男は、ストラップを手にした者に憑依して操ることができる、転移霊としての力を手に入れたのだ。




あの時の怒りが込み上げてくる。自分の心を弄んだ、あの女への憎しみが。女はすぐに憑依を繰り返して殺してやった。女が付き合っていたあの男に憑依し、ナイフで心臓を一突きにしてやった。その後またすぐ別の男に憑依したので、自分が疑われることはない。そもそも自分はもう幽霊なので、自分を裁くことなど誰にもできないだろう。そう思った時、男の中に黒い欲望が生まれた。男は憑依を繰り返し、様々な犯罪を重ねた。疑われることはなかった。もう死んでいる人間の犯行などと、誰が気付けるだろう。だが、いくら犯罪を重ねても、最初に感じたあの憎悪が消えることはなかった。今でもあの時のことを思い出せば、憎みすぎて頭がおかしくなりそうになる。そして今回も、思い出した。


「ウオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


次の瞬間、転移霊は咆哮を上げた。すると、女性の服のポケットから、ストラップが出てくる。転移霊の存在の核となっているストラップだ。ストラップが完全にポケットから出ると、ストラップは空中に浮かび、女性は倒れた。憑依が解除されたのだ。だが、まだ終わらない。ストラップが不気味に発光を始め、光は膨れ上がって熊をモチーフにした怪物となったのだ。



怪物の名はホビーリビドン。己の愛を裏切った女を、永遠に憎み続ける哀しき魂。



「こ、こいつは…!!」


「リビドン化しただと!?」


輪路も翔も驚いている。悪質な霊と聞いてはいたが、まさかリビドン化するとは思わなかった。


「あいつらの言っていた通りだったな!ヤバくなったら、自分が一番憎んでるやつを憎めって!力がみなぎるぜ!」


しかも理性を残している。上級リビドンだ。このホビーリビドンは、転移霊としてかなりの経験を詰み、才能もあったのだろう。いや、待て。


「あいつら?お前、誰からリビドンになる方法を聞いた!?」


ホビーリビドンはリビドンになる方法を知っていた。誰かから聞いたに違いない。翔はホビーリビドンに、誰からその方法を聞いたのか問い質す。


「お前らがアンチジャスティスって呼んでる連中だよ!ついでに、この力をくれたのもあいつらだッ!!」


ホビーリビドンは空に向かって片手を突き上げる。すると、ホビーリビドンの手から光線が放たれ、三郎が張った結界を破壊した。


「俺は誰にも捕まらねぇ!!邪魔はさせねぇぞ!!」

ホビーリビドンは輪路達に突っ込んできた。輪路達は応戦するが、がむしゃらに暴れ回るホビーリビドンに手を付けられず、そして人混みが邪魔して逃がしてしまう。


「くそっ!!逃がしたか!!」


輪路は舌打ちする。だが、思わぬ情報を得ることができた。あのリビドンはアンチジャスティスと接触しており、またアンチジャスティスは手頃な幽霊に力を与えている。


「とにかく捜すぞ!!まだ遠くには行っていない!!」


翔の提案で一同は散開し、再びホビーリビドンを捜索することになった。


「おい輪路!どうゆうことだ!?あのリビドン結界を破る力があるなんて聞いてねぇぞ!?」


「悪い、俺が言ってなかった。必要ないかと思ってよ…」


「この馬鹿野郎が…とにかく捜すぜ!!」


三郎に説教されたが、今は言い争っている場合ではない。早く捜し出さなければ、取り返しのつかないことになる。











ホビーリビドンを捜して走り回る翔。霊力探知領域を全開にして、些細な変化も見逃さないように注意を配る。その時、


「いた!」


ホビーリビドンを見つけた。すぐ仕留めようとするが、ホビーリビドンが何かを見ているのに気付く。ホビーリビドンは今、建物の屋上にいた。視線の先には、女性が歩いている。


「ヒヒヒ…」


ホビーリビドンは笑うと、屋上から飛び降りた。落下する間にホビーリビドンは光に包まれ、なんとストラップへと変化する。


「…?」


突然目の前に落ちてきたストラップに、不審そうに手を伸ばす女性。


「駄目だ!!それに触るな!!」


「えっ?うっ!?」


翔は呼び掛けるが、女性は驚いた拍子にストラップに触れてしまう。その瞬間女性は呻き、少し痙攣してから、ストラップを拾う。


「くくくっ!ちょっとだけ遅かったなぁ!」


女性はホビーリビドンに憑依されてしまった。ホビーリビドンは、リビドン形態とストラップ形態に自由に変身できるようになったのだ。新しい人質を得たホビーリビドンは、翔に背を向けて走る。


「待て!!」


追いかける翔。当然待つはずもなく、逃げるホビーリビドン。女性の足は翔が驚くほど早い。どうやら、憑依した人間の力をある程度強化できるようだ。しかし、


「行かせない!!」


「うおっ!!」


ホビーリビドンの行く手を、ソルフィの人形が一体飛び出してきて阻む。そのうちに、翔が追い付く。


「ちっ!」


仕方なく、翔を倒すことにするホビーリビドン。この女性はまだ生きているので、うかつな攻撃はできないはずだ。その予想は正しく、翔は避けるばかりで攻撃しない。


「もらったぁっ!!」


隙を突いて拳を喰らわせるホビーリビドン。しかし、翔はダメージを受けていない。


「何!?」


「…ふん!!」


「うあっ!!」


翔はホビーリビドンの腕を掴み取り、後ろ手に拘束した。動きが止まったところで、人形から光線が発射される。


「ぐあああっ!!」


女性の服からストラップが弾き出され、ホビーリビドンはリビドン形態へと戻った。憑依を解除する術を使ったのだ。


「くそっ!!」


ホビーリビドンは大きく跳躍すると、空中でストラップに変化し、人混みの中に飛び込んでしまった。


「あっ!!」


「くっ…」


翔と人形はすぐにストラップを探すが、もうストラップはどこにもなかった。翔は輪路達に連絡する。


「気を付けろ。奴は自在にストラップに変身できる!」











別の女性に憑依してどうにか逃げ延びたホビーリビドンは、逃げ切る方法を考えていた。このままでは確実に見つかる。正面から戦っても勝てる保証はない。となれば、やはり憑依して人質を取る。それが一番確実だ。しかし…


「こんな弱い身体じゃ駄目だ!!せめて男!!欲を言えば、格闘技とかやってるような、ガタイのいいやつ!!」


いくら強化できるといっても、ロクに鍛えてもいない女性の身体で繰り出す攻撃では、討魔士相手に何のダメージも与えられないことがわかった。だから、討魔士にもダメージを与えられるくらい、強い肉体が欲しい。もちろんそこまで強い人間がいるなどと期待しているわけではないが、多少強い人間がいれば望んだ戦闘力にまで引き上げることができる。とにかく、最低でも男性の身体に憑依する必要があるのだ。


「ん!?」


そう思っていた時、今自分がいる橋の下の道を、少年が通りがかった。


「高校生、か…まぁないよりはマシだ。」


ホビーリビドンはストラップに変身して、橋から落ちた。




「彩華さん達、まだいるかな?」


賢太郎はヒーリングタイムを目指していた。ついさっきまで熱を出して寝ていたのだが、突然熱が下がって身体が楽になり、そのことを伝えるために彩華達の家に行った。しかし、まだ帰ってきていないと言われたので、二人がいると思われるヒーリングタイムを目指しているのだ。と、


「うわぁっ!」


突然目の前に、何かが落ちてきた。ストラップだ。


「何だこれ?」


警戒しながらストラップを拾い上げる。その時、


「賢太郎!!そいつを捨てろ!!」


遠くから輪路が走ってくるのが見えた。しかし、時既に遅し。


「ぐぅっ!?」


賢太郎が痙攣した。




「へへへ…うまくいったぜ。」


今ホビーリビドンは、真っ白な空間にいた。ここは、人間の心の中に存在する空間、精神空間だ。ホビーリビドンは憑依した後、この空間に干渉することによって相手を支配する。


「よし。それじゃあ早速…」


賢太郎を操ろうとするホビーリビドン。しかし、



「君は誰だい?」



後ろから突然声がかかり、ホビーリビドンは動きを止めた。振り向いてみると、そこには椅子がある。そして椅子には、眼鏡を掛けた女性が座っていた。いつの間にいたのだろうか。さっき見た時はいなかったはずなのだが。いや、おかしい。ここには自分以外、誰もいないはずなのだ。


「何だお前?」


なので、もっともらしい質問をした。


「質問してるのはボクなんだけどな…まぁいいや。ボクは少し前から、ここに居候してる者だよ。悪いけど、ここはもうボクで埋まっちゃってるから出ていってくれないかな?」


「あ?ふざけんな。ここは今から俺が使うんだから、出ていくのはお前の方だよ。」


「だから、ボクは君よりずっと前からここにいるんだってば。いきなりやってきたよそ者に、出ていけなんて言われる覚えはないよ。」


ホビーリビドンの言い分に、反論する女性。話している間、ホビーリビドンはこの女性から得体の知れないものを感じていた。一体何者なのか、なぜこの精神空間にいるのか、その一切が不明だ。


「出ていくのは君の方だ。もしボクを追い出そうってんなら、ボクが君を追い出す。」


女性は椅子から立ち上がると、ホビーリビドンに片手を向けた。


「ボクがこの子の中から出ていくと、大変なことになっちゃうからね。」


「うあっ!!」


すると、女性の手から凄まじい衝撃波が放たれ、ホビーリビドンは精神空間から弾き出された。




「がああっ!!」


ホビーリビドンは賢太郎の手からも弾き飛ばされ、リビドン形態に戻った。


「…あれ?」


賢太郎は放心状態になっている。精神空間で起きたことは知らないようだが、今何が起きているのかもわかっていないようだ。


「賢太郎くん!!」


そこへ、彩華と茉莉もやってきた。


「彩華さんに、茉莉?一体…何が…?」


「まずいわね…発狂しかかってる。お姉ちゃん!」


「はい。賢太郎くん、詳しい話は後にして、今はここを離れましょう。」


「あ…うん…」


茉莉の提案で、彩華は賢太郎が発狂する前に賢太郎を連れて、離れようとする。


「廻藤さん!!あとお願いします!!」


「任せろ!!神帝、聖装!!」


茉莉から任され、輪路はレイジンに変身する。


「行くぜ!!」


「くそぉ!!」


ホビーリビドンはなおも逃げようとするが、縮地も使ってくるレイジンからは逃げられない。レイジンはシルバーレオを振るい、ホビーリビドンの右肩、左腕と斬りつける。このホビーリビドン、相手を効率的に殺すことに特化しているためか、上級リビドンのくせに大して強くない。ストラップに変身する能力も、捕捉するという点では厄介だが、戦闘では役に立たない。上級リビドンには霊力や才能など、あらゆる面で恵まれた者しかなれないが、その中でもピンキリはある。ホビーリビドンの場合は、そもそも幽霊自体へのなり方が特殊だったこと。それから、アンチジャスティスから力を与えられたことが原因の上級リビドンだ。それ自体はさほど問題ではないが、問題はその後。ホビーリビドンはより効率的に悪事を働き、逃げ切るために自分の力を鍛えたのであって、殺徒達のように戦闘を前提に鍛えたわけではないのだ。どちらが強いかなど、聞かなくてもわかるだろう。


「へっ!お前全然大したことねぇな!」


「ぐぉぉ…!!」


当然、様々な強敵と戦って腕を磨いてきたレイジンの相手ではない。ホビーリビドンは必死に逃げる算段をしていた。このまま戦っても、勝つのは無理だ。何とか人質を取らないと…


「シャァァァッ!!!」


レイジンは勢い良くシルバーレオを振った。ホビーリビドンは自分の耐久力に賭け、その攻撃を受ける。そして、受けた瞬間にストラップに変身。衝撃を利用して、遠くまで飛んでいった。


「あっ!!くそっ!!待ちやがれ!!」


レイジンは変身を解除し、ストラップが飛んでいった方向に走っていった。











美由紀は買い出しを終えて、帰途についていた。これでまたしばらくは、買い出しに行かなくていい。と、


「え?」


何かが自分に向かって飛んでくるのが見えた。美由紀は荷物を地面に置き、飛んできたそれを受け止める。


「これ、携帯電話のストラップ?何でこんな物が…」


よく見てみると、それはストラップだった。


「美由紀!!それはダメだ!!捨てろ!!」


「えっ?輪路さん?」


そこへ輪路がやってくるが、もう美由紀はホビーリビドンが変身したストラップに触ってしまった。


「はぅっ!!」


ホビーリビドンが憑依を開始する。


「何これ…何かが…私の中に入ってくる…嫌…!!」


美由紀は抵抗するが、ホビーリビドンはもう美由紀に憑依してしまった。




「ちっ!また女に憑依しちまった!」


美由紀の精神空間で、ホビーリビドンは舌打ちしていた。こうなったら仕方ない。とにかくこの場は逃げ切って、また新しい身体を…


「…ん?」


ここでホビーリビドンは違和感に気付いた。普通人間の精神空間は真っ白なのだが、美由紀の精神空間はどういうわけか真っ暗だったのだ。さらに、正面から何かが向かってくる気配がする。そしてそれは、猛スピードでホビーリビドンの目の前に現れた。


「う…あ…」


それを見た瞬間、ホビーリビドンは震えた。現れたのは、三つの頭を持つ山のように巨大な、白い竜だったのだ。


「グゥゥオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!」


「ひっ!!ひィィあああァァァァァ!!!」


竜はホビーリビドンに向かって咆哮を上げ、ホビーリビドンは恐ろしくて精神空間から飛び出した。




「ひぃっ!!ひぃぃぃ!!!」


美由紀から脱出したホビーリビドンは、腰砕けになって美由紀から逃げている。逃げる途中で、ホビーリビドンは美由紀の顔を見た。そして思い出した。アンチジャスティスからは、絶対に憑依してはいけないと言われていた女がいたのだ。それが美由紀だった。どういう意味かわからなかったが、まさかこんな理由があったとは…


「こっ!この女っ!自分の中に、なんて化け物飼ってやがる!!」


「ば、化け物…?」


美由紀は怯えながらも、ホビーリビドンの言ったことを聞き逃さなかった。その時、結界が展開された。三郎の結界だ。それから、


「朱雀狩り!!!」


「ギャアアアアアアアアア!!!」


間髪入れずに現れたヒエンが、朱雀狩りでホビーリビドンを仕留め、成仏させた。三郎は戦いが終わったと見ると結界を解除し、ヒエンも変身を解く。


「大丈夫か?」


「…あっ、はい…」


「…そうか。」


翔は美由紀に無事かどうかを尋ね、美由紀は無事だと答える。それっきり、翔は去っていこうとする。


「あの…」


美由紀は翔を呼び止めた。


「何だ。」


「…今、リビドンが私の中に化け物がいるって、言ってたんですけど…」


「…妄言だろう。追い詰められた者は、錯乱してありもしないことを言ったりするものだ。」


翔はそう言って、今度こそ去っていった。











ヒーリングタイム。


「そっかぁ~ありがとうね廻藤さん。みんなも」


明日奈は輪路達に礼を言った。あの後明日奈は彩華達と遭遇し、精神安定の術で賢太郎を落ち着けていたので、戦いに参加できなかったのだ。しかし、これで懸念していたことは解消された。


「いや、倒したのは翔なんだけどよ。あいつどうしたんだろうな?ソルフィ、お前はどう思う?」


「さぁ…」


翔は様子がおかしかった。輪路も、それは察している。


「おかしかったといえば、賢太郎くんもです。」


「そうよ。今日は一体どうしちゃったの?」


「いや、僕にもわからないんだ。急に身体が熱くなって、苦しくてたまらないと思ったらさっき突然治まって…」


姉妹が言う通り、賢太郎もおかしかった。


「…」


美由紀は、ホビーリビドンが言っていたことの意味を考えている。胸騒ぎが治まらなかった。











夜、協会本部。


「…今日、危なかったね。」


翔の自室で、ソルフィは翔に言った。


「ああ。もう少しで知られるところだった」


あと少しで、協会最大の極秘情報を、あのホビーリビドンにばらされるところだった。


「…隠すのが難しくなってきたな…」


翔は、戦いの激化を感じていた。





明日奈の活躍が…大切な読者キャラなのに…まぁ次回もまた学生組が活躍しますので、次回もお楽しみに!

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