第二十一話 家族の愛
今回は、輪路の父が登場します。
「ここがヒーリングタイムか…」
ある日曜日。明日奈は賢太郎達に連れられて、ヒーリングタイムに来ていた。賢太郎達がいつも通っており、輪路が入り浸っている。そして彼を居候させている美由紀が働いているというこの店に、個人的な興味を抱いたのだ。明日奈はヒーリングタイムをしげしげと眺めている。
「それにしてもあっついわね~…」
と、外にいることに耐えられなくなった茉莉が言った。季節はもう、七月に入っている。時間帯はまだ午前中だが、とても暑い。
「さ、早く中に入って、アイスコーヒーでも頼みましょう。」
「っと、悪い。そうしよっか」
自分のせいで待たせてしまったとわかった明日奈は、彩華の提案に乗り、全員で入店した。
「いらっしゃい。」
「いらっしゃいませ…あ!みんな!明日奈ちゃんも!」
佐久真と美由紀は、学生達を笑顔で迎えた。
「ご無沙汰してます。」
「明日奈さん、ここに来てみたいって言ってから連れてきました!」
明日奈は頭を下げ、彩華が明日奈の両肩を掴んでここに来た理由を教えた。
「珍しい客だな。」
「師匠!それから青羽さんも!」
カウンター席には、いつものように輪路が座っていて、いつものようにアメリカンを飲んでいた。しかし、今回その隣には翔が座っており、一緒にアメリカンを飲んでいる。
「ここのコーヒーが気に入った。」
「それだけじゃねぇだろ?幼なじみが心配で、会いに来てるんだろ?素直になれって!」
「うるさい。」
ソルフィは今、裏に在庫を取りに行っている。翔は照れ隠しに、アメリカンを飲んだ。
「ご注文は?」
「アイスコーヒーをお願いします!」
「あたしも。」
「僕も!」
「じゃあ、あたいもアイスコーヒーで。あ、ショートケーキも一つ。」
「はーい。アイスコーヒー四つと、ショートケーキ一つね。」
注文を受けた佐久真は、早速作り始める。
その日は少し輪路の顔見知りが多いだけの、普通の日になるはずだった。
彼が訪れるまでは。
ベルを鳴らして、一人の客が入ってきた。会社員の背広を着用した男だった。
「いらっしゃいま…っ!」
その客に挨拶をしようとした美由紀の表情が強張る。
「ん?どうした美由紀…」
それを不審に思った輪路が振り向き、客の顔を見た瞬間に静止した。
「…久しぶりだな、輪路。」
男は輪路に声を掛ける。だが、輪路は一言も喋らない。
「…お知り合い…ですか?」
輪路のただならぬ反応を見た賢太郎は、知っている人物なのかと輪路に尋ねる。
「…知らねぇな、こんなやつ。」
輪路は明らかに知っている素振りをしながらカウンターに身体を戻し、コーヒーを飲み干した。
「マスター、おかわり。」
「はいはい。ちょっと待っててね」
それから何事もなかったかのように、佐久真にもう一杯、アメリカンを注文した。
「…突然押し掛けてすまない。今日は久々に休みが取れたから、お前と話をしに来たんだ。」
「…俺最近耳が遠くなったみたいでよ、なんか今誰かに、俺と話しに来たって言われた気がするんだが、気のせいだよな?」
「え!?あ、あの…えっと…」
「気のせいだよな?」
「…はい…」
輪路は賢太郎に訊いた。絶対に聞こえているはずだが、輪路は男の存在を、ないものとして扱っている。賢太郎は返答に困ってしまったが、輪路の無表情から発される謎の圧力に屈して、気のせいだと答えた。男は再度輪路に話し掛ける。
「お前の気持ちは、理解しているつもりだ。だが、お前にもわかって欲しい。俺は」
そこから先の言葉を続けようとして、男は倒れた。立ち上がった輪路に、顔面を殴り飛ばされたのだ。
「ふざけんなよてめぇ…どの面下げて俺の前に来やがったこのクソ野郎ッ!!!」
輪路は周囲の客の反応も気にせず、男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「わかってるだぁ!?てめぇに俺の何がわかるってんだよ!!お袋の気持ちだってわかってなかっただろうが!!」
「おい廻藤!!落ち着け!!」
「な、何ですか!?どうしました!?」
輪路が普通ではないと気付いて翔が止めに入り、物音を聞いたソルフィが奥から戻ってきた。
「…」
翔に止められて、輪路は男を放す。
「…何でなんだよ…」
輪路には理解できなかった。子供の頃からずっと考えているが、今になってもわからない。
「何でお前みたいなクソ野郎が俺の親父なんだよ!!!」
男の名は廻藤政行。輪路の父親であり、輪路がこの世で最も嫌う人間だ。
*
輪路は政行と暁葉の間に産まれた子供だが、実質輪路を育てたのは暁葉一人だ。政行は何よりも仕事を優先する男で、家にも滅多に帰って来なかった。海外に行かなければならないので仕方ないことなのだが、わかっていても輪路はこの男が嫌いだった。たまに休みができても、次の仕事に必要な資料を作成しなければならないなど理由を付けて休日を潰し、輪路と遊んでくれたことは一度もなかった。それだけならまだ許せた。問題は、彼の妻への態度が、あまりにも冷たかったことだ。暁葉はいつも政行を気遣っていたが、政行はいつも生返事で答えたり、仕事で失敗した時には冷たく突き放したこともあった。自分や母への愛を、全くと言っていいほど感じられなかった。輪路は一度、暁葉に訊いたことがある。なぜ離婚しないのか、どうしてあんな男のために尽くそうとするのかと。それに対し、暁葉はこう答えた。
『好きになった人のために尽くすのは当然だし、私は何をされてもあの人のことを嫌いにはならないから苦にならない。』
暁葉は政行を心から愛していた。それなのに……
「お前と話すことなんか何もねぇ。翔、仕事行こうぜ。」
「あ、ああ…」
いつになく殺気立っている輪路に、翔はついていく。
「気が向いたら、いつでも戻ってきてくれ。」
この場での話し合いが無理そうだとわかった政行は、出ていく直前の輪路に、自分は家で待っていると言った。輪路は立ち止まると、
「…あの時言ったよな?俺はもう二度と、ウチには帰らねぇって。」
そう言ってから今度こそ出ていく。翔は政行を見て軽く会釈し、輪路について出ていった。
「…久しぶりですね、佐久真さん。」
「そうね。七年ぶりぐらいかしら?」
政行と佐久真は顔見知りだ。とはいえ、最後に会った日からずいぶんと経ってしまっているが。せっかく来たのにすぐ帰るのも悪いので、コーヒーを一杯もらってからにした。
「はい、おまちどおさま。」
「あ、ありがとうございます。」
だがまず賢太郎達の分から渡す。明日奈は美由紀に尋ねた。
「…あの人、廻藤さんの親父さんなんだよね?」
「はい。」
「廻藤さんはあの人のことずいぶん嫌ってるみたいだけど、何かあったの?」
「それは…」
美由紀は言葉に詰まってしまった。確かに当時の事情を知ってはいるが、美由紀の口から語るには少々酷なことだ。
「政行さん。わかってるわよね?輪路ちゃんが何であそこまで怒ってるのか。」
佐久真は政行に質問した。質問というよりは確認だろうか。佐久真もまた、廻藤家の家庭事情を知る者の一人だ。
「…理解しているつもりです。簡単には、許してもらえるとも思ってはいません。」
「廻藤。お前はどうしてあそこまで自分の父を嫌う?」
翔は輪路に訊いた。彼にも親はおり、厳しく鍛えられ育てられた。だが、それを恨んだり憎んだり、嫌ったりしてはいない。なので、輪路が自分の父に対して怒る理由がわからなかった。自分の親に対して嫌悪感を感じている者を見たことがあるが、輪路のそれは明らかに異常だ。
「お前には関係ねぇだろ。」
「聞かせろ。これは命令だ」
「…ちっ」
翔に命令されて、輪路は嫌々ながらも話し出す。
「俺は昔からあいつが嫌いだったよ。けどお袋があいつのこと大好きだったから、自分の怒りを少しは抑えられた。」
「確か、お前の母は亡くなったと言っていたな?」
「ああ。何であんないい人が死んで、あんなクソ野郎が生きてんだって、いつも思ってた。」
「だから、なぜそこまでお前があの人を嫌うのかと訊いているんだ。」
輪路は自分の母の話をするばかりで、父を嫌う理由を話そうとしない。だから、もう一度訊いた。
「…あいつは…」
そして、輪路は話した。
「あいつは自分の女の気持ちを踏みにじりやがったんだ!!」
「一体、何をしたんですか?」
ソルフィは政行に訊いた。しかし、政行は顔を背ける。話したくなさそうなので、佐久真が代わりに話す。
「この人はね、暁葉さんのお葬式に参列しなかったの。」
政行は暁葉の葬式に参列しなかった。輪路はその能力ゆえ、葬式というものに常人以上の感情を抱いている。しかも、その葬式が暁葉のものだったのだ。以前美由紀は、暁葉が生きていた頃輪路に訊いたことがある。自分と暁葉は、どちらが大切かと。その時輪路は、どちらも大切すぎて選べないと答えた。輪路が一番大切に思っている存在の内、片方を失ったのである。どれほど悲しかったろうか。そして政行は、その大切な暁葉の葬式に、参列しなかったのである。その時もまた、仕事を選んだのだ。これに激怒した輪路は家を飛び出し、篠原家に居候した。
「それは怒りますよね…」
「でももう何年も経つのに許さないとか…」
彩華は輪路の怒りに納得した。今まで仕事を優先し続けて、葬式の時まで優先した。仕事と家庭とどっちが大切なのか、彩華は政行の神経を疑った。だが茉莉の言う通り、何年も許さないというのはさすがに異常すぎる。
「私が悪いんです。でも、誤解を解いておきたい。私は…」
「…どうかしたんですか?」
賢太郎は尋ねた。そんな仕事を優先してきた男が、突然帰ってきて何か話したいというのだから、よっぽどの理由があるに違いない。
「…いや、これは私の口から直接話すよ。みだりに口にしていい内容でもないから」
しかし、政行は輪路に直接話すと言い、この場で言うのをやめた。
*
「今度は何だよ?今仕事を選んでる最中だったんだが。」
任務を選んでいた輪路と翔は、シエルに呼び出されて会長室にいた。相変わらずシエルに対して敬語を使わない輪路に、翔はじとっ、と視線を送っていたが、輪路は気付かない。
「仕事の邪魔をしてすいません。ですが、あなたが力を付けてきたのと、二度に渡ってアンチジャスティスと接触したこともありまして、あなたにもそろそろ話しておいた方がいいかと。」
シエルはアンチジャスティスについて詳細を語るため、輪路を呼んだらしい。全員知っていることなので、輪路にも話した方がいいと判断したとのことだ。
「アンチジャスティスのリーダーの名は、ブランドン・マルクタース・ラザフォード。私の兄です」
「!?」
アンチジャスティスのリーダーは、シエルの兄だった。驚く輪路。シエルに兄がいたこともそうだが、なぜ世界の悪を象徴する組織のリーダーなどしているのだろうか。そこからシエルは、今から八年前に起きた出来事を話し始めた。
ブランドンは文武両道、霊力に至るまで全てにおいてシエルを遥かに上回っており、本当なら彼が会長の座に就くはずだった。
「しかし、八年前の聖神帝継承の儀式において、突然乱心しました。」
シエルの家系、ラザフォード家は代々、カイゼルという聖神帝を受け継いでいる。色は黄金で、獅子王型だ。色以外はレイジンと全く同じ姿だそうである。ゆえに、色違いである光弘の聖神帝が現れた時、光弘は会長とほぼ同じ扱いを受けたらしい。そんなカイゼルを先代会長である父、コゼット・マルクタース・ラザフォードから受け継いだ直後、ブランドンはいきなりコゼットを斬り殺し、協会からの離反とアンチジャスティスの結成を宣言。協会に宣戦布告して行方を眩ました。シエルはその後、混乱している協会を立て直すため、なし崩し的に現在の会長職に就いたのである。
「何でお前の兄貴はそんなことしたんだ?」
「…わかりません。ただ兄様はいなくなる直前に、こう言っていました。」
ブランドンはこう言って姿を消した。悪こそが人間の本質。悪こそが人間の本来在るべき姿。ゆえに私は悪となり、悪によって世界を統率する。
「…何だそりゃ?意味わかんねぇぞ。」
「兄様は、人間の中の悪こそが、全ての人間の本質である。そう思っているようです」
「…やっぱわかんねぇ。」
人間の中には、正義と悪の両方が備わっている。ブランドンはこの内、悪に従って生きるべきだと思っているのだ。
「…私もなぜ、こんなことをしたのかわかりません。ですが、あなたに本当に話したいのはここからです。翔、ここから先はあなたにも話していないことですから、心して聞いて下さい。」
「かしこまりました。」
どうやら、ここからが本題らしい。シエルは少し間を置いてから、一人の人間の名を告げた。
「…廻藤暁葉。」
「!?」
「!!お前、何で俺のお袋の名前を知ってるんだ!?」
輪路は今まで、シエルの前で暁葉の名を出したことはない。母のことさえ話していない。なのになぜ、シエルの口から暁葉の名が飛び出してきたのだろうか。
「あれは今から七年前のことでした。その日私は休暇を取っており、一人で街に出掛けたのです。」
そしてその街は、自分に従わぬ会社を破壊するために現れた、アンチジャスティスの攻撃を受けたのだ。その時偶然シエルが救った女性が、暁葉だったのである。
「その戦いで我々の存在を知った暁葉さんは、我々に協力するため、アンチジャスティスの調査を始めたのです。」
「馬鹿な!!お袋からはそんな話一度も!!」
「俺も今初めて知りました。協力者がいるなら気付かないはずはないのですが…」
「極秘の協力者です。私以外に知る者はいません」
協力を申し出てきた暁葉を、最初は止めたのだが、暁葉はどう言っても聞かなかった。しかも皮肉なことに、暁葉は何の力も持たない一般人だ。だからこそ、全く警戒されることなくブランドンに近付けた唯一の存在だったのである。暁葉を危険に巻き込みたくはないが、ブランドンの情報はどうしても欲しい。葛藤の末、シエルは暁葉に協力を依頼した。彼女の安全を確保するため、極秘という形で。輪路は思い出す。そういえば、母は亡くなる二週間前から、家を留守にしていた。
「あれはこういう意味だったのか…」
輪路は暁葉から、輪路が自活できるほど成長したので、少しずつ社会に慣らしていく必要があるからと聞いていた。だが、実際には協会に協力していたのだ。
「…とても素晴らしい方でした。霊力も、戦う力も持ってはいませんでしたが、悪と戦おうとするその志は、私にとってこれ以上なく評価できるもの。彼女も廻藤の家系に生きる人間なのだと、よくわかりました。」
廻藤家は光弘から輪路に至るまで、霊力を持つ者が誕生しなかった。だがいずれの者も、何らかの手段を使って世界を蝕む悪と戦ったのだ。暁葉の場合は、報道という形で。そして、協会に情報を提供するという形で。
「ですが、万全を期したにも関わらず、暁葉さんは殺されました。」
「…やっぱり事故じゃなかったのか。」
ここまで来れば、嫌でもわかる。暁葉は世間で、事故死だと処理されていた。しかし、それは違う。アンチジャスティスに殺され、爆発事故で死んだと情報操作されたのだ。
「あなたの母は、事故などで死んだのではない。悪意を持った者に殺されたのです」
輪路はずっと、アンチジャスティスは協会が戦っているだけの組織だと思っていた。しかし、実は輪路とも関係があったのだ。母の仇という関係が。
「…けど、やっぱすげぇ人だったんだな、俺のお袋は。それに比べて親父は…」
輪路にとって暁葉は、誰よりも尊敬できる人だった。この人の息子として生まれられたことを、誇りに思っていた。だが、それで父への怒りが消えたわけではない。
「さっきさ、親父に会ったんだよ。俺と話がしたいって。ふざけてるよな?あいつはお袋の命より、自分の仕事を取った男だぜ?そんなやつが今さら俺と話がしたいとか…お前はしたくても俺はしたくないっての…」
むしろ、怒りは強まった。暁葉が異能者の集団相手に命をかけていたのを知らず、政行は仕事をしていたのだから。
「…廻藤さん。お父さんと会って話をしてあげて下さい」
「は!?何言ってんだお前!?俺の話聞いてたか!?」
「ちゃんと聞いていましたよ。聞いた上で言っているのです」
「お前馬鹿だろ!!何で俺があんなクソ野郎と…あいつは!!お袋より仕事を取りやがったんだ!!お袋はあいつを愛してたのに、あいつはお袋を愛してなかったんだよ!!」
「そう決めつけるのは、早計ではありませんか?暁葉さんは、あなたのお父さんと結婚したのでしょう?その結果あなたが生まれたのでしょう?互いが愛し合っていなければ、できることではありません。」
暁葉は腹を痛めて、必死で輪路を産んだ。しかし、暁葉一人では輪路は産まれなかった。政行が協力してくれたからだ。子作りなどという作業は、夫婦が愛し合っていなければできることではない。だから、政行はきっと暁葉を愛していたはず。シエルはそう言った。
「…そりゃ、そうだけどよ…」
「決心が付きませんか?なら、会長命令です。お父さんと会って、話をしてきなさい。」
「なっ、命令!?お前、いくら何でもいい加減キレるぞ!!」
「廻藤、俺も会長に賛成だ。」
「お前まで!!」
「あの人には、お前に伝えなければならない想いがあるはずだ。お前がそんなことでは、それは永遠に届かない。想いが届かないことの苦痛は、お前が一番わかっているはずだろう。」
翔が見た感じ、今の輪路と政行の関係は、生者と死者の関係と同じだった。特別な事情でもない限り、死者は生者に己の想いを伝えることはできない。相手に聞く力がないからだ。輪路には聞く力があるが、聞こうとしなければいくら力があっても同じである。
「…わかったよ。」
二人にそう言われては断れないので、仕方なく輪路は承諾した。
*
承諾はしたが、すぐには会う勇気が出ない。あんな啖呵を切った後では、どんな顔をして会ったらいいかわからない。だから、家に帰る前にヒーリングタイムに寄って、勇気を付けたいのだ。一応輪路が逃げないように、翔が同行している。
「あ、輪路さん。」
「…親父は、いねぇな…」
美由紀が迎えるが、政行はいなかった。やはり宣言通り、家で待っているのだろう。ちなみに、賢太郎達もいない。今日は休日なので、どこかに遊びに行ったのだろう。せっかく自由な時間をもらえたのに、喫茶店で一日を潰すなどもったいない。
「アメリカン頼む。」
「俺も同じものを。」
「はいはい。」
輪路と翔に頼まれて、佐久真はコーヒーを淹れ始める。美由紀は訊いた。
「今日は仕事、お休みなんですか?」
「…シエルからの命令でな、親父に会ってちゃんと話しろって。それまでは任務をすることを許さねぇってさ」
「俺は廻藤の監視役だ。」
「会長がそんなことを?」
ソルフィが尋ねた。さすがに、協会の会長がそんな命令を下すことをおかしいと思ったのだろう。輪路はシエルから聞いたことの全てを話した。
「そうだったんですか…」
「…お袋は俺が思ってたよりずっとすごい人だったってわかった。」
予想などできなかっただろう。普通なら想像もできないことだ。
「いつも一緒にいた俺でさえ気付けなかったんだから仕方ないことかもしんねーけどさ、けどやっぱり親父は許せねぇよ。」
「輪路さん…」
輪路のみならず、誰も気付けなかっただろう。しかし、それでも母を放っておいたままにしていた父を、許すことはできない。そもそも、政行がもっと暁葉のことを気に掛けていれば、暁葉は協会と接触しなかったのかもしれないのだ。
輪路の中に渦巻く怒り。しかし、次の瞬間外から爆発が聞こえた。
「見てくる!」
「俺も行く!」
輪路と翔は爆発の原因を探るために、店を飛び出す。
「私はこの子達に行かせます。行って!」
ソルフィは人形を三体飛ばして二人の後を追わせ、残りの一体で映像を出して様子を見る。
「出てこぉぉぉぉい!!!廻藤輪路ィィィィィ!!!!」
外では、屈強な体格を持つ上半身裸の男性が、黒い服を着たたくさんの男や女を操って暴れさせていた。
「待て!!俺はここだぜ!!」
これ以上被害を出されても困るので、輪路が名乗り出る。
「ふん!やっと出てきたか!」
「てめぇ何モンだ!!」
「俺はログドス・サーロン!!アンチジャスティスのグラディエーターだ!!お前を殺しに来た!!」
男の名はログドス。ブランドンの命令で、輪路を殺しに来たのだ。
「気を付けろ廻藤。こいつらは全員、アンチジャスティスのメンバーだ。」
「わかってるよ。三郎!結界を張れ!!」
「おう!!」
輪路はペンダントから三郎に、結界を張るよう言う。応えた三郎が間もなくして結界を張った。しかし、
「せっかくブランドン様から、派手にやっていいってお許しを頂いたんだ。こんなもんで俺の興を冷めさせるな!結界破壊装置、起動!」
「はっ!」
結界を展開されたことに激怒したログドスは、部下に命じてある装置を起動させる。それは、簡単に言うと水晶玉だった。ただし透明な水晶の中には、何かの機械が組み込まれている。水晶玉の中心にある、さらに小さな水晶玉が発光し、その瞬間に三郎が張った結界は破壊された。
「何!?俺の結界が!!」
「結界破壊装置だよ。討魔士に結界を張らせないよう、前もって準備してたんだ。今回はできる限り被害を拡大させるよう言われたからな」
「ならてめぇらを叩き潰すまでだ。行くぜ翔!!」
「ああ。」
結界による被害の抑制ができないとわかった以上、短期決戦を挑むしかない。
「「神帝、聖装!!」」
輪路はレイジンに、翔はヒエンに変身する。
「レイジン、ぶった斬る!!」
「ヒエン、参る!!」
だが、ログドスも大人しくやられたりはしない。
「ルインアーティファクト、起動!!」
ルインアーティファクトを使用する。しかし、見たところログドスが何か特別なアイテムを装備しているようには見えない。と思っていたら、ログドスの両腕と額に紋様が浮かび、ただでさえマッチョだった全身の筋肉がさらに膨張して、黒く染まった。
「雑魚はお前に任せる!!奴は俺にやらせろ!!」
レイジンはヒエンに雑魚の相手を強引に任せ、群がる雑魚を突っ切ってログドスの脳天にシルバーレオの一撃を見舞った。だが、金属音がして、レイジンの攻撃は受け止められてしまう。
「何!?」
ログドスの頭には、傷一つ付いていない。ログドスはそのままレイジンに頭突きを喰らわせた。
「ぐあっ!?」
「俺のルインアーティファクト、トリプルマイティーは体内に埋め込んで使うタイプでな、頭と両腕に埋め込んである。効果はパワーとスピードの増強と、肉体の硬質化だ。」
ルインアーティファクトについて説明した後、ログドスは体勢を崩したレイジンに殴打を加える。
「俺がこいつを使った以上、貴様ら討魔士のナマクラなんぞ恐れるに足りん!!叩き潰されるのはお前の方だ!!!」
「ぐああっ!!」
レイジンも反撃するが、ログドスにはダメージを与えられず、逆にシャイニングウィザードやジャイアントスイングを喰らってしまう。
「くそったれが!!ならこいつでどうだ!!」
レイジンは火の霊石と力の霊石を同時に呼び出し、剛焔聖神帝にパワーアップ。今度はログドスを袈裟懸けに斬った。
「うおおっ!?」
これにはさすがのログドスも驚き、よろめく。レイジンが斬った箇所は、斬撃痕と炎で溶けたような傷が付いていた。だが、
「これが本気か。なるほど、お前は久々に全力で遊べそうだ。」
ログドスの傷は瞬く間に修復されてしまう。
「再生した!?」
「トリプルマイティーは三位一体のルインアーティファクト。一つ一つが機能を備えている」
一つ目がパワーとスピードの増強を、二つ目が肉体の硬質化を行う。そして三つ目は、再生能力を付加するのだ。
「さぁ、俺はまだまだ遊べるぞ!!」
そこから、またログドスが圧倒する戦いが始まった。ログドスのトリプルマイティーには、直接相手を攻撃する機能はない。ただ能力を上げて殴るだけだ。しかしそれゆえに穴がなく、絶対に安全な状態から、一方的に相手を痛めつけることができる。
「廻藤!!」
ヒエンもレイジンを助けに生きたいが、雑魚の数が多すぎる。人形達のサポートがあってなお、仕留めきれない。しかも、少しでも油断するとすぐ街の破壊活動に入ろうとするため、大技を発動できないのだ。
「ならば…!!」
ヒエンは瞬速聖神帝となり、スピードで圧倒を始める。これでようやく、雑魚を全滅させることができた。だが、その頃にはもう、レイジンは変身が解けてしまうほどのダメージを受けていた。
「廻藤!!」
ヒエンは今度こそ、レイジンを助けに入る。しかし、
「お前に用はない!!」
パワーでレイジンに劣るヒエンでは、当たり前だがログドスにダメージを与えられない。片腕で払われ、ログドスが拳を振りかぶり、
「死にやがれッ!!」
輪路に向けて繰り出した。
その時、輪路は横から割り込んできた者に突き飛ばされた。
「…えっ?」
間の抜けたような声を出す輪路。
「り…輪…路…」
ログドスの腕は、輪路を突き飛ばした者、政行の腹を貫通していた。
「何だお前は?邪魔だぞ。」
ログドスは腕を引き抜き、政行を蹴り飛ばした。
「貴様ッ!!」
ヒエンはログドスを二人から引き離すため、雷の霊石を使う。これにより、ヒエンは雷の霊石と速さの霊石の力を併せ持つ瞬雷聖神帝にパワーアップした。霊石の同時使用ができるのは、レイジンだけではない。
「ぬおおっ!!」
ヒエンの怒涛の攻撃に、今度はさすがのログドスも二人から遠ざけられる。
「…親父…?」
輪路は目の前で起きたことが信じられず、政行のそばに行く。
「胸騒ぎがしたから来たんだ。けど、せっかく助けようとしたのに、カッコ悪いよなゴホッゴホッ!!」
「親父!!」
輪路が血を吐く政行に呼び掛ける。そこへ三郎が飛んできて、妖術で政行の容態を調べた。
「…こりゃ駄目だ。臓器が潰れてるし、出血も激しい。完全に致命傷だな」
「回復薬でも無理なのか!?」
「ああ。」
政行はログドスの太い腕に腹をぶち抜かれ、もう助からないほどの傷を負っていた。
「いいんだ。それより輪路、お前に伝えなければならないことがある。」
喋るのもつらいだろうに、政行は輪路に話した。
「暁葉から聞いたんだ…協会のことを…」
「!?」
それは今から七年前。暁葉が死ぬ前のこと。暁葉は電話で、政行に全てを伝えたのだ。
『そんなことが…』
『だから、あなたにお願いがあるの。協会の人達がアンチジャスティスを倒すまで、何があっても私達のところに帰ってこないで。』
『なっ!?どうして!?』
『私にはシエルさんがいるし、輪路はまだ弱いけど、アンチジャスティスと戦うための力を持ってる。でもあなたには、戦う力はない。』
『…邪魔だっていうのか。』
暁葉はシエルが守ってくれると約束している。輪路もまだ幹部クラスには敵わないが、戦う力を備えている。だが政行には、身を守る術がないのだ。政行は、暁葉にとって自分が足手まといになるだろうと感じた。
『勘違いしないで。私は、あなたを巻き込みたくないだけなの。本当なら、輪路だって関わらせたくない。でも輪路には力があるから、アンチジャスティスはいずれ必ずあの子を狙う。だから私にはもう、あなたを私達から遠ざけることしかできないの。』
だが、暁葉は決して、政行を邪魔だと思っているわけではなかった。ただ守りたかっただけなのだ。しかし、何の力もないのは暁葉も同じこと。輪路も力があるとはいえ、アンチジャスティスを相手にするとなれば、せいぜい自分の身を守ることしかできないだろう。なら、あとできることは一つ。危険から遠ざけることだけだ。
『あなたを愛してないわけじゃないの。むしろ輪路と同じくらい愛してる。だからわかって?ね?』
『…すまなかった。』
『…なに、いきなり謝って。』
『君がそんなことになっているのに、今まで全く気付けなかった。そして俺は、君に何もしてあげられない…!!』
『…特別なことをする必要はないわ。あなたはただいつも通りに、仕事熱心に生きてくれればいい。あなたが私を、私達を愛しているなら、ね。』
「だから俺は、暁葉の頼みを聞いた。取材先で死んだと聞いた時は、すぐにアンチジャスティスに殺されたんだってわかったよ。でも俺は帰らなかった…暁葉の葬式にも…行かなかった…約束を…守りたかったから…」
政行は暁葉の言い付けを守った。守っていたから、帰らなかったのだ。暁葉の想いは、ちゃんと政行に届いていたのだ。政行は暁葉のことを、愛していたのだ。
「…俺はあんたを誤解してた。あんたは、お袋を愛してないって思ってた。でも違った!!あんたはお袋を愛してたんだ!!なのに俺は…俺は…!!!」
「もういい。結局俺は、真実を伝えたいって気持ちを優先して、暁葉との約束を破ったんだからな。でも、もういいんだ…これでようやく…暁葉と…一緒に……」
「親父!!」
政行は輪路に見守られながら、眠るように息を引き取った。
「…父さん!!」
輪路の呼び掛けにも、もう応えることはない。
「…何だよ…何なんだよ…父さんも母さんも…俺を置いて勝手に…俺に断りもなく…勝手に死にやがって…!!」
母は死んだ。父も死んだ。両親の死は、輪路の心に深い傷を残した。輪路は哀しみにうちひしがれ、涙を流す。これまで一度も泣いたことのなかった輪路が、初めて涙を流した。それほどまでに、哀しかった。
だが哀しみは哀しみのままでは終わらず、輪路に新たな力を与える。
輪路の目の前に、黄色に輝く霊石が現れたのだ。
「あ?これ…霊石…」
「…土の霊石。聖神帝の哀しみから生まれる霊石だ」
三郎が説明する。この霊石は、輪路の深い哀しみに反応して生まれた土の霊石だ。
「…ありがとうね、輪路。私達のために悲しんでくれて」
「!?母さん!?」
その時、暁葉の声が聞こえた。顔を上げると、そこには暁葉と、今死んだ政行がいる。
「だけど、悲しむのはもうおしまい。」
「今お前がすべきことは、悲しむことじゃないだろう?」
二人に諭されて、輪路は思い出す。そうだ、悲しんでいる場合じゃない。今、やるべきことは…
「父さん、母さん。ありがとう。俺、行くよ。」
輪路は涙を拭いて立ち上がり、振り向いた。そして、
「神帝、聖装!!」
レイジンに変身し、片手をかざす。すると土の霊石がレイジンの正面まで移動し、レイジンはそれをシルバーレオで斬った。二つに別れた霊石の力が、レイジンの両足に宿る。両足が黄色に輝くレイジン、激震聖神帝だ。
「翔!!下がれ!!そいつは俺が倒す!!」
レイジンはログドスと戦い続けるヒエンに言う。
「廻藤…」
「ふん。いい度胸だ…な!!」
すでに人形は全て破壊され、ヒエンも満身創痍。相手に飽きていたログドスは駆け出し、レイジンの胸板を殴りつけた。しかし、レイジンはダメージを受けず、下がってもいない。
「何!?」
「ふんっ!!」
「がぁっ!!」
レイジンはログドスを蹴り飛ばした。土の霊石は、哀しみを受け止める力。聖神帝の力、耐久力、そしてスピードを向上させるのだ。そしてその力は、特に両足に宿る。たった一度蹴っただけで、ログドスは大きく吹き飛んだ。
「とっとと終わらせるぜ。」
レイジンはシルバーレオに霊力を込める。同時に、両足に宿っていた霊石の力が、シルバーレオに宿る。そして、
「レイジンアースインパクト!!!」
レイジンはシルバーレオを地面に突き刺した。その後、間もなくしてログドスの足元の地面が爆発し、ログドスを上空高く吹き飛ばした。
「うおおおおああああああああああああ!!!!」
土の霊石の、大地を操る力だ。しかし、まだ終わらない。
「レイジン、ぶった斬る!!!」
レイジンは右手に火の霊石と力の霊石を出現させて握り潰し、その力を右腕に宿す。
「霊石の三重発動だと!?」
ヒエンは驚いた。火、力、土。三つの霊石の同時発動。いつの間にか、レイジンはここまで成長していたのだ。三つの霊石を宿した聖神帝、剛焔激聖神帝となったレイジンは三つの霊石の力をシルバーレオに宿して跳躍し、
「レイジントリニティークラッシャァァァァァァ!!!!」
落ちてくるログドスを斬った。
「ごあっ…!!!」
剛焔聖神帝からさらに数倍に強化されたパワーの斬撃によって、ログドスは苦もなく両断され、炎に焼かれて灰も残らず焼滅した。
「仇は取ったぜ。父さん。母さんも」
強敵を討ち果たした輪路は、まだこの世に残って見守ってくれていた二人に報告する。
「ありがとう。こっちも犬死にせずに済んだみたいだ」
土の霊石は聖神帝の哀しみからしか生まれない。こんな状況でもなければ、輪路が悲しむことはなかっただろう。彼らは死ぬことで輪路に力を与え、究極聖神帝へとまた一歩近付けたのだ。ゆえに、犬死にでは断じてなかった。
「俺は必ずアンチジャスティスを倒す。だから安心して成仏してくれ」
「ああ。頼んだぞ」
「シエルさん達を助けてあげてね。美由紀ちゃんとも仲良くするのよ?」
「ああ。本当にありがとう」
輪路は二人を安心させて、成仏させた。今までさんざん迷惑をかけてしまったが、これからはもうそれもない。
「…」
それは確かに寂しかったが、輪路の中にはさらに強い想いが渦巻いていた。
「アンチジャスティス…絶対に許さねぇ…!!」
アンチジャスティスへの強い怒り。輪路は今この場で誓った。アンチジャスティスを、ブランドンを必ず倒すと。
*
どこかの街にある巨大なビル。
「ブランドン様。どうやら、ログドスが廻藤輪路にやられたみたいですよ。」
ウォレスが長髪の男、ブランドンに報告していた。
「そうか。まさか幹部の一人であるログドスがな…」
「まぁ僕はあいつがどうなったってどうでもいいんですけど。美しくないですし」
「下がれ。」
「はい。」
自分がログドスに対して抱いている感情を呟いたウォレスを、ブランドンは下がらせた。
『私の息子が、必ず強い討魔士になってあなたを止めに来るわ。』
ブランドンの脳裏には、殺す直前に暁葉が言った言葉が思い出されていた。あの時は弱者の負け惜しみだと切り捨てていたが、実際に輪路は急速に力をつけ始め、既にアンチジャスティスの幹部を倒せるほどの脅威となっている。
「…やはり、廻藤の魂は私の目論見を見逃さんか…」
世界の正義が具現化したような存在と呼ばれていた光弘の家系である。時代とともに様々なものを失いはしたが、全てを失ったわけではない、むしろ取り戻しつつある。どうやら最大の敵は協会でも、出来の悪い妹でもなく、輪路のようだ。
「面白い。ならばお前を倒し、正義と悪、どちらがこの世界を統べるべきか決めるとしよう。」
ブランドンは輪路との対決を決意した。
家族登場回はメタルデビルズでもやりましたが、今回は両方とも死亡という差分を付けさせてもらいました。しかし、魂の系譜がこの作品のテーマなので、ただ死んだだけでは終わりません。二人の死は輪路に新たな力を与え、打倒アンチジャスティスと打倒殺徒への道を進ませました。ちょっとパワーアップが早い気がしますが、サクサク行きます。
次回は、翔にも少し視点を当てたいと思います。お楽しみに!




