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第十九話 女は怖い

タイトル通り、ギャグ回です。

「♪~」


ヒーリングタイム早朝。美由紀は鼻歌を歌いながら、開店準備をしていた。


「あら~ずいぶんご機嫌ね。」


「はい♪だって今日は、この店にアルバイトの人が入りますから♪」


今日は、新しくこの店で働きたいと志望したアルバイターが来る日なのだ。自分にも遂に後輩ができる、先輩らしく振る舞おうと、美由紀は張り切っている。


「そろそろ来る頃だけど…」


佐久真は時計を見て言った。時刻的に、そろそろ来ておかしくない。ちなみに、美由紀は佐久真の面接に同席していないので、どんな人が来るのか知らない。と、


「おはようございます!」


来たようだ。


「…わぁ…」


美由紀は思わず嘆息する。現れたのは、彼女と同年代に見える、フランス人形を彷彿とさせるとても美しい女性だった。


「初めまして。今日からここで働かせて頂く、ソルフィ・テルニアです。」


「あ、はい!篠原美由紀と言います!よろしくお願いします!」


ソルフィと名乗った女性に、勢いよく頭を下げる美由紀。これではどちらが先輩かわからない。


「あなたが店長の娘さんですね?」


「知ってたんですか?」


「お話は店長から伺っています。…それだけじゃないけど…」


「えっ?」


「いえ、何でもありません。それより、あなたに見せたいものがあるんです。さ、入って。」


ソルフィが一瞬奇妙なことを言った気がしたが、すぐに話題を変えて、誰かを迎え入れる。


「あら翔ちゃん…と、誰?」


それは、翔と一緒に入ってきた。長い銀髪で、手足がスラリと伸びており、胸も大きく顔立ちも整っている。ソルフィを上回る美女だ。佐久真は美女に尋ねた。すると、


「…私よ、マスター。」


美女は翔の背中に隠れながら、顔を赤らめて答えた。


「えーっと、もしかして常連さん?でも私はあなたを見た覚えがないんだけど…」


佐久真は店の常連の顔を全員覚えているが、この美女は見た覚えがない。しかし、美女はマスターを知っているようである。美女をしっかりと見据えていた美由紀は、尋ねた。


「…輪路さん、ですか?」


すると、


「…ええ。」


美女はゆっくりと頷いた。











一時間前。輪路は翔に呼び出され、協会に来た。


「何だよこんな朝っぱらから?」


「お前に会わせたい奴がいる。」


「会わせたい奴?」


翔は輪路を連れてある部屋の前に立つと、ドアをノックする。


「俺だ。入るぞ」


「どうぞ。」


返答を聞き、ドアを開ける翔。中に輪路を案内し、ソルフィを紹介する。


「討魔術士のソルフィだ。」


「初めまして、ソルフィ・テルニアです。あなたが廻藤さんですね?」


「そうだが…」


「話はいつも翔くんから聞いてます。聞いていた通り、すごい霊力ですね。」


「翔くん?ああ、あんたが翔が言ってた幼なじみか!」


輪路はソルフィの翔への呼び方から、ソルフィが翔の幼なじみだと知る。ちなみに、他の討魔士や討魔術士は、皆翔のことをさん付けか様付けしていた。


「翔くんが?」


「ああ。世話好きでお節介な幼なじみがいるって、前に聞いたんだ。」


「もう翔くんったら…」


「的確だろう?」


翔にとってはそうらしい。ソルフィとは初対面なので、輪路にはわからないが。とりあえず、なぜ彼女を自分に会わせたのか訊く。


「で、何だってお前は自分の幼なじみを俺に会わせたりなんかしたんだ?」


「俺は立場上、いつもお前と一緒にいるわけにはいかない。だが、お前はまだまだ討魔士として未熟だ。それに聖神帝の性質上、今後もあんな事件に巻き込まれる可能性がある。だから、俺はお前の監視兼育成係が必要だと判断した。」


「…それがお前の幼なじみだってのか?」


「ああ。こいつは討魔術士だが、俺が会長以外で最も信頼をできる。実力も高いし、ああいった話にはこいつの方が対処しやすいんだ。」


ソルフィは討魔士ではなく討魔術士だが、それでも翔が一目置くほどの実力を持っており、術が絡む件には討魔術士であるソルフィの方が対処しやすい。だから彼女を選んだのだ。


「できる限り怪しまれないよう、ヒーリングタイムの新しいアルバイトという形で入らせる。」


「ちなみに、もう店長さんに許可は取ってあるから大丈夫ですよ。」


何とも、抜け目のないことだ。


「なるべく美由紀達を巻き込みたくないんだが、まぁ仕方ねぇか。これからよろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします。あ、そうだ。廻藤さん、お近付きの印に見せたい物があるんです。」


そう言うと、ソルフィは棚を動かした。棚の向こうにはドアがある。隠し扉だ。


「入って下さい。」


ソルフィは二人を連れて、隠し扉の奥に行く。扉の奥には無数の薬品が置かれた棚と、魔法陣が描かれた床があった。


「私の仕事場です。私はいつもここで新しい薬や法術を作ったり、自分を鍛えたりしてるんです。」


「へぇ…」


「それで、私が見せたいのはこれです。」


ソルフィは薬品が入った棚から、一本の瓶を出した。


「最近できた自信作なんですよ。ぜひ飲んでみて下さい」


「…危なくないだろうな?」


「大丈夫です。でもちょっとびっくりするかも…」


ソルフィの言葉に不審を覚えながらも、彼自身薬の効果が気になったので、蓋を開けて飲み干した。その瞬間、ボフン、と輪路が爆発し、煙に隠れて見えなくなった。


「廻藤!?ゲホッ!ゲホッ!」


「ケホッ!コホッ!ちょっと煙出すぎ…」


翔は驚いたが煙で咳き込み、ソルフィもまた咳き込んだ。


やがて、


「ケホッ!ケホッ!なに!?何が起きたの!?」


煙の中から、銀髪の美しい女性が咳き込みながら姿を現した。


「誰だお前は!?」


「は?何言ってるのよ?私よ私!輪路よ!」


「何!?」


翔は再び驚いた。突然現れたこの美女は、自分のことを輪路と名乗ったのだ。


「大成功!」


「ソルフィ!お前廻藤に一体何を飲ませたんだ!?」


喜んではしゃいでいるソルフィに、翔は輪路に何を飲ませたのか訊いた。


「会長に頼まれて作った性転換薬だよ。潜入任務にいるんだって」


「性転換?…あっ!?な、何よこれ!?」


ソルフィに言われて自分の身体を見、触った輪路は、ようやく自分に起きている変化に気付く。


「お前またとんでもない物を…」


翔は呆れた。昔からだ。ソルフィは昔から、ちょっと特殊な薬が完成すると、それを他人に飲ませて反応を楽しむという性癖がある。安全性は保証されており、それで問題が起きたことはないのだが。


「驚きました?」


「ええ、すごく驚いたわ。」


「俺もだ。というか廻藤。いくら女の姿になったとはいえ、言葉遣いまで女言葉にする必要はないぞ?それに声まで女の真似をすることは…」


「は?私はさっきから男言葉で喋ってるわよ?声だって変わってないはずでしょ?」


「何?」


女性に変身してから、輪路はずっと女言葉と女の声で喋っている。だが輪路が元々男であるということは変わらないので、翔はそれを正そうとするのだが、輪路は自分は男言葉と男の声で喋っていると言っている。


「変装は口調や声色、仕草からバレます。だから私の薬は、変身した性別に合わせた口調、声色、仕草を、本人が意識せずにするよう調合してあるんです。これなら絶対にバレないでしょ?」


ソルフィが調合した性転換薬は、飲んだ者を逆の性別と姿に変える。そして、変わった後の口調、声色、仕草を本人が意識せずにするように作ってある。例えば、本人は男言葉と男の声で話しているように感じていても、実際には女言葉と女の声で話している、といった感じだ。女装や男装の場合、いくら意識していようとつい自分をさらけ出してしまうものだが、この薬を飲めばいつも通りに生活しながら、変装した性別の仕草をしっかりと演じることができる。これなら絶対に見破られることはない。


「でもだからって今私に飲ませなくても…大体翔に飲ませればいいじゃない。幼なじみなんでしょ?」


「おい。」


「ごめんなさい。本当は私もそうしたかったんですけど、昔からずっとこういうこと繰り返したせいで、翔くんすっかり警戒しちゃって…」


「そう何度も引っ掛かるか。」


「私ならいいの?」


「だって、翔くんがびっくりして困るところ見たかったんですもの。」


(こ、この女!!)


ソルフィの思考を察して、輪路は戦慄した。想像していた以上に恐ろしい女だ。


「…まぁいいわ。それより、どうやったら元に戻れるの?当然、元に戻るための中和剤みたいなものも作ってるんでしょ?」


「もちろん作ってますけど…もう戻るんですか?」


「当たり前じゃない。」


「せっかく女性っていうものを体験できるんですよ?もう一生体験できないかもしれないのに。」


「そんな体験いらないわよ!!」


輪路は女性になどなりたくない。男のままでいたい。それに、ソルフィが薬を作っているのだから、いつでも変身できるだろう。


「話は聞かせてもらいました。」


「か、会長!?なぜここに!?」


「騒がしかったから入ったんですよ。」


その時、何とシエルが入ってきた。予期せぬ人物の登場に、翔もソルフィも、輪路も驚いている。


「ソルフィ、あなたの開発した性転換薬はとても素晴らしい効果ですね。」


「お褒めに預かり光栄です。」


「それで、効果はどれくらい続くのですか?」


「きっかり一日です。それを過ぎると、強制的に元に戻ります。」


薬の効果時間を聞いたシエルは、何やら考えている。そして、答えを出した。


「廻藤さん。今日一日その姿のままで過ごして下さい」


「はぁ!?」


シエルはとんでもない提案をした。女になったまま、今日一日過ごせというのだ。


「最近完成したんですよね?廻藤さん以外に試したりしたんですか?」


「自分だけです。」


ソルフィは輪路以外では、自分にしか薬を試していない。ちなみに自分では男言葉で話しているのを認識できないので、カメラに撮影して確認した。


「となると、まだデータが不足していますよね?せっかく自分以外の相手に飲ませたのですから、これを利用してデータを採取してもらいます。強力な分確実性が必要ですから」


「…シエル、実はそれだけじゃないでしょ。」


「バレました?本当は面白そうだからです。」


「そっちが本音!?」


輪路はツッコミを入れて、それから頭を抱えた。面白そうだからとか、もうこの会長終わっているのではないだろうかと。


「とにかく、今日はその姿のまま行動すること。もしかしたらあなたにも性転換して潜入する任務を与えるかもしれませんから、今のうちに慣れておいて下さい。勝手に戻ったりしたら罰則を与えますから、そのつもりでいて下さいね?」


「…何よその横暴…」


シエルは輪路に任務を与えて去っていき、輪路はガックリと肩を落とした。











といったことが一時間前にあったのだ。


「じゃあ、輪路さんは今日一日女の子のままってことですか?」


「不本意ながらね。ま、今日は外出を控えていいっていうのが、せめてもの救いかしら…」


あくまでもデータを採取するのはソルフィなため、彼女の近くにいないと意味がない。そしてそのソルフィは、アルバイターなためヒーリングタイムを離れられないのだ。必然的に、輪路は外に出なくていいということになる。


「じゃあ本当に、今日は一日輪子さんなんですね!」


「こっ!?」


美由紀の発言に、輪路は目を見開いた。


「だって、潜入用の姿なんですから、そのままじゃまずいでしょ?今の輪路さんは女の子だから、輪子さんです。」


「りん…こ…」


「ぶっ…」


「マスター!!笑わないでよ!!」


美由紀からの女性扱いに輪路は呆然となり、そして吹き出した佐久真に怒った。


「ごめんごめん。あんまり可愛くって」


「…っていうかマスターずいぶん平然としてるわね…おかしいとか思わないの?」


「別に。こんな時代だから、そこまで不思議な話でもないでしょ。」


(時代と来たか…)


時代と言われては反論のしようがない。


「さぁさぁ雑談の時間は終わり!もう開店する前なんだから、早く準備するわよ!」


「あ、はーい!」


「ソルフィちゃんはエプロンあげるから来てちょうだい。」


「はい、店長。」


佐久真は話を打ち切り、二人の女性を開店準備へと引き戻す。


「そういえば翔。あんたこれからどうするの?」


輪路、もとい輪子は、翔の予定を訊いた。


「俺はこの後、9時から会議に出席しなければならない。だが、せっかくここまで来たんだ。コーヒーを一杯もらってから行く。」


「…そう。」


早速、翔が一緒にいられない日が来たようだ。


「…私ももらおうかしら。」


特にやることもないので、輪子もコーヒーをもらうことにした。











どこかの空間。


「廻藤輪路を見張れ、か…男を見るなんて嫌だっていつも言ってるのになぁ…」


ハンドルのようなものを回して、その男は何かを運転していた。


「でもま、ブランドン様の命令だから仕方ない、か…」


しかし、輪路を見張れというのは彼の上官からの命令である。逆らうわけにはいかず、しかし乗り気にもならないので男はため息ばかり吐いていた。


「到着、っと。」


男は目的の場所に到着したのを確認し、運転をやめる。そして座席を降り、背後のドアをくぐった。


「でも、それ以外のことをするな、とは言われてないんだよね。」


やがてある部屋の前に着いた男。部屋の中からは、大勢の女性がすすり泣く声が聞こえてくる。男はドアを開け、中に入ってライトを点けた。


「おはよう僕のコレクション達。結構揺れが激しかったけど、少しは休めたかい?」


その部屋の中には、人間が入れるほどの巨大な鳥籠が無数に置いてあり、その鳥籠全てに一人ずつ、女性が入っていた。女性達は入ってきた男を見るなり、ある者は悲鳴を上げ、ある者はここから出して、家に帰してと叫んだ。無論、男は女性達を帰すつもりなど全くない。


「こんなシケた街に上玉がいるとは思えないけど、万が一ってこともある。仕事のついでに、僕の趣味も楽しませてもらうよ。」


女性達の悲壮極まる声を聞きながら、男は心底嬉しそうに笑っていた。











ヒーリングタイム。


「オ待タセ致シマシタ。」


「ありがとう。」


可愛らしいフランス人形がモーニングセットを客に運び、客は物珍しそうにフランス人形を見ながら料理を受け取って、礼を言った。この一体だけではなく、合計四体ものフランス人形が、甲斐甲斐しく働いている。


「これがソルフィの力…」


輪子は感心するように呟いた。ソルフィの家は、マリオネットコントロールという特殊な法術を代々受け継いでいる。この術は人形に霊力を込めて操るというもので、明日奈の式神とよく似た術だ。しかし、人形の操作性はソルフィの方が遥かに上回っており、しかもあらかじめ簡単な指示を与えておくことで、その指示通りオートで動かすことができる。はたから見れば、人形が自分の意思で動いているかのようだ。ちなみに、ソルフィはこの術を使うため、外出の際必ずリュックを携帯しており、リュックのには八体まで人形を入れている。


「小さい頃から人形と遊ぶのが好きで、そのおかげか知らない間にできてたんです。」


「いや~、これは楽ね。助かるわ~」


佐久真は嬉しそうだ。今日に限ってはなぜかいつもより客が多く、人手が足りなかったので助かる。


「…何だか、あっちこっちから視線を感じるんだけど、気のせいかしら?」


「…気のせいではないな。」


輪子は店のあちこちから、凝視されているかのような視線を感じており、気のせいかと翔に訊いた。翔は一度後ろを見て、それは気のせいではないと伝える。


実は店に客が多い理由は、輪子のせいだ。輪子はとても美しい。何もしていなくても同性である美由紀やソルフィでさえ、知らず知らずのうちに視線を向けてしまうほどだ。だから今この店には、輪子の美しさに目を奪われている客が大勢いる。店を出た客がまた客を呼び、それで輪子が視線を感じているのだ。


「勘弁してよ…私今は女だけど、本当は男なんだから…」


「私は店が儲かって助かるけどね。」


いつも大勢の人に見られているモデルの気持ちを理解し、輪子はため息を吐いた。佐久真は嬉しそうだが。


「でも輪子さんって本当に綺麗ですよね。確かに男性の時からかっこよかったですけど、それが女性になったからってここまで変わるものでしょうか?」


「私の性転換薬は、変身前の容姿に加えて持ち主の霊力で、変身後の容姿が変わるようにしてあります。廻藤さんの霊力はすごく高いですから、それでこうなったんです。」


美由紀の疑問にソルフィが答えた。ソルフィの性転換薬は変身前の容姿に応じた性転換を行うが、使用者の霊力が高いと変身後の容姿に補正がかかる。霊力が高ければ高いほど、美女やイケメンに変身できるのだ。


「そうだったんですか。でも…」


「でも?」


「…何かが足りません。」


確かに輪子は美しい。美しいのだが、まだ何かが欠けている気がする。この美しさを完璧なものにする何かが…


「わかりました!衣装です!衣装が悪いんです!」


「…ああ!」


美由紀はその何かに気付き、ソルフィもまた気付く。そう、衣装だ。輪子は女性であるにも関わらず、男物の服(変身前の服)を着ていたのだ。


「盲点でした…私の性転換薬は容姿を変えるだけで、服まで変えるわけではありませんから…」


それでも鋭い洞察力を持つ美由紀の感覚を鈍らせてしまうほどに着こなしていたので、輪子の美しさがどれほどのものかわかる。


「店長!ソルフィさん!ちょっと店をお任せしていいですか!?」


「私は大丈夫です。」


「い、いいけど何するの?」


美由紀の気迫に若干圧されながら、佐久真は尋ねた。


「輪子さんに私の服を着せます!!」


「はぁ!?」


「ぶふぅっ!!」


美由紀の提案に輪子は驚く。翔は輪子以上に驚き、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。ちなみに、カップの中に吐いたため、被害はない。


「な、何言ってるのよ!?」


「輪子さんはその美しさを完璧にしたいと思わないんですか!?男物の服を着ていてもこんなに綺麗なのに、女性服を着たら絶対すごいことになりますよ!!」


「思わないわよそんなこと!!だって私は」


「今は女です!!!とにかく行きましょう!!さ、早く!!」


「ちょっ、待ちなさい美由紀!!翔!!マスター!!ソルフィ!!この子止めてーっ!!」


美由紀は普段からは想像もできないような力を発揮し、嫌がる輪子を無理矢理店の奥へと引きずり込んでいった。


「…佐久真さん。止めなくてよかったんですか?」


翔は結局美由紀の勢いに負けて行かせてしまったが、全く行動を起こさなかった佐久真に訊く。


「別に。あの子が楽しんでくれてるなら、それでいいわ。輪路ちゃんもまんざらでもない感じだったし」


「…そういえば、佐久真さんあのこと廻藤さんには話したんですか?」


ソルフィは佐久真に尋ねる。


「…まだよ。今のあの子じゃ、美由紀ちゃんは助けられない。無力なまま真実を教えても、邪魔なだけだから。」


「…」


ソルフィは黙った。




しばらくして、


「お待たせしました…」


美由紀が店の奥から戻ってきて、カウンターの上に手を付いた。


「…どうしたの美由紀ちゃん?なんかすごいショック受けてるみたいだけど。」


「…胸の大きさで負けました…」


佐久真が訊き、美由紀が答えた瞬間、翔は口からコーヒーをだばー、と吐いた。これもカップの中に吐いたため、店内に被害はない。だが、汚い。


「美由紀さん一人で楽しまないで下さいよ。私達にも見せて下さい」


「あ、すいません。輪子さん!もう入っていいですよ!」


ソルフィに急かされ、美由紀は輪子を呼ぶ。すると、


「…」


店の奥から、ゆっくりと輪子が出てきた。黒を基調とした、女性物の服とスカートを着ている。ただでさえ美しかった輪子がさらに美しくなり、彼女の周囲まで輝いているかのようだ。


「あらあら♪」


「これは…想像以上ですね…」


佐久真はニヤニヤと笑い、ソルフィは赤面し、店内の客は誰もが恍惚とした顔をしながらバタバタと倒れていった。


「うぐぐ…」


翔も。だが、翔の顔は青ざめており、口や鼻からコーヒーを垂れ流していた。遂にカウンターに被害が出た。


「うわっ!!翔くん大丈夫!?」


「他の皆さんも!!」


ソルフィと美由紀は、慌て翔と客の介抱に入る。


「翔…」


輪子は助けて欲しいといった顔をしながら、翔に声をかけた。そしてその瞬間、


「やめろ!!話し掛けるな近寄るな!!俺のゲシュタルトが崩壊する!!」


翔は飛び起き、両手を張って輪子の接近を防ぐ。とんでもない怯えようだ。


「佐久真さん!お代はここに置いていく!釣りはいりません!」


そしてコーヒー代をカウンターに置くと、逃げるように店から出ていった。


「おはようございまーす。」


「なんか今すごい勢いで青羽さんが出て行きましたけど…」


「っていうかなにこの状況!?」


悪いことは重なるもので、なぜか今日に限って賢太郎達三人が来店してきた。


「あら賢太郎くん達じゃない。珍しいわね」


「たまにはここでコーヒーをもらっていくのもいいかな、って思いまして。」


佐久真が訊くと、賢太郎が答えた。いつも世話になっているので、たまにはモーニングコーヒーをもらった方がいいと思ったようだ。


「それよりこれ、一体何があったんですか?」


「実はね…」


彩華が尋ね、佐久真が理由を話した。


「なるほど、それでこんな状況ってわけね。」


「それにしても、輪子さん、ですか…」


「…何よ?」


茉莉と彩華は、輪子を見る。


「いや、アレがこうなるんだなって思うと…」


「失礼ですけど、ちょっと信じられなくて…」


「…気持ちはわかるわ。」


どうやら彼女らは、輪路が女になったということが信じられないようだ。輪子もまさか女になるとは思っていなかったので、その気持ちはよくわかる。


「これってホントに付いてるんですか?」


そう言いながら、茉莉は何気ない感じで、輪子の胸を揉んだ。


「きゃあっ!!」


輪子は驚いて茉莉を突き飛ばし、両手で胸を隠した。赤面して激怒する。


「何すんのよ!!」


「いや、本当に女体化したかわからなかったから触ってみたんですけど…」


茉莉は自分の手を見た。彼女の手には、輪子の豊満なおっぱいの感触が残っている。


「…あたしより…いや、お姉ちゃんよりも大きい…お姉ちゃんだけじゃなくて男にまで負けるとか…」


輪子の乳房は、鈴峯姉妹より大きかった。今は女に変身しているが、男に負けるとは思わなかっただろう。


「…それと同じこと、美由紀からも聞いたわ。」


「は!?美由紀さんよりも大きいんですか!?」


「この服も美由紀のなんだけど、胸の辺りがちょっとキツくて…」


なんと美由紀よりも大きい。見ると、輪子の服の胸元が、まるで押さえつけてるという感じになっていた。


「茉莉!!茉莉!!」


と、彩華が茉莉を呼んでいる。


「どうしたのお姉ちゃん?」


「賢太郎くんが大変なんです!!」


「あばばばばば…」


見ると、賢太郎がガクガク震えて発狂していた。賢太郎は輪子の正体が輪路であると知ってから発狂しており、彩華はそれを顔面を蹴ることで治療しているのだが、治る度に賢太郎が輪子を直視し、その度に発狂しているのだという。


「確かにこの美貌…賢太郎くんじゃなくてもキツいわね…」


茉莉は納得していた。今はこの女性が輪路であるとわかっているから何とか無事だが、最初見た時はクラッときた。まぁ、賢太郎はわかってしまったがために発狂したが。


「そういうわけですから、私達もう行きますね!」


「コーヒーはいいの?」


「もう十分目が覚めましたから!行きますよ茉莉!」


「は~い。おじゃましました~」


佐久真はコーヒーを出そうと準備していたが、彩華はこのままだとキリがないということで、賢太郎と茉莉を連れて早々に店を出た。


「…どうするのよこれ…」


輪子は自分の周りに倒れている客人達の様子を見て、呆然と呟いた。











時刻は十一時を少し回った。ヒーリングタイムは、相変わらず大勢の客で賑わっている。倒れた客は、輪子から少し目をそらすと回復し、復帰していった。それらの客の口コミと、外から輪子を見た人々が次々と店に入り、大賑わいである。外には行列ができていた。


「コーヒー目当てじゃなくて、私目当てっていうのが何ともねぇ…」


「儲かってくれれば何でもいいわ。」


佐久真も大忙しである。待っているお客のために、コーヒーを淹れようとした。


「あら!コーヒー豆がもうないわ!」


気付くと、コーヒー豆が残り少なくなっている。


「美由紀ちゃん。在庫は確か…」


「もうありません!」


「他の材料もあとわずかです!」


コーヒー豆以外の材料も、もう在庫が切れていた。


「あれだけのペースで来ればね…」


輪子を見ようとたくさんの客が訪れ、また少しでも長く輪子を見るため大量に注文する客などもいたので、仕方ない。


「こりゃ買い出しに行ってもらわなきゃね。美由紀ちゃん、それから輪子ちゃんも、行ってきてもらえる?」


「私はいいですけど、輪子さんが行くと…」


輪子はソルフィのデータ収集のためにここにいる。だから、輪子が店を離れるとまずい。なのだが…


「大丈夫です。」


そう言って、ソルフィは人形を一体取り出した。


「この子を尾けさせますから。ステルスも掛けられるので、怪しまれません。」


この人形には、映像記録の法術が掛けてある。さらにステルス法術も掛けられるので、怪しまれる心配もない。本当は戦闘用にできるだけ多く手元に置いておきたいのだが、仕方ないだろう。


「じゃあ行きましょうか。」


「わかったわ。」


美由紀と輪子は買い出しに向かう。その後ろを、ステルスを掛けられた人形が飛んでついていく。すると、今まで店にいた客が次々と帰り始めた。行列を作っていた客も、どんどんいなくなっていく。最終的に、店内はがらがらになってしまった。


「思った通りね。」


佐久真の予想通り、客はほぼ全員輪子を目当てに来ていた。その輪子が移動したので、客も移動したのだ。


「美由紀ちゃん達には悪いけど、今のうちにちょっと休憩しましょう。」


「はい。じゃあ今のうちに、映像を繋いでっと…」


ソルフィは手が空いた人形を一体呼び寄せ、法術を掛け始めた。間もなくして、その人形の両目から光が放たれ、空中に映像が映し出される。これは輪子達を尾行していった人形が見ている映像を、こちら側に投影する法術である。


「よしよし。ちゃんと映ってる映ってる」


映像には、輪子と美由紀の後ろ姿が映し出されていた。











「…はっ!」


男は目を覚ました。


「いけないいけない。朝早かったから、ちょっと居眠りしちゃったよ。」


男は目をこすってから、時計を見る。


「うわだいぶ寝ちゃった。相当疲れてたんだな…だってブランドン様ったら人使い荒いんだも~ん…」


居眠りしたのは自分のせいではないと、上司に責任を転嫁する。


「なんて言ってたら殺されちゃうよ。それにしても、廻藤輪路はどこだ~?」


男は今、巨大なモニターを使って輪路を捜していた。再びモニターに目を向ける。と、


「…んん!?」


男は思わず、モニターを二度見してしまった。


「な、何だ、あの美しい女性は!?」


モニターには、輪子の姿が映し出されていた。




輪子が歩く度にすらりと伸びた細い美脚が動き、黒いハイヒールが優雅な音を立てる。ただ歩くだけでも目の保養になるのだ。だから、


(…視線がやべぇ…)


そう、視線がすごい。店の外に出たことで、よりたくさんの視線を集めてしまっているのだ。


「こんなことならバイクで来れば…」


輪子はバイクで行くことを考えたが、それだと荷物を乗せられない。


「…サイドカー付けようかしら…」


「輪子さん?」


「えっ?ああ。何でもないわ」


美由紀から話し掛けられて、ごまかす輪子。美由紀は輪子を見る。それにしても綺麗だと。ただ見ているだけでも、引き込まれそうになる。だから思わず言ってしまった。


「目覚めそうです!」


「何に!?」




「…素晴らしい…なんて素晴らしい…」


男は身を乗り出してモニターにへばりつき、なめ回すように輪子を見ていた。こんな美しい女性は見たことがない。廻藤輪路を見張るついでにいいものを見つけた。


「欲しい…絶対欲しい!!」


何がなんでも絶対にこの女性を手に入れる。男の欲望に火が点いていた。


「…ん?」


早速輪子を捕まえようと準備をする男。だが、その途中で気付いた。


「この女性と一緒にいる子は…篠原美由紀?」


男は美由紀のことを知っていた。


「ブランドン様からは、計画が終了するまで手を出さないようにって言われてるけど…」


彼の上司からは、危険だから時が来るまで美由紀に何もしないように言われている。しかし、このまま輪子を捕獲しようとすると、距離が近すぎでどうしても美由紀を巻き込んでしまう。


「…いいか!大体、僕らがあの子を手元で管理すればいいんだよ。ブランドン様にもそう報告しよう」


しかし、欲に火が点いた男は、もう自分でも自分を止められなくなっていた。そんなに危ないなら、自分達で管理すればいいではないか。そう結論付け、輪子捕獲作戦を実行しようとする。




「よう美由紀!」


「あ、三郎ちゃん。」


歩き続ける二人のところに、三郎が飛んできた。


「…この姉ちゃん誰だ?」


「ああ、この人は…」


美由紀は輪子のことを紹介する。


「ぶっはっはっはっはっはっ!!!」


「笑わないでよ!!」


「いや~悪い悪い。しかし、全然気付かなかったなぁ。」


「…そういえば美由紀。どうして私だってわかったの?」


よくよく考えてみると、三郎や佐久真でさえ、輪子が輪路だということに一発で気付くことはなかった。だが、美由紀だけは一目見ただけで気付いたのだ。


「…なんとなくです。付き合い長いですし」


「付き合いだったら俺だって長いぜ?」


「でもわかったんです。不思議ですよね」


原因は美由紀自身にもわかっていなかったが、まぁ、こういうこともあるだろうと片付けた。


「お前らどこ行くんだ?」


「買い出しよ。材料がみんななくなっちゃったから」


「…あー、理由はなんとなくわかるわ。ま、頑張れよ。」


輪子達が買い出しに来た理由を察した三郎は、邪魔をしないように去っていく。


「じゃ、行きましょうか。」


「はい!」


デパートはもう目の前だ。あとは、目的の物を買って帰るだけ。



そう思って足を踏み出した瞬間、二人の足場が消失した。


「えっ!?」


「きゃあっ!?」


突然の出来事に二人は対処できず、いきなり空いた穴に揃って落ちていく。穴は二人が落ちた瞬間に消滅した。


「ん!?何だ!?」


異変に気付いた三郎はUターンして戻ってきたが、穴は消えてしまっていた。




「!?」


「今のは…」


ソルフィと佐久真も、人形越しに今の異変を確認している。


「ちょっと見てきます!!」


「気を付けてね!!」


「はい!!」


ソルフィは二人を救うため、ヒーリングタイムを飛び出していった。











「あっ!!」


「きゃっ!!」


輪子と美由紀は穴をくぐり抜け、気が付くと見知らぬ部屋に落ちていた。


「これは!?」


しかも、落ちた場所は鳥籠の中である。ただの鳥籠ではなく、人間が入れるほどの大きさだ。


「輪子さん!!」


「美由紀!!」


美由紀も輪子とは別の鳥籠に入れられており、鉄格子をガシャガシャと揺らしていた。


「ここはどこなの!?」


輪子は辺りを見回す。周囲には輪子達と同じく、多数の鳥籠が設置され、女性が入れられていた。


「あなた達も捕まったのね。可哀想に、もう一生ここからは出られないわ…」


やがて一人の女性が、輪子達に声を掛けた。


「捕まった?」


「それって一体…」


二人が詳しい話を女性に訊こうとした時、


「やあやあ初めまして!今日から君達は、僕の新しいコレクションだよ。」


部屋のドアが開いて、けばけばしい化粧をして紫のタキシードを着た、とても気持ち悪い男が入ってきた。


「あなた誰!?」


輪子が訊き、男が答える。


「僕はウォレス。ウォレス・ヴィクトリア。ビューティーコレクターさ」


「ビューティー…コレクター?」


今度は美由紀が、ウォレスと名乗った男に尋ねた。


「ビューティーコレクターとは世界中の美しいものを集める人達の総称さ。僕はその中でも、特に女性を集めることに熱意を懸けている。ほら見てごらんよ!ここにいるのは全員、僕が世界中から選りすぐって集めた最も美しい女性達なんだ!」


ウォレスは両手を広げて、部屋の中をよく見せる。


「美しいだろう?美しいよねぇ?当然さ!美しい僕が世界中から集めたコレクション達なんだから!」


輪子と美由紀は、陶酔するウォレスを見てひたすら嫌悪感を感じていた。女性を集めるとか、完全に変態である。しかも自分自身を美しいと称すなど、真性の変態だ。


「あんた、頭おかしいんじゃないの?だってあんたがやってることって誘拐じゃない!!」


「そうです!!誘拐を進んでなんておかしいですよ!!わからないんですか!?ここにいる人達みんなあなたを怖がってますよ!!」


なので、輪子も美由紀もおもいっきり反論した。


「ここに来た子達はみんな決まってそう言うよ。でもね、だからって僕はこれをやめるつもりはない。だって、僕は好きなことをやっているだけだもの。」


ウォレスは自分がやっていることが異常だとわかっていない。あくまでも、趣味としてしか捉えていないのだ。


「呆れた…しかもあんた今コレクションって言ったわよね?あんたが拐ってきたのは人間よ!!コレクションなんかじゃないわ!!」


「いいや、コレクションだよ。世界中の美しい女性は、全員僕のコレクションだ。そして君達もまた、その一部になるんだよ。」


ウォレスは輪子の顎を掴み、いやらしく撫でた。気持ち悪い見た目と気持ち悪い声、気持ち悪い行動に気持ち悪い思考という最悪の四拍子が揃ってしまったため、輪子の中の不快指数は限界を超えた。


「触らないで!!」


輪子はウォレスの手をはたき返し、シルバーレオを抜いた。


「ははは。この檻はミサイルでも壊せないんだよ?そんな木刀で何が…ん?木刀?」


ウォレスは輪子が木刀を抜いたことに違和感を覚えた。なぜこの女は木刀など持っているのだろう、と。そういえば、廻藤輪路は木刀を持っていると聞いたが…


「何ができるか、今見せてあげるわ。神帝、聖装!!」


輪子はレイジンに変身し、鳥籠を破壊して外に出た。この姿になってもレイジンに変身できるようで安心したが、


(…ボディーラインが女になってる…)


レイジンの形状が女性用に調整されていた。こんなところにも薬の影響は出るらしい。


「輪子さん!!」


「大丈夫よ美由紀。このバカ叩きのめしてすぐに助けてあげるから」


美由紀は心配そうにレイジンを呼ぶが、ウォレスは見るからに弱そうだ。レイジン相手に、何かできるとも思えない。だから、レイジンは心配ないと言った。


「お、お…」


一方ウォレスは、尻餅をついて何か慌てている。ウォレスが聞いた情報では、輪路は白銀の獅子王型聖神帝に変身する。つまり…


「お前!!廻藤輪路か!!」


「そうよ。今は薬のせいで女になってるけどね」


なぜ自分のことを知っているのかはわからなかったが、聞かれたことには素直に答えておいた。


「ぼっ、僕を騙してたのか!?」


「あんたが勝手に間違えただけでしょうが。勝手に間違えて、勝手に捕まえたのよ。」


「う、うぐぐ~!!」


ウォレスは悔しそうに睨みながら立ち上がると、ドアを開けて出ていった。レイジンはすぐにウォレスを追いかけようとしたが、今は美由紀達を助ける方が先だ。鳥籠を全て破壊し、囚われていた美由紀達を救出する。


「美由紀!大丈夫!?」


「はい!」


「私はウォレスを追いかけるわ。あなたはみんなを連れて、ここから逃げて。出口がわからないのが問題だけど…」


「大丈夫です!輪子さんは一刻も早く、あの変態さんをやっつけて下さい!」


「…わかったわ。気を付けてね!」


「はい!輪子さんも!」


二人は別れ、輪子はウォレスを倒しに、美由紀は女性達と共に脱出しに向かう。











逃げたウォレスを追いかけるレイジンは、運転室と書かれたドアを見つけた。


「運転室?」


レイジンはドアをシルバーレオで破壊し、中に入る。


「待ってたよ。」


中にはウォレスがおり、銃を向けていた。ウォレスが引き金を引くと光線が放たれ、レイジンの姿が消える。




「!?」


気が付くと、レイジンは自分が消えたデパートの前にいた。


「えっ?」


辺りを見回すレイジン。と、


「輪路!」


三郎とソルフィがいた。


「三郎!ソルフィ!」


「輪路さん、ということは、これがレイジン…」


ソルフィは輪路の聖神帝を初めて見た。だが、感心している暇はない。直後に地面が激しく震動し、アスファルトを突き破って、巨大なロボットが現れたのだ。


「戦いの邪魔だから、君には一度外に出てもらったよ。このビューティーウォレスの外にね!」


ロボット、ビューティーウォレスから、ウォレスの声が聞こえる。


「その声…ウォレス!?」


「ソルフィ、知ってるの?」


「はい、ちょっと…」


どうやら、ソルフィはウォレスのことを知っているらしい。恐らく、以前ターゲットにされたのだろう。


「おや?君はソルフィじゃないか!久しぶりだねぇ。今度こそコレクションに加えたいところだが、今は君の相手をしている暇はない。そっちの女に用があるんだ」


案の定だった。しかし、ウォレスは今、ソルフィを相手にしている暇はない。コレクションの収集欲よりも、レイジンに対する怒りの方が強かった。


「廻藤輪路!!君は美しい僕の心をもてあそんだ!!その代償を、君の命で払ってもらう!!覚悟しろ!!」


ビューティーウォレスの背中から四本のアームが伸びる。アームの先端には剣、ハンマー、ドリル、銃がそれぞれ取り付けられていた。ビューティーウォレス自体の腕も変化し、二本のチェーンソーになる。


「ちっ!!」


「ひゃっ!!」


「くぅっ!!」


三郎とソルフィは散開し、レイジンがシルバーレオでビューティーウォレスの攻撃を防ぐ。三郎は結界を張り、ソルフィは人形を四体展開する。レイジンはビューティーウォレスを破壊しようと考えたが、今ウォレスはレイジンを外に出したと言った。つまり、今までレイジンはこのロボットの中にいたのだ。そして、今美由紀達は中に取り残されたまま。


「このまま戦ったら、中の美由紀達まで…!!」


人質を取られてしまい、レイジンは防戦一方となる。ソルフィはレイジンに訊いた。


「あの中に美由紀さんがいるんですか!?」


「そうよ!私は今まで、あの中にいたわ!美由紀以外にもたくさんの女性が捕まってる!」


「やっぱり…廻藤さん!私がロボットの動きを止めます!その間に輪子さんは、中の人達を助け出して下さい!三郎ちゃんは美由紀さん達の居場所を割り出して!」


「よしきた!!」


ソルフィはレイジンから離れ、人形を集めて霊力を込める。そして、


「ドールバレット!!!」


人形を勢い良く飛ばした。人形は凄まじい速度で、ビューティーウォレスに向かって飛んでいく。ビューティーウォレスは銃から光線を発射して人形を撃ち落とそうとするが、人形にはバリアが張られており、光線を防いでそのままアームに激突。人形の数は四つ、アームの数も四つで、全てのアームを破壊した。ドールバレットは人形に霊力を込めて耐久力を強化し、さらにバリアを纏わせて突っ込ませるという技だ。破壊力はミサイルを上回り、鋼鉄さえ粉砕できる。ソルフィはさらに人形を操り、ビューティーウォレスの両足を破壊して転倒させる。


「ぐああっ!!ソルフィ!!君に構ってる暇はないって言ってるだろ!!」


「あなたにはなくてもこっちにはあるの!!ソウルワイヤー!!」


立ち上がろうとするビューティーウォレスに対し、ソルフィは次の法術を発動する。ソルフィの両手から霊力でできた無数のワイヤーが伸びて、ビューティーウォレスを拘束したのだ。このソウルワイヤーは、本来人形の身体に付けてより正確に操るために使用するものなのだが、このように対象を直接縛ることもできる。


「廻藤さん!!今です!!」


「ええ!!」


「輪路!!美由紀達は右腰の辺りだ!!」


「わかったわ!!レイジンスラッシュ!!!」


レイジンはソルフィと三郎の指示を受けて、ビューティーウォレスの右腰部分の装甲を破壊する。


「輪子さん!!」


三郎の言った通り、装甲の向こうには美由紀達がいた。


「早く外に!!」


「はい!!」


レイジンと美由紀は、囚われていた女性達を迅速に救出し、三郎が結界の外へ避難させる。


「ああっ!!僕のコレクション達が!!」


「くぅぅ…!!」


脱出しようと暴れ始めるビューティーウォレス。さすがのソルフィは正面から力比べするつもりはなく、ワイヤーを複雑に絡めることで対応しているが、ワイヤーを維持するためにはソルフィが触れていなければならない。それに、ビューティーウォレスのパワーは強く、今にもワイヤーを引きちぎられそうだ。


「くそっ!!」


ウォレスはビューティーウォレスを操作し、両腕のチェーンソーを自分に当てて、強引にワイヤーを切断した。


「きゃあ!!」


抵抗がなくなったので転倒するソルフィ。ビューティーウォレスを自由にしてしまったが、しかし避難は完了している。


「お前達よくも僕のコレクションを!!許さないぞ!!」


怒り心頭のウォレス。と、ビューティーウォレスの胸部が開いて、巨大な砲門が出現した。


「ソルフィは僕のコレクションにして調教する!!だがお前はこのビューティーウォレスハイパーキャノンで跡形もなく吹き飛ばしてやるぞ!!廻藤輪路ィィッ!!!」


キャノン砲のエネルギーがチャージを始める。狙いは、やはりレイジンだ。


「そういうの待ってたのよ!!」


レイジンは技の霊石を使い、絶技聖神帝にパワーアップする。


「何をしようと無駄だ!!消し飛べ!!」


ビューティーウォレスはハイパーキャノンのチャージを終え、レイジンに向けて発射した。だが、レイジンも技の発動準備を終えている。


「レイジンスパイラルッ!!!」


ハイパーキャノン発射に合わせて、レイジンスパイラルを発動した。レイジンスパイラルはハイパーキャノンの光線を巻き込み、ビューティーウォレスに直撃する。


「なっ!?ぐわあああああああ!!!」


レイジンスパイラルはビューティーウォレスのボディーを削り、破壊していく。だが、


「ぐっ!!僕はまだ死ぬわけにはいかないんだ!!」


ウォレスが赤いボタンを押すと、ビューティーウォレスの頭部が分離。


「このままでは済まさないぞ!!絶対に殺してやるからな!!!」


複数のブースターを吹かして超高速で空を飛び、あっという間に見えなくなってしまった。











ウォレスは逃がしてしまったが、ウォレスに捕らえられていた女性達は警察に保護してもらい、無事家に帰ることができたそうだ。


「…不本意だけど、あんたには感謝しなきゃいけないわね。」


買い出しを終えて店に帰ってから、輪子はソルフィに言った。もしソルフィが性転換薬を飲ませてくれなかったら、ウォレスのコレクションにされていた女性達を救出することはできなかっただろう。


「いえ。こちらこそ、申し訳ないことをしてしまいました。まさかウォレスに目を付けられるなんて…」


「ソルフィさん、あの変態さんのこと知ってるんですか?」


美由紀はソルフィに、ウォレスのことを詳しく聞いた。


「ウォレスは誘拐犯として世界中で指名手配されていて、私も一度捕まったんです。その時は翔くんのおかげで助かったんですけど、ウォレスに気に入られてしまって…」


「うわぁ…」


「ソルフィさん可愛いですもんね…」


輪子と美由紀は同情した。あんな気持ち悪い真性の変態に気に入られたら、寒気を通り越して吐き気がする。


「協会でも危険人物として警戒されてますから、今日帰ったら会長に報告しますね。」


「お願いするわ。あの変態を一刻も早くやっつけなきゃね」


「はい。」


バイトの時間を終えたソルフィは輪子に笑顔で答え、帰っていった。




「なるほど、ウォレスが…」


ソルフィから報告を受けたシエルは、難しそうな顔をしていた。


「秦野山市を訪れた理由は、恐らく廻藤さんを見張るためかと思われます。」


「でしょうね。光弘様の子孫である廻藤さんの存在は、彼らにとって目の上の瘤のはずです。今後も引き続き、彼らのそばにいて下さい。」


「はい。」


協会は現在、黒城一味以外にある組織と対立している。実はウォレスは、その組織の幹部なのだ。それが輪路に接触しようとしたということは、あの組織が動き出したことに他ならない。最も、その本当の理由を知っているのはシエルだけだが。











朝、ソルフィはヒーリングタイムに戻ってきた。


「おはようございます!あ、輪路さん戻ったんですね。」


「おう。」


ソルフィが帰った後も輪路は輪子のままだったが、あの薬を飲んだのと同じ時間になると、輪路に戻った。きっかり、二十四時間だ。


「残念です…一日じゃなくて、一週間の効果だったらよかったのに…」


「おいおい、お前俺が女の方がいいってのか?」


「だって、輪子さん本当に綺麗だったんですもん…」


美由紀は残念がっている。よほど輪子が気に入ったようだ。


「実は私、今度持ち運びに便利なカプセルタイプの性転換薬を作ろうと思ってるんです。それでできたら、また廻藤さんにテストをお願いしたいんですけど…」


「ちょっ!冗談じゃねぇぞ!何でそんな何回も女になんなきゃなんねぇんだ!!」


「そう怒らないの。私としては、経営のためにもたまーになってもらうと、助かるのよねぇ~。」


「マスターまで…!!」


「それにこれ、会長からの命令でもあるんですよ。昨日データを見て頂いたら大好評で、ぜひまたお願いしたいって。」


「シエルも!?」


誰も彼もが、輪路に女体化を依頼してくる。そのことに対して、次のソルフィの言葉で輪路はこう思った。


「次は翔くんと一緒に組んでもらうって言っておられましたよ。楽しみだなぁ~、翔くんどんなことになるんだろ!」


女はいろんな意味で恐ろしいと。




幽霊や魔物より恐ろしいもの、それはやはり女性でしょう。今回の話は極端ですが、皆さんも女性の扱いにはお気を付け下さい。


次回もお楽しみに!

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