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異世界冒険譚!!勇者と十匹の悪魔 PART3

悪魔の数も残り少なくなって参りました。

さりげない感じを装ってヒーリングタイムに来た翔は、美由紀と三郎に案内され、輪路が消えたという場所に来ていた。


「廻藤はここで消えたんだな?」


「ああ、間違いねぇ。」


翔は三郎に確認を取ると、意識を集中する。すると、


「…かすかだが、空間にほころびがある。これを広げることができれば、廻藤を追えるだろう。」


空間をこじ開けた跡を見つけることができた。とはいえ、目には見えない。探知の法術を使うことで、感じられるだけだ。


「本当ですか!?」


「ああ。だが、空間を開けて異界に行くとなると、相応の準備が必要になる。今から本部に戻って、道具を取ってくる。」


「お願いします!」


翔一人の力では、異界の門を開くことはできない。だが本部に戻れば、異界の門を開くための道具がある。翔は道具を取ってくるために転移の術式を使い、一度本部に戻った。


「これで輪路さんを助けられますね。」


「ああ。準備が整うまで無事だといいんだが…」


美由紀と三郎の二人は一刻も早く異界の門を開く準備が終わることと、輪路の無事を祈った。











輪路達は、とうとうクリフォトの樹から復活した悪魔を、七匹まで倒すことができた。しかし、やはりナイトが受けたダメージは大きく、ナイトが回復しきるまで、現在は待機している状態だ。リリス達を倒してからもう一時間は経っているが、新しい悪魔が襲ってくる気配はない。数で攻めても無駄だとわかったのだろう。それに、もう悪魔は三匹しか残っていない。かなり慎重になっているようだ。


「すいません、遅くなりました。」


ナイトが砂原と一緒に病院から戻ってきた。ナイトは傷を癒すため、砂原もそれなりにダメージを負ったので診てもらっていたのだ。


「別にいいけどよ、お前の力って使いづらいよなぁ。吸収できるってのは確かにすごいけどよ、それであんだけぶっ倒れるとか効率悪すぎるぜ。よく今まで死ななかったもんだ」


「あ、あはははは…」


ナイトは苦笑した。本当は、彼は不死の能力も持っているため、絶対に死ぬことはない。ただ不死といっても、死んでから復活するという形だ。ちなみに、もう何回も死んでいる。そんなことは言えない。


「それで、これからどうします?」


「ああ、さっきこいつらと話し合って決めたんだが…」


砂原は輪路に、今後の行動方針についてどうするかを訊いた。輪路はもう安倍達と話し合って決めたので、その方針を言う。


「奴らのアジトに殴り込むことにした。」


「もう悪魔の数は、残り三匹というところまで減らしてる。向こうも慎重になってるのか、あれ以来一切仕掛けてこない。」


「状況はこっちが有利。だから立て直される前に、一気にこちらから攻め込んで仕留めようと思う。」


「今まで後手に回ってたから、次は先手を打とうって作戦だ。」


輪路、安倍、伊織、烏丸は、話し合って決めた作戦を言う。ジルから聞いた話だと、残っているサタン、ベルゼブブ、ルキフグスの三匹は、どれも今まで戦った悪魔が雑魚に思えるほど強大な力を持つという。もしそいつらに一斉に攻められでもしたら、この村は一瞬で滅ぼされる。何かさせる前に攻撃を仕掛ければ、その分こちらが有利だ。


「…そうですね。今はそれがいいと思います」


「私も同意見です。」


ナイトと砂原は賛成した。最初は敵の手の内もわからず、数でも凌駕されていたが、今は状況が違う。だから、異論はなかった。


「つーわけで、奴らのアジトを教えてくんねーか。」


「わかりました。奴らは今、リーファ城にいるはずです。」


輪路が訊くと、ジルは悪魔達のアジトを教えてくれた。リーファ城とは、クリフォトの樹が安置されていた城であり、復活した悪魔達は以降その城を根城にしているらしい。


「我々が案内します。」


異世界で土地勘もない輪路達のために、ジル達は道案内を買って出た。


「いよいよ決戦か…何というか、あっという間だったな…」


ナイトの言う通り、あっという間だった。ジル達も、こんなに早く悪魔達の半数以上が倒され、本拠地に乗り込むことになるとは予想していなかっただろう。


「俺も何とか一日以内に全部終わらせて帰れるみたいで安心したぜ。早いとこ帰って、美由紀を安心させてやんなきゃな。」


「…その美由紀って人、廻藤さんにとって大切な人なんですか?」


「まぁな。バールと戦った時言ってたろ?あいつよりずっといい女を知ってるってよ。」


「…もしかして付き合ってるとか?」


「そういうわけじゃないんだが、まぁ、大切な女だよ。」


砂原は気になったので訊いてみた。対バール戦で輪路が言っていたいい女とは、美由紀のことである。日頃ヒーリングタイムを空けることは珍しくもないが、何も言わずに異世界などに来てしまったので早く帰らないと心配させてしまう。


「俺もさっさとこんな厄介事は終わらせてぇな。」


「…私も。」


「わっちは残念だ。せっかく悪魔なんて連中と戦えて楽しかったのに、もう終わるんだからな。」


安倍と伊織は早く帰りたいと思っていたが、烏丸は悪魔との戦いが終わることを残念がっていた。正直に言うと、烏丸はあまり満足していない。今まで自分が相手にした悪魔は、どちらかというと能力頼りな連中だったからだ。リリスはそれなりに楽しかったが、バールは期待外れである。


「烏丸さんはもう…」


「ま、何にしても終わりだ。村長さん、さっさと道案内頼むぜ。」


「かしこまりました。」


砂原は呆れ、輪路はジルにリーファ城までの道案内を頼む。ジルは村の若者をわずかに連れ、輪路達をリーファ城に案内した。











リーファ城は思いの外遠かったが、それでも一時間ほど歩くだけで着いた。どうやら村と城はそれほど離れてはいなかったらしく、悪魔達があんな間隔で来れたはずだと思った。


「この中に悪魔の残りが…」


ナイトは城を見上げて呟いた。城は荒れ果てており、全く手入れがされていない。手入れをする人間がいないのだから、仕方ないだろう。悪魔がそんなことをするとも思えない。この城にいた者は、当然のことながら悪魔達が復活して真っ先に皆殺しにされたそうだ。



その時、



「遂に来たか。」


城から、リュートを持った一人の男が出てきた。


「誰だお前?」


「俺はクリフォトの樹から復活した悪魔、拒絶のルキフグスだ。」


輪路に訊かれて、男は名乗る。人間の姿をしてはいるが、この男は拒絶を司る悪魔、ルキフグスだ。


「初対面ではあるが、お前達がそこの老いぼれどもに呼ばれた勇者だということは既に察している。双竜騎を含めた我らの同志を次々と倒し、もはや残るは俺とベルゼブブ。そしてサタン様だけ…」


ルキフグスは輪路達が勇者だとわかっていた。同胞を全て返り討ちにし、あまつさえここに攻め込んでくるなど勇者以外にあり得ない。なぜならこの世界の戦力という戦力は全部潰したし、自分達に逆らわないよう恐怖心も植え付けてやったのだから、今さら挑んでくる者はいない。挑んでくるとしたら、それは自分達を知らないか身の程をわきまえない馬鹿か、自分達に勝てるだけの実力を備えた強者のいずれかだけだ。


「…許さんぞ人間ども…俺はお前達の存在を拒絶する!!ゆえにお前達を徹底的に叩き潰してやる!!」


仲間達を倒されたことに激怒したルキフグスは、悪魔としての巨大な姿を現した。


「神帝、聖装!!」


輪路はレイジンに変身し、シルバーレオを抜いた。


「こっちはお前一匹にかける時間なんてねぇんだよ。」


「さっさと道を開けてもらうぜ!ルキフグス!!」


ナイトも左腕を解放する。


「通すものか!!お前達は全員ここで死ぬのだ!!」


ルキフグスの巨大化に伴って、リュートも巨大化している。ルキフグスはリュートを掻き鳴らした。すると、破壊的な轟音が発生し、衝撃波となって襲いかかってきた。レイジンはそれを、シルバーレオの一撃で両断する。


「ルキフグスの拒絶のリュート…あらゆるものの接近と存在を拒絶するリュートです!!お気を付けを!!」


「あんたらこそ隠れてな!!ライオネルバスタァァァァァーーッ!!!」


レイジンはジル達を逃がし、ルキフグスに向けてライオネルバスターを放つ。


「ハァッ!!」


それに対して、再びリュートを掻き鳴らすルキフグス。ライオネルバスターの光線は、リュートが放つ衝撃波にかき消されてしまった。それだけでなく、衝撃波はこちらに向かって飛んでくる。


「なるほど!!今までの連中とは、少しばかり違うらしい!!」


レイジンは再度、衝撃波を叩き斬った。


「お前達は城に入るどころか、俺に触れることすらできん!!」


ルキフグスはリュートを掻き鳴らし続け、衝撃波を飛ばしまくる。安倍や砂原、伊織も射撃で応戦しているが、弾丸は全て射撃に消滅させられてしまい、ルキフグスに届かない。また、範囲攻撃であるため安倍と砂原の能力は使えず、烏丸も近付けないでいた。あんな衝撃波を至近距離で喰らったりしたら、間違いなく消し飛んでしまう。


「よし、なら俺があの衝撃波を…!!」


ナイトは左腕の力で衝撃波を吸収しようとするが、レイジンが片手で制し、待ったをかけた。


「そう何回もズタボロになってもらっちゃかなわねぇよ。ここは俺に任せな!力の霊石!!」


レイジンは力の霊石を使い、剛力聖神帝に変身する。


「何をしようと同じだ!!近付かなければ意味はあるまい!!」


ルキフグスはより一層強く、激しくリュートを掻き鳴らした。


「なら近付きゃいいだろうがよ!!」


遠距離攻撃は全て無効化されてしまう。なら、近付けばいい。


「パワードレイジンスラァァァァァァァッシュッ!!!ウラララララララァァッ!!!」


レイジンは飛んでくる衝撃波をことごとく斬り潰し、ルキフグスに向かって強引に接近する。そして、


「ウリャァァァァァ!!!」


「グァァァァァァァァァァァ!!!」


レイジンはパワードレイジンスラッシュで、ルキフグスのリュートを破壊し、さらにルキフグスの腹を斬った。


「今だ!!ハァァァァァァァァ!!!」


そこにすかさずナイトが殴りかかり、ナイトが放った拳はレイジンが付けた傷にヒット。ルキフグス突き刺さった。


「ぐはっ…!!」


「トドメだ。ライオネルバスタァァァァァーーッ!!!」


血を吐くルキフグス。レイジンは構わず、至近距離からライオネルバスターを発射する。ルキフグスは光に呑まれた。ナイトは間一髪のところで腕を引き抜いて離脱したので事なきを得たが、もう少しで巻き込まれるところだった。


「危ないじゃないですか!!もうちょっとタイミング考えて下さいよ!!」


「うっせーな。決まったんだからいいじゃねぇか」


怒るナイトと変身を解くレイジン。ナイトも左腕を元に戻す。レイジンが変身を解いた理由は、単に霊力の消耗が早いからだ。


「信じられん…何千という軍勢を一瞬で全滅させたあのルキフグスを…こうも容易く…!!」


戦いが終わったと見たジル達は出てきて、ルキフグスが倒されたことに驚く。


「とりあえず、魔王城の門番撃破ってところだな。」


「私達はこれから、城内に乗り込みます。ジルさん達は危ないですから、ここで待っていて下さい。」


「…申し訳ないがそうさせてもらいましょう。」


「我々はお役に立てそうにありませんから…」


ジルと村人達は、安倍と砂原の言うことに従う。


「さ、行くぜ。」


輪路を先頭にして、一行はいよいよ、最終決戦へと向かう。











荒れ果てた城の中を突き進み、輪路達は最上階にたどり着く。そこは、玉座の間。本来なら人間の王が座るべき場所に椅子はなく、代わりに巨大な怪物が座っていた。


「…ここにたどり着いたということは、ルキフグスが敗れたということに他ならない。まさか、ここまでやるとはな。」


その怪物は立ち上がった。八枚の翼を持つ、何メートルという巨大な悪魔だ。そしてその隣には、その悪魔より一回り小さい、それでも巨大と言える蝿がいる。


「我が名はサタン。クリフォトの樹より蘇りし悪魔を束ねる者にして、全世界の覇者なり。」


「そして私はベルゼブブ。歓迎しますよ、勇者御一行様方。」


二匹の悪魔は名乗る。輪路はシルバーレオを日本刀に変えて抜き、悪魔達に突きつけた。


「ようやく会えたな。だが、こっちの目的はわかってんだろ?倒させてもらうぜ。」


「無論理解している。だがそう急くこともあるまい?これがお前達にとって最後の戦いとなるのだからな。」


「戦う前に、面白いものをお見せしましょう。ではサタン」


「ああ。」


ベルゼブブは、サタンに何か言った。すると、


「…ナイト?」


それは、サタンのすぐ隣に出現した空間の穴から現れた。


「な…何…?」


それを見た瞬間、安倍は顔面蒼白となった。なぜなら、存在しないはずの者がそこにいたからだ。腰まで届く銀髪と、雪のように白い肌。それと同じ、白いワンピース。だがそれらと不釣り合いなほど、彼女の瞳は血のように赤かった。彼女の名は、塒白衣。ナイト達の世界の住人である。


「あなたは…何でこんな所に!?」


「知ってんのかお前ら!?」


「…簡単に説明すると、こいつはわっちらの世界の人間だ。この世界にはいないはずの…」


「何だと!?」


輪路は安倍や砂原、烏丸に質問し、驚いた。白衣はナイト達の世界の住人であり、しかも幽閉されている身だ。こんな所にいるはずはない。勇者召喚に巻き込まれたのかと思ったが、それならなぜサタン達と一緒にいるのだろうか。


「今やってみせた通りだ。私が彼女を、この世界に呼んだ。」


「何!?」


「お前達と同じ要領だ。この世界の人間にできることが、私にできないとでも思っていたのか?」


サタンがナイトに、その理由を種明かしする。サタンは悪魔達の中でも桁外れな力を持ち、その圧倒的な力でジル達がやった勇者召喚と同じこと、つまり、時空の門を開くということをごく自然な感じで行うことができるのだ。


「私はクリフォトの樹から復活するために、我々と最も近い波動を持つ者を捜して呼び出した。それが、この女だったのだ。」


長い年月の中で封印が弱まり、時空の門を開けるまでに力を回復させたサタンは、自分達を復活させるために協力者を召喚することにした。それによって偶然選ばれたのが、白衣だったのだ。サタンと白衣は契約を交わした。封印を解く代わりに、ナイトに会わせると。そして白衣は外からクリフォトの樹を破壊し、サタン達を復活させたのだ。


「そういえば、何で悪魔が復活したのか聞いてなかったけど、そういうことだったの…」


伊織は、なぜ悪魔が復活したのかをジル達から聞いていない。しかしよく考えてみると、これほどまでの力を持つ存在達が勝手に復活するというのも考え難い話だ。協力者がいたのなら、辻褄も合う。


「まさかこの女が望んでいる男が、そちらから来てくれるとは思わなかったがな。何にせよ、物好きな女だ。私の提案にすぐ応じてくれたからな」


「ナイトを手に入れるためなら、悪魔にも心を売り渡すわ。さぁナイト、こっちに来て…」


この塒白衣という女は、ナイトに対して並々ならぬ執念を抱いている。彼を手に入れるためなら、どんな方法も使う。だから、サタンと手を組んだ。



しかし、



「…誰だ、お前?」



ナイトの返答はあり得ないものだった。


「…ナイト?私を忘れちゃったの?どうして?どうして?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」


ナイトが発した言葉を認めたくなくて、白衣は大いに取り乱す。


「おいナイト!お前あいつのこと覚えてないのか!?」


「…ちょっと訳ありでして、もしかしたら知ってたのかもしれませんけど、今は覚えてません。」


輪路は驚いて尋ねるが、ナイトは覚えていなかった。その理由は、彼の不死能力に秘密がある。死なない代わりに、生き返る度に記憶を失ってしまうのだ。そのため以前はしっかりと覚えていたが、今は忘れてしまっている。


「…あァそっかぁ~、度忘れしちゃってるだけなんだねぇ~。じゃあ、思い出させてあげる。」


取り乱した白衣だが、すぐ対応を切り替える。忘れてしまったなら、思い出させてやればいい。そう思って、白衣は自分の能力を使う。白衣の足元の影が円を広げ、そこから影が立ち上がった。全部で四人。白衣と同じ体型である。


「これが私の能力よ。」「どう?思い出した?」「これでたくさん遊んだよねぇ?」「思い出した?ねぇ思い出した?」「キャハハハ!!」


白衣は影達と一緒に口々に騒ぎ始める。輪路はその光景におぞましさを感じていた。


「お前マジで覚えてねぇのか?こんな悪い意味でインパクトがありすぎるやつ、一回でも見たら生涯忘れねぇと思うんだが…」


「…残念ながら。」


「まぁ~だ思い出さないんだ?じゃあ仕方ないなぁ~、身体に思い出してもらおうか?ちょっと痛いかもしれないけど、仕方ないよね?私のことを忘れちゃってるナイトが悪いんだから。」


自分のことを思い出そうとしないナイトに業を煮やした白衣は、痛め付けてショック療法で思い出させようとする。


「さて、協力者がやる気になってくれたのだから、我々もそろそろ始めるとしようか。」


サタンとベルゼブブは、輪路達へと向き直る。


「こりゃやべぇな…神帝、聖装!!」


輪路はレイジンに変身し、さらに火焔聖神帝になる。


「俺はサタンをやる。お前らは他の連中を頼むぜ!」


レイジンはサタンを、


「やれやれ…では、お相手願いましょうか。」


安倍、砂原、伊織、烏丸はベルゼブブを、


「何だかよくわからないんだけど、お前の相手は俺がした方が良さそうだな。」


「そうよ。来て、ナイト…」


ナイトは白衣を、それぞれ相手取る。











「しゃぁっ!!」


先手を取ったのは烏丸だ。ベルゼブブに向かって飛び掛かる。だが、


「むん!!」


ベルゼブブが力を込めると、烏丸の動きが遅くなる。いや、動きだけではない。烏丸が飛び掛かる速度まで、遅くなっている。


「ハァッ!!」


「ぐあっ!!」


ベルゼブブは羽を広げると、そこから衝撃波を発して烏丸を吹き飛ばした。


「烏丸さん!!」


「このっ…!!」


ベルゼブブに発砲する砂原と伊織。だがベルゼブブが睨み付けると、銃弾が遅くなる。さらに右前足を銃弾に向けて、魔力弾を発射。銃弾もろとも、砂原と伊織を吹き飛ばした。


「それがお前の能力か…」


「いかにも。私が司るのは、愚鈍。私の視界に入ったものは、全て動きを鈍らせる。」


「だったら…!!」


安倍は能力を使ってベルゼブブの背後に回り込み、発砲した。しかし、


「何!?」


視界から外れているにも関わらず、弾丸は遅くなった。


「無駄ですよ。私は複眼ですから」


ベルゼブブは銃弾を足で叩き落としながら言った。この悪魔は蝿、蝿は複眼を持っている。なので、全方向をカバーできるのだ。死角がない。


「チッ!厄介な…」


「くくく、少しは楽しませて下さいよ?私の同胞達を倒した力、見せて下さい。」


ベルゼブブは完全に遊んでいる。それはそうだ。ベルゼブブの能力は速度低下。視界に入ったもの全ての速度を、極限まで低下させる。動きが遅い相手など、的でしかない。




ナイトは左腕の力を解放し、白衣と向き合う。白衣は自分の足元の影から、次々と影の自分を生み出し、ナイトへと向かわせる。影の白衣達はそれぞれが拳や蹴りなどを繰り出し、物量差でナイトを圧倒していた。


「うおおお!!」


だが、ナイトには左腕の力がある。襲ってきた影の白衣達を、全て吸収した。だが、白衣はかなり強力な能力者である。数を吸収したこともあって、とてつもない負担がかかってきた。両足の筋肉が断裂し、腹の皮膚が破れて血がにじみ出す。


「もうそんなに傷だらけになっちゃったんだ。それでどう?私のことは思い出した?」


「あいにくだけど、全然思い出さないな…!!」


「…そう。だったらもっと痛め付ける必要があるみたいね」


ナイトが自分のことを思い出した様子がないので、白衣は次の攻撃へと移る。白衣の足元から、薄い無数の影が伸びてきた。


「うっ!!」


何とか回避するナイト。伸びてきた影は、ナイトの背後にあった柱を微塵に切り裂いた。影の刃だ。


「心配しないで。ズタズタになっても、あなたへの愛は変わらないから。」


白衣は影の刃を繰り出し、ナイトを攻撃する。


「んなもん嫌に決まってんだろ!!」


ナイトは襲い来る影の刃を左腕でさばきながら、白衣に接近していく。影をいくら攻撃しても無駄だ。なら、本体を叩き潰す。


「あああああああああああああ!!!」


痛む身体を無理矢理動かし、走る。そして、


「ああっ!!!」


殴る。だが、白衣の姿が消えた。


「そんな危ない物振り回しちゃだ~め。」


白衣は少し離れた柱の影から姿を現し、


「がああああああああああ!!!」


背後から影の刃でナイトを切り裂いた。




「うおおおおおお!!!」


炎を飛ばすレイジン。しかし、サタンはそれを片手で振り払ってしまう。


「こんなものか?ルキフグス達を葬った貴様の力を見せてみろ!」


「言われなくても!!ファイヤーレイジンスラッシュ!!!」


レイジンはサタンにファイヤーレイジンスラッシュを放つが、サタンは必殺の神帝戦技を片手で止めてしまう。


「ぬるい炎だ、なッ!!」


「ぐおあっ!!」


サタンはシルバーレオの上から、レイジンを殴り飛ばした。


「なんつー馬鹿力…だったら、力の霊石!!」


レイジンは力の霊石を使い、剛焔聖神帝にパワーアップする。


「ふん、少しは変わったか?」


「うおおおおお!!!クリムゾンハリケーンレイジンスラァァァァァァァシュッ!!!」


レイジンはサタンを確実に仕留めるべく、クリムゾンレイジンスラッシュとハリケーンレイジンスラッシュの合わせ技、クリムゾンハリケーンレイジンスラッシュを発動する。


「ふん、なるほど。確かに少しはやるようだ」


しかし、サタンは倒れない。ノーダメージではないのだが、レイジンは驚く。悪魔に効果的な聖属性と、同じく悪魔によく効く火属性。それを力属性で強化したのに、今の攻撃で倒すつもりでやったのに、サタンのダメージが驚くほど軽いのだ。


「ウソだろ!?何でこれで倒れねぇんだよ!?」


「教えてやろう。私が司るものは、無神論。神の存在を否定する理だ。ゆえに、神に属する力を無効化できる。お前の力は神に属するものだろう?もっとも、お前の場合は人間としての側面も持っておるようだから、無効化しきれんらしい。」


無神論のサタン。神という存在に、徹底的に反抗する理を司るサタンは、神に属する存在の力を無効化する。聖神帝の場合は、人と神、両方の側面を持つ現人神あらひとがみという存在の一種であるため、サタンの能力でも完全には無効化できない。しかし、神としての側面も持つ以上、攻撃の威力は半減してしまう。半減なのにほとんどダメージが与えられないのは、単純なレイジンの力不足だ。サタンはあらゆる文献において最上級に位置している悪魔で、力も格も他の悪魔とは一線を画するのである。よって、今のレイジンではまだ荷が重い相手だ。光弘クラスの戦闘力があれば、半減させられても一瞬で終わるのだが。


「そして神を否定できるということは…貴様に対して攻撃力が増すということだ!!」


「がぁっ!!」


サタンの手からの光線を受けて吹き飛ぶレイジン。サタンの無神論の能力は、攻撃にも転用できるのだ。


「くっ…こりゃまずいな…」


レイジンは周囲に目配せする。全員かなり苦戦しているのだ。ベルゼブブには一撃も当てられず、ナイトも疲弊している。


「ねぇ、思い出してよ、ナイト。」


「ぐああああっ!!」


白衣は再度、影の刃でナイトを切る。


「相馬さん!!」


見るに見かねた砂原はベルゼブブとの戦闘を放棄し、デバイスを白衣に向けて発砲する。が、そんな攻撃が通るはずもなく、弾は全て影に防がれた。


「…あなたって前にも思ったけど、本当に目障りだよね。」


その瞬間、砂原へと白衣の殺意が向けられる。ナイトと近しい存在になりつつある砂原は、ナイトに執着する白衣にとって不快感の対象だ。


「!!」


砂原は殺気を感じて飛び退こうとしたが、できなかった。否、できてはいるのだが、とても遅い。


「一抜けです。」


ベルゼブブだ。ベルゼブブが能力で、砂原の動きを遅くしている。あのままでは白衣の好きにされてしまう。


「死んで。」


案の定、白衣は影の刃を伸ばしていた。砂原の回避が間に合わない。


「くそっ!!」


レイジンはサタンとの戦いを後回しにし、砂原を助けるため走る。


「邪魔しないで頂きたい。」


それを阻止しようと、能力を発動するベルゼブブ。しかし、


「うおおおっ!!」


「何!?」


レイジンは自分にかかるベルゼブブの能力を、力技で破った。聖神帝としての特性で、それくらいのことはできる。そして、ベルゼブブが驚いたことにより、隙ができた。


「そこ!!」


伊織がフラッシュグレネードを投げた。フラッシュグレネードはベルゼブブの目の前で炸裂し、視力を奪う。


「がぁぁぁぁぁぁ!!目がっ!!目がぁぁぁぁぁ!!!」


取り乱すベルゼブブ。これにより砂原に掛けられた能力が解除され、回避が間に合った。しかし、影の刃は追いすがる。そこでレイジンが割り込み、シルバーレオで弾いた。ベルゼブブのさらなる隙を突いて、烏丸が飛び掛かる。狙いは、ベルゼブブの目だ。


「うりゃああああああ!!!」


「!!」


が、そこは悪魔。目が見えなくても烏丸の意図と居場所、タイミングを合わせ、前足を振るう。


「がっ!!」


烏丸は弾き飛ばされて壁にぶつかる。ベルゼブブの前足に刃の側面を力一杯叩かれたせいで、高周波ナイフは折れてしまった。もうストックはない。


「くそぉっ!!」


安倍はベルゼブブの顔面目掛けて、手榴弾を投げた。ベルゼブブは前足で顔を覆い、爆発に耐える。悪魔としての格と強さはサタンの次なので、さすがに手榴弾の爆発程度ではダメージを受けない。他の攻撃担当は、レイジンが白衣に足止めされ、ナイトは行動不能。誰もベルゼブブにとどめを刺せない。


「ふふふ…惜しかったですね。」


そうこうする内に、ベルゼブブの視力は回復する。



しかし、ベルゼブブは視力が戻った瞬間に見た。



背後から城の天井を破壊して飛来する、燃え盛る蒼き不死鳥を。



「なっ!!ぐああああああああああああああ!!!!」


その不死鳥が体当たりをかまし、ベルゼブブは炎に呑まれて一瞬で塵と化した。大爆発が起きて皆が戦闘を中断し、そして炎の中からあの男が現れる。


「無事か?廻藤。」


「翔!!」


そう、翔が変身する、聖神帝ヒエンだ。


「お前、どうしてここに!?」


「お知り合い、ですか?」


「ああ。俺の世界の人間だよ」


砂原の質問に、レイジンが答える。


「美由紀さんと三郎からお前が消えたという話を聞いてな、この時空方位磁針を使って、お前を追ってきたんだ。」


ヒエンは奇怪な紋章がいくつも刻まれた、小さなコンパスを出す。これは時空方位磁針といい、異界への扉を開くための道具だ。空間のほころびなどから対象となる異界を探知し、座標を固定してほころびを完全な扉へと変える。ただ非常に貴重で強力な品なので、幾重にも封印が掛けられており、使用するまで時間がかかる。だから、今までこちらに来れなかったそうだ。


「話は城の近くに待機していた者達から聞いている。悪魔を倒せばいいらしいが…」


ヒエンはジル達と出会い、悪魔を倒して欲しいという話を聞いている。だが、


「…あの女は何だ?人間のようだが。」


悪魔に協力している人間がいることに気付き、事情が少し違うことをいぶかしんでいる。


「あの人は、私達の世界の人間です。悪魔を復活させたのはあの人みたいで…」


「…なるほど、そういうことか。」


砂原が簡単に説明する。


「ベルゼブブが…まだ勇者がいたというのか…」


「関係ないわ。私とナイトの邪魔をするなら、皆殺しにするだけよ。」


サタンはベルゼブブが乱入者によって倒されたことに驚いていたが、白衣はナイトのことしか見ておらず、爆発に驚きはしたものの取り乱していない。


「…なぁ翔。そのコンパスって、今すぐ道を開くとかできるか?」


「空間のほころびさえあれば可能だが、まさかお前あの女を元の世界に戻すつもりか?」


「ああ。できることなら、殺したくねぇ。」


「俺からもお願いします。なんか、倒したくないんですよ、アイツ。」


相手は人間である。人間を殺すような真似を、レイジンはしたくなかった。またナイトも、白衣を殺すことを躊躇っていた。彼の中の何かが、白衣を殺すことを拒否していたのだ。


「…甘い連中だな…わかった。扉を開くから、時間を稼げ。」


レイジン達を甘いと言いながらも、ヒエンは協力してくれた。だが、座標を特定して扉を開くまでは、少しばかり時間がかかる。それまで白衣を、サタンを足止めしなければならない。


「ナイト、これ使え。」


レイジンはナイトに、回復薬を投げ渡した。最後の回復薬。だが今のこの状況なら、惜しむ必要はない。


「助かります。」


ナイトは回復薬を飲み干し、瓶を投げ捨てる。ナイトの傷が塞がり始め、体力が戻っていく。


「何をしようと無意味だ。お前達はここで死ぬ」


「ナイト…今すぐ邪魔な取り巻きを全員潰してあげるからね…」


どちらもかなりの強敵だ。だが、やらなければならない。その時、


「ぬぅっ!?」


サタンの頭に、伊織の銃弾が命中した。


「廻藤さんの力は効きにくくても、人間の武器は通じるはず。」


「能力もな!!」


「おあ!!」


烏丸が圧縮した空気を飛ばす。サタンは転倒した。


「足止めすればいいんですね?」


「仕方ねぇな…目標達成まであと少しだし、それぐらいはやってやるよ。」


砂原と安倍も能力を使い、サタンを撹乱する。


「悪いな、俺のわがままに付き合わせてよ…!!」


飛んでくる影の刃を弾いていくレイジン。ナイトも左腕を使って、できる限りその場を動かず防御に徹する。相手をチェンジしたおかげで、時間稼ぎはスムーズに働き、


「扉を開くぞ!!」


ヒエンは扉を開くことに成功した。


「今だ!!うおおおおおおおおお!!!」


ナイトは左腕で影を吸収しながら駆け出す。そして吸収した力を、両足に回す。強化された脚力をフル活用し、白衣に激突。影を鎧のように身に纏われたせいでダメージはないが、構わずそのまま白衣を扉に向かって押していき、


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


拳を繰り出して殴り飛ばした。


「ナイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


白衣は叫びながら扉に吸い込まれていき、


「ハァァァァァァァァァァ!!!」


最後にレイジンがシルバーレオで扉を破壊した。


「はぁっ、はぁっ、よし!!」


ガッツポーズをするレイジン。これで、あとはサタンを倒すのみだ。サタンはゆっくりと周囲を見回す。


「私の同胞達は全て敗れ去り、協力者も送還されて残るは私一人、か…」


そう、サタン一人だ。完全に追い詰められた。



「役立たずどもめ」



だがサタンは笑っていた。自分の仲間や協力者を、役立たずと切って捨てたのだ。


「よかろう!!ならばこの私が、本力をもって貴様らを滅ぼしてくれる!!」


サタンの全身が、眩く発光し始めた。




異世界を舞台に展開された戦いは、幕を閉じようとしていた。





断空牙さん、もといナイトレイドさんの要望で、塒白衣を出しました。こんな感じでよかったでしょうか?長編は次回で終了です。お楽しみに!

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