異世界冒険譚!!勇者と十匹の悪魔 PART2
パート2、どうぞ。
「輪路さんが消えた!?」
三郎に店の裏に呼び出された美由紀は、三郎から話を聞いて驚いていた。
「ああ。昔見たことがあるが、あれは恐らく異界とこの世界を繋ぐ門だ。」
「異界、ですか?完全に私の専門外ですね…翔さんならもしかして…」
「俺も異界の門を開くなんて真似はできねぇ。それこそ、協会の討魔士に頼むしか…」
だが、三郎はあのペンダントを翔には渡していない。美由紀も翔の連絡先を知らないのだ。
「少し店で待ってみます。もしかしたら、来て下さるかも…」
「頼んだぜ。」
美由紀は翔が来てくれている可能性に賭けて、店に戻った。
「…」
美由紀は店内を見回したが、翔は来ていなかった。それはそうだ。翔は協会の討魔士なのである。世界中を飛び回って魔物退治に勤しんでいる、暇ではないのだ。
「…はぁ…」
ため息を吐く美由紀。だが、他に方法がない以上、このまま翔が来るまで待つしかない。
「どうしたの美由紀ちゃん?」
と、佐久真が話し掛けてきた。
「店長…」
「暗い顔でため息まで吐いちゃって、可愛い顔が台無しよ?笑顔笑顔!」
「…はい…」
そう言われても、笑えるわけがない。今頃輪路は、どこともわからぬ異世界で、大変な目に遭っているかもしれないのだ。
「…ほんとどうしたの?」
「いえ、翔さんがいないなって…」
「えっ!?もしかして輪路ちゃんから翔ちゃんに乗り換え!?」
「ち、違います!」
「冗談よ。それで、何で翔ちゃんがいないと元気がなくなるの?」
「…今輪路さんが大変なことに巻き込まれてるかもしれなくて、それを解決するためには翔さんの力が必要なんです。」
「なるほどね。あ、ごめん。コーヒー豆切れちゃったから、取って来るわ。」
「はい。」
ちょうどコーヒー豆がなくなってしまい、取るために店の奥に引っ込む佐久真。しかし佐久真は倉庫ではなく、固定電話へと向かい、電話をかけた。
「はい、青羽です。」
「私よ、翔ちゃん。」
「佐久真様!?」
予期せぬ相手からの電話に、翔は驚いている。
「今任務中?」
「いえ。」
「じゃあ悪いけど、今すぐウチの店に来てもらえないかしら?美由紀ちゃんが、あなたの手を借りたがってるの。」
「美由紀さんが?」
「ええ。」
「…わかりました。」
「ありがとう。あ、わかってるとは思うけど、私に呼ばれて来たってことはくれぐれも内緒にね?私のもう一つの姿については、あの子に知って欲しくないから。」
「…心得ています。」
二人は電話を切った。
*
レジェネイア。
「いや~、この世界に来たばっかりだってのに三匹も悪魔を倒せるとはな。幸先良いスタートだぜ」
輪路はジルの家で、シルバーレオを肩に担いで機嫌良さそうに言った。彼らはこの世界を支配する十匹の悪魔を滅ぼすため、勇者として召喚されたのだ。帰るためには十匹の悪魔を全滅させ、この世界を救わねばならない。この条件でまだ来たばかりだというのに三匹も悪魔を倒せたのは、スタートダッシュとしてなかなかのものだ。一気に全滅させられたら、それが一番よかったのだが。
「油断しないで下さいよ?まだ悪魔は七匹も残ってるんですから。」
砂原が輪路を注意した。確かに悪魔を三匹倒したが、まだ残っている悪魔の数は七匹。未だに勇者の数を超えているのだ。油断はできない。今回は、まだ相手がよかったと言える。三匹の内ナヘマー以外の二匹は、直接戦闘に向いていなかった。バールもベルフェゴールも厄介な能力の持ち主ではあったが、直接攻撃を受けたらあっさり倒されたのだ。今までその能力を破れた者がいなかったから無敵を気取っていられた連中だが、能力が全く通じない者が相手ではとたんに弱くなる。これも、大勢の犠牲を払って得た情報ではあるが。
「わかってるって。」
「…じゃあ私、相馬さんの様子を見てきますね。」
「おう、頼むわ。」
ナイトは今、この村の病院で寝かされている。砂原はナイトの様子を見るために、ジルの家から出ていった。
「しっかし、この木刀どういう原理だ?モノホンのポン刀に変化するなんてよ。」
烏丸は輪路のシルバーレオを物珍しそうに見ながら尋ねた。少なくとも、彼女はこんな武器を見たことがない。
「これな、昔はこんなことできなかったんだが、最近できるように鍛え直してもらったんだ。」
輪路はシルバーレオを刀に変えたり木刀に戻したりして、その性能を見せる。
「鍛え直されたからってそんなことできるか。」
「そんなテクノロジーは知らない。やっぱりあなた、私達とは違う世界から来たのね。」
安倍はジト目で輪路を睨み、伊織は輪路の言葉から、輪路は自分達が住んでいる世界とは違う世界から来たのだということを知った。
「へぇ、お前ら俺と違う世界から来たのか。ちょうどいいや、ナイトが起きれるようになるまで暇だし、情報交換しようぜ。」
今彼らは、ナイトが回復するのを待っているところだ。ナイトが再び戦えるようになってから、今後どうするかの方針を決めようと思っている。だがナイトは戦えるようになるどころか、まだ意識すら回復していない。いくら回復薬を飲ませたとはいえ、相応の時間はかかる。だから、それまでの暇潰しとして互いの世界の情報交換をすることにした。
「情報交換と言えば、あんたのあの変身。あれは一体どういう能力だ?」
安倍は気になったので尋ねる。姿を変える能力なら今までごまんと見てきたが、輪路が見せたあの変身はそれらの能力と一線を画するような気がしたからだ。
「どういう能力って言われてもなぁ…強い霊力を持ってるやつが、あれになれるってだけで、俺もそれ以上のことは知らねぇんだ。」
「霊力?」
「人間が生まれつき持ってる魂の力だとさ。これが強いと幽霊が見えたり、術が使えたり、聖神帝に変身できたりする。」
「聖神帝…さっきのやつか…」
「へぇ~、じゃあおみゃーには幽霊が見えんのか?」
「ああ。こっちじゃまだ見てねぇけどな」
レジェネイアに来てから、輪路はまだ幽霊を見ていない。悪魔との戦いで大勢死人が出たらしいから、いつ何人見えてもおかしくないのだが。
「…ま、悪魔が全滅したら成仏するだろうさ。恐らくそれが未練になってるだろうからな」
多くの人々が悪魔を打倒しようと戦い、そして果たせずに敗れて死んだ。そんな者達を成仏させる方法があるとすれば、それはやはり彼らに代わって悪魔を倒す以外にないだろう。
「悪魔を倒すと言えば、やっぱり武器が必要。」
伊織は自分の服のポケットの中を漁った。中には、弾薬が入っている。いくらCGTの武器が持ち込めたとはいえ、弾薬はいずれ尽きる。そしてここは異世界なので、弾薬を補給する手段がない。一応ナイフなどは持ってきているが、戦力低下は否めないだろう。
「大丈夫だろ。俺とナイトと、あとお前烏丸だっけ?俺達が前面に立って戦えば、そもそも弾なんか使わなくていい。」
「でも…」
「心配すんな。さっきの戦いだって俺全然本気出してねぇし、悪魔っつっても意外とザコかったから、今日一日でカタが着くって!」
「そう簡単に行く話ではありません。」
「うお!」
突然ジルが話に割り込んできたので、輪路は驚いた。
「あなた方は確かに強い。しかし、先ほどあなた方が倒したのは、クリフォトの悪魔の中でも最弱の部類に入る者達です。我々も奴らの全てを把握しているわけではなく、特に奴らをまとめる悪魔王サタンとその側近ベルゼブブに至っては、実力が完全に未知数。油断なされませぬよう…」
「…サタンとベルゼブブ、か…なるほど、確かにそいつらは強そうだな。」
サタンもベルゼブブも、マンガやアニメなどの様々な媒体で知られている強力な悪魔である。一筋縄ではいかないだろう。
*
「…ん」
ナイトは病室のベッドの上で目を覚ました。そして、自分が病院にいることがわかると、ため息を吐いた。
「異世界に来ても医務室行きとか…」
彼は元の世界で、何かにつけて医務室送りになることが多かった。学校で医務室に送られ、朝まで休んでそのまま登校、なんてこともあったほどだ。異世界に来てまでそれをやらかすなど、もう誰かに呪われているとしか思えない。
「何なんだよ…マジ何なんだよ…」
自分は平穏な日常を求めているだけなのに、なぜこんな目にばかり遭うのか。いくら考えてもわからない。と、
「相馬さん!目が覚めたんですね!」
砂原が入ってきた。
「…何とかね…っていうか、もしかして今俺が言ったこと聞いてた?」
「えっ?何のことですか?」
「いや、聞いてないならいい。」
どうやらさっき自分が言っていた独り言は聞かれなかったようだ。
「…変な相馬さん…それより気分はどうですか?」
「ん、大丈夫だよ。寝てたからずいぶん楽になった」
ナイトはかなりダメージを受けたはずだが、ほとんど傷が残っていない。普通に起き上がれる。
「廻藤さんの回復薬のおかげですね。」
「回復薬…ああそういえば、何か飲ませてくれてたな…」
ナイトは意識が途切れる前に、輪路が回復薬を飲ませてくれたことを覚えていた。
「お礼言っとかなくちゃ。」
「そうですね。」
とりあえず、輪路に礼を言うべきと思ったナイト。それから、砂原に言った。
「…ここってさ、本当に、異世界、なんだよな…」
「…正直な話、私もあんまり実感がありません。まさか異世界なんてものがあるなんて…」
二人とも、まだここが異世界だという実感がなかった。だって、人が普通に生きている世界なのだから。しかし、悪魔の存在が、このレジェネイアが異世界であるということを裏付けていた。悪魔。まさしく、ファンタジーの代名詞である。
その時、
「悪魔だーっ!!みんな逃げろーっ!!」
外から声が聞こえてきた。
「悪魔!?ねぇ砂原さん。俺が寝てから、どれくらい時間経った?」
「…二時間ぐらいじゃないでしょうか?」
「たった二時間でもう…とにかく行こう!!」
「はい!!行きましょう相馬さん!!」
ナイトは砂原を連れて、病院を飛び出した。
*
「廻藤さん!!みんな!!」
「おおナイト。もう大丈夫なのか?」
「はい。心配かけてすいません」
輪路達は騒動を聞きつけ、もう外に出てきていた。ナイト達と合流し、攻めてきた悪魔と対峙する。その悪魔は、竜に乗った悪魔だった。人、牛、羊の三つの頭とガチョウの足に毒蛇の尻尾を持っている。その悪魔の竜の後ろに、もう一匹、妖艶な姿をした女性の悪魔がいた。その二匹の悪魔の後ろから、もう一頭の竜に乗った、右手に毒蛇を持つ天使のような姿の悪魔がおり、やはりこちらにもラバの頭とクジャクの尻尾を持つもう一匹の悪魔を連れていた。悪魔達は輪路達の前に降り立つと、女性の悪魔が飛び降りてきた。
「私はリリス!!クリフォトの樹より復活した十大悪魔の一人!!不安定を司る者!!私が望むのは、我が友バールを討った者だ!!さぁ、前に出てこい!!」
女性の悪魔、リリスは、バールを倒した者との戦いを望んでいるらしい。
「それはわっちだ。」
なので、直接バールを討った者である烏丸が、恐れることなく前に出た。
「ずいぶん素直ね。私に殺されるという恐怖はないのかしら?」
「んなもんない。わっちは早く次の悪魔と戦いたくて、ウズウズしてたんだ。あのバールってのは弱すぎて、全然楽しめなかったからな。」
烏丸は闘争本能の塊のような女である。バールは能力さえ封じてしまえば、腕っぷしも弱く楽しめなかったため、一刻も早く次の悪魔に出てきてもらうのを望んでいた。一方リリスは、烏丸の発言を聞いて額に青筋を浮かべている。
「弱かったですって?舐めてくれたものね。」
リリスはバールのことを思い出す。バールは色欲を司る悪魔でありながら、本来の姿は醜悪な老婆だった。だから、リリスのような美しい姿になりたいと、いつも憧れていたのだ。自分に憧れを持っていた友を殺されて、それが許せるリリスではなかった。
「バールの仇は私が取る。相手してもらうわよ、勇者!!」
「望むところだ!!」
リリスは爪を長く伸ばし、烏丸は高周波ナイフを出して、戦いながら離れていく。
「仇ねぇ…先に仕掛けてきたのはそっちだろ?この世界の連中だって、お前らに相当殺されたって聞いたぜ?こっちからすりゃ、その犠牲者達の仇を討ったってとこなんだが。」
「その指摘は間違っていない。だから俺は、仇討ちなど筋違いだと言ったんだ。」
輪路に言われて、天使のような姿の悪魔、アスタロトは肯定した。無感動を司る悪魔で、バールの仇討ちをしようというリリスの気持ちには、何の感銘も受けていないらしい。
「ですが、あなた方に舐められるわけにもいかないのです。悪魔と人間、どちらが上かを教える必要がありますから。」
ロバとクジャクの悪魔、アドラメレクが飛び降りて言った。
「我々の要求はお前達人間の死だ。理解できたか?できたらさっさと死ね。もちろん自殺ではなく、我々の手にかかってな。」
三つ首の悪魔、アスモデウスが自分達の望みを告げる。
「死んでくれって言われて、はいわかりましたなんて従うわけないだろ!?」
ナイトはアスモデウスの言動に怒りながら、吸収の左鎧を発現させる。他の者も武器を抜き、
「神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身した。
「俺はあっちの二匹をやる。お前らはあの馬面か、女の相手をしてやれ。」
レイジンは戦力の割り当てをした。安倍は驚く。
「あんた悪魔を二匹同時に相手するつもりか?」
レイジンが言った二匹とは、無論アスモデウスとアスタロトのことである。どちらも、かなり強そうだ。
「ああ。一番つらい相手を俺がやるから、お前らには討ち漏らしを頼みたいんだ。これでも感謝してるんだぜ?本当なら俺一人で全員相手しなきゃいけねぇところを、二匹もお前らに任せられるんだからな。」
もしレイジンだけがこの世界に召喚されていれば、この状況はレイジン一人で打開しなければならなかった。しかし、ナイト達がいることで、四匹の内二匹も削ってもらえるのだ。こんなにありがたいことはない。
「そういうことなら、馬面は俺と安倍で何とかしますよ。な?」
「勝手に巻き込むな!ま、相手が減ってくれるのは確かに助かるが。」
「じゃあ私は、烏丸さんの加勢に行きます。」
「私も。」
こうして、割り当ても決まった。レイジンはそれを確認し、アスタロトとアスモデウスの前に進み出る。
「我々と戦うつもりか?サタン様から双竜騎の称号を賜った我々と!」
「大した度胸だな。その心意気だけは買ってやる。が、すぐ無意味なものとなるだろう。」
アスモデウスとアスタロトは、サタンから双竜騎と呼ばれているほどの悪魔である。だが、レイジンは恐れなかった。
「ドラゴン退治だ。行くぜ!!」
スピリソードを構えて、斬りかかる。
「あなた方、もしかして私を弱いと思ってらっしゃる?だとしたら、すぐにその認識を改めてもらうことになりますよ。もっとも、それがわかった時あなた方は死んでいるかもしれませんがね。」
ナイトと安倍を前にして、アドラメレクは自信たっぷりに言う。
「外見で相手を判断するような真似はしねぇよ。あんたは悪魔だから、何でもありってわかってるし。」
「お前達の方こそ、人間は自分達より下だという間違った認識を改めてもらう。」
アドラメレクは悪魔なので、ナイトも安倍も油断はしない。
「よろしい。」
アドラメレクはそれを見て、二人が自分の存在を軽々しく見てはいないと悟り、満足そうに笑った。
*
「らぁっ!!」
リリスに向かって高周波ナイフで攻撃する烏丸。リリスは爪でそれを受け止める。鉄すら両断できる高周波ナイフなのだが、リリスの爪には傷一つ付かない。動きも凄まじく、戦闘力はバールより上のようだ。と、
「ん!?」
突然高周波ナイフが砕け散った。
「私は不安定を司る悪魔。この爪で触れたあらゆるものを、不安定にし破壊する。」
リリスは爪に触れた高周波ナイフの耐久力を不安定にし、結果高周波ナイフは自身の高周波に耐えられず砕けてしまったのだ。
「お前も砕けろ!!」
すぐにリリスの爪が襲ってくる。それをかわす烏丸。リリスの爪はすぐ後ろにあった木に突き刺さり、存在を不安定にされた木は自分の重さに耐えられず、崩れてしまった。何と恐ろしい光景だろうか。もし人間があの爪に触れてしまったら、木と同じように崩れてしまうだろう。烏丸は冷や汗をかいた。
「烏丸さん!!」
デバイスから麻痺弾を発射し、烏丸を援護する砂原。リリスはそれを見切って爪で弾くが、砂原に気を取られていたせいで伊織がノーマークだったリリスは、伊織のライフルで顔面を撃たれた。吹っ飛んで倒れるリリス。
「…何かしら?私は今バールを殺した勇者と戦ってるんだけど、邪魔しないでくれる?」
が、さしたるダメージはなく、平然と起き上がる。どうやら耐久面においても、リリスはバールより上らしい。恐らく、直接戦闘するタイプなのだろう。能力も打撃戦向けだ。
「そういうことなら、あなたは私達とも戦うべきです。」
「バールを倒したのは、私達三人だから。」
「!…ふーん、じゃああなた達は、三人でよってたかってバールを叩きのめしたってわけね。」
リリスはバールを倒した勇者が一人だけではなかったと知り、明らかに怒っていた。それだけバールが大事な存在だったのだろう。
「いいわ。三人まとめて、相手してあげる!!」
リリスの全身から、オーラのようなものが吹き出す。今まで本気ではなかったらしい。
「とうとう本気になったってわけか。面白くなってきた!」
「面白がってる場合ですか!あの爪に少しでも当たったら終わりですよ!?」
「大丈夫。当たらなければいい」
リリスの能力は非常に危険だが、伊織の言う通り当たらなければ死なない。
「そう。当たらなければ、ね。」
だが、本当に当たらなければ、だ。気付いた時、リリスはもう三人の目の前まで迫っていた。標的は烏丸。
「うっ!?」
瞬時にのけ反り、かろうじてかわす。続いて、砂原と伊織をリリスの爪が襲う。
「危ない!!」
砂原はすぐ空間教唆を発動し、リリスの攻撃は空振る。その隙に伊織の手を掴み、リリスから後退した。彼女の間合いに留まり続けるのは、危険すぎる。
「へっ!動きがさっきまでと全然別もんじゃねーか。」
「当然でしょ?本気を出してるんだから。」
リリスのスピードも動きも、先ほどまでとは比較にならないレベルだ。烏丸でさえ、ギリギリ見えるか見えないかの瀬戸際だった。
「烏丸さん、伊織さん。ここはバールを倒した時と同じ方法で、短期決戦を挑みましょう。」
「…仕方ねぇか。」
「わかった。」
砂原の提案を烏丸はしぶしぶ、伊織は無表情で承諾する。リリスの能力はまさしく一撃必殺で、長引けば長引くほどこちらが不利になるのだ。烏丸もリリスのあの動きを目にした以上、いつまでもかわし続けるのは困難だと判断した。
「作戦会議は終わったかしら?じゃあ、死ね!!」
再び、あの常軌を逸した速度でリリスが飛び掛かってくる。狙いは、またしても烏丸。烏丸はかわし、リリスは次に砂原と伊織を狙う。先ほどと同じ流れだ。砂原は空間教唆を使い、リリスは同じように攻撃を空振る。だが先ほどと違っているのは、砂原が回避ではなく攻撃に転じていることだ。砂原はリリスの背後に回り込み、デバイスを向けた。その銃口は、リリスの延髄を捉えている。
(もらった!!)
しかしそう思った時、砂原は突然バランスを崩した。
「えっ?」
反射的に地面を見る砂原。彼女の足元が陥没しており、そのせいでバランスを崩してしまったのだ。ほんの一瞬だけ生まれた隙。そこを狙い、リリスは背を向けたまま砂原を蹴り飛ばした。
「ああっ!!」
地面を転がり、近くにあった木にぶつかって止まる砂原。リリスは瞬時に接近し、砂原の喉元に爪を突き付けた。これにより、助けに行こうとしていた烏丸と伊織の動きが止まる。
「さっきあなたの近くまで走った時、この爪で地面を引っ掻いておいたの。さっきの変な力を使ってくることも、私の背後を狙ってくることも読めていたから。」
リリスは先ほど動いた時、自分の背後の地面を爪で引っ掻き、地盤を不安定にしておいた。砂原の空間教唆と、それを使った後に自分の背後に回り込んでくることを予期していたからだ。
「終わりよ。まずはあなたから」
リリスは砂原を殺そうと、もう片方の腕を振りかぶる。死を悟り、目を強く閉じる砂原。しかしその次の瞬間、
「おらぁっ!!」
「!?ぐあっ!!」
烏丸が叫び、リリスが吹き飛んだ。さらに強い光がリリスを襲い、リリスは一時的に視界を奪われる。
「がぁっ!!」
立ち上がりながらも爪を振り回すリリス。だが、勝機の到来を知って復帰した砂原から、二発麻痺弾を撃ち込まれた。がむしゃらに振り回すだけの攻撃で銃弾を防げるはずもなく、リリスの胸と腹に命中。間もなくしてリリスは麻痺し、倒れ込んだ。リリスが砂原に気を取られている隙に、烏丸が密かに能力を発動していた。烏丸は風を操る能力の持ち主で、風を高圧縮して作った衝撃波を、リリスにぶつけたのだ。さらに伊織がフラッシュグレネードを投げつけ、視力を奪ったのである。砂原は強く目を閉じていたので、視力を奪われずに済んだ。もっともそれは偶然だが。しかしすぐ反撃に移ることができたのも、彼女が熟練の戦士であることを証明している。
「わっちの能力を知らなかったのは、ドジだったな。」
「あなたは復讐心に駆られて、周囲への警戒が散漫になっていた。もっとあなたが冷静だったら、圧縮するためにおかしな流れをしていた風や、フラッシュグレネードを用意していた私の動きに気付けたはずなのに。」
「く…そ…!!」
強い想いは力を生むが、周囲が見えなくなる場合もある。リリスの復讐心は、彼女の冷静な観察力を奪ってしまった。
「それから、わっちの武器を奪ったっつー思い込みも、おみゃーの敗因だ!!」
烏丸はもう一本高周波ナイフを抜いて斬りかかり、リリスの胸に深々と突き刺した。高周波ナイフをもう一本購入していたのだ。
「…バール…ごめんなさい…」
「…ふんっ!!」
「がぁっ!!…はっ…」
烏丸は勢い良く高周波ナイフを振り抜き、リリスは絶命した。その死体は、他の悪魔と同じように燃え上がり、灰となる。どうやら、悪魔は全員死体を残さないようだ。
「はっはっはっはっ!!」
アドラメレクはクジャクの尻尾から、無数に魔力弾を飛ばす。ナイトと安倍はそれをかわし、安倍が銃で反撃する。しかし、アドラメレクの周囲に黒い風が発生すると、銃弾は全て分解されてアドラメレクの口に吸い込まれていった。
「何!?」
「私は貪欲を司る悪魔。あらゆるものを食らい、己の力と変えることができるのです。まぁこの程度、腹の足しにもなりませんがね。」
再度魔力弾で反撃するアドラメレク。
「この野郎!!パクるんじゃねぇ!!」
ナイトは左腕の力で魔力弾を吸収する。
「ほう!あなたも私と同じ力の持ち主ですか。」
「りゃあ!!」
「しかし…」
ナイトはアドラメレクに殴りかかるが、アドラメレクはそれをひらりとかわしてしまう。
「能力と自身の実力が釣り合っていないようですねぇ。」
「うるせぇ!!」
「ほっほっほっほっ」
アドラメレクの指摘は正しい。先ほど魔力弾を吸収した時、ナイトの両足は神経が断裂を起こした。おぼつかない足取りで繰り出す拳など、当たるはずがない。
「ほれほれ!」
魔力弾を投げつけ続けるアドラメレク。ナイトは仕方なく、それを吸収し続ける。
「うぐっ…」
「私はこれだけで勝てそうですねぇ。楽な勝負で助かりました」
魔力弾を吸収すれば、それはナイトの力となる。しかし、吸収した力は、そのままナイトの身体にダメージを与えていっているのだ。だが、
「俺を忘れてんじゃねぇ!!」
相手は一人ではない。安倍が残っている。安倍はアドラメレクの背後から、銃を連射した。
「まだわからないのですか?」
アドラメレクは銃弾を吸収する。
「あなたなど私の敵ではありませんし、こんなもの腹の足しにもなりませんよ。」
「…」
今の射撃はアドラメレクの注意を引き付けるためのものだったのだが、ナイトはもう自力では歩けないほどのダメージを受けているらしい。
(仕方ない、か…)
安倍は打開策を考案し、銃をリロード。撃ちながらアドラメレクに接近する。
「頭の悪いお馬鹿さん…!!」
アドラメレクは銃弾を吸収しながら、魔力弾で反撃する。アドラメレクにたどり着く途中だった銃弾は、魔力弾に掻き消されて盾にもならない。安倍に直撃する。しかし、直撃した瞬間安倍の姿が消えた。
「む!?」
「こっちだ!!」
気付くと、安倍は違う場所に現れており、また銃を撃ってきた。
「なるほど、幻覚能力…しかし!!」
魔力弾を放つアドラメレク。しかし、その安倍も幻影だった。
「あなたの攻撃も私には効きませんよ!!」
再び幻影が現れ、アドラメレクは攻撃して、幻影が消える。それを何回か繰り返した後、安倍がアドラメレクの正面に出現し、
「ふん!!」
「ぐっ!!」
腹に蹴りを叩き込んだ。魔力で反撃するが、また消えてしまう。と、誰かがアドラメレクの肩を後ろから叩いた。
「!?」
振り向くと、そこには安倍がいた。そして、
「馬鹿はお前だ。」
消える。消えた先には、
「うぉぉらぁっ!!」
ナイトだ。アドラメレクの背後にはナイトがいた。安倍はアドラメレクの注意を引きながら、ナイトの攻撃範囲までアドラメレクを下がらせ、最後に目隠しをしてナイトの攻撃を当てさせたのだ。ナイトが動けないなら、相手をナイトの間合いまで誘導するしかない。
「なっぐぇぇぇぇ!!!」
ナイトの拳はアドラメレクの顔面に命中し、殴り飛ばしてその頭を粉砕した。最後に、
「土産だ。」
安倍が手榴弾を投げつけ、残った身体を爆発させる。
「大丈夫か?相馬ナイト。」
「な、なんとか…」
直接的な攻撃を受けてはいないが、ナイトはボロボロだ。と、
「ほら。」
安倍があるものを渡した。それは、回復薬だ。
「それ…」
「お前がヤバくなったら飲ませろって、あの人に頼まれてたんだ。」
「…サンキュー。」
ナイトは左腕を元に戻すと、安倍から回復薬をもらって飲んだ。
残酷を司るアスモデウスと、無感動を司るアスタロト。アスモデウスは自身と竜の残虐性を高めることで、アスタロトは感情を鎮めることで戦闘力を高めるという能力を持っている。
「ちっ、やっぱ簡単にはいかねぇか…」
ナヘマーを上回る戦闘力を持つ二匹の悪魔に、レイジンは苦戦させられていた。
「ひゃははは!!どうしたどうした勇者様!?もっと抵抗してみろよ!!」
「お前が一番の実力者だと思っていたが、どうやら買いかぶりだったらしいな。」
アスモデウスとアスタロトは互いの竜を操り、口から炎を吐かせる。
「ライオネルバスタァァァァァァーッ!!!」
それを正面から打ち破り、二匹を攻撃するレイジン。だが、さしたるダメージを受けていない。
「そんなもんかぁ!?」
「死ね。」
槍を振って魔力の刃を飛ばすアスモデウスと、毒蛇の口から光線を放つアスタロト。レイジンはそれをかわす。
「しゃあねぇ。ちっとばかし本気になってやるか!!」
レイジンはスピリソードを左手に持ち、右手を正面にかざす。
「出ろ!!火の霊石と力の霊石!!!」
出てきたのは、火と力の二つの霊石。レイジンはそれを右手で握り潰し、剛焔聖神帝となる。
「まだ上があったか!!」
「何をしようと無駄だ。」
再度竜を操り、炎で攻撃する二匹。レイジンはスピリソードを突き出すと、炎を受け止め、己の力に変換。
「バーニング…レイジンスラァァァァッシュ!!!」
横に一閃。巨大な炎の刃を飛ばした。一撃で二匹の竜は焼滅したが、悪魔達は逃れる。しかし、レイジンの攻撃はまだ終わらない。
「クリムゾン!!レイジンスラァァァァッシュ!!!」
飛びかかり、アスタロトを斬った。
「が…!!」
アスタロトはレイジンの斬撃に斬られ、炎に焼かれ、完全に滅ぶ。
「アスタロト!?てめぇよくもアスタロトを!!」
驚いたアスモデウスは槍と軍旗を振りかぶり、レイジンに挑む。
「はぁっ!!」
レイジンはそのまま振り向き、アスモデウスを武器ごと斬った。
「ぎゃああああああああああ!!!」
アスモデウスはスピリソードの残留霊力によって、焼滅する。レイジンは地面に着地し、スピリソードを納刀した。
*
「…あれだけの数を差し向けても無理とはな…」
サタン達は、アスタロト達が敗れたことを察していた。
「…十いた我々が、もう三ですか…」
「どうします?」
残った悪魔、ルキフグスとベルゼブブが、サタンの指示を待つ。
「…いや、我らの戦力は、もう一人いる。」
そう、サタン達の戦力は、もう一人いた。彼らを復活させた者が。
「あれ?今日はずいぶんと少ないのね。どうかしたの?」
「噂をすれば、か…」
少女の声が聞こえて、サタンはそちらに目をやる。
「悪いが、緊急事態だ。働いてもらうぞ」
そこには、白いワンピースを着た少女がいた。
クリフォトの樹から復活した悪魔。残り、三匹。
少し駆け足でしたが、悪魔の数も残り三匹です。しかし、簡単には終わりそうにありません。
次回もお楽しみに!




