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第十八話 シルバーレオ

今回は、輪路の木刀についてのエピソードです。ずいぶん長くなったと自分でも驚いています。

「ただいま。帰ったよ」


冥魂城に、殺徒達が帰ってきた。死魔障壁を使って城を他のリビドンから守っていたシャロンの顔が、明るくなる。ちなみに、死魔障壁は彼女が許可した者のみ通すので、殺徒達は全く影響を受けていない。


「おかえりなさいませ。」


盟主を迎え、膝を折るシャロン。デュオールとカルロスも同じだ。


「たまにはいいものだね。現世に出て暴れるというのも」


「ええ。やっぱり城に籠ってばかりじゃ、身体がなまっちゃうわ。」


現世で戦闘を行った感想を言う殺徒と黄泉子。


「しかし、惜しかったですね。あの女がオウザの秘密に気付きさえしなければ…」


殺徒達が戦闘を行っている様子は、冥魂城のモニターを介してシャロンも見ている。本当に、あと一押しという戦いだった。


「全くその通りだ。でも、あの子を殺すのは得策じゃない。あの時はあの子が誰かよくわからなかったし、黙らせるために思わず攻撃してしまったけど、もしあれで殺してしまっていたら全てが台無しになるところだった。我ながら、軽率な行動だったよ。」


少し前に接触したある組織のリーダーが、美由紀のことを話していた。あの話が本当なら、何も考えずに美由紀を殺すのは非常にまずい。


「それで、我々はどう行動したらよろしいでしょうか?」


「殺徒様、命令を下さい。」


「ん?」


デュオールとカルロスは、今後の方針を殺徒から聞こうとする。


「とりあえず、オウザの完全復活に専念したいな。廻藤輪路や協会の動きから目を離さないようにしつつ、上質な魂をたくさん集めてきてくれ。シャロンは引き続き冥魂城の守護を」


「は!」


「りょぉぉうかいしましたぁっ!!」


「かしこまりました。」


指示を出され、散っていくデュオールとカルロスとシャロン。残ったのは黄泉子だけだ。


「それじゃ、私も気長にいろいろ考えましょうか。」


「そうだね。それにしてもあの廻藤輪路という男、予想以上に手強い。」


殺徒は輪路のことを思い出した。力の差は歴然で、死の恐怖というものを味わったはずだ。しかしそれでも自分に、邪神帝オウザに立ち向かってきた。剣を叩き折って絶望させてやったが、その絶望からも簡単に立ち直ってみせた。


「もっと深い絶望に叩き落としてやらないと、あの魂は取り込めない。」


輪路の魂は、とても強い浄化の力を持っている。このまま取り込んでも、逆にオウザの力を浄化されて弱体化する可能性がある。力の差は離れているが、霊力を纏った攻撃を受けるのと、魂そのものを取り込むのとはわけが違うからだ。そのためには、絶望。輪路の魂を深い絶望に落とし、オウザの力に近付ければいい。殺徒自身も、あの白銀の魂を絶望の漆黒に染めてやりたいと思っている。それには、力の差を見せつけるだけでは駄目だった。何かをきっかけに、すぐ絶望を洗い清めてしまう。ならやはり今回きっかけとなった美由紀を殺すのが一番なんだろうが、それができないとなると…


「あの子が廻藤輪路の心の支えになっているのは間違いないんだが…やれやれ、面倒な相手だな。」


「仕方ないわよ。ゆっくりやりましょ?ゆっくりと、ね。」


「…ああ。そうだね」


彼らリビドンの時間は無限だ。既に死んでいるから、歳を取って死ぬことはない。既に勝利が決まっている戦いなのだから、焦る必要はないのだ。











「そうですか…よくぞ無事で。」


翔からの報告を受けたシエルは、翔が死なずに戻ってきたことを喜んだ。


「すぐ協会全体に通達を。」


「ええ。霊魂が大量に発生した場所に厳重注意し、速やかに霊魂全てを成仏させる、ですね。」


オウザは霊魂が大量発生している場所でしか使えず、霊魂が成仏させられれば変身が解除される。翔達が命懸けで持ち帰った情報は、協会側にこの上ない利益をもたらした。邪神帝は二体増えてしまっているが、片方だけでも封じられればまだ勝ちの目は見えてくる。


「それと、ぜひともお耳に入れたいことが。」


「何ですか?」


翔はある話題を切り出す。



「黒城一派は、アンチジャスティスと手を組んだ可能性があります。」



その瞬間、シエルは目を見開き、静寂が周囲を包んだ。八年前から、協会はある組織と対立している。


「あり得ません。なぜそのようなことを?」


しかし、シエルはその組織と黒城一派の関連性を否定した。そもそも、その組織の構成員は生きているのだ。生者の存在を嫌っている殺徒達が、手を組む理由がない。だが、翔はその根拠となる事実を話した。


「黒城殺徒は、篠原美由紀が死ぬとまずいと言っていました。奴らにとって彼女が死んだ場合に生じる不都合と言えることは一つしかなく、それは我々協会とアンチジャスティス、そして佐久真さんだけしか知らないはずのことです。」


「…」


それを聞いて、シエルは黙った。あの事件については、確かに今翔が言った者しか知らない。それを知っている、ということは…。


「手を組んで情報を流した、と…」


「まず間違いありません。」


そうとしか考えられない。あの事件に関する情報は世界の命運を左右するので、あの組織も同盟を結んだ以外の相手には知って欲しくないはずだ。つまり同盟を結べば、知らせる可能性はある。


「…とにかく、黒城一派の動向に細心の注意を。それから、篠原美由紀からもできる限り目を離さないようにして下さい。」


「は。」


これは重要な任務だ。彼女の存在一つで、世界が滅びる可能性がある。輪路が対応できるくらい強くなってくれれば、とても助かるのだが…。











「いらっしゃいま…あ!翔さん!」


翌日、翔は早速ヒーリングタイムを訪れ、美由紀は顔見知りを出迎えた。


「よう。来たか」


カウンター席にはいつものように輪路が座って、コーヒーを飲んでいる。と、翔の目に、ある物が止まった。


「…その木刀は確か折られたはずだが…」


輪路の腰に、鞘袋に入った木刀が差してあった。翔の記憶が正しければ、あの木刀は昨日殺徒との戦いで折られたはずである。


「もう新品を買ったのか?」


「いや。一晩置いといたら直った」


「…は?」


翔はもう新しい木刀を買ったのかと思ったが、輪路の答えは予想の上を行くものだった。


「だから、折れた木刀持って帰って部屋に置いといたら、朝になったら直ってたんだよ。」


あの戦いの後、輪路は木刀を回収した。が、長く使ってきた自分の相棒とも呼べる木刀なので、捨てる気にもなれず、まぁどうするかは明日になってから考えればいいかと思い、部屋の真ん中に放置していたところ、朝になったら綺麗に繋がり、直っていたという。


「いや、あり得ないだろう。」


「俺だってびっくりしてるよ。最初はマスターがこっそり部屋に入って、新しいのに取り替えたのかって思ったけど、違うって言うしよ。」


「いくら私でもそんな泥棒みたいな真似なんてしないわ。事情は知らないけど、鞘袋から木刀が出しっぱなしになっていたのは事実よ。」


これにはさすがに翔もツッコミを入れたが、輪路も自分がおかしなことを言っているとは自覚している。木刀が再生するなどあり得ない。なので最初は佐久真が新しい木刀に取り替えたのかと思ったが、佐久真は輪路が寝ている間に勝手に侵入するなどという泥棒染みた真似はしていないと言っている。


「どう考えても普通の木刀じゃないぞ。」


「輪路さんの木刀、不思議だとは思ってたんですよね。何でも斬れますし、すごく頑丈ですし。」


「皮が剥がれたことは何回かあったが、それも知らないうちに直ってたしな。」


美由紀はいつも見ているので、輪路の木刀がそこらに売っているようなものとは違うと気付いている。岩や鉄などの頑丈なものから、幽霊などという普通の武器では絶対に斬れないものまで斬れる。銃や討魔剣による攻撃さえ受け止められる。そんな木刀はどう考えても普通じゃない。


「ちょっと見せてくれないか?」


気になった翔は、輪路に木刀を見せるように頼む。特殊な力が込もっているなら、手に取ってよく見ればわかる。武器鑑定は専門外なので、詳細なことはわからないが。


「あ?」


輪路はおもいっきり嫌そうな顔をしている。


「輪路さん、その木刀には相当強い思い入れがあるみたいなんです。いつも肌身離さず持ってて、学校での授業中でも手離さなかったですし。」


「…見るだけだ。取り上げたりしない。お前だって気になるだろう?」


輪路が本当にいつも持っていたのもよく覚えている。少し呆れながら、再度頼む翔。輪路自身も木刀についてあまり知らないようだし、知りたいとは思っているはずだ。


「…本当だな?没収とか絶対するなよ。」


「わかっている。」


輪路は念を押しながら、翔に木刀を渡す。そういえば、こうして輪路の木刀をじっくりと見るのは初めてだ。


(…なるほど。確かに、強い力を感じる)


翔が感じたのは、強い霊力だった。木刀から、輪路とほぼ同じレベルの霊力を感じる。触って調べてみてようやくわかった。これは恐らく、気配隠蔽の術式が込められているからだ。それだけでなく、対物理や対魔術に対霊力、攻撃力強化や自己修復など様々な術式が組み込まれていた。他にもいろいろな術式が組み込まれているようだし、木刀自体も普通の素材ではないようだが、これ以上詳しいことは鑑定スキルを持つ討魔術士でなければわからない。まぁ、これだけわかれば十分か。


「…やはり普通の木刀ではなかった。下手な武器より強力な、というより、完全に討魔士が使うことを想定して造られた代物だ。」


ここまで造り込まれていると、魔物退治に造られたとしか思えない。


「翔さん。それ以上は…」


美由紀は翔の顔見て、次に佐久真の顔を見る。あまり討魔士のことを知って欲しくはないのだが、


「…いいわよ別に気にしなくて。何の話してるかちんぷんかんぷんだし、私が何かできるわけでもないでしょうしね。」


佐久真はおどけたように言った。翔も喫茶店だというのにずいぶん遠慮なく話しているので、かなり違和感を覚えた美由紀だったが、なぜかそのことに対してツッコミを入れてはいけない気がしたので、流すことにした。


「廻藤、お前どこでこれを手に入れた?」


「あ、私も気になります。教えて下さい」


こんな高性能な木刀をどこで手に入れたのか気になり、翔と美由紀は輪路に尋ねる。


「土産屋でもらったんだよ。」


「嘘をつくな。こんな木刀を、そんな所で売っているわけがないだろう。」


「ちょっと待って下さい。今、もらったって言いました?買ったんじゃなくて?」


輪路が言った言葉に反応する美由紀。買ったというのなら、おかしいがまぁわかる気はする。しかし、もらったというのなら話はまた別だ。


「ああもらった。確かに言われてみりゃ、土産屋って言うには変な雰囲気の相手だったけどな。」











それは、輪路が秦野山市に引っ越す途中のことだった。ワゴン車の助手席に乗り、輪路は気だるげな顔をして、車が時折引き起こす適度な揺れに揺られていた。


「…ねぇ母さん。いつになったら着くの?」


輪路は尋ねる。今この車は、彼の母が運転していた。名は、廻藤暁葉あきは。夫が海外の仕事で忙しいので、輪路の面倒は彼女が見ている。暁葉もまたジャーナリストという職業に就いており忙しいのだが、まだ幼い輪路を一人にするわけにもいかない。今回も、車に乗っているのはこの二人だけだ。


「まだだよ。もうちょっとでパーキングエリアだから、我慢しな。」


道路の標識を見てパーキングエリアが近いとわかった暁葉は、輪路にもう少し我慢するよう言う。高速道路を走り始めて、もう一時間半だ。まだ小学二年生を終えたばかりの輪路には、少しばかりきついだろう。間もなくして見えてきたパーキングエリアに入り、暁葉は輪路を降ろす。


「じゃあここでしばらく休憩しよ。母さんは飲み物買ってくるから、輪路はトイレとか済ませときな。コーラでいい?」


「うん。それでいい」


輪路は暁葉にコーラを頼むと、言われた通りトイレに行く。



トイレで用を足し、外に出てきた時、輪路は異変に気付いた。


「…あれ?こんなに人いなかったっけ?」


人がいないのだ。外にも、売店の中にも見当たらない。車もない。物音一つ聞こえない。


「?」


辺りを歩き回るが、やはり誰もいない。よく見ると、暁葉の車もなかった。


「母さん!母さーん!!」


置いてきぼりをくらったのかと思い、暁葉を捜す輪路。



その時だった。



「ふぇふぇふぇ…困ってるのかい?坊や。」



突然どこからともなく、黒いローブを着込んだ老人が現れたのだ。フードを深く被っているので顔の下半分しか見えなかったが、深いしわと白い髭が見えたので老人とわかった。


「…おじいさん、誰?」


「わしかい?わしはそうじゃな…まぁ、お土産屋さんみたいなもんじゃ。」


(うわ。怪しい…)


こんな怪しげな姿をした土産屋など、いるはずがない。もしかしたら、誘拐犯の類いかもしれない。だとしたら逃げないと。腕っぷしには自信があるが、大人には勝てない。そう思って警戒心を全開にする輪路。


「そう警戒しなさんな。別に誘拐しようとか考えてるわけじゃないんだから」


まるで考えを読んだかのような発言をする老人。だが、いくらそんなことを言われても、信用できるはすがない。


「知らない人にはついていっちゃいけないって母さんに言われたんだ。」


「親想いのいい子だねぇ。ついて来なくてもいいよ。ただちょっと、顔をよく見せておくれ。」


そう言うと、老人はフードを取った。思った通り、白髪としわだらけの絵に描いたような老人だ。ただ、その目がとても優しかった。


「ああ、ああ、思った通りだ。坊やはとても大きな使命を背負っている」


「シメイ?そんなの背負ってないよ。」


「ちょっと難しかったかな?目に見えるものじゃないし、わかる時が来ないとわからない。」


「…どういうこと?」


「ふぇふぇふぇ、今はまだわからなくてもいいよ。でも…」


老人は懐に手を入れると、袋に入った棒を取り出した。どう見てもこんな物を持っているようには見えなかったのだが。


「これを持ってお行き。」


老人はその棒を輪路に渡した。輪路は袋を開けてみる。中に入っていたのは、木刀だった。


「これ、何?」


「これは木刀といってね、木でできた刀じゃよ。」


「でも俺、お金持ってない…」


「お金はいらないよ。好きでやってることじゃからね」


「…おじいさんはいつもこんなことしてるの?」


「ああ。大きな使命を持っている人に武器を作って渡すのは、わしの生き甲斐じゃから。その代わり…」


老人は木刀を渡す条件を付ける。


「これをずっと持っておくことだ。これから坊やには多くの苦難が待ち受けている。この木刀は坊やをそれから守ってくれるから、手放しちゃいかん。」


どういうことかはわからなかったが、とにかくこの木刀を手放してはいけないということがわかった。


「わかった。また、おじいさんと会える?」


「その時が来ればね。それまでに、坊やは強くなっておくんじゃ。その木刀を使いこなせるくらいに、ね。」


強くなれ。いつかまた会えるから、今よりずっと強くなって、待っていて欲しい。老人はそう言った。



「輪路!!」



暁葉の声が聞こえて振り返る。暁葉が両手に飲み物を持って、こちらに走ってきていた。


「母さん。」


「こんな所にいたの!?母さん捜したよ?どこにもいなかったから!」


「ごめん。」


「…その木刀どうしたの?」


「もらった。この人から」


木刀に気付いた暁葉に、自分に木刀をくれた老人を紹介する輪路。しかし振り向いた時、もう老人はいなかった。さらに周りをよく見てみると、先ほどまでの静けさがなくなっており、人も車もそこら中にいた。輪路は最初、夢を見ていたのかと思った。さっき起きた普通なら考えられない出来事は、もしかしたらただの夢じゃないのかと。



しかし、輪路の手には老人からもらった木刀が残っていた。この木刀が、あの出来事が夢ではなかったということを物語っている。



『これをずっと持っておくことだ。これから坊やには多くの苦難が待ち受けている。この木刀は坊やをそれから守ってくれるから、手放しちゃいかん。』



老人の言葉が輪路の脳裏に蘇る。



「…どうしたの?」


「えっ?う、ううん。何でもない」


輪路は木刀を鞘袋にしまうと、暁葉から頼んでいたコーラを受け取り、再び秦野山市を目指した。











それから輪路は老人の言葉を実行し、木刀を肌身離さず持っていた。どんな時でも木刀を持ち、自分が行くならどんな場所にも木刀を持ち込んだ。無理矢理取り上げようとしてきた者は、教師だろうと警察だろうと叩きのめした。そのうち、周囲には輪路の木刀に手を出すことは絶対の禁忌であるという風潮ができていた。恐れずに触ってくるのは美由紀と佐久真、それから暁葉のみであり、輪路も彼らにだけは許していた。翔に渡したのは、あくまでも木刀について知るための特例である。


「お土産屋さんではないですよね絶対。その人ただ者じゃないですよ」


「確かに今になって思えばおかしいよな。つってもあのじいさんが何モンだったのかなんて確かめられねぇし」


美由紀はやはり普通の老人ではないと言い、輪路も薄々感付いていたことを告げる。だが、今となってはもう、あの老人が何者だったのかを確かめる手段などない。


「なぁ翔。お前ひょっとして、心当たりあったりとかしねぇ?つーか、もういいか?」


「え?ああ…」


輪路は、もしかしたら翔なら何か知っているかもしれないと思って尋ね、それから木刀を返してもらうように言う。翔は木刀を返し、輪路は木刀を鞘袋に納めた。


「…実を言うと、一人だけ心当たりがある。」


「マジか!?」

「ああ。お前が今話したことが全て真実だとしたら、それはもうその人しかいない。」


やはり翔は心当たりがあった。


「誰なんですか!?」


美由紀も気になり、その人物について聞き出そうとする。



その時、



「輪路!聞こえるか!?」



輪路のペンダントから三郎の声が聞こえた。うんざりしながら応答する輪路。


「何だよ三郎?今大事な話してるんだが?」


「こっちだって大事なんだよ!中央広場に結界が張られたんだ!」


「結界?」


「ああ。もしかしたら、また殺徒達が来たのかもしんねぇ。」


もしそうだとしたら、確かに危険だ。翔の話は気になるが、まずこちらを片付けるべきだろう。


「悪いが、ちょっと中央広場に行ってくる。」


「俺も行こう。」


「わ、私も行きます!店長!」


「ああ。行っておいで」


こうして、輪路達は中央広場に行くことになった。











中央広場。昨日輪路達が、殺徒達と対決した場所。一見何もないように見えるが、


「…結界が張られているな。」


翔にはわかった。霊力を高める以外にも、結界を視認する術を使うことによっても見えるようになる。翔は当然これを修得していた。


「手筈は、この前美由紀を狙ったリビドンの時と同じだ。俺が結界を張ってお前らを他の連中から見えなくするから、その間に入れ。行くぜ!」


三郎が作戦を説明し、早々に結界を張る。


「よし…」


木刀を抜く輪路。だが、


「!?」


その瞬間、先ほどまで何も見えなかった場所に青いエネルギーの壁が出現し、人間が数人通れるだけの穴が空いたのだ。まるで誘っているかのように。


「どういうことだ?俺はまだレイジンに変身してねぇぞ?」


「私にも見えます!」


輪路はまだ変身しておらず、霊力を持たない美由紀にも見えることから、錯覚ではないと判断する。


「…考えても仕方ねぇ。そっちがその気だってんなら、やってやるぜ!」


輪路は結界の中に入った。その後に翔も入り、最後に美由紀が入ったところで穴は閉じた。


「…」


三郎は黙ってそれを見ていた。




結界内には、誰もいなかった。暴れ回ったような形跡もない。


「妙だな。結界を張った術者がいないというのは」


「どこかに隠れてるんだと思います。」


物陰に隠れて、こちらを襲う隙を伺っている。美由紀がそう判断した時、


「な、何だ!?」


輪路は驚いた。突然何もない空間から、数人の忍者が現れたのだ。それも、ただの忍者ではない。顔面が黒く塗り潰され、目も鼻も口もなく、一切の起伏がないのっぺらぼうだったのだ。


「こいつらは人間じゃない!式神の類いだ!」


翔は一瞬で忍者達の正体を見抜く。忍者達は背中の刀を抜き放ち、輪路に向かって一斉に襲い掛かった。


「神帝、聖装!!」


素早くレイジンに変身した輪路は、忍者の一人の刀を受け止め、弾き、胴を斬った。真っ二つになった忍者は黒い煙となり、消える。


「廻藤!!神帝、聖装!!」


翔もヒエンに変身し、忍者の一人に斬りかかった。技量でもパワーでも、ヒエンが圧倒している。だがこの忍者、ヒエンが斬りつけても全くダメージを受けない。


「何!?」


しかしすぐヒエンに背を向け、他の忍者と同じようにレイジンに向かっていった。


「翔さんの攻撃が効かない?」


だが、レイジンの攻撃には普通にダメージを受けている。よく見ると、忍者達はヒエンや美由紀には目もくれず、レイジンだけを狙っていた。


「どうなってんだ!?」


自分だけを狙い、しかも自分にしか倒せない式神忍者軍団。自分しか狙ってこないため、美由紀を守る必要がないのが楽だが、やはり気味が悪い。


「こうなったら…」


こんな気持ち悪い相手との戦いを長く続けるのが嫌だったので、早急に片付けることを決意するレイジン。


「出ろ!!力の霊石!!」


剛力聖神帝に変身し、霊力を込める。


「パワードレイジンスラッシュ!!!オラァァァァァァァ!!!!」


レイジンが選択したのはパワードレイジンスラッシュの連続斬り。忍者達を刀ごと一撃で斬り倒していき、やがて忍者軍団は全滅した。


「これで全部か…」


もう忍者がいないことを確認するレイジン。だが、まだ油断はできない。あの忍者軍団を差し向けてきた術者が、近くにいるはずだ。



その時、



「ふぇふぇふぇ!お見事お見事!いや~大きくなったねぇ!それに強くなった!」



拍手と声が聞こえて、全員が振り向いた。


「あ、あんたは…!!」


思わず変身を解くレイジン。ヒエンも解いていた。


「久しぶりだねぇ、坊や。いや、廻藤輪路君。」


そこにいたのは、老人だった。輪路に木刀を渡したあの老人が、十五年前と全く同じ姿で立っていたのだ。


「あんた、あの時の…!!」


「小さい頃のことだったのに、よく覚えていてくれたね。嬉しいよ」


「…忘れるわけがねぇ。この木刀をくれたのは、あんたなんだからな。」


「えっ!?じゃあこの人が、さっき輪路さんが言ってた、お土産屋さん!?」


美由紀も驚く。翔は冷静に、老人に尋ねた。


「あなたは、雪村ゆきむら野上のがみ様では?」


「おや、わしのこと知っているのかい。博識だねぇ」


「やはり…」


「翔!お前、このじいさんのこと知ってんのか!?」


翔はやはり、この老人のことを知っていた。輪路は訊き、翔が答える。


「この方は雪村野上。大きな使命を背負った者の前に現れるという、伝説の武器職人だ。」











雪村野上。元はあまり名も知られていない、刀鍛冶だった。だが偶然聖神帝に変身できる討魔士の戦いを目撃し、それに感銘を受けた雪村は修行を積み、不老不死の仙人となった。それ以来刀だけでなく、様々な武器を造る武器職人となって世界を飛び回り、千年以上前から生きている。魔と戦う使命を持つ者のために。


「千年!?」


美由紀は驚いた。気の遠くなるような長い年月だ。


「彼に造られた武器は、通常の武器ではあり得ないほど強大な力を持ち、多くの討魔士の窮地を救ったと言われている。あの光弘様の武器を造ったのもこの方だ」


「あんた、光弘の武器も造ったのか!?」


「ああ。輪路君を初めて見た時、一目でわかったよ。何せわしは、顔を見ただけで相手の名前や運命がわかるからね。」


雪村が仙人になる過程で身につけた能力である。他にも、大きな使命を事前に察知する力を持ち、その使命を乗り越えるのに見合った武器を造っているのだ。


「…悪いな。せっかくあんたに造ってもらって、今までずっと使ってきたんだが、この木刀、昨日折られちまったんだ。」


輪路は申し訳なさを感じていた。大切にしようと誓っていた木刀を、折られてしまったのだから。


「それは仕方ないよ。何せこの木刀は、未完成じゃからの。」


「…は?」


輪路は耳を疑った。これほどまでに強力な木刀が、まだ未完成?あり得ない話である。


「そういえば、廻藤。お前、この木刀の名前は?」


「え?」


翔に訊かれて、輪路は今更ながらに気付いた。この木刀には、名前がない。スピリソードはあくまでも、聖神帝が使う剣の総称だ。


「雪村様が造った武器には、必ず雪村様から名前が与えられる。」


「名前を付けて、わしの武器は初めて完成する。あの時はまだ、これを完成させるわけにはいかなかったんじゃ。実力と武器の強さが釣り合っておらんかったし、肉体的にも精神的にもまだ未熟じゃったからの。」


もしあの時点でこの木刀を武器として完成させてしまっていたら、輪路は武器に振り回される形になっていただろう。


「ゆえに、完成させるべき時を見極める必要があった。この結界とさっきの式神は、そのためにわしが用意したものじゃ。」


それ以外にも、自分を狙ってくる者から逃れるため、誰にも邪魔されずに武器を渡すため、結界を使っている。十五年前輪路が体験した、あの人間が全くいない空間は雪村が作ったものだったのだ。


「そして、その時は来た。さ、木刀を貸しなさい。少し調整して、それから完成させる。そうすれば、君はもっと強くなれる。」


雪村は手を出した。木刀を完成させるために。輪路は思った。この木刀が完成すれば、間違いなく今よりずっと強くなれる。そうすれば、殺徒にも勝てるはずだ。


「…頼むぜ。」


輪路は雪村に木刀を渡した。すると、雪村はローブの中から一本、金づちを取り出した。そして、その場にあぐらをかくと、木刀を金づちで打ち始めた。


「懐かしいねぇ。わしが刀鍛冶だった頃のことを、光弘様の刀を打った時のことを思い出すよ。」


コーン、コーンと音が響く。雪村が金づちを打つ度に、不思議な光が波紋の形となって木刀全体に広がるのだ。それは、とても幻想的な光景だった。


「これで良し。次は、名前じゃな。」


調整が終わったようで、雪村は金づちをローブの中にしまう。


「初めから決めておった。輪路君は光弘様の、白銀の魂の系譜を継ぐ者。なら、この武器もそれに準ずる名前にせねばならぬ。」


雪村は立ち上がると、木刀に名前を付けた。



「お前の名はシルバーレオ。白銀の獅子王の魂の爪牙であり、この世で最も清らかなる刃。」



その瞬間、木刀全体が光った。輪路の腰の鞘袋も光る。


「木刀と鞘袋は連動していての、片方を調整すればもう片方も調整される。」


そう言いながら、雪村は木刀、シルバーレオを輪路に渡す。触っているだけなのに、かなりの力を感じた。


「変われ、と念じてみなさい。」


言われた通りに念じる輪路。すると、木刀は日本刀に、鞘袋は鞘に変わった。


「こりゃあ…!!」


「今度は戻れ、と念じてごらん。」


念じると、木刀と鞘袋に戻った。


「シルバーレオは従来の能力を何十倍にも強化されている。それからお前さんの霊力を高め、またお前さんの霊力に応じて切れ味と強度を増す。お前さんを強くし、またお前さんの全力を受け止められる剣だ。」


「大事にするよ。もう二度と折られたりしねぇ」


輪路はシルバーレオを鞘袋にしまう。


「さて、わしはもう行くよ。世界中の大きな使命を持った戦士達が、わしの武器を待っておるからの。青羽翔君、時が来たら君の武器も造ってあげよう。」


「お待ちしています。」


「篠原、美由紀ちゃんじゃったかな?」


「はい。」


「…お前さんも、なかなか大変な宿命を背負わされてしまったようじゃな。」


「えっ…」


伊邪那岐にも言われたことだ。美由紀は過酷な宿命を背負っていると。


「その過酷な宿命ってのが何なのかは言えねぇのか?」


「知ったところで今のお前さん達では対処できん。知るだけ無駄じゃ」


輪路は美由紀が背負っている宿命について訊いたが、雪村は知っても何もできないからと教えなかった。


「でも大丈夫。輪路君が、文字通り白銀の光となって君を守ってくれる。じゃから、気を強く持つんじゃよ。」


「…はい!」


美由紀は返事をした。輪路なら、絶対に自分を守ってくれると信じていたから。











それから、雪村はどこへともなく姿を消した。彼が言っていたように、彼を待つ使命ある者のところへ言ったのだろう。


「じいさんの相手は楽しかったか?」


「…お前雪村じいさんのこと知ってたのか。」


「当たり前だ。光弘が武器を打ってもらった時、俺も立ち合ってたんだからな。」


三郎は雪村と面識があった。今回輪路達を呼んだのも、雪村と会って頼まれたからである。


「とりあえず、武器についての心配はなくなったな?」


「ああ。腰に差してあっても、今までとは次元が違うくらいレベルアップしたのがわかるぜ。」


「よかったですね。輪路さん」


「おう!」


「せっかく雪村様に完成させて頂いたんだ。それに見合うくらいの討魔士になれよ?」


「わかってるよ!」


美由紀と翔に言われ、それから輪路は念じる。シルバーレオは日本刀へと変わった。まだここは三郎の結界の中なので、遠慮なく抜く。


「これからもよろしくな。シルバーレオ!」


生まれ変わった輪路の武器。名は、シルバーレオ。その刀身は、日の光を浴びて白銀に光っていた。





大幅に強化され、シルバーレオという名前を与えられた輪路の木刀。どれくらい強化されたかは、近々明らかにします。


次回もお楽しみに!

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