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第十五話 怨念チェーンソーの怪

今回は、久しぶりに高校生組の話です。

午前4時。彩華、茉莉、賢太郎の三人は、胴着を着て走り込みをしていた。これも、稽古の一環である。


「気持ちいいですね!!やっぱり朝の走り込みは最高です!!」


「お姉ちゃんってホントに稽古好きよね…ま、付き合うけど。」


最年長者ということもあって余裕を見せる彩華。そんな姉の様子に呆れながらも、茉莉は稽古に付き合う。この前の入院の件もあるし、やりすぎないようストッパーにならなければ。


「はっ…はっ…はっ…」


そんな二人に黙々とついていく賢太郎。そうこうしているうちに、家に戻ってきた。


「さぁ!まずは正拳突き百回2セットから始めますよ!」


「はいはい。」


彩華は気合い十分に、茉莉は呆れながら、次の稽古に移る。それから次、次とどんどん稽古を終えていき、朝の稽古は終了した。


「賢太郎くんどうしたの?今日ずいぶん元気なかったけど。」


「えっ?ああ、うん…」


茉莉は賢太郎に尋ねた。今日の賢太郎はずいぶん口数が少なく、あまり元気がなかったように見えたからだ。普段はもう少し茉莉の言葉をたしなめるようなことを言ったりするのだが、それもない。稽古に集中していた、と言えばそれまでだが。


「…最近、師匠に会えてないなって。」


「…ああ、そういえば廻藤さん就職決まったんだっけ?」


賢太郎の元気がなかったのは、最近輪路に会えていなかったからだ。輪路はここのところ、協会の任務に慣れるために様々な任務に参加しており、忙しくて昼間はヒーリングタイムにいない。といっても協会のことを話すわけにもいかないので、美由紀は輪路の就職が決まって忙しいと話している。まぁ、間違ったことは言っていないし。


「廻藤さんも社会人ですからね。忙しくて当然ですよ」


「そうそう。今まで働いてなかったのが不思議なくらいだもん」


彩華と茉莉は仕方ないと言った。よく考えてみれば、輪路は大人である。今までニート生活を満喫してはいたが、本来なら彼らのような子供に構っている時間はないのだ。


「…決めた!」


と、賢太郎が何かを決意した。


「ど、どうしたの?」


茉莉が少し驚きながら訊く。


「師匠がいない以上、この街の幽霊の成仏は、僕がやるしかない。だから、師匠に代わって、僕が幽霊を成仏させるんだ。」


「そんな危ないこと、賢太郎くんだけにやらせるわけにはいきません!私もやります!」


彩華も乗ってきた。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!あたし達には幽霊が見えないのよ?それに、幽霊の中にはガチでヤバいのもいるから興味本意で手を出すなって、廻藤さんにも言われたじゃない!」


止めに入る茉莉。賢太郎には幽霊が見えるが、茉莉と彩華には見えないし触れないから手が出せない。それに、幽霊の中には生者の道連れを望んでいる危険な悪霊もいるので、万が一の場合は賢太郎一人の手に負えない事態に陥る可能性もある。触れないのは賢太郎も同じなのだ。


「輪路さん以外にも頼れる人はいるじゃないですか。」


しかし、彩華はそう言った。











二年生の教室。


「で、あたいに力を借りたいと?」


彩華が頼んだ相手は、明日奈だった。彼女なら、確かに頼れる。


「お願いします!私にも、幽霊を何とかできる方法を教えて下さい!」


「そう言われてもねぇ…あんたには霊力がないから、どうとも…」


「そこを何とか!私、茉莉が七人ミサキに取り憑かれた時、何もできなかったんです。だから、また茉莉が取り憑かれた時に…いいえ、二度と取り憑かれたりしないように、霊的な存在に対処する方法が欲しいんです!」


茉莉が七人ミサキに取り憑かれた時、彩華は自分の無力さを思い知った。いくら空手を鍛えていても、霊力を持たない彼女では幽霊相手に何の役にも立たないのである。だから、幽霊にも対処できる力や方法が欲しかった。


「…わかったよ。ちょっと待ってな」


遂に折れた明日奈は、ノートを取り出すと一枚ページを切り離し、それを三枚の長方形の紙になるよう切った。切った紙に一枚ずつ、真ん中に五芒星を書き、


「…ふっ!」


念を込める。すると、五芒星が一瞬小さく光った。


「…これでよし。ほら」


明日奈は三枚の紙を彩華に渡す。


「これは?」


「即席の霊符だよ。これを自分に貼り付ければ、幽霊を見ることも触ることもできるようになる。賢太郎くんは見えるらしいけど、触れないそうだから作っといた。」


「すごい…ありがとうございます!」


彩華は霊符を受け取り、明日奈に礼を言った。しかし、明日奈は付け加える。


「ただし、この霊符は本当に即席だ。効果はせいぜい二十分しかもたないから、使い所に注意するんだよ?」


「二十分、ですか…短いですね…」


「今はちゃんとしたやつの持ち合わせがないし、あたいの修行もすぐちゃんとしたやつが作れるほどは進んでないんだ。」


霊符のリミットは二十分。短い。神宮に戻れば、もっと効果時間の長いちゃんとした霊符があるのだが、今は取りに言っている時間がない。それに、いくら毎日激しい修行に励んでいるとはいえ、ちゃんとした霊符をすぐその場で作れるほど、修行が進んだわけでもない。自分の力が嫌いだからと渋っていたツケが、ここで回ってきた。


「その代わり、何か幽霊関係で用がある時は、あたいも一緒に行くよ。」


だが、直接幽霊を成仏させる力は、伊勢神宮から離れたこの街でも十分ある。だからできる限り、協力してくれるとのことだ。


「でも明日奈さんは修行が…」


「大丈夫大丈夫。だって、あたいとあんたはもう友達でしょ?友達が困ってるなら手を貸すって!」


「明日奈さん…」


自分だって修行で忙しいはずなのに、明日奈は彩華との友人関係を優先してくれた。前はこんなことなどなかったので、これも輪路のおかげだ。


「ありがとうございます。この霊符、大切に使いますね。」


「うん。」


彩華は明日奈に礼を言った。











一年生の教室。


「やるじゃないお姉ちゃん。こんな便利な物をもらってくるなんて」


「でも、この霊符は二十分しか効果が続きません。使うなら、ここぞという時に。ですよ?」


「わかってるって。」


霊符をもらってきた彩華を褒める茉莉。彩華は霊符の効果がわずかしか続かないことを念押しする。


「それで賢太郎くん。廻藤さんの代わりに働くっていっても、具体的には何をするの?」


茉莉は賢太郎に訊いた。


「この学校にもさ、怪談ってあるでしょ?それを解決しようと思うんだ。」


「「…ああ…」」


二人は納得した。



学校の怪談。そう呼ばれる怪奇現象が起きる学校が、時折存在する。この夢咲高校も、その一つだ。輪路は成人男性なので、許可なく学校に入ることはできない。だから、現役在校生である自分達の手で、解決しようと賢太郎は言うのだ。


「なるほど…それなら確かにあたし達の手で何とかしないとね。」


「じゃあ、明日の放課後、またこの教室に集合しましょう。父さん達にも、稽古は休むと伝えておきます。」


彩華と茉莉は承認する。賢太郎は訊いた。


「でもいいの?稽古が…」


「稽古はいつでもできるわよ。」


「今は廻藤さんの代わりが私達でも務まることを証明するのと、明日奈さんと少しでも関係を結ぶ方が大切です。」


いつまでも輪路に頼ってはいられないし、この機会を通して明日奈との交流をさらに深めることもできる。彩華と茉莉は、そっちの方が大切だと言ってくれた。


「二人とも、ありがとう!」


賢太郎は二人に礼を言った。











「というわけなんです。」


ヒーリングタイムで、賢太郎達は美由紀に話した。


「そんなことして、三人とも本当に大丈夫?」


「大丈夫です大丈夫です!こっちには明日奈さんが作って下さった霊符がありますし、それに毎日しっかり鍛えてますから!」


心配する美由紀に、自慢げに言う彩華。茉莉は訊く。


「今日廻藤さんは?」


「今日もお仕事です。」


輪路は、今日も協会の任務に出掛けている。だから、店の中にいない。茉莉は言った。


「ほら、もう気軽に頼める人じゃないじゃないですか。あたし達も、少しは廻藤さんから頼られるような人になりたいんですよ。」


「でも…」


「大丈夫ですよ。神田先輩も一緒ですから」


「…それなら大丈夫かも…」


渋っていた美由紀だが、賢太郎から明日奈の名を出されて考える。輪路ほどではないが、明日奈も強い。よほど強い悪霊でも出てこない限り、彼女がいれば大丈夫だろう。


「…わかりました。でも、一応輪路さんには連絡しておきますね。」


仕方なく、輪路にも連絡しておくという形で、この話は終わった。











翌日の放課後。


「ったく、お前らも物好きだよなぁ…」


夢咲高校の怪談に挑もうとする少年達の中には、三郎の姿があった。不安が拭えなかった美由紀が、今日も任務で来れない輪路の代わりに寄越したのである。


「あたいはあんたが来てくれて、心強いと思ってるよ。」


明日奈は三郎に言った。知識面では、三郎の方が彼女を上回っている。もしもの時対処法を教えてもらえばすぐ実行できるので、三郎のような存在は何よりありがたい。


「そう言われると悪い気はしねぇけどよ…」


「そういえば、神田先輩に三郎ちゃん。何か妙な気配とか感じたりしない?」


「僕は感じなかったんだけど、専門家かなら何かわかりませんか?」


茉莉と賢太郎は、三郎と明日奈に訊いた。今までの学校生活で、賢太郎は幽霊の気配などを感じたことはなかったのだが、自分よりこういったことが得意な専門家の二人なら、何かわかるかもしれないと思ったのだ。


「…あたいは特に何も感じないね。」


「俺もだ。そういやよ、この学校にはどういった怪談があるんだ?」


明日奈も三郎も、特に何も感じてはいないようだ。三郎はどんな怪談があるかを訊いてきた。彩華が答える。


「怨念チェーンソーです。」


この学校のどこかに、かつて大量殺人を引き起こした殺人鬼が使っていたチェーンソーがある。殺人鬼は捕まって死刑になったが、チェーンソーにはその殺人鬼の魂が憑依していて人を襲う。それが、怨念チェーンソーという怪談だ。


「チェーンソーが人を襲う、か…あんまり聞かない話だね。」


「あたしもただの噂だと思ってるんですけど、リビドンとか神とか、ああいうのを見た後だと、噂だって切り捨てることもできなくて。」


確かにあまり聞かない珍しい怪談だが、茉莉の言う通り、強力な霊的存在を目の当たりにした後だと、ただの噂と言い切ることもできない。


「でも、明日奈さんや三郎ちゃんまで何も感じないのなら、本当に何もないのかも…」


「いや、そうとも言い切れねぇぜ。頭の良い悪霊は、強い霊力や妖力を持ってるやつが近くにいることに気付くと、隠れるんだ。」


「だから、何も見えなくて感じなくても、よーく調べる必要があるんだよ。」


彩華は専門家の明日奈や三郎すら何も感じないと言ったので、本当に何もないかもしれないと思ったが、三郎と明日奈はその考えを否定した。悪霊の中には成仏を望まず、ただただ道連れのみを求める者もいる。死んでも人殺しがしたいという、カルロスのような者もいる。そういった悪霊は自分を成仏させうる存在に気付くと、成仏させられないよう隠れるのだ。


「その怨念チェーンソーと同じような幽霊がいるかもしれないし、まず校舎全体を回って調べてみるよ。」


生徒がいなくなるのを待ってから、明日奈を先頭にして一同は突入した。無論三郎はカラスなので、外回りの調査である。











「結局、何も見付からなかったね。」


賢太郎は全員に言った。音楽室やトイレのような怪談としてよく使われる場所も探してみたが、結局幽霊や妖怪の類いは現れなかったのだ。


「ま、学校なんてそうそう人死にがあるような場所でもないしな。」


三郎の言う通り、学校は病院と違って、人が死ぬことは滅多にない。あったとしても、持病の発作で病院への搬送が間に合わずに死んだとか、いじめを苦にして自殺したとか、それくらいのものだ。まともな学校なら、そんなことはまず起きない。


「動物の解剖実験なんかもしてないし、やっぱりウチの学校がまともだってことの証明かしらね。」


夢咲高校はいじめなどが起きていない比較的まともな学校だと、茉莉は内心安心している。


「っていうか、廻藤さんが在学だった頃に成仏させたんじゃないの?」


「それはねぇよ。あいつはここと違う高校に入学したからな。もっとも、その高校でも幽霊は見なかったらしいが。」


明日奈は夢咲高校の霊が、在学時期の輪路に全て成仏させられて以来発生していないのではないかという説を挙げたが、三郎曰くこことは違う高校に入学しており、そこでも幽霊は見なかったとのことだ。まぁ、命に関わる事態が多発する場所ではないし、それが普通だろう。一人くらいならわからないかもしれないが、多発していたら普通にバレて摘発される。で、今賢太郎達は、問題の物品である怨念チェーンソーを探して歩いていた。


「よくよく考えてみたら、チェーンソーなんてあるんだねこの学校。二年間在学してるけど、知らなかったよ。」


「チェーンソーは危ないですからね。生徒が使わないよう、用務員室の隣にある用務員専用の倉庫に入れて、厳重に施錠してあります。」


明日奈は積極的に学校内を探訪しようとしなかったのでチェーンソーがあったことを知らなかったが、彩華はチェーンソーが用務員専用の倉庫にあることを知っている。


「つーか、そんなもん見せてくれんのか?」


「用務員さん優しいから、頼んだら見せてくれるよ。」


生徒に使用を禁じているのに見せてくれるか気になったが、そこは賢太郎達在学生。用務員が生徒を無下に追い返したりするような人ではないと知っている。そうこうしているうちに、一同は用務員室に着いた。職員室の裏手にある小さな小屋が、用務員室だ。三郎は見付からないように隠れ、彩華がチャイムを鳴らす。


「用務員さんいるでしょうか…?」


そんな懸念もつかの間、


「はーい。」


用務員室の中から返答があり、ドアを開けて老人が出てきた。この老人が用務員だ。


「おや、生徒さんじゃないかい。こんな遅くまで出歩いてちゃ駄目じゃないか」


時間は既に7時を回っている。学校の隅々まで調べていたら、こんなに遅くなってしまった。


「すいません。ちょっとチェーンソーを見せて頂きたいんですが…」


「チェーンソーを?そんなもん見てどうするんだい?」


「ちょっと気になったことがありまして。」


「…まぁいい。見るだけならね」


少し不審そうな目で見られてしまったが、用務員は彩華の頼みを聞き入れ、倉庫の鍵を取ってきた。倉庫の鍵を開け、ドアを開けて中に入る用務員。彩華達もそれに続く。中には様々な器具が置かれており、チェーンソーは一番奥の棚に三台あった。


「さ、これでいいかい?」


「明日奈さん。」


用務員はチェーンソーを見せ、彩華に促された明日奈は一台一台、チェーンソーをじっくりと観察する。


「…これ。」


と、明日奈は一台のチェーンソーを指差した。


「このチェーンソー、怨念ってほどじゃないけど、ちょっと良くない気を纏ってる。用務員さん」


「はい?」


「悪いけど、このチェーンソーだけ、早いとこ処分した方がいいよ。」


「はぁ…」


用務員は首を傾げている。突然こんなことを言われても、理解できないだろう。賢太郎は訊いた。


「そのチェーンソー、危ないんですか?」


「ちょっとね。怨念を纏ってる感じじゃないけど、悪い気は霊を引き寄せるから。」


「神田先輩が何とかすればいいんじゃないですか?」


「一旦そういう気に犯された物は、気を払っても新しく悪い気を帯びやすい。だから処分した方がいいんだ」


茉莉は明日奈が払ってやればいいと言ったが、明日奈は悪い気を帯びた物は処分した方が早いと言った。心霊写真を焼いて処分するのがいい例だ。



そんな会話をしていると、



「もしかして、あんたら怨念チェーンソーの噂を聞いて調べに来たのかい?」



突然用務員が訊いてきた。いつの間にか、用務員は明日奈が指摘したチェーンソーを手に持っている。


「は、はい、そうですけど…」


仕方なく白状する賢太郎。


「そうかい。」


その瞬間、用務員がチェーンソーのエンジンをドゥルンッ!!と起動させた。


「よ、用務員さん!?何でチェーンソーのエンジンをかけたんですか!?」


驚く彩華。用務員は答える。


「あんたらがこそこそかぎまわったり、余計なことを言ったりしなけりゃ、このまま帰すつもりだったんだけどねぇ…おかげであんたらを殺さなきゃならなくなったじゃないか。ヒッヒッヒッ…」


不気味に笑い始める用務員。その光景を見て、明日奈が鋭く叫ぶ。


「みんなっ!!倉庫から出てッ!!」


弾かれたように倉庫から飛び出す賢太郎達。一般人の彼らにそれができたのは、普段鍛えていたのと、超常の存在との戦いに同行していたからだ。用務員の行動を注視しながら、明日奈が最後に倉庫から出る。


「ヒッヒッヒッ…いや、どのみち殺してたかねぇ?ずいぶんとご無沙汰だったもの。」


ゆっくりと出てくる用務員。彩華と茉莉は困惑している。


「用務員さん!?」


「一体どうしちゃったの!?」


「二人とも、あたいが渡した霊符を使ってごらん。」


二人に指示を出す明日奈。言われる通り、身体に霊符を貼る二人。すると、


「これは!?」


「な、何あれ!?」


二人は見た。チェーンソー全体が黒い煙のようなものを帯びており、持ち手から用務員に伝わって背後に黒い老人の上半身らしきものがいるのを。


「もしかして、あの黒いのが、明日奈さんが言ってた悪い気ですか!?」


「滅茶苦茶大きいじゃない…」


「いや、さっきまではあんなに大きくなかった。それが邪気に変わって、あそこまで膨れ上がったんだ。」


ここまで大きかったらさすがに注意を促すし、それ以前に問答無用で破壊する。それをしなかった理由は、気が邪気と呼べるほど危なくなく、また大きくもなかったからだ。それがいきなり邪気に変わって肥大化したのは、チェーンソーに取り憑いた悪霊が隠れていたからである。しかし、その溢れんばかりの霊力と邪気は、完全に隠しきれていなかった。そう、このチェーンソーこそ紛れもなく、


「怨念チェーンソー…!!」


賢太郎の言う件の怨念チェーンソーだったのだ。彼は霊符がなくても、チェーンソーの怨念が見える。


「お前ら大丈夫か!?」


隠れていた三郎が飛び出してくる。


「リビドンにも匹敵するとんでもねぇ邪気だ。しかもこいつ、あの用務員を操ってやがる!」


三郎は説明した。怨念チェーンソーに取り憑いた悪霊は、とても強い霊力を持ち、用務員を操っているのだという。明日奈は彩華に訊いた。


「怨念チェーンソーは人を襲うんだったね?どうやって襲うんだい?」


「た、確か、近くにいる人を操って、自分を使わせるって…」


「それを最初に言いなよ!」


「ごめんなさい!」


厄介なことになった。怨念チェーンソーは、あくまでも用務員に自分を使わせているだけ。用務員は操られているだけなのだ。このまま戦えば、無関係な用務員まで傷を負ってしまう。


「1、2、3、4…まぁそのカラスも入れようか。5…ちょうどいいねぇ」


怨念チェーンソーに操られた用務員は、賢太郎達を一人一人、指差して数えていく。


「百人まであと五人だったんだ。これでようやく、百人斬りが達成できるよ。嬉しいねぇ嬉しいねぇヒッヒッヒッ…」


悪霊は生前、九十五人まであのチェーンソーで斬り殺した。あと五人というところで捕まって死刑になってしまったので、それが未練となってこの世に残り、一番強く想いを残すチェーンソーに憑依したのだ。


「こうなったら、最悪あの用務員さんを殺してでも、チェーンソーを壊す!!あんた達だけには、絶対に手出しさせない!!」


霊符を懐から取り出す明日奈。今彼女の胸中は、自分の友達を守らなければという気持ちでいっぱいだった。と、そんな彼女の手を、彩華が取る。


「落ち着いて下さい。」


「あ、彩華?」


「元々こうなったのは私達の責任ですし、明日奈さん一人が気負う必要はありませんよ。」


「そうです!用務員さんを助けながら、怨念チェーンソーを壊す方法を考えましょう!」


賢太郎も同意する。元々、彼らが怨念チェーンソーを探そうと言わなければ、こうはならなかった。だから、自分一人で苦しむ必要はないと。今は用務員を守りつつ、チェーンソーを破壊することが先決だ。


「はぁ…あたしもホントバカよねぇ…勝てる気全然しないし、逃げればいいだけの話なんだけど、でもこのままにしとくってのも気が引けるのよねぇ。」


何だかんだ言いつつ、協力する姿勢を見せる茉莉。どのみちこのままにはしておけない。


「ああ…もう我慢できない…!!」


放っておけば、誰彼構わず殺しまくるだろうからだ。悪霊はチェーンソーを振るい、目の前にいた明日奈に斬りかかった。しかし、


「うがっ!?」


見えない壁が発生し、悪霊を弾き飛ばした。三郎が結界を張ったのだ。


「面倒事を起こすのは輪路のアホだけじゃなかったらしいな!まぁいい。こうなったら最後まで付き合ってやる!防御は俺に任せろ!」


「やっぱり心強かったね。さすが八咫烏」


明日奈は礼を言う。今程度の攻撃なら難なく防げたが、彩華達はそうはいかない。霊力を操る技術など持たないし、結界を張って防ぐなど無茶もいいところだ。守りながら戦ったのでは、消耗も大きい。しかし三郎のおかげで、それを気にせず戦える。やはり心強い存在だった。


「チェーンソーを壊すか、悪霊を用務員さんからひっぺがすんだ!あたいはチェーンソーを狙うから、みんなは悪霊を狙ってくれ!」


「「「はい!!」」」


素手とチェーンソーでは分が悪いどころの話ではないが、その辺りは三郎がカバーしてくれる。今なら彩華と茉莉も、用務員の背後にいる悪霊が見えるし触れる。そこを狙って攻撃すれば、いけるはずだ。賢太郎も悪霊に攻撃するため、霊符を貼る。明日奈も大幣を出す。


「お前ら…死ねぇぇぇぇぇ!!!」


悪霊は怒り、チェーンソーを振りかざして襲いかかってきた。明日奈は大幣に霊力を込めて強化し、チェーンソーを受け止めた。火花が飛び散るが、大幣は切れない。その瞬間、明日奈の背後にいた三人が散開する。


「うっ!?」


悪霊は驚いて明日奈から離れるが、明日奈は追いすがって大幣でチェーンソーを打つ。霊力弾や衝撃波などの攻撃は用務員を巻き込みかねないため、物理攻撃で破壊する作戦だ。しかし、いくら大幣を霊力で強化しているとはいっても、チェーンソーは鉄。そしてこちらも、悪霊の霊力で強化されている。簡単には破壊できない。だが、チェーンソーを壊す以外にも、悪霊を倒す方法はある。


「はぁっ!!」


彩華が用務員の背後に回り、悪霊へと蹴りを放った。相手は煙のような外見だというのに、人間を蹴ったという確かな手応えを感じる。これが幽霊に触れるということなのだと、彩華は理解した。


「ぐっ!!があああっ!!」


蹴りを一撃叩き込んだくらいで悪霊は倒れない。すぐ背後を振り向いて、チェーンソーを振った。しかし、そんな大振りな攻撃は、彩華なら簡単にかわせる。


「やぁっ!!」


「はっ!!」


その隙を狙って、すかさず茉莉と賢太郎が悪霊を攻撃する。


「あああああ!!!」


悪霊がチェーンソーを振れば、すぐにかわす。チェーンソーが当たりそうになったら、三郎が結界を張って防ぎ、弾く。明日奈がチェーンソーを攻撃する。それを、何度も繰り返していた。


「うぐぐ…もう少しで百人斬りが達成できるのに…」


悪霊には、明らかな疲労が見えていた。もう少しで、悪霊を用務員から引き剥がせる。


「やぁぁぁっ!!」


そう思って、彩華は拳を繰り出した。しかし、その拳は悪霊をすり抜け、用務員を殴って転倒させてしまう。悪霊も見えなくなった。


「霊符の効果が…!!」


霊符のリミットである。


「あたしのも…!!」


茉莉も見えなくなってしまった。賢太郎の霊符はまだ少しだけ猶予があるが、もってあと二分である。とても間に合わない。


「お前何でちゃんとした霊符持ってこなかったんだよ!?」


「しょうがないだろ!!ちょうど霊符を切らしてて、新しいの作るには最低でも一日かかるんだからさ!!」


三郎と明日奈は口論を始めた。


「くそぉっ!!」


一人悪霊に殴りかかる賢太郎。悪霊も迎え討とうと、チェーンソーを振るう。



その時、



「ストップだ。」



一人の男が割り込み、左手で賢太郎の腕を押さえ、右手に持つ木刀でチェーンソーを防いだ。


「輪路!!」


「師匠!!」


「「「廻藤さん!!」」」


乱入してきた男を、皆はそれぞれ呼ぶ。そう、廻藤輪路である。美由紀から連絡を受けた輪路は、任務を終わらせて急いで駆けつけたのだ。


「待たせちまったな。っと!」


「ぐっ!!」


輪路はチェーンソーを弾き、


「神帝、聖装!!」


すぐにレイジンに変身した。


「お前らよくやった。後は俺に任せろ。すぐ片付ける!」


スピリソードを抜き放つレイジン。


「邪魔をするなァァァァァァァ!!!!」


半ば自棄になって、レイジンに挑む悪霊。


「レイジンスラァァァァァッシュッ!!!」


レイジンは素早くスピリソードに霊力を込めると、レイジンスラッシュを二撃放つ。一撃目はチェーンソーの刃を叩き折り、二撃目はチェーンソーの動力を斬ってチェーンソーを破壊した。


「な、何ィィッ!?」


武器であり自身を存在させる媒介でもあるチェーンソーを破壊された悪霊。レイジンは悪霊の頭を掴むと用務員から引きずり出し、空へと放り投げる。


「出ろ!火の霊石!!」


それから火の霊石を出して火焔聖神帝となり、スピリソードに霊力を込めて跳躍。


「ファイヤーレイジンスラァァァァァッシュッ!!!!」


「ギャアアアアアアアアアア!!!!」


必殺技で悪霊を一刀両断した。斬撃と炎を同時に浴びせられ、悪霊は成仏した。


「霊石までは必要ねぇかと思ったが、大切な弟子どもに手ぇ上げやがったからな。感謝しろよクソが!」


瞬殺。賢太郎達が苦戦した相手をあっさりと打ち倒したレイジンは、スピリソードを鞘に納めて変身を解除した。


「廻藤。無事か?」


「おう。楽勝楽勝」


遅れて翔もやってきた。











十年程前、ブラジルでとある老夫婦がいさかいを起こし、夫がチェーンソーで妻を殺した。その時殺人の味を知った夫は、多くの人間をチェーンソーで殺して回ったという。


「恐らくチェーンソーに憑依していた悪霊の正体はそれだ。この学校にそのチェーンソーがあった理由は、用務員と同じように周囲の人間を操ったからだろう。壊されない場所を探すためにな」


翔は輪路が倒した悪霊の正体を語った。しかし、ブラジルにあったたった一台のチェーンソーがここまで来るとは、何が起こるかわからないものだ。


「あなたが青羽さんなんですね?あの時は茉莉を助けて頂いて、本当にありがとうございました。」


「君が廻藤が言っていた…こちらも君の妹を救えてよかった。」


彩華達は七人ミサキから茉莉を救った最功労者は翔であると輪路から聞いていたが、翔に会ったことがなかったのでまだ礼を言っていなかった。だから今言う。


「ありがとうございました。それにしても、青羽さんも結構かっこいいかも…」


「何を言っているんだ君は…」


茉莉の自分を品定めするような目を見て、翔は少し引いていた。


「…あの人、かなり強い霊力の持ち主だね。」


「ああ。協会の討魔士だとよ」


「へぇ、なるほど。」


明日奈は翔の霊力の強さを見抜いている。明日奈ならそっち方面には詳しいだろうと思い、輪路は翔が協会の討魔士だと明かした。やはり、協会について知っていたようだ。


「師匠。今日は危ないところをありがとうございます」


「美由紀からいろいろ聞いたよ。結構心配させちまったらしいな…けど、これに懲りたらもうこんな真似はしねぇことだ。気持ちは嬉しいが、怪我なんてして欲しくないからな。」


「…はい。師匠がそう言うなら」


賢太郎は輪路の言葉を受け止めた。今回の一件で、大した力もない自分が輪路の代わりになれはしないことを思い知ったのだ。


「三郎、こいつらに付き合わせちまって悪かったな。」


「いいよ。面倒には慣れてるからな」


三郎は輪路の謝罪を聞くと、飛び去っていった。


「じゃ、俺もう帰るわ。お前らも気を付けて帰れよ」


輪路は翔と一緒に帰っていく。その後ろ姿を見ながら、賢太郎は呟いた。


「やっぱり、師匠はかっこいいなぁ…」


輪路の代わりにはなれっこない。でもやっぱり、その背中は賢太郎にとってあまりにも大きかった。



「…ん?わし、何かしてたっけ?」


用務員室に戻されていた用務員は目を覚ました。後日、新しい普通のチェーンソーを購入したのは、言うまでもない。




目指す背中は大きく遠く、やっぱり憧れる。今回はそういうお話でした。皆さんの近くに、よからぬ噂のあるチェーンソーはありませんか?もし心当たりがあるなら、絶対に手を出さないことです。さもないと…


次回もお楽しみに!

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