第十四話 協会の任務
また遅くなっちゃった…どうも最近やる気が出ないなぁ…もしや夏バテか?いやまだ夏じゃないし…今回は輪路の初任務です。
輪路と翔は、どこかの建物の廊下を歩いていた。ここは、翔が所属する討魔協会の本部である。カルロスとの戦いを経て輪路の成長を確認し、シエルの予定も空いたので、輪路を正式な討魔士にする意味を込めて、ようやくシエルと対面できるようになったのだ。
「時々お前から聞いてるけど、どんなやつなんだ?お前の上司って。」
翔を超える霊力を持ち、しかも討魔士などという超人達を何人もまとめあげているのだ。とんでもない人物に違いないと予想しているが、それでも気になるものは気になるので、輪路は翔に訊いてみる。
「会えばわかる。」
だが翔はこの一点張りだ。
「何だよそれ。」
「どうせ口で言ってもわからないだろう?なら直接お会いして話をした方が早い。」
「…さらっと馬鹿にしやがったな、お前。」
まぁ確かにその通りだが、と怒りを飲み込んだ輪路。そして、とうとう二人は会長室にたどり着いた。翔がノックすると、
「どうぞ。」
中から女性の声が返ってきた。
「会長。廻藤輪路を連れてきました」
翔がドアを開けて、中に入る。その後ろから、輪路も入った。
「お初にお目にかかります、廻藤輪路さん。私はシエル・マルクタース・ラザフォード。若輩ながら、討魔協会の会長を務めています。以後、お見知り置きを。」
礼儀正しく挨拶をするシエル。一方輪路は、シエルを凝視し、それから、自分の目を腕でこすって、もう一度シエルを見た。
「…どうされました?」
「おい、失礼だぞ。」
シエルは尋ね、翔は注意した。
「いや若輩ってレベルじゃねぇだろ!!」
その後、輪路はツッコミを入れた。それもそのはず、シエルは女子高生ぐらいにしか見えないのだ。こんな少女が、一組織の会長なのだという。輪路が言おうとしていることを察知して、翔は言った。
「若輩といっても、会長は現在27歳だ。協会の会長としては申し分ない」
「いっ!?」
27。輪路より、三つも年上である。
「もしかして、高校生くらいに見えました?」
「あ、ああ…」
「そうですか。初めての人には、よく言われるんですよ。」
シエルは慣れているのか、さほど気にしていないようだ。
「それより、今この時を以てあなたを正式に討魔士と認めます。おめでとうございます」
話題を軽く流して、輪路を祝福するシエル。輪路はもう、完全にシエルの雰囲気に呑まれてしまっていた。
「それで早速ですが、あなたに任務を与えます。」
「任務?」
「ええ。あなたは正式に討魔士になりましたから、今後様々な任務を解決して頂くことになります。心配しなくても、給料は出ますよ。」
「そりゃよかった…じゃなくて!任務!?」
給料という言葉に流されそうになったが、任務に挑まなければならないということは忘れなかった。
「はい、任務です。初任務なので、翔を同行させます。翔、行ってくれますね?」
「仰せのままに。」
「いやいやいきなり任務とか…!!」
「訓練期間は十分過ごしたはずですが?」
「た、確かにありゃ訓練だけどよぉ…つーか翔!お前も何あっさり引き受けてんだ!会長補佐なんだろ!?そんな何回も会長から離れていいのかよ!?」
確かに、翔は会長補佐という立場にある。しかし、
「会長に代わって新たな討魔士を育成するのも、会長補佐の仕事だ。」
何も問題はないとのことだ。それに、会議などどうしても外せない用事がある時は、ちゃんと輪路に断りを入れている。
「まぁそう構えないで下さい。あなたはまだ見習いですから、見習い向けの任務を用意してあります。いきなり上級のリビドンや悪魔と戦えなんて、そんな無茶は言いませんよ。」
シエルはにこやかに言いながら、今回の任務について説明した。
「日本の千葉県野田市のあちこちで、妊婦が襲われるという事件が起きています。」
「妊婦が?」
現在千葉県野田市では、女性が何者かに襲われ、殺害されるという事件が起きている。犠牲者は全員妊婦であるという共通点があり、それ以外の繋がりはない。
「あなた達の役目は原因を調査し、事件を解決へと導くことです。」
「解決って、んなもんどうやって解決すりゃいいんだ?手掛かりは?」
「それを見つけるのが俺達の仕事だ。会長。この任務、討魔士の誇りに懸けて、必ず完遂してご覧に入れます。」
犠牲者が妊婦であるということ以外に何の手掛かりもないが、翔はすっかりやる気である。
「意気込むのはいいことですが、これは廻藤さんの任務でもあります。任務に慣れさせるためにも、必要最低限以外は手を出さないようにして下さい。」
「心得ました。」
「…ま、やるしかねぇか。」
組織にいいように使われるというのは少し気に入らないが、死人が出ている以上見過ごすわけにもいかないので、輪路は引き受けることにした。
*
協会は世界中のあらゆる脅威に対して迅速に行動するため、転移魔法陣というものを使っている。これはその名の通り、あらゆる場所へ転移するための魔法陣であり、協会から許しを得た者のみが使える。翔はこの魔法陣を起動することで、本部と秦野山市を行き来していたのだ。魔法陣は許可を得た者の手の平に刻みつけられるが、使用時以外は消えているので目立つことはない。その魔法陣を使い、輪路と翔は千葉県に来ていた。
「便利なもん使ってたんだな、お前。」
「便利といっても、本部から指定した場所を行き来するだけだ。戦略として利用できるレベルじゃない」
「ふ~ん…で、これからどうする?一応現場に来てみたけどよ。」
今二人がいるのは、一番最近に事件が起きた場所だ。何らかの手掛かりがあるのではないかと思い、二人はここに来たのである。犯人は現場に戻るとも言うし、もしかしたら犯人が戻ってくるかもしれない。
「と思ったけど、そんなにうまくいくとも思えねぇんだよなぁ…」
「黙って調査を続けろ。」
ぼやく輪路を諫める翔。と、
「…」
ちょうど妊婦の死体が発見されたという場所で、翔が足を止めた。
「…どうした?」
「…」
翔は答えず、地面に手を置く。少ししてから、輪路に言った。
「…かすかだが、霊力の残り香がある。」
「マジかよ!?」
「お前にはわからないのか?」
「俺霊力の探知とか得意じゃねぇんだわ。」
「…今度鍛えてやる。こういった任務で、霊力が探知できないようでは話にならん。」
翔は霊力探知の訓練も受けているので、遠くにいる幽霊や、幽霊が残したわずかな力も読み取ることができる。
「…ちっ…んで?犯人は幽霊なのか?」
「まだそうだと断定はできないが、幽霊である可能性はかなり高い。もし幽霊だとするなら、リビドンになりかけの危険な状態だ。」
「そりゃヤバいな…」
翔は霊力と一緒に、強い憎悪も感じたという。それこそ、リビドンになっていてもおかしくないと言えるほどの。
「捜し出して対処しなければ…」
「けどどうやってだ?この街結構広いぜ?」
「まず惑い餌の術を使う。探知領域を広げながらあちこちに設置すれば、どれかには必ず引っ掛かるはずだ。」
翔は、偽カルロスを引きずり出した時と同じ作戦を使うと言った。ただ今回は使う餌が一つだけだと効率が悪いので、探知領域を広げながらいくつも設置する。前回一つだけだったのは、輪路という土地勘の持ち主がいたからだ。早速作戦を実行しようとする翔。
その時、
「きゃあああああああああああ!!!」
「うわあああああああああああ!!!」
男女の悲鳴が聞こえた。
「あっちだ!!」
「おう!!」
二人は悲鳴の発信源に向かって駆け出す。一分くらいでたどり着くような近場に、その光景はあった。若い男女二人を、恨めしそうな顔をした女性が追い詰めているという光景だ。
「やめろ!!」
間に割って入る輪路。彼にはわかる。この女性の正体は、幽霊だと。輪路が乱入したことにより、幽霊の前進は止まる。
「あんたこの二人に何するつもりだ!?」
輪路は問いかけるが、女性は黙ったまま輪路と、二人を睨み付けている。翔は女性が何かしようものなら、すぐにでも攻撃する体勢だ。と、数秒して、
「…か~~ご~め~か~ご~め…か~ごのな~かのと~り~は…」
「!?」
女性が歌い始めた。困惑する一同。
「い~つ~い~つ~で~や~る~…よ~あ~け~の~ば~ん~に~…」
構わず歌い続ける女性。
「つ~るとか~めがす~べった~…うしろのしょうめんだ~あれ~…」
そこまで歌い終えると、女性はスーッと消えていった。
「…逃げたか…あんたら、大丈夫か?」
危機が去ったことを感じ、二人の安否を確認する輪路。
「は、はい。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。」
「ここは危ない。早く帰った方がいいぜ」
「はい。そうさせてもらいます」
「あっ、ちょっと待ってくれ。あんた、妊婦か?」
「そうですけど…」
「…わかった。もういいぜ」
二人は帰っていく。女性の方は、やはり妊婦だった。
「やはり敵の正体は幽霊だったな。」
「ああ。けど、ありゃどういうこった?」
「何がだ?」
「あの幽霊が歌ってたの、かごめかごめだろ?何でだ?何で歌ってたんだ?」
幽霊が消える前に歌っていたのは、かごめかごめという童歌だ。しかし、なぜあんな歌を歌っていたのかわからない。妊婦を襲っている動機もわからない。わからないことが増えた。
「それも調べよう。一度本部に戻るぞ」
「お、おう…」
二人は魔法陣を起動し、本部に帰還した。
*
協会本部には、対策室と呼ばれる場所がある。ここには情報収集や解析に長けた討魔術士が所属しており、受けた任務について情報を集め、集めた情報を詳細に解析し、討魔士の早期任務解決に尽力しているのだ。
「あったぞ。」
討魔術士が収集した情報をまとめてあるファイルを見つけ、翔はその中から妊婦連続殺害事件についての資料を見つける。予想通り、妊婦が殺害される現場に居合わせた者は、出現した幽霊がかごめかごめを歌っていたのを聞いていたという情報が載っていた。
「全ての事件現場に人がいたわけではないが、幽霊は現れる度にかごめかごめを歌っていたと見て間違いはないだろう。」
「それで、何で歌ってんのかは載ってないのか?」
「…載っていないな…」
任務に優先度が存在するように、情報収集と解析にも優先度が存在している。今回は見習い討魔士でも解決できるレベルなので、解析が遅れているのだ。おろそかにしていいというわけではないが、討魔士は世界中の異変解決に努めているのである。人手が足りない。
「…じゃあ、生き字引に頼るしかねぇな。」
「生き字引?」
輪路の突然の提案に、資料を注視していた翔は振り向いた。
*
輪路が最も頼りにしている生き字引。それは、三郎と美由紀だった。困った時には、いつも相談している。だが今回なぜか三郎は応答せず、美由紀を頼ることにした。輪路は店の中から客がいなくなるのを待ってから、今自分達が挑んでいる任務の内容を美由紀に伝えた。佐久真にも聞いて欲しくなかったが、突然奥に引っ込んだので聞かれる心配はなかった。
「お前わからないか?幽霊が妊婦を襲ってる理由とか、何で幽霊がかごめかごめを歌ってたのかとか。」
「…妊婦…かごめかごめ…」
美由紀は考える仕草をする。そして、
「思い出しました!」
何か思い出したらしい。
「かごめかごめには、埋蔵金とか、何か意味があるという説があるんですけど、その中には妊婦の流産を意味しているっていう説もあるんです。」
「妊婦の…流産…!?」
美由紀は輪路と翔に教えた。かごめかごめの『かごめ』とは、『籠目』と読むのだが、これは『籠女』とも読むことができる。次の『かごの中の鳥』は、女性の中にいる子供を表し、そこからさらに進んで『つるとかめがすべった』は、『長寿』を示す鶴と亀が滑ることで、『死』を、流産したことを意味していると言われている。
「私の予想が正しければ、きっとその女性の幽霊は、流産したことを苦にして自殺した人だと思います。」
美由紀の予想を聞いて、翔と輪路は仮説を立てる。
「だが子供を産めなかったことが未練となって幽霊になった…」
「それで子供を産もうとしてるやつが恨めしくなるから、妊婦を殺してるってわけか…」
何とも、重い話である。ともあれ、これで幽霊の動機がわかった。
「よし、そうとわかれば話は早い。惑い餌の術を使って幽霊を誘き寄せ、成仏させよう。」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
行動の方針を決めた翔に、輪路は待ったをかける。
「何だ。」
「その前に、ちょっとやりたいことができたんだ。とりあえず、野田市に行かなきゃならねぇんだけどよ。」
「なら戻るぞ。」
「ああ。美由紀、ありがとな。」
「いえ。」
輪路は美由紀に別れを告げ、翔とともに野田市へと戻る。
「話は終わったかしら?」
それから間もなくして、佐久真が店の奥から戻ってきた。
「はい。」
「輪路ちゃん最近忙しそうよねぇ…もしかして、勤め先とか決まったりした?」
「えっ!?ああ、はい、まぁ…」
美由紀は輪路が討魔士になったことを伝えるわけにもいかず、ぼかした。
「そう、それはよかったわ。あの子もいい加減働かなくちゃ、男のくせに甲斐性がないなんて情けないもの。」
「あ、あはは…」
佐久真の喜びに、美由紀は笑うしかなかった。
*
野田市に戻った輪路は、翔と一緒に最近流産した患者を出した病院を探していた。討魔士は免許を見せることで、どんな施設も利用することができる。例え病人や怪我人でなくても、病院に入れる。それを利用して、様々な病院の院長に会い、話を聞いていたのだ。
「最近流産した患者、ですか?それなら、二週間前に一人。」
ようやく当たりが来たようだ。院長は、二週間前に流産したという患者のカルテを見せる。
「この方です。」
カルテには、遠藤梨香子と書かれており、顔写真が貼ってあった。間違いなく、あの女性だった。
「…ようやく自分の子供ができるって、すごく嬉しそうだったんですけどね…」
遠藤梨香子は、自分の子供を産むことが夢で、夢が叶ってとても幸せだと、いつも言っていたらしい。しかし、予定より早く破水が始まってしまい、しかも産まれてくる子は予想以上に身体が弱かったのだ。出産に耐えられず、流産してしまったのである。
「それからは、まるで脱け殻のようでした。生きたいという意思が完全に消え失せてしまって…当然我々も手を尽くしたのですが…」
流産して以来、梨香子はかごめかごめを歌うようになった。ここ野田市は、かごめかごめ発祥の地である。それと流産説が噛み合ってしまい、失意の底に沈んだ梨香子は暇さえあればこれを歌い、そしてとうとう近くの展望台で、ナイフで自分の腹を刺して、死んでしまったそうだ。自殺までするとは、どれだけ子供を産むことに強い想いを込めていたかよくわかる。
「なぁ。流産した場所と、この人の旦那さんの住所はわかるか?」
「えっ?それならわかりますが、どうされるおつもりで?」
「ちょっと気になっただけだ。悪いことに使ったりなんてしねぇよ」
「…協会の方でしたら。」
輪路は院長から、子供が死んだ場所と、梨香子の住所を聞き出した。
「よし、ここからは二手に別れようぜ。」
「別れる?」
「ああ。俺は流産した場所に行くから、お前は旦那さんを連れて例の展望台に行ってくれ。後で俺も合流する」
「何をするつもりだ?」
「とにかく行け。今回の任務、俺にやらせるようシエルから言われてんだろ?だったら、少しは俺の言うことも聞いてくれよ。」
「確かにそうだが…わかった。なら後で合流しよう」
シエルの名前を出されては、さすがの翔も抗えず、輪路の言葉に従った。輪路が向かったのは、手術室だ。まぁ、出産は手術室で行うのだから当然だろう。と、
「んぎゃあ!!んぎゃあ!!んぎゃあ!!」
手術室の扉を開ける前、部屋の中から、赤ん坊の泣き声と思われる声が聞こえてきた。今日は手術の予定がないということを、あらかじめ聞いている。だから、今手術室には誰もいないはずなのだ。内心しめたと思った輪路は扉を開け、手術室の中へと入る。
「やっぱりな。」
分娩台の上で、赤ん坊が泣いていた。誰もおらず、赤ん坊一人でだ。
「おーよしよし。大丈夫だからな」
輪路は赤ん坊を抱き上げると、あやしてやる。
「何も怖いことないから。お兄ちゃんはな、お前をお母ちゃんに会わせてやるために来たんだ。」
「えへへ!えへへ!」
輪路の言葉が通じたのか、赤ん坊は泣き止み、笑い始める。
「すぐお母ちゃんに会わせてやるからな。」
*
「悪い。遅くなった」
しばらくして、輪路は翔と合流した。
「何なんですかあなた達は?梨香子とどういう関係なんですか?」
翔と一緒にいた男性は、いぶかしげに二人に尋ねる。彼こそ、遠藤梨香子の夫、遠藤平太郎だ。翔は自分は梨香子の知り合いだと言いくるめて彼を連れ出したので、梨香子とどういう関係かを知りたいのである。
「あんたにこいつが見えるか?」
輪路は自分が抱いている赤ん坊を、平太郎に見せた。平太郎は少し見た後、輪路に言う。
「あなた人をからかってるんですか?何もないじゃないですか。」
平太郎には、赤ん坊が見えていないのだ。翔はその光景を見て、ああ、そういうことか。という顔をしている。
「よく見てろよ…」
輪路は『いつもの方法』で、平太郎に赤ん坊を見えるようにしてやった。
「こ、これは!?何もない所から…いきなり…!?」
困惑している平太郎に、輪路は説明する。
「こいつはあんたの奥さんが流産した子だよ。もしかしてと思って、こいつが流産で死んだっていう手術室に行ってみたんだが、予想通りだった。」
輪路は流産を苦にして自殺し、子供を産めなかったことが未練となって幽霊となった梨香子の話を聞いた時、反射的に気付いたのだ。もしかして、梨香子の子として生きることができなかったことが未練となり、幽霊となった赤ん坊もいるのではないかと。産まれて間もない赤ん坊は動けないので、自分が死んだ場所に留まっているだろう。そう思った輪路は、わざわざ梨香子が流産した場所を聞き出したのだ。成人や子供などの、自我を確立した者以外は幽霊にならないと思われがちだが、実は違う。赤ん坊だってある程度の自我は確立されているし、胎児だった頃を記憶している者もいるのだ。
「梨香子の…子供?…ですが…!!」
「死んだはず、ってんだろ?確かに死んでる。俺が見えるように、触れるようにしたってだけでな。証明してやる」
輪路は赤ん坊を平太郎に差し出した。平太郎は、恐る恐る赤ん坊を受け取る。温かかった。幽霊とは思えない、生きているとしか思えないほど。輪路はこの赤ん坊が死んでいることを証明するため、赤ん坊に与えた霊力を、少しずつ抜き始めた。すると、赤ん坊の姿がどんどん透けていき、重さもなくなっていく。
「待って!!やめて下さい!!」
平太郎がそう言ったので、輪路はもう一度霊力を与えて元に戻す。
「信じてくれたか?」
「…信じられない話ですけど、信じるしかないみたいですね…」
平太郎は未だに半信半疑ながら、この赤ん坊が幽霊だと信じることにした。
「でも、どうしてこんなことを?あなた達は一体…」
「申し訳ありませんが、実は我々はあなたの奥さんの知人ではありません。」
翔が説明する。
「えっ?」
「しかし、あなたの奥さんを救おうとしています。」
「どういうことですか?」
「あんたの奥さんは、子供を産めなかった未練で幽霊になったんだ。最近起きてる妊婦の連続殺人事件を知ってるか?あれはあんたの奥さんがやってるんだよ。」
輪路が説明に加わる。
「確かに知っていますけど…梨香子が!?そんな…」
平太郎は信じられないという面持ちだった。死んだはずの自分の妻が犯人ということは、確かに信じられないし信じたくもないだろう。
「あんたの奥さんは、今も成仏できずに苦しみ続けてる。成仏させるにはその子と、旦那さんであるあんたの説得が必要なんだよ。」
「…わかりました。協力させて下さい!」
平太郎は輪路と翔に頭を下げ、協力を申し出る。
*
翔は惑い餌の術を使って、近くに転がっていた小石を妊婦に変身させた。後は、梨香子が現れるのを待つのみだ。三人は気付かれないように隠れて、様子を見る。
しばらくすると、
「か~~ご~め~か~~ご~め~…か~~ごのな~かのと~り~は~…」
梨香子が、妊婦の背後に歌いながら現れた。
「…梨香子だ…間違いない!あれは梨香子です!」
平太郎は梨香子の姿を見て、二人にあれは自分の妻の梨香子で間違いないと教えた。
「うしろのしょうめんだ~あれ…」
そう歌いながら、背後から妊婦の首を絞める梨香子。しかし、相手は本物の妊婦ではない、幻影の妊婦だ。梨香子が首を絞めた瞬間、元の小石に戻って足元に転がる。
「梨香子!!」
平太郎は飛び出した。それに合わせて、輪路と翔も飛び出す。
「!!」
振り返る梨香子。
「…あなた…?」
青ざめていた梨香子の顔に、生気が戻り始める。
「そうだよ、梨香子。」
ゆっくりと歩み寄る平太郎。と、
「あっ!あう!」
赤ん坊が平太郎の腕の中で騒ぎ始めた。梨香子に向かって、手を伸ばしている。
「…流産されたってのにわかるんだな。自分のお母さんが誰なのか」
「えっ?」
輪路の言葉に反応する梨香子。輪路は梨香子に、その赤ん坊は梨香子が流産した子だということを話す。
「この子が…私の…」
梨香子は平太郎から、赤ん坊を受け取った。
「…梨香子。お前が殺人を犯していることは、この人達から聞いた。憎かったんだろう?子供を産もうとしている人達が。でも、いくら憎くても駄目だ。これ以上、そんな恐ろしい真似はしないでくれ!」
梨香子に呼び掛ける平太郎。梨香子が生きていた時、彼は何もできなかった。絶望で自暴自棄になってかごめかごめを歌っている彼女に、何度呼び掛けても助けられなかった。そして目を離した隙に、自殺されてしまったのだ。死んでもなお苦しみ続けているというのなら、今度こそ助けたい。そう願って、説得を続けた。
「もうこれ以上、罪を重ねないでくれ!そんなことをしても、苦しくなるだけだ!」
すると、
「…ごめんなさい…」
梨香子は謝った。
「梨香子…」
「あなたが私を助けようとしてくれてたのは、わかってた。でも私は、この苦しみを消すことができなかった。他の人は何も悪くないのに、私は私を止められなかった…」
「…あんたがしたことは許されることじゃない。」
輪路は話に混じって言う。
「けど、償う気持ちがあるのなら、成仏してくれ。もちろん、その子と一緒にな。お母さんと一緒になれるのを、ずっと、泣きながら待ってたんだからよ。」
赤ん坊は、あの分娩台の上でずっと泣いていた。きっと輪路が見つける何日も前から、ずっとずっと泣き続けていたのだろう。お母さんに会いたい、お母さんに会いたい、と。
「…はい…!!」
梨香子は頷いた。
「…あなた、今までありがとう。私とこの子の分まで、どうか生きて…」
光の粒子になって消えていく梨香子と赤ん坊。梨香子は涙を流し、微笑みながら赤ん坊に言った。
「今まで一人にしてごめんね…これからは…ずっと一緒だから…」
「あう!あーう!えへへへ!」
赤ん坊は喜んでいる。こうして、母と子の霊は成仏した。
「お二人とも、本当にありがとうございました!まさか妻にもう一度会えるとは…とにかく、本当にありがとうございました!」
平太郎は輪路と翔に何度も礼を言った。
*
妊婦連続殺人事件を引き起こしていた幽霊は成仏した。討魔士以外事情を知らないこの事件は迷宮入りとなるだろうが、二度と起きることはない。
「二人とも、よくやってくれました。」
本部で、任務を完了した二人を労うシエル。
「いや、俺の任務だってのに翔に任せっきりで、何と言うか…」
「何も知らないのだから仕方ないだろう。最初は手順を覚えてもらわなければならないし、結果的に任務を解決に導いたのはお前だ。あれは思い付かなかった」
情報収集や囮の用意など、いろいろ翔に任せてしまったが、翔が同行した理由は輪路に任務を遂行する手順を教えるためであり、最初のうちは任せっきりでも仕方ない。それより、梨香子をただ成仏させるのではなく、赤ん坊の存在に気付いて両者を引き合わせ、なおかつ夫と最後の別れまでさせてやるという発想は、評価に値する。事実、翔は梨香子を成仏させることしか考えていなかった。
「幽霊の相手すんのも長いからな。よく亡くなった人の遺族に会ったりして、成仏させたりもしたさ。」
輪路自身、ずっと前から続けていることだ。なので、こういうことには慣れている。
「こういう任務なら大歓迎だ。あ、そうだ。なぁシエル」
「会長と呼べ廻藤。さっきから気になっていたが、お前ももうこの組織の一員だぞ?上下関係というものを」
「構いませんよ翔。それで、どうされましたか?」
シエルにタメ口を利きまくる輪路を見て、翔は注意するがシエルは許可した。
「あのさ、この前偽カルロスとの時に思ったんだけどよ、悪人だからってむやみやたらに殺すってのは、嫌なんだよな。だから何とかなんねぇか?更正させるとかよ…」
命の重さを知る輪路としては、どんな悪人でもみだりに殺したくはない。しかし、協会では悪人を殺すことが義務付けられているのだ。
「確かに、許せねぇやつもいる。けど問答無用に殺すってのは…」
「…あなたが言おうとしていることはわかりました。ですが、この掟を変えることはできません。」
「な、何でだよ!?」
悪人は殺す。シエルは、この掟を変えるつもりはないと言った。なぜか。その理由を説明する。
「第三次世界大戦を覚えていますか?世界平和を掲げながら世界を滅ぼそうとした秘密結社ヴァルハラと、その配下の改造兵士ボーグソルジャー。古代より存在し世界征服を狙ってきたテロリスト集団デザイアと、その主戦力の超進化生命体エボリュータント。五年前、これらの組織が同時に決起して引き起こされた大戦争。世界中のあらゆる戦力が、あの怪物達の前には無力でした。」
どんな軍隊も、どんな兵器も、ヴァルハラとデザイアに対抗するには至らなかった。ただ殺戮され、蹂躙された。
「あの戦い、抵抗できたのは我々協会と、人類の味方についた旧き神々。そして戦争を終結へと導いた、ゲイル・プライドを始めとするヘブンズエデンの英雄達だけだったのです。」
あの戦いは輪路も覚えている。レイジンはまだ目覚めていなかったが、美由紀を守るため懸命に化け物どもと戦った。
「しかし我々協会は、規模こそあれには及ばないものの、あのような戦いをずっと前から続けています。それは、悪を裁くため。力を持った悪は、力を持った正義でしか裁けないからです。」
協会は、力を持った悪を裁くための組織である。また、力を持たない悪を裁く組織でもある。それは、いくら力を持たないとはいえ、いずれ力を手にして正義を蹂躙するからだ。
「事実、ヴァルハラとデザイアのトップも、元は力を持たないただの人間でした。悪であったばかりに力を持ち、そしてあれだけの被害を出してしまった…だから我々は、悪を裁き続けなければならない。ゆえに、この掟を変えることは、絶対にできないのです。」
シエルとの対談を終えて、輪路は帰っていた。その隣には、翔の姿がある。
「…難しいよな…」
シエルの話はあまりわからなかったが、五年前の災厄を引き起こしたあの組織のトップが悪であったのは間違いない。だから、シエルの考え方を否定できなかった。
「…簡単に片付く問題ではない。あの掟は、協会から裏切り者が現れた時、裁くためのものでもある。」
「…お前もさ、その、裏切り者ってやつを殺したこと、あるのか?」
「…ある。初めて裏切り者を殺したのは、俺の最初の任務だった。」
討魔士として初めて翔に与えられた任務は、裏切り者の抹殺だった。協会を裏切った討魔士を殺した時、掟だとわかっていたが、身体が半日ほど震えて止まらなかったらしい。
「だがすぐ慣れた。お前もすぐ慣れる」
「裏切り者って、そんなしょっちゅう出るのかよ?」
「お前、初対面の会長を舐めていただろ。」
「…」
「たまにいるんだ。お前みたいに会長を舐めて、自分が新会長の座に就こうと考えるやつがな。確かにシエル会長はまだ若いが、先代会長も老いたら老いたで出てきた。」
翔の話を聞き、協会は思った以上にシビアな組織だということがわかった。
「…とはいえ、今のお前では裏切り者どころか味方の見習い討魔術士にも負ける。もっと強くなれ」
「強くなれったって…」
「俺が鍛えてやる。次は探知能力の強化だな。それから、もっと難易度の高い任務に参加することだ。今回のようなぬるい任務は俺も久しぶりだったが、次からはこうはいかない。」
「…うへぇ…」
輪路は早くも、この組織を辞めたくなっていた。
*
「…そう。悪は裁かなければならないのです」
輪路達が出ていった後、シエルは机の引き出しにしまってあった、一枚の写真を取り出す。その写真には、シエルと一緒に長い髪の男性が写っていた。
「…兄様…」
初任務なのに戦わなかった今回ですが、たまにはこんなのもいいかな?と思ってます。戦ってばっかりだと息が詰まりますし。
さて、次回は最近ご無沙汰だった高校生組がメインとなる、学校の怪談です。お楽しみに!




