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第十三話 道化師が笑う

遅くなってすいません!どうぞ!

輪路と翔は、今日も特訓に励んでいた。


「おらっ!!」


タオルで目隠しをし、木刀を振る輪路。しかしその一撃は、全く見当違いの方向を空振りする。


「勘で剣を振るな。」


「いでっ!!」


その後ろから、翔が輪路の尻を蹴飛ばす。今回の訓練は、相手の気配を読んで対応するというものだ。討魔士として戦う以上、様々な敵が相手になる。その中には、トリッキーな手段で撹乱し、こちらのペースを乱してくる相手も存在するのだ。そんな相手と戦った時、心を乱されず、落ち着いて平然と対抗するという技術が必要となる。そのためには、相手の気配を読めるようにならなくてはならない。気配を読むためには平常心。心を落ち着け、相手がどこにいるか、どこから仕掛けてくるかを読む。これができるようになれば、精神攻撃が得意な相手とも楽に戦えるようになる。だからその一環として、目隠ししたまま翔に攻撃を当てるという訓練をしているのだ。


「お前の心は常にざわついている。まずそれを鎮めることから始めろ」


「んなこと言ったって難しいぜ…」


輪路はかれこれ一週間近くこの訓練をしているが、一向に上達しない。これはただ技量を必要とするだけでなく、精神的な面も関わってくるので、難しいのだろう。


「まず視界が塞がれていることに慣れろ。五感の一つが使えない分、他の四感が鋭敏になっている。それをフルに活用して、相手の位置を探るんだ。そして当てろ」


理屈はわかる。盲目の人間が、音や匂い、気配などで相手の位置を探るなど、珍しくもない話だ。しかし輪路の場合、視界が遮られることによって勘を働かせようと思ってしまい、音やら気配よりもそちらを優先してしまっている。


「目が見えないってのは、不安なもんだな…」


「視界を塞がれたことへの恐怖。それもあるだろう。だが討魔士は、常に恐怖との戦いだ。恐怖を捩じ伏せ、勝利を収めろ。そうしなければ、先には進めない。」


「くそっ!!」


輪路は諦めずに木刀を振るう。しかし、結局今日も、翔に当てることはできなかった。


「…ちっ…」


翔が帰った後、一人残って舌打ちしている輪路。


「よう。今日も手酷くやられたな」


そこへ、三郎が来た。


「全くだぜ。あの野郎手加減なしでやりやがって、全身痣だらけだ。」


翔に攻撃を当てられないまま、一方的にやられた輪路。服で隠れている所にまで、翔に殴られたり蹴られたりした痣がある。


「霊力の制御が安定してきたから、持久力だけじゃなく回復力も上がったろう。それくらい一晩寝りゃ全快するって」


輪路は元々人並み外れた回復力の持ち主だったが、三郎が言う通り、それは輪路の高い霊力が影響を及ぼしていたからだ。その霊力の制御が安定したことで、持久力は伸び、回復力もさらに向上した。全身青痣くらいのダメージは、回復薬を使わなくても寝ていれば治る。


「それは別にいいんだよ。問題は、あいつの言う気配を読んで反撃ってのが、いつまで経ってもできねぇってことだ。お前の心はいつもざわついているからもっと落ち着けろ、ってさ。偉そうによ」


輪路は不機嫌であるという雰囲気を隠そうともせず、できないという不満をおもいっきりぶちまけた。


「心を落ち着けて反撃っていうと、明鏡止水の境地か…」


「明鏡止水?」


輪路は三郎が言った言葉を聞き逃さなかった。


「明鏡止水ってのは、武術の極意の一つだ。磨き抜かれた鏡のように、淀み一つない水面のように、邪念がなく静かな、そういう心境に到達すること。それが、明鏡止水の境地だ。」


「なんかすごそうだな。で、そこに到達するとどうなる?」


「迷いがなくなる。何が起きても、何をされても、惑わされなくなるんだ。」


目隠しされようが耳を潰されようが、敵を倒す、相手を斬る。一切の迷いがなくなり、どのような事態にも対応できるようになる。


「どうすりゃそこにたどり着ける!?」


「お前はアホだから、口で言ったってわかんねーだろ。ただ俺が教えられるとすりゃ、何も考えんなってところだ。」


さらりと毒を吐き、明鏡止水へと到達する方法を教える三郎。小難しい方法を教えたところで、どうせ理解などできない。なら理解しようとせず、何も考えなければいい。とにかく明鏡止水の境地に到達するためには、邪念を持ってはいけないのだ。邪念を呼び覚ます思考は、特に輪路にとって邪魔にしかならない。


「それって勘で戦えってことか?俺それで負けたんだけど。」


「勘じゃねぇよ。とにかくその境地にたどり着けば、おのずとわかるって光弘は言ってたぜ。」


「!光弘が!?」


これは驚いた。輪路の先祖、光弘がこの境地にたどり着いていたというのである。


「ああ。あいつは自分の強さを極めるために、いろんな武術の極意を学んでた。明鏡止水もその一つだ」


「…光弘が…」


「お前ならきっとたどり着けるぜ。」


そう言うと、三郎は飛び去っていった。


「…やってやろうじゃねぇか。」


先祖にできて自分にできない道理はない。そう思った輪路は意気込み新たに、バイクに乗って帰っていった。











ヒーリングタイム。


輪路は痣だらけの自分を見せて美由紀達を心配させぬよう、裏口から入って自室に行き、木刀を置いてからシャワーを浴びて、部屋に戻った。どうも痣だけでなく傷もできていたようで、少ししみたが、これくらい別にいいと思った輪路は、ベッドの上に横になった。


「…眠れねぇ…」


くたくたなはずなのになぜか目が冴えてしまい、眠れない。まぁ、時刻はまだ6時半を少し回ったところだし。テレビでも見ようとまず新聞を手に取った輪路だが、めぼしい番組もなく、それでも退屈だからとテレビを点けた。ちょうど今は、ニュースをやっている時間帯だ。ニュースキャスターが内容を伝える。


『秦野山市で、また死体が発見されました。』


「…?」


死体。その言葉を聞いて、輪路は食い入るようにテレビを見た。



ここ一週間、秦野山市では殺人事件が起きている。手口は至って簡単で、大量のナイフで全身を滅多刺しにするというものだ。殺された人々に繋がりはなく、無差別殺人で犯人はまだ捕まっていない。


『それにしても、犯人は一体何者なんでしょうね?』


『犯行の手口が、カルロス・シュナイダーという殺人犯と酷似しているということですが、関連性は現在調査中です。』


「…カルロス!?」


輪路は驚いた。カルロスと言えば、この前戦った上級リビドンだ。よく考えてみると、リビドンは幽霊が変化した存在である。つまりもしかすると…


「…明日翔に訊いてみるか…」











翌日。輪路は特訓を始める前に、翔に訊いた。


「お前さ、カルロスっていう上級リビドンのこと、知ってるか?」


「…なぜお前がカルロスのことを知っている?」


逆に質問されたが、やはり翔はカルロスについて知っていた。そこで輪路は、自分がカルロスと接触したことについて話す。


「もうお前と接触していたのか…」


「知ってるんなら教えてくれ。あいつ一体何なんだ?」


「…前に俺が、厄介な上級リビドンの集団がいると言っていたのを覚えているか?カルロスはその集団の一人だ。」


やはり、あの時の予想は間違っていなかった。翔が言っていた厄介な連中というのは、カルロスやデュオールのことだったのだ。


「五年前、第三次世界大戦の渦中、冥界でも死者の数が大きく変動した。その騒動に紛れて、リビドンの王になった者がいたんだ。」


冥界はリビドンの巣窟である。理由は、冥界が死者を迎え入れる場所だから。冥界への行き方は様々で、幽霊になって成仏してから行くこともあれば、死んだ瞬間いきなり冥界に送られることもある。問題は後者の場合であり、こちらは憎悪や未練を抱えていることが多い。こうなると他者からの介入がない限り成仏はできず、リビドンになって冥界をさまよい、憎悪と破壊を撒き散らすだけの存在になってしまう。そして、上級リビドンは下級リビドンを操ることができ、その上級リビドンの中で最も強い者は、冥界に巣くうリビドン達の王になることができるのだ。力だけがものを言うリビドンの世界では、当然新しい上級リビドンが現在の王との戦いに勝って、新しい王になる、ということもできる。第三次大戦の最中、冥界の混乱に乗じて、それを実行した者達がいた。


「それが黒城殺徒と、黒城黄泉子の夫婦だ。」


「殺徒に黄泉子?夫婦?そりゃまた…」


輪路は顔をしかめた。そんな危険なことをやったのは、夫婦の幽霊だというのだ。幽霊の夫婦。それも上級リビドンになったとあっては、よほどの何かがあったと思って間違いない。


「ただリビドンの王になるというだけなら、さほど問題ではない。だが、この二人には全生命の抹殺という目的があった。そしてそのために、邪神帝を復活させようとしている。」


「邪神帝?」


翔は語った。



邪神帝とは、とある上級リビドンが討魔士を、聖神帝を滅ぼすために作った存在。聖神帝が森羅万象全てに対する生の象徴であるなら、邪神帝は死の象徴である。討魔士の中には正義の心が強すぎるあまりに、魔に属する者ならば全て滅ぼすべき、という過激派が残念ながら存在している。そんな過激派の討魔士が、数百年前ある法術師の友人だった魔物を殺した。人間に対して非常に友好的で、悪さなど一度もしたことがないという魔物だった。法術師も必死に抵抗したが、討魔士は聖神帝の資格者であったために全く敵わず、殺されてしまった。


「当然その討魔士は他の者が粛清し、法術師の目の前で処刑した。」


「処刑って…」


「正義の思想を持つこと自体は、討魔士の絶対条件だ。しかし行き過ぎた正義を実行した者は、もはや討魔士の器ではない。ゆえに、速やかに処刑する。」


予想以上に正義の定義に重きを置いている協会の内部を知り、輪路は自分がとんでもない組織に入ってしまったのではないのかと内心後悔した。


「死ぬべき者は死に、しかるべき処置も施した。だが、法術師の怒りは収まらなかったんだ。」


この一件が原因で、法術師は全ての討魔士を憎むようになってしまった。法術師は元々病気にかかっており、激しい憎悪によって病状が加速し、死亡した。しかし法術師は死後上級リビドンとなり、全討魔士への復讐を決意したのだ。そして生み出されたのが、邪神帝である。強い霊力を持つ者の魂を何千億も集め、それを憎悪の色に染め上げて混ぜ合わせ、鎧の形に固定した。その力は聖神帝を上回り、討魔士達の命を脅かすものとなった。だが邪神帝の力は、あまりにも強すぎた。強すぎてまともに扱える者がおらず、上級リビドンの法術師でさえ、何度も使ううちに魂が耐えられなくなって、消滅してしまった。


「その後も多くの上級リビドンに使われ続け、最終的には光弘様と戦うことになった。」


一進一退の大攻防の末、無敵を誇った邪神帝も遂に敗れた。破壊される前に他の上級リビドンに回収されてしまったが、光弘との戦いで邪神帝はその力のほとんどを奪われ、冥界以外の場所では使えなくなったという。


「だが邪神帝を復活させる方法はある。強い霊力を持つ魂を、邪神帝に食わせることだ。」


多くの魂を使って作った邪神帝。光弘との戦いで、その魂の大半が成仏させられてしまい、力を失ってしまった。だからこそ力を取り戻すためには、魂が必要なのだ。殺徒と黄泉子は現世を滅ぼすための兵士を集めながら、邪神帝を復活させるため強い霊力を持つ人間やリビドンをも襲い、魂を集めている。魂を食らったり消滅させたりするのが、成仏させる以外でリビドンを倒す方法だ。


「光弘様が書き遺された伝記には、何があっても邪神帝を復活させてはならないとある。光弘様でさえ倒し切れなかった邪神帝が相手では、例え協会の全戦力を集めても勝てない。」


「そんなにか…っていうかそもそも、俺は光弘の強さの基準がわかんねぇんだが…」


輪路は三郎から光弘が強かったという話を聞いてはいるが、具体的に何をしたのかは聞いていない。


「ソロモン72柱の悪魔の内10体が地獄から現れた時、その軍勢ごとたった一人で返り討ちにした。他にも、一撃で銀河系を容易く滅ぼせるナイアルラトホテップと互角に渡り合ったり、シヴァ神と殺し合いをして生き残ったという逸話まである。」


「…やっぱよくわかんねぇわ。」


本当はどれもとんでもないことばかりなのだが、やはりわからない輪路だった。


「…話が脱線したな。ところでどうしてカルロスの話を?」


「いや、最近カルロスがこの街で人殺ししまくってるらしいからよ。」


「それはない。奴は直接戦うより、策を使って戦う男だ。よほどのことでもない限り、自分から積極的に人殺しを行うということはない。恐らく手口を真似ただけの模倣犯だ」


カルロスは何十年も前、全米を震撼させた連続殺人鬼だった。カルロスに殺された犠牲者の数は二百人以上にも及び、そして四年もの間警察に逮捕されなかった。結局捕まって死刑に処されはしたが、それだけの長い間逮捕されなかったのは、カルロスが慎重な男だからだ。彼は万全に万全を重ね、殺人以外の目立つ行動を極力控えた。言われてみれば、輪路がカルロスと戦った時、カルロス自身が直接戦おうとはしなかった。一度目はリビドンを使って罠を張り、二度目は結局輪路にリビドンをぶつけて逃げた。そんな慎重な男が、一般人相手とはいえ自分がやったとわかるような痕跡を、今さら残すだろうか?とすれば犯人の正体はカルロスではなく、カルロスに真似た殺し方を使った模倣犯であると推察できる。


「警察もずいぶんと進歩した。ほどなく犯人は捕まるだろう。が、やはり殺人犯を野放しにしておくわけにはいかない。俺が犯人を殺そう」


「へぇ、お前が動いてくれるのか…って殺す!?」


輪路は翔の口から聞き捨てならない言葉が飛び出してきたのに驚いた。


「そうだ。殺す」


「お前…いくら相手が殺人犯だからって殺すとか…こういうのは警察に引き渡して、裁判にかけるもんだろ?俺でもそれくらいわかる。」


「お前、討魔士が戦う相手が化け物だけだと思っていたのか?」


「…違うのか?」


「討魔士が戦う相手は魔物だ。そしてその中には、人間も含まれている。」


「ちょっと待て!そりゃどういうことだ!?」


「魔というものは、人の心にも宿る。己自身の弱さこそが魔であり、それに負けて悪の道へ、魔道へと堕ちた者は、例え人間の姿をしていようと、もはや人間ではない。お前がよく知っているリビドンや妖怪、化け物と同じ存在だ。」


「同じって…」


「同じだ。魔道に堕ちた人間を滅ぼすことも、討魔士の使命だ。」


きっぱりと断じた翔。人殺しや略奪が、悪でないはずはない。己の弱さに負け、悪の道に堕ちたなら、例え人間であろうと討魔士の抹殺対象なのである。つまり少し前の輪路は、討魔士にとって魔物と同じ存在だったというわけだ。


「一人だけならまだ正当防衛と考えることもできるが、ずいぶんと殺したんだろう?なら言い訳はできない。間違いなく、協会の抹殺対象だ。」


「…」


「止めたいか?どんな悪人でも、生きている人間なら殺すべきではないと言いたいのか?甘いなお前は。」


翔の目は、冷めきっていた。まるで、やはり輪路を討魔士にするべきではなかった、とでも言っているような目だ。


「悪いが、これは協会で決められた掟だ。例え俺がどうこう言おうと、変えられはしない。」


「…やっぱ俺、とんでもねぇ組織に入ってたんだな…」


「何も知らないやつは決まってそう言う。今夜殺人事件の犯人を見れば、お前の気も変わる。俺の予想が正しければ、相手はそれこそ死によってしか救えないクズだろうからな。」











その日の夜。訓練を終えた二人は、ヒーリングタイムに来ていた。


「じゃあ輪路さんは、翔さんと一緒にこれから殺人犯を捜しに行くんですか?」


美由紀は訊いた。


「ああ。野放しにしとくわけにはいかねぇだろ?」


「それは結構なことだけど、気を付けなさいよ?」


佐久真は輪路が殺人鬼ごときに負けるとは思っていない。まして今回は助っ人付きだ。だが、万が一ということもある。そうなった場合、何より美由紀が悲しむ。


「わかってるよ。」


輪路は返事した。


「でもどうやって犯人を捕まえるんですか?」


「…しまった。それを考えてなかった」


美由紀に指摘されて、輪路は考える。ただ殺人犯を倒して捕まえることだけを考えていたから、まず見つけなければいけないということを考えていなかった。


「美由紀、お前ならどうする?」


早々に思考を捨てた輪路は、美由紀に知恵を求める。


「私ですか?私なら…うーん…餌を撒いてかかるのを待つ、ですかね?」


「…?」


「囮ってことです。」


輪路は言っていることの意味がわからなかったので、美由紀がわかりやすく説明する。犯人は多くの人間を殺したがっているのだから、そのための餌、つまり、襲いやすそうな人間を、襲いやすそうな場所に配置して誘き出そうというのだ。


「すごく危ない作戦ですから、私も躊躇ったんですけど…」


囮を使うなら、囮に使う人間を確実に守れるという条件が必要になる。人命を危険にさらすのだから、危険極まりない作戦だ。


「そういうことなら心配はいらない。秘策がある」


しかし、ここにいるのは討魔士の翔。魔物退治のエキスパートだ。











街外れの空き地。そこを、一人の女性が通りがかった。女性は恐々としながら歩いている。人通りが少ない場所だし、いつも不良やごろつきが溜まり場にしているからだ。今回は誰もいないが、それでも怖いものは怖い。ウサギが狼の住みかに迷い込むようなものである。



その時、



「こんばんはお姉さん。」



背後から声がかかった。女性が驚いて振り向くと、そこにはピエロの格好をした男性がいる。


「こんな所を一人で歩いてると危ないよ?怖~い殺人犯がうろついてるかもしれない。」


「そ、そうですね…だから早く帰ろうとしてるんです…」


怪しさ満点の男性から、女性は逃げようとしている。


「まぁまぁそう怖がらないで。ピエロさんが送っていくよ…」


次の瞬間、


「あの世までね!!」


男性がナイフを抜いて、女性に襲い掛かった。女性は逃げるが、すぐに追い付かれて、頭をナイフで刺された。



だがその刹那、



「あ?」


男性は間抜けな声を出した。頭を刺して殺したはずの女性が、一枚の紙切れに変化したのだ。あっけに取られる男。だが間もなくして、物陰に隠れていた翔が飛び出し、男の腹に二回、膝蹴りを浴びせて蹴り飛ばした。


「ごはぁっ!?」


たった二回とはいえ、常人より遥かに強い翔の膝蹴りである。細身でもその威力はヘビー級レスラーの蹴りを上回り、常人程度の耐久力しか持たない男は腹から、肺から全ての空気を吐き出してぶっ倒れた。



何が起きたのか説明しよう。翔は討魔戦術の一つ、まどの術を使ったのだ。これは紙や石などを依り代に霊力を込め、相手が最も望んでいるものへと変化させる術である。捜すのが面倒な相手や、追い付けない相手を誘き寄せる場合に使われる術で、依り代が傷付いたり壊れたりすると術が解け、元に戻る。今回は翔が紙切れに霊力を込め、男が最も望んでいる『襲いやすそうな人間』に変化させた。まんまと引っ掛かった男は、依り代を攻撃して術が解けてしまい、動揺していたところを翔に倒されたというわけだ。


「うまくいきましたね!」


「確かに何とかなったけど、囮が美由紀に似てるってのがなぁ…」


翔が男を倒したのを見計らい、美由紀と輪路が物陰から出てきた。美由紀がついてきた理由は、二人だけでは心配だったからである。で、囮に使った依り代だが、姿形がかなり美由紀にそっくりだった。それだけ襲いやすそうな人間として条件が合致していたということなのだろうが、輪路としては納得できない。翔はそんな輪路を無視して男の襟首を掴むと、強引に立たせて質問した。


「お前だな?最近この街で殺人を犯しているのは。」


「何なんだよてめぇ…わけわかんねぇ手使いやがって…こんなのアリかよ…」


悔しそうに顔を歪めている男。そんな男の顔面に、翔は無表情なまま拳を喰らわせた。


「がっ…!!」


「質問しているのはこっちだ。お前はこっちの質問にだけ、包み隠さず全て答えればいい。さぁ答えろ!お前は連続殺人犯で間違いないか!?」


情け容赦一切なく、尋問を始める翔。男は答えた。


「そ…そうだよ…」


「なぜそんなことをした?」


「…憧れてたんだ…カルロス・シュナイダーに…」


「憧れていただと?」


翔の尋問に、男は答えていく。男はやること成すこと全てに退屈を感じており、ある日テレビでやっていた世界の殺人犯スペシャルという番組を見た。その番組ではたまたまカルロスについて紹介されており、ピエロに変装して獲物を大量のナイフで滅多刺しにしていたという手口を知った。犠牲者の写真はさすがに公開されなかったが、手口を聞いただけでも男が興味を抱くには十分だった。まず最初の相手を同様の手段で殺し、味を知ったのだ。


「爽快な気分だった。同時に俺は、カルロスに憧れたよ。こんなことを思い付いて、すげぇたくさんの人間にやれたカルロスに!」


「だからカルロスの模倣犯になったのか。」


「そうだ!俺が新しいカルロスになって、退屈をまぎらわすためにな!!」


「そんな理由で…ひどい!」


美由紀は愕然とした。退屈だったから、そんなしょうもない理由で、今まで殺人を重ねていたのだ。


「わかったか廻藤。この男には、死によってのみ救いが与えられる。」


見せつけるようにして言う翔。輪路は、何も言わなかった。殺人犯に対して怒りを感じていたのは確かだし、今も殺したいくらい怒っている。しかし、本当に殺そうとまでは思っていない。


「おい、それどういうことだよ!?」


「俺がお前を殺すと言っているんだ。どうせ生きていても退屈なだけだろう?それにお前のような人間を、のさばらせておくわけにもいかない。殺される側の恐怖を、存分に味わっていけ。」


言いながら翔は、討魔剣を一本抜いた。


「待て翔!」


翔は本気だ。さすがにまずいと思った輪路は、翔を止めようとする。



その時、



「あーあーあーあー!ホンットにアマちゃんだねぇお前は!」



何と、もう一人ピエロの姿をした男が現れたのだ。


「えっ!?もしかして、模倣犯がもう一人!?」


「違う!!こっちは本物のカルロスだ!!」


美由紀は同じ姿をした人物がもう一人現れたことに驚くが、輪路は男の話し方や気配から、本物のカルロスであるということを察知する。


「カル…ロス?本物のカルロスって、死んだはずじゃ!?」


「ああ死んだぜ?もう少しで三百人目を殺せるってところで捕まって、死刑にされちまった。けど人殺しの味がどうしても忘れられなくてなぁ、冥界から幽霊になって戻ってきたってわけだ。」


余裕の現れか、懇切丁寧に説明するカルロス。憧れていた人物が目の前に現れ、翔が予想していた以上の力を発揮した男は、翔の拘束を振り払って抜け出し、カルロスにしがみついた。


「頼むよ!俺をあんたの弟子にしてくれ!俺はあんたに憧れてんだ!俺もあんたみたいに人殺しがしたいんだよ!!」


だが、


「寝言抜かしてんじゃねぇ。」


カルロスが何もない空間からナイフを一本取り出し、男の頭に突き刺した。


「見るな美由紀!!」


その凄惨な有り様を見た輪路は、片手で美由紀の顔を隠す。


「えっ…な…」


「カルロスを名乗るのは俺一人なんだよ。真似しようなんてやつはぶっ殺す」


カルロスがナイフを抜くと、男の遺体はあっという間に朽ちていき、消滅した。


「さて、このナイフの中にはさっき殺したクソ野郎の魂が入ってるわけだが…」


カルロスは男を殺したナイフを見せびらかし、バリバリと噛み砕いて食ってしまった。


「お前曲芸師かよ…」


あまりにもクレイジーな光景を見て、輪路はかなり引いている。美由紀の顔を隠す手はどけていない。


「つーか翔。こいつよほどのことじゃない限り直接戦ったりしないんじゃなかったのか?」


「そのはずだが、俺にもこの男はよくわからない。予想もつかないようなことを平気でやるからな」


カルロスが普通に出てきたのを見て、話が違うと翔に言う輪路だが、カルロスの思考は翔にも理解できないらしい。


「よほどのこと、か…確かによほどのことだぜ?俺の真似してるってやつを殺しに来たんだからさ。俺のアイデンティティーを守るためによ」


「…やはりよくわからないな。」


自分が出てきた理由を話すカルロスだが、翔には理解できなかったらしい。


「ああ悪い。再会の挨拶が遅れたな、翔ちゃんよ。」


「俺は二度と会いたくなかったがな。」


もうわかっているだろうが、翔はカルロスとも交戦経験がある。策士タイプでありながら、その強さと厄介さは翔をして二度と会いたくないと言わせるほどだ。


「そんなつれねぇこと言うもんじゃねぇよ。殺徒様達から少しは身体動かせって言われてるし、ちょっと遊ぼうぜ。魂身変化!!」


カルロスの手袋が破れてゴツゴツした手が現れ、ピエロの顔のメイクが黒く、口は耳まで裂け、耳が黒く尖った形となる。グレムリンを思わせる怪物だ。


「美由紀!隠れてろ!」


「はい!!」


輪路は美由紀を逃がす。と、


「おっと待ちな!結界を張るぜ!」


そこに三郎が現れ、結界を張った。


「「神帝、聖装!!」」


聖神帝に変身する二人。スピリソードとツインスピリソードを抜いて、カルロスに挑む。カルロスは両手にナイフを一本ずつ持ち、二人の聖神帝を迎え討つ。カルロスのナイフは小さなものだったが、聖神帝の攻撃を受け止められるほど頑丈だ。が、リーチの差は否めなく、数度打ち合った後下がる。


「クラウンマジック!!」


すると、カルロスが両手のナイフを放り投げた。その瞬間ナイフは消え、無数のナイフとなって二人の周囲を取り囲むように出現した。


「サークルナイフ!!」


ナイフは一斉に二人へと向かう。だがサークルの名の通り、輪を描くように展開されているため、上には何もない。跳躍してかわす二人。


「クラウンマジック!!デスジャグリング!!」


次の技を繰り出すカルロス。今度は、赤、青、黄、緑など、多種多様な色のボールをいくつも取り出し、ジャグリングしながら投げつけてきた。ヒエンはそれを飛行能力でかわすが、


「うぜぇ!!」


レイジンはスピリソードで斬った。その瞬間、投げられたボールが爆発し、レイジンは地面に叩きつけられた。


「てめぇっ!!」


怒ったレイジンはすぐ立ち上がる。ダメージはさほどない。カルロスに向かって斬りかかる。


「クラウンマジック!!サウザンドソード!!」


だがカルロスも黙って待ちはしない。今度は自分の周囲に無数の剣を出現させ、レイジンに向かって飛ばしてきた。レイジンは剣を叩き落としていくが、飛ばされる度に新しい剣が次々配置され、再度発射されてくる。


「千本ノックでもしてんのかぁ!?なら付き合うぜ!!そうら二倍だぁっ!!」


カルロスはレイジンをおちょくりながら、配置する剣の数と飛ばす速度を宣言通り二倍にし、攻撃の手を強めた。無論、レイジンとてこのまま受け続けるつもりはない。チャージは完了した。


「ライオネルバスタァァァーーーッ!!!」


攻撃を防ぎながら溜めていた霊力を一気に解放する。ライオネルバスターは剣の嵐を根こそぎ吹き飛ばし、カルロスを呑み込んだ。


「やったか!?」


カルロスのダメージを確認しようとするレイジン。だが、


「はい、フラグが立ちました~。」


カルロスはいつの間にかレイジンの背後に出現していて、手にしたナイフでレイジンを背中から切った。


「ぐあっ!?」


「お前知らないの?やったか!?は死亡フラグだぜ。もっとマンガ読んだりアニメ見たりゲームやったりしなきゃ!で、わざわざ死亡フラグを立ててくれた親切な廻藤輪路君には…」


ダメージを全く負った様子がないカルロス。レイジンはそれでもスピリソードを振りかぶり、カルロスを斬りつける。しかしカルロスの姿は消え、またしてもレイジンの背後に。


「お礼としてそのまま死んでもらいましょう♪」


またナイフで斬りつける。距離が開いたのを見計らって、今度は両手に何本ものナイフを持ち、投げつけて攻撃してきた。


「ぐおおおっ!!」


「ぎゃははは!!お前討魔士になったんだってな!?無理無理!!お前みたいなアマちゃんに、討魔士は務まらねぇよ!!」


上級リビドンは瞬間移動を使える。それを使って飛び回りながら、カルロスはナイフを投げてきた。


「このままじゃ輪路さんが…」


成す術もなくやられているレイジンを見て、美由紀は危機を感じる。と、気付いた。ヒエンは?ヒエンはどこに行った?美由紀はヒエンを捜し、そして見つけた。ヒエンは少し離れた場所から、レイジンとカルロスの戦いを見ている。


「翔さん何してるんですか!?このままじゃ輪路さんが!!」


ヒエンにレイジンを助けるよう言うが、ヒエンは黙ったまま何もしない。


「翔さん!!」


「喚くなよ美由紀。」


そんな彼女を黙らせたのは、三郎だった。


「三郎ちゃん!?」


「あいつは今輪路を試してんのさ。明鏡止水の境地を会得できたのか、それを実戦で使えるのかをな…」


「えっ?」




話は昼間の特訓まで遡る。


「いでっ!!」


相変わらず翔に一撃も当てられない輪路。


「お前は本当にこの訓練が苦手だな。今までの成果がまるで出ていない」


輪路の背中に拳を喰らわせ、辛辣な言葉を浴びせる翔。


(くそっ!本当にその通りだぜ!どうすりゃこいつに当てられる!?)


輪路は頭をフル回転させ、翔に勝つ方法を考える。


(…考えるなっつってたな…)


と、輪路は三郎が言っていたことを思い出した。明鏡止水の境地に達するには、邪念を捨てること。輪路の場合は方法を話しても理解できないから、とにかく考えるな。そう言っていた。


(考えない…何も考えない…)


輪路は自分に言い聞かせた。どうせ翔に攻撃を当てる方法など、考えてもわからない。なら、考えることを放棄しよう。そう思ったのだ。


(…奴の中から意識が消えた…?)


ベテラン討魔士である翔は、すぐ輪路が思考を停止させたことに気付く。


(何を考えている?そんなことをすれば、ただの的だぞ?)


心を平たく保てとは言ったが、意識を消せとは言っていない。そんなことをすれば、文字通りただの的になるからだ。そう思いながら、手刀を繰り出す翔。



だが、輪路は翔の手刀に合わせるようにして木刀を振り、腕に木刀を当てた。



「「!?」」


翔は驚いて飛び退き、輪路も警戒している。


(当たった…だと!?)


今、間違いなく輪路は翔に攻撃を当てた。まるで、翔が攻撃してくることがわかっていたのではないかと思うくらい、ぴったりなタイミングで。


(当たったよな…今確かに当たったよな!?)


輪路もかなり焦っている。今までかすりもしなかったのに、いきなり命中したのだ。


(今俺は、何かが来たって感じて、そっちに向かって木刀を振ったから当たった…)


自分がどうして当てることができたのか、落ち着いて整理してみる輪路。


(偶然か?)


まだ一回当たっただけなので、まぐれかと思い、今度は音を立てないよう輪路の左後ろに移動し、突撃して蹴りを放った。


(また!!)


輪路は思考を停止して構え、また何かが近付いてくるのを感じ、その方向に木刀を振った。また当たった。輪路の木刀は翔の足に命中し、足を払ったのだ。


「ぐっ!?」


空中で体勢を直して着地した翔は、今度は一気に輪路に接近して、拳や蹴りなどの体術を連続で放つ。


(偶然じゃない!!)


しかし、輪路は攻撃を全部防いだ。偶然ではなかった。確かに輪路は、翔の攻撃を察知して防いでいるのだ。


(そうか。わかったぞ)


輪路は三郎が言っていたことの意味を、明鏡止水の境地がどういうものかを理解した。


(考えるなってそういうことか)


考えるのではなく、ありのままを感じること。磨き抜かれた鏡は一切の曇りなく、真実を映し出す。その真実を感じてしかるべき対応をすることこそが、明鏡止水の境地である。邪念や精神的揺さぶりなど、余計な曇りを全て排除し、本質を受け止めてそこに打ち込めば、


「そこだ!」


攻撃は当たる。


「ぐあっ!!」


輪路の木刀は、見事に翔の額を捕らえ、昏倒させた。




三郎はその一部始終を見ていたからこそ、ヒエンの意図を悟ったのだ。カルロスとの戦いは、まだまだ通過点にすぎない。その通過点をレイジンが乗り越えられるか、ヒエンはそれを確かめようとしているのだ。


(本気ではなかったとはいえ、目隠しした状態で俺に攻撃を当てたお前なら、カルロスにも当てられるはずだ)


ヒエンはそう思いながら見ている。


「お前みたいなやつは力なんて付けようとしないで、さっさと殺されてりゃいいんだよ!!」


カルロスは相変わらずレイジンを挑発しながら、瞬間移動とナイフ投げを繰り返している。


「黙ってねぇで何とか言ったらどうだ!?やり返すとかよ!!無理だろうけど!!」


レイジンは黙り込んだまま、ひたすらカルロスの攻撃を受け続けている。


「んじゃ、そろそろトドメといくか!!」


それを見て、レイジンがかわす気力もないほど弱っていると判断したカルロスは、両手に一本ずつナイフを持ち、


「死ィィィにやがれぇぇ!!!」


駆け出してからレイジンの横に瞬間移動、ナイフを振り下ろした。



しかし、レイジンはそれに反応し、カルロスの腹を斬った。



「うぎゃあああ!!!」


倒れるカルロス。


「な、何だ!?何が起きたんだ!?」


かなり驚いているカルロスは、何が起きたのかを必死に整理する。攻撃に反応されないよう、走って近付くと見せかけて瞬間移動を使い、横に回って攻撃した。しかし、レイジンはそれに反応してカルロスを斬ったのだ。


「お望み通り、やり返してやったぜ?」


レイジンはカルロスを挑発する。


「ちっ!舐めんな!!一発当てた程度で、調子に乗ってんじゃねぇ!!どうせまぐれ当たりだろうが!!」


カルロスは腰砕けになりながらも立ち上がり、レイジンから距離を取る。


「まぐれかどうかは、すぐわかるさ。」


「…~~!!こんのクソガキがぁぁぁぁぁ!!!」


レイジンの挑発に逆上したカルロスは、また瞬間移動を使いながら、ナイフを投げる。すると、驚くべきことに、レイジンはカルロスがどこに移動して攻撃してきても、きっちり対応して攻撃を防いでいるのだ。


「これならどうだ!!」


カルロスは再度両手に一本ずつナイフを持つと、レイジンの周囲をアクロバティックな動きで飛び回り出した。フェイントをかけているのだ。


(これならわかんねぇだろ!!)


カルロスはしばらく飛び回った後、レイジンの目の前に来た辺りで再度瞬間移動を発動し、背後に移動した。だが刹那、レイジンは自分の背後を向き、移動してきたカルロスを斬った。


「ぎゃあああああ!!!何だとぉぉぉぉ!!!」


「二回だ。二回当ててやったぜ」


今のレイジンは、思考を止めることで周囲にある意識を感じ取れるようになっている。こちらを心配そうに見ている美由紀の意識。楽しそうに笑いながら見ている三郎の意識。レイジンの力を見極めようとしているヒエンの意識。そして、レイジンを殺そうとしているカルロスの意識。それらの意識を感じ取り、追いかければいい。意識がより強く自分に向いた時が、敵が攻撃してくる時だ。


「そいつに合わせて斬りゃ、こっちの攻撃は当たる。名付けてレイジンイレースマインド!」


「こっの…調子に乗んなってんだろうがぁぁぁぁぁ!!!」


激怒したカルロスは、また瞬間移動を繰り返しながら、ナイフを投げて攻撃する。しかし、今度は剣や爆発するボールもだ。レイジンはそれを斬ったり弾いたり、かわしたりする。


「てめぇの技は防御にしか使えねぇんだろ!?遠距離攻撃に切り替えりゃ、手も足も出ねぇってわけだ!!物量差で押し潰してやるぜ!!」


攻撃の意識を読み取ることによって、カルロスの攻撃をかわすレイジン。カルロスはそれを、防御にしか使えないものだと思っていた。


だが、


「知ってるか?物量作戦も死亡フラグなんだぜ。」


レイジンはカルロスが瞬間移動する先を読んで、縮地を発動。ちょうどカルロスが現れるタイミングと、レイジンがカルロスの目の前にたどり着くタイミングが重なる。


「なっ!?」


「ソニックレイジンスラァァァァァァッシュ!!!」


「ぎゃああああああああああああ!!!」


完全に無防備だったカルロスは、瞬間移動で逃げることもできず、ソニックレイジンスラッシュを喰らって倒れる。レイジンイレースマインドは、縮地と組み合わせることで攻撃にも転用できるのだ。


「…」


ヒエンは、光弘の伝記を思い出していた。邪神帝についての記述、あれにはまだ続きがあるのだ。


『もし邪神帝が復活することがあれば、倒せるのは廻藤の名を継ぐ者だけだろう。将来必ず俺の一族から、俺を超える討魔士が現れるはずだ。』


(まさか…奴が…?)


ヒエンは、なぜかそんな想像をしていた。


「てめぇにはまだ、美由紀を狙った礼をしてなかったな。」


レイジンは、かつてカルロスが美由紀を殺そうとしていたことを、しっかりと覚えている。今こそ、借りを返す時だ。


「終わりだカルロス!!」


もう死んでいるが、虫の息となっているカルロスにとどめを刺すべく、スピリソードを振り上げるレイジン。



その時、



「それ以上はやめてもらおうか。そんなやつでも一応我らの同志なのでな」



という言葉と共に、レイジンの背後からデュオールが襲いかかってきた。


「!!」


驚いたレイジンはすぐカルロスから離れる。デュオールはカルロスのそばに立ち、カルロスを守るような体勢を取る。


「デュオール!!」


「さらにできるようになったな廻藤。」


レイジンはスピリソードを構え、デュオールはカルロスを追い詰めるほど力を上げたレイジンを称賛する。


「デュオール…てめぇ…!!」


「お前は何をやっているのだカルロス。いきなり飛び出していったかと思えば、奴にやられるだけやられるなど…」


「るせぇ…!!」

呆れるデュオール。カルロスもデュオールに助けられたことが相当苦痛なのか、デュオールを憎悪が込められた瞳で睨んでいる。と、これまで傍観に徹していたヒエンが、レイジンの隣に並び立った。


「翔!」


「お前の実力が十分確認できた以上、俺も参加させてもらう。倒すぞ、デュオールとカルロスを!」


「おう!!」


デュオールは容易に倒せない相手だが、レイジンとヒエンの二人がかりなら必ず勝てる。ましてカルロスは、あと一撃必殺技を叩き込めば倒せるほど弱っているのだ。


「意気込んでおるところ悪いが、わしはこの愚か者を回収しに来ただけだ。いかに修行を積んだとはいえ、怪我人を庇いながらでは勝てそうにないしな。」


「ぐっ…!!」


「帰るぞカルロス。殺徒様の怒りを買いたくなければな」


「…わかったよ…」


殺徒の名前を出した途端、突然大人しくなったカルロス。二人は瞬間移動し、冥界へと帰還していった。


「…逃がしたか…」


「奴ら…今度こそ成仏させてやる…」


変身を解く二人。しかし解いた瞬間、輪路は崩れ落ちた。


「輪路さん!!」


戦いが終わったとわかった美由紀は、倒れた輪路を支える。


「さっきかなり攻撃を受けてましたから…大丈夫ですか?」


「ああ。これぐらい、どうってことねぇよ…」


「…怪我人がいたのは同じ、か…戦えば負けていたのは、こっちだったかもしれないな。」


翔は輪路に回復薬を渡しながら言う。


「ま、お前らが無事で何よりだ。じゃあな」


結界を解除して帰っていく三郎。


「…ともあれ、殺人事件は解決した。今日はもう帰ろう」


翔は輪路と美由紀を残して、帰っていく。


「輪路さん、立てますか?」


「…ああ。もう大丈夫だ」


輪路の傷も回復し、美由紀は肩を貸しながら、並んで歩く。


(…あのカルロスってリビドン…殺徒って名前を聞いた瞬間、大人しくなった…)


美由紀はあの時見せたカルロスの反応を気にしていた。上級リビドンのカルロスでさえ、殺徒の名前を出された瞬間、大嫌いなデュオールに従った。それは、殺徒にはカルロス達を惹き付けるカリスマ性があるということと、それに伴う実力があるということだ。


(輪路さんは勝てるのかな…)


美由紀はいつか訪れるであろう殺徒との対決に、嫌な予感を感じていた。




…なんか、結局輪路の成長しか描いてませんね。というわけで、次回は輪路の初任務です!お楽しみに!

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