第二話 力の意味
第二話です!
ヒーリングタイム。輪路の自室。
「神帝、聖装!!」
輪路はあの言葉を唱えた。すると、またあの姿、聖神帝レイジンに変わる。鏡の前に立って、自分の姿をよく見てみた。
「…夢じゃなかったんだな。」
輪路は変身を解いた。昨日の戦いも、聖神帝の力も、夢などではなかった。全て、現実だったのだ。
「そう思うのも無理はねぇ。俺だって驚いてるんだからよ」
開いた窓の縁に止まって、三郎が言った。
「聞かせてもらうぜ三郎。聖神帝って、一体何なんだ?」
戦いが終わった後、輪路は三郎からレイジンについて詳しく聞こうとした。だが夜も遅いということだったので、今日まで持ち越す話になったのだ。
「聖神帝は、強い霊力を持つ者から生み出される魂の力だ。どんな姿と力を持つかは、人によって異なる。お前のは獅子王型っつってな、特に強い霊力の持ち主しかなれない。加えて、色は銀だ。」
聖神帝は姿形にも意味があるが、色にもまた意味がある。銀は聖なる力の象徴であり、最も清らかな証。獅子王型は力において最高で、銀は清浄さにおいて最高。よって、獅子王型で銀色の聖神帝は、全聖神帝の中でも最高クラスということになる。この聖神帝は、過去に一度しか生まれていない。
「光弘がそうだったんだ。」
「へぇ、俺のご先祖様が?そいつは初めて知ったな。」
二百年前に存在した、世界最強と言える力量を持つ剣士。名は、廻藤光弘。輪路はその子孫である。光弘は輪路と同じ銀の獅子王型聖神帝を生み出し、まさに向かう所敵なしだったという。光弘がとてつもなく強い剣士だったということは三郎から何度も聞かされていたが、聖神帝だったということは今初めて聞いた。
「あいつも強い霊力の持ち主でな、お前の五千京倍はあった。」
「…すげぇなおい。つーか、俺は霊力の基準なんて全然わかんねーんだけどよ。大体さ、何でいきなりそんな力が俺に目覚めたんだ?」
「予感は前からあったんだ。お前の霊力は光弘ほどじゃないとはいえ、破格であることは間違いねぇからな。」
三郎曰く、現代において輪路並みの霊力の持ち主は、一兆人に一人いるかいないからしい。いつ聖神帝になってもおかしくなかったそうだ。
「あとは、お前の精神力次第だ。聖神帝の強さは、霊力と精神力で決まる。自分にとって一番大切な想いを爆発させた時、聖神帝の力は目覚めるんだ。」
自分にとって一番大切な想い。そう聞いて、輪路は思い返した。あの時自分は、美由紀を守りたいと願った。美由紀は子供の頃から一緒にいた。誰もが自分を避ける中で、彼女だけがずっとそばにいてくれた。なくしたくない。守りたい。そう思っていた。思ってはいたのだが、あの時ほど強くそう思ったことは、よく考えるとなかったかもしれない。今までレイジンになれなかった理由が、なんとなくわかった気がした。
「しかしなぁ…」
「どうした輪路?聖神帝になれるようになったってのは、すげぇことなんだぜ?もっと喜べよ。」
輪路はこれからいつでも自分の意思でレイジンになれるようになった。彼自身、あの力の凄まじさは理解している。五年前の第三次大戦の時に目覚めていたら、どれだけ楽に美由紀を守れたことか。だが、同時にこう感じてもいた。
「この力はよ、俺みたいなやつじゃなくて、もっと相応しいやつが身に付けるべきじゃなかったのかってよ…」
輪路は、よく言うところのダメ人間である。二十を過ぎたというのに仕事もせず、ごろつきを狩ってはそれで生計を立てる始末。およそ、聖神帝なんて気高い力が似合うような男ではない。
「俺なんかが使っていいのか?こんな力。」
どうやら聖神帝に目覚めるということの重大さと責任。その力の意味を薄々感じ始めているらしい。
(さすがのお前でも混乱するか…)
三郎は思った。自分は聖神帝ではないので詳しくはわからないが、聖神帝の力を生み出した者は己の使命を朧気ながらも直感すると聞いている。手に入れた力の大きさと、同時に直感した使命との間に板挟みされてしまい、さすがの輪路も少し混乱しているようだ。普段の輪路らしくないことを口にしている。
「お前が言おうとしてることは大体わかる。けどな、お前自分の人生ってもんを振り返ってみろよ。お前がやってきたことは、本当にごろつき紛いなことだけか?」
そう言われて、よく考えてみる。だが、輪路は何も言わない。答えが見つからないようなので、三郎は教えてやった。
「たくさんの幽霊を成仏させてきたろうが!生きている者に自分の想いを伝えられない死者達の代弁者になって、未練を晴らしてきてやっただろうが!ガキの頃から飽きもしねぇでよぉ!」
輪路は幼少期から、たくさんの幽霊達を成仏させるために奮闘してきた。三郎からは控えるよう言われていたが、輪路はやめなかった。それは、想いを伝えられない苦しさと痛さを、知っていたから。誰にも理解してもらえない、普通なら見えないはずのものが見えると苦悩していた自分を、求めてくれる者がいたから。ガラの悪いチンピラを気取りながらも、目の前で苦しんでいる者がいたら見捨てられない。助けたいと思う。自分を頼ってくれる者がいたら、守りたいと思う。輪路は聖神帝の力を使うに相応しい心の清らかさを、優しさをちゃんと備えていたのだ。
「お前はもっと自信を持っていい。お前が最強クラスの聖神帝として目覚めたことには、絶対に意味がある。言い方を変えれば、その意味を持てるだけの人間だってことなんだよお前は。」
確かに、何の意味もなくこんな力が目覚めるとは思えない。きっと何かあるはずだ。輪路が聖神帝となった意味が。理由が。
「…ああ、そうだな。悪かった、俺らしくもなかったよ。」
輪路は木刀を持つと、部屋から出ていこうとする。
「どこ行くんだ?」
「ちょっと特訓にな。あの力は慣れが要る」
「俺も一緒に行った方がいいか?俺は光弘が使ってた技とかもいろいろ知ってるから、教えてやれると思うんだが…」
「いや、いいよ。小難しい説明なんかされたってどうせわかんねぇだろうし、習うより慣れろが俺のスタンスだしさ。」
それに、自分が目覚めさせた力なんだから、自分の力で極めてみたいという気持ちもあった。
「…まぁお前ならそう言うだろうとは思ってたがな。じゃ、好きにしろよ。」
「そうする。」
輪路は部屋から出ていった。
*
佐久真は新聞を読んでいる。新聞には、昨日の戦いに関する内容がもう載っていた。あの後クレイジーハリケーンのメンバーはすぐ警察にでも駆け込んだのだろう。
「『喧嘩をしていたところ、死んだはずの人間が怪物になって襲ってきたと証言しており、五年前の第三次世界大戦においてテロリスト達が使用した怪人達との関連性を、現在調査中。』…また騒がしくなるのかしらね」
佐久真は新聞を畳んだ。
「昨日は本当に大変でした。輪路さんがいなかったらどうなっていたか…」
「無事に帰ってきてくれてよかったわ。また輪路ちゃんに私からお礼、しておくわね。」
「お願いします。」
美由紀は既に、昨日あった出来事の真相を佐久真に話している。佐久真も輪路と同じで幽霊が見えるらしく、三郎曰く輪路ほどではないがかなり高い霊力を持っているそうだ。しかし、美由紀には見えない。
(あれが、輪路さんが見ている世界…)
一度だけ輪路に見せてもらったことがあるだけだ。幼少期の美由紀は、輪路と父が持つ力を羨ましがっていた。しかし輪路は一度見せてくれたきり、もう見せてくれなかった。理由がわからず、美由紀はその時の気持ちを佐久真に愚痴ったりもした。すると、佐久真は教えてくれたのだ。見えない方がいいと。輪路が見せてくれた幽霊は綺麗な女性だったが、幽霊の中には全身傷だらけだったり、元がどんな姿だったのかわからないくらいぐちゃぐちゃになっていたりする者もいる。美由紀がもしそれを見たら、トラウマになっていた可能性があった。輪路はそれを察して見せなかったのだと、佐久真は聞かせた。昨日のリビドンを見た時、そして殺意と憎悪を向けられた時、美由紀は動けなくなるほどの恐怖を感じた。しかし、輪路は恐らく初めて見たにも関わらず、ほとんど恐怖を感じていなかったようだ。それはおぞましい姿になった幽霊を見ることに、慣れていたからだろう。もし自分が輪路と同じ力を身につけていたら、慣れることができただろうか?きっと慣れることなどできず、精神崩壊を起こしていただろう。リビドンを見ることによって、初めて輪路が見ている世界の本質というものを理解した。それから、輪路が自分に向けていた優しさを改めて感じた。輪路の性格からして、自分が見ているものについて隠し通すことは、まずできない。だからこそ、せめて見せないようにしたのだ。恐ろしいものを見せて、心に傷を付けないように。だが輪路は、それを自分から言って伝えようとはしない。照れくさいのだろう。だから行動で示した。
「輪路さんって不器用な人。幽霊を見せたくない理由があるなら、ちゃんと話してくれればいいのに。」
「男の子ってそういうものよ。かくいう私も一応男だけど」
「あんたの場合はおっさんだろうが。」
「輪路さん!」
そこへ、唐突に輪路が乱入してきた。
「あらひっどぉい!」
佐久真はおっさん呼ばわりされたことに、おどけながらショックを受ける。
「ちょっと出てくる。いつもの時間には帰ってくる」
輪路はショックを受けている佐久真を無視して、店から出ていった。美由紀はそれを見送ってから、佐久真に訊く。
「私は輪路さんに何もできないんでしょうか?」
「そんなことないわよ。美由紀ちゃんがここで帰りを待ってあげること、それが輪路ちゃんが一番喜ぶことなんだから。」
「…帰りを…待つ…」
美由紀はその言葉の意味を考える。と、
「でもあの子が帰ってくるまでまだかなり時間があるわ。その間にこれ、買って来てちょうだい。」
佐久真は美由紀にメモ用紙を渡した。買い出しに行って欲しいとのことだ。
「はーい、わかりましたー。」
美由紀はメモを受け取ると、準備を済ませて買い出しに出掛けた。
*
街中のとあるビル。
「…」
この屋上から、一人の女性が虚ろな目で下を見下ろしていた。ビルは十階建てで、下までかなり距離がある。目が眩みそうな高さだ。ここから落ちたら、常人は確実に死ぬだろう。だが、この女性は死ぬためにここにいる。同僚や上司からひどいいじめを受けており、自殺を決意したOLだ。柵を乗り越える。もう、彼女を止めるものはない。再び下を見下ろし、OLは力なく飛び降りた。
しかし、彼女は死ななかった。気が付いた時、OLはまた屋上にいたのだ。本当なら今自分はビルの下で、アスファルトに全身を打ち付けた無惨な死体をさらしているはずなのに。実はこれ、初めてではない。何日も前から、ずっと何回も飛び降りているのだが、いつの間にか屋上に戻ってしまう。どうしても死ねないのだ。それでも、次こそは次こそはと何度も自殺に、朝から晩まで挑戦し、失敗している。何で、どうして自分は死ねないんだろう。ずっとずっと思っているが、とにかく今彼女は死ぬことしか考えられない。そのうち彼女は気付いた。いつしかビルの下には人が集まり始め、こちらを見て指を差したり、叫んだりしている。今まで自分が何度飛び降りても、見向きもしなかった連中がだ。どうせ何度も飛び降り自殺をしようとして失敗しているから、珍しいな、などと興味本位で見に来ているのだろう。
「何よ…人の気持ちも知らないで…」
一体自分がどんな気持ちで自殺しようとしているのか、わかっているのだろうか?いや、わかるはずがない。わかっていないから、あんなに楽しそうにこちらを見ているのだろう。
「誰も私の気持ちなんてわかってくれない…わかろうともしてくれない…」
いつしか虚ろだった彼女の瞳には怒りの光が宿り、それは憎悪に変わった。
「憎い…私をわかってくれない人全てが憎い…」
やがてOLは、自分の憎しみを、憎悪を吐露し始める。
「…いいわ。わかってくれないならわからせてあげる。私が今、どんな気持ちでいるのかを…自殺しようって人間の気持ちを!!」
*
その頃、一通りレイジンの力を使った輪路は、休憩していた。
「大分慣れてきた感じだな。」
昨日はまだレイジンになって間もなかったのでかなり苦戦したが、今なら使い物になる。
「習うより慣れろ、か。昔の人はいい言葉作ったよなぁ…俺にはそんなこと思い付かねぇわ」
しみじみと思う輪路。その時、
「っ!?何だ!?」
突然奇妙な気配を感じた。胸騒ぎを覚えた輪路は、気配を感じた方角へと走る。
*
ビルの下には多くの人々が集まり、ある者は心配そうに見上げ、ある者は他の人を呼び、またある者はこう叫んでいた。
「おい!!何してるんだ!!」「危ないぞ!!中に戻れ!!」
と。しかし、屋上にいるOLは一向にそれを聞き入れようとしない。
「どうしたんでしょう?」
買い物を終えて帰る途中、騒ぎを目撃した美由紀はそこへ行く。
「どうしたんですか?」
「あそこ!飛び降りようとしてるんだよ!!」
「ええっ!?」
野次馬の一人から騒ぎの理由を聞き、美由紀もまた屋上を見る。
その時、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
突然屋上のOLが咆哮を上げ、両手に巨大なクローを装備した、細身の黒い怪物へと姿を変えたのだ。人々はそれを見て逃げ惑う。
次の瞬間、怪物が消えた。その次の瞬間に、男性の悲鳴が聞こえた。その悲鳴が聞こえてきた方向を見ると、さっきいたはずの怪物が地面へと移動しており、その巨大なクローで男性を捕らえていたのだ。
「逃がさナイワヨ…!!」
怪物が言った瞬間、また怪物が消える。そして、
「うわあああああああああああ!!!!!」
また男性の悲鳴が。悲鳴が聞こえた方を見ると、怪物とともに消えたはずの男性が、怪物と一緒に屋上から落ちてきており、二人揃って地面に叩きつけられた。男性は即死だ。
「今度はお前ダ!!」
そう言った怪物が近くの女性を捕らえて消失。まさかと思って美由紀達が見上げると、怪物は女性と一緒に屋上におり、また一緒に落ちた。女性は悲鳴を上げながら落ちていき、男性と同じように地面に叩きつけられて死亡した。これで、何が起きているのかわかった。あの怪物は瞬間移動能力を持っており、近くにいる人間を捕まえては屋上へと移動し、一緒に落ちているのだ。
「ど、どうしよう…!!」
どうしたらいいかわからず、美由紀はおろおろする。逃げた方がいいのだろうが、彼女の予想が正しければ、あの怪物は恐らくリビドンだ。昨日のブラストリビドンと、ほとんど感じたものが同じなのである。あの時、美由紀はブラストリビドンから殺意と憎悪を感じた。それと同質のものを、あの怪物は撒き散らしているのだ。だとすれば、輪路に知らせなければならない。しかし、輪路は携帯電話もスマートフォンも持っていないのだ。連絡手段がない。かといってこのまま逃げたら、怪物を逃がしてしまう可能性さえある。そもそも、あの怪物は瞬間移動が使えるのだから、逃げられるかどうかも怪しい。
その時だった。
「美由紀!!」
「輪路さん!!」
タイミング良く輪路が到着した。そこへ、
「いいところに来たな輪路。」
三郎も来た。輪路は今起きている惨状を見て、三郎に尋ねる。
「こりゃ何だ?一体何が起きてる?」
「あそこにいるリビドンが見えるか?」
三郎は屋上を見上げた。やはり、あの怪物はリビドンなのだ。
「あいつは自殺霊だよ。しかも自分が死んだことに気付いてない」
「何!?自殺霊!?」
幽霊の中には、自分が既に死んでいるということに気付いていない者もいる。特に自殺した幽霊はそれでもなお死のうとするため、同じ死に方を何度も繰り返すのだ。あの怪物はその自殺霊がリビドン化したものなのである。
「あそこから飛び降りて死んだんだろうな。大方いじめか何かを苦にして、その憎悪を晴らそうと周りの人間も巻き込んでんだろ。」
リビドンの行為を分析する三郎。リビドンはその性質上、自分の憎悪を他人にぶつける傾向にある。それが己と全く関係のない、赤の他人だったとしてもだ。
「サァ、死にナサイ!!私と一緒ニ!!」
「うっ、うわっ!!」
リビドンはまた無関係な男性を押さえ、一緒に落ちた。
「くそっ!!」
輪路は飛び出し、上を見上げながら小刻みに動く。男性を受け止めようとしているのだ。
「うわぁっ!!」
「ぐっ!!」
ナイスキャッチ、輪路は驚異の膂力で二人を受け止めると、二人を投げたのち瞬時に木刀を抜刀。リビドンを殴って男性から引き剥がし、男性を逃がした。
「ほっ…」
胸を撫で下ろす美由紀。その時だった。殴られた怪物は美由紀に向かってきて、クローで美由紀の両腕を掴んだ。
「えっ!?やっ!!」
振りほどこうとする美由紀。だが、その動作は中断させられる。
「アナタも死にタインでしょウ…?」
リビドンから聞こえてきた、地の底から響いてくるようなぞっとする、しかし女性のものである声を聞き、恐ろしさから金縛りにあってしまったからだ。
「美由紀!!」
美由紀を助けようと走る輪路。しかし、その手が届くより先に、リビドンと美由紀は消えてしまった。すぐに輪路が見上げると、やはり二人は屋上におり、リビドンは美由紀をクローで後ろから掴んで押さえていた。
「嫌っ!!やめて!!離して下さい!!」
これから自分がどうなるかわかった美由紀は金縛りが解け、クローから逃げようともがく。しかし、リビドンは元人間と思えないくらい強い力で美由紀の両腕を掴んでおり、逃げることができない。
「何言ってルの?さっきアンナニ面白そうに私を見テタジャない!!」
「見てはいましたけど、面白そうになんて見てません!!そんなの被害妄想です!!」
「黙れ!!ドウセ私の気持ちナンテわからなイ…わからないなら、ワカラセテあげよウってのよ!!」
リビドンは美由紀の言葉に激怒すると、美由紀を掴んだまま進む。
「やべぇ!!」
「ちっ…」
美由紀の命の危機を感じる三郎。輪路は構える。
「おい輪路!お前まさか、こんな街中で聖神帝になろうなんてわけじゃねぇよな!?」
「それ以外に方法なんてねぇだろ。心配しなくても、大して目立ちゃしねぇよ。第三次大戦を終わらせた連中のリーダーだって変身してたって聞くし、今さら特殊能力者なんて珍しいもんでもねぇしよ!!」
「おい輪路!!」
輪路は三郎が止めるのも聞かず、勢いよく跳躍した。
「サァ死にマショウ!!」
「ま、待って!!きゃあああああああああ!!!」
それに合わせるようにして、リビドンと美由紀も飛び降りてくる。輪路の跳躍力は人並み外れており、助走なしでも7mくらいは上にいける。しかし、それでは当然足りない。だから、唱える。
「神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身した。レイジンの力を使いこなせるようになって、いくつかわかったことがある。まず、レイジンになると全身が甲冑で覆われ、防御力が上がるということ。次に、その甲冑から莫大な力が流れ込み、身体能力が数十倍以上に上昇するということ。それから、木刀がスピリソードに、鞘袋が鞘に変化するということ。近くにあった鉄パイプや木の枝を持ってみたりもしたが、スピリソードにはならなかった。原理は不明だが、木刀でなければ駄目らしい。最後にこれが今一番大切なのだが、レイジンに変身すると、ほんの二十秒程度だが飛べる。空中に浮けるのだ。自在に飛行できるのだ。レイジンはこの能力を使って、跳躍した状態から飛行。リビドンと美由紀に急接近する。その間に左手を美由紀に伸ばしつつ右手のスピリソードを逆手に持ち変え、十分な距離まで来たところで左手で美由紀の肩を掴み、彼女の腹をかすめるようにしてスピリソードの柄で突きを繰り出した。
「ぐあああああああ!!!」
レイジンの突きは見事にリビドンの腹に命中し、凄まじいパワーの突きを受けたリビドンは衝撃で美由紀を離して、屋上まで押し返された。一方レイジンは美由紀を左手で抱き抱え、そのままリビドンを追う。
「ぐ…がぁ…!!」
リビドンは屋上で、腹を両手で押さえて悶えていた。スピリソードには全体に、レイジンの強力な浄化霊力が宿っている。それは柄であっても例外ではなく、リビドンはダメージを受けていた。レイジンは屋上に降り立つと、復帰できないでいるリビドンを蹴り飛ばし、安全を確保して美由紀を降ろす。
「大丈夫か美由紀?」
「はい。ありがとうございます」
どこも怪我はなさそうだ。美由紀が無事であったとわかり、レイジンは安堵する。
「う…うう…!!」
リビドンは腹を押さえて苦しみながらも立ち上がり、憎悪が込められている瞳をレイジンと美由紀に向けた。レイジンは美由紀を自分の背後に隠し、美由紀もレイジンの背後に隠れてしがみつきながら、顔を出す。
「邪魔をスルナ!!私ハその女ト一緒に死ぬノヨ!!」
「何であんたはそうやって他人を巻き込む?そんなことして、あんたに何の得がある!?」
レイジンはリビドンに問いを投げ掛けた。リビドンは鼻を鳴らして答える。
「私の気持ちヲわかってモラウたメよ!!私が一体、どんな想いデ今マデ耐えてキタか、誰もワカロうとしない!!私が死を決意シテモ、みんなソレヲ面白がって見テルのよ!?私も私で、何度飛び降りても死ネナイシ!!」
「死ねるわけねぇだろ!!あんたはもう死んでるんだから!!」
三郎の言っていた通りだった。このリビドンは、自分がもう死んでいることに気付いていない。そういった類いの自殺霊は、死にたいという意思を残したままなので、また同じ方法で死のうとする。しかし既に死んでいる者はそれ以上死ねないため、結果的に何度も同じ死に方を繰り返すことになるわけだ。気付いて成仏してくれればそれで終わっていたのだが、誰かが教えるまで気付かない者もいる。それは、死にたいという意思しか残っていないから。幽霊は皆やり残したことがあり、それが強い未練となってしまうがためにこの世に留まり続ける。そしてその未練が晴らされるまで、幽霊は成仏できない。死ぬという行為が未練となり、しかもそれを既に晴らしていることに気付いていない幽霊が成仏できるかは、もう絶望的と言える。しかしこのリビドンは何度も落ち続けた結果、自分が何度落ちても死ねないということに気付いていたようである。だがそれは彼女の中にある憎悪を蘇らせ、強め、いつしか人に見えるようになり、それが憎悪を加速させ、リビドンになってしまったのだ。それでも何度も落ち続けるこのリビドン、フォールリビドンに、レイジンはお前はもう死んでいるのだと伝えた。
「ふざケルナ!!私ガ死んでいる?なラ何で私にはココまで感覚が残ってルノ!?生きてルからデショ!?」
しかし、相手はリビドンだ。言った程度のことで成仏してくれるなら、何も苦労はない。
「結局アナタも、私の気持ちナンテ何もわかってナイ…いいわ。あなたモ私と一緒に死にマショウ!!」
「ちっ!説得は無理か…仕方ねぇ。美由紀!下がってろ!」
「はい!」
レイジンに言われて、美由紀は下がる。と、彼女は気付いた。
「あれ?人がいない!輪路さん!人がいなくなってます!しかも街全体から!」
「何!?」
そう。いつの間にか、ビルの下からは人がいなくなっていた。それだけではない。街全体から、人間の姿が見えなくなっていたのだ。気配さえ感じられない。
「ここは俺が張った結界の中だよ。」
「三郎ちゃん!!」
そこへ、三郎が飛んできた。街から人が消えたのは、消えたのではなく、彼らが三郎が張った結界の中に飛ばされたからだ。結界とは、特殊な異空間や、一定の領域を守る壁のようなものである。三郎は妖怪であるがゆえに妖術が使え、その妖術によって前者の方の結界を張ったのだ。
「本当は輪路とリビドンだけ連れてくるつもりだったんだが、お前はリビドンにぴったりくっついてたから引き剥がせなかった。」
三郎はレイジンとフォールリビドンの戦いを周囲の人間達から隔離するために結界を張ったのだが、美由紀は肝心のフォールリビドンがしっかり捕まえていたので逃がせなかった。
「お前こんなことできたのかよ!?」
「俺を舐めんな。伊達に何百年も生きちゃいねぇんだよ!」
レイジンは三郎がただの妖怪ではないだろうと思っていたが、長い付き合いの中でもこんな技を使っているところを見るのは初めてだ。
「美由紀を外に出せるか!?」
「今なら簡単だ。すぐ外に…」
こんな危険な戦場に美由紀を留まらせるわけにはいかない。美由紀の身を真っ先に考えたレイジンは、三郎に彼女を外に逃がせるかどうか訊く。幸い今の美由紀はフォールリビドンから引き離せているからか、簡単に逃がせるという。しかし、三郎が美由紀を逃がそうとすると、
「いえ、私もこの結界の中にいさせて下さい。」
拒否された。三郎もレイジンも驚く。
「おまっ、自分が何言ってるかわかってんのか!?」
「ここは危ない!!あいつはまだお前を狙ってんだぜ!?」
フォールリビドンはあくまでも自分が殺す対象としてレイジンを追加しただけだ。美由紀を外したわけではない。隙を見せれば、また美由紀を殺そうとするだろう。
「私は輪路さんのそばにいたいんです。私も、何かしたいんです!」
「お前そんな理由で…!!」
三郎は怒った。信じ難い理由だ。ただレイジンのそばにいたいがために、いつ殺されるかもわからない戦場に留まるなど…。
「…わかったよ。じゃあお前はそこにいろ」
「輪路!?」
しかし、レイジンは意外なほどあっさり折れた。
「おい輪路!!」
三郎の言葉にも耳を貸さず、スピリソードを構える。
「ありがとうございます!!」
美由紀は結界内にいることを許され、頭を下げた。仕方なく、三郎は舌打ちしてレイジンに言った。
「ここでの戦いが外に影響を与えることはない!!おもいっきりやりな!!」
「おう!!」
これには返事をする。三郎は、レイジンの戦いを一般人に見せないようにするために結界を張ったが、実は外への被害を出さないためでもある。彼は自分が妖怪であるため、友達でもない人間がどうなろうと知ったことではないが、戦いに巻き込まれて壊れた街を見れば、レイジンも美由紀も悲しむだろうとは思っているのだ。
(とはいえ、久しぶりに使った結界だからな…聖神帝の全力に耐えられるかどうか…)
結界などもう五十年は使っていない。あまりに長い間使っていなかったせいか、張った結界が少し不安定だった。加えて、レイジンは銀の獅子王型。光弘ほどのパワーはないが、全力を出されたらあっさり結界を破壊してしまう可能性さえある。まぁ、それでも五分は絶対に張り続ける。命を懸けてでも維持しよう。
(だからなるべくさっさと決めてくれよ…)
三郎は思った。
「レイジン、ぶった斬る!!」
レイジンはスピリソードを構えて突撃し、
「うがぁぁぁぁぁ!!!」
フォールリビドンは両腕を振りかざして迎え打つ。彼女の巨大な腕は、道連れにする相手を捕らえるためのもの。パワーも人間とは比較にならない。しかし、レイジンはそれに対抗できるだけの力がある。加えて、フォールリビドンの攻撃は非常に大振りだ。人間相手なら十分だろうが、レイジンは銃弾を見切れるほどの動体視力の持ち主である。従ってこんな大振りな攻撃、かわしてくれ、防いでくれ、弾いてくれと言っているようなものだった。その要望通り、レイジンはフォールリビドンが放つ右手の突きをかわし、すかさず飛んできた左手の振り下ろしをスピリソードで防ぎ、弾いて、フォールリビドンの胴を横に一閃、斬った。
「グゥッ!!」
ダメージを受けて下がったフォールリビドンだが、まだ倒れない。すぐにまた向かってくる。しかし、レイジンはまたフォールリビドンのクローを弾き、今度は三回続けて斬ってやった。あんな力任せで大振りな攻撃なんて喰らわない。今回の相手は前回のブラストリビドンのような遠距離攻撃を使ってこない分、かなり楽だった。レイジンは余裕だが、対照的にフォールリビドンは、体勢を崩されてもうぐらぐらである。強力な浄化作用を持つスピリソードで何度も斬られたのだから、当然だ。
「まだまだ行くぜ!!」
今度はレイジンが仕掛ける番である。レイジンは駆け出し、スピリソードを振り下ろした。
だが次の瞬間、フォールリビドンが消えた。
「何!?」
驚くレイジン。その時、
「輪路さん!!上です!!」
美由紀の声が聞こえた。素早く上を見るレイジンだったが、時既に遅し。先ほど消えたはずのフォールリビドンが空から降ってきており、フォールリビドンは落下速度を利用してレイジンを右手のクローで斬った。
「ぐあっ!!」
不意討ちを受けて体勢を崩すレイジン。フォールリビドンは畳み掛けるようにして、何度もレイジンの身体を両手のクローで斬る。
「んのっ!!」
いつまでも好き放題やられているわけにはいかない。レイジンはすぐ反撃する。しかし、フォールリビドンはまた消えてしまい、スピリソードの一撃は虚しく空を斬る。直後、またフォールリビドンが空から、今度はレイジンの背後に降り立つようにして降ってきた。レイジンの背中を斬ると同時に着地する。
「ぐおっ!!ちぃっ!!」
よろめいたが、レイジンはまたすぐ背後を向きながらスピリソードを振る。また消えてかわされ、攻撃される。それの繰り返しだ。
(ちっ!忘れてたぜ!こいつにはこれがあるんだった!)
瞬間移動能力。先ほど散々見せられたはずの能力の存在を、すっかり忘れていた。何せフォールリビドンが、この能力を戦闘で使ってくるほど頭がいいとは思っていなかったからだ。幽霊というものは、よほど力が弱くない限り必ずと言っていいほど瞬間移動が使える。だがほとんどが文字通り移動方法としてしか使わず、戦闘に利用する幽霊は好戦的な者でもかなり稀だ。なぜなら、大抵はその事実に気付かず、生きていた時の力を頼りに戦っているから。しかし、いるにはいたのだ。自分の能力に気付いて、瞬間移動を使う幽霊が。輪路はこういう幽霊が、かなり苦手だった。攻撃しても確実にかわされるし、生身の人間にとって限りなく不利だ。
(パターンみたいなもんでも掴めりゃいいんだが…!!)
しかし、瞬間移動にはかなりの力を使うらしく、何回か使わせているうちにばてて使えなくなる。リビドンに同じ手が通用するかはわからないが、とにかく今は戦い続けるしかない。鎧越しに衝撃が伝わってくるが、ダメージらしいダメージはまだない。とにかく、戦い続けるのみだ。
三郎と美由紀は、フォールリビドンに翻弄されるレイジンを見ている。
「このままじゃまずいな…」
三郎は危機を感じていた。リビドンは性質上、憎悪が消えない限り力は無限なのだ。普通の幽霊なら十回前後で霊力が尽きる瞬間移動を、いくらでも使い続けられるのである。
「…」
しかし美由紀は、身じろぎもせずに戦いを見守っていた。レイジンの勝利を信じて疑わなかったのもあるが、それ以上に違和感を覚えていたからだ。
(あのリビドン、どうして上にばっかり瞬間移動してるんだろう?)
そう、美由紀が感じていた違和感はそれである。フォールリビドンは瞬間移動で攻撃をかわした時、必ず空中に、上に移動しているのである。と、
「読んだぁ!!」
レイジンが空中に瞬間移動したフォールリビドンに向かって跳躍し、スピリソードを振った。しかしフォールリビドンは、また瞬間移動でかわす。移動した先は、下。
(今度は下へ?)
美由紀は注視している。
「うぉらぁっ!!」
レイジンはそのまま自由落下し、スピリソードを振り下ろした。フォールリビドンは両手を頭上で交差させ、スピリソードを受け止めた。
(受け止めた!?どうして瞬間移動でよけなかったの!?)
瞬間移動という便利な移動方法があるのだから、それをもっとフルに使えばいいはずである。にも関わらず、かわさず受けた。これはおかしい。
(そういえば…)
ここで美由紀は、三郎が言っていた言葉を思い出す。あのリビドンは自分の憎悪に、周囲を巻き込んでいる。
(…もしかして…!!)
そして、ある仮説を立てた。まだ推測の域を出ないが、これしかフォールリビドンを倒す方法はない。
「輪路さん!!」
美由紀はレイジンに伝えた。
「そのリビドンは恐らく、上下にしか瞬間移動できません!!しかも連続で二回までしか使えないはずです!!」
「っ!?」
レイジンは驚いた。フォールリビドンは上下にしか瞬間移動できず、しかも二回までしか瞬間移動が使えない。これが本当ならフォールリビドンには勝てたも同然だが…
「おい美由紀!!何を根拠に…」
「…よし、わかった!!」
三郎が美由紀を問い質す前にレイジンは決意し、フォールリビドンに斬り掛かった。フォールリビドンは瞬間移動で逃げる。また空中へだ。
「おらぁっ!!」
素早く追いかけるレイジン。跳躍して、斬り上げる。フォールリビドンは再度瞬間移動して逃げた。レイジンの下へ。
「そこかぁぁっ!!!」
レイジンは斬り上げた勢いを利用して、スピリソードを投げつける。
「グゥアッ!!」
弾丸を超える速度で飛んできたスピリソードはフォールリビドンに直撃し、だが貫通することは避けられ、跳ね返る。レイジンは跳ね返ってきたスピリソードをキャッチし、着地する。
「当たった…何でだ!?」
三郎は驚いている。
「やっぱり…」
美由紀は自分の予想が当たっていたことを確信する。三郎は詳しく訊いた。
「おい、こいつは一体どういうことなんだ!?」
「三郎ちゃんがさっき言った通り、あのリビドンは自分の憎悪を撒き散らそうとしています。そしてあの瞬間移動は自分の憎悪を晴らすための能力で、効率良く他人を捕まえて道連れにするためのもの。戦闘用の能力ではないんです」
要するに、フォールリビドンの瞬間移動は特殊で、戦闘用ではなくただの移動手段でしかないのだ。高所から下にいる人間を捕らえて、飛び降り自殺の道連れにする。そのためだけに身に付けた能力であるため、上下にしか移動できないし、また往復のための二回しか使えないのだ。
(こいつ、あのリビドンの能力を見ただけで、そこまで気が付いたのか!!)
三郎は心中驚いている。一方レイジンは、心中笑っていた。美由紀は幼少期から鋭い洞察力と早い頭の回転、多い知識の持ち主であり、彼女の助言に助けられたことも多いのだ。こんな所でも助かるとは思っていなかったが。
「お前は最高だよ。美由紀!!」
攻略法を見出だしたレイジンは、再びフォールリビドンに斬り掛かった。スピリソードの投擲がよほど効いたのか、フォールリビドンはもう瞬間移動を使わなかった。使えなかったと言った方がいいかもしれないが。
「ガァッ!!」
レイジンはフォールリビドンを何度も斬りつけ、ダメージを与えていく。先ほども言った通り、リビドンは憎悪がある限り霊力が尽きない。しかし、レイジンからの攻撃を受け続けたことによって憎悪が少しずつ浄化され、力を失いつつあったのだ。
「こいつでとどめだ!!」
十分に力を削いだレイジンはスピリソードに霊力を込める。大量の霊力を受けて、白銀の光を放つスピリソード。そして、
「レイジンスラァァァァァァァッシュッ!!!」
真っ向幹竹割り。脳天からフォールリビドンを斬り裂き、スピリソードを鞘に納めた。
「ウゥッ…!!」
脱力して爆発したフォールリビドンは、OLへと戻った。これまでのように中途半端に憎悪が削られたのではなく、完全に憎悪が消えたのだ。
「あんたも相当辛い目に遭ったんだろうな。俺も昔いじめられてたから、あんたの気持ちはよくわかるよ。」
レイジンは変身を解き、OLに話し掛けた。
「…誰かに私の気持ちを知って欲しかった。私はただ、人の役に立ちたかっただけなのに…」
「だからって、自分の気持ちを他人に押し付けちゃいけねぇよ。」
自分の気持ちをわかってもらえないのがどれだけ苦しいことか、輪路はよくわかっていた。彼にも、自分にしか幽霊が見えないことへの苦悩があったのだ。しかし、自分の気持ちを他人に押し付けるような真似はしなかった。彼にも、それなりの意地があったからだ。
「自殺に他人を巻き込もうなんざ持ってのほかだ。けど一番やっちゃいけねぇのは、死んでからも自殺を繰り返すことだよ。いい加減わかっただろ?自分が死んでるってことはよ。」
「…ええ。」
「…これ以上自分で自分を痛め付ける必要なんてない。こんな所で一人苦しんでねぇで、さっさと成仏しろよ。」
「…そうさせてもらうわ…ありがとう…私の気持ちをわかってくれて…」
OLは成仏していった。もし輪路が彼女に気付かなければ、ずっとずっと他人を巻き込みながら自殺を繰り返していただろう。死んでからも自分を殺し続けていた女性はようやく自身の死に気付き、苦痛から解放されたのだった。
*
三郎が張った結界は解除され、輪路と美由紀は帰路についていた。美由紀が持っていた荷物はフォールリビドンに襲われた際に落としてしまったが、どうにか回収に成功し、今は輪路に荷物持ちを手伝ってもらっている。
「そういえば、どうして私が結界の中にいることを許して下さったんですか?」
「そうだ、俺もそれが気になってたんだよ。どうしてだ?」
美由紀が、そして輪路の肩に止まっている三郎が、輪路に尋ねた。一歩間違えば美由紀が死ぬかもしれなかったのに、逃がさなかった。正気を疑うような判断だ。輪路は答える。
「個人的にな、そばにいて欲しかったんだよ。」
「…えっ?」
「…はぁぁ~!?」
美由紀は一瞬硬直し、三郎は呆れた。
「だから、そばにいて欲しかったんだって言ってんだろ。」
「お前正気か?逃がすべき相手にそばにいて欲しいとか、まともなやつの考えじゃねぇぞ!」
「うるせぇな!こいつを守ることには慣れてるし、それに今回はこいつがいてくれたおかげで助かったんだ。」
「確かにそうだけどよぉ…」
「…美由紀。今回はマジで助かった。ありがとな」
「い、いえ…」
ぐちぐちと言う三郎を無視して、輪路は美由紀に礼を言った。確かに今回、美由紀がいなければ負けていたかもしれない。美由紀は顔を赤くしながら思う。
(私にもできた。私でも、輪路さんの助けになれるんだ…)
正直、店で輪路の帰りを待つだけでは不満だったのだ。他にも何かできることがあるのではないかと、ずっと考え続けていた。だが今回、それが見つかった。輪路のそばにいて、敵を攻略するヒントを見つける。戦えない自分が輪路の力になれるというのは、とても嬉しいことだった。と、輪路は三郎に訊いた。
「つーか今思ったんだがよ、リビドンってこんな短期間で何回も出てくるようなもんなのか?」
昨日の今日でもう新しいリビドンが出てきた。偶然と言ってしまえばそれまでだが、今までリビドンなど全く出てこなかったので、違和感が拭えなかったのだ。
「あー…多分お前が聖神帝になれるようになったからだな。」
「俺がレイジンになったから?」
「ああ。聖神帝の力は魂を引き寄せる。この魂ってのは死んでるやつだけじゃなくて、生きてるやつも含めた命ある者全て、って意味なんだが、今後は死んだ後リビドンになる可能性を持った人間が現れたり、よそからリビドンがやってくることもあるだろ。お前の力に惹かれてな」
これはとんでもない話を聞いた。今後この街にはリビドンになる可能性を持った人間や、他の場所でリビドンになった者が現れるというのだ。
「もちろんそれだけじゃねぇがな。お前の味方になってくれるやつも来るだろうし、お前を利用しようとするやつも来るだろう。生きてるか死んでるか、人間か人間じゃないかを問わず、な。」
とにかく、今までのような日常が送れなくなるのは確かだ。しかし、
「…上等だよ。まとめて相手になってやる」
輪路は全く恐れていなかった。二日連続でリビドンと戦ってみて、わかったのだ。この世界には救わなければならない迷える魂が、山ほど存在している。それが向こうから来てくれるなら、わざわざ出向く手間が省けて助かる。例えどんな危険な相手が来ようと、負けるつもりも退くつもりもなかった。
「私もお手伝いします!」
力強く協力を申し出る美由紀。
「ああ。アテにしてるぜ」
輪路はニヤリと笑った。
輪路が聖神帝レイジンになれるようになったことは、世界全体に波紋を起こした。運命はこれから、輪路を本格的な戦いに駆り立てようと動き始めていたのだった…。
聖神帝の力については説明しましたが、まだまだ謎が多いです。しかしそれは、今後を盛り上げていくために少しずつ明かしていきます。
今回は幽霊らしさを重視して、フォールリビドンにすごく中途半端な特殊能力を付けました。ここで気になられた方もいると思いますが、フォールリビドンは普通の瞬間移動ができなくなっています。これは今後に関わってくる重要な伏線となりますので、あえて理由を明かしませんでした。どんな理由かは、今後をお楽しみにして下さい。
では、また次回!