第十話 討魔士、青羽翔 前編
今回から新章突入です。
輪路はヒーリングタイムで、モーニングコーヒーのアメリカンを飲んでいた。
「輪路ちゃんは本当にアメリカンが好きねぇ。あ、美由紀ちゃん。これ、二番テーブルに運んで。」
「はい!」
佐久真は仕事をしながら、輪路に言う。彼はアメリカンを好んで飲み、それ以外のコーヒーを口に入れようとしない。ついでに言えば、コーヒー以外のものも頼もうとしない。紅茶もホットケーキも、ジュースも頼まない。
「ああ。俺はこの味が好きだからな」
「いくら好きだからって、飽きもしないで毎日毎日…そこまで来ると関心するわ。美由紀ちゃん、これ、五番テーブルに。」
「はーい!」
輪路がアメリカンを飲むようになったのは、高校生になってからだ。それまではジュースやらホットケーキやらも普通に頼んでいたのだが、高校生になってから突然アメリカンが気に入り、それからずっとアメリカンだけを頼むようになった。
「…ん、もうなくなっちまった。美味いもんはすぐなくなるな…マスター、おかわり。」
「はいはい。美由紀ちゃん、今度はこれ、四番テーブルに。」
「はーい!」
コーヒーを飲み干してしまい、おかわりを希望する輪路。佐久真は仕事と平行しながら、輪路の注文を受ける。
「はい、おかわりね。」
「サンキューマスター。」
「どういたしまして。美由紀ちゃん、一番テーブルにこれ。」
「はーい!」
輪路は礼を言い、アメリカンを受け取る。今の時間帯は朝。仕事や学校に行く人、あるいはただの暇潰しに来る人で、ここは賑わう。忙しく働く佐久真と美由紀。その喧騒を聞きながら、見ながら、輪路はアメリカンを味わう。
そんな時だった、その客が現れたのは。
入り口のベルがチリンチリンと鳴って開き、その男は入ってきた。黒いコートに黒いシャツに黒いズボン。全身黒ずくめの、輪路と同じくらいの歳の青年だ。
「いらっしゃい。」
佐久真はその青年に、声を掛ける。青年は輪路の隣の席に座った。
「ご注文は?」
再び声を掛ける佐久真。輪路は特に気にすることなく、コーヒーを飲んだ。一口飲んでテーブルに置いた時、輪路は気付く。自分の隣に座った青年が、じっ、と輪路の顔を見ているのだ。
「…何だよ?」
あまりに自分の顔を見てくるので気になってしまい、輪路は青年に尋ねる。真剣な顔だった。感情というものを全く表していない、無表情。輪路の何かを見ようとしている、真っ直ぐな眼差し。青年は答えず、ただ輪路を見ている。数秒輪路の顔見た後、輪路がテーブルに置いたアメリカンに顔を向け、佐久真に言った。
「彼と同じものを一杯。」
「はーい。でもいいの?あなた、初めてのお客さんでしょ。そんな運任せして、後悔するかもしれないわ。」
佐久真が見る限り、こんな客が来たことは一度もなかった。見覚えの全くない青年だ。常連客だというのなら、輪路が飲んでいるものを頼むというのもわかるが…
「構いません。お願いします」
青年は再度注文し、そこまで言うならと佐久真も、アメリカンを容れて青年に渡す。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
青年はアメリカンを受け取って、砂糖もミルクも入れず、一口飲む。
「…アメリカンか。」
「不味いか?」
輪路は知らないうちに、青年に訊いていた。
「いや、美味い。今まで様々な喫茶店でアメリカンを飲んだが、ここのが一番だ。」
青年は相変わらず無表情なまま、もう一口飲んだ。
「…へぇ…あんた、この味がわかるんだな。」
「ああ。これなら毎日でも飲める」
「…気が合うじゃねぇか。」
もし青年が不味いと言っても、別に輪路は何もしなかった。だが、自分が愛飲しているコーヒーの味がわかる人間が一人でもいるというのは、いくら生きている人間を信用しない輪路でも少し嬉しい。
「あんた、名前は?」
自分と好みが合う人間というのはなかなかいないので、少し興味を持った輪路は、青年に名前を聞く。
「名乗るほどの者じゃない。」
「そうかい。」
青年は名乗ることを拒否した。輪路も特に気にしなかった。名乗る名乗らないなど、そんなものは気分次第だ。と、
「…無駄になるかもしれないからな。」
青年がそう言ったのを、輪路は聞いた。
「ん?」
「ご馳走様でした。お代、ここに置いておきますね。おつりはいりません」
「はい。まいど」
輪路が聞き返す前に、青年は代金を置いて席を立った。気付けば、青年はもうコーヒーを飲み終えている。そのまま、青年はさっさと店を出ていってしまった。
「不思議な雰囲気の方でしたね。」
事の成り行きを見守っていた美由紀は、輪路に言う。
「輪路ちゃん。あなたの知り合い?」
佐久真は輪路に問う。青年は何やら、輪路に対して親しげだった。しかし、
「いや、会ったことも見たこともねぇな。」
輪路はあの青年を、本当に知らなかった。そうこうするうちに、輪路もコーヒーを飲み終える。
「じゃ、俺行ってくるわ。」
「あ、気を付けて行ってきて下さいね。」
「行ってらっしゃい。」
輪路もまた、今日も幽霊を成仏させるために出かけていった。
*
ヒーリングタイムを出た輪路。その後ろ姿を、先ほどの青年が見ていた。青年の名は、青羽翔。事は一日ほど前に遡る。
「廻藤輪路。彼はなかなかの逸材です」
彼の上司たる少女は、翔に説明する。
「彼は高い霊力を持ち、聖神帝に覚醒しました。光弘と同じ、銀の獅子王型に。しかも、あの伊邪那美命を成仏させたのです。」
「伊邪那美命を!?」
翔は驚いた。伊邪那美命は、強大な力を持つ冥界の神である。いくら銀の獅子王型聖神帝の力を発現させたとはいえ、何の訓練も受けていない者が勝てる相手ではない。よほど高い霊力や才能を持っているか、運がよかったのかのどちらかだ。どちらにせよ、伊邪那美と戦って勝利を収めることができたのなら、相当な存在ということになる。
「私はぜひとも彼を協会に引き入れたい。ですが、彼が本当に協会の一員となるに相応しい人間かどうかを、見極める必要があります。その役目を、あなたに任せたいのです。」
願ってもない話だった。翔を惹き付けたのは、何より相手が、あの廻藤光弘の子孫だということだ。小さな頃から修練の合間に、光弘が成し遂げた記録を記した書物を、何度も読み返した。彼にとって、光弘は憧れの英雄なのだ。自分もこれくらい強くなりたいと、何度も何度も思うほどに。
「かしこまりました。」
その光弘の子孫が、光弘と同じように戦う力に目覚め、彼と同じ道を歩もうとしている。ぜひとも会ってみたかった。だから快く引き受けた。しかし、少女は浮き足立つ翔に、釘を刺すように続ける。
「ただし、もし彼が協会の一員に相応しくないと、聖神帝の力を振るうに相応しくない人間だとわかった場合は、あなたの手で彼を殺して下さい。判断はあなたに全て任せます」
「…」
翔はようやく思い出した。自分達が、一体どういう存在なのかを。もし輪路が協会の、世界の敵となるような人間だったら…。
「…心得ております、シエル会長。」
翔は自分の上司である少女、シエルに返答した。
これが一日前の出来事である。
(霊力の量は凄まじかった。俺の二倍はある…)
先ほど輪路を見ることで、その霊力の大きさは確認できた。あれほどの量の霊力、シエルを上回るかもしれない。なるほど、あの霊力なら銀の獅子王型になれたのも頷ける。
(次は、彼があの力を振るうに値する存在かどうかを見極める)
力はもうわかった。次は人格調査だ。今日一日をかけて行う。バイクに乗ってどこかへと出かけていく輪路を、翔は気付かれないように尾行した。
*
翔は肉体的な修行や法術など、様々な訓練を受けている。それらを駆使すれば、誰にも気付かれずバイクに追い付くことなど容易い。しばらく尾行していると、輪路は突然バイクを止めた。翔は一旦尾行を中止し、物陰に身を隠す。輪路はバイクを降りると、近くにあった店の中に入る。翔が店の看板を見ると、スポーツ用品販売店と書いてあった。輪路はそこでボールを一個、グローブを二個買うと、店を出てバイクに乗った。再度尾行する翔。そしてたどり着いたのは、近くに大きなグラウンドがある河川敷。輪路は突然バイクを停めて、キョロキョロと辺りを見回す。
(まさか尾行がバレたのか?)
翔は一瞬焦ったが、すぐに違うということに気付く。
「ごめんお兄ちゃん。待たせちゃった」
一人の少年が現れたのだ。翔は、この少年が幽霊であると一目でわかった。どうやら輪路は、この少年と待ち合わせをしていたようだ。
「んじゃ、始めるか!!」
「うん!」
二人はグラウンドへと向かう。
「行くよ!!」
「っしゃあ!!来い!!」
グラウンドに降りた二人は、キャッチボールを始めた。
(あの二人は何をしているんだ?)
翔は疑問に思いながらも、輪路がどうするのかを見ている。やがて、二時間程経った。
「お兄ちゃん、ありがとう。僕やっと、キャッチボールができたよ。」
「俺はお前の親父さんの代わりにはなれねぇが、楽しんでくれたみたいで何よりだ。」
少年は一週間ほど前に死んだ。家族の仕事の都合で急遽引っ越すことになり、この街から離れる前にここでキャッチボールをしようと、父と約束していた。しかし、ここに来る途中で父親共々交通事故に巻き込まれ、父はほぼ無傷だったが、少年は即死してしまった。最後にキャッチボールできなかったのが未練となり、ずっとここにいたところを輪路に発見されたのだ。最初輪路は父とキャッチボールさせてやろうと思ったのだが、少年の父は既に引っ越しており所在がわからず、仕方なく輪路が代わりに今日キャッチボールをすると約束したのだ。思う存分キャッチボールができ、満足して成仏していく少年。
「元気でな。」
輪路は少年にエールを送った。
「…」
翔は輪路がやったことを見ていた。
(彼はこうやって、成仏できない幽霊を成仏させているのか)
輪路と少年の間にあったエピソードはわかっていないが、輪路が少年を成仏させたということに変わりはない。と、輪路はまたバイクに乗って走り出した。翔も追いかける。
*
(なるほど…)
その後、夜になっても輪路を追い続けた翔は、輪路が幽霊を成仏させるために一日を費やしているのだということを知った。あの少年のみならず、少女や老婆の幽霊などを助け、成仏させたのだ。幽霊を成仏させることに時間を使う討魔士を、翔はたくさん知っている。しかし、霊力を持つ一般人がそれをやるというのは、それも一日中ずっとというのはなかなかない。よほどの優しさがなければできないことだ。
(己の力を、悩める魂達のために使う、か…)
現在翔は、輪路が再びヒーリングタイムに入ったのを見た。一応何か動きがないかと見ている状態だ。
(力も強く、人格も素晴らしい。これは会長に良い報告ができる)
自分の力を、助けを求める誰かのために使えるか。翔はそれを見定めるために来た。結果は、文句なしの合格。今の輪路の姿は、幼い頃から自分が目標にしていた光弘そのものだった。もちろん当時生きていたわけではないので、光弘に会ったことはない。ただ伝承や書物で、光弘は強大な力を持ち、常に誰かを救うためにその力を使ってきた、理想的な討魔士であったということを知っている。
(今日はもう動きはないか)
腕時計を見る翔。時刻は既に、22時を過ぎている。任務完了まであと二時間だが、一般人ならこんな夜遅くに出歩くということはないだろう。これ以上見張っても無駄だ。そう思った時、
「!!」
ヒーリングタイムから、輪路が出てきた。バイクに乗ってどこかに行く。
「何だ?一体どこへ…」
翔はいぶかしみながらも、輪路を追う。
たどり着いたのは、街外れの空き地。そこで起きた光景を見て、翔は我が目を疑った。輪路は空き地に溜まっていた複数の不良達と何か話した後、突然抗争を始めたのだ。
(な、何をやっているんだあの男は!?)
驚きながらも抗争を見守る翔。輪路は木刀を使った剣技や、衝撃波や竜巻を使って不良達を倒すと、その財布を漁って中から現金を半分抜き取り、
「俺みたいなやつに目ぇ付けられたくなかったら、こんなトコ来ねぇで真面目に生きろよ。」
捨て台詞を吐いて去っていった。
「…何という男だ…」
翔は呟いた。
「奴は…危険だ!!」
*
ヒーリングタイムは閉店した。輪路は帰宅して自室におり、美由紀は入浴中。その間に佐久真は、今日届いた手紙を取りに行く。裏口のドアの内側に設置してある郵便受けから全ての手紙を出した佐久真は、それをテーブルに置いて一息つく。これでようやく、今日一日の仕事が終わったという感じだ。と、
カラン
ドアから音が聞こえた。今の音は、郵便受けに手紙を放り込まれた時の音だ。見てみると、やはり郵便受けに一通の白い封筒に入った手紙が入っている。佐久真はすぐにドアを開けてみるが、外には誰もいない。手紙を放り込んだ後、すぐに帰ったのだろう。
「…?」
妙に思いながらもドアを閉め、封筒を改めてよく見る。封筒には、廻藤輪路殿と書いてあった。
*
手紙にはこう書いてあった。
『明日の23時、街外れの空き地へ来い。大事な話がある』
その内容に従い、輪路は空き地に来た。美由紀と三郎を連れて。いや、美由紀と三郎はついてきただけだが。
「絶対昨日輪路さんがやったっていう子達の仲間ですよ。だからもうこんなことはやめて下さいって言ったじゃないですか!」
「うるせぇな。そうじゃねぇかもしれねぇだろ」
「いや普通に考えてそうだからな?」
美由紀の言う通り、手紙の差出人は昨日叩きのめした不良達の仲間であるという説が濃厚だ。普通に考えて間違いない。むしろ輪路はなぜ違うと思ったのだろうかと、三郎は不思議がっていた。待ち合わせの時間には、まだ五分ほど早い。だから誰もいなかった。
「まさか外野を連れてくるとは思わなかったぞ。」
が、その人物は唐突に姿を見せた。
「お前昨日の…」
輪路はその人物に見覚えがあった。昨日輪路の隣の席でアメリカンを飲んだ、あの青年だ。独特の雰囲気を纏っていたのでよく覚えている。
「昨日は無駄になるかもしれないと言ったが、名乗らせてもらう。俺は青羽翔、討魔協会の討魔士だ。」
青年、翔は輪路達に名乗る。三郎は驚いた。
「討魔士!?しかもお前、青羽家の人間か!?」
「三郎ちゃん知ってるんですか!?」
美由紀は三郎に尋ね、三郎は語った。
「討魔士ってのは、古来から世界中で魔物と戦い続けている戦士だ。聖神帝になれるやつもいるぜ」
討魔士は古くから人々の命を脅かす魔物と、日夜戦ってきた戦士のことである。その戦い方は様々で、聖神帝に変身できる者もいる。バラバラに戦いを続けてきた討魔士達は、魔物退治の効率を上げるため、組織を設立した。それが、討魔協会である。その協会の中で会長の次に強い影響力を持つのが、三大士族と呼ばれる討魔士の名家だ。レッドファング家、グリーンクロー家、そして青羽家。この翔と名乗った青年は、自分がその青羽家の人間だと言ったのだ。
「じゃあ結構なお偉いさんってことか。で、その討魔士様が何の用だ?」
輪路は用件を訊く。三大士族とまで呼ばれるほどの男が出てきたのだから、よほどの理由に違いない。
「俺は現討魔協会会長、シエル・マルクタース・ラザフォード様のご命令で、お前を監視しに来た。適性有りと判断した場合、協会に引き込むためにな。」
「輪路さんを討魔士にするってことですか?」
「やったじゃねぇか輪路!協会の討魔士っていやぁ、光弘も通った道だ。討魔士にしてもらえよ!」
光弘もかつて、討魔士として協会に所属していた。輪路は彼と同じ道を歩もうとしているのだと知り、三郎は喜んだ。
「やだね。組織とかめんどくせぇし、そもそも胡散臭いしよ。」
だが輪路は嫌がっている。自分が先頭に立つならまだしも、団体行動をするのは子供の頃から苦手なのだ。と、
「俺もお前を討魔士にするつもりなどない。お前には適性がないからな」
翔は突然不合格宣告をした。
「えっ!?何でですか!?」
美由紀はなぜ不合格なのかを問う。
「昨日、俺は一日その男の動向を監視していた。」
「はぁ!?お前見てたのかよ!?」
「言ったはずだ。お前が協会の一員として相応しいかどうか、見極めに来たとな。確かに実力も人格も申し分ないとは思っていた。だが、それは途中までの話だ。最後にお前がやったことがまずかった」
翔は昨日、輪路がやったことを全て見ていた。当然、不良達を叩きのめしたところも。
「お前は己の快楽のために力を振るった。討魔士として最も恥じるべき行為を、お前はしたんだ!討魔士の適性がないと判断した場合、俺はお前を殺すよう命令を受けている。」
「ちょっと待て!!何でそうなるんだよ!?第一俺は、レイジンになんかなってねぇぜ!?」
確かに輪路は、生計を立てるために不良達を倒した。しかし、殺されるようなことはしていないはずである。
「聖神帝の名前か。聖神帝になっていようがいまいが、己の快楽のために他者をなぶるという行動自体が既に禁忌だ。そしてお前は、自分が手に入れた力の大きさをわかっていない。討魔士に相応しくない場合、お前が持つその強大な力が世界の敵となる前に抹消する。それが協会が下した決定だ」
「そんな…やめて下さい!!」
あまりにも唐突で、冷酷な宣告だった。美由紀は翔に、輪路を殺さないよう言う。と、
「…だが、討魔士として相応しい部分もあった。俺も、お前のような強い相手を殺したくはない。よって、最終審査を行う。」
翔は話を続けた。輪路には迷える魂を成仏させるなど、評価できる部分もあった。それを無視するというのは、さすがによろしくない。そこで、翔は最終審査を考案した。
「一撃でも俺に当ててみろ。そうすればお前を勝者と認め、協会に迎え入れる。」
突然翔の両腰に二本の細い西洋剣が出現し、翔はそれを抜いた。
「できなかった場合はお前を殺す。簡単だろう?」
「…実技試験ってわけか。拒否権は?」
「ない。拒否しても殺す」
「…」
拒否権なしの、実技形式最終審査。輪路は考える。協会に入って討魔士になるつもりはないが、戦って勝たねば命はない。
(…勝ちゃいいんだろ勝ちゃ。討魔士になるかどうかは、勝ってから決めりゃいい)
結局そう結論付けた。例え相手が討魔士だろうが、勝てば何の文句もないはずだ。
「…仕方ねぇ、やってやるよ。けど一撃と言わず叩き潰してやるから、覚悟しな!」
輪路は木刀を抜く。
「威勢はいいな。だが、お前が俺に勝つことは不可能だ。」
「言ってろ!!」
「輪路さん!!」
輪路は翔に向かって突撃し、木刀を振り下ろす。翔は左手の剣でそれをを受け止め、すぐさま右手の剣で反撃した。
「うおっ!?」
のけ反ってかわす輪路。翔は左、右、左、右とリズミカルに、そして素早い怒涛の剣撃を繰り出してきた。
「くっそ…強ぇ…!!」
輪路は木刀で防ぐが、攻撃が激しすぎて反撃する暇がない。
「俺は青羽家の跡取りだ。討魔士としての正式な訓練を受けている。お前とは違う!」
「やべぇ…霊力の量じゃ輪路が勝ってるが、奴の戦い方は精錬され尽くしてる。今の輪路じゃリビドンには勝てても、討魔士には勝てねぇぜ!」
翔は討魔士の名家の人間として生まれた。幼少期から激しく厳しい訓練を受け続け、様々な強敵との戦いにも勝利している。輪路とは経験も実力も離れているのだ。三郎は正式な訓練を受け、精錬され尽くしている強さを持つ討魔士には勝てないと分析している。
「んなろッ!!」
輪路は翔の剣を跳ね上げ、胴に向かって斬り込む。だがその瞬間、翔が後ろへと下がった。
「!?ちっ!!」
さらに斬り込む輪路。しかし、いくら斬り込んでも、斬り込んだ方向へと翔は下がってしまい、当たらない。
「何て軽やかな動き…まるで重さがないみたい…」
美由紀はひらりひらりと攻撃をかわし続ける翔を見て、人間としての重さがないかのように幻視した。
「実際重さがないんだよ。」
「えっ?」
「奴は今、青羽流討魔戦術の一つ、無重動法を使ってやがる。」
「青羽流討魔戦術?」
「討魔戦術ってのはその名の通り、討魔士が使う戦闘術のことだ。だが中には、青羽家みたいな名家だけが編み出した技もある。その一つが無重動法だ」
三郎は美由紀に説明した。無重動法とは、その名の通り霊力によって己の体重や、己が触れているものの重さを消すという技だ。これにより技の使い手は、鳥の羽のような軽やかな動きが可能になるのである。美由紀は幻視していたのではなく、実際に翔の体重が消えていたのだ。また打撃や斬撃のような攻撃を放つ時は衝撃波が発生するので、無重動法を使っていれば何もせずとも自動的に攻撃をかわすことができる。
「お前は俺に触れることすらできん。」
翔は言った。確かにこのままでは、一撃当てるなど夢のまた夢である。
「のらりくらりとかわしやがって!!これならどうだ!!」
攻撃が当たらないことにしびれを切らした輪路は、木刀を振って巨大な衝撃波を飛ばした。
「やべっ…!!」
慌てて結界を張る三郎。そんなことなどお構い無しに、輪路は衝撃波や竜巻を放ち続ける。
「どうだ!!」
翔の姿はない。重さがないので、輪路は遠くに飛ばされてしまったのだろうと思っていた。
その時だった。
トン
何かが輪路の頭の上に落ちた。いや、乗った。何かは見なくてもわかる。翔だ。翔が輪路の頭上に乗っているのだ。翔は無重動法を解きながら、輪路の頭を踵で後ろに蹴飛ばす。
「ごがっ!!」
倒れて後頭部を打つ輪路。翔は輪路の頭を蹴ると同時に跳躍し、地面に着地した。
「完全に遊んでやがるな…冗談抜きでやべぇぜ…」
三郎の目からは、輪路が遊ばれているようにしか見えなかった。決して輪路が弱いわけではない。翔が強すぎるのだ。
「どうした?それで終わりじゃないだろう。聖神帝を、お前がレイジンと呼んだ聖神帝を使え。」
輪路を挑発する翔。輪路は派手に打ち付けた後頭部を押さえながら立ち上がる。
「…恨みもないような相手に使うつもりはなかったんだが、仕方ねぇ。力を出し惜しみして、勝てる相手じゃなさそうだ…!!」
翔は強い。レイジンも使わずに勝つのは、絶対に無理だ。そう判断した輪路は、仕方なくレイジンを使う決意をする。
「神帝、聖装!!」
輪路はレイジンに変身し、スピリソードを構えた。
「レイジン、ぶった斬る!!」
とうとうレイジンを使った輪路。美由紀はどうなることかと、ハラハラして見ている。
「ようやく使ったか。」
翔は相変わらず無表情で、レイジンを見ても微動だにしない。
「ああ。こいつを使ったら、さすがにお前を殺しかねないんでな。」
能力が数十倍も向上した今なら確実に翔に勝てる。しかし、強すぎるので翔を殺しかねない。いくら自分の命を狙っているとはいえ殺したくなかったので、今まで使わなかったのだ。
しかし、
「殺しかねない?まさかお前、それで俺より優位に立ったつもりでいるわけじゃないだろうな?」
翔が信じられないことを言った。これでもなお、レイジンは自分より優位には立っていないというのだ。
「何?」
耳を疑うレイジン。その彼の目の前で、
「神帝、聖装!!」
翔はそう唱えた。直後、翔を蒼い炎が包んだ。炎は具現化して鎧となり、翔はレイジンと同じ姿へと変身する。いや、全く同じ姿ではない。レイジンがライオンをモチーフにした鎧なのに対し、翔が変身した姿は鳥をモチーフにしていたのだ。鳥の羽が無数に集まったかのような鎧と、鳥の頭のような兜。その口の中に、レイジンと同じタイプのマスクがある。
「奴も使ったか…青羽家が代々受け継ぐ、不死鳥型聖神帝を…!!」
三郎は静かに、そして焦るように呟く。翔が変身した聖神帝は、通常の西洋剣と同じくらいの大きさになった双剣を、ゆっくりと構えて宣言する。
「ヒエン、参る!!」
蒼き不死鳥。その名は、ヒエン。
恐るべき実力を備えた討魔士、青羽翔。そして彼が変身する聖神帝、ヒエン。輪路は生き残ることができるのか!?
次回をお楽しみに!!




