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貴しを以て和を為す

 清華と出会ったのは、この数か月後だ。

「何か、ぱっとしないね」

 初対面で彼女の部屋に招かれた時、そんなことを言われた。

「随分はっきり言うね」

 僕が苦笑すると、清華は自分は学習机の椅子に座りながら、髪をくるくるいじり始めた。僕には座布団の一つも寄越さない。

「まーね。ほら、あたしってかわいいからさ」

 手鏡を見つめながら手串を通す。僕の方には見向きもしないまま、清華は言った。

「前のカテキョーはさ、なんかあたしのこと好きだったみたいなんだよね。男だったんだけど、キモくて。あんたも同じなの?」

 この辺りで、僕の腹の底は氷点下の辺りまで冷え切っていた。親御さんとの面談で生徒である娘が顔を見せなかったり、親は親で娘にまるで関心がないみたいだったから、何かあるだろうとは思ってはいたが。

 短いスカート上で足を組んで、これ見よがしにしている。まったく、ため息が出そうなくらい子供だった。

「で、センセーは。何教えてくれんの? 保健の実習?」

 清華は自分で言って自分で笑ってた。中学の頃はトップレベルだったが、勉強嫌いだったので受験期にみるみるうちに成績が落ちて今の高校に落ち着いたという。なるほど、僕の嫌いなタイプに分類された。

 手近にあった箱ティッシュを掴んで軽く清華の背中に投げつけた。

「いたっ! 何すんのよ!?」

「君は随分恵まれてるよ」

「はあ!? 何言ってんの……」

 振り返った清華がまさにゴミを見るような視線を送ってきた。

「これは僕の友達の友達の話だ。その人はひどくコミュニケーションが苦手で、高校生活が開始してから1年経っても友達ができない」

「…………」

 何か言いたげな視線を送ってくるが無視して先を進める。

「その人は中学までは成績が良かったものの、進学校の高校で落ちこぼれた。鯛の尻尾より鰯の頭を取るべきだったと後悔し始めたが、覆水盆に返らず。落ちぶれ続けた。善良な両親が稼いだ学費はまるでドブに捨てられるが如し、僕はまるで授業が理解できなくなっていた」

 またも口を挟もうとするので、急いで先を進めた。

「結局苦手な数学は随分前段階で切り捨てて文系科目だけで入れる国立大学を見つけて、入学したものの、もはや学校では口を開くことはなく、完全に沈黙の権化と化していた。沈黙の権化は、それから二度と浮き上がることはなかった。おわり」

 話が終わると、教え子はぽかーんと口を開けた。どこから突っ込んでいいか分からないと言った様子だ。

「オチは?」

「これは訓話だよ?」

 真顔で答える。すると、少女はぷっと噴出した。

「突っ込みどころ多すぎ。まず、友達の友達の話なのになんで友達いないわけ? それ、本当にあんたのことなの?」

「あんたじゃなくて、先生だ」

「まあいいや。じゃあ先生はずっとぼっちだったわけ?」

「これはあくまでたとえ話で、僕の話じゃない」

「さっき僕って言ってたよ?」

「それは……言い間違えだ」

 清華は更に声を立てると、こう言った。

「慰め、下手」

 これには何も言えなくなった。すると、少女はイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「ふふん、その下手くそな慰めに免じてわたしが提案してあげるよ。じゃあ、わたしが友達になってあげる」

 明らかに下に見られている。僕はプライドを保とうと頑張った。

「先生、と呼びなさい」

「はいはい。分かってるよ、先生」

 絶対に分かってない。けれど、突っ張ったような「あたし」の一人称が、無邪気な「わたし」と言う言葉に変わっているのを僕は見逃さなかった。多分、精神体験年齢が15歳ぐらいで止まっている僕と、15歳の彼女の相性はそれほど悪くなかっただろう。

「じゃあ、手始めに君の話を聞かせて欲しい」

 でも、教師として教えるより、僕はこうやって彼女の友達ごっこに興じる方を選んでしまった。この時の清華には、それが必要だった。多分、レベルを下げた高校で上手くやれていないのだろう。


 一しきり話した後、初回の授業の終わりに、清華はこんなことを言った。

「先生、本当は普通にいるでしょ仲間が。ぼっちってのも、嘘。でもま、慰めにはなったから、認めといてあげる」

「うそじゃないけど」

「はいはい、そういうことにしといてあげる」

 そういうことになるなら、僕としてはそういうことになっといた方がいい。実際は違うものの、清華はそういう風に信じ込んだまま僕と授業をするようになった。今まで何ものも信じていなかった僕が初めて触れた、対等な人間が清華だった。

「じゃあね、先生」

 そう言って送り出してくれた清華の表情は、今となってはよく見慣れた、無邪気で年齢以上に幼く見える笑みだったのだ。


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