自由の刑
そう、ここでは彼女、辻風結菜が最も強い価値を持つ。氷谷祭神は唯一の跡継ぎである彼女に弱いし、従うしかないのだ。
しかし、やはり一筋縄ではいかなかった。
「なるほど。俺への牽制として結菜を使うか。だが、どうせ消える命。そうなればその男諸共に死んでやるぞ!!」
氷谷が大声を上げると、再び突風が巻き起こった。参道脇の砂が舞い上がり、僕らの顔に直撃する。手を繋いだまま、もう片方の手で顔を庇う。
突風に紛れて神の高笑いが耳に届く。
巻き上がる砂嵐の向こうに、不意に複数の人影が浮かび上がった。顔をガードする手の間から目を細めると、その人影のしゃべり声が唸る風の間から耳に運ばれてきた。
「誰、あんた?」「うちの子じゃないね」「文月が失踪したらしい……」「清華が病気になったんです!」
僕の両親、バイト先の店長、清華のお母さん。声々は突風の中から僕を詰ってくる。
「どうしてわたしを見捨てたの!? 先生!? やっぱりその女が好きだから!!?」「いい加減にしてくれ! 警察を呼ぶぞ!?」
これは幻聴だ。ぐっとこらえる。大丈夫、現実じゃないんだ。細かい石粒が体を打ち付け、指先を痛める。隣の彼女の様子も見えないが、繋がったままの僕の右手が彼女の体温を僕に運んできて、唯一本物の存在を感じることができる。対して、砂嵐の向こうに浮かぶ人影は幻覚なんだ!
「幻覚じゃないぞ!」
氷谷の声。
「お前がこのまま行けば、異世界でお前の存在は両親になかったことにされ、お前が慕っていた先輩は神隠しに遭い、教え子は苦しみの末死ぬ運命を辿る。これは現実になるぞ!」
「そんな脅しには屈しない! 僕はお前が消えるまで、絶対に屈しない!」
氷谷は一族の信仰を失い、消えかけている。力は残っていないはずだ。
「僕が、結奈を守るんだ!!」
声の限りに叫ぶと、途端に風が猛烈に強くなった。耳元では強風が悲鳴を上げ、一切の音を遮断する。指先は風の冷たさに感覚を失っている。唯一繋がられた彼女の左手に、ほんのわずかに更なる力が込められたような気がしたが、僕はもう吹き付ける風に耐えきれることはできそうになかった。
右手の繋がりが徐々に切れ始め、砂嵐の視界の中に消えて行く。
「先輩!?」
繋がりの手が切れて、僕の体は宙を舞った。なるほど、神様と討死か。それも悪くない。聞こえないはずの彼女の悲鳴がどこからか聞こえ、耐え切れぬ突風に体を預けながら、僕の意識は空中で失われた。




