神前の単独者
電車を乗り継いでバイト先に辿り着くと、僕は真っ先に店長に尋ねた。
「文月先輩は来ていますか?」
今日は文月先輩とシフトが重なる日だ。だが、店長は裏の書庫で本を移動用カートに載せながら気難しい顔をしてみせた。
「あいつ、数日くらい前から無断欠勤するようになったんだ。連絡もとれない。大森、お前何か知らないのか?」
僕は唇を噛んだ。尋ねたいのはこっちなのだ。嫌な予感には的中して欲しくない。
「電話は?」
店長は首を振る。
「おかしなことにいつかけても通話中なんだ。メールの返信もない。あいつとコンタクトがとれるのは俺と、従業員の中ではお前ぐらいだったからなあ。このまま何度も無断欠勤されては困る」
文月先輩の身にも何かが起こっているのだろうか。しかし、先輩は強い。彼自身に関しては心配は無用なのだろう。だが、僕は……
僕は力なく顔をあげた。
「店長、昨日の月を見ましたか?」
店長は作業の手を再開させていた。表にまとめて運ぶ為のカートに本を乗せながら僕の方を見ずに、
「おう、見たぞ。綺麗な月だったな」
と言った。
「一昨日は?」
「さあ、どうだったかな。どうしてそんなことを訊く?」
「いや、別に……」
店長の解答は予想通りだったとは言え、やはり僕を失望させるには充分だった。
「ま、文月は解雇だな。こう何度も無断欠勤されちゃたまらんわ」
今日のバイトは休みたい。切実にそう思ったが、それでは弱さを発露しているようで僕は自分の体に鞭打って更衣室へ向かった。
バイトから上がると、体中がだるかった。商店街を抜け、笹ノ宮駅で電車に乗り神五町、つまり僕の下宿のある町へ向かう途中も、とりとめのない思考で脳内が占められていた。浮かぶのはばら撒かれたパズルピースのような断片。
消えた喫茶店から始まり、呪われた一族、固定された満月、失われた梅雨。彼女の苦悶、清華の涙、文月先輩の苦笑。
全ては絡まり合い、世界を狂わせ始めている。
神五町の駅で降りて、アパートに向かっているのもほとんど無意識だった。
全ての始まりはあの日、国道の裏手にある喫茶店を尋ねたことがきっかけだった。そこで辻風結菜にそっくりな店員を見た。あそこの彼女はお爺ちゃんと仲が良さそうだった。もう一度会えないかと思ったものだった。
もう何も考えたくない。
家に帰った僕は、電気を点けることも鍵を閉めることも忘れて、そのままベッドに倒れ込んだ。




