考える葦
家庭教師とその生徒が恋愛沙汰になったなんて話はざらにある話ではないが、滅多にない話でもない。しかし、教師と生徒という関係上特別に深い関係になるわけにはいかない。勿論そんな常識は僕も清華も分かっていたはずで、清華は何なら建前上の関係を壊す覚悟だったわけだ。だが僕にその覚悟があったかは分からず、彼女がいなくても同じ結末になった可能性だってある。その逆も然り。
けれども、現実に。僕と清華の関係は破綻してしまったわけで、彼女はもしかしたらこれを恐れていたのかもしれない。巡り合わせの悪さを、きっと僕も彼女も呪っている。
西園寺家を出ると、東の空に綺麗な満月が浮かんでいた。僕と清華の師弟関係は粉々でも、月は砕けない。人破れて山月在り、かな。
笹ノ宮への駅をとぼとぼ歩きながら月を眺める。そういえば、彼女と初めて会って喫茶店を探した夜も満月だった。それが何だか皮肉なようで、僕は自嘲めいた笑みを一人で浮かべてしまった。貴重な知人をまた一人失ったことになる。
そこでふと足が止まる。
おかしい……彼女と四ノ原を初めて探索したのは5月の中旬。今から約2週間ほど前だ。月の周期は一か月で、それならば少なくとも何かしら欠けていなきゃおかしいはずだ。記憶違い? そんなはずはない。僕はあの夜綺麗な満月につられて背の高い雑居ビルを発見した。
もう一度夜の濃くなっている空に浮かぶ月を注視するが、それはやはり見る者を引きつけるような満月だった。高い位置に登れば月見をしたくなるような。やっぱり変だ。本当に僕の記憶違いなのだろうか?
携帯電話の検索機能を使ってすぐその場で月について調べてみるが、何も妙なことは書かれていない。
『29.5日周期で同じ形をとる』インターネットの記述にはそう書いてある。それならば正確には今から11日前のあの日と月の形が一致するはずがない。見間違えようもなく変形してるはずなのに。一体どうなっているんだ?
そこで不意に文月先輩の言葉が浮かんできた。『日常は簡単に崩れ去る』まるでこのことを予見していたかのような台詞だ。
僕はそのまま携帯のボタンをプッシュした。彼は何か知っていたのだろうか。いや、知らなくても的確なアドバイスがもらえるはずだ。欠けることのない満月。第3者の確認も必要だ。
だが、先輩の電話は通話中であった。その数分後にかけ直しても、家に帰ってからかけ直しても。何度かけても。
何かひどく嫌な予感がする。




