障らぬ神の祟り
「お爺ちゃん……」
横で彼女が呟く。結菜と呼ばれた彼女はまるで幽霊でも見たかのように青くなっている。基本的に表情が変化しないと思っていた僕は二重に驚いていた。
『お爺ちゃん』がこちらへ歩いてくる。彼女は見えない手に押されたかのように一歩後ずさりした。
「氷谷を捨てたのではなかったか。友里と共に」
「わたしはお母さんじゃない」
お爺さんが目の前まで来て、ふんと鼻を鳴らした。僕と、隣の彼女を値踏みするように眺める。
「お前が氷谷を捨てようと捨てまいと関係ないが、そんな人間がどうして冷やかしの為にこの社に足を踏み入れる。神を侮辱してるつもりか。それともわしをか」
「冷やかしじゃないっ!」
彼女が反射的に怒鳴る。それから、感情を表に出してしまったことを後悔するように少し口をつぐみ、しどろもどろに言った。
「彼が、来たいと言ったから。それだけ。本当に」
「信じられるか」
お爺さんが吐き捨てる。今更ながら僕も状況に追いついてくる。つまり、彼女とお爺さんは祖父と孫で、お爺さんの娘の娘が彼女で、彼女は結菜で、えーっと……
なんだか僕まで焦ってくる。お爺さんの放つ冷たい空気が、僕にまで当てられたような気がした。
だが実際はそんな僕にお構いなく、いやほとんど無視してお爺さんが吐き捨てる。
「氷谷の氏神はご立腹ぞ。なんせ跡取りがいない。あとには金にまみれた俗事が待っているだけだ。結菜、お前がここに戻ってくればまだ立て直せるぞ」
彼女は青ざめながらもきっぱりと言う。
「いったでしょう。わたしはわたし。わたしもお母さんも、神様には縛られないの」
「のち、神が天罰を与えるとしてもか」
「個人を恨む神に、神たる器はない。わたしを縛り付ける唯一神を、わたしは信じない」
お爺さんはそれをきくと憎々しげに顔を歪めた。
「もういいい。早く出ていけ。これ以上この場にいても、お前にとってもわしにとっても益はない」
彼女がキュっと唇を結び、踵を返した。二ノ鳥居をくぐる。僕も彼女に続こうとしたところ、追い討ちでもしかけるようにお爺さんがこう言った。
「それと、そこの馬の骨よ。結菜には関わるな。お前にも良いことは起こるまい」
「おじいちゃん!」
怒涛の勢いで振り向き彼女が叫ぶ。だが、お爺さんは肩を竦めただけで、自分も逆方向へ歩き始めた。反対側の鳥居の方へ。その背中に数秒の眼差しを残すと、僕も彼女の後について神社を出た。
帰りの一の鳥居をくぐるとき、音の違和感はもう現れなかった。お互い無言で四ノ原駅へ向かう。
駅の入り口に立ったとき、僕からこう言った。
「このまま別れてもすっきりしないね。もう少し話そうか」
彼女は肯定も否定もしなかった。




