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虎穴に入らずんば

 午前中すべての時間を四ノ原駅付近の探索で費やして徒労に終わってしまったことは記すまでもないことだと思う。2年通っていながらちょっと横道に逸れるとすぐに僕は道が分からなくなる。地図を片手に持ったまま突き進む彼女の後ろで、僕はそんなことを今更ながら痛感していた。5月も下旬に入り、例年ならもうとっくに梅雨に入っているはずなのに、そういえば最近雨が降っていない。アパートにテレビがないので、携帯で家から出る直前にその日の天気を確認するだけで済ませている。まあ、晴れが続くのはありがたいことだ。

 穏やかな空模様に感謝し、建物と建物の間をすり抜けていく。

 12時になった時、彼女が言った。

「どうやら、本当にお店は消えてしまったようです」

 だから言ったのに。僕らは2時間半の間辺りをぐるぐると回っていたのであった。


 彼女の意見で、駅付近で評判のラーメン屋さんで注文をとった。カウンターテーブルしか存在しない小さなお店だ。彼女がそれでいいのなら、まあそれでいい。因みに、ちょっぴり見栄を張って「おごろうか?」と申し出たところ

「何様のつもりですか。私は貴方に奢られる所以にまるで覚えがないのですが」

 と、手痛い返答を貰った。そこまで言わなくてもいいのに。

 煙くて狭い店内だけれど、安くておいしいラーメンに舌堤を打っていると、隣で彼女が蓮華を置いて言った。

「さて、まるで手がかりがなくなったわけですが。こんなことが起こるのですね」

 もっと早くから現象を認識していた僕としては今更の話だ。

「僕は氷谷神社というのが気になる」

「またそれですか……」

 嫌そうな顔になる。だからどうして。

「ちょっと足を運んでみたい」

「…………」

 嫌なら無理に同行しなくていいのに。本当に、どうしてこんなに食いついてくるんだろう。しかし、僕も白日の元に消失を確認し、あの喫茶店が再び気になってくる。

 いったいどうしてなくなってしまったのだろう。突然現れた神社と関係があるのか。

 あと少し醤油ラーメンが残ってる器を僕の方へスライドさせ、「残りはあげます」と深刻な顔で彼女が呟く。

「いや、僕もまだ食べ終わってないんだけど……」

 きいてない。何やら深く考え込いるご様子。自分と彼女のラーメンをなんとか完食した頃に、ようやく彼女は我に返った。

「それならば、私も行きます」

 神社に行くぐらいでどうしてそんなにシリアスになんだろう。

 会計は別にして、僕らはラーメン屋を後にした。


 氷谷神社とやらへは四ノ原から東に大通りを歩く。僕が毎日使っている電車の路線に沿って道を進むことになり、因みに僕が住んでいる神五町は四ノ原よりずうっと東に行ったところにある。もし歩いていくのなら、丸一日消費することになるだろう。

「確認しておきますけど」

 そう彼女は前置きした。

「氷谷神社は前々から存在していましたよ。ある日突然降って湧いた代物ではないですよ」

「そんなバカな。僕はそんな神社が四ノ原にあるなんて知らなかったよ。少なくとも、例の喫茶店よりは確信を持ってる」

 だが、そんな僕に取り合うことなく彼女は「ふん」と鼻を鳴らして応じるのみであった。午前中からこの態度は崩れない。どうしてそんなに不機嫌なのだろうか。大通りを歩きながら、彼女の横に並び立つ。

「どうしてそんなに不機嫌なのさ」

「あなたと一緒だからです」

 おぉ……これは手厳しい。

「というのは半分冗談でして」

 真顔のまま続ける。

「あなたには関係のないことです。だからご安心を」

 これで安心できるのだろうか。とてもほっとできる解答ではない。ぎこちない空気のまま、氷谷神社に辿りついた。道の途中から道路脇の塀の向こうに森が見えるようになる。鎮守の森だ。しかし、僕の記憶だとそこは住宅が並んでいるはずであったのだが。

 やがて立派な神明鳥居の一ノ門が見えてくる。石の柱に「氷谷神社」と掘ってある。

 ふーん……特に感慨もないまま僕は石敷きの参道に足を踏み入れた。一歩遅れて彼女も。そのまま、鳥居をくぐってしまう。


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