酔いが醒めてから
「おねえさん、今どんなぱんつ穿いてるの?」
携帯電話の液晶を見つめること、30秒。
相手が誰だかは、当然わかっている。
「ヘザーグレーのローライズのボクサー。ゴムの部分に、紺色のライン」
「うっ!色気ねえ!」
「部屋に一人で色気なんか出すか!何なのよ、日曜日の朝に!」
受話器の向こうから、笑いを含んだ声が聞こえた。
「まだ寝てたのかよ。1時だぜ?」
別に予定のない休日に何時まで寝ていようが、こいつには関係ない。
学生時代の続きの能天気なテンションで、電話の内容は相変わらずのバカ話。
「日曜日の真昼間に電話してくるって、どうよ?ヒマ人の証明みたいなもんじゃない」
「おまえもヒマなんじゃねえ?真昼間まで寝てたんだろ……あ……」
「何?」
「俺、今穿いてるぱんつ、おまえとお揃いだ。霜降りグレーのボクサー」
「嬉しくないから!ってか、普通に売ってるデザインでしょうが!」
つかず離れず、卒業してからも学生時代と同じノリ。
能天気にのほほんとした声は、普段の気が張る生活とは違うペースを連れてくる。
自分を作らなくてもバカ話ができる相手って、社会に出るとなかなか見つからない。
「また二日酔いかあ?」
「いや、昨夜はそんなに飲んでないんだけどなあ」
「ストップしてくれる男、見つけろよ」
「うるさいなあ。あんただっていないじゃん」
「俺は選り好みしてんの。誰かさんみたいに、相手にされてないんじゃないの」
「あたしだって、昨夜は男と飲んでたんだから!」
嘘じゃない。取引先の男に誘われて、飲みに行ってたんだから。
ただ、あまり知らない相手と飲むのは気疲れして――家に帰って、飲みなおした。
「ふうん?デートだったんだ」
能天気の声に、勝ち誇る。
「そ、デート。見る目がある男っているものよね」
「で、いつも通り大酒を飲んだ、と」
「大酒って、失礼ね。淑女らしく慎ましやかに……」
「似合わねーっ!」
能天気は、ちょっと声を張り上げた。
「おまえに慎ましやかなんて、絶対似合わない!恥ずかしがりもせずに、ぱんつの話する女が!」
「聞くからでしょうがっ!」
聞かれもしないのに、ぱんつの話なんて絶対しない。
「大酒飲みで、休みの日は昼過ぎまで寝てる女だって、相手は知ってんのか」
やけに突っかかる能天気。
「知るわけないじゃない。ふたりで会ったの、はじめてだったんだから」
「ふうん?知ったときに失望しないか?」
余計なお世話。
「あんたこそ、いつまでフリーでいるのよ。ヒマ潰しに電話する相手が、私しかいないわけ?」
能天気の声は、一歩遅れた。
「違うね。日曜日にヒマそうな相手が、おまえしかいないってことだね」
しばらくのほほんと喋っていた能天気は、夕方からの私の予定を訊いた。
「予定はないよ。久しぶりに飲みに行く?」
「……いや、飲みに行くってか、むしろ」
「むしろ?」
「ぱんつが本当にお揃いかどうか、確認しに行ってやる」
へ?何?
「霜降りグレーのボクサーだな?待ってろ、これから行くから」
それっきり、通話は切れた。
日曜日の昼に電話して来るのは、男の有無の確認のため、だったらしい。
30分もしないうちに現れた能天気に、ぱんつの色の確認をされちゃったのは、それを聞いてからだった。
fin.