7月10日 10:00 自室にて
『パルサーです。入られてもよろしいでしょうか?』
『お体はどうですか? 朝御飯をもしお食べになりたいのならば食堂の冷蔵庫にありますので、どうぞそちらへお越しください。
いえ、謝られなくとも結構です。あなた様に食べて頂きたかったことは確かですが、無理に食べられてもお体に悪いだけですので。
さあ、どうぞ車椅子に。お庭の散歩を致しましょう。ブライト様もエントランスホールでお待ちしております。
いえいえ、遠慮なさらずに。朝御飯も食べずに一日中ベッドの中にいられたら、そのうち毒虫に変わってしまうかもしれませんよ』
『はい、さっさと。準備は出来ましたの。どうぞお座り下さい』
『ブライト様。ご当主様をお連れしました』
「ありがとうございます。ではお庭に行きましょうか」
『ブライト様。ありがとうございます、などとそんな丁寧に申されなくても。ありがとう、と男らしく言ってくれればそれで良いというのに』
「それでしたら、パルサーさんも私に様付けせずに呼び捨てでお呼びになって下さい。〈様〉を付けられるとこちらも何と言うか……」
『そんな、そんなこと言えませんの。それでしたら私のことをパルサーとお呼びになって下さい。いえ、そんな関係ではまだありませんの。出過ぎた真似をお許し下さい』
『ああ、なんて綺麗なお庭、とは言えませんね……。
どうしてこんなに朽ち荒れてしまっているのでしょう? あっちは焼き払われたみたいに、この生垣なんてまるで誰かにナイフで切りつけられたかのようにズタズタになっておりますの。お花たちが可哀想でたまりませんわ』
「それはですね……、まだパルサーさんには何も言っていませんでしたか。
半年ほど前に此処に盗賊が来まして、城はこの通り壮麗で堅固な造りになっているせいもあるのでしょうが、何やら彼らは勘違いされたようでこの古城に財宝が眠っていると思ったようなのです。訪れるだけならまだ良いのですが、剣術の腕試しと称してなのかあちこちを斬り付けまして。
盗賊の方々は聞き分けのよろしい方ばかりでしたので、私が全ての事情を説明すると頭を下げてお帰りになって下さったのですが、斬られた生垣や掘り返された花壇などの修復をするにも人手が足りずというところです。
まあ、むしろボロボロにしておいた方が良いのではというのが御主人様様の意見なんです、よね?」
『そんな、勿体無いですの。これだけ広いお庭、いや、庭園と申してもいいかもしれないこのお庭を朽ちたままにしておくというのは、この城の価値を下げてしまうことになりかねません。訪れた方の全てにこの城の素晴らしさを初めから分からせませんと、ブライト……、いえブライト様と当主様のお株も下げることになってしまいますの。
それだけはなりませんの。せっかく気品あふれる城が台無しですの。ただ、どうしてもボロボロにしておいた方が良いというのなら、仕方はありませんが。
そもそもどうしてボロボロにしておいた方がよろしいので?』
「いや、それは御主人様のお考えですので。どうしますか、御主人様」
「はい? 陽射しが強くて痛い? はあ、そうですか」
『そんなに陽射しは強い方ですか? 私はそこまで感じませんでしたが、ブライト様はどのように……』
「いえ、私もそこまで強くは感じておりませんでしたが。というよりもいつまでパジャマ姿でおられるのかということもあなた様にはお伝えしておきませんといけませんね」
『顔色が冴えないのはいつものことでしょうか? しかし先ほどよりもお顔の色が悪いようにも思えますが……。
そう、戻られた方が良いですの! そうですの、無理に此処におられても辛いだけではないでしょうに。
ブライト様、私はご当主様をお部屋までお連れいたしますので、どうぞそこで待っていらして下さい。庭の散歩と共にお話したいことが山ほどありますの。どうか私の願いをお聞きいれ下さいませ』
「はあ……。
そう言っておられますが、どうしますか?
そうですか。御戻りになられますか。
分かりました。ではお部屋で安静になさっていて下さい。くれぐれも勝手に歩きまわらぬように。
では、パルサーさん、よろしくお願いします」
『はい! では当主様、参りますよ。ふふっ』
『ご当主様。あの目の前の大きな扉はどこに繋がっておられるのでしょうか? 錆び付いておられるのですが、ブライト様は触ってはいけないとしか申してくれません』
『左様でございますか。そうでございましたら、誰かがこの城を訪れたときに気になさらぬよう、あの扉の前に何か暗幕のような物を張っておくことを御提案いたします。入口から真っ先に目につきます、真正面にあるのですから。そしてその隣のドアがあなた様のお部屋と』
『もう少しゆっくりと動かしてくれですの? がたがたは仕方ありませんの。そんなことより早くベッドで眠られたほうがよろしいですの』
『着きましたの。何をしておられるのですの?
開けることぐらいは出来るでしょう。どうぞご自身の部屋のドアぐらいはお開けになって下さい。そこまで難しいことでもないでしょう』
『御礼はよろしいです。これが仕事ですので』
『頭がふらふらする? 車椅子を使用するならばこのような石畳はお勧めいたしません、石畳でもよろしいですが、もう少し磨かれた石をお使いになることを御提案しますの。
それでしてこの部屋は絨毯が床にひかれているのだから、纏まりがないというかなんというか。はあ』
『では、私はブライト様と御一緒していますの。どうぞごゆっくり。
では、失礼します』




