7月10日 07:00 自室にて
「御主人様、ライガルです。起きていられるでしょうか?」
「左様でございますか。中に入られてもよろしいでしょうか?」
「おはようございます。昨日のことで、お怪我がなければよろしいのですが」
「そうですか。毎度毎度、倒れる時には一言仰っていただけるとこちらとしても助かるのですが……。
冗談ですよ。ただ、パルサーさんがそう仰っておりました。面白い冗談を言える方ですね、あの方は。
それでいまして、キッチンにてパルサーさんが朝食を作っておりますが、お食べになられますでしょうか? あなた様の御気分が優れていましたら良いのですが、ただせっかく作っておられるので、あなた様には申し訳ございませんが無理してでもキッチンまで足を運んで頂きまして、せめて席に着いて頂くということまでして頂けると助かるというか、
はい、そうです。パルサーさんのお気持ちも少しは考えてのことです」
「こちらとしても彼女には何も申さずに……、確かに仕方のないことなのですが、しかしもう少し事情を説明してからこちらに来て貰えた方が良かったかもしれません。此処は山奥ですし、近隣に住む人もおりませんし、麓の村の住民との交流もございません。今まで、彼女はおそらく大勢の人に囲まれてどなたか様に仕えていたのでしょう。キッチンでの手際の良さを見るにそう感じてしまいます。
もしかしたら彼女はこの城に仕えてしまったことを少々後悔しておられるかもしれません。相手がアンドロイドといえど、その点を考えてしまうと胸が痛みます」
「そうですが、しかし麓の村の住民に対しての警戒を解くわけにはいきません。あと数名を呼ぶとしても、無い財宝をあると信じ、城の探索をやりたがるお方に来られてしまうと……」
「はい、もちろん全ての方がそうであるとは申しません。
ですが、以前のようなことがありますと、やはり私も考えてしまいます」
「確かにそうですね。少しずつ解決していくしかないのでしょう。
そのためにパルサーさんをお呼びしたのもありますからね。
立ち上がれますでしょうか?」
「まだふらふらですか。車椅子を御用意いたします。
いえ、遠慮なさらずに。あのですね、倒れられるとこちらが困るのですよ。お分かりでしょう?
御主人様? お分かりですよね?
私も怒る時は怒りますよ?」
「居心地が悪いとか恥ずかしいとか色々と言ってあなた様は躊躇いますが、気分が優れないのに無理して歩いて倒れられてもこっちは困るのですよ。いつでしたか? 御庭の生垣に咲いた薔薇の花に蝶が止まっていることを私に知らせたくて走り、数秒後に頭から倒れ後頭部や背中にたくさんの蝶や虫がとまっているところを発見されたことは。
子どもの頃の話だとはいえ、笑いごとではないのですよ。一人であなた様の部屋まで運ぶにも色々と面倒なのですから。肉体労働は私の得意分野ではありませんし。はい、では動きますよ」
「このエントランスホールの床もいつかは直さないといけませんね。石畳の床は嫌いではないのですが、車椅子には不向きとしか言いようがありません。
頭ががくがくすると言われても、頭がふらふらするよりはマシでしょう。あなた様の部屋から食堂までの距離が短いのが何よりですが」
「止まるのですか?」
「あまりお触れにならない方がよろしいかと。手が汚れますよ。
不思議な模様の扉ですよね。城の入口から真正面に見える大きなフレンチ・ドアですから目立たないわけがないのですが。亡き父上様は〈開かずの扉〉と仰って笑っておりましたが、私がお仕えになってからどれだけ開いたことか」
「錆び付いているのは昔からですし、これを綺麗にしてくれとはパルサーさんにもさすがに言えませんね。この錆びは何をやっても……、でもパルサーさんだと錆を全て落とせるかもしれませんね」
「さあ、行きましょう。いつまでも眺めていても仕方がありません。食堂へ行きましょう。パルサーさんがお待ちしておりま……