7月12日 17:00 三階の部屋にて
「失礼いたします。変わったことはございましたか。
そうですか。それは何よりです。
紅茶をお持ちいたしました。それと、こちらはパルサーさんが焼き上げたクッキーです。どうぞお召し上がりください」
「美味しいですか。それは何よりです。パルサーさんに後でお伝えしておきますね。
こちらに座ってもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
「先ほど、やっとリスリルさんとのお話がまとまりました。今晩にでも井戸に水を流すとのお約束を頂けました。
これでパルサーさんも思い通りに御庭を造れると思います。あなた様にも楽しみが一つ増えますね」
「夕焼けが綺麗ですね」
「やはり不安ですか?
しかし、お庭をもう一度造ることにはあなた様も反対ではないのでしょう。あなた様の栄養源となるジャガイモを栽培しないからには、あなた様のお体も弱っていくばかりなのですし、もう少し様子をみたい気持ちも分かりますが、食べないことでこれ以上弱られてしまっても私はいったいどうすればいいのか判断に迷うばかりです」
「山を下りて人の血を吸うという選択肢は、やはりお考えにならないのですか?」
「一人ぐらいでしたら吸い殺しても、というと怒りますか。失礼いたしました。
しかし、人も皆、多くの生物の命を奪って生き延びているのですから、あなた様が生きるために人を殺しても、この城にいる私もリスリルさんもあなた様を責めたりはしませんよ。あなた様の遠い先祖様もそうして生きてきたのですから」
「先祖は先祖ですか。それは亡き父上もよく仰っておられました。
あの戦争からもう四十年。私が来たのもちょうどその頃でした。時が経つのは本当に早いと思いますよ。
あなた様の父上は最後まで聡明で勇敢な方でした。お母様があの父上と共にこの世を去った時、私は人というものとこれからどう接していけば分からず、あなた様の使い魔と何度も相談致しましたが、最後まで答えは分からずに、そして使い魔が亡くなられ二年が経ちます。
そろそろ、答えを先延ばしせずに、あなた様のお考えをお決めになる時なのかもしれません。パルサーさんを見ていて私はそう思いましたよ」
「人の血が混ざっているとはいえ、あなた様は吸血鬼にかわりはないのですから、吸血鬼らしく生きるというのも一つの考えだと思います。
確かにあなた様が血を吸えば、吸われた相手は死ぬまであなた様の下でしか生きられない体になってしまいますが、それならば相思相愛という関係になればそれでよろしいのでは、と私は考えましたが」
「それも嫌ですか。じゃあ、またジャガイモで命を繋ぐしかありませんね」
「そうですね。血液パックでは全く満足できませんでしたからね。父上も苦い顔をしてそれを捨てましたからね。結局はあなた様の口で直に血をいただくという方法しかないのでしょう」
「父上のペースを参考にすると、一週間に人一人分の血を吸うことであなた様の本来の力は保たれるのですが、約4.7リットルの血液を……
そんな嫌な顔をしないで下さい。あなた様のために仰っているのですから」
「リスリルさんが言っておりました。ここに来ることも出来ないほど辛くなるまでなんで放っておいたんだと。いざという時に闘えないのではこの城を守れないと。
やはり、当主様としてあなた様にはいつでも本来の力を出せるようにして頂かねば、いつまでも不安は解消されないと思います。せめて、お一人で地底湖までの道を気を失わずに歩けるようになるまで回復して頂かねば、というのが私の正直な意見です」
「もちろん、他に良い手立てがあるのならそれでも良いのですが、あの盗賊のように力でしかねじ伏せられない人もいるのです。あなた様の言う通り、あなた様より強い傭兵を雇うという手もあるかもしれませんが、地底湖の水の効能が多くの人に知れ渡れば大変なことになってしまいます」
「難しいところですね。試しに私と同じタイプのアンドロイドとしてパルサーさんを雇ってみましたが、やはり二十年も後に造られたためか、私と比べて圧倒的にパルサーさんの方が優れております。性能も動きも格段に違いますね」
「どうやら人の科学の進歩は目覚ましいほど早いようです。戦争が終わったことは分かっておりますが、魔法使いの人々や精霊たちがいまどうなっているのかは分かりませんし、最近になってやっと魔法使いが生み出していた電気を、人も科学技術で生み出せるようになったようですから。
我々も、外の世界を知らねばいけないと思います」
「焦らずにいきましょう。まだまだ先は長いですし、まずはあなた様の力を取り戻すことが第一でしょう」
「お部屋に戻られますか。分かりました。ここは私が片づけておきます。
では、共にお部屋まで戻りましょう。
また御庭にジャガイモの花が一面に咲く光景をここから眺められたらいいですね」