7月11日 10:00 食堂にて
「御主人様、おはようございます。
今日は調子が良さそうでなによりです。ふらつくことはなさそうですね。
今ちょうど食堂の掃除を終えたところでして、そうそう、ご飯でしたら奥の冷蔵庫にございます。庭の整備に精を出しながらもパルサーさんが作って下さった御飯ですので、出来ることでしたらどうぞ全てお召し上がりください。
私はこれらを片づけて参りますので」
「料理の方は美味しいですか。
それは良かったです。後でパルサーさんにもお伝え下さい。あなた様の口からお伝えした方が彼女も喜ぶことでしょう」
「それで、あのことなんですが、パルサーさんに言いそびれました。申し訳ありません。本当は今日の朝早くにも麓の村まで出向いて貰いたかったのですが、あれだけお庭のことに夢中な彼女の姿を見ますと、どうしても言いだせずに。邪魔してはいけないと思ってしまいまして。
申し訳ございません。明日の朝には必ずいたしますので」
「そう言って貰えると助かります。
それでいまして、実はパルサーさんに今日の午後から山の草花や山菜を一緒に取りに行こうと誘われまして。朝の挨拶と共に言われたものでして、断ることも出来ずに。あなた様も御一緒に出来ればと思うのですが……。
顔色がよろしいとはいえ難しそうですね。はあ……、どうしましょうか」
「いえ、そう申されましても、あなた様に何かあったらどうするのですか? 山奥から戻ってきたらあなた様が倒れていたということも考えられますし、盗賊が来たらと考えると、それに水源のことも……
やはり駄目ですね。そうでした、水源のことをすっかり忘れていました」
「そう申されましても……、では、取水場をどうやって教えるのですか?
山奥にある上流から水を汲んでキッチンまで運んでいると嘘を付いてしまいましたが、山奥の上流まではかなり距離がありますし、彼女はお庭の整備に欠かせない水の取水源を見ておかないと気が済まないようです。確かにキッチンにある水甕だけでは御庭の水やりには困るでしょうし。
城の裏にある井戸は盗賊の事件以来すっかり枯らしておりますし、これ以上嘘を付くにも手間に時間もかかります。
まあ、手間はかかりませんか。かかりませんね……」
「もう少し考えを煮詰めてから彼女を呼んだ方が良かったかもしれませんね。彼女は勘が驚くほど鋭いので、小さなことで多くのことを知ってしまいます。悪いことではありませんが……、どうしましょう。水場の本当の場所を教えいたしますか?」
こればっかりは私には決められないというか……。申し訳ございません」
「分かりました。ではもう少し様子を見るということに致しましょう。
実際、それしか方法はありませんしね。相手がアンドロイドとはいえ、まだ全てを信じきることも出来ませんし。いえ、その選択は間違っていないと思いますよ。
あ、パルサーさんが来たようです。
いいですよ。どうぞお入りください」
『あら! 御当主様! いつの間に起きていらっしゃったのですか』
「パルサーさん。少し落ち着いて聞いてほしいことがあるのですが」
『ブライト様。すごいですの、あの庭の土はどうしてあんなに状態がよろしいのですの? どこからあんなに肥えた土を持ってこられるのですの? 私は今にも楽しみで仕方ありませんの。薔薇に百合に紫陽花に菜の花に、四季折々に楽しめる庭園が今すぐにも出来ますの。高原植物ももしかしたら育つかもしれませんし、野菜に果物なんかは当たり前のように育てられますの。
設計図を作りましたの。お二人ちょうどいることですし、見て下さいの。
まず庭園入口から城門入口までの直線通路を赤レンガで整備いたしますの。左右には花壇を設けまして四季折々に花が咲くように致しますの。花壇の奥ですが……』
「パルサーさん。ちょっと待ってもらえますか。
そのことなのですが、少しお話が……」
『はい? なんでしょうか?』
「その、もう少し御庭のことは待ってもらえませんでしょうか?
とても言い難いことですが」
『どうしてですの? なにか都合の悪いことでもございました?』
「はい、まあ」
『水ですか?』
「よく御存じで」
『裏の井戸が枯れていましたので。手押しポンプを押しても全く水が出てきませんでしたので、ですからこの城の取水場を知りたかったのですが』
「知っていたのですか?」
『ええ。ですから何とかしようと思っているのですが。上流から水を汲んでいらっしゃるのならば、その上流より水を引けばよろしいかと。
この城に悪いことはないと思うのですが』
「そのことなんですが……」
『何を悩んでいらっしゃるのでしょう? ブライト様がお悩みになる姿を近くで見ると心苦しいですの。
分かりました。では、上流より水を引くことは棚に上げまして……
ご当主様。お体はよろしいですか?』
『左様でございますか。午後は三人で草花や山菜を摘みに行こうと思っていますが、どうなさいますか? お体の調子が良ければ……』
「パルサーさん。そのことも……」
『はい? 何ですの?
まさか、それも駄目と仰るのですか?』
「はい。申し訳ございませんが、御主人様はこの通りでございますし、一人にすることも出来ません。ですが、パルサーさん一人でも山の奥に入るのは何かあった時に」
『ご当主様。私は一人でも行けますので、どうぞ御許可を貰えますか?』
「パルサーさん、少しは落ち着いて」
『ブライト様。私は大丈夫ですの。それよりもご当主様にお聞きしていますの。身勝手なお願いではございますが、お聞きいれ下さいませ』
『はっきり仰ってもらえませんと、私もどう返事をすればよろしいか……。
では、行けと言われれば喜んで行きますし、駄目だと言われるならば、迷い込んでしまったということに致します。
御庭で栽培できるものが少しでもあれば、麓の村に下りたときに重複して買わずにすむのです。食べられる山菜があれば食事にも使えますし、虚弱体質なご当主様に少しでも元気になって貰えるためにも手に入るものは手に入れておきたいのです。常備薬に余裕はありますが、薬草を庭に植えておくといざという時に役に立ちますし。
駄目だと言うならばそれまでですが』
「パルサーさん。そんな肩を落とさないで下さい」
『いいえ、放っておいて貰えると助かります』
「はあ……、どうしましょうか、御主人様」
「はあ……、簡単に言いますが、そうなりますとお城にいるのはあなた一人になります。いざという時に――」
『いえ、でしたら私一人で行きますの。
そもそも何をそんなに慌てふためいているのかが良く分かりませんの。そんなに山奥は危険なのですか?』
「盗賊が隠れているかもしれないので」
『大丈夫ですの。こう見えても人間よりはよっぽど腕に自信がございます。戦闘に強い弱いはともかく、逃げ足だけは早いのでスタミナの無い人間よりは有利かと思いますの』
「御主人様。笑って賛成していいのかと……。
分かりました。ですが、無茶はしないということで。川の上流が見えぬからと言って無理に奥まで行かぬようにして下さい」
『はい、分かりました。
お食事のお邪魔になってしまいました。申し訳ございません。
お口にあえば何よりですが、いかがでしょう?
では、失礼します。私はまだお庭にいますので、何かあればお呼び下さい』