7月11日 03:00 エントランスホール 開かずの扉の前にて
『ご当主様! どうなされましたの!? こんな時間に起きて、どこかお体の具合でも悪いのですか!?』
『左様ですか。それはまあ、お昼からあんなに寝てばかりでは夜も眠れないでしょう』
『私ですか? 私はお庭の整備を続けております。月明かりだけですが、暗闇でも働けるように夜目が利くように作られておりますので。光のないところでも動くことが出来ますの。ですので、当主様のように夜は暗いから何もできないということはないのです。
しかし、ランタンも持たずに城を歩くというのは危険ですよ。窓から差し込む月明かりだけで歩くというのも少々どうかと。いずれこの城にガルエン空中都市のように電気を通せれば良いとも考えていますが、近くに発電所もありませんし、難しいでしょうね。麓の村にもやっと小さい発電機を設置したばかりですし。まだまだ電気は高価で手の届かないものですから』
『何を御心配なされているのですの。
大丈夫ですよ。私がアンドロイドであるということをお忘れですか? 三日間でしたら休憩なしで動き続けることが可能です。四日目からは未経験なので分かりませんが、もちろんいつまでも休憩無しというのは難しいです。肉体ではなく精神的にですね。たまには思考を停止しませんとストレスが溜まります。もちろん我慢が限界に達したら怒ります。
私が怒ると怖いですの。きっと。
それでいまして、お庭を真っ直ぐ突き抜け、城門を通り目の前に見えるこの錆び付いた門をどうしようかと考えていたところです。門を抜けて真っ先にこれが目に入るようでは、どうしてもお客様に圧迫感を与えてしまうと思いませんか』
『この門は一体何なのです?
綺麗に磨こうと思いましたが、この材質は鉄ではありません。青銅でも銀でもありません、最近流行りのバーチルでもない。これは私の知らない物質です。ですから掃除をしようにも出来ないというのが今の悩みです。
この先に何があるのか、私はそこまで知るつもりは今はございませんが、しかしこの城の風情を壊すものを放っておくわけにはございません。あのステンドグラスから差し込む月明かりの先にあるのがこの錆び付いた門だなんて、ミステリアスではありますが私の求めるロマンスには遠いのです。
そう、私はロマンスなこの古城を私のロマンスに変えたいのです。
と、本音を言ってしまえばそれまでなのですが、当主様はこのお城に何か特別な思いでもありますか?
なければこの門も私の好きなように致しますが』
『左様ですか。分かりました。ではこの扉には触れないことに致します。
ですが、扉の前に暗幕をはらさせて頂きます。不自然になりますが、この扉を見せるよりはまだ良いでしょう。
難しい顔をしておられますが、もし隠し事があるのならばお早めに申し上げて貰えると大変助かります。別にあなた様に不利益になることは、しませんの』
『さて、お庭の整備に戻ります。夜明けまでには終わらせないと。
では、失礼します。なにかあればお呼び下さい』