プロローグ
空想科学祭習作です。
恋するメイド型アンドロイドが次に派遣されるお仕事場、そこは山奥にある西洋風な古城だった。アンドロイドの名前はパルサー、黒髪ロングで小柄な女性の姿をした彼女は、せっせと山道を登っている。ずっと登り坂でも彼女は前を見て歩く。背中で揺れるリュックサックには自分の洋服や化粧品や香水や洗剤や、つまり山道を歩くために必要な物は一切ない。アンドロイドなので疲れる心配はない。そう、彼女は疲れない。読者にはこのことをしっかりと覚えて頂きながら、作者の権限を行使して、現在の彼女の妄想をそのままあなた様にお見せしよう。
―この先に私の王子様がいるの!
山の麓まで白馬で迎えて来てくれると思っていたけど、やっぱり時代に合わないの、今までもそんな王子様いないの。けど、前回の王子様は馬車で迎えに来てくれた、嬉しかったのに年が王子様じゃなくておじさまだったの。髪が少ない王子様はしっくりこないの。そう、やっぱり私の考えに間違いはないの。王子様はいつまでも若くないといけないの。なんとか若返らせようと奮起したのに、王子様ってどうしてみんなメンタルが弱いの。化粧じゃごまかせないから魔法で整形しようって何度も言ったのに、しまいには怒ったの。王子様に怒られる、これもロマンスの大事な一つだと思っていたのに、気付いたら解雇されてたの。悲しい、別れ際に「捨てないで! あなたしかいないの!」ってロマンスな言葉でお別れしたかったのに、電源を切られてしまったの。悲しい別れだったの。
だから今度は電源の場所を絶対に教えてあげないの。それと絶対に寝ないの。王子様とベッドの中だって寝ない、寝てるふりをずっとしてる。そうするの。王子様の寝顔が楽しみなの。
そして、今度の王子様はきっと私にぴったりに違いないの。見える、この険しい山道の先に私のことを待ってる王子様がいる。データではさびしがり屋な王子様、両親が死んでも古城から離れずに使用人と二人で暮らしている。ああ、危険なロマンスの香りがする、その使用人がどんなに嫌みな方だとしても私は負けない。憧れの王子様がいるの。写真を見た時にクラってした、だって本当に素敵な王子様なんだもの。年は二十五、高身長で肌は白く、髪は金色で瞳は青色。細みな身体で紳士服がよく似合ってた、もしかしたら私と釣り合わないかも、ううん、王子様は私がピンチの時には絶対に助けてくれるの。王子様と私の愛の力は絶対なの。それが絶対なの。
そう愛の力は絶対なの。愛さえあれば人はパンなんていらないの。パンは王子様の敵なの。王子様の体型を変えてしまう醜い悪魔なの。小麦の香りは悪魔の香り。全ての王子様は一日三回も私のことを忘れる。私が作るのに私を忘れて。なんて許せない。どうしてパンはそんなに王子様を誘惑するの?
でも王子様はその誘惑に耐えられない。いつも食事のときは私よりパンを手に取るの。でも私は我慢するの、だって浮気もロマンスの一つ。でも、いつか王子様はパンより私を手に取るに違いないの。そしたら今度はパスタやピザや、王子様の周りには誘惑がいっぱい、仕方ないわ。王子様は好かれるのが当たり前、でも王子様は好き嫌いをしない、私と同じようにみんなに手を伸ばすの。
だから一つ一つを振り払うの。それも自然に振り払うの。まるで王子様が自然と嫌いになったようにさせてあげるの。私にはできるの。今まではそこまでしなかったけど、素敵、今度の王子様は本当に私のことが好きなのだから。
だって、わざわざ私のことを選んでくれたの。それを聞いた時は本当に嬉しくて、私は負けない。あの使用人をまずは追いだすの、ううん、違う。私がお姫様だと認めさせるの。
お城なの! ああ、本当に私の思い通りの古城じゃないの! お月さまがよく似合うに違いないの! なんて素敵なの!?
待ってる、素敵な生活が。鳥の囀りで朝を共に目覚め、優しい王子様は私が寝坊したことも怒らずに、一緒に朝食を作ってくれて、私が王子様に一人で大丈夫、って言ってるのに王子様は側にいてくれて、出来上がった朝食を一緒に食べて、でも私はアンドロイドだから食べたふりになるのだけど、でも王子様は聡明なお方だから食べ物を残すのはいけないと思ってしまって私の分も食べてくれて、だから王子様が太ってしまうのね!
いけない、やっぱりいけないの。やっぱり食事は王子様の敵。なんとかしないと、水だけの朝食、でもそれだと味気ないしすぐに優雅な朝が終わってしまうような気がして……―
お城が見えてもパルサーの妄想は止まらない。しかし彼女の妄想をいつまでも聞いていても話は始まらない。他人の妄想を聞くのは疲れる、故にパルサーの妄想をあなた様にお見せすることはこれで最後にする。作者の介入も物語の進行に支障をきたすことが多い故、これから一切行うことはせず、物語は全て流れに任せよう。
これは作者からのお願いだが、どうかパルサーを嫌いにならないでほしい。彼女は私のお気に入りのアンドロイドゆえ、私はパルサーを一切非難しないつもりだ。今回、パルサーをメイドとして雇ったあなた様には色々とご迷惑を被ることになるかもしれないが、多くのことを許してやってほしいと思う。遠くから見ていると頑張り屋さんで非常に可愛らしいメイドなのだ。私には必要ないが。
最後になるがご使用から一週間は使用期間として頂くのだが、あなた様は既にご購入を決めたのだから返品は不可とさせていただく。何やらパルサーは写真を見た時から御主人様に関して思い違えているようだが、いずれ誤解も解けるであろう。あなた様ではなく、使用人の男性を指差してはしゃいでいたが、彼女の思い込みの激しさも次第に落ち着く、ことを祈りながら、パルサーのことをよろしく頼む。