もし、彼らが姉弟だったら (ルース&クリス)
「……ルース?」
珍しい来客に、クリスティーナは目を丸める。
基本面倒臭がりな彼は、いつもは自分が誘わなければ決して訪室してはくれない。
ルースは気まずそうに視線を逸らすと、小さく溜め息をついた。
「あのさ、悪いけど、暫らく邪魔させてくれない」
「わたくしは構わないけれど……」
むしろ、彼は最近自覚した淡い恋心の相手である。
嬉しいことではあっても、迷惑であるはずがない。
クリスティーナはルースを室内に招きいれ、侍女に茶を準備させた。
紅茶を飲んで一息ついたところで、彼女はずっと疑問に思っていた事を口にした。
「でも、こんな時間にわたくしの部屋に来るなんて、一体どうしたの?」
「……」
クリスティーナの問いに、ルースは嫌そうに顔を顰める。
今はそれなりに遅い時間で、普段の彼ならば声をかけても自分の元には来ないだろう。
逆にクリスティーナが客室に訪れると、昼間に来いと問答無用で追い出される。
彼女が不思議そうな目で見つめていると、ルースはカップから口を離し、深く息を吐いた。
「今、君のお兄様が客室に来てるんだよ」
「……あぁ、それで」
「ほんと、姉さんといい、あの人といい、無自覚って性質が悪いよ」
最近、彼の姉である薬師が、王の探し人であった事が判明した。
ラズフィスは早々に彼女を王都に呼び寄せると、姉弟を客として扱い城に留めていた。
ほぼ毎晩客室を訪れる王に、周りでは様々な憶測が飛び交っているらしい。
本人達は至って健全に茶を飲んだり、世間話をしているだけなのだが、尾ひれがつくのが人の噂と言うものだ。
そう、特に彼らの間に色っぽい事はない。
今時の子供達の方が、まだ進んだことをしているだろう。
だが、同室に居るルースとしてはいたたまれないものがある。
「いい加減、自覚するならさっさとして欲しいんだけど。見てて苛々する」
不機嫌そうに呟くルースに、クリスティーナはくつくつと笑い声を漏らす。
確かに、彼らの関係は自分からみてももどかしい物がある。
しかし、ルースが逃げ場に己の元を選んでくれたことも、何となく嬉しかった。
「だったら、もう少しここに居たらいいわ。お兄様も、そんなに長居はしないはずだもの」
「……そうする」
溜め息と供に、ルースは視線を手元に戻した。
そんな彼の様子を見ていたクリスティーナは、あることに思い至りじっとルースを見詰める。
視線に気付いたのか、彼は顔を上げて訝しげに目を細めた。
「なに?」
「ねぇ、ルースは仮面を取らないの?」
王都にやって来た彼の姉も、当初はルースと同じく仮面をつけていた。
だが、二人とも同じローブ、同じ仮面という出で立ちのため、間違える人間が後を立たなかった。
不便さを感じたのか、姉の方は早々に仮面を外しており、現在は仮面の薬師と言えばルースのことをさす。
「何で?」
「だって、わたくし、あなたの顔をちゃんと見たことないもの」
誘拐事件の時から、彼はずっと仮面を着けている。
つまり、ルースの素顔を見た人間はこの城内で、彼の姉以外にはいないと言うことになる。
「僕の顔が見たいなら、姉さんの顔を見れば良い。双子に間違われるくらい似てるらしいし」
「もう、それじゃあ意味がないじゃない!」
ルースは暫らく、不服そうに頬を膨らますクリスティーナを眺めていた。
何を考えたのか、次第に顔を曇らせる彼女を見て、一つ溜め息をつく。
自分の顔から徐に仮面を外し、驚きに目を見開く彼女の前に放り投げた。
「これで満足なわけ?」
面倒臭げに呟いて、ルースは再び紅茶を飲み始める。
初めは放心していたクリスティーナだったが、徐々に顔を赤らめ次いで満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、ルース。今度から、この部屋では仮面を外してちょうだい」
「は?」
「だって、その方があなたの表情が良く分かるもの!」
「……気が向いたらね」
嬉しそうに笑うクリスティーナを見てから、ルースは再びカップを傾ける。
残念ながら、彼の口角が上がっていたことに気付いたものは誰もいなかった。
いい加減、拍手からこちらに移動させました。
IF設定の、ユーリとルースが別人で姉弟だったら、というお話です。