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王妹殿下と薬師 (ユーリ&クリス)





「私はそろそろ出なければ。今日はゆっくり休め、クリス」

「はい、行ってらっしゃいませ、お兄様」



クリスティーナが熱を出したと知らせを受けた兄は、朝早くに自分を見舞ってくれた。

執務へと向かう兄の背を見送って、彼女は小さく息を付いた。

喉元を通り過ぎる息が、熱を持っているのが分かる。

額に濡れたタオルを当て、侍女が心配そうに体調を尋ねてきた。



(熱を出すなんて、あの事件以来だわ)



ボーっとした頭で、クリスティーナはあの時のことを思い出す。

薄暗い地下室で、ボロボロの毛布に包まりながら、寒さに震えていた。

体の芯は寒いのに、顔は熱くてどうすればいいのか分からず混乱した。

自分がどこに居るのかも知れず、不安で泣き出したかった。

そんな中、文句を言いながらもクリスティーナを看病してくれたのは仮面の薬師だった。

何だか、もうずっと昔のことのように思えて、彼女は布団の中で小さく笑った。






**********






己の髪を梳く感触に、クリスティーナは意識を浮上させる。

いつの間にか眠っていたらしい。

ゆっくりと瞼を開けると、黒髪の友人が優しげな笑みを浮かべて自分を見下ろしていた。



「……ユーリ」

「ごめんなさい、クリス。起こしてしまいましたか?」



熱で潤んだ目で、じっとユーリを見つめる。



(あぁ、だめよ)



ふと、頭を擡げた思いに懸命に蓋をする。

きつく瞼を閉じると、心配そうに自分を呼ぶ友人の声が聞こえた。

考えたことが口から出てしまわないように、必死に唇を噛み締める。

だって、そんなことを言ったら、この優しい友人を困らせてしまう。

よく分かっていたことだったのに、熱に浮かされた頭はうまく言うことを聞いてくれなかった。



「会いたいの」

「え?」

「ルースに会いたい」



小さく息を飲む音がして、冷静な方の自分が苦笑した。

それでも、一度開放された思いは、どうしても止められなかった。



「もちろん、ユーリの事も好き。でも、ルースはわたくしの特別だったの」



あんな風に文句を言い合って、クリスティーナを只のクリスにしてくれた初めての人だった。

ユーリも、ルースも、同一人物だと分かっているのに。

溶けてしまった頭は、そう認識してくれないらしい。

ルースに会いたいと願う心と、ユーリに悪いと思う心が喧嘩をしているようで胸が痛かった。

それでも何とか、冗談だったと謝ろうと、クリスティーナは口を開く。

だが、言葉を発する前に、ひんやりとした掌が彼女の瞼を覆った。



「ユーリ?」

「……熱出すなんて、体調管理がなってないんじゃない?」



懐かしい声に、思わず喉が詰まる。

唇が震えて、眦から涙が零れた。



「……ひ……どい……わ。わたくし、きちんと体調には気を配っていたもの」

「どうだか。君って案外ぬけてるから」



溜め息交じりの言葉に、クリスティーナは頬を膨らます。

呼びかけると、なに、とそっけない返事が返ってきた。



「わたくし、あなたの不味い薬が飲みたくなっちゃったわ」

「……君って、被虐趣味でもあるわけ?」

「違うわ。でも、何だか懐かしくて」



呆れたようなルースの声に、自然と笑みが零れた。

他愛のない話をしながら、クリスティーナは自分の気持ちが落ち着いてくるのが分かった。

そして、不意に納得する。

きっと、自分はルースの事が大好きだったのだ。


決して、ユーリが見つからなければ良かったとは思わない。

だって、彼女も自分の大切な友人だ。

それに、兄がどれだけユーリのことを求めていたかも知っている。

ただ、ユーリとルースが別人だったら良かったのに、と思うことは何度かあった。



(ごめんなさい、ユーリ。今だけ、ルースをわたくしにちょうだい)



自分の瞼を覆う滑らかな手に、クリスティーナはそっと両手を添える。



「ねぇ、ルース」

「なに」

「わたくしが眠るまで、側に居てくれる?」



明日からは、きちんといつもの自分に戻れるから。

眠るまで、彼女の優しさに甘えても良いだろうか。



「早く眠ってよね、僕も暇じゃないんだから」



文句を言いながらも、側にいてくれる様子に安堵した。

ゆっくりと髪を梳かれるのが心地よく、次第に意識がまどろみ始める。

うとうととしながら、クリスティーナは浮かんできた考えに笑みを浮かべた。


本当に、今日の自分は頭がどうかしているらしい。

いつか、自分にルースよりも大好きな人ができたら、ユーリに言ってみようだなんて。

今はあの人の方が好きだけど、ルースがわたくしの初恋だったのよ、と。

きっと、彼女は困ったように笑いながら、自分の恋を応援してくれるだろう。








クリスティーナの初恋はルースだったんじゃないかな、と(笑)

けっこう、この二人の掛け合いが好きだったと白状します。


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