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始まりの物語 前編

常闇の魔女の短編だった頃の話。

本編の1話、2話と同様の内容です。





その日、彼女が王都に出かけたのは本当に偶然のことだった。

普段、奥深い森に住む彼女は、もっぱら趣味である薬作りに精魂を費やしていた。

薬を作るのは楽しいし、なにより森にはたくさんの薬草が生えていたので原料には困らない。

実り豊かな森であったので、家の前のささやかな畑と森からの恵みで暮らしは十分潤っていた。

時折、作成した薬を売り現金を得て、休暇と称する買い物を楽しむ。

そんな慎ましい日々を、彼女は何よりも愛していた。


底冷えするような寒さが和らぎ、日差しに暖かさが混じるようになっていたある日の早朝。

いつも通り森の中を散策していた彼女は、この季節にしては珍しい薬草が生えているのを見つけ、喜び勇んで薬の作成に取り掛かった。

件の薬草は鎮痛効果が高く、そのまま噛んでも、乾燥させて粉にしても使える優秀な素材だった。


鎮痛・消炎作用に優れた軟膏を作り終え、満足げな息を吐いた彼女は、ふとあることを思い出した。

日ごろ懇意にしている薬屋が、そういえばこの類の薬を欲しがっていたのだ。

彼の店はそれなりに繁盛し、昨今、小さいながら王都に店を構えるに至ったと連絡をもらっていた。

ならば、祝いのついでに少し商売でもしてこようかと思い立ち、作成したばかりの薬のほかに、いくつか作り溜めておいたものを手に家を出た。





*************





久しぶりに訪れた王都は、相も変わらず華やかで活気に満ちていた。

王城へと続くメイン通りはたくさんの人と出店で溢れ、あちこちから客引きの声が威勢よく響いている。


気まぐれに店を冷やかしながら、帰りに新鮮な果物でも買って帰ろうかと考えていたとき、彼女は視線の先に人だかりを見つけた。

その人垣はどうやら、城の門前に集まっているようだった。

ちょっとした野次馬根性で人垣に近づき、たくさんの頭越しに首を伸ばしてみると、どうやら門前の立派なたて看板が人だかりの原因であるらしかった。

あまりにも遠く、残念ながら看板の内容を読むことができなかった彼女は、目の前に立つ恰幅の良い女性に何事が起きたのかを尋ねた。



「すごい人だかりですけど、城で何かあったんでしょうか?」

「あぁ、どうやら短期求人のようだよ。急に人手が必要になって、下働きを求めてるって話さ。」

「へぇ、それは珍しい。」



普通、城での求人をこのような形で募集することは滅多にない。

いくら下働きといえど、出自のしっかりとした人間を、城内の紹介で雇い入れる程度だ。



「なんでも、今年は春の花祭りと御園祭を合同でやるらしくってね。その準備に人手が割かれるから、城でも働き手が足りないんだろうね。」

「なるほど、じゃあ、今年の祭りはいっそう華やかになりそうですね。」



花祭りとは春の訪れを祝う祭りであり、御園祭は野菜や果物の豊作を願う祭りである。

メイン通りを軍の歩兵隊や騎馬隊が練り歩き、各所で踊り子が華やかな舞を披露し、道行く人があちらこちらで色とりどりの花弁をまく。

王城の門が開放され、美酒が振舞われたあと、午後一番の鐘が鳴ると同時に王を始めとする王族が都を一望するバルコニーに顔をみせる。

国の頂に立つ貴人を垣間見るという至上の幸福に人々は酔いしれ、また、同時に今年一年の豊穣を願うのだ。

王都の民だけでなく、他の町や村、ひいては他国の観光客で街は溢れかえるのだろう。


とても華やぐ情景ではあるのだが、あまり人ごみの得意でない彼女は、その光景を想像し僅かに苦笑した。

物思いに耽っていた彼女は、急にその手を引かれ、思わずたたらを踏んだ。

顔を上げると、城門が開かれ兵士の号令に従って人々が城内へと歩き始めていたところだった。



「なにボーっとしてるんだい、乗り遅れちまうよ。ほら、おいでな。」

「え、あの・・・、ちょっと・・・!」



自分はけして求人に応じた訳ではなく、ただの野次馬であったのだが、それを伝える間もなく人波にもまれる。

あれよあれよという間に簡単な面接をされ、ようやくその旨を伝えられた時には、洗濯場の下女となることが決まってしまっていた。



「なんだい、あたしはてっきり出稼ぎに来てるとばっかり思っちまって。悪いことをしたねぇ。」

「あ、いえ。良いんです。早いうちに言わなかった私も悪いんですし。」

「まぁ、御園祭が終わる数ヶ月の話さ。城で働いたってのも、地元に帰れば箔がつくさね。」

「えぇ、まぁ、・・・そうですね。」



地元に帰っても、周りにいるのは野生動物のみであるが、彼女は曖昧な笑みを浮かべる。

兵士達の食堂に勤めることになった女性と別れ、洗濯場に案内される女達の最後尾を歩きながら、彼女は小さくため息をついた。

知己の祝いとささやかな商売をするはずが、とんだ事になっでしまった。

まぁ、決まってしまったものは仕方がないし、今更辞めると言出し辛いのも事実である。

数ヶ月をこの王城で勤めたら、暫らく王都にくるのは控えようと決心し、彼女は歩みを進めた。





*************





臨時雇用者達に、始めに指導されたのは城内での作法や注意事項であった。

王城は主に4つの区域に分かれており、城門に近い南側は外から運ばれてきた荷の上げ下ろし等、身分の低いものが働いていることが多い。

東側は後宮、西側は成人した王族の生活の場であり、一番奥に位置する北側がこの国を動かす中枢となっている。

そのように城内は明確に区分けされており、それぞれの区域前には立派な門と、兵士の守りがつき簡単に行き来はできないような仕組みとなっていた。


よって、基本的に下働きである自分達が、高貴な身分の方々に会うことは滅多にないが、皆無と言うわけではない。

城では身につけるものの色で位や担当地区を識別しているらしく、騎士であれば鎧、魔法士であればローブ、官吏であれば衣のそれぞれ一部分の色が異なってくるのだそうだ。

女官は襟元や袖の刺繍や色で分けられており、南地区の下女である自分達は、灰色が多く使用された服であり、襟や袖は無地となる。

また、高位の官吏や女官に遭遇したときは頭を下げ、過ぎ去るまで決してあげてはならないこと等を簡単に説明された。


その後、洗濯する際に気をつけること、例えば布の質、色ごとに分別し洗うことや、洗濯に出された部署ごとに洗い物をすること。

日干しをして良い布や、日陰干しをしないと傷んでしまう物など、細かに注意を受けた。

とは言え、臨時雇用の身の上で、さらには年若い娘に分類される彼女は、もっぱら洗濯物の運搬を任されるようだった。

あらかた説明が終わる頃には、夕餉の時刻が迫っており、一同は下人用の食堂へ移動した。


それなりの広さを持つ食堂では、数百人の下人が夕餉をかき込んでいた。

配膳を待つ列の最後尾に並び、盆を手にして並ぶ。


雑穀の混じった少し硬めのパンに、クルトと根菜のサラダ、鶏肉の燻製が2切れ、スープが本日の夕食だった。

木で作られた長い机の端に腰掛け、彼女は汁物を啜った。

具は少量の青菜と豆のみではあったが、それなりに出汁がきいているようで、冷えた体には嬉しい暖かさだ。


小さく口元を綻ばせていると、隣に数人の少女達が集まって腰を下ろした。

どうやら、同じ村から出稼ぎにきているらしく、自分達が配属された部署について気安い様子で話をしていた。

見知った者もいない彼女は、少女達の話を聞くともなしに聞きながら燻製を口に運ぶ。

やや燻しすぎの気もするが、臭みがなく、その点では彼女の好みであった。



「そういえば、あたし、遠くからだけど、とても格好良い兵隊さんを見たのわ!」

「やだ、羨ましい。いーな、あたしも兵隊さんの部屋掃除になれれば良かったのに。」

「あたしだって、すっごく遠くからだけど、後宮のお姫様を見たんだから!とても綺麗な赤毛だったわ。」

「じゃあ、魔力持ちの姫様だったのね。赤髪ってどんなものなのかしら、一度近くで見てみたいなぁ。」

「それを言ったら、やっぱり金の髪じゃない?日の光を受けると、きらきら輝くって話よ。」

「きっと、あたし達みたいな下賎なものが見たら目が瞑れちゃうわ!でも、一度でいいからやっぱり見てみたいね。」



おしゃべりに花を咲かせる少女達に、彼女は思わず笑みを浮かべる。

そんな彼女達は全員、黒髪、黒目という色合いだ。

というか、自分を含めこの食堂に集まる下人たちは殆どが同じく黒の髪と瞳を持っている。


この国には魔力を持つ者が生まれることがあり、そういった人々は髪や瞳に色を持って生まれてくる。

火の属性であれば赤、水の属性であれば青というように、色合いは様々だ。

その中で、もっとも最高峰に位置する色が黄金色であり、それを有するのは少数の王族のみであった。

金は全ての属性を持つ、精霊に愛された色である。

現在、至上の色を身に纏うのは、現国王陛下とその第一王子のみであり、庶民がその高貴な色を目にすることは殆どない。

だからこそ、年に数回王族がバルコニーで一同に会する姿は格別である、とは知己の薬屋の談だ。



(まぁ、私には縁のない話だけれど。)



最後の燻製を口に放り込み、彼女はそっと席を立った。

本来なら、自分はあの穏やかな森の奥から出てくるはずのない者だったのだ。

それが何のいたずらか、就職先を求めていると勘違いされ、今に至っているだけ。

数ヶ月のお勤めがすめば、もとの静かな暮らしに戻ることができる。

城で過ごすであろう日々が、どうか平穏であるようにと、彼女はそればかりを祈るのだった。












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