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夢喰いジレンマ

=第5話「夢喰いジレンマ」=


「悪いな」


唐突にフィニが謝った。

ニナは少しだけ時間を置いて、フィニを見つめた。


「あいつ、男のくせに人形とか好きなんだよ。

 マジでメルヘンが好きらしい」

「・・・否定します。私はメルヘンではありません」


ニナは眉間に皺を寄せて、1人盛り上がるセシルを見ていた。

どうやら彼女は、

セシルの「理想少女」というわけの分からないカテゴリに入ってしまったらしい。


「いっやー、話聞いたらすげぇっすよ、この子!」

「何がでしょうか」

「え~?だって、ご主人様に作られたとかマジ最強設定だよ」

「設定・・・?」

「あー、気にするな。コイツの国の言葉だ」

「なっ!同じ国民のくせに!?」


ニナは不機嫌でならなかった。

何故なら、セシルが彼女の身長、体重、髪の長さなど、

いたる所をメジャーで測っているのだ。


「何をしているのですか」

「ニナちゃんの服買おうかと思って」

「服?」

「そうそう、もう人間の服着れるよ」

「必要ないと思いますが」

「何言ってんの。これからはオシャレが全ての時代になるんだから」


セシルの言葉が終わるのと同時に、フィニの平手がセシルの頬にヒットした。


「うっせぇんだよ馬鹿野郎」

「そんな、ひどい・・・」

「こっちは仕事してんだよ」

「あー、はいはい」


渋々静かにしながらニナの腕の長さを測る。


「質問は可能でしょうか?」

「え、あぁうん」

「貴方は疲労しないのですか?」

「・・・?何が?」


ニナにとって、セシルの表情は信じがたい。

自分が頑張っても出来ない表情をいつもしているのだ。

疲れないのか不思議でならない。


「貴方はいつも笑顔です。疲労しないのですか?」

「しないよ?楽しいもん」


「(楽しい・・・?何が?)」


セシルの言葉は嘘ではなかったが、

ニナには信じがたかった。

楽しいからいつも笑っているというのだろうか。


「ニナちゃんだって楽しいときとかあるでしょ」

「否定します」

「ご主人様といる時も楽しくなかったの?」

「・・・質問は可能ですか?」

「はいはい、どうぞー」

「私には理解困難です」

「え?」

「楽しい、とは何なのですか?」

「え~と、楽しいっていうのは・・・」


メジャーで測るのを中断して、セシルは考え込んだ。

自分が今まで経験してきた「楽しい」ということ。

その時の状況や環境などを思い出してみたが、

どうも彼女を納得させられる答えが見つからなかったらしい。

笑顔で誤魔化そうとした。


「あはは、ニナちゃん髪の毛長いねー」


そう言いながらセシルはニナの髪の毛に触れた。

それも彼女は気に入らなかったようで、頭を激しく横に振った。


「触らないでください」

「あー、ごめん」

「質問に回答してください」

「え、あ、うん・・・」


ニナの質問から逃げ切れなかったセシルは、

困ったように頭をかいた。


「そうだなー、楽しいってのはこう・・・、

 明るい感じかなぁ」

「抽象的な表現は受け付けません」

「厳しいなぁ、でも・・・何ていうんだろう。

 そういう感情って、赤ちゃんの頃から身に付いてるようなもんだと思うし」

「私に赤子の時期はありません」

「あ、うん、そうだよねー、ニナちゃんの場合は何だろうな」


考えていると、フィニが携帯電話で誰かと話しているのが見えた。

声は聞こえないが、とても真剣な面持ちだ。

セシルは邪魔しないようにとニナをあっちの部屋へと急かして連れて行った。


「今、フィニさん仕事中みたい」

「そのようですね」


「楽しい」について考え込むセシルを見ながら、

ニナは彼の白衣の袖を引っ張った。


「ん?何?」

「包帯」

「え?」

「私の腕はどうなっていますか?」


少しの間沈黙が訪れた。

セシルは心配そうにニナを見た。


「今取ったら腕抜けるかもって、フィニさん言ってたじゃん」

「構いません」

「構うよ、それは」

「抜ければ接合してもらえば良いだけの話です」

「でも痛いよ、絶対」

「・・・構いません」

「絶対グロイよ」

「負傷するのは私です。貴方じゃありません」

「そりゃそうだけど・・・」


セシルはため息をついて、

「ちょっとだけね」と呟いてニナの腕を持ち上げた。

ピンを外して、パラパラと床に落ちる包帯を見ながら、

セシルにはひとつの疑問が浮かんだ。


「ねぇ、ニナちゃんってさ」

「何でしょう」

「血流れてるの?」

「・・・謎です」

「心臓とかあるのかな」

「分かりません、フィニに聞くのが早いかと」

「心臓とかあったら本当に人間だね」

「いいえ」

「あれ?」

「私は人間ですが、人間になる事は不可能だと確信していました」

「何でさ」

「ご主人様と6年間一緒の時間を過ごしましたが、

 私は老いませんでした」

「・・・」

「ご主人様の顔つきは日に日に大人びてゆくというのに、

 私には何の変化も現れません」

「・・・でも年とんないのは羨ましいな」

「幻覚です。貴方はまだ分からないのです」

「?」

「年をとる美しさ。それは人間には理解できないものでしょうか?

 人形はこんなにも欲しいと願っているのに」

「何が羨ましいの?いつか死んじゃうんだよ?」


また沈黙が流れた。

包帯はゆっくりと床に落ちていく。


「・・・永遠に生き続ける辛さが分かりますか」

「いいじゃない、年もとらないんでしょ?」

「・・・貴方とは価値観が合わないようです」

「人類皆そうなんじゃない?皆、俺と同じ考えだよきっと」

「・・・ご主人様はそうじゃなかった」


人形であるはずの彼女に、

あるはずのない「悲しい」という感情が、その言葉にはこめられていた。

その時、ポタポタと真紅の液体が床に落ちた。


「あ、血だ・・・これ以上はダメだ」

「私にも・・・血が流れてるんですか」

「らしいね」

「ならば心臓は?心臓がなければ血は巡りません」


ニナは目を伏せながら言い放った。

下を向いた彼女の顔に、長い黒髪がかかり、

空間を冷たくさせた。

セシルにはその瞬間、彼女がどれだけ「人間」になりたいかが分かった。

揺れる彼女のツインテールが、セシルの思考をひとつの結果に辿り着かした。

彼は、彼女を抱き締めた。


「・・・」


ニナは目を丸くして、時が止まったように動かなかった。

セシルは、ニナの頭を自分の胸に押し付けた。


「・・・どうかな?」

「・・・何がですか」

「聞こえる?音」

「音・・・」


さっきから聞こえる音。

それは、ある一定のリズムで絶え間なく続く。

いつまでも終わる気がしない音だった。

それに、彼女はこの音を聞いた事がある。


「これは・・・何ですか?」

「心臓の音だよ」

「これが心臓・・・?」

「そうだよ」

「私があの時聞いた音です」

「あの時って?」


セシルはニナを放して、一息ついた。


「ご主人様が消滅した日に聞きました」

「消滅?」

「人間の末路です」


それは、「死ぬ」という事だった。

彼女は「死去」「死亡」などの関連語を知っていたが、

あえて使わなかったのは、彼女なりの人間に対する気遣いだった。


「亡くなったの・・・?」

「おそらく」

「確認はしてないの?」

「ご主人様の言いつけは守ります」


セシルには意味が分からなかった。

彼女が何故そんなに無表情でそんな事を話せるのか。

言いつけとは何なのか。


「おい」


セシルは珍しく乱暴な言葉を使いながら、

ニナの両頬をつねった。


「痛いっ」


ニナは顔をしかめるが、セシルは一層強くつねった。


「やめてくださいっ」

「何でそんな無表情なの」


セシルは、呆れたように、しかしどこか怒ったようにニナを見た。

そこには、彼の持ち前の優しさなど影すら無かったのが、

人形のニナにもよく分かる。


「私は笑えません」

「ふざけんなよ、そんだけ喋れるんだったら笑えるだろ」

「関係ありません」

「あるよ。筋肉動くってことだろ?ほら」


セシルは無理矢理ニナの口角を上げさせようと試みた。

しかし、彼女はそれを頑なに拒否している。


「おかしいだろ、笑ってみろ」

「私にそのような事出来ません」


喋るたびに小さくなるニナの声が、

どれだけ怯えているか表している。


「おいコラ、つねるぞコラ」

「やめてくださいっ」


その時、ドアが開いた。


「何してんだお前は」


フィニが仁王立ちで立っていた。


「だって、この子笑わないんですよ」

「人形だっつてんだろうが」

「だって、こんだけ喋られて笑えないわけないでしょ!

 しかも無表情な人形なんて嫌っすよ」

「そりゃお前の趣味だろうが」


うぐっ、と黙り込むセシルをよそに、

フィニはニナに謝った。


「悪いな、コイツ元ヤンなんだよ」

「・・・それは」

「うっさい!」


セシルはニナの頬をまたつねった。

知られたくなかったのか、顔を真っ赤にしている。


「ニナ、見ろこの頭。元ヤンの名残だ」

「ちがっ、金髪は生まれつきだしっ・・・」

「見ろ、このピアスの穴の数。元ヤンの名残だ」

「ちょ、ちがっ、え、だってそれはお、オシャレでっ」

「終いにはこれだ!」


フィニは勢いよくセシルの白衣をとった。

白衣の下は半袖だったのだが、ニナの目に恐ろしいものが映った。


「見ろ、このタトゥー!異常だろ!」

「ちょぉっ!やめてくださいよ!!」


フィニはセシルの半袖を肩までめくらせ、力説した。

肩から腕まで流れる黒い模様。

おそらく龍の絵であろうそれは、

ニナの目には信じがたいものにしか見えなかった。


「何故・・・そんなものをしているのですか?」

「だからヤンキーだったんだよ」

「あーもー!フィニさん黙っててくださいよ!」

「不良ですか・・・?」

「そうそう」


泣きそうなフィニを見ながら、

ニナは自分の足が震えるのが分かった。


「その・・・タトゥーは・・・」


言いかけて、ニナは口を閉ざした。

言ってはいけない気がしたのだ。



セシルの腕に描かれたタトゥー。

それは、ニナの知る中で最も恐ろしい模様だった。

自分の主人を傷つけた男の腕にも描かれていたそのタトゥー。

同じようなデザインだと思い込みたかった。


あの雨の日。

土臭い森の奥。

逃げる中、雨音に紛れた銃声が響き渡り、

主人は倒れこんだ。

男は逃げたが、ニナは主人から離れなかった。

そして、最後に主人が言った言葉。


「ごめんね」


その本当の意味は・・・。


「あ、ニナ。お前包帯取れてるぞ」

「・・・」

「ニナ?」

「・・・あ、取ってもらいました」


震える唇で答えたニナは、わざとらしくフィニから目線を反らした。

同時に、あの日の。

あの日の、最期に見せた主人の顔が思い浮かんだ。

泣いていた。


けれど。


彼は笑っていたんだ。

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