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金髪メルヘン

=第4話「金髪メルヘン」=


薄暗い地下室。

ひとことで言えば、シリアスだ。

そこに存在する者も無表情。

一般人が立ち入れば、息苦しい事は間違いない。

そんな空間に、急に不似合いな音が鳴り響いた。


♪チャラチャラチャララ~


ニナは音のする方に向いた。

ニナの脳内情報では、この音は携帯電話のアラーム音だ。

しかし、彼女本人は携帯電話など触った事も見たことも無い。

主人はそのような物は持たなかったし、

何よりも、そういう話題には触れていなかった。

けれども、ニナは外を出歩く度、

すれ違う人間の鞄やポケットから、無表情のアラーム音が鳴り響くのを知っていた。

ニナはその音が何かに気が付くまでに、随分と時間がかかったわけだが、

どうやってこの音が「携帯電話」と知ったのかは、本人も覚えていない。

そんな昔の話じゃないはずだが、彼女は自分に不必要な情報を勝手に削除してしまう事があるようだった。

故に、携帯電話のアラーム音だという情報は必要だったが、

それを知ったときの状況は、彼女にとってどうでもよかった事になる。


「・・・誰でしょうか?」

「さっき言ってた助手じゃねぇか?」

「何故アラーム音がするのですか?」

「知るかよ、アイツ人気者だからメールとか電話とかたくさん来るんじゃねぇの?」


ニナはフィニの言った言葉がすぐに理解できず、言葉を失った。

彼女にとって「人間関係」という人類特有の「絆」は、

到底理解できないらしい。


「お前は人形っつーよりロボットみたいな感じだな。

 プログラムみてぇな感じで」

「否定します。私は人間、さもなければ人間に近い人形」

「はいはい」


その時、ドアの向こう側から急かされるような足音が聞こえた。


カンカンカン・・・


どんどん足音が大きくなって、ドアの向こう側に気配を感じた。

ニナが眉を顰めた。

瞬間的に、彼女はまだ痛む足を器用に使い、

台所の隅に隠れた。

その瞬間、勢いよくドアが開いた。


「フィニさん、何1人でしゃべってるんですか?」

「あ?」


入ってきたのは、金髪の男だった。

外見年齢は20歳いってるかいってないかの、

とても若い男だ。

男は明るい笑顔で、ぺらぺらと話し始めた。


「え~?だって階段まで聞こえてたんですよ?

 フィニさんの独り言」

「独り言じゃねぇよ馬鹿。

 客がいんだよ」

「あれ?また脱獄犯か何かですか?」

「・・・本人に聞いてみろ。

 俺からは何も言えねぇよ」

「はぁ、そうっすか」


男は右手に下げていた、いかにも軽そうな鞄を机の上に堂々と置き、

辺りを見回した。


「あっれー、どこっすか?

 もしかしてオペ室ですか?」

「そこら辺にいるだろ、

 さっきまで俺と話してたんだから」

「へー、一緒に居たのにどこ行ったか知らないんすか」

「興味ねぇ」

「だから恋人できないんすよ」

「黙れ」


あう、と小さく言いながら男は部屋を歩き回った。

一方、ニナは見つかるのが嫌らしく、

体を縮こまらせていた。


「いないっすよー」

「あー?」

「いないっすー」

「えー、台所とかは?」

「何で台所なんすか」

「お前、いつも最後まで台所見ねぇだろ」

「・・・あはは、そうっすね!」


ニナは心中でフィニに密かな殺意を覚えたわけだが、

すぐにかき消し、自分の安全を第一にどうすべきか考えた。

しかし、人形の頭の回転よりも、ちゃらけた男の足の方が早かったようで、

すぐに見つかってしまった。


「あーっ!!!」

「!?」


男は彼女に指をさした。

その声と行動にビクついたニナは更に体を縮こまらせた。


「いちいち反応がでけぇんだよ。

 ビビってんだろうが」

「え、あ、すみません」

「・・・」


ニナはよろよろと立ち上がり、男の横を横切ってフィニの足元に行った。


「何だガキ」


フィニがニナに目を向けるが、ニナは異常な人見知りをしている。

フィニの足元に座り込み、何かを考えているようにも見えた。


「へぇ~!うちにも、女の子来るんですね」

「あぁ、何かな」

「いっつもゴツイ脱獄犯とか、目が血走った高飛びする奴ばっかですからねっ」


ニナは、ケラケラと笑う男をちらちら見ながら様子を伺った。

今の彼女には、先程フィニと話した内容が頭に思い浮かんでいる。

フィニは、自分の助手だからニナの存在も認めてくれると言った。

しかし、ニナの経験上で自分の存在を認めてくれたのは、

主人とフィニだけだった。

故に、人形であるはずの彼女には現在、

「不安」というものが渦を巻いている。


「いやいや、そんな怯えちゃって可愛いっすねっ」

「早速ナンパかよ」

「大丈夫大丈夫」

「何がだよ」


ニナは今、自分がどんな表情をしているのか分からない。

とても気になるが、今はそれどころではない。

自分の中に渦巻く「不安」が早く消えればと願っているのだ。


「つーか、そんなに全身包帯ぐるぐる巻きで・・・、

どうしちゃったんすか?事故?」

「俺からは何も言えねぇって。

 本人に聞け」


そう言って、フィニは立ち上がった。

そして、そのまま別の椅子へと移動して腰を下ろしてしまった。


「どうしたんすか?」

「・・・」

「何かの怪我?」

「・・・」


ニナは口を貝のように閉じ、男と目線を合わせた。


「ん~・・・あ、自己紹介したほうがいいっすよね?

 俺はセシルっつー名前なんすけど、君は?」

「え、あ・・・」


ニナは急に自己紹介を始められて、戸惑いを隠せなかった。


「お、声も可愛いじゃないすかぁ!

 いいなぁフィニさん、こんな子とずっと一緒にいたなんて」

「あー、そいつ思ったよりか可愛くねぇぞ。

 俺の知り合いの・・・その、何だ。

 知り合いのアレなんだが、言動が可愛くねぇ」

「アレって何すか」

「そいつに聞け」


セシルは軽くため息をついて、ニナに向き直った。

座り込んでるニナを見て、自分も目線を合わせるためにしゃがんだ。

彼の目には、彼女が小動物か幼児かにでも見えたのだろう。


「名前はっ?」

「・・・ニナ」

「ニナちゃんか!そっかー、いい名前っすね」

「・・・」

「じゃ、歳は?ちなみに俺は19だけど」

「・・・18歳」

「あ、年下じゃないっすかー」


きゃぴきゃぴと、1人で盛り上がるセシルを横目に、

フィニはため息をついた。

ニナの怯えは大分とれたようだが、話し方を指摘されるのが嫌なのか、

あまり喋りたがらない。


「それで、何したらこんな怪我しちゃうの?」

「・・・怪我、否定します」

「へ?何?」

「・・・」


またおかしな言葉を発したかもしれないと、

ニナは黙り込んだ。

フィニに目を向けてみるが、助けてはくれそうにない。


「け、怪我・・・否定します」

「え?否定?何それ、怪我じゃないって事?」

「・・・肯定します」

「何か面白いねー、話し方」

「・・・」


ニナはセシルの様子を伺いながら、

少しずつ後ろに下がっていく。

その事に気づいたのか、セシルがニナの頭を捕まえた。


「!?」

「逃げなくてよろしい」

「っ・・・」


頭など、主人以外の人に触られた事が無いので、

ニナは全力で嫌がった。


「触らないでくださいっ」


ぺチン、と音を立ててニナはセシルの手を叩いた。

ニナは、手にも包帯を巻いているのだが、

痛みをこらえてセシルの手を叩いたのだ。


「いたた、ごめんごめん」

「・・・」


ニナがセシルを睨むと、フィニの声がした。


「あんま暴れんなよ、腕とれるぞ」

「あ・・・」


手術が終わって、最初に言われた言葉を思い出した。

足抜けるぞ、というグロテスクな忠告を思い出して、

ニナは腕を背中の後ろに引っ込めた。


「あはは、抜けるわけないじゃないですかぁ」

「いや、抜けるぞ」

「えぇ?嘘ばっかり~」

「まだ完全に繋がってないから大事にしてやれよ」

「繋がってない・・・?」


セシルは理解できないらしく、首をかしげた。


「もしかして手足吹っ飛んじゃったとか?」

「違う」

「間接を変更しました」


小さく呟かれた声に、セシルは目を向けた。


「間接?」

「人間の間接に変更しました」

「へ、人間の間接って?どういうこと?」

「球体間接からの変更です」

「球体間接って、人形みたいなこと・・・」


セシルはフィニに向き直ったが、フィニは否定しなかった。

むしろ、知らん顔をしている。

フィニは大抵、認めたりする時は知らん顔を決め込む。

セシルはそれを知っていた。


「え、にん・・・ぎょ・・・?」

「・・・人間に限りなく近い人形です」

「本当に・・・?」

「嘘はつきません」

「あー、でもコイツ・・・ステーキ食えてたから人間みたいなもんだろ」

「ステーキ・・・?え、ちょっと待ってくださいよ。

 俺が居ない間にそんないいモン食ってたんですか」

「いいだろ、たまには」

「よくないですよっ」


ニナはセシルを見つめた。

その視線に気付いたのか、セシルはニナと目を合わせた。


「怖くありませんか」

「え?」

「私は動き、話し、人間に近い事をする人形です」

「うん」

「恐怖心はないのですか?」

「あぁ・・・ないな、そういえば」

「・・・何故ですか?滑稽だとも笑わないのですか?」

「何で?笑わないよ、つーか人形が生きてるなんてすっげぇじゃん」

「・・・何がですか?」

「メルヘンの世界じゃん、俺はメルヘン憧れるからいいなぁ」

「メルヘンなどではありません」

「メルヘンでいいんじゃねぇの?

 ここは誰もお前の事笑わねぇし、怖がりもしねぇよ」

「そうだよー、ずっとここに居ればいいのに」

「・・・」


2人の言葉が槍なのか風なのか。

人形であるニナの心に深く溶け込んだ。

自分が人間だったら、こんな時はどうするんだろうか。

笑うのか、泣いてしまうのか。

彼女にはどちらも出来ないが、もし出来たなら。


出来たなら、彼女はどんな存在になれるのだろうか。

それは、誰にも分からないことだった。

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