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百面戦争

=第3話「百面戦争」=


「質問は可能ですか?」

「あ?」


目の前の少女が告げる不可思議な言葉に耳を疑った。


「繰り返します。

 質問は可能ですか?」

「・・・あぁ。どーぞ」


しばらく言葉の意味を考えてからの回答だった。

何故彼女はこのような言葉を使うのか、フィニには分からない。


「(こんな難しい単語の並べ順教えるんだったら、

  一般会話の方も教えられたんじゃねぇのか?)」


ぽつりとそんな事を考えたが、すぐに頭のどこかへ飛ばしてしまった。


「これは何ですか?」


彼女は人形のくせに好奇心が身についているようで、

フィニが運んでくる料理に先程から目を向けている。

実際、好奇心以前の問題に「何故人形が生きているのか」という問題点があるのだが、

彼女本人にもよく分からないようだ。

というより、こちらの質問の意味を理解してるのかが疑わしい。

自分は生まれた時から「生きているもの」と認識しているらしく、

同じような質問をしてみては、眉間に皺を寄せて「分からない」と答えた。


「それはな、ステーキだ」

「ステーキ?それは何者ですか?」

「食い物だよ」

「食い物・・・?摂取するものですか?」

「あ?まぁな、美味いぞ」

「美味い?どれ程のものですか?」

「知るかよ、知りたかったら食ってみろ」

「・・・」


彼女は少し目を大きく見開いた。

何しろ、彼女は「食べる」という行動が分からない。

主人の食事は見てきたが、それらしい興味を示すものは無かった。

しかし、今は「主人の為に」やることがなくなった。

要は暇なのだ。

今まで目が行かなかったことまで目が行く。


「食べる・・・」


小さく呟いて、どうしたらいいかキョロキョロした。

彼女の今の精神状況では、手掴みでも余裕でいけたのだが、

ステーキから絶え間なく上がる湯気が彼女の思考に「熱い」という結果を言い渡した。

結論的に彼女は「熱いものには触ってはいけない」という事に気付いたのだ。

怪我など今までした事がなかったが、火傷だけは主人に口が酸っぱくなるほど注意された。

お前は危なっかしいから火には近づくな、と。


「フィニ」

「呼び捨てかよ」

「これはどのように『食べる』をしたら良いですか?」

「ナイフとフォーク使うんだよ」


そう言って、無知な彼女に危なくないように、

丁寧にそれらを渡した。


「ナイフは凶器。フォークは危険。

 ご主人様の言いつけは守ります」

「あのな、それねぇと食えねぇんだよ。

 他に何で食うんだ?」

「・・・フォークとナイフを拝借します」


ご主人からの言いつけを破るとまではいかなくても、

言いつけの道を逸れたことで、意外に食意地が張っている事が分かる。


「素材は何でしょうか」

「牛だな」

「人類とは本当に不可思議です。

 生きているものをわざわざ殺傷してまで己の胃袋を満たそうとするのですから」

「こっちにとっちゃお前の方が不思議だってーの」


瞬間的に、彼女はステーキに勢いよくフォークを刺す。

カンッという陶器と金属がぶつかる音がした。


「・・・想定外の柔らかさです」

「何を想定してたんだ、お前は」

「これをナイフで切断していいのですね?」

「あ?あぁ」


よく見ると、彼女の横顔は好奇で満ち溢れている。

人形のくせに、顔を赤らめて興奮しているのだ。

未知のものを体内に入れる事がどれだけの事か、

彼女には楽しくてたまらないらしい。

しかし、彼女が「楽しい」と感じているかは別としての話だ。

あくまでも客観的意見である。


「変ですね」

「何が?」

「私とした事が・・・とても緊迫状況に陥っています」

「・・・くだらん事言ってねぇで早く食え」


彼女は少しだけ眉をひそめたが、その好奇の目に変化はない。

ゆっくりナイフを動かす。

それにしても、その18歳(仮定)の容姿からして、

不似合いで、何よりも不格好なナイフとフォークの持ち方だ。

どちらも拳で握り締めている。

力加減が分かっているのか分かっていないのか、

彼女は皿とナイフがこすれ合う嫌な音を立てた。


「おい、もっと優しく切るんだよ」

「優しく・・・」

「それじゃ切れねぇだろ」


何だかんだ言って、やっと一切れ切れた。

その時の彼女の目は好奇とか、そのようなものでは表せないくらい輝いていた。

一気に口に運ぶ彼女を見ながら、フィニは思う。


「(コイツ、本当に今までヴィンセントにどんな教育受けてきたんだ?)」


しかし、内心は我が子の成長を見守るような妙な気持ちになっていた。

もちろん、彼に子供はおろか妻、ましてや恋人などもいないわけだが。


「どうだ?美味いか?」

「・・・」

「・・・おーい」

「貴方達はこのようなものをずっと食べていたのですか?」

「ん?あぁ、大体はな。そりゃ毎日メニューは違うけど」

「どうして・・・」

「は?」

「私だって、食べさせてみれば物を摂取出来るかどうか分かったはずです」

「何言ってんだお前」

「もっと早く出会いたかった・・・」

「あ?」

「私はステーキという名の摂取物を、ずっと私に隠し通したご主人様が謎でなりません」

「・・・うん、美味かったんだな?」

「尋常ではありません」


彼女の表情は悔しがっているようにも、嬉しがっているようにも見えた。


「とても美味しいです」


彼女の顔は笑っていなかった。

何しろ、彼女は笑えない。

しかし、フィニにはその表情がどうしても笑ってるように見えた。

見えて仕方が無かった。


「お前にはちゃんとした言葉教えなきゃなぁ・・・」

「やはり不可思議でしょうか」

「やっぱな。

 俺の助手が帰ってきたら頼んでみるわ」

「その方は、私の存在を認めないような方ですか?」

「認めるだろ。一応ヴィンセントの知り合いだし」

「ならば安堵します。醜い物を見るような目で見られるのは我慢なりません」


彼女の声がいつもよりも小さくなった。

それは、2人きりじゃないと聞こえないようなか細い声だった。

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