人形遊び
貴方は言った、
降りしきる雨の中、
土臭い森の奥で、
貴方は私に、
「ごめんね」
そう言ったの。
=第1話「人形遊び」=
私は泣けない。
私は笑えない。
私は話せない。
私は分からない。
そんな自分が嫌だったから、
少しでも変わろうと努力した。
「お前はどうしたいんだ」
不機嫌な調子でもなく、ましてやご機嫌な調子でもない声色で尋ねられた。
この男はフィニという名前の医者だ。
本来、医者というものは病院にいるものだが、
フィニは地下で医療関係の仕事をしている。
医療関係と言っても、表には出せないようなことばかりだ。
つまり、世間一般に言う「ヤブ医者」という存在。
今まで、何人もの脱獄犯、囚人、海外へ高飛びする者たちの顔を星の数ほどいじってきた。
しかし、もちろん整形だけが仕事ではない。
詳しい事はよく分からないが、
何かしらの手術や薬品を使っては、人体実験、転生などを行うという、
どう考えても非現実的な仕事さえもこなしている。
外見からして、20代後半という感じだが、
この地下室にこもった酒や煙草の臭いなどが、彼の年齢を上手に隠している。
「どうしたいんだ」
少々めんどくさがっている様に聞こえるその声は、
私にとって唯一の救済の光であり、唯一の絶望の光でもあった。
「・・・」
私は話せない。
初めて私を見た人は、怪訝そうに私を見下ろす。
誰もがそうだ。
話せないなら他の方法があるが、これだけはどうにもならない。
私の体は球体間接。
誰も私を人間だと思わない。
「俺も今まで色んな奴見てきたけどよ、
お前みたいな患者・・・つーか、患者とは違うかもしれねぇが、
とりあえずお前みたいな奴初めて見た」
私は手の動作で、フィニに「紙とペンをくれ」と頼んだ。
だるそうに私にそれらを渡して、フィニはまた席に着いた。
「まぁ・・・ヴィンセントの所持物だからよ、
噂には聞いてたがな・・・実際に見るとなぁ」
フィニはため息混じりに私を見た。
フィニの目に私はどう映っているんだろう。
渡された紙に書きたいことがたくさんあったが、
あえて色々省いて要件だけを書いた。
『私を人間にしてほしい』
フィニはその文字をまじまじと見つめた。
しばらく反応が無かったので、紙を取り上げて新たに書き綴った。
『貴方なら出来ると思っている
この姿を人間にして欲しい』
フィニはまた紙を見て、ひとことだけ呟いた。
「お前は人形だ。どう足掻いたって人間にはなれねぇ」
紙にそのまま返答を書いた。
『それでも構わない
不格好な顔立ちでも構わない
私はただ、人間になりたい』
「・・・お前、ヴィンセントにろくな教育受けなかったんだろ。
常識が通用しねぇみてぇだな」
『貴方の職務は知っている
隠すことは無い
常識が通用しないのはお互い様』
「・・・あ、そう」
フィニは気の抜けた返事をした。
「後悔すんなよ」
返事は、人形のような違和感のある頷きで返ってきた。
「とりあえず、名前教えてくれ。
ヴィンセントから話は聞いてたが、名前は教えなかったからなアイツ」
少女は無表情で書き綴った。
『ニナ』
「ニナか、分かった。
ヴィンセントには悪いが、少し改造させてもらうからな」
小さな少女は、人間になりたいと願った。
自分を造ってくれた主人が、
何故泣いていたのか、
人形の少女には分からない。
何故笑っていたのか、
人形の少女には分からない。
しかし、主人の傍にいた人間は、
主人が泣くと一緒に泣き、
主人が笑うと一緒に笑う。
少女には出来ない。
自分を造ってくれた最愛の人と同じ感情を分かち合う事が、
少女には出来なかった。
彼が消えた今、少女は思う。
私が「人間」だったなら。
少女は話せないわけではない。
話したくないのだ。
主人の前では拒まないが、
他人の前では絶対に話さない。
人間のように上手に話せないから。
少女は切に切に、願った。
人間になりたい、と。