先輩と後輩は、近くて遠い距離に焦れている
「なぁ、2人とも距離が近くないか?前からそんなに近かったか??」
「あれ?ホントだ。こんなに至近距離で話してた?」
ドキリ。
同僚の一言に、心臓が大きく跳ねた。
それは、職場でも語らうことのない、自分たちだけのプライベート。そこに理由があったから。
「えー、そうですか??そんなに近いです?、、、前から私たち、これくらいの距離ですよ??ね、先輩。」
「え、えぇ。。そうよね。私たち、これくらいの距離で、いつもよく話しているわ?」
そう、焦ったように言葉にした。
「そうか?そうだった、か??まぁ、そう、だったかな?」
首を傾げる同僚たちを尻目に、私は大きく頷き同意をする。絶対に、最初の、この子を教え始めた頃からも、これくらいの距離だったのだと。
それに近くとも問題となるわけでもない、迷惑があるわけでもないのだから、気にしないでほしいと願ってしまう。
ただの職場の先輩後輩。それ以上でも、それ以下でもない。
ただし、2人で日帰り旅行を楽しむくらいには、仲は良いと、自負してもいいのだろうか、、、?
確かに同僚の言うように、以前は、ここまでの距離でなかったのではないかと、私自身理解していた。
きっと共に時間を過ごすうち、2人の距離は自然と近づいてしまっているのだろう。
だけど当の本人であるこの子は、全く無頓着でその距離に気づいている素振りもない。
いつも通り、私への態度を変えることなく、ただその距離だけが以前よりも近づいているのだ。彼女らしい。その無頓着が逆に、私を幸せにしてしまっている。
だからその距離に気付いてしまって、気持ち悪がられ離れられでもしたら、私の気持ちは萎んでしまう。。なんて、自分勝手な言い分なのだろうか。
それだから。
実は小踊りするほど、あの子が近くにいることに、喜びを感じている私にとって、同僚からの言葉は、とても恨めしい思いを抱かせたのだ。
同僚は、ただの世間話程度に聞いてきただけのはずなのに。。。そんなところに話を持っていくこと自体、だいぶ野暮な所業だと思っている。
それくらい、あの子との関係に気付かれたくはなかった。
本当はもう少し、近づきたいと思うほど、あの子に恋焦がれる自分にとって、あの子がそれに気付いて離れてしまうこと、それが、一番の問題だった。
だからこそ、この同僚に気付かれてしまったことは私の落ち度でもあり、驚愕でもあった。
そして、自分自身の気持ちを知られてしまったのではないかと、焦ってしまったのだ。
この会話が、あの子に私の気持ちを気付かれる一端になってしまうのではないかと警戒して、その言葉もドモってしまったのだ。
それを恨めしいと思ってしまうのは、悪いことではないと、自己防衛を重ねてしまう。。。
それに本当は、あの子が気付いているのでないか。
私のこの、ほの暗いその想いに、、、
そう、事あるごとに疑ってしまう。
けれども、そんなことはないだろうと思うくらいには、あの子が脳天気に。。。
「でも、本当に近づけているなら、一緒に日帰り旅行とか、親睦を深めていった甲斐がありますね。」
なんて耳元で囁くようにニコリと、いたずらっ子の様な笑みを浮かべて私に言うものだから、私の耳は真っ赤になって。。。
ああ、その笑顔が、この間の旅行で見せた笑顔と同じで、愛らしくて。。
きっとあの子は気付いていない。。。
先ほどの同僚からあった指摘で、跳ね上がった驚きと比べ物にならないほどに、私の心臓がドキリ、大きく跳ね上がっていることに。。。
「先輩!!すごいですね!あの山!!頂上に雲がかかって、まるで仙人が住む秘境みたいです!」
「例えが何だかマンガみたいね、、、そんな表現、あんまり聞いたことないわよ??せめて、神秘的な美しさがあるとか、もっとこう、情緒のある綺麗な表現もあったんじゃないかしら、、、?」
まるで、引率をする先生の気分、なんて誤魔化すくらいには今日の旅行が楽しみで、浮かれない様に、冷静にと思っていたから、吐いた言葉が、冷たく突き放してしまったのではないか、そう心配してしまった。
「えーーー。でも、あの山、この辺の観光名所の中で民話になって出てくるくらいに、不思議な山らしいですよ?それなら、仙人くらいいそうじゃないですかー。。」
ぶー垂れたような言い方で、屁理屈を捏ねている彼女。よかった、機嫌は損ねていない。
むしろ、その姿も愛らしく、いつも職場で見せる姿とも違って、とても可愛らしい。
それを声に出して言うなんてこと、出来やしないから。とても複雑な顔をするしか、なくなってしまう。
「もう、言い方が上手いわね、、いつもそれくらい、しっかり私を言い負かしてほしいわ。」
なんて。。やれやれと、そういうかの様に首を横に振りながらこんな場面で誤魔化すように先輩風を吹かせてしまった。
「もう!先輩ったら。そんなお仕事みたいにー。今日はせっかくの旅行ですよ?そんないつものお出かけみたいなのとは訳も違います!なんたって、私たちを知ってる人もいないんですから、もっとはっちゃけて楽しみましょう??」
そうあの子が言いながら、両手を振る姿が茶目っ気があって、無礼講だと言わんばかりで嬉しさが込み上げてくる。
そうだ。今日は我々を知る人もいない。
いつも以上に、近くで話しても誰からも何も、言われない。何をしても、人の目は気にしなくて良いのだ。
彼女だけを、この目に入れていれば、それだけで十分なのだ。。。
「それもそうね。妙なお小言なんて言う必要もなかったんだわ。ごめんなさいね、いつもの調子が抜けてないわね。そうね、はっちゃけて楽しむわよ!」
そう、決意をあの子に見せて、私たちは観光地にある商店街や露店など、その色とりどりな店の並びに目を映らせながら、小物屋などに吸い寄せられたのだ。
「わ!先輩!!これ、これすごくきれいです!それに、可愛らしいです!!」
はしゃぐあの子の方が可愛らしい。
そんなキザな台詞、言ってみたいなんて思ってみたりしながら、そんなに近い関係にない私たちに、そんな言葉は言えなくて。。
無礼講と言われても先輩には違いないから、言えるセリフも普通のことに限られていて、、
「本当ね。可愛いモチーフ。あ、ねぇこれ。このブレスレットと対になっているんじゃない?月と太陽。まるで重なるモチーフみたい。」
「わ。本当だ!このネックレスと合わせて着けるんですね!!わー、、、良い商売、してますねー、、」
「でもこの土地の民話に出てくる話が、月と太陽の物語だから、ちょうど良いのかもしれないわね。きっとそれに合わせたモチーフね。」
「あ、そっか。きっとそうなのかもしれないですね。だから2つ合わせてバランスの取れたようなデザインなんですね、、、なんか、ずるいですね、、」
「え、何がかしら??」
何がずるいのか、わからなくてあの子に尋ねる。
「んー、なんでしょう。月と太陽って、同じ様に星ですけど、方や惑星で、方や衛星じゃないですか、、それなのに、2つ揃えばこんなに1つだったみたいに綺麗に揃うんです。別のもののはずなのに、まるで初めから2つで一つ、そんな存在なのがずるいなって。。。言ってる意味、分かりにくいですよね、、すみません。」
そう、あの子が謝るものだから、私も。
「いえ、そんなことないわ。そうね。そうかも。きっと、同じ星なのに、その関わり方も、在り方も違うのに、2つは切っても切れなくて、、、月は太陽がないと輝けないけど、太陽は月がないと、その輝きを和らげることもできなくて、、、きっとそんなに違う2つの在り様であるのに、ずっと続く相互関係に、羨ましさがあるのかしら。どちらが欠けても成立できないその関係が、眩しいのね。」
そう、あの子に返すと。
「そう!それです!!だって、私たち皆んな、1人でどうにかできるのに、この2つは、1つずつ違って、独立して見えても実は支え合ってて、なんかずるいなって、、、ホントは支えてもらってる!そんな見えないところの繋がりがいいな、って、、、」
最後は尻すぼみになったあの子。
だけど、それ程までに2つの関係に嫉妬するなんて、きっと誰かと同じ時間を過ごして、支え合いたい人がいるのだろうか。
そんな、私の妄想を彼女に聞くこともなく、、
「そう。それは、私もそう、感じるわね、、きっとその2つの繋がりは、見えないところで繋がっている。それが羨ましいのね。」
「はい、私が持てないその繋がりがある月と太陽が、羨ましいんです。。。」
ああ、この子は。何をそうも、妬んでいるのだろうか。それ程までに焦がれる様なその表情。
誰に向けられるものなのか、、、月と太陽よりも、私はその存在に、妬ましさが募っていく、、、
「あー!よし!!すみません、先輩!!辛気臭いこと言って!!気分変えましょう?!このモチーフじゃないやつ、なんか2つお揃いで買って、着けませんか??!この機会に、折角なので、旅行を楽しむために!親睦を深めるためにも!!」
「え、えぇ、、でも、同じもの着けていると職場で目立つわよ??ちょっとわかりにくいもの、選んだ方がいいんじゃないかしら、、、?」
「うーーー。。。それは、そうですね、、仕方ないです!妥協をして、ひっそり付けられる、キーホルダーとか、選びませんか??」
「いいわよ。私も賛成だわ。ね、これとか、可愛いわよ??」
「そ、それは、、」
あの子が少し引くように、私とそのキーホルダーを交互に見た。月にオジさんの顔を描いて、ちょっとションボリした表情が可愛らしい。そんな絵柄がウリの名産のようだった。うん、中々いいと思う。
「も、もう少し。。。ここでしか手に入らないような限定品の‘可愛いもの’、選びましょう、、?」
仕方ない。
あの子が付けたくないなら、選んでも仕方ない。私もあの子とお揃いに出来ると浮かれているのだ。2人で唯一無二の、お揃いを真剣に選ぼう。。
「あ!これにしませんか?!先輩!!」
あの子が手にしたそのキーホルダー。それは、まるで先ほどの話がなかったかのように、月と太陽がモチーフのもの。だから訝しそうな顔をあの子に向けてしまったのも、ご愛嬌だろう。
「うっ!だって、先輩。。。これ、さっきみたいに重なり合うようなデザインじゃないんですよ。。。まるで追いかけっこするみたいな2つなのに、2つは切っても切れないってかんじがして、、、ちょっとさっきのとは違うなって。。。それに、せっかくこの場所に旅行に来たんですから、この土地の記念になるもの、欲しいなって、、、」
ちょっとバツが悪そうにしながら、あの子が理由を教えてくれた。
私は、あの子が欲しいものなら、なんだって良いと思うから、、、
「じゃあ、これにしましょう?私も良いと思うから、、」
そうあの子に返していたら。
「やった!!先輩!ありがとうございます!!」
ニコリ、いつもの元気なあの子の笑顔が、私を眩しく照らしてくる、、、
そう、きっと。私だけの太陽にしたい。
そんな妄念を胸に灯して、あの子の笑顔に愛しさが募るのだ。。
ああ、先輩。
先輩と一緒に、旅行をしている。いつもの街と違う、私たちしか知る人もいない街で、誰にも気にかけられることもない。そんな場所で、2人一緒にお喋りが出来る。
朝からお昼、それに晩ご飯まで。全部を通して一緒に過ごして。こんな幸せなことはない。
まるで一緒に暮らしているかのよう。
そんな夢想を心に思い描いて、新婚みたいな2人の時間を過ごして。
私は嬉しさで、ずっと今日は心躍らせていたんだ。
誰にも邪魔されない、先輩とだけの空間に。
ああホント。お揃いのキーホルダー。これが何より嬉しくて幸せで。。。
周りに気づかれることもない、そんな2人だけの秘密。誰にも先輩を取られないっていう、そんな証みたいで、私の気持ち、こんなに重かったんだ、って暗い影を落としちゃう。
それでも、先輩と同じものを揃えて買えるなんて、こんな時じゃないと出来ないから、、、
それがホントに嬉しくて、、、愉悦に心を震わせて、、、なんて、浅ましいのかと、自分を嫌悪してしまうのだ。
それでも、私たちがこのキーホルダーみたいな、月と太陽の神の物語。この土地の民話みたいになれたのなら。そんなことを希求してしまう。
山に登る太陽の神が、いつも短かく黄昏時に邂逅する、愛しい月の神に会うために、この地に降り立ち、落ちる月の神を待ち続ける。そんな焦がれた物語。
そして実際、考古学的に調べてみると、実は一度、ここの山の樹々が焼失した、その形跡があるようで。
きっとその内容を、ロマンチックに仕立て上げただけのお話なんだろうと思うけれど、会いたい月の神に会うために、時には森の動物たちに助言をもらって、色々な方法を試して、やっとその想いを遂げようと、地に降り立つ太陽の神。だけど、それはきっと禁忌の行為。
だから、山は焦がれ、山頂を燃やし尽くした。けれどその想いに応えるために、月の神はその地に堕ちてきた。そして2つは重なり合って、、、
日蝕が、起きたのだろう。それがとてもこの土地の人々には強い恐怖となって心に残った。
だから、月と太陽の神が求め合う物語にして、少しでも、酷い恐怖を和らげる物語にした。
そして月と太陽に、畏怖の念を忘れてしまわないよう、この山で眠る神々を起こしてしまわぬように、物語として語り継いだ。
きっと、そんなもの。
だけど皮肉なことに今はそれが商売として、月と太陽を重ねるモチーフとして売り出すとは、やはり庶民は逞しいのだ。
そんなところに私たちも便乗した。
愛しい先輩との、絆として。忘れられない2人の想い出になるように、、、
この想いが、月と太陽の神と同じものだと、先輩に気付いてほしい。けれど気付かれて、壊れてしまって、焦がれてしまって、、そんな苦しいものにはなりたくない。
だから、そっと、私の気持ちをこのキーホルダーに託して、、、
誰にも知られず、けれど、きっと気付いて欲しい、そんな想いを抱き続ける、、、
表現を、微修正しました。




